私は看護師のゆい。入院病棟を有した精神科病院に勤務している。
精神科の治療薬は、最近でこそ副作用の少ない薬が出てきたが、それでも、まだまだ男性だと勃起や射精ができなくなる薬も沢山ある。
例えば、統合失調症の治療薬のリスパダール(リスペリドン)。リスパダールは、男性が服用すると、一日量1.5mgくらいから射精の際の精液が減少し始め、一日量が2mgから3mgを超えたあたりから射精不能になる人も多い。けれどもリスパダールは、一日量0.5mgでも、勃起も射精もできなくなる男性もいる。女性の場合は、リスパダールだと生理が来なくなる人も多い。薬の量にもよるけれど。いずれも、高プロラクチン血症という副作用のためだ。
今日は新しい患者Yが来た。Yは17歳男性で初診で、統合失調症の急性期だった。女性医師がYに鎮静剤を打ち、Yには保護室から入院を始めてもらった。私たちはYに、リスパダール14mgと、あわせてセレネース10mgで治療開始した。Yは強い鎮静剤が入りしばらくもうろうとしていたため、しばらくはオムツ生活だった。Yは重度の仮性包茎だったが、看護師がオムツ交換の際に包皮を剥いてきれいに清拭した。
Yは入院して数日間の記憶がなかったようだが、目が覚めると2畳~3畳程度の広さの独房(保護室)にいた。保護室は内側から鍵が開けられず、明かりも薄暗く、中にはむきだしの便器(うちの病院は和式便器)一つと、一人用の布団が一組(一式)あるだけだった。鉄格子もあった。保護室の中はトイレの時も含めて24時間カメラとマイクが回っている。保護室には、ナースステーションと繋がっている集音マイクも付いている。女性患者さんも男性患者さんも同じく、排便のときも排尿のときもカメラとマイクが回っている。ナースステーションで、そのカメラの映像と音声を常に看護師が確認している。
病院によっては、保護室のトイレがカメラに写りこまないようになっている病院もあるが、うちの病院では、トイレ(和式便器)の様子もしっかりとカメラとマイクで確認できるようになっている。
保護室に来た患者さんの多くは、内側からは決して開かない鉄の扉を内側からドンドンと叩いて、開けてくれと叫ぶ患者さんも多い。Yもそうだった。患者さんが興奮すると、医師が鎮静剤を打ちにくることもある。Yも非常に強い不安と興奮が見られたため、何度か医師が強い鎮静剤の注射を打った。
Yは、気がつくとオムツをして寝ていた。Yは自分が保護室にいることにもオムツをしていることにも驚いたようだったが、Yはオナニーをしようとしたら、突然、勃起も射精もできなくなっていることに大きなショックを受けているようだった。
「ここに来る多くの人が通る道よ。」
ゆいは思った。リスパダールは一日2mg~3mgで射精できなくなる人も大勢いる。0.5mgでも射精不能になる人もいる。Yの処方された14mgで射精できるわけがないのだ。
Yはこれまで毎晩のオナニーが睡眠薬代わりの日課だったようで、突然予告もなしに勃起も射精も全くできなくなったことに大変なショックを受けているようだった。保護室では、水も自由に飲めないし、トイレットペーパーも、一回ごとに、必要な分しかもらえない。歯みがきのときに口をゆすいだ水も、便器に流す。
複数ある保護室の部屋によっては、トイレの水が中からは流せない仕組みになっている保護室もあって、そこの保護室では、排便をしても中からはトイレの水が流せず、時々しか見回りに来られない看護師が外からトイレの水を流すボタンを押すまで待つしかない部屋もある。
病院によっては、身体拘束や電気けいれん療法があるところもある。
保護室の患者さんが自力で食事ができるようになると、最初はしばらく保護室の中で一人で食事をする。時には、流されない大便の残った便器の横で、一人で食事をしなければいけないときもある。
女性医師が、保護室でYに説明をした。
「ここに来る男性は次のいずれかになるの。一番目は、勃起も射精もできない人。二番目は、勃起はできるけど射精ができない人(夢精もできない)。三番目は、勃起はできるけど、イッても透明な水がちょっとだけしか出ない人。」
「お薬は、退院してからも飲み続けますからね。」
統合失調症は、現在でも一生服薬が必要な人も多い病だ。
Yは約1ヶ月後に保護室から大部屋に移った。
精神科の大部屋は、自死防止のため、患者さん同士を区切るカーテンもない。
大部屋に移ると、入浴もシャワーも週2~3回しかできないため、Yはある日、包茎ペニスの恥垢が溜まって辛い、と私に打ち明けた。私は、『女性患者さんも週2~3回しか入浴もシャワーもできないから、辛いけど我慢してね。』とYに伝えた。
Yは数ヶ月後に薬を調整してもらい勃起はできるようになったが、リスパダールは依然として14mg、セレネースがセロクエルに置き換わっただけで、射精は全くできないままのようだった。Yは溜まりに溜まって淫夢も見たようだが、夢精も一切できないと言っていた。
リスパダールの他の副作用として、肥満や高脂血症、食欲亢進、口渇や鼻閉、便秘、尿が出にくい(尿閉)、眠気、だるさ(倦怠感)、女性化乳房、ニキビができやすくなる、よだれが垂れる、ろれつがうまくまわらなくなる、体臭の変化、足をひきずって歩く、小刻み歩行(薬剤性パーキンソン症候群)、アカシジアやジストニア、遅発性ジスキネジア、無オルガズム症などが出ることもある。
Yは勃起障がいや射精障がいの他にも、口渇や鼻閉、ニキビやアカシジア、ジストニア、食欲亢進や体重増加、だるさ、眠気、高脂血症、体臭の変化、便秘、尿が出にくい、女性化乳房、ろれつがうまくまわらない、よだれを制御できずに床に垂らす、足をひきずって歩く、小刻み歩行(大股で歩けない、薬剤性パーキンソン症候群)などの副作用も出ていた。
Yは男性だったが、リスパダール(リスペリドン)の副作用の一つである女性化乳房で胸が膨らんでおり、乳首が服に擦れると痛いと回診のときに医師や看護師に告げたが、担当の女医は、薬は減らせないのでそのまま様子をみるようにYに話した。
Yは週に2回の回診の度に、薬を減らしてほしいと懇願したが、担当の女医はリスパダールは減らさなかった。Yは最初の入院で約4年間入院したが、最初の退院時、リスパダールは12mgだった。
Yはそれからも入退院を繰り返した。保護室にも何度も入った。そして、最初の治療から20年後のYの37歳のときも、Yのリスパダールは10mgと高用量だった。Yは、17歳のときから37歳までの20年間、一度も射精できなかった。
Yは最初の退院から数年経って、睾丸摘出手術のできるクリニック(精神科ではないクリニックなど)に電話をし始めたようだった。Yはある時から精神科の女医や看護師の私にも、性欲があるのに射精できない苦しみから、去勢手術を受けたいと打ち明けるようになった。Yはリスパダール以降に出た新薬も試してみたが、新薬が合わず、リスパダールをずっと使うことになった。担当の女医は、Yのリスパダールを10mgからは減らさなかった。
Yは射精できない苦しみから、アナルでオナニーをしたり、陰毛を全部剃って性欲をまぎらわしたりしたこともあったらしい。けれど、射精できないので結局はスッキリしないと私に話してくれた。Yはキレ痔とイボ痔になり、肛門科にも通っていた。
Yは悩みに悩んで、ついに37歳のとき、自ら睾丸摘出手術と陰部VIOの永久脱毛を受けた。
Yは最初の入院以降もしばしば入退院を繰り返し、しばしば保護室に入ってオムツ生活になるときもあったことと、精神科病院での週2~3回の入浴の際は看護師が毎回立ち会うので、わたしたち医療スタッフは、定期的にYの陰部や全身状況を確認することができた。
Yは長年の投薬でもペニスがいくらか小さくなっていたが、37歳のときに睾丸を摘出してから、それまでよりも更に、年々ペニスが小さくなっていった。
Yの数十年にわたる入退院中に、うちの看護スタッフも時々入れ替えがあった。Yの担当になった看護師は皆、Yの「玉がない」「毛もない」「縮み上がった空っぽの陰嚢」「すごく小さな重度仮性包茎ペニスだけが付いている」陰部を確認した。スタッフの間でYは、「玉無しさん」という愛称で有名だった。
Yは40代の頃から生活保護になり、精神科病院に引き取られた。それ以降、Yは死ぬまで精神科病院の中で暮らした。Yは50歳の頃には、歯も全部抜けて、総入れ歯になった。
Yは60歳でその生涯を終えた。Yは臨終のときリスパダールは一日10mgで、Yは17歳から60歳(臨終)までの約43年間、一切の射精も夢精もできなかった。Yの晩年は、Yが45歳くらいのときには、Yは小学生低学年よりも少し小さいくらいの幼児ほどのペニスサイズになっていたが、Yは薬を飲み続けていたこともあり、それ以降も更にペニスの萎縮が進み、最後にはYのペニスは、少し大きめの女性のクリトリスくらいの大きさになっていた。
沢山の看護師が、生前のYの変わり果てた陰部を見て、またオムツ交換もした。Yは死後、献体となり、今度は沢山の学生たちが、Yの陰部を目にした。女子学生達も、こうしてまた新しい世界を知っていった。
私の勤める精神科病院では、今日も第二のY、第三のYが生まれようとしている。
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投稿:2022.04.01更新:2024.08.21
Yの一生。
著者 玉抜可憐 様 / アクセス 11738 / ♥ 50