【国立生命開発機構公認】ゴールド・アミューズメント・センター .1
21世紀半ば、日本を襲ったのは「極度の少子化」とそれに伴う「遺伝的多様性の欠乏」という二重の危機だった。
体外受精や人工授精の技術が飛躍的に発展し、政府主導での人口管理が可能となったものの、最大の壁となったのは「生殖素材(精子・卵子・DNA)の回収率」だった。
かつての献血のような善意に頼るボランティア方式では、若者の協力はほとんど得られず、素材の集積は頭打ちとなった。
そこで政府が目をつけたのが、日本独自の文化である「パチンコ・ゲームセンター」の持つ強力な娯楽性とギャンブル的中毒性だった。
大手アミューズメント企業と共同開発された国営施設「アミューズメント・ライフ・センター」。そこでは、最新の体感ゲームや巨大メダル機を楽しむ「対価」として、あるいは「ゲームのリソースを得るためのタスク」として、人々が自ら進んで生殖素材を提供する仕組みが完成した。
「義務」を「脳汁(ドーパミン)」へと置換したこの国家システムは爆発的な成功を収め、いまや市民にとって「ちょっとパチンコやゲーセンで遊んで小遣いを稼ぐ」のと完全に同義の日常となっている。
プロローグ:深夜のゴールドラッシュ
ネオンの光が湿ったアスファルトを青赤く濡らしていた。
大通りの角にそびえ立つ巨大ビル「国立生命開発機構公認・ゴールド・アミューズメント・センター」その自動ドアが開くたび、重低音のBGMとメダルがジャラジャラと押し出される金属音、そして独特の匂いが夜の空気に漏れ出してくる。
消毒液のツンとした香りと、加熱式タバコの煙、そして微かに甘いアロマが混ざり合った、あの独特の匂いだ。
「本日、メビウス・コア『超・排卵フェス』開催中!」
「初回メンテナンス選択でメダル5倍確定!」
壁一面の巨大LEDビジョンが狂おしいほどの光を放ち、深夜0時を回っているにもかかわらず、入口には数人の列ができていた。
サラリーマン、若いカップル、眠たげな目をした老人。彼らはみな、同じ「会員カード」を手に握りしめている。
人間は義務や奉仕では動かないが、「ゲームの確変」と「ジャックポットの快感」のためなら、喜んで自分の身体を差し出す。
いまやここは、誰もが合法的に脳汁を出し、生活費や娯楽を得るための日常の居場所だった。
第一章:初めてのカードと、二人の企み
「……マジで行くのか? アツシ」
大学の近くにある居酒屋のテーブル席で、タクヤは生ビールジョッキの手を止め、目の前の友人に声を潜めて尋ねた。
アツシはスマホの画面をタップしながら、ニヤリと笑った。画面には、国営センターの公式アプリが表示されている。
「当たり前だろ。今月、マジで金ねぇんだよ。教科書代で飛んだし。それにさ、俺たち今年で二十歳だぞ? 先月届いただろ、あのカード」
アツシが財布から取り出したのは、ホログラム加工が施された一枚のプラスチックカード——『国民生殖素材提供・共通IDカード』だった。二十歳を迎えた国民に一律で発行される、センターのアカウントカードだ。
「でもさぁ……」タクヤは自分の財布の中にある同じカードを指先で触りながら、眉をひそめた。「なんか嫌じゃないか? シートに座って下半身出されてさ。あそこ、包茎手術とか処女膜の切開までシートで自動でやられるんだろ? 病院じゃねぇんだぞ」
「お前、いつの時代の人間だよ」
アツシは呆れたように肩をすくめた。
「病院で行ったら何万も取られる手術が、あそこなら『初回限定メンテナンス・ボーナス』扱いでタダどころか、一万枚スタートのメダルがもらえるんだぞ? 学食の先輩も言ってたろ。『一瞬麻酔ガス吸わされて、目の前のスロット演出見てる間に終わった』って。痛くも何ともねぇってさ」
「でも……」
「手にカード持って受付行くだけだ。お前がずっと気にしてた仮性包茎もタダで切ってもらえて、そのままメダル持って中央の超大型プッシャー台『メビウス・コア』に座れるんだぞ? 運が良ければ今日の夜には生活費どころか、欲しかったPS6の代金まで稼げる。行かない理由、あるか?」
アツシの言葉には、どこか抗いがたい説得力があった。
世間でも「ちょっとゲーセン行って小遣い稼ぎしてくる」くらいの感覚で語られている場所だ。大学の同級生だって、半数以上はすでに通っている。
タクヤは喉を鳴らし、残りのビールを飲み干した。
「……一回だけだぞ。メダルなくなったら速攻で帰るからな」
「そうこなくっちゃ! よし、行くぞ!」
駅から徒歩5分。ギラギラとしたLEDが夜空を焼くセンターの前に、二人は立っていた。
重厚な自動ドアをくぐると、防音ガラスの向こうから「ギゴゴゴ……ガシャン!」という役物の作動音と、激しい電子音が鼓膜を揺らす。
「すっげぇ音……」
「へばるなよ、まずは受付だ」
手に持った会員カードを端末にタッチし、顔認証を済ませると。
ピンポンと軽い電子音が鳴り、電子ゲートの画面が表示された。
【ようこそ、アツシ様 / タクヤ様】
【初回利用特典:メンテナンスコース選択可能】
「よし、行こうぜ」
案内表示に従い、男女別々に分かれたロッカールームへと進む。ここからは私服での入場は固く禁じられている。
ロッカールームは銭湯やスパ施設のように清潔で、壁一面に金属製のロッカーが並んでいた。すでに何人もの男たちが、慣れた手つきで服を脱ぎ捨てている。
ロッカーの中に用意されていたのは、指定の「館内着」だ。
それは、膝上まで丈のあるゆったりとした「ワンピース型」の衣装だった。
下着はすべて脱ぎ、このワンピースを頭からすっぽりと被るのがルールだ。下半身は完全にフリーとなり、ゲーム機のシートに座れば裾をめくり上げるだけで施術アームがアクセスできるよう設計されている。
「うわ……これ、本当にノーパンなんだな」
タクヤはワンピースの裾をさすりながら、心もとなさに身震いした。太ももに直接触れる空気がソワソワとする。
会員カードを片手に持ったまま周りを見渡せば、同じワンピース姿の男たちがごく普通に清涼飲料水を飲んだり、スマホを弄ったりしている。
「おいタクヤ、準備できたか?」
アツシがロッカーの陰から現れた。同じワンピース姿で、右手にはしっかりとカードを握りしめている。すでに照れくささなど吹き飛んだような、ギラついた目をしていた。
「おう……なんかスースーして落ち着かねぇよ」
「最初だけだって。ほら、カード無くすなよ。行くぞ、メダルの海へ!」
アツシが防音ドアのレバーを押し下げた。
次の瞬間、全身を包み込むような爆音と、視界を埋め尽くす光の群れ、そして「ジャラジャラジャラ!」という圧倒的なメダルの金属音が、二人の身体を激しく打ちたたいた。
ワンピースの裾を揺らす熱気の中に、二人はカードを手に足を踏み入れた。
爆音と光の濁流、そして熱気。重厚なドアをくぐった瞬間、タクヤとアツシは思わず足を止め、口を半開きにして立ち尽くした。
頭上では100人規模の超大型メダルプッシャー「メビウス・コア」の巨大な液晶演出がギラギラと輝き、ジャックポットを知らせる重低音と「ジャラジャラジャラ!」という怒涛のメダル払い出し音がフロア全体を揺らしている。
すれ違う人々は全員、自分たちと同じ膝丈のワンピース姿で、右手には会員カードを握り締め、ドリンクを片手に慣れた足取りで台から台へと移動していた。
「……すっげぇな、ここ」
タクヤが呆然と呟いた、その時だった。
「アツシ様、タクヤ様ですね? 本日は初のご来店、誠にありがとうございます!」
ハキハキとした明るい声が二人を呼び止めた。
振り返ると、センターのロゴが入ったスタイリッシュなポロシャツを着た若い女性スタッフが、端末を手に爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「あ、はい……」
アツシが思わずワンピースの裾を少し気にしながら返事をする。
「お二人とも本日が初めてのアカウント利用ですね。よろしければ、当センターのシステムや各種お得な制度、シートの操作方法などをご案内いたしますが、いかがでしょうか?」
「あ、お願いできるなら……助かります」
タクヤがペコリと頭を下げると、女性スタッフは「かしこまりました! こちらへどうぞ」と手慣れた手つきで二人を案内し始めた。
「まず、お手持ちの『会員カード』ですが、これは館内のすべての決済および生体データ管理に使用いたします。ゲーム機に座られた際、まずはスロット脇のカードリーダーにカードを差し込んでいただきます」
スタッフは二人を、個人向けのスロット台が並ぶエリアへと誘導した。
「ブースのシートにお掛けになりましたら、足元のフットレストに足を固定していただきます。ワンピースの裾を少し捲くり上げていただくだけで結構です。シート内部のセンサーがお召し物を感知し、全自動で洗浄および体圧調整アームがセットされます」
あまりにも淡々と、まるでカラオケボックスや最新のマッサージチェアの説明をするかのようなトーンで語られる内容に、タクヤの心臓はドキンと跳ねた。
「また、お二人とも本日は『初回限定メンテナンス・コース』が適用可能となっております。こちらはシートに着席後、液晶画面の『初回メンテナンスを申し込む』をタッチしていただくことで、施術アームによる完全無痛の包茎手術が自動で行われるサービスです」
「あの……それって、本当に痛くないんですか?」
タクヤが恐る恐る尋ねると、女性スタッフはニコリと微笑んだ。
「はい! 施術開始と同時に、シート上部からマイルドな麻酔・多幸感アロマガスが自動噴射されます。目の前のゲーム画面で激しいリーチ演出をお楽しみいただいている間に、超精密レーザーにて数分で完了いたしますよ。しかも初回特典として、施術完了の瞬間に『確定ジャックポット(メダル10,000枚)』がその場でチャージされます!」
「い、一万枚……!」
アツシの目が一気に輝いた。
「はい! 獲得されたメダルは、そのまま中央の大型プッシャー『メビウス・コア』に引き継いで遊ぶこともできますし、館内の交換カウンターで最新の家電や各種デジタルポイント、税金控除用の証明書と交換することも可能です。それではお二人様、あちらの並びの空きブースへどうぞ。カードのセットからご案内いたしますね」
「……行くぞ、タクヤ」
アツシはもう恐怖など完全に吹き飛んだ様子で、握りしめたカードを握り直し、女性スタッフの指示に従ってブースへと歩き出した。
タクヤもまた、逃げ場のない高揚感とノーパンのワンピースの心もとなさを感じながら、吸い寄せられるようにシートへと腰を下ろすのだった。
二人は女性スタッフに促されるまま、並んで空いていた個人用スロットのブースへ腰を下ろした。
シートは馬の鞍(くら)に似た人間工学的な形状をしており、跨がるように座ると自然と下半身が固定される仕組みになっていた。中央には便器のように大きく楕円形の開口部があり、そこに下半身を収める格好になる。
ワンピースの裾を太ももまで手繰り寄せ、シート側面のカードリーダーへ慣れない手つきで会員カードを差し込んだ。
「ピローン! 【ようこそ、タクヤ様】」
電子音とともに目の前の大型液晶画面が華やかに点灯し、軽快なBGMが流れ始める。
「カードの認証が完了いたしました。それでは、基本のデイリータスクである陰部洗浄が始まります」
隣に立つ女性スタッフが、端末を手に微笑みながら説明する。
「ご入館時には陰部洗浄が行われます、特にこちらからボタンを押したり、複雑な操作をしたりする必要は一切必要ありません」
画面上には、淡い光を放つピンク色の「花の蕾(つぼみ)」のアニメーションが大きく映し出された。
それと連動するように、鞍の穴の内部から微細な機械音が響き、温水ジェットが滑らかに立ち上ってくる。
温水洗浄便座のように心地よい湯が陰部全体を包み込んだ。
続いて、画面の中の花の蕾が『開花』の演出とともにゆっくりと花弁を広げていく。
そのアニメーションに同期して、穴の内部に配置された医療用アームと吸着ノズルが完全に自動で滑らかに作動した。
一切の抵抗を感じさせることなく、包皮が優しく根元へと引き下げられ、露出した内部まで温水と微細な泡で徹底的に清められていく。
「わっ……」
普段の入浴ではあり得ないほど念入りの自動洗浄に、タクヤは思わず息をのんだ。しかし、痛みや不快感はなく、洗練された温もりと清潔感が広がるだけだった。
「はい、デイリータスク完了です!」
「ガシャン! ギゴゴゴ……!」
画面上の蕾が満開になり、ド派手なフラッシュ演出とともに【DAILY TASK CLEAR!!】の太文字が踊る。
「ジャラジャラジャラ!」
重厚なサウンド効果音とともに、画面のデジタルカウンターにきっかり数字が刻まれた。
【+200 CREDITS CHARGED】
「こちらの200クレジットは、いわば毎日のご来店ポイントのようなものです」
女性スタッフは液晶画面をトントンと軽く叩きながら、ハキハキとした声で説明を続けた。
「当センターにお越しいただいたお客様には、まずこのデイリータスクを完了していただき、支給されたクレジットでご自由にゲームをお楽しみいただくのが基本の仕組みとなっております。ですが……もし遊戯の途中でクレジットが無くなってしまった場合は、いつでも追加タスクを行っていただけます」
「追加タスク……?」
タクヤが聞き返すと、スタッフはにっこりと微笑んだ。
「はい。精子提供や各種生体素材の提出などの追加タスクですね。こちらを行っていただくことで、即座にクレジットを追加チャージすることができます。もし差し支えなければ、まずはこのまま精子提供をお試しになってみませんか? 回収された量や運動率に応じて、その場で200から1000クレジットが追加チャージされますよ」
「1000クレジット……!」
隣のブースから、アツシの興奮した声が漏れた。
「タクヤ、やろうぜ! 200じゃ速攻でスロット飲まれて終わるし、ここで1000稼いでから賭けた方が絶対面白いって!」
女性スタッフは二人の反応に満足そうに頷くと、液晶画面の『精子提供タスクを開始する』という青いボタンを指し示した。
「操作はとても簡単です。準備がよろしければ、画面のボタンをタッチしてください」
アツシが迷わず画面を叩くと、タクヤも吸い寄せられるように指先を画面へ伸ばし、青いボタンを押し込んだ。
「ピローン! 【精子提供タスクを開始します】」
軽快な音声とともに、鞍状シートの内部から機械の作動音が響いた。
「シート内部では、全自動の人工膣ユニットが上昇し、お客様の器官を自然に包み込みます。同時に、より確実で効率的な回収のため、直腸への微弱な電気刺激デバイスが連動して作動いたします」
「え、直腸……!?」
タクヤが驚いて声を上げる間もなく、シートの内部から滑らかな人工膣の温かな密着感が陰部を覆い、同時に臀部奥へと微細なプローブが滑り込んだ。
直後に、トントンとリズミカルで心地よい極めて微弱な低周波刺激が直腸壁をくすぐる。背筋を微かなシビれが駆け抜け、意志とは無関係に下半身へ血液が集まり、固くなっていくのが分かった。不快感や痛みはなく、むしろ強烈な収縮感と快感がダイレクトに脳へと送られる。
同時に目の前の大型モニターには、高精細なきわどい映像と派手なリーチ演出が混ざり合った映像が流れ始め、大音量のBGMが思考を白く染めていく。
「あ……っ」
タクヤの口から思わず漏れた小さな声に、女性スタッフは嫌がる素振りも見せず、むしろ慈しむようなプロの笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ、タクヤ様。とても順調です。直腸への微弱刺激は精嚢を直接収縮させますので、ご自身の意思とは関係なく、最も効率よく上質な素材が採取できる仕組みになっております」
スタッフは二人から離れるどころか、すぐ横に立ち、まるでボウリング場やゴルフスクールのアドバイザーのように、手元の端末で生体データをモニタリングしながら二人の「タスク」を見守っていた。
「アツシ様も素晴らしいですね、反応がとても早いです。画面のリーチ演出と人工膣のピストン周期が同期しておりますので、そのまま画面に集中してくださいね」
「うぐっ……! マジかよ、これ……っ」
隣のアツシも、ノーパンのワンピースの裾を握りしめ、顔を真っ赤にしながらシートの上で身体を小さく跳ねさせている。
タクヤの頭の中は、激しい混濁に包まれていた。
鞍状のシートに跨がり、下半身は完全に開かれ、人工膣の滑らかな締め付けと直腸をトントンと突くような電気刺激が脳髄を直接揺らしている。
そして何より——この異常で無防備な姿を、制服を着た若い女性スタッフにすぐ至近距離でじっと見つめられ、優しく声をかけられているという事実。
(見られてる……俺たち、こんな格好で、スタッフの目の前で……)
猛烈な羞恥心が波のように押し寄せてくる。だが、その羞恥心こそが、脳内で強烈な快楽物質へと反転していく。見られているという背徳感と、機械がもたらす強制的な快感、そして目の前でギラギラと輝くスロットの演出が混ざり合い、理性を削り取っていく。
「ふふ、お二人ともとても素晴らしい反応です。脈拍と血圧も綺麗に上がっていますよ」
スタッフは優しく囁きながら、液晶画面のメーターを指差した。
「ほら、見てください。お二人の評価メーターが『GREAT』まで上がっています。このまま回収完了までいけば、上限の1000クレジットは確実ですよ。……頑張ってくださいね」
応援するように、しかしどこか見世物を愛でるような眼差しで見つめられ、タクヤの背筋にゾクゾクとした熱い震えが走った。
もはや恥ずかしいのか、気持ちいいのか、勝ちたいのかすら分からない。
二人はノーパンのワンピースを固く握りしめたまま、スタッフの視線と機械の快楽、そしてギャンブルの狂気が織りなす底なしの沼へと、自ら溺れていった。
第二章:初回特典と選択の代償
精子提供タスクが完了すると同時に、目の前のモニターには狂おしいほどの光と「1000 CREDITS CHARGED!!」の派手な演出が躍り出た。直腸の刺激が止み、人工膣が滑らかに離脱していく脱力感の中で、二人は荒い息をつきながらワンピースの裾を直した。
「素晴らしい成果です! お二人とも最高の運動率で、上限の1000クレジットがチャージされましたよ」
女性スタッフは拍手を送りながら、手元の端末の画面を切り替えた。
その表情は、先ほどまでの「案内係」から、どこか獲物を狙う営業手腕を持ったプロの顔つきへと微かに変化していた。
「さて……ここからが本日最もお得なご案内となります」
スタッフは二人の中央に立ち、液晶画面の右下で怪しく点滅する巨大な赤いアイコン——『初回限定・拡張メンテナンス』を指し示した。
「当センターでアカウントを開設されたお客様だけに与えられる、一生に一度の特別サービス……それがこちらの『包茎手術メンテナンス』です」
「包茎手術……」
アツシが食い入るように画面を見つめた。その目はすでに、追加されたばかりの1000クレジットと、その先にあるギャンブルの熱に侵され始めている。
「はい! 一般のクリニックで受けると十数万円から二十万円ほどかかるレーザー環状切除術を、当シート上で『完全無料』にて執刀いたします。さらに……」
スタッフは声を少し落とし、密やかに囁くように続けた。
「この初回メンテナンスを完了していただいたお客様には、特別限定ボーナスとして『確定ジャックポット(10,000クレジット)』をその場で直接チャージさせていただきます。10,000クレジットあれば、中央の超大型プッシャー『メビウス・コア』のVIP台にも即座に着席可能です!」
「い、一万クレジット……!? タダで剥いてもらえて、一万……!?」
アツシの喉が鳴った。膝の上に置いた手が、興奮で微かに震えている。
「でも、手術って……痛くないんですか? 切るんですよね?」
タクヤは身を竦ませ、鞍状シートの背もたれに深く体を押し込めながら尋ねた。ノーパンのワンピースの裾をギュッと握りしめ、まるで自分を護るように少し体を斜めに潜ませる。
「ご安心ください、タクヤ様」
スタッフはタクヤに向かって優しく微笑みかけたが、その瞳の奥にはどこか冷たい機械的な正確さがあった。
「施術開始と同時に、シートの上部から『多幸感誘発成分入り局所麻酔液』が微量に噴射されます。お客様はただ、目の前のゲーム画面で展開される超激熱のリーチ演出をご覧になっているだけです。お痛みも、不快感も一切ございません。ほんの十五分ほどで、最先端の自動手術マシーンが完璧に仕上げますよ」
「十五分で……一万クレジット……」
アツシは完全に毒されていた。先ほどの精子提供で味わった強烈な快感と、見つめられる羞恥心、そして目の前でチラつく「10,000」という莫大な数字。
「やる! 俺、それやります! お姉さん、申し込みってこのボタンでいいんですか!?」
アツシはタクヤの顔を見ることもなく、食い気味に画面の赤いボタンを押し込んだ。
「ありがとうございます、アツシ様! 賢明なご決断です。それではアツシ様のシートは直ちにメンテナンスモードへと移行いたしますね」
スタッフは満足げに頷くと、怯えたように身を小さくしているタクヤへと視線を向けた。
「タクヤ様はいかがなさいますか? 一生に一度のチャンスですが……」
「あ、いや……俺は……」
タクヤの頭の中で、警鐘がカンカンと鳴り響いていた。
たしかに仮性包茎は昔から密かなコンプレックスだった。タダで治り、一万クレジットが手に入るのも魅力的すぎる。だが、このギラギラとした電子音と爆音のなかで、ゲーム機のシートに座ったまま自分の体を「切られる」という事実に、底知れぬ恐怖が勝ったのだ。
「……俺は、今回はやめておきます。辞退でお願いします」
「……左様でございますか」
スタッフの笑みが、ほんの一瞬だけミリ単位で固まったように見えた。だがすぐに元の完璧な接客スマイルに戻り、端末を操作した。
「承知いたしました。ではタクヤ様は辞退処理とさせていただきますね。……なお、こちらの初回特典となっており本日退店されますと二度とご利用いただけませんので、ご注意くださいませ」
(二度と使えなくて結構だ……)
タクヤは小さく息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
しかし、隣のブースではすでに機械の作動音が「ウィーン……」と低く重く響き始めていた。
「よしっ……! 一万クレジット、一万クレジット……!」
液晶画面の激しい赤と金のフラッシュを浴びながら、ブースの頭上から薄い甘い香りのガスが吹き出し始める。アツシの瞳は完全にハイになり、ワンピースの裾を自ら大きく捲り上げて、鞍の穴の奥へと身を委ねていた。
タクヤの「辞退」を冷ややかに受領した女性スタッフは、すぐに気を取り直したようにタクヤの横へ立ち、目の前のスロット台の操作方法を解説し始めた。
「ではタクヤ様、アツシ様のメンテナンスが完了するまで、こちらのスロットの基本操作をご案内いたしますね。まず、こちらのレバーでメダルを3枚賭けて(3枚ベット)いただくのが基本となります」
「3枚……? 1回回すのに3クレジット要るってことですか?」
「はい! ですが、3枚賭けていただくことで全てのラインが有効になり、小当りやボーナス抽選の確率が大幅にアップするんですよ」
タクヤは手探りで指定されたボタンを押し、レバーを叩いた。
「ガシャン!」という重厚な手応えとともに、3つのリールが目まぐるしく回転を始める。適当に目押しをしてストップボタンをタン・タン・タンと叩くと、画面上で図柄が揃い、「ピッピッピロリーン!」と軽快なファンファーレが鳴り響いた。
【SMALL BONUS! +50 CREDITS】
「お見事です! 小当りですね。このように、デイリーと精子提供で獲得されたクレジットを原資にして、ゲームでどんどん増やしていくことができます」
(へぇ……なるほど、こうやって遊ぶのか)
最初は怖々とレバーを叩いていたタクヤだったが、回数を重ねるごとにゲームのテンポと打感に引き込まれていった。3枚ベットで回し続けると、思いのほか頻繁に小当りや演出が発生する。7が滑り込んで揃うたび、重圧感のある効果音とともにカウンターの数字が跳ね上がった。
【1,200 CREDITS】
【2,450 CREDITS】
【4,580 CREDITS】
気が付けば、1,200枚からスタートしたはずのクレジットは4,600枚近くにまで膨らんでいた。
(なんだ……結構簡単に増えるじゃん)
タクヤの口元に、自然と小さな笑みが浮かんだ。自分の手でレバーを叩き、画面の演出を制してコインを増やしていく感覚は、なんとも言えない万能感をもたらす。
(なーんだ。わざわざ体切ってリスク侵さなくたって、普通にこうやって増やす方が絶対賢いじゃん。アツシのやつ、焦って損したな)
心の中で自分の「正しい選択」を誇り、すっかり安堵していたその時だった。
「ピロロロロロ……! 【MAINTENANCE COMPLETE!!】」
隣のブースから、ファンファーレというよりはまるで何かの達成を祝うような、重厚で巨大な電子音が響き渡った。
アツシの頭上を覆っていたヘットカバーと甘い麻酔ガスがすーっと格納され、液晶画面には金色の巨大な数字がドカンと打ち出されていた。
お疲れ様でした、アツシ様! 初回メンテナンス、無事に完了いたしました!」
女性スタッフが華やかに拍手を贈る中、アツシはどこかうっとりとした、夢から覚めたようなトロンとした目つきでゆっくりと身を起こした。頭上を覆っていた甘い麻酔ガスがすーっと吸い込まれて消えていく。
液晶画面には、金色の巨大な数字がドカンと打ち出されていた。
【+10,000 CREDITS CHARGED!!】
【TOTAL: 11,200 CREDITS】
アツシはまだ少しボーッとした様子で、自分の着ているワンピースの裾をゆっくりと手繰り寄せた。ノーパンの太ももがあらわになり、鞍状シートの開口部のうえで、手術を終えたばかりの自分の股間を少し不安そうに覗き込む。
そこには、痛みも血の一滴もなく、まるで最初からそうであったかのように美しく整形され、すっきりと剥けた自分の陰部があった。
「うわ……マジで……なんともない……」
アツシが裾を元に戻して息をつくと、隣のブースで様子を見ていたタクヤが、おそるおそる声をかけた。
「……アツシ、大丈夫だったか? 正直、本当に痛くなかったのか……?」
タクヤの不安そうな顔を見たアツシは、一瞬で自慢げなニヤケ顔になった。
「全然! マジで一瞬だぞ、タクヤ。甘いガス吸って画面見てたら『終了です』って言われてさ。見てみ、マジで綺麗に剥けて——」
誇らしげになったアツシは、自分の言ったことを証明しようと、ワンピースの裾をガバッと大きく捲り上げてタクヤに見せつけようとした。
「あっ、アツシ様! ダメです、館内での露出はマナー違反ですよ!」
横にいた女性スタッフがパンッと手を叩き、少し眉をひそめてアツシを注意した。プロの笑顔は崩さないものの、毅然とした態度だ。
「申し訳ございません、アツシ様。他のお客様のご迷惑となりますので、お控えくださいね」
「あ、すみません……」
怒られて罰悪そうに素早く裾を降ろしたアツシだったが、スタッフが離れるとすぐにタクヤへ向かってニヤリとウインクしてみせた。
「……とにかく、マジで余裕だったってこと! それよりタクヤ、お前の方はどうなんだよ?」
タクヤが自分のモニターを指差すと、そこには【4,600 CREDITS】の文字が輝いていた。デイリーと精子提供で手に入れた最初の1,200クレジットから、小当りを重ねて着実に増えていたのだ。
それを見たアツシは、自分の万単位の数字も忘れたように目を丸くし、タクヤの肩をポンと叩いて破顔した。
「うおっ、すっげぇじゃん! 4,600まで増やしたのかよ! タクヤ、スロットの才能あんじゃねぇの!?」
「まあな。こうやって地道に増やすのも案外悪くないぞ。お前のは……相変わらずケタが違いすぎるけどな」
「だろ? でもこれで二人とも元手はバッチリだ! 4,600あれば十分戦えるって!」
アツシは興奮冷めやらぬ様子で、フロアの中央——眩いばかりの光と、雷鳴のようなメダル音を轟かせている巨大なランドマークを指差した。
「よし、タクヤ! 準備は整っただろ。いよいよあそこ……中央の『メビウス・コア』に行こうぜ!」
第三章:黄金の城と、狂気のペナルティ
スロットエリアを抜けた二人の視界に躍り出たのは、まるで古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる圧巻の巨大建造物——超大型メダルプッシャー『メビウス・コア』だった。
吹き抜けの広大な空間に鎮座するその巨大な台は、上下2段構造になっている。
1階席(通常席)は、下半身を鞍状シートに固定した大勢の客たちで埋め尽くされ、激しい電子音とともに10クレジットで1枚換算のシルバーコインが次々と盤面に投入されていた。そしてその頭上、2階部分にはガラス張りの豪華なテラス席——『VIPエリア』が円を描くように配置されている。
中央で回転する巨大なガラス張りのセンタータワーには、デジタルで刻々と増えていく累積ジャックポットが表示されていた。
【JACKPOT ACCUMULATION: 5,842,000 CREDITS】
「ご、ごひゃくはちじゅうまん……!?」
「おいタクヤ、見たかよ! 500万オーバーだぞ!」
アツシが興奮でタクヤの肩を激しく揺さぶる。
「メビウス・コアは通常席も含めて全体が10倍レートだ。10クレジットで1枚のシルバーコインに換算される。俺の11,200クレジットなら……1,120枚のコインとして遊べるんだ!」
「全体が10倍……? 待てよアツシ、俺は4,600枚しかないんだぞ。1枚投げるだけで10クレジットなんて、あっという間に全部溶けちまうよ……俺は他のでいい、他ので」
タクヤは思わず身を竦ませ、プッシャーコーナーの通常レート機へ向かおうとした。地道にスロットで増やす喜びを覚えたタクヤにとって、10倍レートというだけで胃が痛む思いだった。
しかし、周りをぐるりと歩いてみても、数十台ある通常レートのプッシャー機はどこもかしこも満席で、後ろには待ちの列すらできている状態だった。
「ほら見ろって、他は全滅だ。いつ空くか分かんねぇぞ?」
アツシがニヤニヤしながら、2階へと続く豪華な階段を指差した。
「それにさ、VIP席は着席チャージで1,000クレジット取られるけど、その代わり1枚100クレジット相当の『ゴールドコイン』が10枚ももらえるんだぞ? 盤面見ろよ、VIP専用のゴールドコインがゴロゴロ転がってるだろ! あれは重さが違うから、盤面のシルバーコインを一気に押し出せるんだよ。100クレジット相当のコインが大量に落ちてくれば、1,000クレジットのチャージなんて一瞬で元が取れるって! な?」
「1,000クレジットもチャージに取られるのか……?」
タクヤは自分の【4,600 CREDITS】という手持ちを見つめ、思わず足がすくんだ。チャージを払えば残りはたったの3,600クレジット。シルバーコインにしてわずか360枚分だ。
だが、アツシの必死の説得と、盤面で眩い光を放つ重厚なゴールドコインの存在。そして何より1階席が空く気配が微塵もない現実を見て、タクヤはゴクリと唾を飲み込んだ。
「……はぁ、分かったよ。1,000取られてすぐ終わっても怒るなよ?」
タクヤはため息をつき、しぶしぶアツシの後を追って2階への階段を登った。
すると、階段手前のVIP専用ゲートから、先ほどスロットエリアで親切にレバーの叩き方を教えてくれた若い女性スタッフが、二人をエスコートするように前へと進み出た。
「お二人様、VIPエリアへのお越しありがとうございます。こちらよりご案内いたしますね」
彼女の丁寧なエスコートでゲートにカードをかざすと、1,000クレジットがスムーズに引き落とされる。重厚なドアが開くと、そこは静寂と高級感に包まれた別世界だった。
女性スタッフの指示に従い、ゆったりとした革張りの鞍状シートに跨がると、足元が自動で優しく固定された。トレイには、ズッシリと重い10枚の「ゴールドコイン」がジャラッと吐き出される。2階席からは、1階で必死にレバーを叩く大勢の客たちの頭頂部が見渡せた。
「うひょー! 見ろよタクヤ、眺め最高だな! まさに王様気分だぜ!」
アツシは興奮気味にゴールドコインを投入口へ滑り込ませた。金色のコインが盤面に落ちると、地鳴りのような音を立てて大量のシルバーコインが押し出されていく。
「頼むからすぐ無くなりませんように……」
タクヤも恐る恐る1枚のゴールドコインを投じた。そのたった1枚が、現実の1万円もの価値があるように思え指先が冷たくなった。
その時だった。
『ウーッ! ウーッ! WARNING! WARNING! 1階・42番台のお客様、ミニゲームにて【ドクロジェム】獲得! ペナルティイベントが発生します!』
突然、館内全体に重苦しい警報音が響き渡り、照明が妖しい赤色へと変わった。
「な、なんだ!? なんだこの音!?」
タクヤが慌てふためくと、1階の客たちが一斉に悲鳴を上げたり、祈るように頭を抱えたりし始めた。アツシは興奮して身を乗り出し、1階を見下ろしている。1階の42番席の男は、画面に浮かび上がった不吉なドクロのアイコンを前に蒼白になって震えていた。
42番台の上空、天井のレールからガチャガチャと重々しい機械音を立てて降下してきたのは、派手なネオンで飾られた巨大な役物だった。
鮮やかなピンクとイエローに塗られたポップな見た目とは裏腹に、そこに付いているのは武骨な金属音を立てる巨大な電動チェーンソーと、メスの役物だった。
『はいっ! チョキチョキタイムスタート〜♪ リフレッシュして再スタートしようねっ!』
軽快でポップなBGMが店内いっぱいに流れる中、役物がコミカルに「チョキチョキ!」「ギャリギャリ!」と刃を噛み合わせながら、青ざめる男性客の頭上へと迫っていく。機械の影に隠れて直接的な惨劇は見えないものの、直後に男性の壮絶な悲鳴が響き渡り、それを覆い隠すように盛大なファンファーレが鳴り響いた。
『生体回収、無事に完了いたしました〜! ご協力ありがとうございましたっ!』
「うわ……マジでやってんのかよ……」
アツシがドン引きしたように呟いた瞬間、店内の中央に聳え立つ巨大なガラス張りの【センタータワー】がゴゴゴと地鳴りを上げて発光した。
『生体回収完了! 【ゴールドオーブ】を払い出します!』
タワーの最上部から、ゴトン! と重々しい音を立てて吐き出されたのは、たった1個の眩い黄金の球体――ゴールドオーブだった。
ずっしりと重厚なそのオーブは、中央のセンターフィールドに敷き詰められた大量のコインを「ゴゴゴ……」と力強くかき分けながら重々しく転がり出していく。
オーブは中央からの分配スロープへと進入した。しかし、そのスロープの傾斜とガイドラインは、明らかに2階のVIP席側へ多く流れるように設計されていた。
「おい、こっちに来るぞ……!」
勢いをつけたゴールドオーブは、2階の斜面を猛スピードで転がり落ちてきた。本来ならばフィールド上のコインの山に引っかかって留まるはずだったが、その1個の重厚なオーブはものすごい勢いを保ったまま、奇跡的な角度で盤面を滑走した。
「えっ……ウソだろ!?」
「カツンッ! ゴトン……!!」
偶然にも、そのゴールドオーブはタクヤの席のペイアウトポケット(回収口)へとそのままダイレクトに吸い込まれてしまった。
『ピロリロリーン! 【SPECIAL GET!! GOLD ORB DIRECT IN!!】』
液晶画面にド派手な金色の演出が弾け飛び、カウントが進む。
【GOLD ORB: 1/2】
画面に躍るそのシステム説明と、たった今ダイレクトに入ったオーブの残像を目にした瞬間、タクヤの背筋に冷たい走りが駆け抜けた。
(待てよ……生体回収と同時……? ということは、今のゴールドオーブは……)
タクヤはハッと息を飲み、中央のセンターフィールド全体を見渡した。
通常遊戯では小型のジェムしか落ちてこず、ジャックポット(JP)チャンス参加にはこの大型オーブが2個絶対に必要となる。そしてガラス張りのタワーの根本、広大なフィールドの各所にゴロゴロと重々しく鎮座している無数の「ゴールドオーブ」と、時折混ざり込む真珠色の「パールオーブ」。
(これ全部……誰かの睾丸……!? 誰かが去勢されるたびに、このオーブが1個ずつ吐き出されて……俺たちの盤面に流れてきてるのか……!?)
偶然にも自分のポケットへそのまま飛び込んできた「さっきの男の犠牲の結晶」を見つめ、タクヤは強烈な悪寒と恐怖に襲われた。
このメビウス・コアというゲームの真の仕組み。それは、下の階層の人間から生体をむしり取り、それを「激熱のレアオーブ」として上の階層の人間に奪い合わせる、狂気の搾取システムだったのだ。
あまりの光景に膝を震わせ、ノーパンのワンピースの裾をギュッと握りしめていると、ずっと二人につき添っていた女性スタッフが、優しく微笑みながらタクヤの肩にそっと手を置いた。
「タクヤ様、おめでとうございます! 素晴らしい強運ですね」
「あ……あの、下で……男の人が……」
「ええ、あちらは1階席でドクロジェムをお引きになった際限定のペナルティとなっております」
スタッフは困ったように小さく首を傾げながら、まるで天気の話でもするかのように柔らかい声で丁寧に説明を続けた。
「VIP席をご利用のお客様は、お一人様1,000クレジットという特別なシートチャージを頂戴しておりますので、そういったペナルティの対象からは完全に除外されております。どうぞご安心くださいね。リスクなしで純粋に高レートのゲームをお楽しみいただけるのが、こちらのVIP席の利点なのです」
スタッフの優しく洗練された言葉と、肩を撫でるあたたかい手の感触に、タクヤの凍りついていた心がスーッとほぐれていく。
(そうか……俺たちは1,000クレジット払ってVIPにいるんだ。あんな恐ろしい目に遭うのは、下の通常席でドクロを引いた奴らだけなんだ……)
「ほら……アツシ様をご覧になってください」
女性スタッフが隣を指差した。
見れば、アツシのトレイにはすでに大量のシルバーコインと、落としたゴールドコインによって押し出された高額なメダルが「ジャラジャラジャラ!」と豪快な音を立てて吐き出されていた。
【TOTAL: 15,400 CREDITS】
「うひょーっ! タクヤ、見たかよ!? ダイレクトインとかお前運良すぎだろ! ゴールドコインもマジでスゴいぞ!」
アツシは目の前で行われた惨劇など目に入っていないかのように目の色を変え、トレイから溢れそうなメダルを抱え込むようにして笑っている。
「ふふ、お二人ともとてもお上手ですね。タクヤ様も、この特別なVIP席で極上の快感を心ゆくまでお楽しみくださいね」
「あ……はい。ありがとうございます……」
タクヤはぽつりと答え、手元に残されたゴールドコインと、ダイレクトインで1個獲得扱いになった画面のゴールドオーブの表示を見つめた。
ついさっきまで感じていた底知れぬ恐怖は、安全なVIP席という優越感と、目の前で増えていく膨大な数字、そして隣で優しく見守ってくれるスタッフの存在によって、ゆっくりと甘い熱量へと変わっていく。
タクヤは慎重にゴールドコインとシルバーコインを使い分け、確実に枚数を増やしていった。ゲーム性の高さと、コインやオーブが崩れ落ちる感触に完全に魅了され、気づけば入店から1時間が経過していた。
手元で輝くカウンターの表示は、いつの間にか【7,200 CREDITS】にまで跳ね上がっていた。