かわいい女の子になってね!
1. 違和感の正体
大垣大学の緑豊かなキャンパス。その一角にある部室棟には、今日も試合終わりの熱気がこもっていた。
「ねえ、聞いてよ! この前さ、サークルの先輩に告白されちゃってさ……」
シャワーを浴びてさっぱりした部員たちが、いつものようにロッカーの前に車座になって黄色い声を上げる。恋愛トーク、お気に入りのコスメ、子供の頃の可愛い思い出話。それは女子大のサッカー部であれば、どこにでもあるありふれた光景だった。
だが、その輪の中に座る田中翼(19歳)は、心地よい疲労感の裏側で、ずっと冷たい泥を飲み込んでいるような違和感を覚えていた。
(彼氏……? 男子部の誰がカッコいい……?)
話題についていけない。いや、正確には、その言葉の持つ意味を頭では理解できても、自分の心の奥底の引き出しと噛み合わないのだ。小学生の頃の遊びの記憶もそうだ。「リカちゃんで遊んだ」「シルバニアファミリーの洋服を着せ替えた」というチームメイトの笑顔を見るたび、翼の胸のうちは妙にざわついた。
(私、本当に……昔から女の子だったっけ?)
ふとした拍子に、脳裏に古いフィルムが巻き戻されるように、幼少期の記憶がよみがえる。
翼は昔から、どうしようもないほどの泣き虫だった。幼稚園の入園式、友達との喧嘩、卒園式。中でも一番激しく泣いたのは、家族旅行のときだった。
「ほら、翼くん、お母さんと一緒にお風呂に入るわよ」
「やだ! 僕、男の子なのに女湯なんて絶対に入るのは嫌だ!」
男の子としてのプライドを守ろうと、脱衣所で大泣きして暴れた。そのとき、母親は困ったようにこう言ったのだ。
「翼くんは本当によく泣くから女の子みたいね。あぁ、翼が女の子だったらよかったのに」と。その言葉は、当時の翼の胸にトゲのように突き刺さっていた。
(そうだ……私は……)
記憶の霧が晴れていく。立ってオチンチンでおしっこをした記憶。公園でゴムボールを蹴り飛ばし、友達とロボットや車のおもちゃで遊んだ記憶。隣の家に住んでいた女の子に淡い恋心を抱き、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を知ったこと。そして、自分の身体にあるその証拠が、誇らしくもあり、少し恥ずかしかったこと。
「私……昔は、男の子だったんだ」
その呟きと同時に、翼の全身の毛穴が逆立った。忘れたくても絶対に忘れられない、あの強烈で、内臓がねじ切れるような痛みの記憶が、鮮烈によみがえってきたからだ。
2. 剥ぎ取られた未来
あの日のことは、昨日のことのように鮮明だ。
小学生の頃、お風呂場で自分のオチンチンやタマタマを触って遊んでいた。それが心地よくて、何度も繰り返した。だが、ある日それを母親に見つかり、激しいお説教を受けた。それでもやめられなかった翼を、ある日母親は「一緒にお出かけしようね」と甘い声で誘い出し、見知らぬ古い一軒家に連れ込んだ。
そこには、異様な雰囲気を纏った占い師の老婆が待ち構えていた。
「さあ、パンツを脱ぎなさい。……かわいいのがポロリとついているねえ。でも、今日でおしまいだよ。翼くんのその余計なものを、身体の中に綺麗に戻してあげるからね」
「えっ……? おばさん、なに言ってるの? 僕は男の子だよ! 女の子になんかなりたくない!」
いつものように大粒の涙を流し、翼は必死に逃げ出そうとした。しかし、母親は冷たい目で翼の腕を押さえつける。
「だめよ、翼くん。お母さんは女の子の子供が欲しかったの。可愛く着飾らせて、綺麗な着物を着せて……。生まれたときは男の子で本当に残念だった。でも、翼は女の子みたいにかわいいし、性格も優しい。あのね、この先生の転性の話を聞いたときから、どうしても翼を女の子にしたかったのよ。私の可愛い娘になってちょうだい」
母親と占い師の二人がかりで、翼は冷たい手術台へと括り付けられた。
「翼くん、自分の出っ張りがなくなっていく姿、見たくないかい? 記念に見せてあげるね」
占い師はビデオカメラを起動し、翼の股間を捉えた映像を目の前のモニターに映し出した。
「いやだ! 見たくない! 離して! お母さん、ごめんなさい、もう触らないから! お願いだから戻して!」
泣き叫ぶ翼の声を無視して、占い師は翼の竿を掴み、容赦なく身体の内部へと押し込み始めた。
「ぎゃああっ……! い、痛い、痛い、痛いっ……!」
骨が軋むような、今までに感じたことのない激痛。ぐきっと鈍い音がして、男性器が無理やり骨盤の奥へと押し込まれていく。モニターに映るそれは、みるみるうちに短くなっていった。
「どう? 短くなっていく自分の物を見てごらん。美しい女の子への階段だよ」
「やめて、やめてくれぇ……!」
恐怖と激痛で意識が遠のく中、さらに容赦ない手が伸びてくる。ブツッ、と何かが断ち切られるような感覚のあと、占い師は冷酷に告げた。
「はい、男の子の部分は完全に身体の中に入ったよ。このままだと変だから、少し小さくしていくね」
皮膚に埋もれた大きな豆のような塊を、占い師は執拗に揉みしだす。そして、球の入った二つの袋がだらりとぶら下がった不気味な状態を指し、最後にこう言った。
「さあ、仕上げだね。この袋も汚くてだらしないから、全部中に押し込んじゃおうか」
ぶつけた時の何十倍もの激痛が、全身の神経を焼き尽くす。
「痛い、痛いよおっ! お母さん、助けて、痛いよぉ……!」
助けを求めて見上げた母親は、我が子の苦しむ姿に顔を歪めるどころか、なぜか恍惚とした笑みを浮かべ、うっとりとその光景に見入っていた。
「あぁ……! 翼くんが、可愛い翼ちゃんになるわ!」
モニターの中の股間から、かつての証が完全に消失していく。皮膚はツルツルの真っ平らになり、そこにかわいらしい割れ目が形作られた。
「あぁ……本当に、女の子になってしまった……」
絶望と、すべてを奪われたという底知れぬ喪失感の中で、翼の意識は暗い闇へと沈んでいった。
3. 母への復讐と、男勝りの誓い
翌朝、目を覚ました翼に着せられていたのは、ピンク色のフリフリとした可愛らしいネグリジェだった。
おそるおそる股間に手をやると、そこにあるべきものは綺麗さっぱりと消え失せていた。男の子だった記憶と証をすべて奪われた絶効感に、翼は声を枯らして何日も泣き続けた。
しかし、人間とは残酷なもので、どれほど絶望しても時間は容赦なく進む。やがてその悲しみは、自分を勝手に改造した実の母親に対する、煮え滾るような深い恨みへと変わっていった。その黒い恨み辛みだけが、歪んだ現実を生き抜くための唯一のガソリンだった。
占い師の施した「転性の魔法」か、あるいは肉体の神秘か。成長するにつれて翼の身体の線は丸みを帯び、体内に埋め込まれたタマタマは卵巣へと変貌し、前立腺は子宮へと変わり果てた。中学生になった翼は、普通の女の子と同じように初潮を迎えた。
その血を見るたび、「もう二度と男の子には戻れない」という残酷な真実が突き刺さり、暗い部屋で一人、何度も泣き濡れた。
それでも、母親の思い通りには絶対に人形のようにはならない。それが、翼のたった一つの誇りであり、抵抗だった。
「お母さんの望みどおりの、可愛い女の子になんて絶対になってやるもんか……!」
髪を伸ばせと言われれば短く切り揃え、スカートを穿けと言われればジャージで過ごした。女の子らしい仕草や話し方を徹底的に拒絶し、幼い頃から夢中だったサッカーにしがみついた。男勝りな女として生き抜くことだけが、あの日の母親の歪んだ愛情と支配に対する、唯一にして最大の復讐だったからだ。
そして今、名門・大垣大学の女子サッカー部。
ピッチの上を縦横無尽に走り抜け、泥だらけになってボールを追いかけるときだけは、胸の奥にある消えない傷の痛みも、自分が男だったという記憶も、ほんの少しだけ忘れられた。
「おい、翼! 何ぼーっとしてるの? 次のメニュー始まるよ!」
チームメイトの声にハッと我に返る。
翼はロッカーから自分のスパイクを強く掴み取り、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がった。
心に深い闇と呪いを抱えながらも、彼女は今日も、奪われた人生の代わりに「最強の女」としてのプライドを胸に、緑のピッチへと走り出す。