全自動割礼遊技機(ポップ・サーカムシジョン):2
全自動割礼遊技機(ポップ・サーカムシジョン)
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第二章:聖潔の繭
翌週の土曜日、フードコートの空気は、先週と何一つ変わらないように見えた。
ファーストフードの安っぽい油の匂い、家族連れの賑やかで騒がしい笑い声、そしてプラスチックのトレイが触れ合うせわしない音。
俺はいつものように、150円の薄いコーヒーを買い、あの装置が見渡せるいつもの丸椅子へと向かった。
だが、あの薄暗い一角に目を向けた瞬間、俺の心臓は嫌な音を立てて跳ね上がった。
「……嘘だろ」
いつもなら、フードコートの喧騒を強引に塗り替えるはずの、あの幼児向けの陽気な電子音が妙に静かた。
緑色の怪獣が口を開けている「モンスター・ケア」と、宇宙船を模した赤い「コスモ・クリーン」。
その二台の画面が、まるで死んだ魚の目のように真っ黒に、冷たく沈黙していたのだ。
通電を失った筐体は、ただの巨大で不気味なプラスチックの塊に過ぎなかった。
唯一、青いイルカの「アクア・サニタリー」だけが、寂しく『ハロー!勇敢なチャレンジャー!』と虚空に向かって陽気なデモ画面を写し続けている。
指先が急速に冷たくなるのを感じた。
コーヒーを載せたトレイを持つ手が、微かに震える。
(故障か? それとも……撤去されるのか?)
激しい焦燥感が、泥のように胸の奥底から湧き上がってきた。
分かっている。
これは施設の所有物だ。
メーカーの都合や、ショッピングセンターの売上次第で、明日破棄されたとしても、俺に文句を言う権利などどこにもない。
だが、もしあの機械がここから消えてしまったら。
数十年前に俺の肉体の一部を切り取り、同時に俺をこの社会へと繋ぎ止めてくれた、あの愛おしく淡い思い出の拠り所がなくなってしまったら――。
俺の中に辛うじて残っている「何か」が、完全に削ぎ落とされて消えてしまうような、圧倒的な恐怖が押し寄せていた。
俺はたまらず丸椅子から立ち上がり、普段は決してやらない、筐体のすぐ目の前へと足を進めた。
近くで見る二台の筐体は、奇妙なほど静かだった。
撤去を待つ粗大ゴミのような哀れさを漂わせる筐体……
俺は、紙幣挿入口のすぐ上に、一枚の紙切れが貼られているのに気づいた。
店舗のスタッフが急いで手書きしたような、味気ない事務的なメモ。
『本日15:00より 団体予約席(貸切利用のため一般の方はご遠慮ください)』
「……団体、予約?」
故障でも、廃棄でもなかった。その事実に、胸の動悸は劇的な安堵へと変わる。
だが、それと同時に。
喉の奥がカラカラに乾いていくような、全く質の異なる底知れない恐怖と、強烈な好奇心が俺を激しく襲った。
ゲームセンターの片隅にある子供向けの全自動施術機を、「団体で予約する」とは一体どういう意味だ?
時計の針は、間もなく午後二時半を回ろうとしていた。
予約されていたのは、電源の落ちていた「モンスター・ケア」と「コスモ・クリーン」の二台だった。
唯一動いていた「アクア・サニタリー」は、急ぎの一般客用といった事だったのだろう。
午後三時ちょうど。フードコートの喧騒を割るようにして、その集団は現れた。
お揃いの地味なグレーのトレーナーを着た、七歳から十二歳ほどの四人の少年たち。
それを挟むようにして歩く、看守のように厳格な目付きをした男女の職員が二人。
そして、腰に大量の鍵の束をジャラジャラと鳴らした、アミューズメントコーナーの制服を着た若い男の係員だ。
少年たちの顔は、一様に恐怖と不安で青ざめていた。互いに身を寄せ合い、まるでこれから屠殺場に引かれていく仔牛のように肩を震わせている。
どうやら、あの大人二人は孤児院の職員らしい。
少年たちがその施設に入寮するためには、この割礼の儀を終えることが絶対の鉄の掟となっているようだった。
係員はクリップボードに挟んだ書類に目を落ながら、事務的な口調で職員に手短に説明を始めた。
「ええと、今回の団体契約内容の確認です。施設割引が適用されますので、画面演出、完了シール、ポップコーンの払い出しはすべて『無し』その代わり、お一人様一万五千円のCモードとなります。カット形状は『標準』のみで固定です」
「結構です。義務さえ果たせれば、オモチャや菓子など必要ありませんから...」
職員の女が、冷淡な声で言い放った。一万五千円。一般の親たちが払う二万円から、五千円分の「欺瞞」を引き算した金額。
それが、親のいない少年たちに割り当てられた、非情な現実の値段だった。
「それから、こちらが電話でお伝えした内容となります」
係員は、半透明の小さなゴミ袋を職員に手渡した。
「切除された包皮は医療廃棄物となってしまい、当施設で処分するにはコストが掛かります。こちらの袋でお持ち帰り頂き処分をお願いいたします」
「わかりました」
信じがたい会話が、ポテトやラーメンをすする一般客のすぐ傍らで、あまりにも平然と交わされている。俺は息を潜め、冷めきったコーヒーのカップを握りしめながら、その光景を凝視していた。
係員が腰の鍵束から一本の長細い鍵を抜き取り、「モンスター・ケア」のフロントパネルにある隠された鍵穴に差し込んだ。カチャリ、と重々しい音がして、プラスチックの筐体の一部が観音開きに開く。
電源が入り、現れたのは、ポップなキャラクターたちとは一変した、文字だけが並ぶ無機質な液晶の「管理メニュー」だった。
画面には、緑色の冷たい文字が並んでいた。
【管理モード】
【カード決済:OFF】
【演出アニメーション:OFF】
【ポップコーン払い出し:OFF】
【稼働設定:業務用Cモード(標準固定)】
係員が手際よくタッチパネルを操作し、子供たちの「感情を保護する」ための欺瞞のシステムを、次々と無慈悲に無効化していく。
イルカも、宇宙船も、怪獣も、その陽気な皮を剥ぎ取れば、ただの冷徹な肉体加工装置に過ぎないのだ。
その画面の右隅に、俺の目は釘付けになった。
『TOTAL COUNTER:4325』
四千三百二十五。
この一台の「モンスター・ケア」の暗い穴の底で、肉を切り取られ、高圧エアーでパージされていった少年たちの総数。
(……四千三百二十五)
脳裏に激しい衝撃が走った。胸の奥から、言葉にならない熱い塊が込み上げてくる。
この膨大な数字の中に、確実に「俺」がいる。
数十年前にここで恐怖に震え、ハンドルを回さずに肉を焼かれた、あの幼い俺自身が、この「4325」という冷たいデジタル数字の、地層のどこか一分を形成しているのだ。
そして同時に、それはこの街で同じ痛みを分け合い、大人の社会へと組み込まれていった、四千人を超える「勇者たち」の系譜そのものだった。
「よし、設定完了です。それじゃあ、最初の一人、どっちからでもいいので跨らせてください。演出が無いので、スタートしたらそのまま八分間、動かないように押さえておいてくださいね。麻酔のタイミングのアナウンスもありませんから」
係員の淡々とした声が響く。アニメーションの無い画面、星集めのゲームも無い、ハサミ男爵の嘘の抵抗すら許されない、ただ八分間の肉体の切除と、沈黙の駆動音だけが響く純粋な「処理」が始まろうとしていた。
その異様な集団を凝視していたのは、俺だけではなかった。
少し離れた柱の陰、クレープ屋の看板の裏に、落ち着かない様子で佇む二人の人影があった。
制服のネクタイを少し緩めた、地元の男子高校生二人組だ。
彼らもまた、孤児院の少年たちを取り囲む無機質な業務用モードの光景に、ただならぬ気配を感じて引き寄せられたのだろう。
だが、彼らの視線はあまりにも露骨で、生々しかった。
それに気づいたアミューズメントコーナーの係員が、怪訝そうに眉をひそめ、書類を挟んだクリップボードを小脇に抱えて二人の方へと歩み寄った。
「すいません、そこのお兄さんたち。一般のお客様のご観覧は、施術中のプライバシー確保、および業務の妨げとなりますのでご遠慮いただいています。移動してください」
事務的で、どこか突き放すような警告。
(そうだ。その通りだ)
俺は遠くの丸椅子から、冷めかけたコーヒーをすすりながら深く頷いていた。
あの聖なる空間を、近くからまじまじと凝視するなどもってのほかだ。
それはこの場所における最大の「マナー違反」であり、無作法極まりない。
俺のように、少し離れたテーブルから、あたかも日常の背景としてうっすらと見守る――
それこそが、あの儀式と少年たちに対する正しい敬意であり、作法なのだ。
高校生たちは、係員に咎められて顔を真っ赤に染めた。
しかし、彼らは逃げ出さなかった。
互いに顔を見合わせ、もじもじと身体を縮こまらせながら、片方の少年がポケットから何かを掴み出すようにして、絞り出すような声を上げた。
「いや……あの……そういうんじゃなくて……」
少年の、まだ産毛の残る震える手のひらには、くしゃくしゃになった千円札の束と、五百円玉が何枚も握りしめられていた。
「俺たちも……これ、使いたいんです。……予約が無いと、今日、飛び込みじゃダメですか……?」
「――え?」
係員の手がピタリと止まった。
少年が握りしめていたのは、放課後のアルバイトで汗水流して貯めたであろう、血の通った「二万円」だった。
彼らは冷やかしで見物していたのではない。
周囲の同級生たちがとっくに終えているはずの「勲章」をいまだ持たない自分たちに焦り、ついに意を決して、自らの意志で「大人」になるための切符を買いにやってきたのだ。
その瞬間、係員の顔から冷徹な仮面が剥がれ落ち、営業用の見事なビジネススマイルが貼り付いた。
「――あ、失礼いたしました! ご利用のお客さまでしたか」
係員の声が、急に弾んだ丁寧な口調へと跳ね上がる。
丁寧なビジネススマイルを浮かべ、すり寄るように近づいてくる係員。
だが、アルバイトで貯めた血の滲むような二万円を差し出そうとしている高校生たちにとって、さっきまで自分たちを害虫のように追い払おうとした男の親切など、ただの侮辱に過ぎなかった。
「……いや、案内なんていらないです」
お札の束を握りしめた少年が、係員を拒絶するように冷たく言い放った。
その声には、大人たちの都合で動くこの社会への、ささやかな、しかし明確なプライドと反発が混ざっていた。
「自分たちでやれますから」
もう一人の少年も、係員から視線を外したままそうぶっきらぼうに付け加えると、二人は係員の脇をすり抜け、青いイルカが描かれた「アクア・サニタリー」の筐体へと迷いのない足取りで進んでいった。
取り残された係員は、一瞬だけ面食らったような顔をしたが、すぐに「勝手にしろ」とでも言うように肩をすくめ、再び孤児院の少年たちの無機質な管理メニューへと向き直った。
俺は遠くの丸椅子から、冷めかけたコーヒーをすすりながら、その二人の高校生の背中をじっと凝視していた。
彼らは友人同士で、一人はまだ割礼を受けていない。
バイト代を握りしめ、青いイルカの前に立っているのが、いまだ「勲章」を持たない焦りから意を決してきたショウタ。
そしてその横に立つのは、過去にこの機械で割礼を経験し、今日はその付き添いとしてやってきたダイキだった。
ダイキがショウタの緊張をほぐすように、ポンと肩を叩いた。
「大丈夫だ、ショウタ。案内なんていらねえよ。俺がやり方は全部教えてやる。画面をよく見てろ」
かつてあのシートの底の恐怖を生き延びたダイキの言葉には、妙な説得力と、この年齢の少年たち特有の、大人を排除した歪んだ連帯感があった。
ショウタはゴクリと喉を鳴らし、震える指先で真新しい紙幣挿入口へと、くしゃくしゃの千円札を一枚、また一枚と、祈るように滑り込ませ始める。
カタカタカタ……と紙幣を吸い込む入金の電子音が、フードコートに響き渡る。
その音と、高校生たちの放つ奇妙に張り詰めた空気に、隣にいた集団の視線が、嫌でも吸い寄せられていった。
グレーのトレーナーを着た四人の孤児院の生徒たち、そして二人の職員。
彼らは、文字だけが並ぶ無機質な管理画面から目を逸らし、隣の「アクア・サニタリー」の前で、自らの意志で、自らの金で処刑台へと登ろうとしている高校生たちを、無言でじっと見つめていた。
「演出なし、シールなし、標準固定」の、ただ肉体を削ぎ落とされるだけの業務を強制される子供たちにとって、自ら強がって「自分たちでやれますから」と言い放った高校生の姿は、異質で、強烈な眩しさを放っていた。
職員たちもまた、自分たちの管理下にない、社会へ自発的に同調しようとする若者の生々しい「決意」の熱量をひしひしと感じ取っていた。
『ハロー!勇敢なチャレンジャー! 今日はどんな「カッコいい形」にする? 画面をタッチして選んでね!』
ショウタが紙幣を入れ終えた瞬間、青いイルカの筐体から、耳をつんざくような陽気なアニメ声が響き渡った。
「アクア・サニタリー」のスピーカーから鳴り響く大音量のアニメ声は、それまで孤児院の集団を支配していた重苦しい沈黙を、一瞬でカラフルな色彩へと塗り替えた。
地味なグレーのトレーナーを着た四人の孤児院の生徒たちは、文字だけが並ぶ自分たちの無機質な管理画面にがっかりしていた。
だが、すぐ隣にやってきた高校生のお兄ちゃんたちの存在と、そこから溢れ出す陽気な音楽と映像に、張り詰めていた表情をわずかに緩めた。
冷徹な業務として処理されるはずだった自分たちの真横に、同じ「恐怖」に挑もうとする先達が立ってくれた。
それだけで、彼らはどこか救われたような、小さな心強さを感じていたのだ。
ショウタは意を決してズボンと下着を膝まで引き下げイルカのシートに跨った。
液晶画面に映し出されたカットスタイルの選択アイコンを前に、彼は生唾を飲み込んだ。
横に立つダイキが、慣れた手つきで画面を指差す。
「おいショウタ、どうする? 選択肢は『標準ノーマル』か、それとも少し多めに切る『スポーツカット』、若しくは.... 俺の時はノーマルだったけど、部活やってるならスポーツカットの方が後々楽だぞ」
ショウタは目の前のハンドルを握る手に、じっとりと冷や汗をかいていた。
「いや、待てよダイキ……」
ショウタは、画面のイルカがパタパタと尾ひれを振るポップな演出のすぐ裏で、シートのぽっかりと口を開けている穴から見え隠れする鈍い輝きの手術器具を思い出し、急に怖気づいたように肩をすくめた。
「やっぱり……めちゃくちゃ怖いや。スポーツカットなんて欲張るの、やめとこうかな。ノーマルでも十分痛そうだし……」
情けない弱音が、ショウタの口から漏れる。
ショウタは、自分のすぐ下に潜む機械と刃物の気配に震え、弱音を吐いた。
情けない声が、フードコートの一角に漏れる。
その時だった。隣でじっと画面を覗き込んでいた孤児院の生徒たちの一人が、握りしめた小さな拳を突き出すようにして、シートに跨るショウタに声を上げたのだ。
「お兄ちゃん、がんばって!」
「え……?」
ショウタが驚いてそちらを見ると、別の幼い少年も涙目のまま、うんうんと力強く頷いた。
「僕たちもすっごく怖いけど……でも、ピカピカの戦士になるんだ! だから、お兄ちゃんも強いところ見せて!」
親のいない彼らにとって、目の前の高校生は、自分たちが目指すべき「大人の男」の象徴そのものだった。
少年たちの、純粋で、どこまでも無垢な激励。
その真っ直ぐな眼差しを向けられた瞬間、ショウタの胸の中で、男としての、そして年長者としてのプライドが激しく火を噴いた。
年下の、それも過酷な境遇にいるであろう少年たちの前で、これ以上無様な姿を見せるわけにはいかない。
「……おう、ありがとな」
ショウタは恐怖でガタガタと震える指先を、液晶の右側にあるアイコンを、力任せにパチンと叩いた。
【スポーツカット:活動的な君に!ちょっと多めの聖潔モード】
高校生のプライドが、彼をより深い切除の領域へと突き動かした瞬間だった。
選択が確定した瞬間、画面のイルカがハワイアンな音楽に合わせてクルクルと宙返りをした。
『オッケー! デザイン決定だ! ツルッとピカピカ、元気な証!!』
スピーカーから流れたそのあまりにも能天気で、どこかマぬけなナレーションと、イルカのアイコンの下に表示されたスポーツカットの仕上がりアニメーションと妙にデフォルメされたイラストを見て、ショウタと孤児院の生徒たちは、一瞬だけ顔を見合わせ、「クスッ」と同時に吹き出すようにして笑い合った。
恐怖のどん底にあっても、少年たちは子供だった。
大人たちが用意したグロテスクなシステムの中で、彼らは確かに、一瞬だけの無邪気な連帯を分かち合っていた。
「さあ、あなた達も。笑っている場合じゃないわよ。旅立ちの時間よ」
孤児院の職員の女が、冷淡だが、どこか彼らを奮い立たせるような声で、最初に挑む二人の生徒たちの背中を順番にパチン、パチンと叩いた。
「強い男になって、立派に入寮するの。さあ、頑張りなさい!」
「はい!」
少年たちは、ショウタの決断に勇気づけられたように、一斉に返事をした。
ショウタが青いイルカのシートへ、そして孤児院の少年たちが「コスモ・クリーン」と「モンスター・ケア」の冷たいシートへと、同時に下半身を滑り込ませていく。
三台の機械の駆動部が、ガシャコン!!と重々しい音を立てて同時にロックされた。
文字だけの無機質な画面と、イルカが泳ぐカラフルな画面。
対極に位置する三台の処刑台が、一斉に、ギギギ……と重低音のサーボモーターを唸らせて動き始めた。
俺は冷めきったコーヒーのカップをテーブルに置き、フードコートの片隅で始まった、かつてないほど濃密な「三人の少年たちの8分間」を、歓喜に震える目で凝視し始めた。
///////////// 2026/6/21[追記] /////////////
『それじゃあ、前にあるハンドルをしっかり握って……ステージ1、スタート!』
陽気なハワイアンミュージックとともに、ショウタの「アクア・サニタリー」の画面で、イルカが海の中を勢いよく泳ぎ始めた。
「ステージ1:真珠あつめパート」
キラキラと輝く真珠のグラフィックが降ってくる。
『ハンドルを回して、真珠をいっぱい集めよう! 100個集まるとイルカくんが無敵のバリアを張るぞ!』
明るいアニメ声が響く中、ショウタは目の前のプラスチック製ハンドルを、手が白くなるほど強く握りしめた。だが、その隣に並ぶ「コスモ・クリーン」と「モンスター・ケア」の二台の画面には、そんな眩しい光は一切灯っていない。ただ黒い背景に、緑色の電子テキストで『circumcision:00/08』という無慈悲な表示だけが表示されている。
いつの間にか、そこにいる全員の視線が、唯一色彩を放っている「アクア・サニタリー」の1台の画面へと釘付けになっていた。
シートに跨ったショウタ、横で見守るダイキ、コスモ・クリーンとモンスター・ケアの席に拘束された孤児院の少年たち。彼らはまるで一つの同じ運命を共有するかのように、狂ったように真珠を吸い込んでいくイルカの姿を、じっと注視していた。
(見てろ……画面を見るんだ。下を見るな……!)
ショウタは心の中で自分に言い聞かせ、血走った目で液晶を見つめ続けた。そうしていなければ、今まさにシートの穴の底で、自分の皮膚の正確な位置を測定するために冷たい吸引ノズルが這い回り、最初の局所麻酔針が打ち込まれようとしている恐怖に、頭がおかしくなりそうだったからだ。
もちろん、それは隣の孤児たちにとっても同じだった。
彼らの耳には、自分たちのシートの底から響く、ギギギ……という無機質なサーボモーターの低い駆動音だけがダイレクトに伝わってきている。
麻酔のタイミングを告げることも、気を紛らわせるゲームもない。
だからこそ、彼らは隣のお兄ちゃんの画面から流れる陽気な音楽と、キラキラ光る真珠のエフェクトに、すがるように視線を集中させていた。
あの画面の光だけが、自分たちの下腹部に迫る冷たい刃の現実から、意識を遠ざけてくれる唯一の救いだったのだ。
「お兄ちゃん、真珠、もうすぐ50個だよ!」
隣のシートで身体を強張らせていた孤児の少年が、恐怖をかき消すように大きな声を上げた。
「……おう、任せろ。全部集めてやるからな」
ショウタは震える声で答え、ダミーのハンドルを必死に左右に回し始めた。
チクリ、とショウタの背筋が不自然に跳ね上がった。最初の麻酔針が皮膚を捉えたのだ。
それと完全に同期して、隣の「コスモ・クリーン」に跨っていた少年の小さな身体も、ピクリと強張った。
なんの予告も無い、沈黙の麻酔。
それでも少年は泣き出さなかった。
ただじっと、隣のお兄ちゃんの画面を、穴が開くほど見つめ続けていた。
画面の真珠のメーターが、ついに100個に達する。大音量のファンファーレとともに、画面いっぱいに大きな文字が弾けた。
『GO TO STAGE 2! 大変だ! サメ軍団が攻めてきたぞ!』
『ハンドルを左右に回して、サメ軍団の攻撃を上手に避けるんだ!』
画面の奥から、ギラリと光る口元が描かれた、コミカルなサメが、コミカルな目を描かれたメスや、鋭いトゲのついたギザギザのハサミが、ひらひらと飛ばしてくる。ショウタは必死の形相で、プラスチックのハンドルにしがみつき、左右にガチガチと激しく回し始めた。
だが、敵の攻撃を避けることなど、最初から不可能なプログラムだった。
画面の中で、飛んできたギザギザのハサミがイルカのグラフィックに直撃した。途端に「ピコッ、ピコッ、ピコッ」と不気味なほどマぬけな効果音が鳴り響き、ハサミのキャラクターが小気味よく刃を動かしながら、イルカを覆うマントを綺麗に切り取っていく。
画面の中でハサミが動くその瞬間こそが、シートの穴の奥で、レーザーメスが肉を捉えた瞬間なのだ。しかもショウタが選んだのは「スポーツカット」だ。
通常のノーマルよりも、さらに深く、容赦のない角度で刃が肉を滑っているはずだった。
「……う、く……っ!」
ショウタの両手が、ハンドルを握ったまま白くなるほど強張った。高校生の大きな背中が、機械の微かなサーボモーターの駆動音に合わせて、ピクリ、ピクリと跳ねる。
深い切除に伴う鈍い激痛。それでも彼は子供たちの手前、悲鳴を必死に噛み殺し、涙目でダミーのハンドルを回し続けた。
そして、そのショウタの背中の跳ね上がりに合わせるように――隣の二台からも、ギギギ、ギギギ……と、これまで以上に重々しいサーボモーターの駆動音が響き始めた。
無演出の筐体に拘束された孤児の子供たち。
彼らの画面には、ただ『circumcision:03/08』という無機質な文字が冷たく表示しているだけだ。
だが、彼らの下腹部でも今、ショウタと全く同じタイミングで、冷酷な金属のクランプが肉を固定し、レーザーが作動していた。
「あ……、う、くぅ……っ」
一人の幼い少年が、ついに堪えきれずに小さな声を漏らした。
それでも少年は泣き叫んで暴れることはしなかった。
ただ、痛みに耐えるようにショウタの画面のイルカを、血走った目で見つめ続けていた。お兄ちゃんが頑張っている。
画面のイルカが戦っている。
だから自分も耐えなきゃいけないんだと、小さな奥歯をガチガチと鳴らしながら、必死に現実の痛みから目を背けようとしていた。
三台のシートの隙間から、あの懐かしくも忌まわしい、肉が焦げたような臭いを伴う、ごく僅かな白い煙が同時に立ち上り始めた。
「ショウタ、しっかり回せ! もうすぐ最終ステージだ、耐えろ!」
横で見守るダイキが、かつて自分も通ったその試練の臭いに顔を引きつらせながら、ショウタの背中に向かって叫んだ。
『改造変身モード! ツルピカキングモード発動!』
スピーカーから、耳を劈くような大音量のファンファーレが鳴り響く。
画面の中のイルカのグラフィックが黄金に輝き、どこかグロテスクな「大人のヒーロー」の姿へと変貌していく。
『さあ、仕上げだ! 最後にハンドルを力いっぱい回して、エネルギーをチャージしろ! いらない皮をぜんぶ、ミサイルにしてぶっ飛ばせ!』
「う、あ、あああァァッ!」
ショウタは歯をくいしばり、小さな体全体の体重をかけるようにして、イルカのプラスチックハンドルを激しく往復させ始めた。
メーターが満タンになった瞬間、画面の黄金のイルカが天を仰ぎ、腹筋の下のスリットからチープなCGのミサイルを大空へと射出する。
『皮ミサイル、発射ーー!!』
画面の中のミサイルが華やかに弾けた。
だが――いつもならそこに重なるはずの、プシューーーッ!!! というあの強烈な高圧エアーのパージ音は、どこからも響かなかった。
業務用「Cモード」によって、この系統のコンプレッサーと回収ダクトの主電源は完全に停止されていたのだ。
それは同系列に接続されているショウタの「アクア・サニタリー」も全く同じだった。
自動吸引による回収すら省かれた、静寂の処理。
カシャコン! と自動でシートのロックが外れる。
ショウタは、恐怖と激痛でガタガタと震える足でゆっくりとシートから降り立った。
ズボンと下着を膝まで下げたまま、横で見守っていたダイキに向き直ると、剥き出しになった自身の「スポーツカット」の結果を誇らしげに見せつけ、弾けたような満面の笑みを浮かべた。
ノーマルよりも深く、容赦のない角度で削ぎ落とされる痛みに打ち勝ち、男のプライドを貫いた何よりの証だった。
それを見たダイキは、痛々しくも綺麗に剥けたショウタの患部を覗き込み、少し顔を引きつらせながらも、悪ガキらしくニカッと笑った。
「うわ、マジでガッツリいってんじゃん! お前、明日からの部活の着替え、絶対に後輩に見せびらかすなよ?」
「うるせえよ!」
ショウタを少しからかいながらも、その肩を力強く叩いて祝福するダイキ。
その二人の高校生らしい無邪気なやり取りを、隣のシートに拘束されたままの孤児の子供たちが、羨望の眼差しで見つめていた。
孤児院の職員たちは、すべてが停止したシートへ手際よく近づくと、少年たちを順番に降ろし、持参した医療キットで彼らの傷跡の手当を素早く始めだした。
さらに、慣れた手つきでシートの底に残された彼らの包皮をピンセットで回収していく。
手当てを受ける孤児の少年たちと、ようやくズボンを履き直したショウタ。彼らは互いの傷跡の痛みを感じ合いながら、あの恐怖の8分間を耐え抜いたお互いの勇敢さを、言葉にせずとも深く称え合っていた。
ショウタは少し恥ずかしそうに、景品口から転がり出ていたキャラメルコーンの袋と、勇敢な戦士のキラシールを取り出した。
そして、少し照れくさそうに頭を掻きながら、孤児院の少年たちへ差し出した。
「これ……がんばったから、あげるよ」
少年たちはその「お兄ちゃんの証」を前に、一瞬パッと目を輝かせたが、受け取るのを躊躇して手を引っ込めてしまった。
手当てをしていた女性職員が、少し悲しげな、申し訳なさそうな表情を浮かべて説明した。
「ごめんなさいね、お兄ちゃん。施設ではね、衛生管理と公平性の観点から、外部からの飲食物や物品の差し入れは一切お断りするルールになっているのよ」
「あ……す、すいません……ごめんなさい」
口を濁らせ、気まずそうに謝るショウタ。
だが、彼の胸の奥にはもやもやとした感情が広がっていた。
口を濁らせ、気まずそうに謝りながら差し出した手を引っ込めかけるショウタ。
彼の胸の奥には、同じ痛みを分かち合った仲間への純粋な好意を拒絶された、なんとも言えないモヤモヤとした感情が広がっていた。
すると、それまで黙って子供たちの下着を整えていたもう一人の職員――若い男性職員が、処置用のピンセットを置きながら、真剣な面持ちで女性職員に向き直った。
「先輩、そこをなんとか認めてあげられませんか。これはただの『差し入れ』なんかじゃない」
「何を言ってるの、ルールはルールよ。例外を認めれば施設の管理が甘くなるわ」
女性職員は眉をひそめ、規則の重要性を説く冷徹な大人の顔で彼をたしなめた。
しかし、男性職員は引かなかった。彼は傷口を押さえて震えている少年たちと、ショウタの真っ直ぐな目を交互に見つめながら、熱い口調で討論を続けた。
「ルールが厳しいのは分かってます。でも、この子たちは今、お兄ちゃんの背中を見て、恐怖に負けずに試練を乗り越えたんです。この高校生のお兄ちゃんも、子供たちの前だからって痛みに耐えて、男のプライドを見せてくれた。これは大人から子供への施しじゃなくて、同じ痛みを分け合った『男同士の、戦士たちの熱い友情』ですよ! これを拒絶したら、子供たちの誇りまで傷つけることになります!」
「……戦士たちの、友情……」
女性職員の口調が、彼の熱意に押されるようにわずかに揺らいだ。
「ええ。初めて試練を乗り越えたこの子たちに、男としての最初の勲章を持たせてやりましょう。規律を破るんじゃありません。彼らの『友情』に、僕たち大人が敬意を払うんです」
男性職員の熱い言葉に、女性職員もようやく小さくため息を漏らし、「……男の友情ね。今回だけ、見逃してあげるわ」と、呆れたように、しかし優しく微笑んでその提案を受け入れた。
男性職員は規則に縛られた険しい表情をふっと和らげると、一人の優しい兄のような笑顔を浮かべ、孤児の少年たちに向かっていたずらっぽく人差し指を口元に当てた。
「みんな、先生たち全員にずーっと内緒にできるかな? もし絶対に秘密にできるなら――今回はこの勇敢なお兄ちゃんからの大切なプレゼント、みんなで特別に貰っちゃおうか。どうする?」
凍りついていた子供たちの顔に、一気に満面の笑顔が弾けた。
「うん! 絶対に秘密にする!」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
小さな手が伸び、ショウタの手からキャラメルコーンとシールが大切に受け取られた。
照れくさそうに笑うショウタの顔には、もうモヤモヤとした影はなかった。
冷たい規律の檻の隙間で、大人たちが彼らの熱いプライドと友情に敬意を払ってくれた――そのささやかな温もりが、確かに彼らの傷を癒やすようにそこを満たしていた。
しかし、温かい余韻に浸っていられる時間は長くはなかった。
手当てを終えた最初の二人の少年たちがゆっくりとシートを降り、入れ替わるようにして、後回りになっていた残りの二人の少年たちの処置の準備が始まろうとしていたからだ。
そこにある空気は、さっきまでとは明らかに違っていた。
彼らを待っているのは、あの陽気なイルカの音楽も、真珠集めのゲームもない、Cモードの完全な「無音・無演出」の処理だ。
おまけに、自分たちを勇気づけてくれたショウタお兄ちゃんはもう終わってしまっている。
残された二人の少年たちは、最初の二人以上の、圧倒的な孤独と恐怖心に包まれながら、職員に促されて恐る恐る冷たいシートへと跨っていった。その小さな背中は、見ていて痛々しいほどに強張っている。
その様子を、ショウタとダイキは複雑な表情で見つめていた。
同じ痛みを分かち合ったはずなのに、あの子たちには欺瞞の光すら与えられない。
フードコートの片隅に漂う、あまりにも不平等な現実とやるせない気持ちが、彼らの胸に重く沈んでいた。
ショウタが、下腹部のジンジンとした痛みに耐えかねて、ギコチナイ足取りで歩き出そうとダイキに話しかけた。
「……なぁダイキ、麻酔が切れる前に早く帰って休もうぜ。マジで痛くなってきた……」
しかし、ダイキの足は動かなかった。
彼は何かを激しく葛藤するように拳を握りしめると、モジモジとしながら、ショウタに話しかけてきた。
「……ごめん。ショウタ、今いくら持ってる?」
ショウタは少し呆れたように息を吐いた。「なんだよ、バス代まで使い果たしちまったのか? まぁ良いよ、今日は付き合ってもらったし、飯くらい奢るよ」
「いや、違う……!」
ダイキは顔を真っ赤に染めながら、一生のお願いだ、と叫ぶように嘆願した。
「金、貸してくれ! 必ず返すから! 今すぐ必要なんだ!」
「はぁ? いくらだよ」
「あるだけ全部だ!」
ショウタは戸惑いながらも、財布を開いて中身を確認した。「……八千円なら、あるけど」
「小銭も、小銭も全部出してくれ!」
ダイキに急かされ、ショウタは財布の底からすべての硬貨をかき集めた。「……九千八百五十四円。これが限界だぞ」
するとダイキも自分の財布をひっくり返し、中の小銭をジャラジャラとぶちまけた。
「俺のが一万二百六十五円……合わせて二万百十九円! よし、これなら足りる!!」
ダイキの目がギラリと輝いた。彼はショウタの札束をひったくるように掴むと、「ありがとう! 必ず返す!」と言い残し、どこかへと、猛烈な勢いで走っていった。
取り残されたショウタは、呆然としながらも、隣のシートの側へと歩み寄った。残された子供たちは、手渡されたキャラメルコーンの袋を抱えたまま、じっと座っている。
「……ポップコーン、食べないのか?」
ショウタが訊ねると、少年たちは小さな首を横に振った。
「みんなで食べるんだ。まだ戦士が全員揃ってないからね」
彼らは、今まさに装置に跨ろうとしている二人の友人にエールを贈りながら、その時を待っていたのだ。
その健気さが、ショウタの胸を締め付けた。
女性職員が、無機質なタッチパネルの「開始」ボタンに指をかけようとした、その直前だった。
「はぁ、はぁ、クソーーーッ!!」
猛烈な息切れとともに、ダイキが肩を上下させて戻ってきた。その手には、両替した千円の束がしっかりと握られていた。
「やっぱり納得いかねえ! ショウタばっかりカッコよくなっちまってさぁ! スポーツカットのほうが強そうで良いよなあ〜!」
ダイキは、額の汗を拭いながら、わざとらしいほど下手な芝居を始めた。
わざわざズボンを下げ、空いているもう一台のシートへと近づいていく。
「でもさ……ぶっちゃけ俺、ちっと怖いんだよなぁ……。一回やってるけど、やっぱり怖い。誰か、一緒に居てくれないかな……?」
情けない声を上げるダイキ。
その瞬間、孤独と恐怖に震えていた孤児の子供たちの表情が、ふぁっと明るい向日葵のように花開いた。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
シートに跨っていた少年たちが、ダイキを歓迎するように目を輝かせた。
「僕たちが一緒にいてあげる! 一緒に、ピカピカの戦士になろう!」
システムが用意した冷徹な「Cモード」の沈黙を破るように、ダイキの身勝手で、最高に優しい嘘が、再びその場所に熱い灯火を灯そうとしていた。
ダイキは、かき集めた紙幣を「アクア・サニタリー」の投入口へと滑り込ませると、意を決してズボンと下着を膝まで引き降ろした。
下半身を剥き出しにしてイルカのシートへと跨るダイキ。
その患部が露わになった瞬間、彼の股間には、かつてこの場所で切り取られた「過去の古傷」のラインが、うっすらと白く、規則正しく刻まれているのが見えた。
一度処理を終えているダイキのそれは、すっきりとした見た目で、一見すると切り取るべき余剰な包皮などどこにも残っていないように見えた。
手当てを終えて横で見守っていた少年たち、そして今まさに沈黙のシートに跨っている少年たちが、不思議そうにダイキの患部を覗き込み、声を上げた。
「あれ……お兄ちゃん、もう『戦士』なの?」
「うん。僕たちのと違って、もうピカピカに見えるよ?」
純粋な子供たちの視線が、自分の下半身へと一斉に集中する。その生々しい羞恥心に、ダイキの顔は耳の裏まで真っ赤に染まった。
彼はダミーのハンドルを握りしめ、身をよじるようにして、恥ずかしそうに口を開いた。
「いや……あのさ。俺も昔、ここで戦士になったんだけど……ちょっと、ピカピカ度合いが足りないんだよ」
「足りないの?」
「そう、そうなんだよ……」
ダイキは、子供たちの真っ直ぐな瞳から逃げるように液晶画面を見つめながら、消え入りそうな声で、精一杯の言い訳を続けた。
「ほら、普段はすっきりしててもさ……体を大きく動かしたりすると……その、ツルンって、皮が戻ってきちゃうの。だから、ショウタみたいに激しく運動しても絶対にツルンってならないように、もっと多めに切る『スポーツカット』で、ピカピカの上書きをしにきたんだ……」
高校生の男としてのプライドと、子供たちのために「弱くて不完全なフリ」を演じる優しさ。
そのダイキの恥ずかしそうな告白を聞いて、少年たちは深く納得したように「そっかぁ!」とうんうんと頷いた。
「お兄ちゃん、もっと強い戦士になりたいんだね!」
「大丈夫だよ! 僕たちが見守っててあげるからね!」
ダイキが意を決して「開始」のアイコンに触れようとした、まさにその時だった。
ピピピピピ……! ピピピピピ……!
「アクア・サニタリー」のスピーカーから、それまでの陽気な音楽を切り裂くような、甲高い警告音が鳴り響いた。
画面のイルカのアニメーションが乱れ、赤く点滅する無機質なシステムメッセージが液晶を覆いつくす。
【ERROR:処置ユニット初期化エラー。直前のセッションの異物が残留しています。係員をお呼びください】
「え……? え、嘘だろ、何これ!?」
再びシートに縛り付けられて切られる恐怖に緊張していたダイキは、突然のエラーに一気にパニックになり、顔を青ざめさせた。
そのエラー画面を見た瞬間、孤児院の女性職員はハッとしたように目を見開いた。
彼女にはその原因がすぐに分かった。これは、包皮が内部に残っていることで起きるエラーだ。
女性職員は、慌てているダイキにそっと優しく近づくと、包み込むような声で話しかけた。
「エラーだから、一回シートから降りようか。大丈夫よ、私、多分これ直せるから」
「あ、はい……」
ダイキは緊張の糸が切れたように、ヨロヨロとシートから床へ降り立った。
降りた時の衝撃でツルンと包皮が戻る、下着を履き直すことも忘れ、半剥けになったままのなんとも情けない無防備な状態で、ただ機械を見守るしかなかった。
女性職員は「アクア・サニタリー」の暗い内部の駆動部を覗き込んだ。そして、奥にあるクランプユニットの隙間を指差して、小さく息を吐いた。
「やっぱり……こっちの設定(Cモード)が影響して、全体のコンプレッサーが止まっていたでしょう? だから、包皮が自動回収されずに残っちゃったのね。ほら、ここを見て」
彼女が指差した先――イルカのシートの穴のすぐ真下、金属のクランプの隙間に、先ほど切り取られたばかりの、まだ生々しく湿ったショウタの包皮が挟まっていた。
それは通常のノーマルカットのそれとは明らかに違う、スポーツカットによって根本からガッツリと削ぎ落とされた、厚ぼったく圧倒的な存在感のある肉片だった。
女性職員は躊躇することなく、ポケットからピンセットを取り出すと、手慣れた手付きでその厚ぼったい包皮を内部から引っ張り出した。
白っぽい店内の照明の下で、ピンセットに挟まれたショウタの一部が、ずっしりとした重みを持って中空に掲げられる。
その存在感のある包皮に、一角にいる全員の視線が吸い寄せられるように集中した。
それを見た孤児院の少年たちが、目を丸くして歓声を上げる。
「うわっ、でっけーー!」
「さすがお兄ちゃんだね! 」
「けっこう切られちゃってる〜!」
「皮ロケットだ!」
自分の体の一部を子供たちに大絶賛され、ショウタは顔から火が出るほど真っ赤になり、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆いたくなった。
彼女は、ピンセットで持ったショウタの包皮を持ったまま、照れまくっているショウタの方を振り返り、優しく微笑みながら話しかけた。
「おちんちんの皮、通常ならそのまま機械の中に吸い込まれて、廃棄物として処分されちゃうんだけど……こうして引っかかって残ってたみたい。これはショウタくんの身体の一部だった大切な物だから……持って帰る?」
「えっ!?」
ショウタは激しく狼狽した。
自分の切り取られた皮を持ち帰るなど、想像しただけで恥ずかしすぎる。
彼はぶんぶんと首を横に振りながら、消え入りそうな声で答えた。
「い、いや……いいです! もうバイバイしたから。……お別れします」
すると、彼女は少しの間、ショウタの包皮と子供たちの顔を交互に見つめ、言葉を慎重に選びながら、提案するように声を落とした。
「……ねぇ、ショウタくん。もし良かったら、この皮、あの子たちの包皮と一緒に『お別れ会』をしてあげてもいいかな?」
「お別れ会……ですか?」
ショウタが目を丸くする。
「ええ。うちの施設ではね、大人の戦士へと旅立った生徒たちの包皮を集めて、最後にみんなで賛美歌を捧げるの。そして、メモリアルとして、歴代の生徒たちの包皮が大切に保管されている特別な瓶の中に、一緒に入れることになっているのよ」
それを聞いた孤児の生徒たちが、一斉に飛び跳ねるようにして喜んだ。
「わぁっ! お兄ちゃんの皮も一緒!? 嬉しい!」
「僕たち、お兄ちゃんとずっと一緒の戦士だ!」
親のいない彼らにとって、自分たちを命懸けで勇気づけてくれたショウタは、もう本物の「兄」のような存在だった。
その憧れのお兄ちゃんの一部が、自分たちの施設にずっと残り続ける。
それは孤独な彼らにとって、この上ない誇りと救いだったのだ。
ショウタは、子供たちのその純粋すぎる喜びようと、女性職員のどこまでも温かい眼差しに、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「……俺なんかので、迷惑じゃなかったら……お願いします」
ショウタは耳まで真っ赤にしながら、しかし嬉しそうに、照れながらそう答えた。
大人の都合で処理されるだけの冷酷なシステム。
そのバグの隙間で、ショウタの切り取られた肉片は、孤独な子供たちを繋ぐ「永遠の友情の証」へと姿を変えようとしていた。
女性職員が手慣れ手付きでタッチパネルの画面をリセットする。
『ハロー!勇敢なチャレンジャー!』
再びイルカの画面に明かりが灯り、半剥けのまま情けなく立ち尽くしていたダイキが、もう一度シートへ跨るための準備が整った。