ここはユナちゃんの家。
雨上がりの庭で、紫陽花が露を重たそうに湛えている。私の心は、今日の空のように、どこか透明で、それでいて期待に満ちていた。生まれた時から、私の内側には確かに「女の子」がいた。けれど、その外側との不一致に、長い間、一人で悩んできた。
2つ上の姉は、幼い頃の私の憧れだった。風に揺れるスカートの裾、陽の光を浴びてキラキラと輝く髪。何より、私には決してないと思っていた、柔らかな体のライン。特に、夏の強い日差しが照りつける日、姉と一緒に行った近所の市民プールでの出来事は、私の違和感の正体を決定的なものにした。
姉は鮮やかなピンク色の水着、私はまだ少し恥ずかしい気持ちを隠しながら、地味な紺色の水着を着た。プールサイドに腰掛け、私たちは足を水につけた。冷たい水が火照った肌に心地いい。周りの子どもたちが楽しそうに水しぶきを上げているのを眺めながら、私はふと隣に座る姉の横顔を見た。そして、何気なく姉の腰から下に目をやった時、私は息を呑んだ。水着の布地越しにもわかる、なめらかで、何の膨らみもない股間のライン。私の水着には、どうしても隠せない、不自然な突起がある。その違いが、まるで違う生き物のように感じられた。その時、私の心に湧き上がってきたのは、強い憧れだった。私も、あんな風になりたい。あの、何の膨らみもない、すっきりとした体で、この青いプールの中を自由に泳ぎたい。私の水着の中の、この不器用な存在が、ひどく邪魔に感じられた。
成長するにつれ、その願望は募るばかりだった。テレビでたまに見る水着のお姉さんのなんの膨らみもない股間。自分の体が酷く不適切で、間違っているように感じた。いらない。こんなもの、いらない。何度もそう思った。
小学校に上がったばかりの頃、私は一人で台所に立っていた。日光がシンクのステンレスを冷たく照らしている。私の手には、母が野菜を切る時に使う、小さな包丁があった。幼いながら私は、それが私の願望を叶える唯一の方法だと信じていた。震える手で、私はそれを自分のおちんちんの根元に当てた。冷たい金属の感触が、肌に吸い付くように感じられた。けれど、最後の勇気が出ず、その時は何もできなかった。
そんなある日、私はユナちゃんと出会った。隣のクラスの、小さいけれど目の強い女の子。彼女は、他の子とはどこか違う、不思議な魅力を持っていた。ある日、私は勇気を出して、誰にも言えなかった自分の悩みを、ユナちゃんに打ち明けた。
ユナちゃんは、私の話を真剣に聞いてくれた。そして、小さな唇を真一文字に結び、「私が手伝ってあげる。実は私もそうだったから」と言ったのだ。
「えっ!?」
私は驚いた。だってユナちゃんはどこからどう見ても女の子だったから。でもユナちゃんの不思議な魅力の正体がわかった気がした。
ユナちゃんの家に招かれたあの日、彼女は台所から小さな包丁を持ってきた。日光を反射して、刃先がキラリと光る。
ベッドに横になり、私は目を閉じた。ユナちゃんの小さな手が、私のおちんちんに触れる。冷たい包丁の感触が、肌に吸い付くように感じられた。少しだけ怖かったけれど、願望が叶うという強い思いが、恐怖を上回っていた。
「冷たいよ」と私が呟くと、ユナちゃんは「すぐ終わるからね」と小さい声で答えた。
次の瞬間、冷たい感覚と共に、おちんちんの根元から今まで感じたことのない忘れられない感触があった。痛みよりも先に、長年の呪縛から解放されたような、純粋な喜びが全身を駆け巡った。
目を開けると、そこにはもう、見慣れたはずのものはなかった。ユナちゃんは、少しだけ血の滲んだそれを、小さなタッパに丁寧にしまった。
「これで、ナギちゃんは、ずっと願っていた女の子になれたね!」
ユナちゃんの純粋な笑顔を見た時、私は心の底から感謝の気持ちでいっぱいになった。
それから月日は流れた。私は、心も体も、思い描いた通りの女の子になった。街を歩けば、風がスカートを優しく揺らし、陽の光が私の髪を金色に染める。あの頃、窓の外からただ眺めていた景色の中に、私は確かに存在していた。
そして今、私は愛する人とそばにいる。彼の温もりを感じるたびに、彼の瞳に映る自分を見るたびに、「ああ、私は本当に女の子になったんだ」と、心から思う。彼との触れ合いは、私が女性であることを深く実感させてくれる。
あの雨上がりの日、小さなユナちゃんと分かち合った秘密。冷たい包丁の感触と、願望が叶った瞬間の忘れられない喜び。それは、私の人生において、決して忘れることのできない、大切な記憶だ。庭の紫陽花は、今年もまた、美しい花を咲かせている。その透明な花びらを見るたびに、私はあの日の空と、小さな勇気の物語を思い出すのだ。
-
投稿:2025.03.27
紫陽花(あじさい)が呼び覚ます記憶
著者 たべっこ呪物 様 / アクセス 731 / ♥ 5