内なる羅刹
一之瀬梨花は強い憤りと、深い悲しみを抱えていた。
人類は今、厳しい現実に直面している。
人類社会は、自らの手により、その存続を揺るがす大きな問題をいくつも生み出した。
人口増加による消費の拡大、それによる資源の枯渇、環境汚染、気候変動、格差の拡大、政情不安…。
多くの深刻な問題から、人類は長い間、目を背けてきた。
現在、世界は人口削減に向け、大きく動き出している。
各国の科学、医療は、その為の制御技術に集中した。
人権法、倫理観の崩壊を防ぐ為、技術力によって出生数を抑え、徐々に人口を減らす。
多くの国がその方針を基本とし、国民に対し、無意識下での淘汰を行った。
しかし一部の国では、生存圏の確保を理由に、独裁化する傾向も見られている。
この国は、人類の持続可能性を追求し、人口を削減すると共に、優秀な遺伝子のみを残す為の制度、選別教育制度を導入した。
確かに、今のこの世界を守る為には改革が必要なのかもしれない。
しかし、この制度は明らかに間違っている。
劣等な遺伝子を排除し、優秀な遺伝子を残す。それが目的ならば、兄や日向君が排除されていい筈がない。
人間の尊厳を剥奪する、倫理を超えた措置など許されていい筈がない。
梨花は、神谷日向に恋していた。
彼と出会うまで、梨花はあらゆる分野で、常に先頭を走り続けてきた。
彼と出会ってからは、その背中を追う立場になった。
始めは、憧れだった。
彼の魅力は、容姿や能力だけではない。
彼は何一つ驕らず、誠実で、他者との調和を大切にしていた。
どれ程苦しい局面であっても、弱音を吐かなかった彼。
必死に追いかける私に、手を差し伸べ、微笑みかけてくれた彼。
彼から目が離せなかった。
格好よくて、優しくて、傍にいるだけで鼓動が早まった。
私は彼に恋をした。
彼との幸せな未来を夢見ていた。
大好きだった。
彼の勃起した陰茎が…、無残に切断される光景が…、瞼の裏に焼きついて離れない。
多くの生徒が目を背けていた。
しかし、私はその凄惨な光景から、決して目を逸らさなかった。
いや、…逸らせなかった。見入ってしまった。
私はあの時、あの残酷な措置を前に、自分でも気付かぬ内に、…下着を濡らしていた。
どんな時であっても、決して弱さを見せなかった彼が、情けなく顔を歪め、涙を流し、嗚咽を上げた。
彼のあのような姿を、想像すらした事が無かった。
涙が溢れ、胸が引き裂かれる程に悲しかった。
しかし、同時に私は…、恥辱を受ける彼の姿に、下腹部を熱くさせたのだ。
胸の奥で何かが跳ねるような感覚の正体は、驚きとも違う。同情とも、恐怖とも違う。
もっと説明のしづらい、ざわりとした高揚感だった。
そんな自分を嫌悪し、激しい罪悪感に襲われた。
彼の絶望を想像すれば胸が痛む筈なのに、その痛みの裏側で別の反応が生まれた事を、私は認めたくなかった。
しかし夜、自室で一人になると、私は股へと手を伸ばしてしまう。
それが背徳的な行為であると分かっている。
でもどうしても、瞼の裏に浮かぶあの光景が、私を昂ぶらせる。
「はあっ…はあっ…あっ…あっ、日向…くんっ…」
あの時の彼の姿を思い出し、私は息を荒げ、乳首を刺激しながら、秘所をかき混ぜる。
彼に追いつく為、認めてもらう為、努力していた時間を、今の私はこの様に淫らに過ごす。
毎日のようにベッドの上で背徳の快感を貪り、そしてその度に自分に失望した。
「陰茎 切除」「陰茎切断 精神的苦痛」「陰茎 再建手術」「性機能 喪失 恋愛」「恋人 去勢」「恋愛 セックス 去勢」
スマホの検索履歴は、自分でも直視できない程、浅ましいものだった。
失ってしまった男性の気持ち。
彼らが日々感じる苦痛、悲しみを、女である私が知る。
検索しながら、興奮する自分がいた。
陰茎を失った人生が、男性にとって、どれ程辛く、苦悩に満ちたものなのか。
知れば知る程、興奮する。
何故こんなにも興奮してしまうのか…。
私はこの不謹慎な感情の根を、何度も探ろうとした。
例えばそれが、腕や脚だったとしたなら、恐らく胸の痛みはより深く、私は心から同情するのだろう。
それは日常生活のほとんどの動作を担い、人生の自由度を根本から左右する重大な喪失であり、今のような不可思議な高揚は、生まれなかった筈だ。
対して陰茎は、生きていく上で直接的に重要だとは言い難い。
事実、女である私には生まれながらにして存在せず、それによる不便もなく、必要と感じた事もない。
しかし、男性にとってはそうではない。社会的、性的価値観が凝縮された、男性の象徴ともいえる場所なのだ。
非常にセンシティブな意味合いを持ち、彼らはその事実を秘匿しながら生きていく。
元々隠された部分であり、一部の状況を除けば、他人から気付かれる事はないだろう。
しかしその喪失は、他人からは見えぬ部分で、絶えず彼らに苦痛を与え続ける。
どれ程辛くても、人には打ち明けられない。
知られてしまう事自体が、彼らにとっては恥であり、屈辱なのだ。
男として生きる目的や、幸せな未来、内に秘めた淫らな願望を叶える為の大切な場所。
だからこそ、私をこんなにも魅了し、魅惑的な快楽をもたらすのだろう。
私の卑しい手が、股へと伸びる。
「………んっ……」
しかし、本来の目的は、性的な快楽を得るためではない。
日向君は陰茎を失ってしまった。
でも、再建できる可能性は残っている。
腕や太ももの皮膚、神経、血管などを採取し、新たな陰茎を形成し、接合するのだ。
僅かではあるが、感覚の一部が回復する可能性もあるようだ。
性的な快楽を取り戻すことは、難しいかもしれない。
それでも、その可能性は決してゼロでは無いのだ。
海綿体が存在しないため、自然な勃起は不可能だが、デバイス埋め込むことで、人工的に勃起を再現することも出来る。
彼と愛し合える可能性が残っている。
例え、それが叶わなかったとしても、私の気持ちはきっと変わらない。
それでも構わないのだ。
私は彼を愛しているのだから。
私はまだ、彼を諦めていない。
ただ、重要な問題が残っている。
陰茎を再建できたとしても、彼は、生殖の権利を剥奪されている。
しかし、その問題に関しても、私には希望があった。
生徒達は基本的に、許可無く校都外へ出る事を禁じられている。
しかし最上位層に位置する生徒は、休校日の都外への外出を自由に許可されている。
それは、日向君への措置の通告を知る、五日前の出来事だった。
私は週末になると与えられた特権を生かし、毎週行きつけのカフェで優雅なモーニング楽しむ。
そんな私の前に、一人の人物が現れた。
何の断りも無く、対面に腰掛けたその人物を、私は訝しげに見た。
最初は女性かと思った。
小柄で華奢な身体を、上下共にセットのジャージで包み込み、女性用のウィッグを被った男性。
顔も中性的で可愛らしい。一見すると、女性に見える。
だが、発せられた声は、彼の性別が男である事を告げていた。
「一之瀬…梨花さんですね?…大事な、お話があります…!」
私は中等部まで成績トップを常に維持し、容姿にも注目され、メディアに取り上げられる事も多かった。私を知る人間は多い。
こうして校都外で話しかけられる事も多々ある。
無作法にプライベートを邪魔され、私は表情に、不快感を露わにした。
既に紅茶を飲み終えていた私は、彼の言葉を無視して立ち上がる。
「どうかお願いしますっ…!話を聞いてくださいっ…。再教育施設に、関する事なんです…!」
切羽詰りながらも、声量を抑えられた言葉。
その中の一つの固有名詞に、私は動きを止める。
再教育施設――正式名称「人材再育成管理区画」
生殖の権利を剥奪され、教育制度外の人間になった生徒達が送られる施設。
亡くなった兄が、送られる筈だった場所だ。
施設内部の情報は、一切、世間に公表されていない。
私は、兄を殺した選別制度を強く憎み、そして懐疑の念を抱いている。
施設に送致された者達は、人としてのあらゆる権利を失い、彼らのその後を知る者は誰もいない。
確実に、善からぬ事が行われていると、ずっとそう考えてきた。
彼は施設内の情報を、持っているのだろうか…。
私は上げた腰を、再び椅子へと下ろした。
「再教育施設の事…。何か、知ってるんですか?」
彼は、悲痛な表情で頷いた。
「僕は、施設の…、卒業者です」
彼は、再教育施設内での、非人道的な行いの数々を語ってくれた。
上月凜の裁定により、多くの男子生徒達が、陰茎を切断されている事。
それらは恥辱的に、遊戯的に、弄ぶように行われている事。
自分も、その被害者であり、陰茎を失っている事。
そして、内部での教育や生活、卒業後に与えられる社会への役割についても。
私は彼の話に、夢中で聞き入っていた。
それは、制度を憎む私が、ずっと求めていた情報だった。
私は自身と彼に、追加で飲み物を注文した。
選別の真実についても、彼は教えてくれた。
上月凜は、気に入った男子生徒がいれば、例え優秀であっても、何一つ問題のない生徒であっても、彼女の自由な裁定により、スコアを操作し、選別処分しているという事実を。
優秀な兄が処分されたのは、あの女の意思だったという訳だ。
私は握り締めた拳を、怒りに振るわせた。
彼の目的は単純だった。
真実の暴露。
施設内部の情報を世に公表し、上月凜の支配を崩すこと。
上月凜は人類の最適化を掲げた。
だがその裏で、彼女は美貌と知性を武器に、政治家や軍上層部の権力者達を籠絡していった。
彼女は冷たく微笑み、手を差し伸べ、そして首を掴む。
国を動かす者達は、皆、上月凜の掌の上にいる。
それに唯一対抗できると考えた人物が、一之瀬彰文だ。
私の父にして、経済統制庁の次官。
国家の財を動かす立場にあり、上月凜が築く、選別教育制度の資金流通にも深く関わっている。
上月凜が恐れているであろう数少ない人物。
そして、実の息子を、制度によって殺されている人物。
国家育成庁は完全な情報統制を敷いていた。
新聞も放送も、ネット回線すら国有で、個人の発信は自動検閲される。
私の父に直接接触する事も不可能だった。
上月凜による監視は徹底しており、側近の全てが彼女の息がかかった職員で固められている。
彼はスプーンを床へと落とした。
彼は机の下へと潜り込み、監視カメラに映らぬよう、私にUSBメモリを差し出す。
上月凜は、男子生徒への陵辱を、全て映像に収め保管している。
彼は…、彼らは…、死線を潜り抜け、その映像を入手した。
最初は、同じ目的を持つ者が15人いたようだ。
彼らは皆、陰茎を失い、未来に絶望し、死を恐れていなかった。
全員が自らの体内チップを物理的に焼き切り、労働施設の廃棄物搬出ラインから、廃棄車両と共に外へと脱出した。多くの者が死亡し、重症を負った。
最早彼を含め、残った者は3人のみ。
そして、彼らの逃走は、もう長くは持たないだろう。
彼は命を賭して、私に希望を託した。
彼が辿って来た壮絶な運命に、私は涙を流した。
私は、彼の儚い手が差し出した、重い映像記録を、震える手で受け取る。
清潔に管理、抑圧、統制された、白い世界。
しかし、世界を創造した女は、自分の欲望のままに他者を蹂躙する、黒い魔女だった。
その闇の様な黒は、他者の鮮やかな色彩と輝きを、絶望で塗りつぶす。
私は上月凜に対する憎悪を、肥大させた。
私は彼から伝えられた情報を、ありのままに父に話した。
そして、幾人もの命を犠牲にして届けられた、尊い映像記録を、父に手渡した。
父は私の言葉を、険しい表情で真摯に受け止め、彼らの犠牲を決して無駄にはしない事を誓ってくれた。
――でも、日向君の措置には、間に合わなかった。
上月凜の牙城を崩す事は、容易な事ではない。
彼女は多くの権力者を支配下に置き、誰が敵で、誰が味方か、その見極めも難しい。
慎重に事を進めなくてはならない。
そう、父は言っていた。
日向君の事が気がかりでしょうがない。自ら命を絶った、兄の姿が重なってしまう。
それでも、耐えるしかない。
あの女を憎む気持ちは、父も同じなのだ。
今は父を信じ、ただ、耐えるしかない……。
「悪い…、一之瀬。 辛い時に手伝ってもらって…」
私と同じく生徒会に所属する、折原先輩が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ…、こうしている方が、気が紛れて楽ですから…。
寧ろ、先輩には負担ばかり掛けてきたので…、申し訳ないです…」
私は生徒会の仕事に没頭していた。
高等部での生徒会の役割は多岐にわたる。
予算管理、行事運営、環境改善、他校との交流、外部メディアへの対応に至るまで、生徒会が中心に担う。
当然、生徒会に所属する生徒にはかなりの負担が掛かる。
しかしその分、スコアへの評価にも恩恵があり、私は今、山積みになった書類と奮闘していた。
日向君という目標が無くなった私は、どうしても勉強に熱が入らないのだ。
ならばと思い、日頃お世話になっている折原先輩への恩返しも兼ねて、彼の作業をこうして手伝っている。
彼は素晴らしい先輩だ。
知的で、クールで、とても優しい。
過酷な生徒会の仕事にも手を抜かず、成績も常に上位だ。
面倒見も良く、勉学の負担にならないよう、私と日向君の仕事を度々請け負ってくれていた。
「神谷の事は……、残念だった…」
校内で、制度への怒りや疑問を口にする事は許されない。
しかし、彼の険しい表情は、彼が私と同じ気持ちである事を物語っていた。
私は、黙ったまま頷いた。
「一之瀬。紅茶、淹れるから…、少し休憩しないか?」
先輩の提案に、紅茶好きな私は、表情を明るくした。
「あ、はいっ!そしたら、私………が…………?」
紅茶を淹れる為、立ち上がろうとした瞬間、心臓が激しく脈打った。
身体が震える。言うことを聞かない。呼吸が早くなる。
全身が内側から急激に熱くなり、汗が噴出した。
何…、これ……!?
顔が紅潮し、全身の感覚が敏感になる。
私はパニックになり、前のめりに体制を崩した。
駆けつけた先輩が、倒れそうになる私の両肩を、受け止める。
「ひううっ!?あああああああっっ!!」
受け止められた肩に走る、強烈な刺激に、私は叫びに近い喘ぎ声を上げた。
「一之瀬っ!?」
先輩は私の異様な反応に、咄嗟に手を離し、後ずさった。
私は崩れ落ちそうになる身体を、足を踏ん張り、必死に支える。
崩れ落ちては駄目だと、直感した。
硬く冷たい床に倒れた瞬間、その刺激が身体に齎す快感は、想像を絶するものだと、脳が警告していた。
私は全身を硬直させる。
身動き一つ出来ない。制服の生地が肌に触れるだけで、感じてしまう。
呼吸するだけで、喘いでしまう。
私は助けを求めて、先輩を見た。
しかし、先輩も様子がおかしい。
顔が紅潮し、全身が小刻みに震えている。私と同じだ。
何故?
一体何が起こっている?
先輩が私に近付いてくる。
ああ…駄目だ…。
震える手を、私に伸ばしてくる。
先輩の匂い…。男子の匂い…。
駄目だと解っているのに、私も、目の前の魅力的な異性を、求めてしまう。
そしてお互いに、きつく抱きしめあった。
私達は絶叫した。
床にもつれ合うように倒れこみ、お互いを貪りあった。
一切の思考が定まらず、脳が壊れる程の快感が、体中を駆け巡る。
全ての理性が吹き飛んだ。
舌を激しく絡ませあい、お互いの手が、異性の感触を求めて、体中をまさぐり合う。
制服のズボンを隆起させている硬い突起が、私の濡れたショーツに押し当てられる。
「ひぃあああああああああっ!!」
「ぐああああああああっ!!」
殺人的とも言える快感に、意識が飛びそうになる。
それでも、私達は貪欲に互いの性を求め続ける。
突如、生徒会室の扉が、乱暴に開け放たれた。
複数の職員達が室内に雪崩れ込み、私達は荒々しく取り押さえられた。
それすらも、私に激烈な快感をもたらし、限界を迎えた私の意識は、次第に遠のいていった。
――翌朝、白く無機質な壁に囲まれた私は、深い絶望の底にいた。
権利を持たぬ生徒による、不純異性行為。
それは、優秀な遺伝子のみを残す為に創られた選別教育制度に於いて、最も許されぬ行為だった。
この制度は年に四回実施される選別により、学年毎に、総合スコア下位3%以内に位置する生徒を処分する。
全校生徒の見ている前で整列させられ、生殖の権利と生殖能力を剥奪される。
しかし、中にはイレギュラーも存在する。
成績や態度などに著しい問題が見受けられる生徒は、選別を待たずして処分が下される場合もある。
日向君の処分が、正にそれだ。
その場合は、通告から二週間程の猶予が与えられ、処分が執行される。
しかし、不純異性行為の場合は違う。
猶予など与えられない。
対象者は、選罰隔離室に即収容され、翌日、処罰されるまでの行動を禁じられる。
まるで、囚人の様な扱い。
そして、その処分の内容も、極めて重たいものとなるだろう。
処分は年を追う毎に厳しくなる傾向がある。
今まで、選別によって女子生徒に下される処分は、権利の剥奪のみだった。
しかし、不純異性行為により女子生徒が罰せられた事など、この制度が始まって以来、前例が無い。
女子生徒は、いつも被害者でしかなかった。
どんな処罰が下るか、分からない。
私はここで目覚めてすぐ、白衣の女性職員から、着ている物を全て脱ぐよう命じられた。
そして今、全裸の上に、薄く白い前開きの羽織物を着用している。
私は一体、どうなってしまうのだろう?
そして、折原先輩。
彼が受ける処分は、日向君の処分と同等か、それ以上のものになるだろう。
日向君は、男の尊厳である陰茎を、切断された。
先輩も、きっと、あそこを…。
その可能性に、胸がドクンと鼓動を打つ。
…私の所為なのだろうか。
あの時の事を、細かく思い返してみる。
放課後の生徒会室。
私は折原先輩と二人きりで、書類仕事をしていた。
先輩が、休憩しようと提案し、私は紅茶を淹れる為、立ち上がろうとして…。
…突然起こった。前兆は何も無かった。
それまで只、作業をしていただけで、特に何も口にしていない。
薬物を盛られた記憶など無い。
しかし、二人とも明らかに異常だった。
私は先輩に好感を抱いているし、恐らく先輩だって、そうだろう。
しかしそれは、熱烈な恋愛感情という訳ではない。
あれは、決して自然な成り行きでは起こり得ない。
そして目が覚めたら、異変は一切無く、身体はいつも通り平常だ。
何もかもがおかしい。
私達が体内に埋め込んでいるマイクロチップには、国民には秘匿された危険な機能が、数多く存在するとされている。
きっと、…いや、絶対に作為的なものだ。
しかし、監視カメラには確たる証拠が残っており、私が幾ら弁明しても無駄だった。
私はここに拘束されたまま、刑執行の準備が整うまで、震えて待つ事しかできない。
生きた心地のしない、長い時間が経過し、部屋の扉が開かれた。
「一之瀬梨花、時間だ」
館内に無機質な声が響き渡る。
「これより、折原圭、一之瀬梨花、二名の処分が行われます」
私達は全校生徒が集められた体育館の壇上に立たされている。
壇上の左右にそれぞれ数名の医療技師と職員が待機しており、私達の背後には、日向君の措置に使われた物と同じ拘束椅子が、二台、向かい合うように並んでいる。
「近頃、下位3%以内のスコアが、ほぼ確実な生徒による、不純異性行為が多発しています。
自暴自棄になり行為に及んでしまう生徒が、今後出ないよう、重い処罰を与える必要があります。
そして今回残念な事に、制度が始まって以来初の、女子生徒による不純異性行為が発生しました。
再発を防ぐ為、彼女にも選別を超える処分が必要になります。
それでは、二名に対する処分を、それぞれ発表します」
頬に、冷たい汗が伝う。
私は恐怖に震える手を、ぎゅっと握り締めた。
「折原圭。
彼に対して、生殖の権利を剥奪と、陰茎の全切除を行います」
その瞬間、私の心臓が、強く跳ねた。
同時に、館内がどよめきに包まれる。
陰茎の全切除。
予想していた通りの措置に、下腹部に重いものが、ズンと、押し付けられたような感覚があった。
先輩は今、どんな気持ちなのだろう。
私は気になって、先輩の表情を窺う。
先輩は深い絶望に、悲痛な表情を浮かべ、顔を俯かせた。
その反応に、私の女の部分が、卑しく疼く…。
「続いて一之瀬梨花。
彼女に対しては、生殖の権利を剥奪し、羞恥開示処分…、全校生徒の前で、全裸を公開してもらいます」
館内に興奮した男子達のざわめきが湧き上がった。
「なっ…!!」
全…裸……!?
私は青ざめた。
脈が乱れ、身体が震えだす。
私の裸が…全校生徒に見られる…?
い、嫌だ…、そんなの、ありえない…!
二人の男性職員が私に近付いてくる。身体が竦みあがり、目に涙が浮かぶ。
職員達が私を挟んで両脇に位置取り、羽織物に手を掛けた。
直後、私はあることに気付き、愕然とする。
陰毛の処理を……していない……。
男子との性的な接触を禁じられている学生生活において、処理に無頓着な女子生徒はかなり多い。
しかし、そんな中で私は、今まで決して、処理を怠らなかった。
何故なら私は…
濃いのだ。とてつもなく。
他の女子生徒と比べ、明らかに剛毛で毛深い。
処理せず放置していると、ショーツからはみ出してしまう程に。
強いコンプレックスを感じていた私は、医師に相談したことすらある。
恐らく、成績上位を維持する為の、勉強による過度なストレスや睡眠不足。
それによる自律神経の乱れが原因ではないかと、医師から告げられた。
だが、勉強を疎かには出来なかった。
日向君という大きな目標があったからだ。
生活習慣の改善は難しく、私は定期的に毛の処理を行っていた。
しかし、日向君の措置が行われたあの日から、私は一切、処理していない。
深い悲しみと重い現実に、私の脳は毛の処理に割く為のリソースを、完全に失っていたのだ。
男子達に、全校生徒に、私のコンプレックスが晒されてしまう。
無慈悲にはだけられていく着衣を、私は絶望の表情で眺める。
私の全てが、全生徒に晒された。
次の瞬間、爆ぜるような歓声が湧き上がる。
性的知識を制限されてきた男子生徒達の、天井に反響する怒涛の咆哮。
彼らが一斉に絞り出す野太く低い声は、もはや言葉ではなく、衝動そのものだった。
私の身体に、全男子生徒の熱い視線が浴びせられる。
凄まじい羞恥により、私の足がガクガクと痙攣し、頭の中が真っ白に染まる。
そして、やはり注目される。
「毛……、ヤバ……」
「嘘だろ…。めっちゃ濃くね…?」
私の最も恥ずべきに場所に対し、言及するいくつもの声が、敏感な耳に届く。
私は耐え難い恥辱に涙した。
隣を見ると、先輩も私と同じく、全裸を観衆に晒している。
私達は、職員二人に左右から両腕を固められ、拘束椅子へと座らされた。
足を大きく開脚させられた状態で、両手足が拘束される。
私と先輩は、遮る物のない恥部を、お互いに見せつけあう状態となる。
そして、私達のあられもない姿が、館内の巨大なスクリーン上に映し出された。
私の乳首、生殖器、そして、不浄の門に至るまで、高解像度のLEDスクリーンによって、きめ細やかに、精細に、鮮明に、描画されている。
細部まで美しく表示された映像は、熱く呼吸を荒げる男子生徒達の網膜に、しっかりと焼き付けられた。
美しく可憐な少女と、そんな少女にそぐわぬ、深く生い茂った陰毛。
多くの男子生徒達がそのギャップにより、棒状の器官を性的に興奮させ、大きく、硬く隆起させていく。
そしてその現象は、目の前にいる先輩のその部分にも、起ころうとしていた。
私と先輩との距離は、およそ二メートル程。
お互いに、突き出された性器がはっきりと見える。
脚を大きく広げられ、突き出された私の恥部に、先輩の視線が熱く注がれている。
先輩に…見られてる…。
折原先輩に、私の乳首を、秘所を、その周りの深い茂みを、見られている。
私の身体に対する、性的な興奮。
それを証明するように、先輩の、男性の根拠たる場所は、徐々に硬く大きくなっていく。
私は激しい羞恥の中にありながらも、その変化から目を離せない。
尊敬する先輩の、私へ向けられる性の昂ぶり。
様々な感情が蠢く中、そこに女としての悦びが、僅かに混じる。
先輩の、異性の中へ精を放つ為の器官は、それを成す為の、雄雄しい姿へと変化した。
しかし残酷な事に、これから切断されてしまう先輩の陰茎が、それを成し遂げる日は永遠に訪れない。
私の視線が、先輩の視線と交差する。
先輩は、さっと目を逸らし、小さく言葉を発した。
「一之瀬……、すまない……」
先輩は私への不躾な視線を、そして、男の反応を謝罪してくれた。
先輩は私よりもずっと、辛いはずなのに…。
私は赤く腫らした目を閉じ、首を横に振る。
「気にしないで……下さい」
謝りたいのは、私だって同じだ。
寧ろ…、許されないのは、私の方。
だって私は今、心の奥底で期待している事がある。
幼い頃から勤勉に生き、周囲から清廉潔白であると称えられてきた、一之瀬梨花という少女には、決して似つかわぬ欲望。
極限の羞恥に晒され、現実を拒む私の脳は、その穢れた欲望へと逃避する。
私は顔を背けている先輩の、男の部分を盗み見る。
女性との性行為に於いて、無くてはならない重要な器官。
膣内に子種を注ぎ込み、子孫を残すという大切な役割を担うだけでなく、それがもたらす快感は、日々、男性に生きる目的を与え続ける。
その、先輩の大切な陰茎が、今から切断される。
与えられた本来の使命を、一度として果たすことのないまま。
先輩は、男としての至上の悦びを一度も体験できぬまま、この先、長い人生を歩んでいかなくてはならない。
その事実が、私を興奮させる。
私は……本当にどうかしている。
そんな残酷な事を、期待してしまっている。
先輩の処分が告げられた時、心が躍った。
予想していた…、いや、望んでいた通りの措置に、私の卑しい心は、歓喜した。
いつも知的で、冷静な先輩が、男の一番大切なものを失う時、それを宣告された時、どんな気持ちになり、どんな顔を見せてくれるだろう。
そして、どんな風に生きていくのだろう。
想像するだけで、興奮してしまう自分。
私は、どうしてこうなってしまったのだろう。
やはり、異常だ。
生徒会室でのことも、背徳の快感を求める私も。
医療技師が、先輩の陰茎の先を摘み、そのつけ根に、注射器の針を進入させる。
「っ…。くっ…」
だけど、今は…
陰茎の根元が、止血用バンドにて、きつく締め上げられていく。
「く、あっ……」
今は…何も考えず…
陰茎の根元に、メスの刃が当てられる。
垢抜けない顔の男性技師は、先輩の怯える表情を見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「嘘だ…、うあ、ああっ、あっあっ…!」
目の前の興奮を、味わおう…
メスが、残酷な往復を始めた。
私は先輩の顔と、陰茎を食い入るように見つめる。
私の脳が、下劣な思考を巡らせる。
優秀で、とても価値の高い男子生徒の、希少な陰茎に、刃が入れられていく。
先輩よりも成績の劣る、多くの男子達が、いずれ異性の膣の中で味わう至高の快感を、先輩は味わえない。
知的で、いつもクールだった先輩が、私の見ている前で、情けなく顔を歪め、嗚咽を上げている。
やはり先輩にとっても、そこは何よりも大事な場所なのだ。
きっと先輩も、したかったのだろう。女の子に注ぎ込みたかったのだろう。
常に上位の成績で、卒業まであと僅かだった先輩。
確実に得られた筈の、性交渉の自由。
もう目前だった、男の夢。
他の男子達は出来るのに、先輩は、もう出来ない。
何故なら、股間にぶら下がっていた、先輩の身体の中で、最も価値の高い部位…。
その幻の部位は、思春期という、最も美味しくなる時期に切り離され、冷たい銀の食器の上に、柔らかく横たわっているからだ。
「うあああああああああっ……!!」
その極上のお肉に、涙と、屈辱と、絶望が、濃厚なソースとして垂らされる。
ああっ…!あっ、あっ……。…先っ…輩っ………!
人間の男性の、股間部にのみ存在し、ほんの僅かな量しか得られない、最高級のお肉。
それが、折原先輩の物となれば、その希少性は計り知れない。
18年間、先輩の股の間で、大事に育ってきたお肉。
そこは、とても変わった性質のある部位で、基本的に柔らかい状態だが、性的な興奮や刺激により、硬い状態へと変化する。
そして興奮が最高潮に達すると、快感と共に白い液体を放出し、再び柔らかい状態となる。
それを長い年月を掛けて、何度も、何度も繰り返し、徐々に大きく育っていく。
お肉の大きさを見るに、充分過ぎる程発育しており、存分に快感を得てきた事が窺える。
硬くなった状態の、赤身部分の、色、張り、艶も、申し分なかった。
今が、まさに食べ頃だ。
私は特等席で、股から涎を垂らしながら、最高級和牛のシャトーブリアンを食すように、格別の興奮を味わった。
私は…、最低だ…。
――この施設に来て、三日が過ぎた。
そこは壁も、天井も、床も、着用する制服も、何もかもが白い、色彩の無い世界だった。
話に聞いていた通り、授業の内容は、特に変わりは無かった。
そして、この施設内でもスコアが存在し、これまでと同様、通貨としての役割を果たす。
しかしスコアの扱いには大きな違いがあり、基礎スコア(評価)と流動スコア(通貨)は、これまで別途管理され、通貨としてスコアを支払っても、評価に影響は無かった。
しかしここでは、スコアを支払えば、評価も減る。
詳しくは判らないが、スコアの数値が一定に達すると、制限の緩和、権利の一部回復、卒業後の扱いなど、様々な恩恵が得られるようだ。
この詳細が不明瞭であるが故に、生徒達は苦しむ。
あと僅かなポイントで権利を取り戻せた…、などという後悔を生まぬ為に、生徒達は勉学に全力を尽くすしかない。
買い物をするだけで消費されてしまうスコアに、生徒達は、自主的に購買欲を抑制するしかない。
明確な指標が立てられず、結果、能動的に自由が制限される。
生徒達は、自分を厳しく律し、国家の奴隷としての気質を身に付けていくのだろう。
食事に関しては、満足だった。
病院食や刑務所で出される様な、味気ないものをイメージしていたが、十分に美味しい。
ただ、背徳的なメニューはやはり少ない。
しかし味や栄養バランスがしっかり考慮されており、健康を意識する私にとっては全く不満にはならなかった。
ここでの生活は、思っていたよりも苦ではなかった。
しかし、そう思えるのは、私に希望があるからだろう。
父が、必ず救い出してくれる。
上月凜に、裁きを与えてくれる。
ここに居る殆どの生徒達は、未来に絶望し、お互いに傷を舐めあっている。
しかし私は、その確信めいた希望により、心の平静を保つ事ができている。
ただ一つだけ、私の心を重く締め付けているものがあった。
日向君だ。
私は日向君を探した。
必死に、日向君の事を、生徒達に聞いて回った。
しかし、彼の事を知る者は、誰一人としていない。
私は激しく焦っていた。
措置が終わった後の、光の宿らぬ目を思い出す。
あの時の彼に、自らこの世を去った兄の亡骸が重なり、恐ろしくなる。
呼吸が苦しい。
涙が滲む。
彼に会い、抱きしめたかった。自分の決して変わらぬ気持ちを、伝えたかった。
彼を支え、苦難を乗り越え、共に生きていきたい。
お願いです 神様… どうか彼を守ってください…
どうか無事で居て欲しい。生きていて欲しい。
だって、希望があるのだ。
この間違った世界から脱却し、自由を掴み取れる可能性がある。
私達が、愛し合える未来が、必ずある。
……だから、どうか……
ある日、私は、職員から呼び出しを受ける。
生活態度に、何も問題は無かった筈だ。
日向君の事を、尋ね回った事が問題だったのだろうか。
私は張り詰めたまま、職員の背中に着いてゆく。生体認証により管理された扉を、いくつも潜る。
不安が込み上げてくる。掌に汗が滲む。
嫌な予感がした。
そして、最後の扉が開かれた。
そこに居た人物に、私は身体を凍りつかせる。
優雅に椅子に腰掛け、微笑を浮かべ、こちらを見ている美しい女性。
上月凜。
この世界を創り上げた、最悪の魔女。
身体が震えだす。私が激しく憎悪を抱く女。
しかし今、憎しみを遥かに上回る恐怖が私を支配していた。
この施設内に於いて、彼女は神に等しい存在だ。彼女に逆らうことは許されない。
何故なら彼女には、ありとあらゆる全てが許される。
人の命すら、自由に出来る力がある。
「初めまして、一之瀬梨花さん」
「……っ!は…、初めまして…」
私は震える声で、何とか言葉を返す。
「何度か顔を合わせた事はあるけど、こうして、お話しするのは初めてね。
でも私、あなたの事は、よく知ってるのよ?
まあ…、とりあえず、椅子に掛けなさい…」
私は言われたとおりに、用意されていた椅子に、震えながら腰を下ろした。
「ここにあなたを呼んだのは、あなたと、ゆっくりお話をする為よ。
だけどまず、最初に謝罪させてもらえるかしら…?」
「…え?…しゃ、謝罪…、ですか?」
「ええ…。生徒会室での事よ。あなたと、折原君。異常だったでしょう…?
あれ…、私の所為なのよ…」
「………え?」
「あなたもご存知の通り、人口削減の為に、世界規模で性欲や性機能を低下させ、制御する研究が行われているわ…。
お陰様で、この選別制度でも、その研究成果を存分に発揮させて貰っている。
だけど逆に、性欲や性機能を高める事も可能なの。
……とは言ってもその機能は、制御技術の研究の過程で生まれた副産物に過ぎない。
人体に及ぼす影響は未知数で、重度の障害や後遺症が残り、最悪、死をもたらす危険性もある。
技術者達からは、くれぐれも使用しないように止められていたのだけど……。
戯れに、使わせてもらったわ。
ごめんなさいね…。ふふふっ」
私は、ぞっとした。
この女は、そんな危険なものを、何の罪も無い生徒に、躊躇無く使用した。
本当に、何をされるか分からない。
ましてや此処は、法の光が差し込まぬ、隔離区画。
上月凜が完全なる独裁者として、支配する世界だ。
しかし、私は同時にほっとしていた。
ずっと自分の穢れた欲望に、失望していた。
日向君や、折原先輩の非人道的な措置に、性的興奮を覚えた自分を恥じていた。
しかしそれは、上月凜の戯れにより、意図的に生み出された欲望だったのだ。
決して、私自身が穢れていた訳ではなかったのだ。
本当に、良かった……。
「…つまり、神谷君や、折原先輩の措置の時も…、私の性的興奮を操作していた…。
という事ですか…?」
「…………?」
上月凜が、首を傾げる。
まるで私の言葉が、予想外であったかのように。
彼女は暫く考え込んだ後、笑みを浮かべた。
「ふふっ、一之瀬さん。私がその機能を使用したのは、生徒会室での一件のみよ。
それ以外には、誓って、ない。
つまり、神谷君と折原君の処分に、あなたが性的興奮を覚えていたのなら、それはあなた自身が持つ、歪んだ嗜虐性がもたらしたものに他ならない。
認めたくない気持ちは解るけど、私の所為にしないでくれるかしら?」
「………っ!?」
私自身の、欲望………?
「で、でも、そんな…今まで…」
「…さっきも言ったけど、この機能はただの副産物なの。
人口削減を掲げる世界に、性的興奮や機能を高める研究なんて不要でしょう…?
この機能の研究は、一切行われていない。細やかな調整など利かないし、されていない。
あなたも経験したのだから解るでしょう…?
これは、人の理性を破壊し、獣へと変貌させる。
もし、神谷君の処分中に使っていたとしたら、きっと、恐ろしい事になっていたわよ?」
私は項垂れた。
穢れた欲望は、紛れも無く、私自身から生まれたもの…。
私は、憎き上月凜の前で、恥ずべき性癖を曝け出しただけ…。
「ふふふ、正直、驚いたわ…。
中々素晴らしい嗜好をお持ちのようね。
けれど、何も恥ずべき事では無いと思うわよ?
他人の絶望に性的興奮を覚える人間は、世の中にはたくさんいるわ。
それを求めて、この施設を訪れる資産家や、権力者も多いのよ?
寧ろ私は今、あなたに対して、親しみに似た感情を抱いているわ…」
親しみ…?ふざけている…。何も嬉しくない。
この女は兄を殺した。日向君の大切なものを奪ったのだ。
私は込み上げた怒りに、恐怖を忘れ、彼女を睨みつけてしまった。
直後、はっとなる。
「………あら、……そう。 不満なようね…。
ああ…、そう言えば、性癖もそうだけど、あなた、少し変わった子ね?
施設へ送られた生徒は、皆未来に絶望して、塞ぎ込んでしまう子が殆どなんだけど…。
あなた、ここに来て早々自分の事より、他人の事を心配してるみたいじゃない…?」
緊張が走った。
不快感を買ってしまっただろうか…?
日向君の事を詮索する事に、やはり、何か問題があったのだろうか…?
「いえ、それ自体は素晴らしい事だと思うわよ?
けれど…、少し、元気過ぎる気がするのよね…。
もしかしてあなた、ここでの生活に、何か希望でも抱いてるんじゃないかしら…?
例えば……、父親が助けてくれる、だとか…」
私は、心臓を掴まれたかの様に、固まった。
「あっ…、え…、え…?」
「あなたに映像を届けてくれた彼、絢都君というのだけど、私のお気に入りの子だったのよ…。
今、きつーいおしおき中よ…。
殺さずに捕まえて欲しいと無理をお願いした所為で、あなたとの接触を許してしまった訳だけど、まあ、何一つとして問題はないわ」
上月凜は、笑顔を浮かべながら、淡々と話す。
しかし、彼女の言葉に、私は理解が追いつかない。
凍えるような恐怖が、込み上げてくる。
「だって……、あなたのお父さん、私の犬だもの」
私の思考が停止する。
……犬……?
お父さんが、……犬?
信じられる訳がない…。そんな筈が無い…。
言葉を発せずにいる私に、彼女は続けた。
「絢都君から、聞かされているでしょう?
私が、多くの権力者達を誘惑し、掌握している事を。
あなたの父親も、同じ…。
誠実な男だと思っていたけど、私が少し股を開いてみせたら、簡単に不貞を働いたわよ?」
「う、う、嘘ですっ……!絶対にありえませんっ…!
父がっ、そんな事をする筈がありません…!」
だって…、だって…!家族を殺した女を…! それに、もし本当なら…私は……、日向君は……!
「まあ、そうでしょうね。
尊敬する父親を、信じたい気持ちは、私にも分かるもの。
だけどそんなあなたに、もっと残酷な事実を教えてあげる」
上月凜が、室内に設置されている巨大なモニターを操作する。
私はそこに映し出された映像に、目を見開く。
そこには、複数の女子生徒とまぐわう、父の姿があった。
「あなたのお父さんも、この施設の利用者なのよ。
ここで男の子達の陰茎切断ショーを楽しんだ後、彼らが失ってしまった物…、けれど、自分には存在している物を、気に入った女子生徒の穴に突っ込んで、存分に快楽を味わうの…」
私は茫然とモニターを眺めながら、上月凜の話を聞く。
「他人の不幸は蜜の味なのでしょうね。
男子生徒達の絶望を肴に、取っ替え引っ替え、この施設の女子生徒達を、貪り食すのよ。
自分の娘と、同じ年頃の女の子達に、子種を注ぎ込んでいるの…。
あなたのその性癖は、父親譲りなのかもしれないわよ。ふふふっ」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…。
嘘だっ……!!
お父さんが…、そんな………。
じゃあ、私は…、私は…助からないの?
ここから、出られないの…?
日向君は…? 日向君との未来は…? 愛し合う未来は…?
え?え?
無理って……、コト……?
もう……、終わりって……、コト……?
父の裏切りによる、悲しみ、戸惑い、怒り、そして、無力感と、深い絶望。
私の中で渦巻く、あらゆる負の感情が、涙となって溢れ出す。
「ふふ…、そう。そうよ。
私は、あなたのそういう顔が見たかったのよ…」
終わった… 何もかも…。
お父さん……
いや、…… もう、父親じゃない。
人間ですらない。あの男は、もう……、
………塵。
「……許せないって、顔をしてるわね。
彼だって、家族を守る為に必死だったのよ? …最初はね。
ただ安心しなさい。彼は、無理矢理女子生徒を犯している訳ではないわ。
彼女達はスコアを得るために、自ら望んで相手をしているのよ。
まあ、私としても、見ていて愉快なものではないわ。
それでも、彼にこんな事を許しているのは、彼がとても優れた駒だからよ。
優秀過ぎて、他に替えが効かないの。
彼は、私にとって、必要な人間……。
だから、彼の娘であるあなたには、チャンスを与えてあげてもいいわ…」
……チャン…ス……
私は光の宿らぬ目で、彼女を見る。
「あなたと、そして、あなたが大好きな神谷君を、救ってあげる」
………え?
彼女の口から発せられた、愛しい人の名に、私は感情を取り戻す。
「日向君…を、救う…? 私と、日向君を……? ほ、ほんとですかっ……!?」
「ええ、本当よ…。
あなたが探し回っていた神谷君、ちゃんと生きているから、安心しなさい。
ただ措置の影響で、今は少し、精神を病んでしまっているのよ…」
ああっ…、日向君…、よかった…! 本当に、よかった……!
「そこで、提案があるのだけれど…。
……これ。 何か、分かるかしら?」
彼女は、足元に置かれていた重厚なケースを開き、その中から透明な円筒形容器を取り出した。
その容器の中は、培養液の様な液体で満たされており、棒状の何かが保存されている。
それは、人間の陰茎だった。
「あの…、男の人の…、あそこ…ですよね?」
「ふふっ、そうよ。人間の…、おちんちんよ」
上月凜が試すような目で、私の顔を見ている。
………っ!?
「ま、まさかっ!……日向君のですかっ!?」
「ああ……、当然、そう思うわよね…。でも、申し訳ないけど、神谷君のではないわ。
これは…、あなたのお兄さんの、おちんちんよ」
「……なっ……!?」
…兄さんの……!?
「ど、どうして…兄さんの…!?な、何故、それを、貴方が…?」
「ふふ、私は気に入った男子生徒の陰茎を加工処理して、性具としてコレクションしているの。
もちろん、神谷君のも、大事に使わせてもらっているわ…。
だけど、流石の私も、故人の陰茎を性具にしてしまうのは、気が引けてしまったのよ。
かといって優秀なお兄さんの、貴重な陰茎を廃棄する訳にもいかないでしょう?
だから、こうして培養槽の中で、大切に保存していたの。
神谷君は今、陰茎を失ったことで、未来に絶望してしまっている…。
そこで、あなたのお兄さんの陰茎を、彼に移植してあげようと思うのだけど、…どうかしら?」
「…え…、あ…、え…?」
駄目だ…、整理が追いつかない。
この女はとんでもない事を、次から次へと、口にする。
性具?日向君の大事な陰茎を…この女は玩具にしている?
移植って…、兄さんの陰茎を?日向君に?
でも、日向君の陰茎は…
「あ、あの…!日向君本人の陰茎が…あるん…ですよね? それを、もう一度、本人に接合する事は……出来ないんでしょうか?」
「……残念だけど、それは無理よ。
彼の陰茎は、特殊な加工処理によって、組織内の水分や脂質を樹脂に置換し、硬化させているの。
人体に接合させる事は、もう不可能よ。
だけど、お兄さんの陰茎を彼に移植することは可能よ。
シュミレーション結果によると、適合要素が極めて高く、免疫反応はかなり良好で、拒絶はほぼ起こらない。
とても他人同士とは思えない、奇跡の様な適合性よ。
神谷君は、切断されてから日も浅い。
性機能や、性的快感を取り戻せる可能性は、非常に高い。
きっと、あなたと愛し合う事も、可能になるわ…」
日向君が…、兄さんのチンチンを………。
それは、とても素晴らしい提案だと思えた。
「奇跡の様な適合性」
その言葉に、私は運命の様なものを感じた。
私は、兄さんをずっと尊敬していた。幼い頃からずっと、大好きだった。
そして…、そんな兄さんによく似た日向君に、私は恋をしたのだ。
兄さんのチンチンを通じて、日向君と愛し合える。
私がこの世で、最も愛する二人の男性から、同時に愛してもらえる…。
こんなに素晴らしい事があるだろうか。
これ以上の正解が、存在するだろうか。
きっと兄さんも、私と愛し合える事を悦んでくれる…。
私と交じり合い、一つになりたいと、願ってくれる筈だ…。
「………お、お願いします!兄さんの陰茎を、日向君に、移植してください…!!」
「ふふっ。私の提案を気に入ってくれたようで嬉しいわ。
移植に成功し、あなたの強い愛情があれば、彼は必ず、健全な精神を取り戻せる筈よ。
そしてあなた達二人の、剥奪された権利も回復し、性交渉の自由を許してあげる。
処分を受けた以上、復学を許可する事は出来ないけれど、施設卒業までの身の安全の保障し、卒業後の就職先に関しても、優遇された物の中から、自由に選択する権利をあげるわ…。
…どうかしら?」
もしそれが本当だとしたら、これ以上に嬉しい事はない。
……しかし、恐ろしい。
必ず何か、見返りを求められる筈だ。
「あ、あの…。私としては、とても有り難い話なんですが……。
何か、条件があるんでしょうか…?」
上月凜が冷たく笑みを浮かべる。
「…ええ、その通りよ。条件があるわ…。
今からそれについて、詳しく説明するわね。
あなたには、三つの試験を受けてもらう。
試験を一つ合格する毎に、それに対応した報酬が与えられる。
第一試験に合格すれば、神谷君に陰茎の移植手術が行われる。
第二試験に合格すれば、神谷君に性交渉の自由が与えられる
第三試験に合格すれば、同じく、あなたに性交渉の自由が与えられる。
そして、全ての試験終了後に、初めて獲得した報酬が有効となり、施設内での身の安全と、卒業後の優遇を約束される。
但し、試験に合格できなかった場合、もしくは放棄した場合、その試験に対応した報酬は与えられない。
例えば、第一、第三試験に合格し、第二試験のみ合格できなかった場合、神谷君の移植手術と、あなたに性交渉の自由が与えられる。でも、神谷君には性交渉の自由は与えられず、生殖の権利も回復しない。
因みに、全ての試験に合格出来なかったとしても、あなた達二人の身の安全と、卒業後の優遇に関しては適用されるし、一切ペナルティは存在しないから、安心していいわよ。
そして、試験の内容も、決して難しいものではない。
あなたなら、十分に、合格できる内容のものを用意するわ。
さあ、いかがかしら…?
やってみる?」
「…………」
正直恐ろしい。その試験が、どれ程危険なものか判らない。
しかし、これ程良い条件が揃っていて、受けない選択肢など有り得ない。
「はい…、試験を受けます」
「ふふっ、いい返事ね…。
それでは、試験の日程が決まり次第、知らせるわ。
準備には、かなり時間が掛かると思うから、それまでは、肩の力を抜いて過ごしなさい。
ふふふ…、とっても、楽しみね……」
彼女の浮かべた笑みに、私はぞっとした。
――それから、およそ二週間が経過した。
私は今、衣類を全て脱ぐよう命じられ、全裸で通路を歩かされている。
股間の生い茂った陰毛は、処理する事を禁じられていた。
恐怖で身体が震える。
試験とは、一体何をするのだろう。
全裸である意味。
恥辱的な行為を受けるのだろうか。
或いは、させられるのだろうか。
そもそも、彼女の言葉を信じて良いのだろうか。
彼女の語った事が、真実である保障など何処にもない。
今になって後悔が押し寄せる。
しかし、日向君を救う為に私は立ち向かうしかない。
彼を救える人間は、私しかいないのだ。
日向君との幸せな未来を、必ず掴み取る。
彼の事を想うと、私は心を強く持てた。
厳重なセキュリティによって守られた、どこか禍々しさを感じさせる扉が開かれた。
そこには、異様な光景が広がっていた。
手術台に、全裸の状態で拘束された、数十人の男子生徒達。
その手術台は60°程に大きく傾斜し、寝かされていると言うよりも、最早、立っている状態に近い。
生徒全員が、口枷を嵌められている。
そして彼らの前に、机と椅子が一組配置され、机の上にはタブレットと、恐らくそれに対応したタッチペンが置かれている。
私は暫く唖然としていたが、男子達の視線が、私の身体に集中している事に気付き、さっと恥部を隠した。
「ようこそ、試験会場へ。
一之瀬さん、どうかしら? 壮観な眺めでしょう?
あなたの試験を手伝ってくれる、33人の男子生徒達よ」
確かに、とんでもない光景だ。
33人もの男子の恥部が、私の前に晒されている。
私は、その光景に思考を奪われ、男子達のそこに目を走らせる。
似た形状のものが、ずらっと並んでいる。しかし、太さ、大きさ、皮膚の色、亀頭を覆う皮の長さなど、それぞれにしっかりと個性が存在していた。
そしてその幾つかに、変化が起き始める。
私の裸体に興奮した男子達の陰茎が、勃起を始めようとしているのだ。
視界のあちこちで起こるその反応に、私は視線をせわしなく左右させる。
「ふふ、一之瀬さん。……そろそろ、いいかしら?」
上月凜の言葉に、私ははっとなり、卑しい女の性に顔を赤らめた。
「…す、すみません…!」
「いいのよ。
異性との接触や、知識を制限された世の中で、突然こんなものを見せられたのだから、仕方のない反応よ。
試験について説明するから、席に着きなさい」
私は左右の手で、それぞれ乳首と股間を隠したまま、用意された席へと歩いていく。
椅子を引こうとして、どちらの手を使うか迷う。
私は、乳首を隠していた手で、椅子を引き、腰を下ろした。
「さて、それでは第一試験について説明するわね。
これからあなたには、全99問の数学問題を解いてもらう。
難易度は、あなたの学力に合わせたものよ。
但し、一問につき3分間という時間制限が存在する。
もし、解答が間違っていたり、制限時間内に解答出来なかった場合、その問題に対応する男子生徒の…、おちんちんを、切断するわ」
「……なっ!?」
その言葉に、拘束された男子達が暴れだし、鼻腔を震わせ、呻きを上げる。
そんな彼らの反応とは裏腹に、私の胸は鼓動を早め、性的な興奮が込み上げる。
「男子生徒全員に、口枷を嵌めてあるわ。
問題を解いている最中に、五月蝿く喚かれたら、思考の妨げになるでしょう?
それと、対応する生徒は一問毎に、順番に変わっていく。あなたから向かって、右端の生徒から、左側の生徒へと、一人ずつ移っていく。
全員を救う為には、99問、全て正解する必要がある。
つまり、最低でも3回以上ループするという事ね。
だけど仮に、全ての解答が不正解だったとしても、試験の合否には一切関係がない。
つまりあなたは、ただ、そこに座っているだけでも、試験に合格できるのよ。
とっても親切でしょう…?」
私は、怯える男子達を見る。
…そんな事、出来る訳がない…。
「因みに試験終了後に、おちんちんが残っていた男子生徒は、性機能の制限を解除され、性交渉の権利が与えられる。
週に一度だけだった、オナニーが、毎日出来るようになる。
更に、この施設内の女子生徒を、最大3名まで指名し、自由にセックスが可能になるのよ。
まさに、天国と地獄ね。
彼らは私と契約し、リスクを承知の上でこの試験に参加する事を、自ら選んだ。
だからあなたは、どんな結果になろうと、何も気に病む必要はない。
…まあ、まさか彼らも、おちんちんを切られる覚悟は、していなかったでしょうけどね…。ふふふ」
男性がそこを失う事による、大きな苦痛。
それを私は知っている。
ネットを検索し、幾つもの悲痛な体験に目を通した。
女子にとっては笑い事でも、男子にとっては、人生を左右する重大な問題なのだ。
しかも、試験を無事に終える事が出来れば、彼らの陰茎は、男としての本懐を遂げることを許される。
喪失の絶望はより大きなものとなるだろう。
そしてその、極めて重大な問題が今、私に委ねられている。
33人の男子達の、チンチンの運命が、全て私に預けられている。
私は、確かに性的興奮を求めている。
心の何処かで、この男子達全員に、チンチンを失って欲しいと、望んでいる。
それは否定できない。
私はもう嫌と言うほど、自分の穢れた欲望と向き合い、その度に失望してきた。
それでも認めたくない。
日向君への想いが、そんな自分を拒絶する。
穢れなき心を持つ日向君に、穢れた私は相応しくないと。
一之瀬梨花は、幼い頃から自分を厳しく律してきた。厳しい父からの期待。優秀な兄への憧れ。
感情や衝動に流されず、自らの意思で、自分を抑えつけてきた。
様々な欲望を表に出さず、理性の殻の中へと封じ込めてきた。
クラスメイト達が楽しく遊ぶ中、勉強し続けた。
ずっと、模範的な生徒で在り続けた。
殻の中に溜まり続けた欲望は、次第に黒く淀み、歪なものへと変わっていった。
本人の気付かぬ内に、長年蓄積し続けたストレス。
そして神谷日向の処分によって、その殻に生じた僅かな亀裂。
更に折原圭の処分、信頼していた父の穢らわしい不貞行為を目の当たりにし、その亀裂は大きく広がった。
亀裂から滲み出した穢れが欲望が、一之瀬梨花の人としての心を、徐々に侵食しつつあった。
しかし、人を決定付けるものは、きっと、内側にあるものではない。
もしも人の価値が、心の中の純度で決まるなら、誰も自分を好きになれない。
それが自分の一部だと、例え否定のしようがなくとも、理性がそれを縛り、選ぶ言葉や行動によって、外に表れたものこそが、私という人間なのだ。
私は正しく、人でありたい。
そして、負い目なく、誇らしく、日向君と共に歩んでいきたい。
私の中には、彼らを救いたいと言う気持ちも、確かに存在する。
私はまだ人間だ。
「さあ、それでは試験を始めましょう。問題は、机の上のタブレットに表示される。
それと同時に、画面上部のカウントが始動する。制限時間は3分よ。
時間内に解答欄に、答えを記入しなさい。
因みに、モニターにも問題が表示されるから、男子生徒達にも、その内容が分かるようになっているわ。
一之瀬さん、準備はいいかしら?」
彼らの縋る様な視線。その重圧に、押し潰されそうになる。
私は深く息を吸い込み、吐く。
覚悟を決めた。
「………はい」
「…よろしい。では、一問目よ」
タブレットに問題が表示された。
1問目
実数 x,yが次の条件を満たすとする。
x^2+y^2=10x+y=4
このとき
S=x^3+y^3の値を求めよ。
「…っ!」
重い誘導や複雑な構造はない。厄介だが、時間さえあれば解けると思う。
でも、制限時間は3分しかない。
これは発想問題だ。
xとyの値を直接代入して計算していては、暴力的な代入になり、とても3分では間に合わない。軽く10分は掛かってしまうだろう。
私は方法を必死に考える。
動かぬ私の手に、右端の男子生徒から焦りの気配が伝わってくる。
何も出来ぬまま、どんどん時間が過ぎていく。
緊張と焦燥で、脳がうまく働かず、額に汗が浮かぶ。
既に1分が経過しようとしている。しかし私の手はまだ動かない。
室内が静寂で満たされている中、私の思考だけが嵐のように駆け回る。
…そうか、解った…。三乗和の公式だ…!
私は瞬時に計算式を書き始める。
残された時間はあと僅かだ。
「そこまでよ。手を置きなさい」
辛うじて間に合った。解答に間違いはない筈だ。
極度の緊張をかき分けて辿りついた答えは、理屈の上では確かに正しい。
だが胸の奥では、不安がじわりと広がっていった。
何気ない数字が、他人の人生の行き先を大きく曲げてしまうかもしれない。
正しい筈の解答に、確信だけが最後まで降りてこない。
混じり気のない静寂の中で、自分の出した答えだけが重く沈み、
自分の鼓動を容赦なく締めつけていく。
「それでは、答え合わせをしましょう…」
断頭台に立たされた男子は、身体を震わせながら、祈るような表情で目を閉じている。
もし誤っていれば、この男子は、かけがえのない物を失ってしまう。
私の回答に、他人の運命が掛かっているのだ。
モニターに私の解答が表示される。
「28」という数字。
揺らぐ自信に、顔が引きつる。
私は掌をきつく握り締め、ただ祈った。
「ふふ、正解よ…。流石ね」
直後、私は大きく息を吸い込んだ。知らぬ間に呼吸を止めていたようだ。
緊張が解け、一気に疲労が押し寄せた。
無意識に力が込められ、固まっていた脚が小刻みに震え出す。
これを…あと、98問もやるの…?
無理だよ、そんなの……!
男子生徒は歓喜の表情を浮かべ、私に向かって何度も頭を下げる。
感謝の意を伝えてくる。
しかし彼とは対照的に、私の思考は絶望に染まっていた。
「さあ、2問目よ」
落ち着く暇もなく画面上部のカウンターが始動し、弛緩していた身体が跳ね上がる。
2問目
赤玉1個・白玉2個が入った袋がある。
この袋から玉を1個取り出して色を確認し、また袋に戻すという操作を3回行う。
ただし、次のような特殊なルールがある。
ある試行で赤玉が出た場合、次の試行では赤玉が1個増える。(袋に戻すときに新たに赤玉を1個加える)
ある試行で白玉が出た場合、何も変化しない。(赤玉は増えない)
このとき、3回の内、ちょうど2回赤玉が出る確率を求めよ。
私はネガティブな思考を瞬時に切り替え、問題に集中する。
初期状態では赤が出る確率は3分の1。ただし赤の場合、赤玉を1つ追加し、状態遷移を追う必要がある。
2回目の袋は赤2個、白2個の計4つ。赤の確立は2分の1。
もし2回目も赤なら、3回目の袋は赤3、白2。赤の確立は5分の3。
もし2回目が白だった場合は……
全てのパターンを考え、それぞれの確立を計算し、最後に合計する。
単純だが時間が掛かる。しかし時間さえあれば確実に解ける問題だ。
私は条件付きの確立、漸化的に変化するこの手の問題に慣れていない。そして極度の緊張が思考を妨げる。
頭がうまく働かず、焦りが生まれる。
残酷に過ぎる時間の中、それでも私は必死に確立を書き出していく。
男子生徒は静かに、祈りを込めた視線を私に向けている。
彼に出来ることはそれしかないのだ。
しかし、合計の計算式を書いている途中、答えまで、あと僅かなところで…。
「時間よ。手を置きなさい」
私は、虚空を見つめたまま静止した。
震える手からペンが滑り落ちる。私はその手を、そのまま膝の上へそっと下ろした。
普段のコンディションなら、十分に解けていた筈の問題だった。
私の心を陰鬱な闇が覆う。
下げていた視線をゆっくりと、これから犠牲になる男子へと向けた。
彼の顔は酷く歪んでいた。
それはそうだ。誰がどう見ても、私は計算の最中に制限時間を迎えた。
加えて、私の思わしくない反応は、嫌でも彼に残酷な事実を突きつけただろう。
彼は絶望の表情を浮かべつつも、それでも縋るように私を見た。
彼と目が合った瞬間、私は咄嗟に顔を逸らす。
直後、口を塞がれた彼の悲痛な呻き声が、鼻腔から漏れ出た。
「ふふふ、一之瀬さん…? 解答欄に何も記入されていないようだけど、いいのかしら?」
モニターに映し出された解答欄には、何も映っていない。
私は彼から顔を背けたまま、震える声で答えた。
「ごめんなさいっ…、ごめんなさいっ…! 解けま…せんでした…!」
男子生徒は激しく呻きを上げ、拘束から逃れようと必死に藻掻きだす。
しかし強力な拘束は決して解けず、高度な柔軟性と弾力性を併せ持つ手術台は、抵抗による衝撃を完全に吸収し、揺れることすらない。
代わりに、彼の股にぶら下がった、チンチンと金玉だけが、はしたなく揺れている。
「あら、解けなかったのね。それ程難しい問題ではなかったと思うけど、残念ね…」
彼の呻き声が変化する。
私は彼に再び視線を向けた。
二人の医療技師が、処置の準備を進めている。
縮み上がった陰茎が、隅々まで、揉みしだくように消毒される。
陰茎の根元に止血用バンドが巻き付けられ、きつく絞り上げられる。
「んっ、んんんーっ!!んんんー!!」
手際よく進んでいく作業は、この先に待つものが、決して戯れや偽りではないという事実を突きつけてくる。
「ふふっ、可哀想だけど…、最初に説明したとおり、彼のおちんちんは切断させてもらうわね…」
医療技師が、見慣れぬ鋏を手に取る。
その鋏は通常の物と異なり、刃長が長く、刃が湾曲し、先端が大きく交差している。
刃が曲線を描く事で、切断対象を自然に中心へと導く。
そして、刃全体が対象に接触しやすく、柔軟な皮膚や筋組織などに対しての、逃げを減らす。
つまり、陰茎を切断するのに、適した形状となっている。
彼はそれを見た瞬間、再び激しく体を暴れさせた。
目の前の残酷な状況に、複雑な感情が交錯し、胸の奥がざわつく。
しかし彼が暴れる度、ぶるんぶるんといやらしく揺れる陰茎が、色気を振りまき、私の雑念を遠ざけていく。
激しく左右に振られ、鼠径部に打ち付けられる陰茎は、まるでこれから調理される、活きのいい魚のようで、私を熱く魅了する。
付け根を縛られ充血した陰茎の、青魚の様な瑞々しい張り。まな板の上に寝かされて尚、力強く尾を打つ活魚に、私は思わず息を呑む。
技師は、暴れる大きな魚の先端を容赦なく捕まえ、その根元へ大きく開かれた二つの刃を滑り込ませた。
皮膚に押し当てられる、冷たく鋭利な感触が、男子生徒の陰茎に伝う。
暴れていた彼の身体が、まるで凍りついたかのように硬直する。
「さあ…、記念すべき、最初の犠牲者よ…。
あなたの所為で、彼は大切なおちんちんを、麻酔なしでちょん切られちゃうんだから…。
凄く痛いわよ…?心も体もね…」
もう一人の技師が陰茎の下に、受け皿用のステンレス製のトレイを添えた。
私は両手を握り締めながら、心の中で幾度も懺悔する。
しかしその奥底で、密かに期待が膨らみ、卑しい女の部分が湿りを帯びてゆく。
大きく開かれた刃。
あれが閉じられた時、何が起こるのか。
その間に挟まれたものが、どうなってしまうのか。
あの瑞々しく新鮮な魚は、捌かれた後、一体どんな一皿に仕立てられるのか…。
淫らな期待に対する、罪の意識は、当然ある。
しかし、今の私に出来ることは何も無い。
私は自分の精一杯の力で、出来る限りの事をした。全力を尽くしたのだ。
決して手を抜いたりなどしていない。
だから後は、これから起こる事を、ただ見ているだけでいい…。
罪悪感を覚える必要など、ない筈だ。
私の心が、穢れた欲望の囁きに導かれる。
沸き立つような背徳の興奮に、愛液が溢れ出す。
拘束された身体でどれだけ暴れようと、刃に挟まれた陰茎は、決してそこから抜け出せない。
彼は、失うものの大きさと激痛に怯えながら、今にも閉じられそうな刃を、固唾を呑んで見守っている。
どうか嘘であってほしい。夢であってほしい。
彼が縋りつくほんの僅かな希望を断ち切るように、医療技師は鋏を持つ手に力を込めた。
上下に開かれていた銀の刃が、彼の肉欲の棒を、その間に挟んだまま、残酷に閉じられた。
シャキン、という非情な金属音が室内の静寂に響き渡り、切り離された陰茎が、銀のトレイの上に、ぽとっと落ちる。
切り口から血が吹き出すと同時に、彼は首を大きく仰け反らし、経験した事のない激痛に悶え苦しむ。
男性の身体から、その象徴が切り離される瞬間。
それは何と魅力的で、色気のある光景なのだろう。
身体の奥底から湧き上がる、背徳の興奮。
しかしその悦びも束の間、目に飛び込んできた凄惨な有様は、私の想像を遥かに上回り、身も心も戦慄させた。
日向君や折原先輩の措置とは違い、彼は麻酔を投与されていない。
数多の神経が集中する陰茎。そこを切断される痛みは、想像を絶するものなのだろう。
彼の苦しみ様は尋常ではなかった。
その様子は余りにも悲惨であり、浅ましく浮かれていた私の卑しい心を抉る。
私は自分の浅ましい欲望を、心から恥じた。
激しく脈打つ鼓動が、恐怖によるものなのか、それとも昂ぶりによるものなのか、様々な感情が入り混じり、私自身にも判別できない。
彼を拘束する手術台は、その大きな傾斜を水平に戻し、別室へと運び出されていく。
気付くと、私は全身から汗を吹き出していた。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…」
「ふふ…、随分辛そうだけど、テストはまだ始まったばかりよ。
まだ97問も、残っているのだから。
さあ、どんどんいきましょう…」
まだ、たったの2問。
大きく削られた精神が、悲鳴を上げる。
幻想を抱くことすら許されぬ程に、残された距離はあまりにも遠い。
こんなもの不可能に決まっている。最初から、彼らの運命は決まっていたのだ。
この女は初めから誰一人として、助ける気など毛頭無かったのだ。
ただ私の精神を疲弊させ、弄び、玩具にして楽しみたいだけなのだ。
しかし、彼等を見る。
私に運命を預けられた彼等の、救済を求める眼差しを。
進むことを求められている。
私は疲弊した心と身体に鞭打ち、遠く霞がかった目指すべき場所へと、歩み続ける他なかった。
私はそれからも、必死に問題を解き続けた。
問題の難易度は、ほぼ変わらない。
解くことが不可能と思える問題なら、初めから匙を投げることも出来る。
表面上は必死であるかのように振る舞い、脳を休息させ、別の男子を救う為に力の温存を図る。
しかしどの問題も、制限時間の3分以内で辛うじて解けるか解けないかという、絶妙な難易度に設定されている。
その絶妙さが、私を苦しめ続けた。
幾人もの男子が陰茎を切り落とされていく。しかし、その間は休息を得ることができる。
最初の数人は本当に胸が痛んだ。とても可哀想だと。
しかし、男子の陰茎が切り落とされる度、私の正常な思考と培ってきた倫理観は、徐々に壊れていった。
そして疲弊した身体と脳は、甘さを求めた。
快楽の甘さを。
努力の末に解答を誤った時、若しくは間に合わなかった時。
それは頑張った私へのご褒美となった。
心の何処かで気付いていた。
私の努力は、彼等を救う為ではなく、罪悪感という余計な雑味を取り除き、食材の純粋な甘味のみを味わう為にあるのだと。
私を起因とする彼等の悲運に殆ど罪悪感を覚えなくなった頃には、既に23本もの陰茎が切断されていた。
56問目
平面上の点 A(2,0)、B(0,2)原点 O(0,0)がある。
点 Pは線分AB上にあり、点Qは線分OB上にある。
点P,Qが次の条件を満たすとき、点Pの座標を求めよ。
私は顔に疲労の相を浮かべながらも、真剣に問題文に目を通す。
そんな私に切断の対象となる男子が、低く鼻腔を震わせる。
何事かと思い視線を移すと、その男子は怒りの形相で私を睨みつけていた。
……………。
……………は?
え…、何…?その表情。
私、今、あなたの為に頑張ってるんですけど…。
確かに私は、男子が陰茎を切り落とされる事を愉しんでいる。とても興奮する。
しかし、その為にわざと手を抜いた事など一度もない。これは本当だ。
注意不足による軽率なミスで、切断されてしまった男子もいた。
しかし、誰しもがミスをする。だって、人間だもの。
悪いことなの?
だってこんなに頑張ってるんだよ、私…。
どれだけ疲労していても、問題を解いている間は本当に真剣なのだ。
ずっと喉の渇きを我慢している。数時間もの間ずっと、脳を酷使し続けている。
なのに、何…?何なの?疑ってるの?
じゃあ、………もう、いいよ。
あんたのチンチンなんて、切られちゃえ…。
私は冷めた顔で、ペンをこれ見よがしに放り捨てた。
私の不遜な態度に、男子は体を暴れさせ、唸りを上げる。
…いい気味だ…。
こういう馬鹿な男子には、立場というものを分からせる必要がある。
チンチンがなくなってしまえば、身の程をわきまえ、少しは大人しくなるだろう。
しっかり反省するといい。
私は両手を上に伸ばし、大きく背伸びをし、そのまま頭の後ろで手を組んだ。
男子生徒達の前で、私はまるで胸を見せつけるかの様な体勢だが、どうせ全員男じゃなくなる男子達だ。
様々な感覚が麻痺していたこともあり、最早、羞恥心はとっくに消え失せていた。
私はその姿勢のまま、両乳首と、得意げな表情を、その男子に見せつけてやった。
男子の表情が、焦りの表情に切り替わるが、もう遅い。
私は視線を正面に向け、脳みそを空っぽにする。
視界の端で、男子生徒が暴れている。
しかし、どれだけ暴れようが知った事ではない。
彼の呻きだけが室内に反響し、彼に残された時間は無情に過ぎ去っていく。
はあぁー…、ゆっくり休憩できた…。
「……時間よ。ふふっ。…もう、解答は見るまでもなさそうね?」
技師の手によって、彼の陰茎の根元に、止血バンドが強く締め付けられる。
私は胸を躍らせ、身を乗り出す。
机に両肘を着き、組んだ手の甲に、顎を乗せる。
そして笑みを浮かべながら、鼻歌交じりに、彼が受ける恥辱を楽しんでやる。
彼は殺意の篭った顔で、私を睨みつけている。
哀れなその表情に、私は股間を湿らせる。
何故だろうか…。今までよりも遥かに興奮する。
哀れな彼に対し、調子に乗った私の嗜虐心が、ちょっとした悪戯を企てた。
私は得意げな笑みを浮かべたまま、彼に向かって人差し指と、中指を鋏に見立て、チョキチョキと動かしてみせた。
おまけに、舌も出してやった。
彼は激昂し、身体を激しく揺さぶり、鼻腔を震わせ咆哮する。
そんな彼の憤りは、私の穢れた心を更に悦ばせ、身体の熱を加速させる。
いいの…?怒ってる場合じゃないと思うけど…。
根元を縛られ、硬く充血した陰茎が、上下に広げられた冷たい刃の間に挟み込まれる。
ほーら…、チンチン、切られちゃうよ?
猛り狂っていた男子はビクッと身体を震わせ、一瞬にして大人しくなった。そして不安の表情を浮かべ、そこを見る。
その反応が可愛らしく、私は思わず吹き出してしまった。
かっこわる…。
どうやら失笑が聞こえてしまったようだ。彼はすぐさま私を睨みつける。
怒りの表情を作ろうとしているが、恐怖でうまくいかない様だ。
やば…、興奮する…。
彼の目に涙が滲み、泣き顔を見られまいと、ついには顔を背けた。
下腹部に快感が走る。
ああっ…、はあぁっ…!泣いた…。泣かせてやった…!
そして次の瞬間、鋏が勢いよく閉じられ、心地よい金属音を響かせた。
情けなく切り離されたソーセージが宙を舞い、真下に添えられた皿に受け止められる。
張りと艶のある、太目のソーセージは、その弾力により一度大きく跳ね返り、その後、小さな跳躍を繰り返した。
その様子は、まるで出来たての美味しさを表現する、小さな舞。
思わずフォークを伸ばしたくなるような、食欲を唆る動きを、私に披露してくれた。
更に、激痛に暴れる身体が、最早何の役にも立たない二つの生卵をぶらぶらと揺らし、私の欲情を強く刺激する。
余りにも魅惑的な光景に、凄まじい快感が体中を駆け巡る。
私は生まれて初めて、身体に一切手を触れる事無く、絶頂した。
「ぁっ!ぅんっ、………っ!」
身体が、ビクビクと跳ねる。
乳首が勃起し、椅子の上に、秘所から溢れた愛液が広がっていく。
絶頂を悟られぬよう、私は漏れ出そうになる喘ぎ声を、必死に噛み殺す。
私は視線を感じ、上月凜を見る。
彼女はそんな私の様子を、微笑を浮かべながら興味深そうに眺めていた。
「回答放棄…。残念な結果だけど、彼の態度は、…まあ酷かったわね。
一之瀬さんは、よく頑張っていると思うわよ。
それなのに、あんな態度を取られたら、腹を立てるのも当然だわ。
きっと私でも同じ事をしたでしょうね。ふふふっ。
…さあ、気を取り直して、次の問題にいきましょう」
次の男子が、まるで悪魔でも見るかの様に、怯えた表情を私に向けている。
男としての命が掛かっている状況で、目の前で回答放棄などされたら、当然不安にもなるだろう。
でも、大丈夫だよ…。あなたの問題は頑張って解いてあげる…。
だけど、駄目だった時は、許してね。
「では、57問目よ…」
私は快感の余韻に浸りながらも、気持ちを切り替え、提示される問題に対し真剣に向かい合った。
56問目の男子の犠牲から、私の脳は妙に覚醒し、次々と問題を正解していく。
タガが外れた事で、変に気負わずリラックスし、普段通りに解く事が出来るようになったのだ。
そこから私は、脅威の正解率を叩き出す。
難易度は依然として高く、当然ミスもある。
脳には相当な疲労が蓄積しているし、体力も限界に近い。
そして、33人いた男子生徒は、残すところ、あと1人となってしまった。
しかし同時に、不可能だと思われていた事が、現実のものになろうとしていた。
驚くべき事に、私は最後の1人になってからこの難解な問題達を、15問連続で正解しているのだ。
絶対に一人も助けられないと思っていた。不可能だと思っていた。
しかし、後1問…、たった1問正解すれば、救うことが出来る。
たった1人。
33人いた内の、たった1人。
しかし、彼を救えるか、救えないか。私にとって、そこには大きな隔たりが存在する。
何故なら彼を救う事により、私のこの戦いに意味が生まれるからだ。
汗を流し、涙を流し、心と身体に鞭打ち、疲弊させながら、壊しながら、歩んできた道のりに。
この孤独な戦いに、意味がもたらされる。
もし彼を救えなければ、何も残らない。
結果的に見れば、初めから何もしなかった事と同じ。
全ての問題に対し、回答放棄した事と、同義となってしまうのだ。
たった1人でもいい。何としても彼を救いたい。
その想いが、久しく忘れていた恐怖を思い出させる。
試験の開始直後のように、再び身体が固まり、緊張により震えだした。
「素晴らしいわ、一之瀬さん。あなたの事を見くびっていたみたいね。
…正直、想定外よ。
そして…、次こそが正真正銘、最後の問題…。
ここまで来たのだから、彼を救ってみせなさい」
99問目
空間内に、原点O(0,0,0)を中心として、x軸上にA(1,0,0)y軸上にB(0,1,0)z軸上にC(0,0,1)がある。
平面OABを、原点OOを軸としてz軸まわりに60°回転させて得られる平面をπ1とする。
また、平面OACを、同じく原点Oを軸としてy軸まわりに60°回転させて得られる平面をπ2とする。
このとき、2つの平面π1,π2のなす角を求めよ。
最後の最後で、発想問題。
限界まで疲弊した脳が、悲鳴を上げる。
そして極度の緊張により、先程まであった思考の柔軟性が、失われてしまっていた。
彼を救いたいという強い気持ちと焦りが、脳のポテンシャルを損なわせる。
僅かな逡巡も許されぬ中、私はミスを犯す。
回転を法線ベクトルではなく、点で捉えてしまった。
間違いに気付いた時には、もう時間は残されておらず、取り返しがつかなかった。
「…時間よ。ペンを放しなさい」
悔しさに涙が滲んだ。
モニターに映し出された「120」という数字。
私は一縷の望みに託し、何の根拠も無く、思い浮かべた数字を書いた。
上月凜が、瞳を閉じる。
しばらくの間静寂が続いた。
最後の1人である彼も、身体を震わせながら、祈るように瞳を閉じている。
私も、ぎゅっと瞼を閉じ、両手を合わせ、震えるほど強く握り締めた。
「正解は90°よ」
男子に、絶望が降り注いだ。
後一歩で掴み取れた未来。
彼の感じる絶望は、他の32人よりも、遥かに重いものだった。
自分は一体何度、恐怖と絶望を乗り越えてきたのだろう。
もう数える気力も残っていなかった。
何度も何度も断頭台の前に立たされ、その度、突き立てられた絶望の予感が、
蓄積した痛みのように全身を締めつけていった。
自分という存在が一枚ずつ剥がされていくようだった。
どうせ誰も助からないと、多くの生徒が諦めていただろう。
しかし自分は、地獄のような瞬間を幾度となく耐え抜き、夢にまで見た未来が、もう目の前にあったのだ。
あとたった1問、彼女が正解するだけで、残酷な運命を回避し、長年夢見てきたセックスを体験できたのだ。
3人の女子と…、セックスを……!
舌と舌を絡ませ、身体と身体を、強く密着させる。
柔らかな膨らみを掌で感じ、その膨らみにある、魅力的な突起を口に含む。
口の中で、それを思う存分に舐めまわし、味と感触を堪能する。
硬く大きく猛った陰茎を、濡れそぼった陰唇に押し付け、そのぬめりを全体に纏わせる。
はち切れそうな亀頭を入り口にあてがい、熱い膣の中へと、とぬるんと挿入する。
陰茎が根元まで、熱い粘膜に包まれる。
陰茎全体に感じる女の味を、恍惚の表情を浮かべながら味わう。
熱い吐息と共に、全身を悦びに震わせる。
水気を含む、厭らしい音を立てながら、激しく腰を打ち付ける。
感動に、歓喜に、涙を滲ませながら、何度も何度も打ち付ける。
そして快感が最高潮に達したとき、歯を食いしばり、首を仰け反らしながら、命の源を思う存分に注ぎ込むのだ。
それは一体、どれ程の悦びだっただろう。
その、想像も付かぬ程の幸せが、もう目の前にあった。
なのに…、なのに…。一之瀬…梨花…!
こいつは、わざと陰茎を切断させていた…。間違いない…。
確実に楽しんでいた…!
「さて、最後の問題も終わったことだし、もう一之瀬さんの集中力を乱す心配はしなくていいわね。
彼は特別に、口枷を外してあげましょう」
………え………?
彼女の言葉に、脈が乱れる。
今まで自分が冷静でいられたのはきっと、彼らの悲痛な言葉を、呪いの言葉を、壮絶な叫びを、聞かずにすんだからだ。
この期に及んで聞きたくない。
怖い。やめてほしい。
しかし、私の願いを他所に、彼の口枷が外される。
「……おっ、お願いしますっ!助けてくださいっ!!
もうっ、セックスできなくていいですっ!ここで…頑張って勉強しますっ!何でもしますっ!だから、お願いします! 切らないで下さい…!!」
堰を切ったように放たれる、今まで見えなかった彼らの心の内。
悲痛な叫びが音の刃となり、私の心を切りつける。
「…思った以上に煩いわね…。
気持ちは分かるけど、それは無理よ。あなただけ優遇したら、他の32人が納得しないわ。
これは、あなたが望んだ契約よ。男なら潔く諦めなさい。
…あら、ごめんなさい。
もう男じゃなくなるんだったわね。ふふっ」
「嫌だっ!!嫌だああああっっ!!」
悲痛な叫びに、身体が竦む。
そんな私を、彼は憎しみを込めて睨み付けた。
「一之瀬!!お前っ、お前っ…、絶対…、わざとだろっ…!わざと間違えて、楽しんでただろ…!
ふざけんなっ!!最後の一問まで引っ張って、期待させやがって!!」
急に矛先を向けられ、私は身体を跳ねさせた。
「えっ…!?わ、わたし…、わざとなんて、してない…!ちゃんと、真面目に…」
「そんな訳あるかっ…!明らかに楽しんでただろうが!
俺でも解ける問題だって、何度もあった!それに…、最後の最後で、何であんな連続で正解すんだよ!…どう考えてもおかしいだろ!!」
「ち、ちが…、だって…!最初は、緊張してたし、…疲れだって…!」
「そもそも、お前が一回、回答放棄してなきゃ…、…俺は、助かってたかもしれないだろうが…!
あの時、お前…! 笑ってただろ! それは、どう説明すんだよ…?」
「…そ、それはっ…、あいつが…!」
いや、ダメだ…。何を言っても、彼にとっては全てが言い訳になる…。
それにあの件については、確かに私に非があった。
対象となる生徒が一人減れば、残った生徒の負担が増えるのだから、個人的な怒りは抑えなくてはならなかったのだ。
「くそぉ…、ふざ…けんなっ…!
死ね…! 死ねよっ! …この糞ブスがっ!!」
……………。
……………。
……………は?
いや、あのさ…。
あんた達は、ただ黙って突っ立ってただけじゃん。
私はこの特殊な状況下で、数時間もの間、高難易度の問題を、頭フル回転させて、必死に解き続けてきた訳よ…。
あんた達の、その見っともなくぶら下がってるチンチン、守る為にさぁ…。
あほらし…。
あんたの為に流した、私の涙返してよ。
そもそも私にとって、彼等を救う事に、何のメリットも存在しなかった。
私は彼等を救う為に、善意で問題を解いてあげていたのだ。
なのに、この言われよう。
彼は未だ私に向かって、罵詈雑言を浴びせ続けている。怒りが沸々と込み上げてくる。
しかしそんな彼の、股にぶら下ったいなり寿司を、突然、上月凜の爪先が蹴り上げた。
「はぅッ…!?」
一度大きく跳ね上がったいなり寿司は、重力と油揚げの弾性により、たわみを残して落下し、その柔らかさを表現するように、プルンと前後に揺られた後、元の位置で静止した。
彼は首を大きく仰け反らせ、下腹部に襲い掛かる激しい苦しみに、悶絶する。
「はっ、はっ、はっ、はっ!はぐううっ…!うぐぅぅああああぁああ……!」
「いい加減、不愉快よ。
彼女を恨みたい気持ちは解らなくも無いけど、私が見る限り、一之瀬さんは真剣に問題を解いていたわ。あなた達の為にね。
そして、彼女でなくば、99問目まで辿り着く事は出来なかったでしょう。
賞賛こそすれ、罵倒するのは筋違いよ。
恥を知りなさい…」
私は、驚いた。
上月凜は、私の能力を認め、そして私の為に、怒りを露わにした。
想像外の彼女の反応に、不覚にも熱いものが込み上げそうになる。
不意に大事なおいなりさんを跳ね上げられた彼はというと、脂汗を滲ませ、内股になりながら、屈辱的な苦しみと戦っている。
私が失笑すると、辛そうな顔を必死に起こし、健気に睨みつけてきた。
その情けなく惨めな姿が、私の股の間を潤わせる。
「正直に白状するけど、この第一試験に関しては、云わば出来レースの様なものだったのよ。
一之瀬さんの学力を以ってしても、3分という制限時間は、かなり厳しかった筈よ。
私の予想では、精々50問目まで辿り着けるかどうか…。
それ程、高レベルの難易度設定だったのよ。
素晴らしかったわ、一之瀬さん。
予定には無かったのだけど、あなたの努力に対して、一つ、恩恵を与えましょう」
彼女は、私に、医療用のスキンマーカーペンを差し出した。
「…?」
私は疑問に思いながらも、それを受け取る。
「一之瀬さん。あなたに決定権を上げるわ」
「…?どういう事ですか?」
「そのペンで、彼のおちんちんに、線を一本引きなさい。
どこでも構わないわ。
亀頭部でもいいし、真ん中でもいいし、根元でもいい。
あなたが引いた線に沿って、医療技師が彼のおちんちんを切断する。
おちんちんをどの位置で切断するのか。
それを決定する権利を、あなたにあげるわ」
「……! …いいん…ですか…?」
ぞくぞくと、言いようのない興奮が込み上げた。
散々汚らしい言葉で、私を詰ってくれた彼に、意趣返しの機会を与えてくれたのだ。
さて…、どうしてくれよう…。
私は彼の表情を窺う。
先程まで激昂し、紅潮していた彼の表情は青ざめている。
「ああ、何なら、線を引かない…、という選択肢も用意しましょう。
その場合は、彼はおちんちんを切られずに済む。
最初に説明したように、彼はセックスの権利も得られるし、相手の女子も3人まで自由に選ぶ事ができる」
彼はその言葉に目を見開き、縋るような目で私を見た。
私は彼の目を見つめながら、いやらしく笑みを浮かべ、その選択肢を拒否する。
「いいえ。そういう訳にはいきません。
正解できなければ、チンチンが切断されるというルールなので…。
彼だけを特別扱いすれば、先程貴方が仰ったように、他の32人が納得しないと思います」
「お、おい……。おい!!い、一之瀬!お前っ…!!」
「………ねえ、あんたさぁ。…敬語とか…、使ったほうが良くない?」
「……なっ……!?」
彼は豹変した私の態度に、言葉を失う。
この状況で私の機嫌を損なう事は、彼にとって賢明ではない。
彼は暫く逡巡した後、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、言葉を改めた。
「…一之瀬さん、お願い…します。切らないで下さい…」
ぞくりとした興奮が、私の身体を撫で上げた。
「うーん、どうしようかなぁ…?」
私はニヤニヤと笑みを浮かべながら、屈辱的な提案を投げかける。
「じゃあさぁ…、そのみっともないチンチン全力で振り回しながら、お願いしてみなよ。
必死さがちゃんと伝わったら、切らないであげるかもしれないよ?」
「……っ!」
彼は怒りに身を震わせる。
この女だけは、絶対に許さない。
こいつに切断された32人の無念を、俺が必ず晴らす。
俺はこの試験が終わったら、必ず一之瀬梨花を指名する。
そして、生で挿入して、この女の膣の中に、子種を注ぎ込む。
絶対に孕ませてやる…!
その為に、今はこの屈辱を耐える…!
彼は意を決して、全力で陰茎を振り回した。
腰を激しく動かし、陰茎が上下、左右に、ぶるんぶるんと振り回される。
彼の陰茎は太く長く、まるで大ぶりのちくわのようで、振り回される迫力も中々のものだ。
ああ…、なんてスケベなちくわだろう……。
「お願いしますッ!お願いしますッ…!切らないで下さい!…お願いします!!一之瀬さん!!」
あまりにも滑稽な姿に、笑いが込み上げる。
「あはははははっ!いいよ、いい感じっ。そのまま続けてっ。あははは!」
その後も、彼は必死に、陰茎を振り回し続けた。
彼の情けない姿に、そして淫らに揺れるはしたないちくわに、劣情を刺激される。
こんな醜態を晒してでも、チンチンを失いたくないのだ。
チンチンの与えてくれる快感が、生きる悦びであり、目的なのだ。
膣の中へ精を注ぎ込む至福こそが、この世に生を受けた男の夢なのだ。
しかし残念ながら、彼がどれだけ必死に頑張ろうと、私の答えは既に決まっている。
彼のチンチンは、何があろうと、絶対に、根元で切断する。
二度と射精できぬように。
二度と生意気な夢を見られぬように。
彼はおしっこする度、お風呂に入る度、エッチな事を考えてしまう度、何度も何度も屈辱を味わい、私を憎悪しながら生きていくのだ。
股の間の、滑稽なちくわが無くなるだけで、彼の人生は深い絶望と苦しみに包まれるのだ。
「…はぁ…はぁ…、お、お願い…します…!」
どうやら、彼のチン乞いの儀式は終了したようだ。
全身全霊を尽くしたのだろう。精も根も尽き果てた様子だ。
私はそんな彼の骨折りに対し、パンと手を叩き、弾んだ声で煽るように結果を告げる。
「はーい、お疲れさまでしたぁー。さてとぉ、どこに線引こうかなぁー?」
私はスキンマーカーをぶらぶらと揺らしながら、笑顔で彼に近付いていく。
「……なッ!?ふ、ふざけるなよッ…!!お前、始めから…!」
「は? ………いいの?そんな態度で。
……立場、解ってるよね?」
「っ…!」
これは私の努力を疑った罰だ…。彼の自業自得。当然の報いだ。
私はスキンマーカーのキャップを外し、陰茎に近づける。
すると、彼の表情から一瞬にして怒りが消え、面白いように大人しくなった。
……可愛いじゃん。
「どこにしよっかなぁー?」
「あっ…!だ、駄目です…、根元はっ…!」
「あ、ここは…ダメ?」
私は彼の怯えた様子を楽しみながら、陰茎の先から、根元まで、何度もペン往復させる
「ここにするぅ?」
「あっ、そこは、嫌です…」
「私はぁ…、この辺がいいな」
「やめっ、駄目です…!」
「ねえ、どこがいい?」
「先の方が…、いいです…」
「ん?この辺カナ?」
「あっ、…すみません。…まだ先の方が…いいです」
「じゃあ、ここにするね?」
「あ、あのっ!……亀頭の、先の方で…お願いします…!」
「え、キトウって、ここの事ぉ?」
「ちがっ…!!そこは駄目です!…反対の方ですっ!」
「………………ねえ」
私は、彼の顔を覗き込む。
「さっきさぁ…、私の事、ブスって…、言ってくれたよね?」
「………え、いや、…え?え?」
その言葉に、彼は悲痛な表情を浮かべる。
「女子に、そんな酷い事言う男子は、チンチンなんて、必要ないと思う。
きっと、女の子を大事に出来ないから」
彼は顔を歪め、ゆっくりと、首を左右に振る。
そんな彼を見つめながら、私はペンを、彼が最も嫌がる場所へ近づける。
「あっあっあっ!そこは絶対駄目ですっ…!! やめて下さいっ!そこはっ!そこはっ…!!」
「だぁーめ…。ちゃんと反省してね」
私は彼を煽るように、得意げな笑みを見せながら、残酷な線を引いてやった。
「うあああああっ!!……畜生っ…畜生っ!!」
当然、陰茎のつけ根に。
「一之瀬…!!お前っ、お前えええっ…!!」
医療技師達が、処置の準備を始める。
口枷を外されている為、代わりにマウスピースが装着される。
「大丈夫、大丈夫。ほら、私の股、見てご覧よ。
チンチン付いてないでしょ?
チンチンがなくたって、生きてくのに何の問題もないから安心していいよ。
だって私、困ったこと一度もないし。
それに何か長くて邪魔そうだったしさ、良かったじゃん
おいなりさんは残るから、まだ男の子だし、大丈夫だよ」
陰茎の根元がきつく締め上げられる。
「あああッ!!やめてください!!僕は動物じゃないんです、人間なんです!!こんな事、人間にしていいことじゃありませんッ!!そうでしょう…!?」
彼は未練がましく技師に訴えかけるが、技師は一切、聞く耳を持たない。
心に届くどころか、寧ろ、うんざりした表情だ。
長時間に渡って試験に付き合わされているのだ。疲労も溜まっているのだろう。動作にも荒々しさが感じられる。
雑にちくわを摘みあげ、私の引いたラインに沿って、鋏が根元を咥え込む。
私は右手を顔の横に広げ、お別れする同い年のちくわに向かって、小さく手を振った。
「はい、ちょっきん」
「一之瀬えええええええっ!!」
投げやり気味な技師の手により、冷たい金属の刃が、一切の躊躇無く交差された。
身体から切り離された、太く長い練り物が、銀のトレイに落下する。
銀の皿の上へと落ちた瞬間、それは柔らかな重みをわずかに揺らしながら着地し、ぷるん、と愛らしい震えを残して静かに横たわった。
触れれば返ってきそうな柔らかな弾力の気配と、噛めば溢れ出そうな白身魚の旨味と海の記憶。
その姿は、まるで「どうぞ、召し上がれ」と誘うようで、見ているだけで深く甘やかな期待が口内に満ちていく。
豪快にかぶりつきたくなるその姿に、激しい快感の波が全身へと広がっていった。
ああ、美味しそう……。
長い年月を掛けて練り上げた、こだわりのちくわを失った彼は、失意と激痛の巨大な渦に呑み込まれる。股間に、惨めないなり寿司だけを残し、すぐさま、職員達により部屋の外へと運び出されていった。
最早見慣れた光景だ。
私は内股になりながら、押し寄せる甘美な快感の波に、崩れ落ちぬよう必死に耐え続ける。
「…ん、くぅ…!…ぁっ…!」
上月凜の視線を感じる。
完全に気付かれているだろう。
彼女は、私の恥ずべき性癖を、既に知っているのだから。
ふと思う。彼女はどうなのだろうか?
話を聞いた限り、男子達の陰茎を切断する事に、かなりの執着が感じられる。
他人の絶望する姿が好きなのだろうか。
それは彼女に性的な興奮をもたらすのだろうか。
上月凜の表情を窺う。
無表情な彼女の目は異様な程、冷たく、鋭い。
その目からは、何も読み取れない。
私は自分が、彼女に対して興味を抱いている事に気がついた。
彼女は私を見つめながら優美に微笑みを浮かべてみせた。
「おめでとう、一之瀬さん。第一試験は、終了よ。
約束通り神谷君の陰茎移植手術は、全試験が終了次第、責任を持って行わせてもらうわ。
長時間の試験で、随分疲れたでしょう?
第二試験を開始するには少し準備が必要だから、その間に水分補給をして、ゆっくり休んでおきなさい」
職員から、水の入ったペットボトルが手渡された。
水分を欲していた私は、一気に、その半分程を飲み干した。
身体が生き返る。
私は椅子に腰を下ろし、身体を休める。一体何時間掛かったのだろう。
本当に長かった。本当に、…疲れた。
私は第一試験を、そして先程の自分を振り返り、自分の歪な性癖を改めて認識する。
一言で表すと、最低だった。しかし、かつて無い程の興奮だった。
私は、自分に正当性さえ感じられれば、欲望を満たす為にどこまでも残酷になれる。
特に、56問目の男子と、最後の彼。
二人への処置がもたらした興奮は、凄まじかった。
性感帯に手を触れずに絶頂するなど、生まれて初めての経験だ。
この二人に関しては、自責の念を感じずに済んだ事が、要因の一つだろう。
彼等の態度、言動が、罪悪感という過度な苦味を取り除き、純度の高い背徳の味を堪能させてくれた。
そしてなにより、切り離された陰茎が魅せる、食欲をそそる、あの堪らない動き。
思い出しただけで、身体が熱を帯びてくる。
一度でいいから、食べてみたい…。
興奮してしまう事自体、余りにも不謹慎な事なのに、それを食してみたいなどと、人の道から完全に外れている。
しかし、だからこそ、私の歪んだ欲望は歓喜し、快楽は増していく。
一体どんな食感で、どんな味なのだろう…。
うっとりとしながら未知の味わいに思いを馳せていると、手術台に乗せられた三人の男子生徒が、室内へと運び込まれてきた。
第一試験の生徒達と同じく、全裸で拘束され、台の傾斜を大きく傾けられている。しかし、口枷はされていない。
「しっかり休憩は出来たかしら?
そろそろ、第二試験を開始しましょう」
私の目の前に三人の生徒達が並べられた。
男子生徒達は私の裸体に驚く。その内の二人は、まじまじと私の身体を凝視した。
私はさっと、自身の恥部を隠す。
残りの一人は顔を赤らめ、気まずそうに私から目を逸らしている。
私は彼らの顔を、一人一人確認する。
身体を凝視してきた両端の二人に関しては、全く知らない男子だ。
しかし、目を逸らしてくれた真ん中の生徒は良く知っている。
犬飼奏くん。
その中性的な名前に相応しい、ふんわりとした可愛らしい男の子。女子からの人気も高く、私も彼にはとても好感を抱いていた。
温和で優しい性格で、争いを好まない。悪く言うと、競争心が無い。
負ける事に対し抵抗が少ない為、他人より劣る状況をあまり気にしない傾向があるのだ。
なので成績に関しては、あまり芳しく無かった。
しかしそんな彼の存在が、この殺伐とした優劣社会の中で、素晴らしい癒しとなるのだ。
彼の様な人間ばかりなら、世界から争いなど消えて無くなるだろう。
そう思わせてくれる彼のほんわかとした笑顔が、私は好きだった。
だから、彼が最下位通告を受けた時、私は自分の事の様に酷く心を痛めた。
無事で居てくれて良かった…。
私は申し訳ないと思いながらも、拘束され、隠す事の出来ない彼の性器に視線を向ける。
今日は多くの男子の性器を見てきたが、他の男子生徒との違いは、然程感じられない。
強いて言えば、亀頭がほぼ隠れている事くらいだろうか。
こんなに可愛くても、そこはしっかりと高校生の男の子だった。
その意外性が私の性を刺激し、見つめる視線に熱が篭る。
奏くんは、まじまじと見ている私の視線に気付き、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
ああ…、可愛い…。
直後、女性の悲痛な叫びが室内に響き渡る。
「凜ちゃんっ!!何で奏くんがいるのっ!?」
一人の女性技師が、酷く憤慨した様子で、凜に詰め寄っている。
「ダメだよっ!?奏くんは絶対ダメだってっ…!!別の子にしてよぉっ!!いっぱいいるじゃんっ、他にもっ…!」
凜は、他の職員達に命じ、叫ぶ彼女を拘束させた。
彼女は未練がましく奏くんを見つめたまま、渋々と、部屋の隅へと連れて行かれた。
……え、何……、あの人…?
「…ごめんなさいね。
彼女みたいに進行の妨げにならぬよう、ここにいる男子三人には、なるべく口を閉ざすように命じてあるわ。
さて、第二試験の内容は、とても簡単よ。
ここに居る三人の男子の中から一人を選び…、あなた自身の手で、おちんちんを切断しなさい」
…………え…………?
彼女の恐ろしい言葉に、胸がざわつく。
男子達も、激しく動揺している。
「わ、…私が…、自分で、ですか…?」
「…ええ、そうよ。あなたが」
上月凜は、冷たく微笑む。
「選ばれなかった他の二人の生徒に関しては、第一試験と同じく、性機能の制限を解かれ、性交渉の権利が与えられるわ。
全試験が終了次第、今後自由に射精が可能になり、この施設内において、最大三人までの女子生徒を自由に選び、セックスが可能になる」
恐怖に怯えていた男子達が、驚きの表情を浮かべる。
「では、彼らについて説明するわ。
先程の試験とは違い、彼らは自身の意思でここに来た訳ではない。
私の意志で、強制的に、連れて来られたのよ…。
ただ…、あなたの良心が痛まぬ様に補足すると、彼らは仮にここへ連れてこられなかったとしても、いずれは陰茎を切断される予定にあった生徒達なの」
流石の私も、自らの手で切断するとなると、興奮よりも、罪悪感や恐怖心の方が勝ってしまう。
上月凜のその言葉に、私の心の負担が僅かに軽くなる。
「その理由についても、一応、説明しておきましょうか。
施設では週に一度、性機能の制限を解除し、自慰行為を許可する時間を設けているの。
その際、好きなAVの視聴が可能になるのだけど、両端の二人は、酷い陵辱系のAVばかりを好んで視聴していたのよ」
指摘された二人の生徒達は、きまりが悪そうな表情を浮かべる。
「性機能が制限されているとはいえ、卒業後、性犯罪に手を染めてしまう危険性があるでしょう?
その可能性を摘んでおくべきだと思ったのよ。
まあ、それは建前で、単に私が不愉快だっただけよ。ふふふ。
因みに、真ん中の彼が好んで視聴するAVは、貧乳系と、匂いフェチ系よ」
突然性癖を暴露され、奏君があたふたしている。
ちょっとした仕草が、本当に、可愛い…。
というか、貧乳って…。小さい胸が好きな男子もいるんだ…。
何故か、部屋の隅にいる先程の女性技師が、ガッカリとうな垂れていた。
「真ん中の彼に関しては、さっきの変態技師が、彼の事をとても気に入ってるからよ。
彼女は、可愛い男の子が大好物なの。
自分が満足するまで愛で上げた後、おちんちんを切り落とす事が、彼女にとって生き甲斐なのよ」
奏君はぞっとした表情で、身体を震わせた。
「最後に、施設内での彼らの成績を公開するわ。選択する際の参考にしなさい」
私は職員から、彼らの成績が表記された用紙を受け取った。
三人の科目毎の成績と、現在のスコアが書かれていた。私は彼らのスコアを見比べる。
左の男子のスコアは、785009
奏君は、398760
右の男子は、802004
奏君は他の二人に比べ、大きく劣っている。
「この試験に関しては、正解は存在しない。
誰を選ぶのが正しいのか、間違いなのか。答えはないわ。
あなたが、選びたい男子を、自由に選べばいいのよ」
私は厳しい選択を迫られた。
他にとる策がなく、やむを得ず行う選択ではない。
最初の試験は受動的なものであり、彼ら自身が覚悟の上で望んだものだった。
そして、例え彼らに悲劇が起ころうとも、私は最善を尽くす事で、免罪符を得る事が出来た。
しかし、今回は私が、能動的に選択しなくてはならない。
私の選択により、未来を掴み取る者と、全てを失い、絶望の底へ突き落される者が、確実に存在する。
「何なら、試験を放棄する…、という選択肢もあるわよ?」
それだけは絶対にない。
私は日向君を、必ず救わなければならない。
「選択する時間は、今から三分にしましょう。自分の心に正直になりなさい」
奏君を除外し、選択肢は三つではなく、二つ。
陵辱系のAVを見ていたという二人…。その情報だけで、女としてかなりの嫌悪感がある。
二人の容姿に関して特筆すべきことはないが、その嫌悪感の為か、どうも生理的に受け付けない。
どちらかを選ぶならば、スコアの低い左の男子だろうか。
考えていると視界の隅に、ふと違和感を感じて、その正体に視線を向ける。
右の男子の陰茎が、むくむくと起き上がり始めている。
私は思考する事に夢中で、いつの間にか隠していた恥部を晒してしまっていた。
すぐ目の前にある私の裸体に、思春期の陰茎はグングンと大きくなっていく。
私は不快感を露わにし、蔑んだ目をその男子へ向ける。
彼は、ばつが悪そうに私の視線から目を逸らした。
もしこの男子が制限を解かれ、自慰の自由を手にしたら、きっと私の裸体を思い出しながら、この勃起したものを卑しく扱くのだろう。
こいつを選んでやろうか…、とも思う。
しかし切断するという事は、この陰茎に触れなければならない。陵辱系のAVを見るような嫌悪感のある男子の陰茎を、正直触れたいとは思わない。
…じゃあ、奏君は…?
そう考え、胸が高鳴る。
…そうだ。
私は今、彼を選ぶ事だってできるんだ…。
奏君を選んではいけないなんて、そんなルールは無い。
全裸の私を気遣い、ぎゅっと目を瞑った彼の可愛い横顔に、残酷な気持ちが込み上げてくる。
磨耗した理性が、心地よい淫欲に侵食されていく。
彼を選ぶなんて、可哀想だ…。
だって、こんなにいい子なのに。こんなに優しいのに。こんなに可愛いのに。こんなにいたいけなのに…。
そう思う程に興奮する。
絶対にやってはいけない事を、やってしまう。その背徳感。
穢れた欲望が、私に囁きかける。
そもそも陰茎を切断するなど、例え相手がどんな人間であれ、許される事ではない。
ましてや、彼ら二人は罪人でもなんでもない。
妄想の中でいくら女性を陵辱したとしても、現実の女性に手を出さなければ、罪には問われない。
彼らは何も、間違った事はしていない。只々、この狂った制度の被害者なのだ。
ならば、彼らは三人共、平等に扱うべきだ。
スコアは奏君よりも、二人の方が高い。つまり、その分彼らは、奏くんよりも努力しているという事だ。努力はしっかりと報われなくてはならない。
私の卑しい思考が、穢れた欲望の求める選択へと誘ってゆく。
もしも、絶対に許されぬ行為を、その時だけは許されるとしたら、人はどうするだろう。
しかもそれを行うに足る、十分な大義名分が用意されているとしたら…。
「さあ、時間よ。選びなさい」
私は選んだ男子生徒の元へと、ゆっくりと足を踏み出し、歩き出す。
淫らな涎を脚に伝わせながら、顔を伏せたまま、真っ直ぐに前へ。
伏せられた視界に、選んだ男子の震える足が映り込む。
「ど、どうして…、どうして、僕なの…?い、一之瀬…さん…」
私は己の欲望に、忠実に従った。
「あら……?その子にしたのね。正直、驚いたわ。
理由を聞いてもいいかしら?」
「か、彼の…総合スコアがっ…、三人の中で一番、…低かったので……」
私は、伏せていた顔を上げ、奏君の表情を窺った。
奏君は悲痛な表情で、目に涙を浮かべている。
胸がキュッと締め付けられた。
でも同時に身体は切なく昂ぶり、吐息が熱く艶めいていく。
「…そう。スコアで、選んだのね…。
制度を憎んでいるで筈のあなたが、スコアの優劣を判断基準にしたのは、かなり意外だけど…。
まあ、いいでしょう。
…さあ、始めましょうか」
残り二人の男子が、室外へと運び出されていく。彼らは二人とも、歓喜の表情を浮かべていた。それはそうだろう。
彼らの運命は180度方向を変え、めくるめく天国がこの先に待っている。男の悲願を叶えられる。
これからは、チンチンの渇く暇もない、淫らな快楽に溺れる日々を堪能できるのだ。
可愛い奏君のチンチンを、この場に置き去りにして。
ごめんね、奏君…。
私、どうしても奏君が良かったの…。だって…、可愛いんだもん…。
「と、思ったのだけど、その前に、犬飼くんに最後の射精をさせてあげてもいいわよ?
何の覚悟もないまま、おちんちんを切られるなんて、可哀想でしょう?
そもそも私が彼を連れてきた理由は、さっきの変態技師の魔の手から、彼を救う為だったのよ。
だって犬飼くん…、とっても優しくていい子でしょう?
流石の私も、彼が酷い目に合わされるのは、忍びなく思えたの。
けれどまさか、一之瀬さんが彼を選ぶだなんて、予想外だったのよ。
だから最後に、気持ちよくさせてあげなさい…」
「え?あ、あの…。射精って、…わ、私が、射精させる…って、ことですか…?」
「ええ。勿論そうよ」
「で、でも、私っ!そんなの…、やった事、ないんですけど…。
どうすればいいかも…、あんまり良く分かってないし…」
「神谷君の措置を見ていたでしょう? あの時のように、彼のおちんちんを手で扱いて、刺激してあげればいいのよ。
犬飼君も、どうかしら?最後の射精、勿論…したいわよね?」
奏君は、涙を溢しながら頷いた。
「はい…。最後にっ…、したい…ですっ…!」
「ふふふ、彼はそう言ってるわよ。一之瀬さん。
あなたはどうするの…?」
「わ、私は…」
自信はないが、そうしてあげたい。
奏君は、私のせいで二度と射精できない身体になってしまうのだ。深い悲しみを、この先ずっと背負わせてしまうのだ。
出来る限りの事を、してあげるべきだ。
「分かりました…。やってみます…」
「…そう。では今から30分だけ時間あげるわ。
時間が押しているから、アラームが鳴り次第、即終了よ。
これが彼の人生最後の射精になるわ。悔いが残らないように、最高の射精にしてあげなさい。
それでは、開始よ」
時間が限られているから、躊躇はしていられない。
私は奏の陰茎に手を伸ばす。
「奏君…ごめんね…。 さわって、…いい?」
「う、うん…」
私は皮の被った陰茎の先を摘んでみた。ふにふにと、柔らかい。
初めて触る、男の子の感触。僅かに弾力があって、気持ちいい。
しかし射精する為には、これが硬く勃起しなくてはいけない。
その為には、性的な刺激と興奮が必要だ。
奏君は、私の裸体からずっと目を逸らしている。
「あ、あの、奏君…。良かったら、私の裸…、見てもいいんだよ…?」
「あ、う、うんっ…。ご、ごめんね…」
奏君は遠慮がちに、私の身体を視界に収める。
私は、奏君が見やすいように、両手を後ろに組み、恥部を曝け出した。
奏君の視線が、上下に動く。
たどたどしい彼の視線に、羞恥心が込み上げ、私は顔を赤らめる。
しかし、当の奏は焦っていた。
奏の目の前には、同級生の女子生徒の裸体がある。
一之瀬梨花という高嶺の花。
そんな彼女の乳首と、濃く生い茂った陰毛が、自分の為に惜しみなく晒されている。
普段であれば、激しく興奮し、一瞬で勃起しているだろう。
しかし、この後待ち受ける恐怖と絶望により、奏の陰茎は縮み上がっていた。
梨花は、一切反応を示さない陰茎に、僅かに自尊心が傷つく。
それでも勃起させようと、そこに触れ、拙い刺激を繰り返す。
奏は目を閉じ、陰茎の感覚に集中する。
生まれて初めて感じる、異性の細く繊細な指による、優しい刺激。
しかし、やはり反応しない。
ただ、過ぎていく時間に、二人の焦りは増していく。
このままでは駄目だ……。
私は、奏君の好むAVのジャンルを思い出す。
確か貧乳系と…、匂いフェチ…?
私の胸は、それ程大きい訳ではないが、断じて貧乳ではない。
奏君の好みではないのかもしれない…。
匂いフェチとは、一体どんなものだろう。
女性の体臭が好きなのだろうか。
何処か、特定の場所の匂いに興味があるのかもしれない。
性的知識に疎い私には、それがどういったものなのか、理解できない。
しかし、自分自身が人には言えぬ特殊な性癖を抱えている今、なるべく他人の嗜好を否定したくない。
どんなものに性的興奮を覚えるかは、人それぞれだ。
自分には全く理解の及ばない事でも、それを嗜好する人間にとってはとても価値のある事なのだ。
試しに、脇の匂いでも嗅がせてみようか…?
しかし、私が勝手に彼の嗜好を想像して、無理に嗅がせるのも恥ずかしいし、気が引ける。
もしドン引きでもされたら、かなりショックだ。
こういう時は、本人に聞くのが一番だろう。
「あの、奏君…。私に、何かして欲しいことって、あるかな…?」
「え…? …して欲しい…こと…」
奏は躊躇った。
内に秘めた、変態的な願い。
梨花に、気持ち悪いと思われるかもしれない。
しかし、もうこれが、人生最後の射精になる。後悔はしたくない。
奏は恥を捨て、自身の恥ずべき願いを、言葉にした。
「ご、ごめん…。 一之瀬さんの…、お尻の穴の匂い、嗅がせて…ほしい…」
「ええっ!?」
私は、顔を真っ赤にした。
予想外の願いに、激しく戸惑う。
それは、流石に恥ずかしい…。
自分の後ろの穴など、自分でも見た事がない。
その穴を、ただ見せるだけでも勇気が必要なのに、匂いを嗅がれてしまう。
体は毎日しっかりと洗っているが、当然こんな事は想定していない。お尻の穴まで清潔に出来ている自信がなかった。
汗もかいているし、かなり臭うかもしれない。
無理だ…、恥ずかしすぎる…。
「あ、あのさ…」
私は、断ろうと奏君の顔を見る。
彼は目を潤ませ、恥ずかしそうな表情で、顔を真っ赤に染めている。
こんなお願い、彼自身も恥ずかしいのだ。
それでも、人生に悔いを残さないために、恥じらいを押し殺し、秘めた願いを口にしたのだ。
その懸命な想いを、安易に否定する事はできない。
私は尻込みしながらも、その先の言葉を紡ごうとした口を、無理矢理に閉じた。
「あら、そういう事なら、今の状態じゃ難しいわね。
手術台の角度を元に戻してあげるわ…。
一之瀬さん、彼のお願いを叶えてあげなさい…」
手術台の傾斜が、水平へと戻されていく。
これが、彼の人生に於いて最後の射精なのだ。ちゃんと気持ちよくなって欲しい。
私は覚悟を決める。
私は手術台によじ登り、奏君に背を向ける。
羞恥と不安。私はそれに耐えながら、彼にお尻を突き出す。
そして徐々に、奏君の顔へと、その穴を近づけていく。
奏の眼前に、梨花の不浄の門が迫った。
燻んだ穴。その穴を囲むように毛が茂っている。
「こ、これでいいかな…?奏君…」
梨花が不安そうな表情をみせた。
奏は顔を紅潮させ、その穴に鼻先を押し付ける。
「やっ…!?」
梨花が、身体をビクッと反応させる。
奏は、押し付けた鼻腔から、梨花の、その穴の匂いを思う存分に堪能する。
ああ…、恥ずかしい……。
思いっきり嗅がれている。私の一番汚い場所の匂いを、鼻を押し付けて。
汗の混じった、饐えた臭い。
その独特な匂いは、決していい香りとはいえないだろう。
しかし、だからこそ、奏にとっては、魅惑の香りとなる。
美しい女子高校生の不清潔な場所から放たれる香り。
それは、奏に強烈な興奮をもたらす。
激しい羞恥にぼやける視界の中、梨花のすぐ目の前にある奏の陰茎が、インモラルな悦びに成長を始める。
「あ…、奏…くん…」
裸を見ても、手で刺激しても、反応しなかった陰茎が勃起していく。
ちゃんと、悦んでくれている。
恥ずかしいけど、嬉しい…。
私はそこを、そっと握る。
脈打ちながら、グングンと、太さと、硬さを増していく。
握る私の手を、内側から強い圧力で押し広げていく。
「凄い……」
初めて感じる、勃起した陰茎の感触。
完全に頭を出した、張りと艶のある亀頭。
血管が浮き出し、熱く脈打つ、淫欲に塗れたふしだらな肉茎。
これを…、私…、切らせてもらえるんだ……。
やった………!嬉しい………!!
そう思った途端、私の性的興奮が急激に高まっていく。
秘所から愛液が大量に溢れだす。
奏は、肛門の臭気を嗅ぎながら、愛液の滴る秘所を、舐め上げる。
「あんっ…!?か、奏君っ…!」
気持ちいいっ……。
私も負けじと、陰茎を扱き始める。
「うああっ…!」
お互いの性感が、どんどん高まっていく。
そして同時に、奏の奥底に秘められた願望も、更に強まっていく。
人の欲望は留まる事を知らない。
一度満たされると、更に欲は深まるものだ。
もう二度と機会はない。断られてもいい。言わなければ、きっと一生後悔してしまう。
ここまで来たら、嗅いでみたい。その臭いを。
「いっ、一之瀬さんっ…!」
「……? ど、どうしたの…、奏くん…? もう、イキそう…?」
「…あのっ、…あのっ!」
「………?」
一体どうしたのだろう。
私は、奏君に振り向く。
「奏くん、どうし…」
「あのっ! 一之瀬さんのおなら…、嗅がせてほしい…」
……………。
……………。
……………。
……………は?
……え?ちょっと待って。聞き間違いかな?
今、おならって言った?
多分、言ったよね?
私、女の子なんですけど?
普通、言う?女の子に。無理に決まってるよね?めっちゃ、恥ずかしいよ、それ?
見てご覧よ。この部屋。奏君だけじゃないんだよ?いっぱい人いるんだよ?上月凜が見てるんだよ?
しろっていうの?この状況で。
逆に聞くけどさ、奏君はできるの?いっぱい人のいる部屋で、女の子の目の前で、お尻だして。
無理だよね?じゃあさ、私は、も…
「お願いっ!一之瀬さんっ…!ボクはっ、もう…、もう…、最後…なんだ…」
奏君の目から涙が零れた。
「…………」
社会的に見て、女性が人前でおならをするのは、禁忌とされている。
今の私にとっては、裸を見られるよりも、遥かに恥ずかしい行為だ。
それなのに、その臭いを嗅がれるなんて、ありえない。
そんなもの、ただ臭いだけだ。
しかし…。
私は、自分を省みる。
私の性癖だって、一般的には、決して受け入れられるものではない。
人体の一部が切断されるのだ。
しかも、その部位が持つ役割を考えれば、倫理的にも許される事ではない。
常人にとっては、余りにも衝撃的で、グロテスクな嗜好だろう。
恐らく、奏君の性癖も似たようなものなのだ。
私にとってはただ臭いだけでも、彼にとってはその臭いも、性的な興奮を与えてくれる魅惑の香りへと変わるのだ。
奏君にとって、人生最後の射精。
それを、最高のものにする為、私はもう一度だけ恥を忍ぶ。
嗅がせてあげる…。でも……。
この後、私には最高のご褒美が待っている。
その悦びが、私の激しい羞恥心を、いくばくか麻痺させる。
射精したら、奏くんのチンチン…、遠慮なく切らせてもらから…。
「奏くん…。ほんとにいいの? 絶対、臭いよ…?」
奏君は、私の言葉に驚いた後、嬉しそうに頷いた。
「うんっ、うんっ!大丈夫!…お願い…します」
私は顔を赤らめながら、目を閉じ、深呼吸する。
そして、押し寄せる羞恥心を懸命に振り払いながら、お腹に力を込めた。
「ふっ…!んんっ……!」
奏の鼻先で、梨花の肛門が、収縮する。
内部の香りが僅かに漂う。
期待と興奮で、奏の陰茎が、大きく膨張する。
「くっ…、ふぅんっ…!んんん……!」
私は歯を食いしばりながら、力を込め続ける。
しかし、中々出そうにない。
出せと言われて、簡単に出るものでもない。
恐らく、羞恥心も邪魔をしている。
一向に出る気配がないまま、時間がどんどんと過ぎていく。
奏の陰茎からは、先走り汁が溢れている。
凄く期待してくれている。
その期待に応える為、顔を真っ赤にしながら、私は力み続けた。
そして遂に、その気配を感じた。
出そうだ。
「あっ、奏くんっ…。そろそろっ、出る…かも…」
奏の心臓が、ドクンと高鳴る。
遂に、嗅げる…。
「う、うんっ…!」
「ほ、ほんとにいい…? するよ…?」
「うん、お願い…!」
私は目を閉じ、覚悟を決めた。
「……んっ……」
力むと同時に、梨花の肛門が、恥ずかしい音を奏でた。
奏は、その可愛らしい音と共に放たれた魅惑の香りを、肛門に密着させた鼻から、大きく吸い込む。
思わず顔を歪めてしまう程の、その強い香りは、奏の人生において最大の興奮をもたらした。
陰茎が激しく悦び、ビクンビクンと、脈動する。
極限まで血液を送り込まれた陰茎は、痛みを伴うほどに張り詰めた。
「はあっ…!い、一之瀬さんっ、お願い…!」
羞恥に悶えていた私は、その言葉にはっとなり、彼のはちきれそうな陰茎を掴む。
そしてその手を、上下に激しく動かした。
「あっあっあっあっ…!気持ちいいっ!気持ちいいっ…!」
最高潮に興奮する陰茎に、一瞬にして射精感が込み上げてくる。
人生最高の快感を伴う、お下品で最低な射精が、目前に迫ったその時……。
ピ―――、ピ―――、ピ―――……
無情な電子音が、室内に鳴り響く。
その瞬間、奏の心臓が、冷たい何かに鷲掴みにされる。
「そこまでよ。一之瀬さん。手を離しなさい」
………え………? 駄目…なの……?だって…、もう…。
私は唖然としながら、言われたとおり、陰茎から手を離す。
「一之瀬さん!お願いっ!あと少しだけ擦って!もう、本当に出そうなのっ…!
お願いっ…!!」
奏君の陰茎が、射精を求めて、ヒクヒクと跳ねている。
私はそこに手を伸ばす。
「一之瀬さん」
どこか冷たさを感じる声に、私は伸ばしかけていた手を止め、その声の主に振り返る。
鋭い眼光が、試すように私を見つめていた。
背筋に冷たいものが走る。
射精させてあげたい。だってきっと、あとほんの少しなのだ。
でもそうすると、ルールを破ることになる。
もしかすると、試験が失敗という扱いになるかもしれない。
それだけは、駄目だ。絶対に。
日向君との幸せな未来が失われてしまう。
残念だが、リスクは犯せない。
私は力なく、伸ばしかけた手を下ろした。
「一之瀬さんっ…!!は、はやくっ…!」
「犬飼君…、残念だけど30分というルールよ。
とても辛いと思うけど、最後の射精は、もう諦めなさい」
奏君は、絶望の表情を浮かべた。
「そんなっ!嫌ですっ!射精させて下さいっ…!だって、もう出来なくなる…!!出したいっ、出したいですっ…!!もうあと少しなんです!!」
「さあ、一之瀬さん。止血用のバンドよ。彼のおちんちんの根元を、これで縛りなさい」
彼の訴えを無視し、上月凜が私に止血バンドを差し出す。
私は、胸を痛めながらもそれを受け取り、限界まで膨張した陰茎にくぐらせる。
その陰茎の先からは、まるで涙を流すように大量の先走り汁が流れ出している。
「やめてっ!!先に射精させてっ!!お願い!一之瀬さ…」
奏君の声を遮る様に、私は思いっきりバンドを締め上げた。
「あああっ!!」
私だって射精させてあげたい。でも、日向君を救う為には仕方がないのだ。
それに奏君が、あんなお願いをしなければ、時間内に射精できていた筈だ。
おかげで私は、物凄く恥ずかしい思いをした。
……だからもう、遠慮しない……。
医療技師から、陰茎切断用の鋏を受け取る。
ずしりと感じる重み…。
今まで手にしてきた、どんな鋏よりも重い。
手にしっかりとフィットするリング。
滑り止め加工が施され、正確な力加減が可能となっているようだ。
私はその、禍々しく重厚な鋏を大きく広げ、一気に閉じてみた。
甲高く鳴り響く音、そして、手に伝わる重い衝撃に、私は戦慄する。
……凄い……。
当然、私には陰茎を切り落とした経験などない。
しかしその手応えは、確実に、いとも容易く、陰茎を切断できるであろう確信を私に与えた。
奏君は酷く青ざめた顔で鋏を見ている。
とても怖いだろう…。
でも、女の子にあんな恥ずかしい思いをさせた、このお下品なチンチンには、罰を与えなくてはならない。
遂に、待ちに待った瞬間が訪れる。嬉しくて嬉しくて、堪らない。
今から本当に、男の子のチンチンを切れる。可愛い奏君のチンチンを、私の手で。
冷たい鋏で、その熱く反り勃った陰茎の裏筋を撫で上げる。
したかっただろうなぁ…、射精。
私が選ばなかったら、いっぱい出来たんだよ…?エッチ。
したかったね…?ごめんね…?…奏くん。
左手で、艶のある、真っ赤なトマトの様な亀頭を摘み上げる。
その感触からは、果汁が中にぎゅうぎゅうに詰まっている事が感じられた。
指先を押し込むと、表面に反射した光が、指が作った小さな窪みに沿って楕円に引き伸ばされ、自然のオイルを纏った様な滑らかな艶と、はち切れんばかりの瑞々しさを表現する。
凄くエロい……。
暫く、そのトマトの弾力を堪能した後、右手に持った鋏を、ゆっくりと根元に近づける。
「やめてっ!!一之瀬さん!!こんなのおかしいよっ…!!」
二枚の刃を広げ、その間に、太く血管が浮き出し、熱く脈動するチンチンの根元を挟み込んだ。
「や……っ!!」
奏君が硬直する。
暴れていた身体がぴたりと止まり、口を閉ざす。
第一試験でもそうだった。
この状態になると、殆どの男子が抵抗を辞め、静かになる。
完全に拘束された身体は、残酷な二枚の刃から、チンチンを守る術を持たない。
鋏がいつ閉じられるか分からない恐怖に、怯える事しかできない。
私が右手に力を入れれば、簡単に、奏君の男の子としての人生を終わらせる事が出来る。
射精がしたくて、堪らないチンチンが、大きな悔いを残したまま、私に切断されてしまう。
その事実は、私をかつて無いほどに熱く興奮させ、愛液が湯水の如く溢れ出す。
しかし、彼の青ざめた顔を間近で見た瞬間、ほんの僅かに残った理性が、この状況を俯瞰で捉える。
彼から恐怖の感情が伝播し、禁忌を犯す罪の意識から逃げるように、私は目を閉じる。
「本当に、ごめんね…?」
そう呟き、右手に一気に力を込めた。
「あっ――――」
ほんの僅かな抵抗を感じた直後、金属音が鳴り響き、亀頭を摘んでいた左手の指先に重さが生まれた。
その重さが意味するものを、脳が理解する。
しかし、その余りの手応えの無さは、脳が導いた答えに疑いを抱かせる。それ以外の答えなど、在りはしないのに。
そっと目を開き、答え合わせをする。
そこには奏君の破廉恥なチンチンが、血を滴らせながら、確かに、私の左手にぶら下がっていた。
その瞬間、言葉では言い表せない快感が、身体中を電撃のように駆け巡った。
あああああっ……!!本当に、切っちゃった……!!
相手は犬や猫ではない。人間の男の子だ。
命を奪うに等しい行い。
しかし、目の前にぶら下がる禁断の悦びの前で、この行為を正当化する為の瑣末な偽善など、最早どうでもよかった。
硬かった陰茎から血液が抜けゆき、徐々に柔らかくなっていく。
軽く揺らしてみると、指先に伝わるぷるぷるとした感触。
その断面からは血が滴り、瑞々しい赤みが顔を覗かせている。
なんというエロさだろう。
「…くぅっ…はぁあっ…!あっ、あんっ、あああっ…!はああぁああああっ…!!」
怒涛の如く打ち寄せる快感の大波。
その巨大な波は、防波堤を容易く決壊させ、盛大に喘ぎが漏れ出てしまう。
男としての悦びと、夢が詰まった大切なチンチンが私の指先に摘まれ、眼前に淫らに揺れている。
その得も言われぬ卑猥さは、崩れかけた理性を崩壊させるには十分過ぎた。
ああ、ああ、美味しそう……、美味しそう……!
最早、余計な味付けや調理は必要ない。
アクや臭みも、もうそのままで構わない。
食材そのものの味を、そのままに味わいたい。今すぐに。
私は無意識に口を開け、血の滴る断面を、伸ばした舌の上へと運んでいく。
「…何をしているの?」
「………!!」
その一言で私は我に返り、手が宙に凍りつく。
冷水を浴びせられたような感覚が、体の奥から一気に広がった。
胸の鼓動はまだ速いままなのに、同時に恐ろしいほど冷静な思考が押し返してくる。
自分が今まさに越えようとしていた一線に驚愕し、皮膚の表面にぞくりと震えが走った。
気付くと、目の前には職員が立っており、私に向かって銀のトレイを差し出している。
「……………」
胸の奥がきゅっと縮み、感情が急激に沈み込む。
手放したくない。
指先に感じる柔らかさと温もりが、離れたくないと訴えてくる。
嫌だ…、食べたい…。私の物にしたい…。
抵抗するように、未練が心の内側に爪を立て続ける。
しかし、いつまでもそうしている訳にはいかなかった。
「……どうぞ……」
言葉と共に、奏君の美味しそうなチンチンと、それを切り落とした夢刈りの鋏を、トレイの上へそっと並べる。
掌から離れた瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような気がした。
まるで失恋のような切なさが込み上げる。
奏君を見ると、だらんと頭を垂れている。意識を失っているようだ。
余り苦しまずに済んだのは、せめてもの救いだろう。
「おめでとう。第二試験もクリアよ。…とっても、素敵なショーだったわ…。
これで全試験終了後、神谷くんには性交渉の自由が与えられる。
まあ、術後のリハビリも必要だから、すぐにセックスは無理でしょうけどね」
「ありがとう…、ございます…」
彼を乗せた手術台が、静かに運び出されていく。
誠実でありたいと願っていた私の心と、底知れぬ欲望と興奮を覚えた自分が、内面で激しく衝突している。
理性は罪を断罪し、しかし身体はその罪を深く享受している。
心の奥底で、私は恐怖する。
いずれ穢れに呑み込まれ、私はもう、私ではなくなるかもしれないと。
でも同時に、抗えない衝動に身を委ねる事が、こんなにも魅惑的なのだ。
それが最早意味を成さないことは、とっくに気付いている。
誰に向けての、何の為の言い訳なのかも、もう分からない。
それでも私は自分に言い聞かせた。
これは日向君を救う為の、必要な犠牲だったと。
「さて、次がいよいよ最終試験よ」
医療技師数人に囲まれた手術台が、室内に運び込まれてきた。
手術台に乗せられた人物は、上半身を手術用のドレープで完全に覆われており、何も纏わぬ下半身は、両脚は大きく開脚させられ、厳重に固定されている。
そして開脚させられた股間部には、男性に無くてはならない物が欠如していた。
陰茎が無い。
それが本来あった筈の場所には縦の縫い目のみが残されており、その下に金玉だけがぶら下がっている。
「さあ、最後の試験を始めましょうか。
第三試験の内容は、最もシンプルなものよ。
…彼を、去勢しなさい」
去勢。
人間に対して使われて良い言葉ではないが、問題はそこではなかった。
「…でも、彼にはもう、ありません。…その、チンチンが…」
「ええ、おちんちんはないわね。けど、去勢とは本来、繁殖を防ぐ目的で精巣を取り除く事を意味する言葉よ。
ほら、そこに、他にもぶら下がっているものがあるじゃない…」
私は、その哀れな男子の金玉に視線を向ける。
「…つまり、金玉を切除する…、という事でしょうか…?」
「…いいえ。切除するのではなく、……潰すのよ。
器具は使用せず、あなた自身の手でね…」
「!?」
潰す…。
私は、日向君の受けた公開措置を思い出す。
女性のか弱い力であっても激しく悶え苦しみ、遂には失禁までしていた。
第一試験でいなり寿司を軽く跳ね上げられた男子も、脂汗を滲ませ、激しく悶絶していた。
それほど痛みに弱い器官を、潰す。
女である私には、その苦痛が一体どれ程のものなのか、想像もつかない。
「そ、そんな事をして、この人は、大丈夫…なんですか?」
「さあ、どうかしら。けれど彼にとっては、それが救いになるかも知れないわよ?」
「……?それは、どういう…」
「彼にはペニスがない。つまり、射精し、性欲を発散させる術が無い。
にも拘らず、取り残された睾丸は、毎日活発に活動し、元気な精子を作り続ける。
彼は発散させる事の出来ない性欲に、日々苦しめられている…。
睾丸が無くなれば、性欲も失われるでしょう?
あなたが睾丸を潰してあげることで、彼を苦悩から解き放ってあげることができるのよ」
私は彼と同じ境遇の男性が、性欲から開放される為に金玉の除去を行ったという経験談を、ネットで読んだことがある。
実際その男性は、その後一切の性欲が無くなり、それによる苦痛から開放されたらしい。
しかし、問題はそこでは無いだろう。
金玉は男性にとっての、最大の急所と言われている。
金玉に損傷を受け、ショック死したという男性のニュースを、幼い頃に見た記憶がある。
命に関わる程の痛みを、この男子に与えなくてはならないという事だ。
彼は恐らく、想像を絶する程の苦しみ味わうのだろう。その苦しみは、陰茎の切断を遥かに凌駕するのだろう。
余りに残酷過ぎる、禁忌の行為だ。
この第三試験で得られるものは、私自身の自由。
日向君は既に救われている。
日向君の為にという、大義名分に寄りかかる事は、もう出来ない。
でも、今更後に引く気は毛頭ない。
私は、日向君との幸せな未来を掴み取る。
何故なら私達二人は選ばれた人間だ。優秀な遺伝子を後世に残す義務がある。
ここまで多くの男子達が、その為に陰茎を失い、この先、絶望と屈辱に塗れた人生を歩んでいくのだ。
ここで辞退すれば、彼らの犠牲を無駄にしてしまう。
絶対にやらなくてはならない。それにこれが、最後の犠牲者だ。
私はゆっくりと目を閉じ、深く呼吸を繰り返す。
どれだけ他人が傷つき苦しもうと、どんな烙印を背負おうと、私はやらねばならないのだ。
開いた梨花の目には、まだ迷いが残っている。
しかし、その奥には確かな覚悟の光を宿していた。
「あら、いい表情ね…。
つまり、辞退しないという事でいいかしら?」
「……はい、やります……」
「ふふふ…、割とあっさり決断したわね。もうちょっと、色々考えた方がいいと思うけど…。
……まあ、いいわ。
今回はかなり悲惨な状況になると思うから、あなたの精神的な負担を軽減する為に、上半身を布で覆い、口枷もしてあるわ。
睾丸は、その機能の重要性から、高密度の痛覚神経が備わっている。
長時間に渡って激痛を与え続けると、命に関わる危険性もある。
彼の事を考えるなら、なるべく時間を掛けずに、潰してあげなさい。
では、最後の試験を開始しましょう…」
私は彼に近付き、恐る恐る手を伸ばす。
初めて触れる場所。
指先で捕らえ、その部位の感触を確かめた。
彼の脚が怯えたように、ビクっと反応する。
揉んでみると、とても柔らかな感触だ。陰嚢の裏側が、僅かに汗ばんでいる。
そしてその柔らかな袋の中に、確かに二つ、楕円形の丸を帯びた器官が存在していた。
俗に金玉と呼ばれている物。命の種を創る大切な場所。
今自分が触れているものが、これがそうなのかと、感動する。
本当に、玉なんだ…。
袋の中でコリコリと動く。触ってみた感じ、弾力があり硬くはない。漫画やアニメ等では、男性が股間を強打した際の音を、金属音の様な擬音で表現する事が多い。硬い物なのだろうかと不安に思っていた。
寧ろ、とても脆そうな印象だ。これならば自分の握力でも潰せそうだと感じられた。
私は再び深呼吸する。
両手で、それぞれ一つずつ、睾丸を握り込む。
そして恐る恐る、その手に力を込めていく。
彼の反応を窺いながら、少しずつ、少しずつ、握る力を強めていく。
彼の脚が、ビクッと、力むのを感じた。
「!」
一瞬躊躇し、手を止めそうになるが、更に力を強めていく。
まだ大して強い力は込めていない。しかし、脚が睾丸を庇おうと必死に閉じようとする。
「っ…。ごめん…なさい…」
額に嫌な汗が滲む。でも止めるわけにはいかない。
更に力を込めた時、彼の脚が、腰が、下半身全体が、激しく暴れだした。
胸の奥に鋭い針が突き刺さるようだった。
思わず視線を逸らした。しかし相手の苦しむ息遣いが耳から離れない。
強める力に比例して、苦痛を訴える呻きと、悶え苦しむ体はその激しさを増し、自分自身の心も同時に締め付けられていく。
際限なく苛烈さを増していく生々しい姿に、私の心が遂に限界を訴える。
咄嗟に両手を離し、ぺたんと尻餅を着いた。
心臓がバクバクと早鐘を打ち、両手がブルブルと震えている。
怖過ぎる…。もう辞めたい…。
その思いが喉元まで込み上げそうになる。
でも、絶対に逃げるわけにはいかない。最後までやり遂げなくてはならない。
金玉が、潰れるまで……。
恐る恐る力を加えていく今の方法では、彼に無用な苦しみを与えてしまう。
やるならば、恐怖を捨て、一気に、一思いに、潰してしまわなければいけない。
それは、彼の為だけでなく、そうしなければ、私自身の心が先に折れてしまいそうだからだ。
彼から漏れ出る呻きは、震える下半身は、耐え難い苦しみを訴える叫びそのものだ。
それでも私は、ゆっくりと立ち上がり、再び彼の金玉を掌に握る。
彼の腰が跳ね、いやだいやだと、腰を左右に激しく揺すられる。
声にならない声が、その動きから嫌と言うほど伝わり、心を削る。
しかしこの時、私の中にほんの僅か、嗜虐の火が灯るのを感じた。
…本当にごめんなさい。
私と日向君の未来の為に、あなたの金玉を潰さなくてはいけない。
それはもう、避けられない運命なのだ。
諦めて、受け入れてほしい。
私は覚悟を決める。
彼がどれだけ苦しみ暴れようと、金玉が潰れるまでは、決して手を緩めないと、心に誓った。
私は彼の睾丸を、全身全霊の力を込め、握り締めた。
「っくっ…!!ふっ…!んんんんんんんんんん…!!」
彼の身体が、凄まじい力で、激しく暴れ、悶えまくる。
「ううう…んんんんんっ!!…お…願いっ…、早くっ…早く潰れてぇっ…!!」
顔を赤く歪ませ、全身を震わせ、歯を食いしばりながら、渾身の力を込め続ける。
しかし、潰れない。
痙攣する脚が、漏れ出る呻きが、その壮絶な苦しみを伝えてくる。私の精神がひび割れていく。
そしてもう、握力が限界に近い。
その時、左手に握り締めていた金玉が、ぶりゅんと、手の内側から外へと逃げ出した。
その瞬間、彼の下半身が大きく跳ね上がる。
驚いた私は睾丸から手を離し、激しく息を切らしながら、その場にへたり込んだ。
「はあっ、はあっ、はあっ…!…っどうして…!どうして…潰れないっ…の…?」
彼の下半身から夥しい汗が噴出し、拘束を引き千切らんばかりに激しく暴れている。
余りにも悲惨で見るに耐えない。
もう嫌だ…!心が折れそうだ…!
簡単に潰れそうだと思ったのに、全く潰れる気配が無かった。
私の力が足りないばかりに、只々、彼に無用な苦しみを与えてしまった。
私の目に涙が滲む。
そんな私に上月凜が語りかける。
「潰れなかったみたいね…。それはそうよ。あなたの握力は両手とも35kg程度…。
女子の平均握力からするとかなり高い方だけど、睾丸を潰すにはとても足りないわ。
睾丸を潰す為に必要な圧力は60kg前後といわれているの。
けれど、その情報も不確かなものよ。もっと、必要になるかもしれない…。
彼、とっても苦しそうね…。
彼の為にも、最善の方法を考えてあげなさい」
60kg…。仮に、両手で纏めて握り締めたとしても、単純に握力が倍になる訳ではない。
正確に力を重ね、金玉に伝えるには、技術も必要になるだろう。
私の体重は43kg…。いけるだろうか。
私は目を閉じ、乱れた呼吸を整える。そして起き上がり、彼の金玉を見つめる。
赤く腫れあがっている。
下半身は酷く痙攣し、これ以上は耐えられないと、限界を訴えている。
とても痛ましい姿だ。
しかし次こそは必ず潰してみせる。
…だからごめんなさい…。
もう一度、もう一度だけ…、耐えてほしい…。
私は試しに、彼の二つの金玉をまとめて右手で握り、その上から左手を包み込むように重ねてみる。
やはり、これでは恐らく無理だろう。
先程全力で握り締めた時もそうだったが、金玉は非常に逃げやすい。
圧力を加えるとほんの僅かな逃げ道を見つけ、力の弱い方向へと滑る様に移動し、掌の隙間から簡単に飛び出してしまう。
やはり片手に一つずつ、しっかりと握りこまなくてはならない。
勿論、両手で一つずつ潰していく方が確実だが、彼のことを考えれば、一度で終わらせてあげるべきだ。
金玉が滑らぬよう左右の掌に一つずつ、しっかりと握りこみ、そして握り締めた拳を彼の太ももの付け根へと押し当てる。
どうか、許して欲しい。
私は日向君との幸せな未来を必ず掴み取る。絶対にあなたの犠牲を無駄にはしない。
私は感情を殺し、再び全身全霊の力を込めた。
「ぐううううッッ!!」
そしてそのまま重心を、握り締める両手に移動させ、両の足を地面から浮かせる。
全体重を両手の中にある二つの金玉へと集中させた。
「お願いっ…!!潰れてっ…!!」
しかし、まだ潰れない。
私は、全体重を金玉に乗せた状態で、心臓マッサージを行う様に、肘を伸ばしたまま、何度も何度も身体を上下に跳ねさせる。
気が狂ったように、一心不乱に、身体を上下に揺さぶった。
そして遂に、その瞬間が訪れた。
時間が止まったように、緩やかに感じた。
確かに存在した、弾力のある輪郭が崩れ、その内部にあったものが、掌の隙間に染み込む様に、逃げる様に広がっていく。
私の身体が、その輪郭の高さ分沈み込み、耳の奥で、ありもしない小さな音が弾けた気がした。
あ……、潰れ…た……。
私の視線は真っ直ぐに前を見つめたまま、固まる。
その視界の隅に映る彼の身体は、完全に静止している。
私は両手に強く残る感覚に、身体を震わせる。
この行為がもたらした結果に、恐怖心を覚えると共に、身体が熱を帯びている事に気付く。
単なる恐怖の余韻ではない。胸の奥で蠢く感覚は、自分の行った非人道的な行為を享受しているかのような、背徳の興奮だ。
恐怖と禁断の悦びが渾然一体となり、息を詰まらせる。
私の理性の殻は、彼の睾丸と共に、砕け散ってしまったのかもしれない。
「はぁ…、はぁ…」
私は床へと両脚を下ろし、体重を預けていたその場所から、震える両手を離す。
内出血によって赤黒く変色し、膨張した陰脳が、そこにあった。
呼吸が浅くなり、喉の奥に小さな吐き気が込み上げる。私はただ茫然と自分の両手を見つめた。
「おめでとう。最後の試験も無事に終わったみたいね」
私は恐る恐る、視線を彼に戻す。彼の身体は、やはり微動だにしていない。
意識を失っているだけなのか、それとも…。
両手の震えが止まらない。
私はずっと、最悪の可能性から目を背けている。
「…これで…、…私と、日向君は…、自由、なんですよね…?」
「ふふふ…、そうね。あなたはこれで自由よ。けれど、神谷君の方は…、どうかしらね?」
……………。
……………。
……………。
……………。
……………は?
「…なっ!?ふ、ふざけないでっ…!試験は全部クリアしました!嘘だったって事ですかっ…!?」
「いいえ、私はルールを破ってないわ。けど、彼が無事かどうか、私にも分からないのよ。
だって彼…、さっきから全く動いてないじゃない?」
……え……?
え?え?え?え?え?
え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?
背筋が一瞬にして凍りつき、心臓が暴れだす。
そんな、そんな…。え?嘘…、だよね…。
だって、だって、だって、だって……
上月凜が、彼に歩み寄る。
そして、彼の上半身を隠していたドレープを取り払った。
そこには、変わり果てた日向君の姿があった。
彼の顔は苦痛の余韻に引きつり、髪は激しく乱れ、眉間には深い皺が刻まれていた。
血の気を失った頬は青白く、一瞬前まで焼けつくような痛みに覆われていたであろう表情が、今はただ、静かに沈み込んでいる。
その有様は、彼が味わった壮絶な苦しみをありありと物語っていた。
「いやああああああああああああっ!!!日向君っ!!!日向君っ!!!やめてええええええええええええっ!!!」
私は絶叫しながら、膝から崩れ落ちた。
上月凜がバイタルモニターを確認する。
薄い緑色の波形は、まるで力尽きた糸のように水平へと伸びている。
「心肺が停止しているわね…。
彼、満足に食事も摂っていなかったし、極度の鬱状態が続いて、かなり衰弱していたのよ。
そんな状態では、無理もない結果ね…」
彼女から告げられた言葉は、ただの音ではなく、重みを持って胸の奥に落ちてくる。
私の耳に届いた瞬間、世界の色が薄れていく。
かすかに震える息だけが、自分の存在をこの世界に繋ぎとめているようだった。
「私としては、彼が神谷君である可能性に気付いたあなたが、愛と自由を天秤にかけて、激しく葛藤する展開を期待していたのだけど…。
まあ、これはこれで楽しめたわよ。ありがとう」
「あ、あ、あ、あ、あ、…お、…お願い…します…。日向君を…助けて…助けてください……」
私は床に這い蹲りながら、定まらぬ震える視界で上月凜を見上げ、縋りつく様に懇願した。
「彼…、もう男じゃないのよ?
仮に一命を取り留めたとしても、あなたが望んでいた未来はもう、手に入らない。
それに彼自身が、生きる事を望んでいないかもしれないわ。
それでも、彼を助けたいのかしら?」
「私に出来ることなら何でもします……。どうか、日向君を助けてください…。お願い…します」
「あら、何でもするのね…?
そういう事なら、彼を救う為に出来る限りの事をしてあげるわ。
但し…、彼が救われた時には、本当に〝何でも〟してもらうわよ?
いいのね…?」
「構いません。だから…、どうか……」
このまま日向君が死んでしまったら、私の心も死ぬ。
日向君の命が救われるのなら、私はどうなってもいい。死んだっていい。私は本当に、何だってしてみせる。
「契約成立ね…」
凜は、冷たい微笑を浮かべた。
――仄かに明かりの灯る部屋。
天蓋付きのベッドは、純白のレースがふんわりと垂れ下がり、まるで小さなお姫さまの寝台のようだった。
天井から零れる淡く柔らかな光が、レース越しに彼女の顔を微かに照らしている。
部屋の壁には、所狭しと可愛らしいぬいぐるみ達が並べられ、薄闇に沈む彼らの丸い瞳が、ぼんやりと光を返し、彼女を見守っている。
柔らかな枕に頬を埋め、まるで守られるように膝を抱え、深い眠りの底にいる愛しい人。
静かな寝息が、薄く結ばれた唇の端をかすかに震わせ、安らかな表情を浮かべている。
その傍で、私は彼女の頬をそっと撫でる。
ひどく繊細なものに触れるように。
記憶を呼び起こさぬように。
ただ、安らぎだけを渡すように。
指先が触れた瞬間、胸の奥にひりつくような痛みと、彼女を生涯を掛けて、守りたいという固い決意が渦を巻いた。
「……大丈夫。もう辛いことは、何もないよ」
私は囁くように、優しく声を掛けた。
彼女の寝顔を見ながら、言葉に出来ない感情が込み上げ、目に涙が浮かぶ。
彼女の眉がかすかに震えた。
まどろみの中からゆっくりと意識が浮かび上がり、閉じた長い睫毛が小さく影を揺らす。
「……ん……?」
彼女はゆっくりと目を開けた。
薄暗い光が、美しい瞳に反射し、ぼんやりと私の姿を捉える。
状況を理解できていない幼子のような表情。
「ん…、リカちゃん…、泣いてる…の…?」
私は慌てて涙を拭う。
「ううん、大丈夫だよ、ヒナちゃん…。私も眠たくなって…、ちょっと、欠伸しただけ…」
彼女は、シーツから出ていた片腕をゆっくり持ち上げると、私の手首を掴む。
その指先はとても優しく、けれど確かな意思を含んでいた。
次の瞬間、彼女はそっと私の身体を引き寄せた。
力任せではなく、まるでぬくもりを求める幼い子供のように。
私の上半身が、ベッドの柔らかなマットレスに沈み込む。
「……ねえ……」
かすれた声が、静寂に溶けた。
僅かに頬を紅潮させ、潤んだ瞳を向けてくる。
「……また……気持ちよく…、して欲しい……」
囁きは、どこか心細い。
まるで、独りになる事を恐れているような声。
私は彼女を不安にさせぬよう、手を引かれるまま、天蓋の内側へ身を滑らせた。
薄暗いレースがふたりを包む。
外の世界から切り離された、小さな秘密の空間。
私は彼女の存在を確かめるように、優しく抱きしめる。
温もりに触れた彼女の呼吸は、ゆっくりと落ち着き、瞼がそっと閉じられていく。
唇を重ね、お互いに舌を絡ませ合う。
日向君は、男だった頃の記憶を全て失っていた。
輝かしい誉れの記憶も、絶望の闇へと呑み込んだ辛い事実も、そして、私の事も…。
だけど、これでいい。
彼女を蝕むものは、もう何処にもない。
彼女の心は新たに生まれ変わり、かつて抱えていた苦悩や痛み、深く抉られるような喪失感も絶望も、もうそのどれもが、今の彼女を追い詰めることはない。
痛みに囚われた男としての過去を、思い返して苦しむ必要はない。
私は彼女を深く愛し、彼女もまた、無垢な心で私を愛してくれている。
恋に奏でた鼓動も、未来に描いていた形も、もう同じではない。
異性として愛し合うことは叶わない。
けれど、私はもうそれを悲劇とは思わなかった。
大切なものは、出来なくなった何かではなく、失わずに残ったもの、そして、これから育っていくもの。
彼女が新しく歩み始めた人生に寄り添えること。
彼女がもう、涙を流さずに済むこと。
そして、彼女が私へ向ける静かな愛情を、受け取れること。
それだけで十分だった。
「リカちゃん…入れて……?」
彼女はこちらに背を向け、お尻を突き出し、私の愛を求めてくる。
彼女が見せる表情も、仕草も、かつての影はなかった。
彼女の囁きは幼く、真っ直ぐで、どこまでも優しい。
過去の記憶とは無縁の、澄んだ好意と、穢れのない無垢な愛情の気配。
そんな彼女の視線を受け止める度、胸の奥が切なく、温かくしめつけられた。
私は、装着しているペニスバンドにローションを垂らす。
これは、只のペニスバンドではない。
ディルド部は男性器を模した作り物ではなく、勃起した状態に加工処理された、本物の陰茎だ。
かつて男だった頃の、彼女の股間にぶら下っていた物。
それが今、ゆっくりと、自身のアナルへと挿入される。
「あぅ…ん…、…ああっ…」
「大丈夫…?痛くない…?」
「うん…、大丈夫…」
私は背後から、彼女の両乳首を優しく刺激し、同時に腰を動かす。
彼女は嬉しそうに、何処か儚い喘ぎを漏らす。
まさか自分を善がらせている性玩具が、かつて男だった頃の自分の陰茎だなどとは、夢にも思わないだろう。
無垢な彼女に対し、そのような卑しい思考を巡らせ、興奮してしまう自分を、心底穢れていると思う。
しかし、これが私という人間なのだ。
私はもう、それを、二度と否定したりしない。
根底にあるものをひた隠し、上辺だけを取り繕う事に、最早意味などない。
今の私は欲望のままに生き、そして、それが同時に、彼女を守る事にも繋がるのだ。
私は、凜お姉様の操り人形となった。
お姉様の命じるままに、施設を訪れた客をもてなし、外の世界では得られぬ興奮と、快感を提供する。
常人ならば、正常な精神を保つことは難しいであろう狂気染みた催し物を、欲望の肥え太ったお客様方に披露するのだ。
しかし今の私にとって、それは決して苦な事ではなかった。
お姉様は、男に対しては容赦無いが、女に対しては寛容な心を持つ。
全て思いのままにする力を持ちながらも、決して無理を強要せず、本人の意思を尊重してくれる。
彼女が私に命じる事は、決して理不尽な事でも、困難な事でもない。確かに求められるものは、道徳に反し、倫理的な問題を孕む行為ではある。
しかし、理性から解き放たれた今の私には、それが最早、生き甲斐とすら感じられるのだ。
嬉々として従う私に対し、お姉様から時折、恩恵が授受された。
この少女趣味な部屋も、愛する人との大切な時間も、そしてこのペニスバンドも。
私は今、とても幸せだ。
「あああああっ……!」
前立腺への刺激により、彼女は性的絶頂に達した。
身体を激しく痙攣させながら、うつ伏せにマットへと沈み込む。
私も、その隣へと身体を沈め、彼女に寄り添った。
彼女の快感が落ち着くまで、その愛しい背中を優しく撫でる。
「気持ちよかった…?」
「……うん……、ありがと…」
彼女は身体を起こし、枕元に置いてある、彼女専用に造られたペニスバンドを手に取る。
「今度は、私が気持ちよくしてあげるね……」
彼女が装着しようとしているペニスバンドのディルド部分は、私の兄の陰茎だ。
彼女に移植される筈だったものだが、もう、その必要はなくなってしまった。
お姉様は、私の願いを快く受け入れてくれた。
私が愛した兄の陰茎は、日向君の陰茎と同じように、特殊な加工を施され性具へと生まれ変わったのだ。
雄雄しく隆起した兄の陰茎に、背徳の興奮が湧き上がり、秘所が疼く。
私は仰向けになり、大きく脚を広げ、既に準備の整った濡れそぼった穴を、彼女に晒け出す。
さあ、兄さん…、私の中を味わって……。
「来て…、ヒナちゃん…」
「…うん…」
彼女が、私の秘所にそれをあてがった瞬間、部屋の扉がコンコンと、ノックされた。
扉が開かれ、隙間から刺し込む光に照らされた来訪者が、遠慮のない足取りで部屋の中へと踏み込んでくる。
「お楽しみの途中で悪いけど、仕事の時間よ、梨花。
そのままの格好で構わないから、すぐに来なさい」
私達は同時に小さくため息をつき、身体には未遂の熱が取り残された。これはいつもの事だ。
残念そうに俯く彼女の頬にそっと触れながら、私は微笑む。
「それじゃ、行ってくるね…。帰ってきたら、また続き…、お願いね…?」
「……うん……、待ってる…。お仕事、頑張って……」
私は彼女の頬に軽くキスをし、お姉様の元へと向かう。
今日は海外からの、大口の顧客が私のショーを見に来るらしい。まだ時間に余裕はあった筈だが、予定よりも早く訪れたのかもしれない。
いつも余裕の感じられるお姉様の、私を見る目つきが鋭い。
張り詰めた空気に、僅かに緊張が走る。
しかし、私がやるべき事に変わりはない。
穢れた欲望に忠実に従うこと。その悦びを存分に享受すること。ただそれだけでいい。
これから行われる凄惨なショーに、私の身体は、既に熱を帯び始めている。
何より、今日の仕事の報酬が、愉しみで愉しみで、仕方がない。
今回の仕事が上手くいけば、私は遂に、念願のチンチンを食す事が出来る。
切り落とされたばかりの新鮮なチンチンを使用した、最高に贅沢なお寿司を、一流の職人に握ってもらえる事になっているのだ。
お姉様から何でも好きなものを食べさせてあげると言われた時、私は迷わずチンチンを選んだ。
チンチンを食材とする料理に、お寿司を選択したのも私だ。
食材そのものの美味しさを堪能したかった私は、お寿司こそが、最も適して料理だと考えたのだ。
そして肝心のネタには、これから私が切り落とす男子生徒のチンチンが使用される。
お姉様は、食材となる男子まで私に選ばせてくれた。
施設に在籍する、沢山の魅力的な男子の中から、私が食べたいチンチンを吟味する作業は、それだけで至福の興奮と快感を与えてくれた。
酢飯に合いそうな、とても格好良くて、素敵な男の子を選ばせて貰った。
施設内でずっと努力し続け、スコアを大量に保持している彼。今の調子で卒業できれば、十分に性交渉が可能になるだろう。
それを夢見て、ずっと励み続けてきたのだろう。
だけどごめんね。私がチンチン食べちゃうから、それ…、無理なんだよね。
想像するだけで、唾液と愛液が大量に分泌される。
食欲と性欲は密接な関係があると言われている。
私にとってチンチンとは、その二つの欲望を同時に抱きとめ、調和させ、魂までも満たす究極の存在なのだ。
今まで、一体何本のチンチンを切り落としてきただろう。
最早、数える事は諦めてしまった。
それでも、彼らが見せる絶望の表情や、奏でられる魂の嗚咽は、決して飽きることのない甘美な快感を、何度でも私に与えてくれる。
恐らく生涯、私を魅了し続けるのだろう。
今日も私は、男子達の夢を刈り取り、失意の底へと誘うのだ。