★最初期『オートマチック去勢工場』オリジナルのリブート作品てす。
★2023/5/9更新 《9》「鮫島軍曹のメニュー」を追加
《1》「新任軍曹と第八分隊の男たち」
極東連合のユーラシア大陸駐屯地、北方の少数遊牧民族による散発的な反乱を鎮圧するために駐留されている部隊に新しい部隊長が赴任してきた。
「全員注目!今日から国境警備隊の第八分隊を監督する鮫島軍曹を諸君に紹介する」
男たちを詰め込んだカマボコ型の粗末な兵舎に上官が声を響かせると、銘々気ままに過ごしていた軍服姿のむさ苦しい輩たちが立ち上がり姿勢をただす。
「えー、自分が新しくこの第八分隊を任されることになった鮫島軍曹である。諸君らには歴戦のベテランも多いと聞く。なので経験の浅い私などは大船に乗らせてもらったつもりでいる。どうかよろしく頼む」
どんな意地の悪い班長が来るのかと訝しみ構えていた兵士たちは、優男というわけでもないが瑞々しい武士のような風貌の若い軍曹を気に入ったようだ。
「あとは頼んだぞ鮫島」
「了解であります中尉殿。全員、中尉殿が退室されるぞっ、敬礼!」
ザザっと軍足が揃う音をたて男たちは形式上の礼儀で上官を送った。
煩い上官が消えたとみるや兵士たちは騒めき始める。丸太のような腕と逞しい胸、上背のある兵士が最初に口を開いた。濃い顔のつくりで黒々とした体毛、南国の人懐っこさを漂わす男だ。
「新しい班長殿はお世辞が上手でありますな。おだてられても自分らは木に登ったりしませんぜ」
新任の軍曹をからかっているわけではなく、偉ぶらない人柄を感じ取って歓迎しているらしい。
「丁度良かった。まずは君から順に名前と出身を教えてくれないか」
部下たちを前に次はどう出ようかと思いあぐねていた新任軍曹は渡りに船と話に乗る。
「自分は伊良部一等兵であります! 沖縄出身、めんそーれ班長殿」
他の者たちも我こそはと名乗りはじめた。
「鷲山です。この中では一番年寄りなのでまとめ役をしております。長崎出身です。こう見えて地元では牧師をしておりました。よろしくお願いします」
固太りで寡黙な風貌。朴訥としているが話せば言葉じりから聡さが滲む。鷲山という男は分隊のリーダーには相応しい四十代のベテラン兵長だった。
「渋川一等兵であります。得意なことは男の鉄砲で女の砦を攻めることですわ。よろしゅうに」
渋川は軽快な上方訛で調子よく喋る細身の男だった。歳は三十を少し過ぎたぐらいだが、眼光が妙に鋭くクマのある目がギョロリとしている。上目遣いで見透かすような視線を送ってきたかと思えばニッカリと愛想笑いをする。この男は堅気ではないのかもしれないと鮫島は思った。
「木下一等兵であります班長殿。盛岡出身です。家は畜産で生計をたてておりますから牛でも豚でも捌けます。前線に出ても飯の当番は自分に任せてください!」
木下は中肉中背、二十歳そこそこの元気の良い男だった。なんでもその若さで年子の息子が三人もいる父親らしい。国に帰ればまだまだ子作りに勤しみそうな男盛りの青年だった。次は娘がほしいと嫁にせがまれているらしい。
「あっ、えっと興津です…浅草の下町生まれで。最近来たばかりでまだ実戦経験もありません…一所懸命がんばります。よろしくお願いします」
最後は基礎訓練に揉まれたあとすぐに外地に飛ばされてきた奥手な十七歳の新兵だった。下の毛がやっと生えそろったような若者で、貧しい家の三男坊だ。食いはぐれないよう軍に志願するしかなかったらしい。鮫島も上野の出身で郷が近いこともあり、女も知らないまま前線に送られた可哀そうな新兵に親近感を持った。
「同じ江戸っ子がいてくてうれしいよ興津。よろしくな」
「よし、これで諸君の顔と名前は覚えたぞ。俺たち第八分隊は今日から一蓮托生、互いに背中を守り合って生き抜こう。解散だ、今日は久しぶりの休暇日と聞いている。各自存分に英気を養ってくれ」
新しい上官のことが気に入った一同は目配せをする。辺境の駐屯地にも許されたささやかな余暇に我らが班長をかついで繰り出そうという魂胆なのだ。
「鮫島班長殿っ!よろしければ不肖わたくし伊良部がご子息のお世話などさせていただきますっ」
「俺の息子? 国に懇ろな女や家族はおらんよ。淋しい独り身だ」
「いえ、いみじくも班長殿の股にぶら下がっておられる息子殿のことでりますっ」
伊良部一等兵が恥じらいもなく大声で下半身の世話を申し出る。すると他の古兵たちもやいのやいのと囃したて、鮫島の両脇を掴んで外に連れ出そうとする始末だ。
「おいおいお前ら、やめんかコラっ」
「遠慮はいりません班長殿、我らは一蓮托生なのでありましょう? 今から皆で男の鉄砲を磨きにいこうではありませんか」
そう言う伊良部と一緒になって脇を固めた渋川とで、新任軍曹は強引に兵舎から連れ出されてしまった。
「待て待ておいおい、鷲山兵長っ!たすけてくれ。こいつら本気か?」
クリスチャンの兵長ならば助け船を出してくれると鮫島は思ったのだ。
「いつ天に召されるやもしれぬ兵隊には癒しが必要なのです班長殿。丁度新兵の興津もおりますし、ここは一致団結全員で参りましょう」
兵長はうやうやしく掌を組み、神に祈りでも捧げる素振りでうそぶく。
「おまえら本気か!おい興津、お前も黙ってないで抵抗しろっ」
「無駄ですよ班長殿、興津かって筆おろしはしたいはずですよ。なぁ興津、お前かってチンポコ気持ちよくなりたいよなぁ?」
伊良部にそそのかされて顔を真っ赤にした新兵はむっつり黙りこんではいるが、まんざらでもない様子だ。かくして第八分隊の面々は任官したばかりの軍曹と新兵を担ぎ出し、特殊慰安所へと繰り出すことになった。
しかしそもそも、この辺境の駐屯地は人里などはるか遠い。奇特な女をあてがう気の利いた店など無いはずだった。一番近い村までジープを小一時間飛ばせばやっと酒を出す寂れた食堂にありつける。
「いやね、こんな辺境駐屯地ほんまに何もないとこやったんですわ。それがですね、最近になって軍に兵器を降ろしとる企業からえらいもんが支給されたんですわ。兵隊の慰安用人形なんですけど、これが女のアソコと寸分違わねえ具合のよさなんですわ」
渋川が鼻息を荒げながら説明してくれたところによると、人工生命で造られた慰安人形は女の胸や尻、太ももの曲線を見事に再現しており、その柔らかな触り心地に加えて自然な体臭さえするらしい。
「お前たちはそんな人形に軍隊の給料を払ってるのか?」
「まあまあ、班長殿も一度その味を試せばわかりますって。なんせアソコの具合は本物そっくり、いやそれ以上なんですぜ。女のかじゃー(匂い)がしてね、ちむどんどん(胸がドキドキ)するさー」
伊良部一等兵は気が緩んだのか郷の言葉まじりで気さくに喋りはじめる。
「さあ、ここが楽園でっせ班長殿。一発チンポで気持よう出してから、兵舎で歓迎の酒盛りでもしましょうや」
古兵達の強引な接待に観念した鮫島ではあったが、チンポの用事など早く済ませて自分は酒にありつきたいと思った。
実際に着いてみるとそこは小さな体育館を改装した建物だった。氷点下にもなる土地柄、元は兵士の運動不足解消のために用意された施設だという。打放しのコンクリートに錆びた鉄扉。中に入ると下足を脱ぐための玄関スペースとロッカー、管理室の小窓が見える。
「あそこでお代を払うんですわ。今日は俺らの奢りですから班長殿は適当にそのへんで脱いどってください」
渋川は小窓を開け中にいる人物と何やら話し込んでいる。他の古兵たちといえば軍足はおろか軍袴まで脱いで既に裸になろうとしていた。
「お前たちこんなところで全部脱ぐのか?」
「ここは男所帯ですからね、気にすることはありません。本物の女がいるわけでもないですから。班長殿も裸の付き合いといきましょうよ」
毛むくじゃらのまっ裸で伊良部一等兵は戸惑う上官を急かした。
「あきさみよー!(たまげた)こりゃまた班長殿は立派なイチモツをお持ちで」
鮫島は顔に似合わぬ巨根の持ち主だったのだ。伊良部は目を丸くして感嘆の声をあげた。
鮫島軍曹二十八歳、帝都出身。先祖代々武家の家柄ということもあり、幼い頃より祖父から厳しく武芸を仕込まれてきた。剣道で鍛え上げた引き締まった身体にご神体の如く立派な男子の証がぶら下がっていたのだ。つい有難く拝みそうになった伊良部たが、競争心が湧いてきたのか大股を開き自分の息子も負けませんよと誇示してみせる。
「イチモツの長さは到底及びませんが、不肖わたくしの息子も太さなら班長殿にも負けませんっ」
フンっ、と鼻息を鳴らし腕を組んで威張るので兵長がたしなめる。
「コラコラ伊良部、班長殿が困っておられる。無礼が過ぎてはいかんぞ」
年配者らしく一等兵を制した鷲山兵長ですら、既に全裸で準備万端なのが可笑しい。
四十路ながら鷲山の筋骨は壮健で頑丈。使い込まれた股の息子は女の淫水が染み込んでいるのか色素が沈着して赤黒い。大きさは並であるのに隠す必要を感じさせない威厳があるのだ。そんな鷲山兵長は両手で前を隠し続けている新兵に気付いて諫める。
「おい興津、前を隠すな。男ならチンポは堂々と見せればよか。大きさ形など気にするな」
兵長に言われた新兵が仕方なく手を放すと、まっちろい皮かむりの陰茎が現れる。齢十七の若いペニスは精巣の指令を受けてこれから太く長く成長していく途中なのだ。恥ずかしがる興津の隙を見て伊良部が後ろから羽交い絞めにすると、木下が任せてくれと言わんばかりに新兵の鉄砲にかぶっていた包皮をめくり上げた。
「わあっ、やめてください木下さん!」
「これまためんこいピンク色してら。興津のちんちんは出来立てホヤホヤの赤子のようじゃのう」
木下は国の息子たちに思いを馳せたらしい。父性がくすぐられたのか新兵の青々と刈りあがった坊主頭をワシワシと雑に撫でる。
「お前のちんちん見とると息子たちを思い出した。みんなお前みたいなちんちん生やしとるのよ、ワハハハ!」
「そう言うが木下よ。お前のチンポかって立派なもんじゃあるまい。どれどれ?チンポはどこにあるんじゃ、うーむ…毛の中に隠れて全く見えんぞ」
鷲山兵長は木下の小ぶりなペニスが見つからぬと額に手を当て探すふりをする。
「何をおっしゃいます兵長殿。確かに自分のチンポは小兵であります。ですが男の価値とは金玉でありますっ!」
木下は自慢げに自分の陰嚢を手ですくう。鶏卵のような睾丸がゴロゴロと動くのが袋の上からでわかる。その存在感は彼が若くして三人の子の父親であることを納得させた。
「短小チンポのくせに威張んなよ木下。その金玉の種で子供できたんは嫁さんの手柄やろが。そんな短小チンポがいくらおっ勃ってもなあ、女の腹の奥までは届いてないと思うでぇ」
悪態をついて戻って来たのは管理人と話し込んでいた渋川だ。歩きながら器用に服を脱ぎ、亀頭の傘が開いた見事な雁首を見せびらかす。包茎の男なら誰もが劣等感を抱くほどのズル剥けチンポだ。竿に浮かぶ幾筋もの静脈はいざ突撃となれば硬く鋭い武器になることをものがたっている。もし交わった女の中に先に失礼した他の男の種でもあろうものなら、渋川はその亀頭冠で全て掻きだしてしまうだろう。
「大きなお世話じゃ渋川さん。確かにうちの嫁さんのアソコは種を漏らさず吸い取る名器だどもね。ところで、さっきから管理人と話し込んどったようですけど何か問題でも?」
「それがよ、今日はいつもと違って子供みたいなガキが番台に座っててよ。どえらいめんこくて女かと思ったぐらいなんやけど…、その子の言うことにゃ、今日は女の人形はおらへん言うねん。代わりに四角い匣(はこ)が置いてあるけど驚かんようにとさ」
慰安人形がいないなら客を追い返せばよいものを、なぜ驚かぬようにと注意してまで招き入れるのか。一同は不思議で仕方がない。
「四角い匣だと?さすがにそれじゃあお前たちでも興奮できないだろう? あっはっはっはっは」
人形相手に交わるだけでもおかしな連中だと思っていたのに、用意できるのは匣しかないと聞いて拍子が抜けた鮫島は笑ってしまう。なんだかんだで緊張もしていたので、内心ホッとしたところもあった。期待に胸を膨らまし、いざ出陣と太さを増していた男たちの鉄砲は硬さを失い萎れていくようだ。
「えらい申し訳ないです班長殿。せっかくええ気分になってもらおと思たんですけど…」
ガラガラガラ、ザザンッ。
入り口の鉄扉がスライドする音がしたかと思うや、武装した憲兵が数人なだれ込んできた。突然のことに呆気にとられ、真っ裸で外の冷気に晒された第八分隊の男たちは鳥肌を立て身震いする。
「第八分隊の諸君、そのまま体育館の中に進みたまえ」
命令を発したのは先ほど鮫島軍曹と兵舎にきた煩い上官だった。
「中尉殿!? いったいこれはなんの…」
パンパンっ!
中尉が拳銃から放った弾が鮫島らの横をかすめ、木製の中扉に命中して銃創を二つ穿つ。火薬に含まれていたニトロ添加物が燃える独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
「中に入れと言っている。気をつけ!整列!前に進めっ!」
混乱のなかでも上官の号令には自然と身体が反応してしまう兵士たちは、状況を理解できないまま一糸纏わぬ姿で手をふり腿をあげて行進せざるを得ない。先頭の鮫島が中扉を開けると、そこには四本足の上に匣が載ったような奇妙な物体が列をなして鎮座していた。第八分隊の男たちの人数と同じ六体の匣が。
見るからに怪しいその匣からは内臓が蠕動(ぜんどう)するような音が微かに聞こえて来る。生き物のようであり機械のようでもある。人工生命の一種であることは兵士たちにも理解できた。ただしそれは兵隊の慰安用に造られた人形でないことも明らかだった。
《2》「怪しい匣」
「このオニイサンとオジサンたちを使っていいんだね?」
渋川は先ほど管理人室にいた少年とも少女とも判断がつかない人物が中尉と話していることに気付く。黒づくめの変わった制服を着ており、将校付きの小姓かなにかと思っていたのだが、燃えるような赤毛に玉のように白い肌、造り物がと思うほど容姿端麗なその人物は中尉殿と対等に話しているのだから予想は外れたということだ。
「ああ構わん。こいつらなら君の好きにしていい。気の毒な新任軍曹と可哀そうな新兵も混じっているようだが、この際どうでもいい。他は素行に問題があって左遷や転属を余儀なくされてきた半端者ばかりだ。その代わりと言っては何だが…」
「わかってるよ、約束の報酬は直接中尉さんに届くよう手配する。足は着かないから安心して」
鮫島たちは自分たちが何らかの不正な取引に利用され嵌められたことに気付いた。
「中尉殿、いったいどういうおつもりです。こんなことをして軍部に…」
「バレはしないのさ鮫島軍曹。こんな辺境の出来事など上は気にもしないね。そもそも我々男の価値などもう…まあ、諸君らは名誉の戦死扱いになるよう取り計らってやるから心配するな。わたしは失礼するよ、ここに長居すると私もそのおぞましい匣の餌食になりかねないからな」
「それじゃ、オニイサンとオジサンたちまた後でね。ボクはあっちの部屋で見てるから」
怪しい匣たちは聞き慣れぬ機械音声を発して起動しはじめた。
Pi,Pi,Pi,Peeeee…
Почніть активацію до блоку… автоматичної кастрації №6…
「ぬーやんあれー?(なんだあれは)」
古兵たちはすぐさま身構える。決して俊敏な動きではないのだが、匣はのそりのそりと四本足を動かし分隊の男たちそれぞれに狙いを定めて近づいて来るようなのだ。
「班長殿!ボーと立ってないで逃げて下さいよ。アイツら俺たちを捕まえるつもりですよ」
伊良部が無理やり腕を掴んで引っ張らなければ鮫島は足を掴まれていたことだろう。筐体から延びる四本足は移動の手段であると同時に触手のように変形して腕にもなる。
「…【去勢】…と言ってたんだ」
「ハイ?なんですって班長」
「俺は大学で露西亜語を専攻してたんだ。アレが喋った機械音声、似てるんだよ。キリル文字言語には間違いない」
「キリルだがキリンだが知りませんが今はとにかく動き続けて下さいよ班長殿」
第八分隊の男たちは体育館のなかを出来る限り広く使い、限られた遮蔽物も利用して蠢めき迫る匣との距離をとる。鷲山兵長が囲まれぬよう気を付けろと指示を飛ばす。上官とはいえ経験の少ない鮫島は邪魔にならぬよう古兵たちに付いていくのが精一杯だ。
「伊良部、お前は班長殿を補佐しろ!おいは新兵の興津を守る」
「了解であります兵長。インテリの班長が仰るには、コイツら俺たちのチンポを狙ってるかもしれませんぜ」
「チンポだとぉ???」
『オートマチック去勢ユニット6番マデ起動』
それが先ほど匣の音声が喋った内容だった。奇妙な匣はあらかじめプログラムされた目的に従い自律的に行動する人工生命なのだ。ユニットの名が示す通りその目的は男の去勢である。筐体内部には男の生殖器を用途に合わせて摘除、加工、保管するための機構が組み込まれている。その多機能さは一体一体が去勢工場と言っても過言ではない。
匣の筐体は主に珪素(シリコン)が高分子化したゴム状の素材で造られており自在に変形するモーフィング機能を有する。動きは緩慢だが人工筋肉が生み出す膂力は一般男性をはるかに上回り、一度捕まれば決して逃れることはできない。素材は捕らえた獲物が藻掻くほど硬くなり、慎重に動いたところで粘着して剥がせない性質を持っている。
男の身体から発せられるホルモンや体臭、ペニスや陰嚢の形状に反応する習性が刷り込まれており、起動されるや近くにいる男は無差別に去勢の対象となる。ひとたび捕まれば最後、男は必ずその生殖機能を根こそぎ奪い取られるのだ。権限者の停止命令がない限りこの人工生命は男狩りをやめない。
管理室では先ほどの少年と思しき人物が逃げまどう第八分隊の男たちを物憂げに眺めていた。
「まだ捕まってないのか…中年のオジサンさんもいるのにけっこう頑張ってるなぁ。まあみんな前線任務の兵隊さんだもんね、一般市民とは違うか」
走り回る男たちの股間ではペニスが右に左にと滑稽に揺れて彼らの太ももをペチペチと叩いている。
「フフっ、おチンチンぶらぶらさせながら逃げてるのおかしいや。人間の男たちは何であんなのが大事なんだろう。ただの股から生えた蛋白質の突起なのに」
数億年前には海から上陸し、体内受精をするようになった有羊膜類の共通先祖には既にペニスを作る遺伝子が備わっていた。しかし、実際のところ生物は進化のなかでペニスの遺伝子を出したり消したりと状況に合わせて選択している。現在、身近な鳥類のほとんどはペニスを持たない。鳥のオスはただ排泄腔を擦りあわせるだけで精子をメスに渡す。トカゲにもペニスがない種がいる。これらは元々ペニスが発生しない種ではなく、受精卵の胚が成長する段階でペニスの成長を止めわざと生滅しているのだ。
生命の進化を紐解けば、オスのペニスなど都合次第で生やすこともあれば切ることもある。人間のオスに今ペニスがあるのは「たまたま」にすぎない。無くなったところで大した問題はないのだ。精子を渡す代替手段などいくらでもあるのだから。
この人物がペニスに価値を見出さない原因は、自らが生まれながらにして生殖機能を持たない合成人間であることも影響している。生殖と性快楽という生命体の恩寵を持ち合わせない合成人間たちは、何故か男性生殖器に対して著しい嗜虐性を示す。それは設計者にすら解明できない破壊衝動であるため、運用可能段階まで制御できた個体は数体しか存在しない。男性への破壊衝動を抑えられずに欠番凍結されている個体もあるという。
合成人間たちはオートマチック去勢ユニットと補助脳を介して無線リンクが可能であり、いずれ世界中で男たちの大半を去勢する計画のために各地で試験運用が行われているところだ。
まだ鮫島たち隊員の去勢には時間がかかるとみた合成人間は管理室に備え付けられていた古いソファベッドに寝転ぶ。男たちの処理はオートマチック去勢ユニットに任せ、自分は昼寝でもして待つことにしたのだ。
「去勢ユニットの運用試験場、モンゴロイドのおチンチンで試すならこの辺鄙な駐屯地はおあつらえむきだな。これからもたくさん実験用の兵隊さんを用意してもらわないと。ふぁ~ムニャムニャ、ちょっくらおやすみなさい…」
《3》「去勢執行」
合成人間が午睡を貪る一方で、汚職の生贄にされた男たちはいよいよ追い詰められていた。現役の軍人らしく統率もとれ機敏に人工生命の魔の手から逃れている彼らも体力と集中力には限界がある。
六台の去勢マシンはその体表に一筋の割れ目を出現させた。割れ目のなかをのぞくと内部に淫靡なヒダがビッシリと敷き詰められているのが分かる。なまめかしく蠕動しトロリと蜜のような粘液を垂らしてオスを誘う穴だ。人工生命たちは人工膣を造り出したのだ。
「なんやアレは、やらしい穴こしらえよってからに」
女好きの渋川がめざとく反応する。兵士たちの性欲のはけ口となる慰安人形はこの去勢用人工生命が持つ変形機能を流用したものなのだ。それゆえこの怪しい匣たちも男根を慰める穴をその体表に出力することができる。オスの性欲を刺激して誘い込む作戦に切り替えたというわけだ。
「おい渋川っ!そんな偽もんに気を取られるな、足元すくわれるぞ」
鷲山兵長がそう注意を促したのもつかの間、穴に見惚れていた渋川は隙を突かれて足首を捉えられた。
「しもたっ、はなさんかいコラ!」
一か所でも掴まれてしまえば次々に他の手足も拘束されて、渋川の身体は軽々と宙に浮かび上がった。人工生命は捕まえた獲物を自らの体表に擦りつけてまさぐる。お目当ての突起物を男の身体に見つけるためだ。切り取るべきペニスの生えている場所を。
「なんじゃこりゃ、こいつ俺のチンポ咥えこんどるやないか。ああ、ちょっ、これ、ありゃ…気持ちええ、気持ちええやないかっ!うお、うおおお!?」
渋川のペニスは幾重もの生温い人工膣のヒダに包まれて硬く太く勃起していく。
「ちくしょう、そんなに俺のチンポが欲しいほしいんか。ほんなら一発やったろやないかいっ」
渋川がその気になると人工生命は相手を触手でホールドして逃がさないようにしつつも、男が腰をふる動作は許すように力を調整している。罠に誘われるがまま渋川は自主的にピストン運動をはじめてしまった。
「うおりゃあああ! どうや? ええやろ、めちゃくちゃに突きまくったるからな、覚悟せえよあほんだら」
ただ穴が付いているだけの立方体に倒錯して興奮する渋川一等兵。その様子に他の隊員は驚く。しかし、これは渋川が錯乱したわけではなかった。オートマチック去勢ユニットはペニスの亀頭粘膜や肛門の直腸粘膜から経皮吸収される薬物を投与する機能がある。穴の内部で分泌される粘液はピストン運動の潤滑だけではなく、様々な生理作用を男の身体や脳に及ぼすことができるのだ。結果、亀頭の感度は何倍にも膨れ上がる。それは去勢される男へ支払われる最後の報酬であり、決して抜け出せない底なし沼なのだ。
「渋川のやつ、頭イカレよったか…」
鷲山兵長が渋川の醜態に気を取られている間に一体の去勢匣が興津新兵に襲い掛かる。
「うわああ、助けてーっ」
「しもうたっ、興津逃げれええ!」
新兵を庇ったつもりが兵長は死角から虎視眈々と迫っていたもう一体の匣に気が付かず挟撃にあってしまう。二人は瞬く間に足元をすくわれ上に覆いかぶさられた。
「おおおお!なんちゅう力じゃ、びくともせん」
「兵長、助けてください…たすけて…うぐっ」
「すまん興津。守ってやれんじゃった…おいが気ば抜いたせいばい」
人工生命は彼らの両手両足の自由を奪うと身体に密着してペニスの所在を探す。目当ての突起物を見つけると人工膣の割れ目の中へと吸い込んだ。二人の亀頭が無数のヒダが生み出す摩擦によってしごかれる。膣壁から溢れる分泌液の媚薬効果も相まって、若い新兵のペニスなどものの数秒で勃起し、中年兵長のくたびれかけた男根すら全盛期の硬さを取り戻す。二人は騎乗位の形で上からパンパンと膣を下腹部に叩きつけられて身悶えするしかない。
「腰が…おいん腰が勝手に動く…気持ちよか、気持ちよかぞおおお」
「ああ…あぁ…ちんちん溶けちゃう、先っぽが穴のなかで溶けちゃう、気持ちい、気持ちいいよおぉ」
二人は不自由な状態にもかかわらず下からヘコヘコと腰を浮かせてペニスへの刺激をさらに強めようと躍起だ。敬虔なクリスチャンであるはずの鷲山ですら醜態を晒す。男という生き物が所詮は動物と変わらないことが露呈する。
「うひーーーっ! 放せっ、俺のキンタマに吸い付ぐな、放してぐれ」
叫び声の主は木下一等兵だった。去勢匣は彼の粗末な短小ペニスではなく、自慢の金玉に狙いを定めたのだ。陰嚢だけをすっぽり穴のなかに飲み込まれた木下は玉を舌で転がされる感覚に襲わていた。彼の精巣は去勢ユニットのセンサーによってじっくりとねぶり上げられ重さ形を吟味されていたのだ。
去勢ユニットは通常であれば最も見つけやすいペニスを標的にして作動する。男の行動を支配するためにペニスへの刺激は最適であり、また精子の採取と保存、遺伝情報の分析を行うためには射精を促すほうが容易だからだ。しかし、木下のように睾丸が人並みはずれて大きい場合は希少価値があるため精巣摘除が優先される。不幸にも自慢の金玉が仇となって木下は第八分隊の完全去勢者第一号となった。
「くそっ、おらの金玉転がして遊んでやがるか?」
筐体内部でリング状になった珪素組織が陰嚢の根元にはめ込まれた。リングによって下へ下へと陰嚢が伸ばされていく。男の身体と精巣を繋ぐ精索を限界まで伸張される痛みに木下は苦悶の表情で耐えるしかない。絞られた陰嚢に睾丸の形がクッキリと浮かび上がった。
木下の脳裏に走馬灯のように蘇る風景がある。家業で飼っている牛が柵に縛られて去勢される姿だ。雄牛は肉質改良のため睾丸を抜かれるのが常だった。獣医にまかせれば一頭当たりの手数料が馬鹿にならないので、木下のような家族経営の畜産農家では自分たちの手で雄牛の去勢をするのが当たり前だ。
「…おらは金玉抜かれるのが? いやだ、いやだ、やめろっ、おらはべご(牛)でねぁーぞおおお!」
自らも牛を去勢した経験のある木下は次にどんなことが起るのか最悪の事態を予想できてしまう。そしてその通りのことが起ってしまったのだ。鋭利な刃に変形した珪素組織は彼の陰嚢にサクリサクリと左右に二本、切れ目を刻む。
「痛えええ!コイツ玉の袋を切りやがった、やめでぐれええ!おらは国さ帰ったら嫁とまだ子供づぐりでんだ、めんこい娘さ授かるんだ。金玉どらねぁーでぐれえ、赤子つくれんくなっちまう、やめでぐれええ!」
陰嚢を絞り込む圧力は木下の精巣を簡単に袋の外へと押し出してしまう。ニョロリと白質硬膜に覆われた金玉が二つ顔を出してくる。絞り込みは止まることなくグイグイと続けられ、リングは最終的に左右に分かれて精巣上体の直上で回転する装置になる。それはインパクトドライバーの要領で精索を絡み取り睾丸を捻じり切るのだ。
グリグリグリグリグリグリグリ…
「あひいいいいい!」
陰嚢から引き出された木下の金玉が容赦なく振り回されている。
グリグリグリグリグリグリグリ…
「あぐ、あぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
10回、20回、30回と精索の捻転が続く。
「だめっ、だめっ、はあああ、それだめええええ」
グリグリグリグリグリグリグリ…ブツっ、ブツっ。
「いっ!? がはああああああ!」
ついに限界がきた筋がはじけて精巣は完全に身体から離断する。不思議なもので玉が無くなることでわずかに軽くなった股間を木下はちゃんと感じることができた。もう永遠に新しい子の父親にはなれない現実を突きつけられて一等兵はむせび泣く。
「うぐっ、ひぐっ、うぐうぅ…ひでえよ、ひでええよおお…」
切り取られた精巣はユニット内部で真空パッケージが施される。透明フィルムにピッチリと包装された精巣が二つ、匣の体表からせり出してきて無造作に床に落ちた。しかし、去勢はまだ終わっていない。短小であっても彼にはペニスが残っている。精巣喪失で錯乱する男を尻目に、人工生命は彼の股間をまさぐりペニスの所在を確認して飲み込んだ。玉無し男にもはや射精を誘導する必要性は低い。人工膣内で勃起したペニスもセンサーにより原型加工に値しない形状と判断された。短小ペニスには相応の処分が下されるのだ。
『ペニス形状ガ一定基準ニ達シテイマセン。粉砕処理ヘ移行シマス』
人工膣の内部は電動の鉛筆削りに酷似した形状へと変形する。木下一等兵の短小ペニスは言うなれば短くなり過ぎた鉛筆と同じだが、オートマチック去勢ユニットの手にかかれば余すことなく削ることが可能だ。陰茎の表皮から順に海綿体の中心に向かって薄く薄く剥ぎ取られていくのだ。削りやすいよう事前に乾燥処理が施される。膣壁からの分泌物が液体窒素に入れ替わり、三人の子をつくった父親のペニスは煙を上げて凍結していく。陰茎フリーズドライだ。
シュワワワワワ…パキパキパキパキ
「ぎゃひっ、冷たいいい! チンポ冷たいいいっ」
ゾリゾリゾリゾリゾリゾリ…
「えっ?、えっ、なに、なに?」
コリゴリゴリゴリゴリゴリ…
「はっ! チンポだめ…チンポだめえええ!」
包皮も亀頭も海綿体も全てが乾燥凝固したペニスはペラペラの節になって散っていく。凍りつき壊死した陰茎は痛覚が無いので、木下は大切なイチモツがゴリゴリと削り取られる振動を下腹に感じ取るだけだ。去勢匣はペニスの削り節をパッキングして体表に出力する。もし製造過程を見ていなければ鰹節のパックにしか見えないことだろう。
『ユニット№4完全去勢完了。出力結果、①ランクS精巣パック×1、②ペニスの削り節×1』
「…でーじ…しかんだー(なんてこった)木下のやつタマを千切り取られたぞ。チンポコは削り節だ。男のイチモツを食いもんみてえに…」
鮫島と伊良部の表情が一気に強張る。
「伊良部、俺のことはいいからお前だけでも隙を見て逃げろ。おそらく渋川や兵長たちがチョン切られるのも時間の問題だ。お前の足手まといにはなりたくない」
「なんくるないさー! 諦めちゃいけませんよ兵長殿。戦場では諦めた奴からあの世に行くんです」
伊良部は人懐っこい顔でニッカリ笑うと鮫島の肩を掴み投げ飛ばした。鮫島を狙っていたユニットに加えて、木下の去勢を終えた個体も加わり囲まれる寸前だったからだ。庇った伊良部は当然自分が去勢匣の餌食となる。
「いいですかい班長。ひんぎる(逃げる)にゃあ管理室が狙い目だと思います。あの子供みたいなやつをとっ捕まえてなんとかコイツらを止めさせるんです。ガキ一人ならなんとかなります。俺が引きつけますから走って下さいっ!」
伊良部一等兵は声を張って自ずから去勢匣に飛びかかる。
「ぃやーらー(おまえら)、たっぴらかすよ!(叩き潰してやる)」
すると人工生命たちの防衛本能が去勢プログラムの優先度を上回り、三体の匣は一斉に伊良部へと飛びかかった。
『緊急シークエンス、対象ヲ制圧シマス』
三体の匣は連携して狩りをする。一体が対象の拘束、残りは威嚇に専念するスタイルだ。X型の磔台に変形したユニットは、捕らえた南国男の巨体を晒しものにする。他の二体は触手を打撃用に硬化させ無数の鉄拳を鎮圧対象に叩きこむ。
伊良部の巨体がボロ雑巾のようになっていく。衝撃と激痛で意識が薄れる。口に広がる鉄の味。肋骨は折れ頬骨が陥没する。胃や肺からも出血し吐血がはじまる。だが徐々に激しい痛みは薄れていく。神経が麻痺し硬直する筋肉から力が抜ける。それでも人工生命たちは攻撃を止めないが、一方でペニスや睾丸には一切手を出していない。
「うぐっ! おごっ! がはっ! ひっ、はぅ、あぅ…おえっ、おええええ…」
伊良部は唾液とも胃液とも血液ともわからぬような鈍色の体液を吐き出す。もう判別がつかないほど腫れている顔は涙と鼻水でさらにグチャグチャになり、全身の皮膚が内出血で青く染まっていくのだ。
同じ頃、渋川たちは狂った猿のように腰をふり続けていた。幾度か射精を繰り返し既に空撃ちをしているのだが、それでも人工生命は男たちのペニスから精液を引き出そうと亀頭や裏筋へ執拗な刺激を与え続けている。渋川などは大きなエラが災いして摩擦で破れた粘膜から出血しているほどだ。
「はうっ! ぬうう! うおっ! あっ、ああ、うお…ぬふっ!」
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛っ!!」
「ひぎいいいっ! いいいっ!!」
方々から聞こえる部下の呻き声。もとより下品で下半身に節操がない渋川はともかく、元牧師の鷲山や童貞の興津も獣のような声をあげて本能の赴くまま尻を動かしているのだ。
リンチにあった伊良部は磔台でうなだれ、可愛そうに木下はリノリウムの床に伏して股間から血を流している。これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。鮫島は入口を目指し一心に走った。しかし、ようやく管理室にたどり着きドアをあけた鮫島は肩透かしを食らうことになる。あろうことか例の子供はソファの上で丸くなり可愛げさえ醸し出して微睡んでいたのだから。鮫島は一瞬でも油断した自分を戒め頬をはたき、咄嗟に机にあった古いメジャーを手にすると眠る子の首に巻き付けた。
「オイお前っ、今すぐあの匣を止めろっ」
「えっ? なになに??、痛いなあ…もぅ。オニイサン逃げてきたの?」
「うるさいっ、俺は止めろと言っているんだ、早くしろぉ!」
大人の軍人に首を絞められているというのに焦る様子は全くない。それもそのはず、去勢用の人工生命などより数段高度な技術と潤沢な予算で育成される合成人間は、バイオハザードを起さない範囲で考え得る最良の遺伝子を組み込まれたデザインヒューマンだ。神経の反応速度や筋肉繊維の密度がもたらす身体能力は訓練された男性軍人を容易に凌駕する。
「気持ちよくお昼寝してたのに…」
首に巻かれていたメジャーの紐は華奢な指だけで解かれてしまった。
「あれ、オニイサンまだおチンチン切られてないじゃん。今回の試験ユニットはいまいち捕獲の手際が良くないのかなぁ」
予想もしない状況に驚いた鮫島ではあったが、仲間の惨状を思うと怒りが沸々と湧いて来る。
「貴様よくも木下の…、あいつは幼い子供たちの父親なんだぞ! それをよくもあんな惨い目にっ」
「えっ、もしかしてまだ一人しかおチンチン切られてないの? 15分もあればオニイサンたち全員の去勢は済むと思ってたのに…ダメダメだなあ」
合成人間は館内に面した小窓から様子を覗く。
「あー、精液を搾り取るのに躍起になってるのが三体と、防衛本能で戦闘モードに移行したままプログラムがスタックしているのが三体だね。なるほど納得」
状況確認がすんだ合成人間は処理行程を修正するために脳量子波による指示をオートマチック去勢ユニットたちへ送信した。
>精液採取量が限界値のユニットは対象の射精中枢をリセット
>戦闘態勢の三体は鎮圧シークエンスを解除。速やかに対象からの精液採取へ移行
>陰茎及び精巣の摘除については全ユニット実行を保留
>手の空いた二体はボクのいる座標へ急行し人間のオスを拘束
実際にはマシン語に近い暗号通信だが、合成人間が放った命令は概ねこのような内容だった。
ドンっ!
管理室の扉が押し倒され二体のユニットが鮫島の前に立ちはだかる。逃げ場はもう何処にもない。鮫島の抵抗は全くの無駄に終わった。
「折角だからオニイサンも一緒においでよ。 仲間のおチンチン切るところじっくり見せてあげる」
合成人間は去勢ユニットのモーフィングコードを即席で書き直し、形状と機能を拷問用の電気椅子に変形させた。頭部から両足首までがベルト状の珪素繊維でギチギチに固定された鮫島は、全身を隙間なく針で突き刺されるが如き痛みに襲われる。
「うごっ、ががががががががっ!」
感電ショックで皮下組織は熱傷を受け、四十度に達した体温で意識は朦朧とする。先ほどまでの気概などあっと言う間に削がれてしまった。
「うんうん、おとなしくなったね。じゃあ、ついておいでよ軍曹さん」
体育館にもどると再び男たちの呻き声が聞こえてきた。渋川のペニスは血まみれで限界まで勃起したまま既に10分近く空撃ちを続けており、鷲山と興津のペニスもヒクヒクと鈴口が痙攣するだけで同様の状態だ。三人とも絶頂が来る度に弓なりになって腰を突き出しはするが一滴の汁も吐けないでいる。
合成人間は執拗に亀頭への刺激に拘っていたユニットの行動にパッチをあてる。肛門より挿入した触手で前立腺と射精管へ直に電気パルスを流し、自律神経支配に強制介入することで本来の限界まで射精させるメソッドを学習させたのだ。
生殖戦略上、オスは同じメスが相手の場合は射精量を無意識に調整しているのだ。もし新たなメスに出会えた際に、受精に必要な量の精子を射精しなくてはいけないからだ。電気パルスで疑似的に射精中枢をリセットされた渋川たち三名は再び濃度の高い固形物かと思うような精液が尿道を駆け上るのを感じる。男根を迸る奔流はオスが本能的に求める最高の悦楽なのだ。その瞬間のために生きていると思えてしまうほどの。
「なんやこれ、もう無理やて、あかん!もうあかんて、ほんまに限界やああああ!」
「うおおおっ、でがい一発ばくるぞっ。出る、出る、イクウウウ」
「…またくる、またくる、またイッちゃうー」
ヌボボボボ、フドリュブ、ヒブブブルブッ…
デュルルルルルルルルルウッ…デュッ…
ビュビュビュビュビュビュビュッ!!
ビュビュビュビュビュビュビュッ!!!
ドビュ――――ッ!!!
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
「ぐううううううううううう」
「わあああああああああああ」
搾精された兵士たちの精液は一体の筐体内部にまとめてプールされた後、ポリ塩化ビニールのパックへ充填された。白濁とした液体でパンパンに膨れた容器を手にした合成人間は、その十分な量に満足したようだ。
「よし、出し切ったみたいだね。これはいいスープの素になりそうだ」
床に落ちていた木下一等兵の精巣とペニスの削り節のパックも拾う。
「これなかなか立派な精巣だね。オニイサンたちの部隊ってモンゴロイドにしてはおっきいおチンチンや立派なキンタマを持ってるよね。モンゴロイドのペニスは肉質に独特の密度があって歯ごたえがあるから、柔らかいおチンチンがが多い欧州連邦あたりじゃ人気の食材なんだよ」
「ゴホッ、ゲホゲホ、しょ、食材…だと…、俺たちの…」
電撃で麻痺した気管に唾液が絡み咽て声は出しにくかったが、食材という言葉に耳を疑った鮫島は聞き返さざるを得ない。自分たちの生殖器が食材であるはずがないだろうと。
「ここで試験しているオートマチック去勢ユニットたちは食材としてのペニスや精巣を採取、加工、保存するための機能を特化しているタイプなんだ。あの三体が精液の採取にこだわり過ぎてスタックしてたのもそのせいだね。改良点が判明してよかったよ」
「男の証は…食もんじゃ…な…ぃ」
「えっ?おチンチンは食べ物じゃないって言ったの?」
鮫島は返事はせず合成人間を睨んだ。
「えー、むしろ食材にしてこそ意味があるんだ。ほんとはおチンチンを勃起させて射精する機能なんて別にいらないんだよ。オスの遺伝情報を採取して卵細胞に受精させるなんて他にいくらでもやり方はあるもの。オスなんて精子さえ作ってしまえば後は使い捨てみたいなものでしょ?」
合成人間はオスがいかに役に立たない存在であるか滔々と述べはじめた。
「動物でもオスは用心棒をしたり、餌運びをしたり雑用を押し付けられてるじゃない。ハーレムを作る動物なんてボス以外のオスは遺伝子すら残せないし。メスだけで単為生殖してオスがとっくに滅びている種もあるけどさ」
つまり、食材になる部位が生えているだけまだ人間のオスには利用価値があるのだと合成人間は言いたいのだ。次世代を生むメスと違いオスが存在し続けるには常に新たな利用価値を見出し続ける必要があると。
「オニイサンをこれからおチンチン料理の食事会に招待するよ。腕をふるうからさ、ボクのお客さまになってよ。ね、いいでしょ?」
合成人間の戯れに付き合うなどあり得ない鮫島は当然断固拒否の意思を示す。
「ふざ…けるなっ… 部下たちを…か、解放しろ…、今、スグ…」
《4》「興津新兵のメニュー」【新鮮なペニスの活造り】
最初の一品。まだ十七歳と若い興津新兵から切り取ったペニスを、新鮮な生の状態で刺身にして供する。興津の下半身を飲み込んでいる去勢ユニットは童貞少年兵のペニスを何の躊躇もなく切り取りはじめた。陰茎の生え際をなぞるように丸く刃を入れるが、深く腹腔に隠れたペニスの根をえぐることはない。そこは刺身に適した部位ではないからだ。ほぼ腹と同じ面に沿ってそぎ落とす。
サクサクサクッ、サクサクサクッ
「痛い、痛い、痛いいいいっ!」
刺身にするためには包皮を剥がさねばならない。興津のペニスは陰茎小帯の付け根からぐるりと薄い切れ目を入れられた後、亀頭を押さえて根元の方向に一気に皮をひき剥がされた。正味の肉棒となったペニスは贅沢にも亀頭と根部は切り落とされる。中間部分の陰茎海綿体を主とする組織だけが刺身用の食材になるのだ。タンっ、と包丁で落とされた興津の亀頭が床に転がった。
「チンチンの先っぽ、僕のチンチンの先っぽが転がってる…」
向こう側がギリギリ透けて見えない程度に陰茎海綿体をスライスする。薄すぎても厚すぎてもいけない。噛めば独特の腰がのこる歯ごたえが重要だ。興津一等兵の若く血色の良いペニスはピンク色の断面をしており、見栄えが映えるよう皿に盛りつけられた。からしと酢醤油を添えて完成だ。
「一品目の料理ができたよオニイサン。はいアーンして」
「うぐっ、もが、もがあああ!」
「ダメダメ吐き出しちゃ。もったいないでしょ。ちゃんとモグモグしようね」
合成人間は鮫島の口の中へ刺身を放り込むと下あごを持って無理やり咀嚼させる。適当なところでグイと上を向かせれば嚥下反射が起り飲み込まざるを得ない。
「どう、おいいしい? 第二次性徴間もないペニスはやっぱり刺身が一番だよね。まだ雄特有の臭さみも少ないし、かといって乳臭い子供のおチンチンでもない。ちゃんとオスの旨味があって、それでいてひねたペニスには無いフレッシュさがある」
「おえっ、うぐっ、おえええっ…、まだ女も知らん若者のチンポを…こんな、こんな…興津、すまんっ」
しかし、二枚、三枚と刺身を口に入れられるたび、鮫島は目の前の皿に盛られている新兵のペニスが段々と食材にしか見えなくなることに内心戸惑っていた。旨いか不味いかで言えば、それは確かに旨かったのだ。
貧しさから軍隊に志願するしかなかった下町の少年。そんな若者から切り取られたペニスを俺は喰っている。しかも、それを旨いと思っている。畜生にも劣る外道の所業だ。意識は頑なに認めようとしないのに、身体はそれを栄養として受け入れてしまう矛盾に苦しむ。
「ペニスは強壮といってね、身体を温めてくれる効果があるんだよ」
合成人間の言う通りだった。鮫島の戸惑いは旨さだけではなかった。自分のイチモツが熱を帯びはじめていることへの気付きこそが核心だったのだ。
《5》「伊良部一等兵のメニュー」【豚足風陰茎の煮込み(ティビチ)】
伊良部一等兵の意識は遠く故郷の沖縄にいた。うりずん(初夏)に咲くデイゴの紅い花びらが嵐に散る。その紅色と対照的な蒼い空に男児の成長を願う鯉のぼりが風にたなびいて泳ぐ。男児は祝いの席で好物の豚足の煮込であるティビチをたらふく食べさせてもらう。泡盛とグーブ(昆布)出汁の効いた豚足はデーグニ(大根)と一緒に柔らかく煮込まれ、豊富なゼラチン質がとろける舌ざわりが絶品の料理だった。伊良部一等兵はそんな懐かしいティビチの薫で目覚める。
「…くまー…うちなーぬやーが?(俺は家に帰って来たのか)」
伊良部は去勢匣が変形した磔台に縛られたままだ。勉強はからっきしでも身体と根性だけは太鼓判を押された巨漢は、リンチの間どんなに殴られようともそのふてぶてしく垂れる太い陰茎を縮こまらせることはなかった。しかし、彼が目覚めて目にしたものは亀頭にフックを引っ掛けられ皿の上に釣り下がった己の陰茎だった。
飴色に煮込まれ湯気をあげる陰茎が自分ものだとも、それが生殖器であるとさえ伊良部は最初のうち気づきはしなかった。溶け出したペニスの脂肪は皿に肉汁の溜まりをつくっていた。
「…あがー(痛い)、あちこち痛くてたまらん。チンポもあがー。匣の化物どもわんのイチモツも殴ったね?」
全身の痛みにカモフラージュされて分からなかった伊良部も、しだいに下腹部にはしる鈍く疼く痛みが気になりはじめる。ふと自分の股間をのぞきこむと…。
「…無い…わんのチンポどこね。チンポ無いぞ…わんがタニ(チンポ)ぬねーんどー!!?」
平常時でも胴回り十五センチはあった息子の姿はなく、代わりに尿を排泄するだけの細いカテーテルが僅かに顔を出しているだけだ。
「お目覚めだね。オジサンのおチンチンすごく太かったからさ、ザラメと泡盛で甘辛く煮させてもらったよ。美味しそうでしょ?」
先ほどから吊るされていた長い肉棒は自分のペニスだったのだ。去勢ユニットは伊良部が気を失っている間に、陰茎を恥骨近くから根こそぎくり抜いていた。陰茎は調理の時間短縮と調味料を海綿体組織に浸透させやすくするため、数ミリ間隔で表裏とも斜めに刃を入れられていた。長く伸びて見えたのは蛇腹切りにされていたせいだ。
「ほらみて、オジサンのおチンチンだよ。すごくいい匂い。今から切り分けてこちらのオニイサンに食べてもらうね。毛むくじゃらのオジサンはそこで見てて」
合成人間は吊り下げられたペニスの肉をナイフで食べやすい大きさに削いでいく。その様は規模を小さくしたトルコ料理のドネル・ケバブに似ている。
「すまん伊良部、すまん…うぐ、もが、モグモグ、ごくっ…ぷはっ、許してくれ、俺を許してく…うご、もがが、モグモグ、ごくっ、はあ、はあ…ひいっ、もごごおお、ごっくん」
鮫島は次々口に押し込まれてくる伊良部のペニスを必死に咀嚼して嚥下する。そうしなければ喉に詰まる勢いで肉が放り込まれる。何より自分が座っているのはあの去勢匣なのだ。自分もいつペニスを切られるかわからない。結局、二品目の料理も全て平らげてしまった。鮫島は部下たちのペニスを食べるほどに、股間の熱が高まり精力が満たされていくのを感じていた。
「伊良部すまんっ、すまん…すまん…」
鮫島は自分を庇い犠牲になった部下に申し訳が立たず、まともに顔を見られないでいる。
チョロチョロチョロ、ジョッ、ジョボボボボ…
食事場には似つかわしくない排泄物の匂いが漂う。去勢された影響で尿道を締める球海綿体筋が上手く働かず、伊良部はカテーテルの先から尿を盛大に漏らしてしまったのだ。
「班長殿…俺のチンポ旨かったですか? 俺の、俺の股…見てください班長殿、俺はまともにションベンもできません。二度とチンポで気持ちよくもなれんのです…」
《6》「渋川上等兵のメニュー」【松茸風陰茎の土瓶蒸し】
「こってりした煮物のあとは口をさっぱりさせたいよね。三品目は素材の風味をそのまま味わう料理にするよ」
合成人間が次の食材に選んだのは松茸のようにエラの張った渋川のペニスだった。精巣上体に貯め込んでいたほぼ全ての精子を射精し、玉切れになった渋川は匣につっぷすように倒れ込んでいる。よがり狂っていた間の曖昧な記憶を辿ろうとするが上手くいかないうえに、視界もぼやけてはっきりしない。
「あかん、腰がガクガクや。今何時や、もう兵舎に帰らんとどやされるで…おーい、だれかおるんか? けったいやな。木下お前…床に寝ころんどるんか? 伊良部どないしてん、ボロボロの血だらけやないか…なんや、ここはどこや?」
ピピッ。
『カッティング指示ヲ受け付けマシタ。裁断ヲ実行シマス。ペニス分割』
合成人間からの指示を受け取ったユニットが挿入されている渋川のペニスを三分割するため内部機構を組み換えはじめる。扇形が三つ向かい合わさった刃が用意され、人工膣も裁断を確実にするためのペニスが逃げないよう固定する。
シュイイイイイイイイ…バスンッ!
渋川のペニスを正中で捉えた刃は薄く鋭い切っ先を猛スピードで射出し、男の股間から生えているキノコを根元まで一気にカチ割ってしまった。フルーツカッターが林檎を分割する要領で渋川のペニスは三分割にされたのだ。ペニスの構造上、陰茎海綿体二本と尿道海綿体一本に分解するので解剖学的にも理にかなっていた。
「へ? なんやチンポが熱いで、俺のチンポどないしたんや? いやちゃうわ…俺、これ…痛いんや、痛たたたた、ひっ、ひいいいーっ」
去勢ユニットは渋川の松茸を収穫するため人工膣の小陰唇周囲にニョキニョキと乳歯のような刃を生やす。かろうじて根元では繋がっていた渋川の松茸もその歯に噛みちぎられてしまう。
ガジリっ、ガジリっ、ガジリっ…ブチンっ!
「ぐっ、ひっ、がっ! 痛ってえええええ!」
渋川は腰を引き股間を確認する。恥骨の下、ペニスの無くなったギザギザの断面からは血潮が溢れ出し、床に赤黒い溜まりをつくっている。
「!? お、お、俺のチンポ無くなっとるやんけ、どこいったんや、俺のチンポどこやあああ」
人工膣はブピュ、ブピュと卑猥な音をたてて縦に三分割された肉棒をひねり出す。血だまりのなかに落ちたそれは傘の開きかけた松茸に見えないこともない。
「いいねこの形。オジサンのおチンチンは亀頭の傘がよく張ってるし、茎も硬くて歯ごたえがありそう。キノコ料理にはピッタリだよ」
渋川はガクリと膝をつき茫然自失、声も出ないまま口だけをパクパクと動かしている。合成人間は特に何も気にする様子もなく男の松茸を拾い上げて調理にうつる。まずは吸い地(出汁)をとるため木下のフリーズドライペニスを削ったペニス節を湯に入れる。とろ火で85℃に調整し、ペニス節からチンポエキスが煮出るのを待つ。10分ほど経ったら目の細かい網でこし、塩で味を調えればベースになる吸い地は完成だ。
黒々とした美濃焼の土瓶に渋川の松茸チンポ敷き、そこへ木下のペニス節でとった吸い地を注ぐ。男からとれる出汁のみを極限にまで研ぎ澄ませて味わえる料理なのだ。蒸し器から取り出され湯気をたてる土瓶が鮫島の前に給仕された。
「お待たせオニイサン。さっそく男の松茸を召し上がれ」
蓋を開けると広がるのはむせ返るような雄の薫。その煙を吸うだけでも精力がつきそうだ。既に鮫島は股間にジリジリとした熱さを感じていた。
「熱いからフーフーしてあげるね。はいアーンして…」
「いやだっ、ヤメロ、あちっ、あちち、はふっ、はふっ、ほく、ほく、ふむ、あむあむ、ごっくんっ、あちちっ、はふっ、はふっ、ほくほくほく、ごっくん」
「どう? 口の中がサッパリするでしょ。酢橘を少し絞ってあるんだ。ペニス料理はどうしてもゼラチン質で脂っぽくなるからね」
「ふざけんな! もういいかげんにやめ…あちちっ、はふ、はふ、はふ、うむ、ごくん。クソっ渋川、木下、スマン、スマン、スマン…お前らのチンポ喰ってる、俺はお前らのチンポを…」
「フフッ、だいぶ慣れてきたみたいだね。もうお肉にしか思えてないんでしょ?頭では必死で抵抗してるんだろうけどさ。おチンチンもキンタマもただの蛋白質だよ。アジア人はお魚の白子とかよく食べるんでしょ。魚卵かってメスの卵巣だし、オスだけ特別なんてあり得ないもの。だから別に変じゃないよ」
三品目の料理を完食した鮫島は否定できなくなっていた。身体からは痛みが消え、ペニスに含まれるコラーゲンのせいか肌に艶すら感じているのだ。
「土瓶蒸しの正味はやっぱり出汁のエキスをそのまま味わうことだよね」
合成人間はお猪口に渋川と木下のチンポエキスを注ぎ、零さないよう注意深く鮫島の口に運んだ。若い父親の優しさと、無類の女好きらしい節操のない強烈な芳香が一緒になって舌に広がる。飲み下すごとに全身の毛穴から精気が漏れ出るほどの充実感がみなぎって来る。ついに鮫島の股間は硬い芯をもちはじめた。
《7》「木下一等兵のメニュー」【睾丸の塩釜焼き】
「睾丸も食べないといけないね。ペニスは身体を温めるけど、精巣は滋養といって身体を潤わすんだよ。睾丸は陰、ペニスが陽の関係でバランスをとってるんだ」
合成人間は木下一等兵の精巣パックをとりフィルムを剥がす。玉を手のひらで転がしてみると子だくさんの若い父親はさすがにずっしりとした精巣で、精子を生産する精細管密度の高さがうかがえた。
睾丸の滋養を最大限引き出すために選ばれた調理法は塩釜焼きだ。精巣を覆う白膜は丈夫だが、塩気が入り過ぎないように水で戻した昆布で巻いて保護する。大きめのボウルで卵白を溶き、そこに粗塩を大量に入れて練る。昆布巻きにした精巣をこの塩で厚く包みオーブンで焼き上げていく。
「こうすれば釜土効果でじんわりと火が通るんだ。直火にならないからしっとりとした食感を保てる」
赤髪の合成人間は調理をはじめてからずっと上機嫌だ。鼻歌すら歌いながら男たちの生殖器をまがりなりにも食べられる料理にかえていく。男性生殖器に対する激しい破壊衝動を、調理という創造性豊かな作業に昇華することで合成人間は人格の破綻を起さず安定する傾向があるのだ。
「あいいい! 痛いっ、あっ、ぐっ、あがっ、痛いいいい!」
突然聞こえてきたのは、床に倒れている木下の叫び声だった。彼の身体は去勢ユニットに飲み込まれ、下半身は赤子のオムツを穿いたような姿ですっぽりと匣におさまっていた。
「痛い、痛いって! また、またこいつ俺の股間を…うぐううっ、もうやめてくれ、何をするんだよ、おまえらこれ以上俺に何するんだよおお」
鮫島は部下の声を聴けて安堵したものの、男の全てを奪われた木下にこれ以上どんな災難をふりかけるのかと怒り心頭、もし合成人間の指示ならば看過できない。
「木下どうした?だいじょうぶか、おい! 木下に何してやがる、もういいだろうが、これ以上あいつを苦しめないでくれ」
合成人間は呆れた顔だ。
「あれは尿道確保の手術をしてるんだよ。命を助けてるの。いじめてるわけじゃないよ勘違いしないで。さっき毛むくじゃらのオジサンが管からオシッコ漏らすの見たでしょ? 膀胱に直結するカテーテルを埋め込んでるんだよ」
ペニスを失った男にとって尿閉塞は大きなリスクになり得る。古代中国の宦官も男根を切り取った後に詰めた栓を抜いて尿が出なければ、すなわちそれは死を意味したという。
「放っておいても大丈夫だよ。男にわざわざ麻酔はかけないから叫ぶだろうけど。オスのほうがメスより痛がりなのは知ってるけどさ、我慢してもらわないとね。だってオスだもの、当たり前でしょ」
オーブンから精巣を包んだ塩釜が取り出される。トンカチで粗塩の殻を割るのだが、まるで睾丸をハンマーで殴られているように感じて鮫島はおもわず目を逸らす。昆布のお包みをほどくと蒸し焼きになった木下の精巣が現れた。
「食べやすくスライスしても良いのだけれど。丸ごと口に含んで玉がはじける食感を味わってほしいんだ。そのまま一個食べてみようね。はい、アーンして…」
「ほふうっ! はむ、はむ、プチ、ほあっ、プチプチ、ジュワワ…」
鮫島の犬歯が精巣の硬膜を突き破り、前歯が楕円型の球体を半分に裁断した。そうして防御力を失った睾丸は臼歯によってすり潰されてしまう。柔らかい食感のなかにサクリと小気味のいい歯ごたえもする。レバーに似た風味はあるが強いクセは皆無で、匂いがキツイということもない。精巣は非常に淡白なのだ。
俺は若い父親の金玉を食べた、そしてそれを美味だと感じている。何故か涙が次々と溢れてきてとまらない。これは純粋な哀しみだと思いたい。部下に同情を感じるのは確かだ。しかし、生殖戦略上のライバルでもある自分以外のオスを征服したという高揚感もある。戦場で敵国の男を殺める瞬間、申し訳なさと共に俺はこれと似た感情を抱くのかもしれないと鮫島は思った。
「班長殿、かえしてくなんしぇ…おらの金玉がえしてくなんしぇ…嫁ど一緒にさ…赤ぢゃんづぐるにさ…おらは国に帰ってづぐるにさ…」
鮫島は部下の目が見れなかった。木下の精巣はどちらも既に自分の胃におさまっていたのだ。
チョロチョロチョロ、ジョッ、ジョボボボボ…
大の男が粗相をしてションベンを漏らす音だ。木下が短小だったとはいえ、股間に埋め込まれた細いカテーテルほど粗末なわけもない。それは三人分の子種を植えるのに十分なペニスだった。若い父親は膀胱から溢れる尿を止めことも出来ず、ただ情けなく垂れ流していた。
《8》「鷲山兵長のメニュー」【睾丸鍋】
鷲山の目と耳は第八分隊の仲間の様子をよく捉えていた。兵長として現場のリーダーとして、上官以上に兵たちの動きには常に気を配る癖がついているからだ。木下が睾丸を引き抜かれるときの苦悶の表情も、すぐ側で新兵の興津がまだ童貞のペニスを切断されるときの悲痛な叫びも、伊良部が気絶したまま男の証を奪われていく様子も、イチモツを喰いちぎられた渋川が血だまりのなかで膝をつき茫然とする姿も、鷲山の目と耳はしっかりと捉えていたのだ。
今彼の耳に聞こえて来る絶叫は、奪われたペニスの代わりに排尿用カテーテルの挿入手術を受ける痛みに耐える声だ。去勢ユニットに下半身を飲み込まれた興津と渋川がションベンをするための細い管を股間に埋め込まれている。
そんな凄惨な状況のなかで何よりも鷲山が受け止められなかったのは、新任の鮫島軍曹がその巨根を天井に向けて隆々と勃起させ、隊員たちのペニスや精巣を食べていることだった。最初は頑なに嫌がっていた軍曹も、今やどちらかと言えば積極的に隊員の生殖器を摂取しているように見える。
鷲山の身体が二体の去勢匣に持ち上げられた。兵長はいよいよ自分の番がきたのだと覚悟する。グラグラと煮え立つ鍋の真上に運ばれ、ハンモックのように手と足をそれぞれ両端に拘束された身体は、ペニスを下に突き出した形で弓なりになる。沸騰した湯から立ち上る水蒸気。チリチリとした熱をペニスの先端に感じる。もうあと10センチも下がれば彼の息子は鍋の熱湯で茹でられることになるのだ。
「鍋の味も結局は出汁が決め手なんだ。一番歳を取っているオジサンのおチンチンを最後まで残しておいたのはそのためさ。オジサンにはチンポエキスをたっぷり出してもらわなきゃ」
人並みのペニスであっても歳をとり熟成することで味わい深い出汁の素になるというわけだ。鷲山の陰茎はピッタリの素材だった。鍋の出汁を取る際に重要なのが決してペニスは切り取らずに男の股間にぶらさげた状態で湯に浸すことだ。出汁チンポの持ち主が熱湯の痛みをチンポで味わうことによって、うまみ成分が一層豊かに染み出して味に深みを与えるとされる。
「うぎゃあああああ! 熱か、熱か、熱かあああっ! チンポ煮える、おいのチンポ煮えとーばいっ」
沸騰する一滴の湯が皮膚に付着するだけでも声を上げるほどの熱さであるのに、鷲山のペニスは全体がすっぽり鍋に浸かっているのだ。熱傷による想像を絶する痛みが亀頭粘膜と陰茎の神経を刺激する。それは数万本の針が一斉にペニスへ差し込まれるような感覚だった。
「ぎひいいいいいっ! も、もう、よかけん…切ってくれえ、た、頼むけん…、おいんチンポ切ってくれええええ!」
鷲山は叫び、藻掻き、ついには自発的にペニスの切断を願い出た。だが男が苦しめば苦しむほど美味いチンポエキスが鍋に溶け込むのだ。そう簡単に願いは聞き届けられず兵長のひねたペニスは10分間に渡りグラグラと煮出された。
「そろそろ頃合いかな。おチンチンで痛がってもらうのは大切だけど、やり過ぎてもオスの雑味がでるから。ぼちぼち精液も入れなきゃだし」
鍋のスープを完成させる為のもう一つの重要材料が男の精液だ。鷲山の身体が引きあげられ、グスグスなった出涸らしのペニスが調理ハサミで切り落とされた。もう旨味は抜けているので食用には適さないのだ。兵長のペニスはゴミとして捨てられた。
「捨てんでくれん、おいんのチンポ捨てんでくれんっ。男んイチモツばそがん粗末にしてはいけんっ。!?ひっ、また匣が…コイツおいにも管ばつくるんばい? ションベン出す管ばつくるんばい…、いぎいいっ、痛か、痛か、痛かー!」
男に麻酔など与えぬ去勢ユニットは適当な断面の切り株をザクザクと修正しながら鷲山の尿道を探す。四十路にもなる九州男児が転んで怪我をした幼子の如く泣きわめくのだから、彼が下腹部に感じている痛みの凄まじさをものがたっている。
「うん、イイ感じだ」
合成人間は小皿にすくって味見をした出汁の風味に納得したようだ。第八分隊の男たちから搾り取っておいた精液を鍋に流し込む。白濁としてトロミを帯びたスープが出来上がった。
精嚢からの分泌液には果糖が多く含まれているので甘みを与えるし、前立腺液にはクエン酸が含まれており酸味が加わる。精液自体に独特の塩気もあるが、射精した男の食生活や体調に左右されるので必ず味見をしてから塩の調整をする。
何百億という精子たちが熱湯のなかで狂ったように踊りながら死んでいく。ただの蛋白質となっていく精子たちはスープの灰汁を取るのに最適な役割を果す。こんなところでも精子はそのほとんどが使い捨てだ。
「お前…、鷲山のチンポも切ったのか。生やしたままのチンポを熱湯で茹でやがって…狂ってる。どうしてこんな惨いことができる」
口ではそう言うものの、鮫島のなかで部下を憐れむ気持ちと身体感覚の乖離はさらに進んていた。股の息子はパンパンに膨れ上がりピクピクと脈動している。
「そんなにおチンチンおっきくして、身体は正直だねオニイサン。でもこれ以上おチンチンを摂取したら食べ過ぎになるね。陰陽のバランスが崩れる。お鍋の具材は残りの人たちの精巣にしよう」
木下には気の毒なことをしたが、残りの者にはせめて金玉だけでも残してやれたらと鮫島は思っていた。金玉さえあれば部下たちはまだ男でいられるからだ。
しかし、そんな淡い願いも去勢ユニットに両脚を頭のほうへまで持ち上げられ「チンぐり返し」の姿勢で鍋の前まで運ばれてきた部下たちを見るにつけ吹き飛んでしまった。
チンぐり返しは股間を晒しつつ身体の自由を奪うのに効率的な姿勢だ。鮫島の眼前には陰嚢がズラリと四人分並んだ。ご丁寧にも尿漏れを防ぐためにカテーテルの先はクリップで遮断されている。
煮え立つ鍋の周囲をぐるりと囲んだ陰嚢。鮫島はあらためて脆弱な場所に一番大切な精巣を入れているの男の身体構造を疑った。腹の中にでもしまっておけばこんな簡単に奪われることもないであろうに。心中を察せられたのか合成人間も陰嚢の不思議を語りはじめる。
「おチンチンとは違って陰嚢を持つ生物は珍しいって知ってる?4億年も前からあったペニスに比べれば陰嚢はせいぜい八千万年ぐらいしか歴史がない。何のためにわざわざ作ったのか誰にもホントのところは分かってないけれど…」
合成人間は脳量子波で去勢ユニットたちに精巣摘除の命令を与える。今回は鍋へ落とすために筐体内ではなく外気に晒した状態のまま金玉を抜き取る。
「ボクが思うにハンディキャップ仮説っていうやつが信憑性が高いと思うんだ。身体の外に飛び出しちゃったのは偶然だったのかもしれない。でも欠陥だらけのリスク因子を敢えてを背負ったままにしたのはメスの気を惹きたかったのかなってね。俺たちはこんな危ないことしても生き残れるぐらいタフガイなんだぞってね。馬鹿なオスたちが考えそうなことでしょ?」
自らハンディキャップを背負った宿命だろうか。陰嚢の謎にまつわる仮説が語られる間に男たちは袋を割かれて生身の精巣を外気にさらした。精索がズルズルと限界まで伸ばされる。沸き立つ鍋の湯気の上で第八分隊の四人の金玉は捻じり切られるのを待つばかりだ。
「僕のキンタマ…取らないで…嫌だっ、だああ!」
グリグリグリグリグリグリグリ…興津新兵の精巣34回転目にて離断。
「ぬー!とぅみれっ、しべーるなー! やっくゎん、いきがぬ証どー!(お前、止めろ、ふざげるな、キンタマは男の証だぞ)」
グリグリグリグリグリグリグリ…伊良部一等兵の精巣28回転目にて離断。
「ちくしょうっ、ちくしょうっ!…キンタマだけは堪忍してくれや、あかんて、タマは取ったら…あかんてぇぇ」
グリグリグリグリグリグリグリ…渋川一等兵の精巣30回転目に離断。
「神よ、神よおぉ、どうか我の罪を許したまえ、わが心の王座を占めたまえ、我を主の望む者に変えたまえ…許してくれん、お願いやけん、もう許してくれぇん…許してええぇん」
グリグリグリグリグリグリグリ…鷲山兵長の精巣25回転目にて離断。
ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチッ
ポチャ、ポチャ、ポチャ、ポチャ、ポチャ、ポチャ、ポチャ、ポチャッ
鮫島の目は捻じり切られた部下たちの精巣が鍋の中へと落ちて飛沫を上げる様をハッキリと捉えた。
「わあああああああっ!」
「があああああああっ!」
「うひいいいいいいっ!」
「おごおおおおおおっ!」
四人の睾丸はその大きさ形に差異は少なかったので、鍋で混ざりあってどれが誰の玉だか分からなくなる。血管の若さからか興津のものはピンク色のサシが多いのだが、火が通った精巣は茹でた鶏肉に似た色に変わり見分けはつかなくなった。子孫繁栄のため男たちの遺伝子を製造し保管していた最重要器官は今やただのホルモン肉だ。器にすくわれた八個の睾丸が白湯(バイタン)の精液スープに浸されて鮫島の前に置かれる。
「ラストの五品目だよ。兵隊さんの金玉でつくった睾丸鍋。熱で縮んでるしひと口で二つぐらい食べられるよね。フーフーはしてあげるけど、噛んだら汁がはじけて来るから気を付けてね。フー、フー、はい、アーンして…」
「もがっ、おきしゅ(興津)、はむ、あむあむ、ごくっ。…いりゃぶうぅ(伊良部)、もがっ、うむ、もぐもぐ…、ごくっ。しびゅかあ(渋川)、むぐむぐ、ごくんっ、わしやあ(鷲山)…もぐ、もぐもぐ、ごくんっ…キンタマ、お前らのキンタマ…喰ってる、俺キンタマ喰ってる、俺は、俺は…」
精巣の滋養が巡りリンパの循環が老廃物を洗い流していく。陰と陽が調和したエネルギーが完璧な勃起を鮫島にもたらす。鼓動に合わせて前立腺や亀頭の神経が内側からジンジンと刺激されている。射精を伴わないドライオーガズムが繰り返し訪れる。鮫島は女のように間欠的にイキ続けているのだ。鈴口からガウパー液がとめどなく溢れだし、鮫島のペニスはいつ爆発してもおかしくない状態だ。
合成人間はおもむろに取り出したタンポンのアプリケーターを鮫島の尿道へ押し込んだ。薄いプラスチックの筒を突き破ったタンポンの本体がペニスの分泌液を吸って瞬く間に膨張する。綿が尿道球の奥深くまで塞いでしまったので射精はおろか排尿も不可能になった。
「うぐうっ! 痛つつ、なにをするっ」
「精子を漏らしてもらったら困るんだよ。オニイサンのおチンチンは立派な商品だからね」
「俺のチンポが商品だとぉ!?」
「そうだよ。さすがにボクにも仕事はあるんだ。趣味でおチンチン料理を作ってたわけじゃないよ。オニイサンたちをこの駐屯地へ選んで送り込んだのは何を隠そうボクの仕業だもの」
極東連合では兵役検査時に男性はペニスと精巣のサイズを計測されている。男性兵士の誰がどんなサイズの生殖器を持っているかは正確に管理されているのだ。合法であれ違法であれ、男たちはそのデータベースに基づいて秘密裏にあらゆる人身売買の対象となる。建前とは別に極東連合圏内の男に実質的な人権はない。
「わかってるとは思うけどオニイサンは上物の巨根だからね。長さ、太さ、エラの張り方。亀頭粘膜はシワの無いツルっとしたタイプだし、勃起時の硬さも申し分ない。そういうおチンチンをベストな状態に飼育して、やんごとなき界隈に出荷するビジネスがあるんだ。おチンチンの用途はいろいろあるけど、ボクの担当は食用ってわけ」
赤髪の合成人間は粗相をしないよう排尿カテーテルに挟んでいたクリップを鷲山たちから外してやった。第八分隊の面々は膀胱にたまった尿を一斉に細い管の先から噴出させる。憐れにも自分では止めることも出来ずにションベンを漏らしている部下たちの姿。鮫島はこれで今生の別れになるのだと悔やみ泣いた。
チョロッ、ジョッ、ジャアアアア…
ジョボ、ジョボ、ジョオオオオオ…
ジョロロロロ、ジョロオオオオオ…
ブシャーー、ブシャアアアアアア…
《9》「鮫島軍曹のメニュー」【ペニスのタルタルステーキ】
鮫島の身柄はその日のうちに出荷先が調整され駐屯地から輸送の手筈がとられた。彼を乗せたヘリが降り立ったのはクルーズ用の大型客船だった。特別な乗客のための秘密の晩餐会にスペシャリテとして供される高級食材というわけだ。
厨房に併設された前室。勃起したままのペニスを股に抱えて鮫島は去勢匣の変形した拷問椅子に座らされたままだ。カーテンの向こう側からは談笑の騒めきや、種々のカトラリー、グラスの擦れる音が聞こえて来る。
晩餐会はマスカレードで、乗客たちも互いに仮面の下の相貌を詳しく知ることはできない。身に着けている装飾品やドレスの質の良さ、船上レストランとは思えないほどの格調高い内装、その場にまつわるもの全てが一般人の価値観とはかけ離れた世界であることを示している。
特別ステージに現れた黄色人種の男が、もし馬並みの巨根を勃起させていなかったなら乗客たちは一瞥をくれてやることすら無かったであろう。下等人種のペニスなど床に落ちているパンくずと変わらないからだ。ハイソサエティにとってはペットの生殖器と同様、羞恥の対象ですらないのだ。
ドラムロールが鳴り響きイチモツを切り落とす禍々しいギロチンが登場すると、乗客はやっと舞台に注目してパラパラと拍手がおこる。今からはじまるショーの結末が断頭台の露と消えるペニスであることは明らかだが、特に珍しい見せ物ではないのだろう、皮肉っぽく「待ってました」とうそぶく掛け声もあがった。
余興の内容は男が寸止めにどこまで耐えられるかという悪趣味な遊戯だった。亀頭の鈴口を堰き止めているタンポンが引き抜かれる。ガウパー液でしとどと濡れた綿が抜け落ちた。もしコックリングが嵌められていなければ、尿道の内側を擦られる快感に鮫島は白濁液を噴き上げたことだろう。ペニスが切なそうに震えている。
覆面を被った係の者たちが荒ぶる鮫島の男根をなんとかがギロチンの窪みに押し込み、上からも板を差し込んで固定した。巨大な刃が落下すればペニスは一瞬で根元から断裂するだろう。係員たちは「誰ぞ誰ぞ」と客を囃したて戯れの参加者を募る。こういう催しの場合、大抵は好奇心旺盛なレディーたちが恥じらい迷いながらも結局は舞台に上がるのが常だ。淑女たちは下賤のペニスに触れても大丈夫なようにゴム手袋をはめ、思いのままに責めはじめた。
シコ、シコ、シコ…
“ほらほら我慢ないさいお猿さん。大事なところがちょん切れちゃう”
「ふ、ぐう、うううっ、はあっ、はあっ…」
シコ、シコ、シコ、…
“お嬢さんお待ちなさい。それじゃ猿は我慢できない”
「ぐううううう…あっ、はぐううううっ…」
シコ、シコ、シコ、シコ、シコ、シコ、シコ…
“あら大変、どうしましょう“
「イクイク! だめだイクウウウ…」
シコ、シコ、シコ…
“まあ大変、どうしましょう”
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
シコ、シコ、シコ…
“でも別にかまいはしないわ”
「だす゛げでぐれ゛えええ! もう限界だあああ」
シコ、シコ、シコ、シコ、シコ、シコ、シコ…
“そうね、どうでもいいことだわ”
「やめてくれええええ!」
シコ、シコ、シコ…
何人ものレディーが寸止めに悶えギロチンに怯える黄色人種の醜態を楽しむ。鮫島はなんとか射精を免れているが、これは何も彼の我慢の賜物というわけではなかった。すぐに射精させギロチンが落ちるなど興醒めだ。舞台に上がるからには自分も演出の一部であることを参加者はみな自覚している。全ては大トリに繋ぐための茶番でしかないと。
タキシードを着た恰幅のよい老紳士が登壇する。彼は万雷の拍手を受けて観客に手をふり応える。どうやらパーティーのホストが登場したのだ。
「ありがとう、ありがとう皆さん。今日のお猿さんは随分と躾が良くできいるようだね。美しいご婦人に慰めてもらってもまだ観念せんとは、まったくけしからん」
軽いジョークに沸いた観客の笑いが一通りおさまるのを待って続ける。
「この猿めの引導は…私めにお任せあれ!」
口笛や賞賛の声が響くなかホストが用意したのは大型動物用のグルーミンググローブだった。馬の毛並みを整えるために使用されるその手袋には255本もの硬い棘が掌に生えており、ぺニスに使おうものなら血まみれになることが目に見えている。
「ようモンキーボーイ、調子はどうだい?」
鮫島はホストの男が極東の言語を操るのにギョッとする。自分をジッと見つめるコーカソイドの碧い目には、あながち見下す偏見や威圧感を感じなかった。
「モンキーボーイ、すまないがこれは予定調和のショーなんだ。私にもはたすべき義務というものがある。これから君のペニスをこの手袋で射精まで導く。そうすればこのギロチンが落ちてきて君と股間の息子は永遠にサヨナラだ」
「…早く楽にしてくれ…これ以上俺に生き恥を晒させないでくれ」
「そうだな、俺も男だし君の辛さはわかる。できるだけ早く終わらてやりたいのはやまやまだ。だが観客たちは血をお望みだ。古代ローマの闘技場に溢れた愚民たちのようにね。かつての剣闘士の命と同じく、君のペニスはグチャグチャに潰される必要がある。理解はできないだろうけれどね、それがこの世の仕組みなんだよ」
ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ…
ネコ科の獣はその糸状突起のある舌で肉を金おろしで擦り下ろすようにして食べるという。鮫島のペニスにはそれと同じことが起っているのだ。
「ぎゃあっ!、んぐんっ、あぐっ、ああ、ああああ、痛い、痛いい!」
「痛いだろうなあモンキーボーイ。チンポが血だらけだ。でも顔をあげてよくみて御覧、お客人たちはあんなに喜んでるよ。レディーたちは君の巨根にぞっこんだし、大半の男どもは劣等感に打ちひしがれてこの馬並みのペニスが破壊されるのを胸のすく思いで眺めていることだろう」
ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ…
「うううんぐっ、いぎいいい、あ゛あっ゛あ゛ぎゃあああ!」
「いいぞぉ、その調子だ。もっと叫べ、もっとだ。心配するな、ちゃんと男がイケる部位は心得ているからな。ホレ、ここはイイだろう?」
「!?、あ、あ、あ、いいい、イイ…イク、イクイクイク…イカせてくれっ、もう楽にしてくれえええ」
ザリッ!、ザリッ!、ザリッ!、ザリッ!
「ぐぎゃああああああああっ!」
激痛と快感を交互に繰り返した血まみれの寸止めがついにクライマックスを迎える。精巣から送り出された数億の精子が精液と一緒にいざ尿道へ流れ込もうとしたその瞬間、ギロチンの刃が変えることのできない運命を背負って鮫島のペニスに落とされたのだ。
首をはねられたペニスはコンマ数秒前に神経から受け取ったシグナルを信じ、尿道を包む筋肉を収縮させ射精の挙動を起した。しかし、撃ちだすべき精液が流れて来るはずもない。ただの肉棒となった男の証が舞台の床に落ちて転がる。まだ切り取られたことに気付いてないのか、必死に痙攣して子種を吹き出そうとしているようだ。砲台を無くした男の身体は、それでも諦めずに平らになった股間の切断面から最後の力をふり絞って大射精をした。
ビュビュビュビュビュビュビュッ!!
ビュビュビュビュビュビュビュッ!!!
ドビュ――――ッ!!!
「よく頑張ったなモンキーボーイ。これでお終いだ」
黄色人種の猿から切り取ったペニスはトロフィーのように持ち上げられ余興の幕引きを観客に告げた。舞台上の特設キッチンで腕を振るうシェフは、まず鮫島のペニスをミートミンサーにかける。シェフがハンドルを回す毎に直立しているイチモツが筒の中へ飲み込まれ段々と短くなっていく。挽肉になった鮫島のペニスはタルタルステーキに仕立てられ、余興を盛り上げた貢献者たちへ褒美として供されるのだ。
氷の上にボウルを置き、ペニスのひき肉をよく冷やしながら調味料を混ぜ込んでいく。ウスターソース、マヨネーズ、ケチャップ、ピクルス、ケッパー、オニオン、タバスコ、そして決め手はフルール・ド・セル(塩田からとる良質の天然塩)。型にはめ皿の上で形成し、白ワインとチーズのソースをかければペニスタルタルステーキの完成だ。
その姿のどこにも鮫島のイチモツであるという記名性はない。火も使わず、ペニスの原型を一切留めないその料理は、男の生殖器が食材以上の何物でもないということ証明しているように見えた。
その後、第八分隊の面々は全員が原隊に復帰し前線警備にあたっている。最初こそ小便をするときに覗き込まれないよう気もそぞろだったが、間もなくして辺境駐屯地の兵士は全員がオートマチック去勢ユニットの実験により竿を失ったので、今では気兼ねなく用を足せるらしい。
ひとりだけ精巣を残していた鮫島軍曹も、部下への示しかつかないと志願して摘除手術を受けた。彼らの故郷では男性市民を対象にした去勢推奨政策が急速に進んでおり、竿のない隊員たちが胸を張って帰国できる日も近いという。
今後の法改正によっては、極東連合の男たちは18歳になれば徴兵事務所へ出頭すると同時に去勢されるらしい。少子化対策として敢えて種の断絶を強制し、子孫を残す本能を刺激するのだ。徴兵した生殖適齢期の男子から採取した健康な精子で受精卵を作り人口は計画的にコントロールされる。遺伝情報を抜き取られた男たちは去勢され、兵士となり戦争で使い捨てにされるか、原発などその他危険作業の労働者として生きるのだ。ペニスや睾丸は昆虫食同様に食料危機を救う代替食材として流通し、兵士のたちが食べるレーションにも採用されるだろう。世界の富を牛耳るグローバリズムの支配者たちは、とある国の男たちを再生産のための精子製造装置にまで貶め、安価な労働力として買い叩くことに成功するのだ。はたしてあなたの住む国は大丈夫だろうか。いつか同じことがその身に起こらないよう祈るばかりだ。
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投稿:2023.05.08更新:2023.05.10
オートマチック去勢工場 聖餐編
著者 心丹様 / アクセス 3389 / ♥ 23