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茎梨村の男児間引きについての報告 [ 茎梨村移住推進部 ]

2019.03.31 16:55 閲覧回数 2748


「元気なオスよ」
 女医は顔を綻ばせながら声をかけた。十ヶ月もの間耐えてきた痛みにようやく区切りが付いてまずホッとしていたが、母親は繋がっていた緒を断たれて真っ白なタオルに包まれながら大声で泣く赤子を見ても、喜びの声を上げない。

「そう……ですか……」

 なお続く痛みに声をまぶしながら母親が声を出す。すぐに涙が流れ始めたが、それは喜びに起因するものではなかった。

 彼女が出産したのは関東の山奥にある産婦人科であった。設備の類は鬱蒼とした森を進んだ先にある村もかかわらず、都会とさほど変わりない。というのも、DVやハラスメント、痴漢などから女性を守るために建設されたオス禁制の住宅街だからだ。全国各地のシェルターや女性センター、もちろん警察や消防とも連携し、町の中心から半径十キロ以内には、たとえ親族の冠婚葬祭の儀であっても、事前の許可なくオスが入ることは出来ない。

「それで……どうされますか?」

 へその緒を切った看護師が落胆した様子の母親に声をかけた。

「早期に決断したほうが、親子のためだとは思いますが……」

 答えをなかなか導けない母親に看護師が続ける。

 クキナシ――漢字で「茎梨」と示されるこの村には、オスが学習する場所も、働く場所も、葬儀をする場所もない。性転換しなければ、彼らがこの村で生涯を閉じることはできないのだ。性別を変えずに過ごすとしたら、六歳前後で母親と強制的に別れ、もしDV等で家庭環境が崩壊しているなら、頼れる親族もなく生活するしかない。

 茎梨の医師たちにとって、「物心つくより前に」は常識だった。破ることの出来ない不文律として、望まぬ妊娠でやっとの思いで駆け込んだ十代の少女達にさえ、女医たちは腸を断つ思いでオスが生まれる度に村の掟を伝えていた。

「私達はあなたの意志を最大限に尊重するわ。同じ女性だもの。ただ、聞いていると思うけど、もし追い出すまで側に置いておくとしても、この子のペニスに管理タグを巻かなければならないわ。潜在的なオスでなければ全く必要ないことなのにね」

 管理タグはオスが村の中のどこに居るかを特定するためのアイテムである。性犯罪を起こす可能性が高い小学生以上は、長さ、太さ、硬さ、包茎度合いなどを丁寧に調べなければならないが、未就学児の場合は身体的なオス化のみが認められるとして、調べることなく、とりあえず巻くことになっている。

 一般社会から逃げてきてすぐの母親にとってその行為は「虐待」「人権侵害」にしか映らないが、掟に抵抗する人はほとんどいない。女性のみで生活する場所であることと引き換えに、福利厚生や待遇が一般社会より好条件で整っているためだ。

「おちんちんを無くせば、娘として扱われるんですよね……?」
「ええ」

「じゃあ、今……今すぐに、お願いします……」
「今でいいの? この子が追い出されるまでまだ六年も――」

 母親は涙を流しながら首を上下に振るだけだった。

「わかったわ」

 オス化ホルモンが少しでも分泌されないようにしたほうが我が子のためだと思って、母親は生まれて数分の赤子にハサミを当てることを懇願した。女医はあまりにも焦らせすぎたと反省しつつも、女性の意志を尊重しないことが茎梨村ではご法度であることを思い出し、それ以上意見することをやめてデスク下の棚からペンを取り出す。

「それじゃあ、サインをもらえるかしら? この太枠の欄だけ書いてもらえれば結構よ」

 母親はサッと一回書類を眺めた後、出産前に決めておいた「息子だったら」の名前を被施術者の欄に書き、その下の施術後の名前欄に「娘だったら」の名前を書いていった。その顔に迷いはない。茎梨の掟を知りながらも、生まれた我が子が「オス」であったことを隠すつもりはなかった。必要事項をつぶさに書き、人指し指に朱肉をつけて指紋を紙面に示す。

「もう戻れないわよ?」
「大丈夫です」
「じゃあ、始めるわ。最初に、この子が潜在的なオスであることを確認してもらえるかしら?」

 女医の言葉を合図に看護師が母親に近づき、タオルを巻き上げて赤子のペニスをあらわにさせた。親指よりも小さく、亀頭は包皮に隠れている。

「見るだけじゃなく触って確かめてね。飾り物なんてことはないと思うけど」

 ベッドから手を伸ばして竿にも玉にも触れる。引っ張っても叩いても取れることはなかった。擬似的なものではないことを確かめ、母親はその旨を伝える。

「確認……しました」
「ちゃんと機能も確認できたわね」
「子供なのに大きくなるんですね……」
「勃起に年齢は関係ないのよ?」

 女医の話に母親は目を丸くした。


「というか、むしろ勃起してもらったほうが好都合よ。個人差もあるけど、サイズ的に勃ってないとやりづらいから」
「そう……なんですか……」
「ええ。でも、これだけあれば十分よ。この子の様子が落ち着いてきたら施術に移るから、それまで『男の子』として接してあげて」

 女医は笑顔を見せると書類を持って手術室を出た。看護師から我が子を受け取ると、赤子の泣き声だけが聞こえる手術室で、母親はあとどれほど続くかわからない時間を、頭を撫でたりして過ごしていた。

 ●●●

「目は覚めたかしら? ここは病室よ。あなた、あまりに泣きじゃくって寝てしまったそうじゃない。でも、ぐっすり眠ったからか痛みは昨日より引いたようね」
「先生、お乳は……」
「与えたわよ。貴女のをね。初乳は自分のものを、って言っていたじゃない。あんなに強く赤ちゃんが吸い付いたのによく眠っていて、魂の座った母親だと感心したわ」

 女医はふふふ、とにこやかな笑みを浮かべる。それを見て、母親は昨晩の件を思い出す。

「そういえば、この子の施術は――」
「まだよ。役場の許可がまだ下りていないもの」

 医者がそう言った矢先、病室をノックする音が聞こえた。

「――今のは取り消しね」
「あまり痛い思いをさせないように……お願いします」
「任せなさい」

 意味するところは何となくわかっていたが、女医の一言でそれは確信に変わった。母親は持ってきたバッグの中から安産祈願のお守りを取り出し、ぎゅっと握って額の前におく。死なずに娘としてまた自分の前に顔を見せてくれること、ただそれだけが彼女の願いだった。

 ●●●

「道具は――大丈夫ね。時間は?」
「十時半です」
「開始!」


 掛け声と同時に、まず竿の付け根部分にハサミを当てた。忌々しい大人のペニスとは違うものの、そこにモノが存在してることを思わせる感触が確かにある。
 続いて、女医は寒さのせいで縮まった玉に触れた。包み込んで温め、皮を伸ばした後で切り残しが出ないよう注意してハサミを当てる。

(……ここね)

 適当な場所を見つけると、女医は看護師らに目線をやった。互いに了解を示すため首を縦に振る。異論はなかった。ここがベストだと確信して、彼女たちは、竿と玉の両方の付け根部分の上でハサミを開き、上と下の刃が交差させて、小さな棒と袋を白いベッドの上に落とした。

「……成功よ」

 ジャキン、という音とともに茎梨村からまた一人、潜在的なオスがいなくなった。除去された性器は看護師に渡り、止血の後でホルマリンに投じられた。生後まもないということで、性教育の時に使用する標本として価値があると役場が認めたのだ。

 ●●●

 一週間経って、ようやく女医が母親の前に現れた。その顔を見た瞬間に母親はハッと目を大きくして、「先生!」と声を上げる。看護師から息子――いや、娘の様子を毎晩聞いていたものの、我が子に対する不安を拭えてはいなかった。

「手術は――手術は、成功したんですか!」
「ええ、大成功よ」

 女医がそう答えた後、後ろをついて入ってきた看護師が白い布に包まれた娘を見せた。体は一週間前よりも大きくなっている。母親は一刻も早く手術の結果が見たいと思って、恐る恐る陰部のあたりの布を上にまくった。

「!」

 将来的に女性となることを示す縦線がしっかりと刻まれていた。無事に終わったことがわかって、花が咲いたようにぱあっと母親の顔は綻ぶ。子が生まれたときよりもいい笑顔だった。娘を抱きかかえて安堵した様子を見てから、女医は今回の手術の内容の説明を始める。その最後に、ホルマリン漬けにしたペニスを提供する話を持ち出した。

「役場からの協力には応じるのかしら?」
「それが教育に役立つのであれば、ぜひ使ってほしいです」
「自分で保管したいって言ってたの、看護師から聞いたわよ? 夢の中にも出てきたらしいじゃない。本当にいいの?」
「教育と私事を天秤にかけたら優先できませんから」
「わかったわ。じゃあ、印鑑をお願いできるかしら?」


 バッグから印鑑を取り出して指示された欄に捺印する。ギュッと紙に力を込めている横で娘を抱きかかえてきた看護師が昔話を口にした。

「昔は返礼に高校修了まで生理用品の無償提供とかやっていたんですけどね。村の議会で『性転換したとはいえ元は潜在的なオスなんだから優遇するな』って声が出ちゃって、今は、施術の後遺症とかでうちを受診するときに診察料を三割引きくらいしか出来ないんですよ。……ね、先生?」
「私のセリフを取らないでくれるかしら?」
「取ってないですよ。先生が言い忘れたと思っただけです」
「医者としてありえないわよ、そんなこと」

 ニヤケ顔で「そうですか?」と看護師が口にしたが、女医はそれが気に障ってもらった会話のボールを返さなかった。

「まあ、何はともあれ、あなたが良心的な母親で良かったわ。中には子供のペニスの受取拒否をしちゃう人もいるんだもの。夫のモノとは違うのに。まあ、そういうときは医療従事者の間で食べちゃうんだけど、いくら大きさが弁当用のウィンナー程度だとしても、あんな生血を見た後じゃ口にできなくてね」
「血もそうですけど、処理しないと感染症を引き起こす可能性もありますよね? 包皮の中のチンカスが原因で」
「そうね。そういうわけだから、いくらあれが潜在的なオスの象徴だからといって、流通させるなんて考えは許されないのよ」
「へぇ……」
「……ごめんなさい、専門的な話をしてしまって」
「いいですよ、気にしないでください」

 笑いながら愛想よく対応すると、女医が娘の額に優しく手を乗せて言った。

「つくづくお人好しね。そんな貴女の娘さんなんだから、さぞいいお嬢さんに成るでしょうね」
「ありがとうございます、先生」
「褒めてももう何も出ないわよ?」

 女医の返しに母親がクスッと笑った。

「じゃあ、さっきも言ったけど、うちは性転換手術が原因で病気とか後遺症が起こったら三割引の診察料で対応するから、なにかあったら気軽に相談して頂戴」
「はい!」
「それじゃあ」

 女医とついてきた看護師は同じタイミングで頭を下げて病室を出ていった。親子二人きりとなった病室で、心の底から溢れる笑顔を浮かばせながら、母親は子供の口に乳房をあてがった。


 今日までの一週間と違って、別室の子供のために三時間ごとに搾乳されることはもうない。看護師に弱音をぶつけることも、泣きじゃくってメンタルに影響を及ぼすこともない。どれもこれも、息子が娘になったことがよく働いているからだ。

「おちんちんが無くなってよかったね」

 母親はスラッとした陰部に手をあてると、いつも以上の笑顔を見せた。

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