ヴェスタ・ミニ 第二章:『生殖管理処置法:適合への断絶』
ヴェスタ・ミニ 第二章:『生殖管理処置法:適合への断絶』
1. トイレの境界線:エラー音の恐怖
2146年。学校のトイレは、若者たちのヒエラルキーを決定付ける残酷な場所となっていた。
壁一面に並ぶ最新型吸引ユニット『ヴェスタ・ミニ』。そこからは、適合者たちが得る恍惚とした吐息と、完璧な真空吸引が奏でる「シュポォォッ」という軽快な音が響く。
一方、ハルト、カイト、ショウの三人は、トイレの最奥にある、清掃の放棄された旧式開放型小便器に隠れるように並んでいた。 「……今日もダメだったよ」 ハルトが顔をしかめる。先ほど『ヴェスタ』に挑んだ際、余剰な包皮のせいで密閉が甘くなり、「ピーーーッ!【警告】接続不良。エア漏れを検知」という無機質な電子音がフロア中に響き渡ったのだ。
「このままだと、次の身体検査で『資源ランクC』に落とされるぞ。そしたら、一生『ヴェスタ』の快楽も知らないまま、去勢の優先対象だ」 カイトの言葉に、ショウが震える。
「……クリニック、行こう。俺たちのこの『皮』、切り捨てて規格に合わせなきゃ」
1. 遺物の中の待合室:遅すぎた「加工」
ハルト、カイト、ショウの三人が訪れた「認定クリニック」は、かつて隆盛を極めた「生殖管理センター」を再利用した施設だった。
ロビーの至る所には、国家の生殖管理キャラクター『タネザウルス』が壁から虚ろな笑顔を向けるロビーで、三人は事務的な受付を済ませました。
「はい、これに着替えて。その前にトイレは済ませておいてね。残量があると計測エラーになるから」
受付スタッフから無造作に渡されたのは、薄い不織布で作られたスカートのような形状の手術着でした。
ズボンを脱ぎ、その心許ない布を纏った瞬間、自分たちが「人間」ではなく、これから加工される「素材」になったような感覚が彼らを襲います。
周りを見渡すと、自分たちより遥かに幼い子供たちが親に連れられ、同じ格好で無邪気に走り回っていました。
15歳という年齢でこの場所にいる自分たちの遅滞が、スカートの裾から伸びる脚の長さと共に際立っていました。
2.共同診察:薄いカーテン越しの「検品」
受付で渡されたスカート状の手術着を纏い、ハルト、カイト、ショウの三人は大規模な検査室へと通されました。
効率化を最優先するこのクリニックでは、一人の医師が複数の患者を同時に診察します。
部屋は薄いカーテンで三つのブースに仕切られているだけ。
隣の少年の震える息遣いや、医師が放つ冷酷な診断が丸聞こえの空間でした。
診察室に呼ばれたハルトを待っていたのは、白衣の下に冷徹な合理性を隠した女性医師だった。
彼女はハルトの局部を無造作に掴み上げると、露骨に溜息をついた。
「15歳までこれを放置していたの? ヴェスタの吸引精度を著しく下げるノイズでしかないわ。……今日で終わらせましょう」
中央のブースで医師がハルトの局部を無造作に扱い、金属製のゲージを当てました。
「適合サイズは直径26ミリ」医師はデスクからインクパッドと小さなゴム印を取り出すと、ハルトの局部——まさにこれから切り取られる部分へ、容赦なく『26mm』というサイズのスタンプを押し付けました。
「……動かないで。境界線を引くわよ」 医師は太い黒のマジックペンを取り出すと、ハルトの肌に一周の線を書き込みました。
「あの……先生」 ハルトは震える声で問いかけました。
「このマジックの線のところから……先を切る、ってことですか……?」
「そうよ。これでヴェスタ・ミニの真空ノズルが完璧にフィットするわ」「この線、根元に近すぎませんか?」 ハルトの震える問いに、医師は冷淡に答えた。
「ヴェスタの真空ノズルは1ミリの誤差も許さないの。これは社会で生きるための『最適化』よ」
ハルトが絶望的な線の深さに言葉を失っていると、局部にピストル型のデバイスが押し当てられた。
「プシュッ!!」 高圧インジェクションの衝撃と共に麻酔薬が皮膚へ叩き込まれ、股間の感覚が急速に粘土のように重く、遠のいていった。
左側のブースからは、カイトの担当医の声が響きました。
「こちらは直径28ミリね。皮の厚みが規格外だわ。少し多めに切除しておくわね」
さらに右側のブースでは、ショウが小さな声を絞り出していました。
「あ……あの、サイズ、いくつですか……?」 「ショウ君、あなたは直径16ミリ。このクリニックで用意できる最小のサイズから2番めのチューブね。かなり細いわよ」 その宣告が響いた瞬間、ハルトとカイトの間にも、何とも言えない重苦しい沈黙が流れました。
数分もしないうちに「プシュッ!!」 高圧インジェクションの音が響いた。
3. 沈黙の列:透明な 切除クランプキット の重み
三人は検査室を出て、中待合室で待機した。感覚が失われつつある中で、彼らは思わず自分の足元、手術着のスカートの奥を見つめた。
そこには、無情にも引かれた黒い境界線と、事務的に押された青いサイズスタンプがある。数分後には切り離される「自分の一部」の最後の姿には、事務的な管理記号が刻まれていた。
「はい、これを持って並んで」 スタッフから渡されたのは、診察書類と、透明な滅菌パックに入った「切除クランプキット」だった。
透明な 切除クランプキット にはクランプサイズが巨大なフォントで印字されており、その下には『タネザウルス・メモリアルカプセル付き!』という陽気なキャッチコピーが躍っています。
透明なフィルム越しには、それぞれのサイズに合わせた透明なプラスチック製の筒状クランプ。そして、あの『タネザウルス』が陽気に笑う、空の保存液入り小瓶が見えている。
書類と切除クランプキット を持って次の処置室へと続く廊下の列に並ぶよう彼らに伝え、彼らは中待合室を後にした。
廊下には同じようにスカートを履き、透明な切除クランプキットを不安そうに抱えた少年たちの長い列ができていた。
誰もが黙り込み、自分の肉を挟み込むプラスチックの筒を、まるで死刑宣告の書状でも見るかのような神妙な眼差しで見つめていた。
処置室へ向かう廊下の列は、異様な緊張感に包まれていました。全員がスカート状の手術着を履き、手に持たされた透明な 切除クランプキット には、これから装着されるクランプのサイズが巨大なフォントで印字されています。
「……なあ」 カイトが、手に持った『28mm』のパックを見つめながら低く呟きました。 「あっちの列に並んでるガキ……あいつのパック、『12mm』だぜ。あんな細いので適合させるのかよ」
ハルトも周囲を見渡しました。列に並ぶ少年たちの手元を見れば、誰がどのサイズのクランプを嵌められるのかが一目でわかります。
「……あいつのは『32mm』だ。デカいな……」 ショウが自分の『16mm』のパックを隠すように抱え込みました。 「僕が一番細い……。みんなに見られてる気がするよ……」
彼らは、自分のサイズが他人の目に晒される屈辱に耐えながら、一歩ずつ「加工」の時を待っていました。
処置室へ向かう廊下の列で、三人は渡された透明な 切除クランプキット の中身を食い入るように見つめていました。
パックの表面には『26mm』『28mm』『16mm』という巨大なフォントが印字され、周囲にも彼らのサイズが筒抜けになっています。
「なあ、これ……構造がエグくないか?」 カイトがパック越しに、プラスチック製の二重構造クランプを指差しました。
「この内側の『保護チューブ』に、マジックの線まで皮を引き伸ばして被せるんだろ? で、その上から外側の『ロックチューブ』をスライドさせて、皮をサンドイッチみたいに固定する仕組みだ。
逃げ場をなくしてから、その隙間をメスで切る……。まさに加工用の治具だよ」
「……ロックされたら最後、自分じゃ絶対に外せないな」 ハルトが顔を青くして頷きました。
その時、ショウが震える手で自分の『16mm』のパックを胸に抱きしめ、二人の言葉を遮りました。
「……もう、やめてよ。お願いだから、その話はやめて」 ショウの瞳には涙が溜まっていました。 「これから自分の体がどうなるか、細かく説明されるのが一番怖いんだ。……もう、何も聞きたくない」
4. メモリアルカプセルと、捨てられる「自分」
ハルトはショウの怯えを逸らすように、切除クランプキットの「タネザウルス・メモリアルカプセル付き!」のイラストを指差しました。
「ごめん、ショウ。……そうだ、この『メモリアルカプセル』を見てよ。ラベルのタネザウルスが『一生の思い出に!』なんて言ってる。この液体、入れた瞬間に細胞を硬化させて腐らないようにする『即時固定液』なんだって」
「標本、か……」 ショウが恐る恐る自分のカプセルを見つめていたその時、廊下の向こうから手術を終えたばかりの患者たちが、おぼつかない足取りで通り過ぎていきました。
廊下の端には、タネザウルスをモチーフにした巨大な『包皮回収箱』が設置されていました。それはまるで愛らしいゴミ箱のような姿をしていますが、その中身は、今しがた切り取られたばかりの「かつての自分」を飲み込む口でした。
三人は、そこで繰り広げられる無惨な光景を目にしました。 「汚いから捨てなさい!」と、母親が泣きじゃくる少年の手から小瓶を無理やり奪い取り、回収口へ投げ込む。
あるいは、虚ろな目をした青年が、自分の意志で、未練を断ち切るように乱暴に瓶を放り捨てる。
カラン、カラン、と乾いた音を立てて、誰かの「個性」だった肉片が、タネザウルスの腹の中へと消えていきました。
「生々しい肉のままじゃなくて、綺麗な『モノ』になるなら……持っておきたい気もするけど」 ショウが呟きました。自分を不適合者に繋ぎ止めていた「余分な自分」が、液体の中で永久に固定される。その想像は、切断への恐怖を、奇妙な虚無感へと上書きしていきました。
三人は、その光景を横目で見ながら、手に持った透明な 切除クランプキット を強く握りしめました。
「……なあ、これ、お前らはどうする? 終わったら捨てるか?」 カイトが、切除クランプキットに同封された空の小瓶を指差して問いかけました。
「親は『病院で処分してきなさい』って言ってたけど。……ゴミ箱に放り込むのは、なんか違う気がするんだ」
ショウも、震える手で『16mm』の印字がある切除クランプキットを見つめました。 「……僕も。あんなに自分の皮が嫌いだったけど……いざ切り離されると思うと、あれが僕が生きてきた証拠みたいに思えてきて。捨てたら、本当に僕という存在が最初からなかったことにされちゃう気がするんだ」
ハルトは、回収箱へ吸い込まれていく無数の瓶を見つめ、静かに、しかし断固とした口調で言いました。
「持ち帰ろう。……これは、俺たちが『人間』として生きてきた、最後の物理的な欠片だ。社会の規格に合わせるために切り捨てるけど、せめて自分たちだけは、これを捨てちゃいけない気がする」
三人は頷き合い、手術前にその「決意」を固めました。