除去シート
人生に疲れ果てた直志は、ある夜、気晴らしに立ち寄った古びたバーで、一人の女性と出会った。
少し背が高く、吸い込まれそうなほど目の綺麗な女性。名前はまひろ。
不思議と彼女との会話は弾み、趣味、好きなスポーツ、ゲーム、芸能の話題まで驚くほど完璧にシンクロした。これほど価値観が合う人間が世の中にいたのかと、直志の乾いた心は急速に満たされていった。
深い酔いと心地よい疲労感の中、気づいた時には見知らぬ部屋のベッドの上だった。どうやらバーの近くにある、まひろの部屋へ招かれ、共に一夜を過ごしたらしい。
「まひろ……?」
ベッドから起き上がり、部屋の中を探したが彼女の姿はない。全身から嫌な汗をかいていたため、直志はとりあえずシャワーを借りることにした。
シャワーを浴び、洗面室に用意されていたタオルで身体を拭いたあと、直志の視線はある物に釘付けになった。
洗面台の上にぽつんと置かれていた、『除毛シート』。
興味本位に駆られた直志は、軽い気持ちで自分の足、腕、そして脇の毛にそれを貼り付けてみた。
ベリッ……!
鋭い痛みと共に、足や腕、脇の体毛が根こそぎ剥がれ落ち、見事にツルツルになった。その圧倒的な爽快感に調子に乗った直志は、「これなら」と、口の周りのヒゲにもそれを試した。こちらも綺麗に抜け、青々しかった口元が嘘のようにツルツルになる。
さらに調子に乗ってしまった直志は、引き出しに見つけた「特大サイズ」の除毛シートを手に取り、出来心から股間へと貼り付けた。
ベリベリッ、イタタタタ……!
今までにない激痛と共に、**「ずるん」**という生々しい水音が響いた。毛が抜けるのとは次元の違う痛みが神経を突き抜ける。
恐怖に震えながら剥がし終えた除毛シートの下を見た直志は、その場で凍りついた。
そこにあったのは、ただの「ツルツル」ではなかった。文字通りの完全なツルツル。ムダ毛どころか、直志の誇りであった「大事なもの」そのものが跡形もなく消え失せ、そこにはただ、つるりとしたかわいい割れ目だけが残されていたのだ。
「うそだ……嘘だろ……っ!?」
パニックに陥った直志は、慌てて床に落ちていた除毛シートを拾い上げた。その粘着面には、びっしりと生えたムダ毛に紛れて、まぎれもなく**さっきまで自分の身体についていた「それ」**が、グロテスクにへばりついていた。
泣き叫びたい衝動を抑え、直志は震える手でシートからそれを剥ぎ取り、自分の身体の元にあった場所へ戻そうと、新しくできた割れ目へと必死に差し込んだ。
――ぐにゅっ。
激痛と共に、今まで人生で感じたことのない、悍(おそ)ましい感触が脳髄を揺さぶった。なんと彼は、自分の「それ」を、自分の手で自分自身の新たな場所に挿入し、自らの手で「処女」を奪ってしまったのだ。
底知れない喪失感と、股間を引き裂くような激痛、そして元に戻らない絶望感に耐えかねて、直志が床に崩れ落ちたその瞬間――。
ガチャリ、と玄関のドアが開いた。
「あ、直志、起きたんだ」
買い物袋を提げた、まひろが帰ってきた。彼女は床で絶望に染まる直志を見て、悪びれもせずニッコリと微笑んだ。
「あ、その除毛シート使ったんだ! それ、めちゃくちゃよく抜けるよね!」
「ま、まひろ……お前、これ……!」
「あ、でもね、それ女性用だから。変なところに使ったらダメだからね!」
血の気が引く直志をよそに、まひろは洗面台の横にあるパッケージを指さした。そこには、小さくこう書かれていた。
> 【女性用除毛シート】
> ※男性は絶対に使用しないでください。
> 【効能・効果】
> ムダ毛の脱毛。角質、および身体からの余計な物を除去します。
>
直志が絶望に震えていると、まひろはクスクスと楽しげに笑いながら言った。
「私もさ、それで余計なもの全部除去しちゃったんだよねー」
どおりで、趣味の話しが、驚くほど合うわけだ。
直志の絶望の悲鳴は、カチャカチャと食器を鳴らすまひろの楽しげな鼻歌にかき消され、静まり返った部屋の中にただ虚しく溶けていった。