誰にも知られたくなかった秘密
廊下の薄暗い一角にあるトイレに駆け込む。個室に鍵をかける指先が震えている。便座に腰掛けた少年——佐藤誠(さとう まこと)は深く息を吐いた。制服のズボンを降ろす動作は機械的だ。だが毎朝繰り返しても慣れることのない現実が股間に横たわっている。
そこにあるべきものはなかった。あるのは小さな皮膚のひだと睾丸だけだ。尿道口は恥骨のすぐ下にぽつりと開いている。
**(またここから小便が……)**
指が無意識に尿道口に触れる。冷たい感触にぞっとした。前は当然のように存在していた器官が消滅した事実は、夢であってくれと何度も思った。だが鏡に映る平坦な股間は紛れもない現実だった。
放課後の教室へ戻る途中だった。背後から聞こえた甲高い声に足が止まる。
「あ、佐藤くんじゃん。」
振り返れば三人の女子が立っていた。村田真由美(むらた まゆみ)、篠原麻弥(しのはらまや)、花澤千夏(はなざわ ちなつ)だ。全員がニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。
「……なに?」
警戒心が全身を締め付ける。特に真由美の目つきが鋭い。
「ねぇ佐藤くんさぁ」真由美が一歩近づく。「あれって本当?」
「何の話だよ」
「とぼけちゃってぇ」千夏が肘で突く。「チンチンがないって聞いたんだけど?」
なぜ?誰にも知られたくなかった秘密がなぜかバレていた。こんな体のこと誰にも知られたくないのでもちろん誰にも話したことなんてない。他人にこんな体だという事がバレてしまっていることにパニックになった。
「嘘かもとは思ってたけど」真由美が誠の袖をつかむ。「反応からして本当っぽいね」
「見せてよ」
「は?」
「証拠見せてもらおうよ♪ 見せないならクラスのみんなに噂広めちゃうかも?」
**選択肢はない。** 近くの非常階段を登っていく三人に引きずられるように誠も続く。屋上扉が閉まると同時に真由美が命じる。
「さぁ、見せてもらおうかな?男子の大事なモノがなくなったトコ♪」
誠の喉がかすれる。
「……頼むから」
「え?『見てください』って?言わないとみんなにバラしちゃうよ?」
覚悟を決めた誠は震える手でベルトを外す。ファスナーを下ろしズボンを膝まで下ろした。本来は竿のある部分に膨らみはない。無毛で平らな空間の端に小さく膨らんだ睾丸だけが取り残されている。
「うっわー!ほんとになぁい!」
真由美が歓声を上げてしゃがみこんだ。他の二人も目を見開いている。
「マジでつるっつるじゃん!笑」
「触ってみてもいい?」
篠原の細い指が誠の股間を撫でる。
「うわっホントに何もない」
「玉だけだね♪」
千夏が手探りで睾丸を包む。
「柔らかいね〜こんな状態で性欲あるの?」
誠は俯いたまま唇を噛む。確かに股間の奥底では奇妙な疼きを感じていた。初めて女子に股間を触れられているのだ。
股間の表面を這う三本の指の感触に、誠の背筋が跳ねた。特に睾丸周辺に集中する真由美の指圧が苛烈だ。
「こんなに固くなってるよ?」
篠原が囁きながら指先で尿道口を撫でる。微かに湿った肌がぴくりと反応する。「でも肝心の“竿”は無いんだね」
**(そうだ……感じてるんだ……なのに……!)**
体内で確実に高まっている性衝動が空回りする。以前ならパンツ越しにテントを張っていただろう部位は何もない。充血する血管もない。ただ柔らかい皮膚と微かに膨らんだ二つの玉だけが、かつて存在した器官の痕跡を静かに主張している。
「どう?興奮してる?」千夏が鼻先を近づけてきた。「エロい気分になってるのに何もできなくて悔しい?」
見透かされていた。股間の奥底で蠢く熱い塊。脈打つような鼓動が腹膜を叩く。女性に触られれば必ず硬直していたあの感覚が、今や行き場を失ったエネルギーとなって体内に滞留している。尿道口は無力に縮こまっている。興奮しても放てない。膨張すべき器官が消失した現実が重くのしかかる。
「おい顔真っ赤だよ?」真由美が歯を見せて嘲笑う。「女子に撫でられて喜んでんの?」「でもねぇ〜」指で睾丸を弾いた。「撫でられてもビンビンになれないんだもんね。可哀想」
「ねぇ〜せっかくだからさぁ」
真由美が突然立ち上がる。スカートの裾を片手で持ち上げた。
「あんたのツルッツルな股間見せてもらったお礼にさ」
他の二人も続いた。千夏は大胆にスカートをたくし上げ、篠原はショーツを下ろす。
眼前に広がる光景――それは誠にとって禁断の果実だった。
鮮やかなピンク色のショーツ。レース飾りが施された布地はそれぞれ異なる形状をしている。特に千夏の秘部がチラリと見え隠れするのが衝撃的だった。
**(ダメだ……見るな……!)**
本能が警告を発する。しかしどうすることもできない。男子として一度は憧れた異性の性器が今、目の前に露わになっているのだ。千夏が少し脚を開くと、生々しい凹凸が覗いた。
「ほら見て?これが女の子のアソコだよ」
篠原が無表情で自らのショーツを引き下ろす。薄ピンクの割れ目が露わになる。誠の喉仏がごくりと上下した。
真由美が指で秘所を開く。「挿入れたい?」
**(挿入れたい……!)**
欲望が暴走しかけた瞬間、己の股間へ視線を落とした。そこにあるべきものは存在しない。剥き出しの尿道口が微かに収縮した気がした。
「でもねぇ」
千夏が耳元で囁く。「君には何もできないよね?」
その指先が誠の睾丸を包んだ。無造作な揉み方なのに身体が勝手に反応してしまう。
**(くそっ……勃てない……!)**
確かに股間の奥底で熱いものが渦巻いている。それでも表層的には何の変化も起こらない。膨張すべき組織が欠如した現実が残酷なまでに突きつけられる。尿道口は虚しく縮こまっているだけだ。
「どう?エロいでしょ?」
よく見える距離で女性器が開帳された。甘酸っぱい匂いと微かな蒸気が漂ってくる。
「見せてあげたからさ」
真由美が携帯を取り出す。「この惨めな格好を記念撮影しよっか?」
フラッシュが焚かれる中、誠は顔を覆うことしかできなかった。
「やめろ……!」
掠れた声がやっと出た。
「そんな写真……撮るな……」
「え〜?」
千夏が意地悪く首を傾げる。「いい写真撮ってあげるよ?君の新しい"アソコ"をね」
「もう十分だろ……!」
誠は必死でベルトを掴み直した。「頼むから……許してくれ……」
「ダーメ」
篠原が冷酷に言い放つ。「あと一枚撮ったら解放してあげるから我慢して」
シャッター音が響くたびに誠の心臓が締め付けられる。自分の人生がどんどん塗り替えられていく――そう感じざるを得なかった。男として終わってしまった現実を突きつけられながら、それでもなお男性としての欲望だけは残存している矛盾に苦しむ。惨めな存在として永久に刻まれていくような予感がしていた。
「撮れた?」「バッチリだよ♡」
屋上から解放された誠は放心状態で家路についた。靴紐がほどけているのに気づかない。玄関のドアノブを握った瞬間、携帯が震える。
**「見て見て〜佐藤くんの貴重な瞬間!」**
メッセージアプリの通知が点滅する。クラスLINEのグループ名が表示されている。アイコンには……無残に晒された自分の股間が添付されていた。
「うそ……だろ……」
指が震えて画面が霞む。コメント欄が爆速で更新されていく。
「なにこれ本物?」
「マジでチンコ無いww」「ヤベーやつじゃん」
「同情するけど草生えるw」
「画像修正とかで作ったイタズラでしょ?」
真由美の返信が決定打となる。
「本物だよ〜今日一緒に確かめたもん♡」
寝る前には既読数はクラス全体の98%を超えていた。
翌朝はいつもより遅く家を出た。校門が遠くに見えるだけで胃が捩れる。昇降口で靴を履き替える手が滑った。
「……あれ?佐藤くん?」
千夏の声が背後からする。振り返る勇気も無い。
「おはよ〜昨日の写真見た?みんな反応面白いね」
「……やめてくれよ」
掠れた声がやっと出る。
「だって事実でしょ?」
真由美が追い討ちをかける。スカートを翻して近づき、耳元で囁く。
「今日から"ツルツル佐藤"って呼ばれるんじゃない?」
教室のドアを開ける前から異様な気配を感じた。中の会話が途切れ、一斉にこちらを見る気配がする。
**ガン!**
ドアを開けた瞬間。教室内の空気が凍りついた。机を寄せ合っていた生徒たちが一斉に振り向き、誠を見据える。一人、また一人と口を開き始めた。
「見てみろよ……休まないでちゃんと来てるよ……」
「本物なんだよな……チンコ無いの……」
「可哀想だけど笑っちまうよな」
教室に入っただけで波紋が広がる。席に着こうとした瞬間、真由美の手が誠の肩に置かれた。
「おはよ〜佐藤くん♪」
甘ったるい声とは裏腹に、その指は震えている誠の筋肉を無遠慮に掴んでいる。
「……何だよ」
「昨日の事忘れてないよね?」
千夏が顔を覗き込んできた。「あんたのツルッツルな股間を見せてくれたお礼……私たちもサービスしたじゃん」
昨日屋上で晒された屈辱が甦る。女性器を見せつけられて何もできなくなってしまったことを実感させられた屈辱感。撮影された無惨な股間。クラスLINEでの拡散。全てがあまりにも短時間で起きたため、現実感が追いついていなかった。
「そういえばさぁ。昨日は私たちの"アソコ"見て興奮してたよね?」
「……してない」
嘘だった。確かに興奮していた。女性器を見るのは初めてだったのだ。だが答えられるはずもない。
「嘘つきぃ〜」
真由美が椅子に片膝を乗せて誠に寄りかかる。その拍子にスカートが捲れ、太ももが露わになる。「だってほら、あんたの顔真っ赤だったじゃん。こんな顔でさ……」
スマホの画面を見せつけられた。画像が表示される。目を伏せた誠の横顔。羞恥で歪んだ表情が鮮明に捉えられている。
「この表情見て興奮してないって言える?」
「……うるさぃ」
「しかもさぁ」
千夏が笑いを含んだ声で続けた。「家に帰ってからも私らのこと妄想してたでしょ?」
「この体じゃオナニーできないよね?」
「出来なくてムラムラして辛かった?」
**(やめろ……やめてくれ……!)**
「ねぇ答えてよ?」「家で想像したりした?」「私たちのアソコ思い出して勃起しようとした?」
「出来なかったでしょ?」「悲しかった?」「無駄な努力だった?」
**(聞こえないフリをしろ……聞こえないフリを……!)**
千夏が笑顔で近づく。「私たちの"アソコ"どうだった?キレイだった?」
千夏の顔を見て昨日の光景を思い出して興奮する。しかし無情な現実が襲いかかる。膝が震えているのが自分でもわかる。尿道口が微かに湿っているような錯覚さえ覚える。性衝動はある。確かに昂ぶっている。だが発散の手段が無いのだ。
「あれれ?もしかしてまた興奮しちゃった?」
千佳がが無造作に誠の太ももをつついた。「ダメだよ〜この体じゃなんにもできないんだから♪」
そう言って自分の大事な部分が無くなった股間の画像が表示されたスマホの画面を見せつけてくる。
「はいはいホームルーム始めるぞ〜」
救いのチャイムと共に担任の声が響いた。しかし自分の股間のことはクラス中に知られてしまっている。
授業中も背後に集まる好奇の視線が刺さる。教科書に目を落としても頭に入ってこない。昼休みになると状況はさらに悪化した。
「佐藤さぁ、昨日の画像マジで本人?」
「俺も見たわ。加工じゃなかったのヤバすぎ」
「なんで無くなったんだろうな?」
「聞いてみる?」「やめとけよバカ」「可哀想だろ」
口先では同情を装うが誰も同情などしていない。むしろ物珍しい生き物を見るような目だ。
**(もうやめてくれ……)**
誠は弁当箱を抱えて俯いた。箸を持つ手が震えている。昨日まで当たり前の日常だったのに。たった一日で全て変わってしまった。