羅切という言葉だけが残った
日本には宦官がいなかった――
歴史書はそう記す。
しかし、奇妙なことに「羅切(らせつ/らぎり)」という言葉だけは残っている。
明治維新の混乱の中で、羅切師(らせつし)も羅切子(らせつし)も姿を消した。
残されたのは、ただ一語『羅切』
羅切(らせつ)――身体の境界を変える秘術の名。
羅切(らせつ)――仏教用語として、魔羅(まら)を切り捨て、煩悩の根を断つ行為。
平安から江戸の昔、大奥や遊郭には、多くの羅切子がいた。
彼らは男でありながら、男ではない身体を持ち、
女の世界に溶け込むために身体を変えた者たちだった。
羅切した事実は、最大の秘密だった。
知られれば、生きていけない。
羅切師は術を終えた羅切子に必ず言った。
「ここに来たことは、誰にも言ってはならない。
羅切した事を話せば、身体を変えたおまえは生きづらくなる。」
しかし、男娼たちの間ではこう囁かれていた。
「羅切師のところへ行けば、女子になれる。」
それは公然の秘密だった。
男たちには理解できないが、女たちには一目で分かる秘密。
男の前で、裸になっても羅切子の正体に気づかない。
しかし女には、身体の影を一目見れば分かる。
羅切子は、男の世界では隠され、
女の世界では理解される存在だった。
そして――
この物語は、羅切という言葉だけが残った国で、
身体の境界を変えた者たちの記憶を辿る物語である。