片玉のデブリ屋(スカベンジャー)
人類にとって、宇宙はもはや選ばれた秀才が踏む神聖な場所ではなくなった。
開発し尽くされ、重金属に汚染された粉塵と有毒な霧に包まれた地球は、もはや新たな富を産み落とす力を失った――死んだ惑星だ。
代わって経済の心臓となったのは、大気圏の外側に広がる暗黒のフロンティア――そこは、資本主義が牙を剥き出し猛威を振るう、野蛮なゴールドラッシュの舞台へと変貌していた。
22歳のカイにとって、宇宙は唯一の出口だった。
スラムの泥濘の中で飢え死にするか、宇宙へのし上がり、星々の残骸を拾って生き延びるかだ…
彼は必死に勉強し、数えきれないほどの採用試験に挑んだ。だが、エリート宇宙飛行士を育成する大手企業の門は、保証金という名の莫大な「入会金」を持たない者には固く閉ざされていた。
唯一、彼を拾ったのが『アストロ・リカバリー社』。デブリ回収業界の最底辺、死人と借金まみれの男たちが集うと揶揄される、経営破綻寸前の零細企業だった。
「そこまでして、宇宙(うえ)に行きたいか?」
医師が吐き捨てた言葉は、励ましでも確認でもなく、ただの呆れだった。
ココは、宇宙港の地下深くに位置するアストロ・リカバリー社指定の「身体加工所」。壁の換気扇は死にかけた獣のような異音を立て、部屋には消毒液と古い油の臭いが混じり合っている。
「……はい。宇宙に行けるなら、なんだってします」
処置台に横たわったカイは、震える声で答えた。医師がトレーから取り出したのは、袋にさえ入っていない、剥き出しの金属製ソケットだった。
「見ておけ。これがこれからお前の身体の一部になる、排尿ドッキング・ポートだ。見ての通り中古品だがまだ十分に使えるハズた。おそらく倒産した他社の廃品か....誰かから剥ぎ取ってきた再生品だろ。おまけにチタンのグレードは最低。規格も10年以上前の旧式だ」
医師は、部屋の隅にある鋼鉄のフレームに鋭利な刃がセットされた、前時代的な重力式切断機――ギロチンを指差した。
「このギロチンでお前の股間を『平ら』にする。お前の乗るボロ船の宇宙スーツは内部が狭すぎて、この旧式プラグを直接肉体に叩き込まないと気密が保てない。昔はオムツで誤魔化せたが、今は1グラムあたりの輸送コストが跳ね上がった。吸水ポリマーの廃棄も高額な環境税がかかる。効率化の果てがこれだ」
医師は事務的にカイの股間を消毒し麻酔を打ちながら、残酷な現実を淡々と説いた。
「それにな、低軌道のデブリ帯は宇宙線の曝露量が酷い。防護壁のない安物の回収船に長く乗れば、お前の精子なんて一週間でズタズタだ。法律で決まってるんだよ。業務宇宙飛行士は、生殖器官をあらかじめ摘出し、地上で保管しなきゃならんと。……まあ、お前の会社が金を払うのは精巣一個分だけだがな。将来、子供を作りたければ、死ぬ気で稼いで保管料を払い続けろ」
――ギギギ、ギ……。
医師が足元の鉄ペダルを踏み込むと、バネが圧縮され、破壊的なエネルギーが装置に蓄えられていく。カイは強く目を閉じた。
脳裏に、かつて夢見た真っ白な宇宙服の英雄たちが浮かぶ。彼らは何も失わず、何も削らず、ただ高貴に星を歩く。だが、自分はその場所へ行くために、「人間」であることを売らねばならない。
「お願いします」
レバーが倒された。――ガシャンッ! という激しい衝撃。肉が断たれ、骨が砕ける感覚が、カイの意識を真っ白に塗りつぶした。
数分後。麻酔とショックで意識が朦朧とする中、カイは自分の股間で行われている作業を、遠い国の出来事のように眺めていた。
医師は慣れた手つきで、切り開かれた肉の隙間から、まだ温かい精巣を一つ、ピンセットで慎重に引き抜いた。
「よし、こいつは『アーカイブ』だ。将来、お前が再建費用を貯められた時のためのな」
医師は精巣を安価な保存液に放り込むと、残った肉塊――切り離された男性器と、もう片方の精巣を無造作に掴み上げた。
そして、それを足元にあるプラスチックのバケツへ放り捨てた。ペチャリ、と湿った音がした。バケツの中には、カイの前に入った志願者たちのものだろう、夥しい数の肉片が層を成して積み重なっていた。憧れの宇宙へ行くために捨てられた、若者たちの残骸。
「さて、次はポートの埋め込みだ」
医師は、カイの切断断面に中古のチタン製ポートを力任せに押し込んだ。冷たい金属が肉に食い込み、強制的に結合される。医師は古い外科用ホッチキスを手に取り、ポートの縁とカイの皮膚をバチン、バチンと繋ぎ止めていった。
「これで、お前はもうトイレに座る必要はない。これからは自分の股間に、直接パイプを突き刺して生きるんだ」
処置が終わった後、カイの股間に残されたのは、かつての自分を証明する器官ではなく、無機質な金属の装置と穴だった。
2100年。野蛮なゴールドラッシュに沸く宇宙。そこへ至る道は、この薄汚れた診療所で人間の尊厳を捨て、ロボット以下に成り下がった先にしかない。
「……分かったな。地獄へ行ってこい。新人宇宙飛行士さん」