生殖管理処置法 去勢はタネザウルスにお任せ!1
生殖管理処置法 去勢はタネザウルスにお任せ!1
序章:種の存続という名の鎖と、生殖管理世代
西暦21xx年。世界人口は20億人を下回り、先進国の出生率は0.5を割る危機的状況にあった。政府は種の存続を至上命題とし、『生殖管理処置法』を施行。人間は、感情的な愛憎に基づく非効率的な生殖から解放され、国家管理下の「資源」として再定義された。
この国家体制において、生殖管理センターは、国民の遺伝子を収集・選別し、厳格な計画の下で次世代を人工的に生み出す「命の工場(ライフ・ファクトリー)」としての役割を担っていた。
センターでは、去勢(男性の性機能切除)が義務付けられていた。これは、「非効率な性衝動に基づく生殖行為」を物理的に根絶し、社会資源の浪費を防ぐためである。また切除された精巣は組織培養・管理され、優秀な遺伝子を安定的に供給する遺伝子バンクとして機能する。
また、女性に対しては、人工授精のプロセスに対する身体的・精神的な慣れを与えるための「人工授精体験」が義務付けられていた。これは、将来、選定された遺伝子資源を抵抗なく受け入れ、国家の母体として機能するための慣熟訓練と位置づけられていた。センターは、生殖活動から一切の感情と個人の意志を排除する、管理社会の象徴である。
主人公コウキたちは、この法律の下で人工授精によって産まれ、両親を知らない生殖管理世代の20期生だ。彼らは、生まれてすぐに母体から引き離され、政府管理の施設「中央育成ステーション 都心第24校」で寮生活を送ってきた。
彼ら生殖管理の第2世代にとって、明日の生殖管理センターへの訪問は、社会科見学であると同時に、人間としての感情や性を国家に完全に明け渡す洗礼の儀式を意味していた。
前夜:都心第24校男子寮の恐怖と、女子寮の不安
男子寮の恐怖と質問
男子寮の消灯後、窓の外からは僅かな月の光が差し込むだけだった。机の上には、今日配られたばかりの「遺伝子貢献プログラム:徴精令」と書かれた光沢のあるパンフレットが広げられている。
タケルが声を潜め、パンフレットの隅を指差した。「『遊園地型アトラクションを通じた義務の遂行』だそうだ。笑わせんな、去勢だぞ、これは」
リョウが懐中電灯の光を小さな文字に当て、必死に情報を読み取ろうとする。「徴精は『自動カッティング技術』で、痛みは麻酔で完全に除去されるって書いてある。切断されるのは精巣と陰茎の一部、って…噂ではおちんちん全部取られるって聞くけど...」
ハヤトがパンフレットに描かれた緑色の恐竜のマスコットを指差した。タネザウルスは満面の笑みで、股間にバッテンに貼られた絆創膏を誇らしげに見せるようなポーズを取っていた。
「このタネザウルス、ふざけてるだろ。バッテン絆創膏なんて、『処置は済んだよ、もう使えないよ』って言ってるみたいじゃないか。こんな可愛い顔して、俺たちの男の全部を奪おうとしてるんだ」ハヤトは苛立ちを隠せない。
「ああ。全てを陽気に、無害なエンターテイメントに見せようとしてる。この悪意のない笑顔が、俺たちには一番怖いんだ」コウキは、静かにタネザウルスのイラストを見つめた。
ジンはベッドの上で体育座りをし、「もういい。もう話すの、辞めよう。これ以上知ったら、明日の朝、動けなくなる。パンフレットも...見たくない。」と極度の恐怖に支配されていた。彼は毛布を頭まで引き上げ、周囲の会話を遮断しようとした。
コウキは意を決し、懐中電灯を持って巡回中のヤマダ先生を呼び止めた。
「先生。パンフレットに、陰茎の一部も切除とありますが、それは本当に必要なんですか?私たち、もう人間ではなく、資源なんですか?」
ヤマダ先生は、コウキを冷めた目で見つめた。
「コウキ。質問の意図はわかる。だが、君たちは『生殖管理世代』だ。情緒的な充足より、種の存続が優先される。非効率な生殖衝動と、それによって起こる無駄な資源の浪費を防ぐ。それがシステムだ。君たちの身体的な充足は、社会の安定にとっては不要なんだ。」ヤマダ先生の声は、冷たく、感情が欠けていた。
女子寮の不安と質問
女子寮も同様の緊張に包まれていた。
ユキがベッドの上で自分の下腹部を抱きしめながら、巡回に来たサトウ寮母に尋ねた。
「寮母さん…明日の人工授精の『体験』装置は、痛くないですよね?そして、本当に私たちの子宮に入るんですか?」
サトウ寮母は、微笑みを浮かべたが、その目には疲れと諦めが滲んでいた。
「ユキ。心配いらないわ。装置は完璧よ。そして、子宮に入るのは事実。でもね、ユキ。それは屈辱なんかじゃない。『母親』としての最大の義務を果たすための、神聖な通過儀礼なの。痛いと感じるのは、君たちの未熟な感情だけよ。私たちの子宮は、もう個人のものじゃない。全ては、命のバトンを繋ぐためなの。」
サトウ寮母の言葉は優しかったが、その内容は個人の感情を完全に否定するものであり、女子生徒たちをさらに深く不安にさせた。サクラは奥歯を噛みしめ、レイは無言で毛布を頭まで引き上げた。
翌朝:最後の立ち小便
翌朝、コウキたちは制服姿で、引率のヤマダ先生とサトウ寮母に連れられ、生殖管理センター行きのバスへと向かう。皆、顔色は悪く、口数は少なかった。
バスに乗る直前、男子生徒たちは寮のトイレへ向かった。無言で、最後の立ち小便をするためだった。
コウキ、タケル、リョウ、そしてジンは、壁際に並んだ小便器の前に立った。
皆、下腹部を薄い制服のズボン越しに触り、明日から二度と使えなくなる自身の器官の存在を確かめるように、静かに用を足した。
「なあ、これ...最後の立ち小便になるんだな」タケルが、しぼり出すような声で言った。
リョウは目を閉じ、静かに答えた。「ああ。昨日、先生が言っただろう。これからは個室を使うんだって。もう、こんな風には…」彼は言葉を続けることができなかった。
「センターで最後のおしっこ、できるかな?」 ジンが、初めて声を上げた。その声は震え、恐怖がにじみ出ていた。
ハヤトが、開き直ったような声で言った。「馬鹿。ライド乗っちまったら最後だぞ、到着して直ぐに乗るように言われたら...10分で取られちまうよ」
ジンは、その言葉に耐えきれず、すぐに小便器から離れ、顔を壁に向けたまま震えた。
コウキは、小便器に流れ込む尿の音を、静かに聞いていた。それは、自分たちが「自由な身体」であったことの、最後の、極めて個人的な証明のように感じられた。
用を終えた彼らは、誰一人として互いの顔を見ることなく、すぐに制服を整え、バスへと向かった。