スマホを落としただけなのに
目覚まし時計の音が鳴り響く。スマホをなくしたことを思い出すと昨夜はなかなか寝付けなかった。
「また夢を見てたのか……」
起き上がりながら、昨日の記憶を辿る。駅前の本屋で新刊を買い、いつものコンビニで昼食を買い、そして――。どこでスマホを手放したのか、全く思い出せない。
登校途中、道端で同じクラスの田中くんを見かけた。
「おはよう」
挨拶すると、彼は明らかにぎこちない笑顔で返してきた。
「あ、ああ……おはよう」
その反応が妙に引っかかる。教室に入ると、いつもなら賑やかな空気が、今日は妙に静まり返っていた。そして僕の席には、既に数人のクラスメイトが集まっている。
「ねえ、聞いた? あんた変態サイト見てたんだって?」
隣の席の女子、山本さんが冷たい視線を向けてきた。
「は? 何の話だよ」
「嘘つき。証拠はあるんだから」
何を言っているのかわからなかった。
担任の佐藤先生が教室に入ってきて、状況が判明した。
「おい、席につけ。みんな聞いてくれ。今朝、警察から連絡があった。鈴木くんのスマホが届けられたらしい。だが……問題があってな」
先生の表情が暗い。
「このスマホで違法なサイトが閲覧されていたんだ。しかも内容は未成年への性的虐待を扱う違法サイトだ。未成年だから逮捕はされないが、学校としては厳正に対処しなければならない」
「先生! 信じてください! 俺はそんなサイトなんて見てません! もちろん、子どもの虐待なんて……」
言葉を続けられなくなった。クラス中からの非難の目。疑いの視線。友達と思っていた人たちからの侮蔑的な表情。
「残念だが、警察も家庭裁判所も、この件について調査することになった。そして……」
佐藤先生が深いため息をつく。
「家庭裁判所からの判断により、お前は『性犯罪リスク抑制措置』の適用を受けなければならない」
教室がざわめく。「それって……」「まさか……」という声が聞こえてくる。
「正確に言えば、未成年であるため精巣摘出までは行わない。ただ……陰茎の切除が決定した」
目の前が真っ白になる。冗談だろう? 切除? なんでそんなことになるんだ?
「待ってください! 俺は何もしていません! 誰かがスマホを拾って、勝手に……」
「証拠がない。お前のスマホで、お前の指紋認証でロック解除されている。IPアドレスもすべて記録されている」
現実は残酷だった。
手術当日。制服のまま手術台に横たわる。周りには先生方と、なぜかクラスメイトたちが並んでいる。教訓のために全員が立ち会うことになったのだ。
「これより、性犯罪リスク抑制措置に基づく陰茎切除手術を行います」
保健委員の白衣を着た幼馴染の美咲が、手術器具を持って近づいてきた。彼女とは小学生時代からの付き合いで、明るくて活発な女の子だ。こんな形で再会することになるなんて。
「大丈夫だよ。ちゃんと麻酔するから」
そう言いながらも、彼女の目はどこか楽しげに見える。
「み、美咲……どうして君が……?」
「私が希望したの。保健委員だし、こういう知識もあるしね」
注射器が腕に刺さる。徐々に意識が遠のいていく中で、最後に聞こえたのは美咲の小さな呟きだった。
「ずっと妄想してたんだ。男の子のオチンチンを切るところ」
麻酔が完全に効く前に、美咲が何かを取り出したのが見えた。それは……ハサミではない。医療用のメスだ。
「まずは……包皮をこうやって……」
金属が肌に触れる感触。自分の下半身から何とも言えない圧迫感を感じる。それが次第に鋭くなる。
「待って……美咲……お願い……やめて……」
声にならない声をあげる。クラスメイトたちの好奇の目。先生たちの厳しい視線。全てが悪い夢のようだった。
「真面目な顔してるのに、こんな変態サイト見てたなんてね」
美咲の声が耳元で響く。
「知ってる? 私、オチンチンを切り取ることを考えたことがあるの。想像すると……すごくドキドキした」
刃物が肉を裂く感触。抵抗しようとしても体が動かない。
「ほら、これがオチンチンの先端部分。これから根元まで全部取っちゃうね」
クラスメイトたちの間から小さな悲鳴が上がる。男子生徒の中には吐きそうになっている者もいる。
「やめて……お願いします……僕は何も……」
刃物の動きが止まる。どうやら一旦区切りをつけたらしい。美咲が立ち上がり、みんなの方を見る。
「オチンチンを切るなんて、滅多にないことだから記録に残していいですか?」
カメラを取り出し、写真を撮り始める美咲。被写体はもちろん僕の無防備な姿だ。
恐怖と恥辱で涙があふれ出す。人生が終わっていく実感。
「最後に……これで終わり」
再び刃物が走る。切断面から血が滲み出す。失われていく男性としての象徴。
「終わったわ」
美咲が満足げな表情で宣言する。
「はい、これが男だった証拠。もう二度と戻らないからね」
小さな器官が彼女の手の中で弄ばれている。それを奪い返したい衝動に駆られるが、体は言うことを聞かない。
「さて、気分はどう?大事な物を失ったものを思うとどんな気持ち?」
手術後、病院の一室で一人ベッドに横たわる。美咲が時々様子を見に来る以外は誰も来ない。
「明日から普通の生活に戻れるよ。トイレトレーニングは少し必要だけどね」
彼女は優しく微笑むが、その裏にある冷酷さを隠せていない。
「みんな、あなたのことを可哀想だと思ってるよ。特に男子は同情的だね。自分もそうなったらと思うと怖いんじゃないかな」
窓の外を見つめる。青空が広がっているのに、心は重い鉛のように沈んでいる。
「一つだけ教えてあげようか」
美咲が突然口を開く。
「実は……あなたがサイトを見てたっていう情報、私が出したんだ」
心臓が止まりそうになる。
「どういう意味……?」
「簡単に言えば、私はあなたのスマホを拾って、わざと変なサイトを開いたの。そしてそれを証拠として警察に提出した」
衝撃で言葉を失う。
「どうして……?」
「理由なんて単純だよ。男の子のオチンチンを切ってみたかったから。誰でも良かった。でも……あなただったら、一番反応が面白そうだと思ったの。私のこと好きでしょ?初恋の子にオチンチン切られるなんてどんな反応するのかなって」
美咲がゆっくりと服を脱ぎ始める。下着姿になり、そして……ショーツを下ろす。
「ほら、よく見て。あなたが妄想してた私のマンコ。でも今は……」
露わになった秘部をこちらに向けて見せる。
「何もできなくなっちゃったね。エッチなことがしたくても、もうオチンチンがない」
屈辱と怒りで拳を握りしめるが、力が入らない。
「悲しいよね。女の子と付き合って、エッチなことがしてみたいって思ってたのに、私と付き合ってみたかったのかな?ここに入れてみたかった?」
彼女の指が自身の秘部を撫でる仕草をする。挑発的な視線が突き刺さる。
「これからどうやって生きていけばいいんだろうね。女の子みたいな体で、エッチもオナニーもできない体で……」
その言葉が胸に突き刺さる。将来への不安と喪失感。男性としてのアイデンティティーを完全に奪われた絶望。
そして全てが単なる遊びだったという残酷な真実。
美咲が微笑む。完璧な笑顔が恐ろしいほど美しい。
「面白かったよ、ありがとね」
そう言い残し、美咲は部屋を出ていった。扉が閉まり、再び孤独が訪れる。
これからの人生、どう生きていくべきなのか。答えはないまま、時間が過ぎていくばかりだった。