ある國での割礼と去勢に関する記録
夜明け前の静寂が、マレーシアの鬱蒼とした熱帯のジャングルに囲まれた高床式の村を包んでいた。
ジャラ、あるいはコタバルといった古い地方の伝統を色濃く残すこの集落で、11歳になる少年、ズルキフリにとって、人生で最も重大な試練の朝が訪れようとしていた。彼がこれから臨むのは「マジュリス・カタン(割礼の儀式)」。子供の肉体と精神を脱ぎ捨て、神聖なるムスリムの「男」として生まれ変わるための、厳格な通過儀礼である。
儀式の始まりを告げるのは、まだ陽の昇らぬ午前5時の冷気だった。ズルキフリは父親や村の長老たちに連れられ、村の境界を流れる冷たい小川へと向かった。
川岸には、彼と同じように緊張で顔を強張らせた同世代の少年たちが集まっている。伝統的なマレーシアの割礼において、この「川での入水(ベレンダム)」は極めて重要な意味を持っていた。
少年たちはサロンを胸まで巻き上げ、首まで冷たい川の水に浸かった。夜明け前の山から流れ込む水は容赦なく体温を奪い、ズルキフリの歯はがちがちと音を立てて震えた。
しかし、これは単なる精神鍛錬ではない。1時間以上も冷水に身体を晒し続けることで、末梢血管を収縮させ、局所の感覚を極限まで麻痺させるという、先祖代々の精緻な「天然の麻酔法」であった。
ズルキフリは水の冷たさで股間の感覚が次第に遠のき、まるで自分の肉体ではないような奇妙な感覚に包まれていくのを感じていた。
「ズル、もう十分だ。上がりなさい」
父親の厳かな声に促され、少年たちは川から上がった。濡れた身体を素早く拭き、格子模様の新しいサロンに身を包む。
村の集会場へ向かうズルキフリの足取りは、寒さと緊張でどこかおぼつかなかった。
集会場の奥座敷には、村の伝統的割礼師である「ト・ムディン」が鎮座していた。ト・ムディンは単なる施術者ではなく、村の呪術や医療、そして宗教的知識を兼ね備えた、絶大な尊敬を集める老人である。
彼の前には、長年の使用によって美しく研ぎ澄まされた折りたたみ式の剃刀(ピサウ・リパ)と、特別に削り出された木製の固定具、そして様々な薬草の入った鉢が整然と並べられていた。
部屋には、悪霊を払い場を清めるためのウード(沈香)の煙が妖しく立ち上っている。
ズルキフリは部屋の中央に敷かれたゴザの上に仰向けに寝かされた。
彼の頭側には、体格の良い叔父ががっしりと腰を下ろし、少年の両肩と胸を上から包み込むようにして固定した。
これは、刃物が当てられた瞬間に恐怖で暴れ、手元が狂って致命的な大怪我を負わないようにするための、最も信頼できる身内の重要な役目だった。
ト・ムディンが静かに額に手を当て、アッラーへの祈りの言葉(ドア)を低く唱える。部屋を満たす年長者たちの「アミーン」という唱和が地鳴りのように響き、空間の神聖さは頂点に達した。
「よし、ズル。目を閉じて、頭の中で聖なる言葉を唱えるんだ」
ト・ムディンの声とともに、その熟練の手がズルキフリのサロンを優しくめくった。
割礼師の指先が、冷水で縮こまった陰茎に触れる。
ト・ムディンはまず、解剖学的な位置を正確に見極めるため、亀頭を覆っている余分な包皮を指先で前方へと入念に引き伸ばした。冷水による麻痺があるとはいえ、皮膚がぐっと限界まで引っ張られる独特の圧迫感と鈍い痛みがズルキフリの腰を浮かせかける。
しかし、叔父の太い腕がそれを許さず、優しく床へと押し戻した。
ト・ムディンは包皮の長さを測ると、特製の木製クランプ(二枚の平らな木板を紐で締め付ける道具)を滑り込ませた。
この器具で、切り落とすべき包皮の根元をギチギチと強い力で挟み込んで固定する。
この「挟圧」によって、皮膚の感覚は完全に遮断され、同時に主要な血管が圧迫されて一時的に血流が止まる。
これによって切開時の出血を最小限に抑えることができるのだ。
万力で締め付けられるような激しい痛みが股間に走ったが、ズルキフリは奥歯が砕けんばかりに噛み締め、声を堪えた。
ト・ムディンが右手で、鈍い銀色に光る剃刀を握り直した。
刃先が、固定された包皮の先端、まさに肉を断つべき境界線へと垂直に当てられる。
「ビスミッラー(神の名において)」
割礼師の鋭い眼光が閃いた瞬間、一切の迷いもなく、剃刀の刃が水平に力強く滑った。
ズ、スッ、という、強靭な皮膚の繊維組織が鋭利な刃によって断ち切られる微かな音が、静寂の部屋に響く。
肉の壁が切り裂かれ、亀頭を長年包んでいた余分な皮膚が、鮮やかに、そして完全に切り落とされた。
麻酔効果を突き抜けて、肉を割る凄まじい衝撃がズルキフリの全身の神経を駆け抜けた。
それは鋭い痛みを通り越し、まるで熱く焼けた鉄の棒を直接押し当てられたかのような、烈火のごとき熱量だった。
少年の身体がビクンと激しく硬直する。喉の奥から悲鳴がせり上がってきたが、
叔父が「堪えろ、ズル! お前はもう男だ、誇りを持て!」と耳元で割れんばかりの声で叫んだ。
ズルキフリは涙で歪む視界の中で拳を血がにじむほど握り締め、男としての意地だけでその激痛を喉の奥へと飲み込んだ。
包皮が切り落とされると、ト・ムディンは手早く木製の固定具を外した。
締め付けから解放された瞬間、じわりと鮮紅色の血液が切り口から溢れ出てくる。
ト・ムディンはそれを清潔な布で素早く拭き取り、露出した亀頭の冠状溝(かんじょうこう)の周囲に異常がないか、解剖学的な仕上がりを厳しく確認した。
伝統的なマレーカタンでは、糸による縫合は一切行わない。すべては自然の治癒力と、伝統の薬草の力に委ねられる。
ト・ムディンは、あらかじめすり潰しておいた特別な薬草(ウコンや特定のシダ類の葉を混ぜたもの)の粉末と、強力な収斂・止血作用を持つ植物の樹液を混ぜ合わせた粘り気のある軟膏を、剥き出しになった傷口の断面に容赦なくたっぷりと塗りつけた。
生々しい肉の切り口に薬草の強い成分が触れた瞬間、再び目の前が真っ白になるほどの激しい灼熱感がズルキフリを襲った。
しかし、その手当ての効果は絶大で、溢れ出ようとしていた血液は見る見るうちに凝固し、ぴたりと出血が止まった。
最後に、ト・ムディンは丁寧に洗浄されたバナナの葉の柔らかい繊維と、細く裂いた清潔な白布を使い、亀頭が完全に露出した状態を維持したまま、陰茎の根元から先端に向けて、包帯をきつく、かつ優しく巻き上げていった。
傷口がサロンに擦れて感染症を起こさないよう、完璧な防護の形が作られたのである。
「ハドミッラー(神に感謝を)。よく耐えたな、ズル。お前は今日から、真のムスリムの男だ」
ト・ムディンは剃刀を置き、それまでの厳しい表情から一転して、父親のような温和な笑みを浮かべてズルキフリの頭を撫でた。固定していた叔父も力を抜き、少年の健闘を称えて固く抱きしめた。
儀式が完全に終わると、高床式の家の外からは、少年の「男への誕生」を祝う伝統的な打楽器(コンパン)のにぎやかなリズムと、村人たちの歓声が響いてきた。
股間には依然としてズキズキとした激しい痛みが拍動していたが、サロンの裾を丸い竹の輪で広げ、傷口に触れないようにしながら起き上がったズルキフリの瞳からは、先ほどまでの子供の弱さは消え去っていた。
彼は押し寄せる痛みを誇らしく受け止めながら、一人前の男として一歩を踏み出した確かな幸福感に満たされていた。
それからいくつの季節がめぐったでしょうか。
ズルキフリは村でも評判の、心優しく精悍な若者へと成長していました。かつて流した涙と引き換えに手に入れた「男の証」は、彼の誇りそのものでした。
しかしある年のこと、ズルキフリの住む地方を、大地が裂け川が干上がるほどの恐ろしい天変地異が襲いました。作物は枯れ果て、村の祈祷師や長老たちがどれほど祈りを捧げても、天の怒りは収まりません。
ある夜、ズルキフリの夢の中に、黄金の光をまとった古の精霊があらわれ、厳かに告げました。
「この地に再び恵みをもたらすには、最も清らかな心を持つ若者が、自らの陰茎を捧げ、性を捨てて聖なる巫女(みこ)へと生まれ変わらねばならぬ」
翌朝、ズルキフリは静かに決意を固めました。村の愛する人々、そして子供たちの未来を救うため、自らがその大役を引き受けることを申し出たのです。
儀式の夜、村の中央にある聖なる大樹の前に、村人が息を呑んで集まりました。ズルキフリは衣服を脱ぎ、かつての割礼の日と同じように、白く清らかな布を身にまとって祭壇の前に進み出ました。
長老たちが古の祈祷文を唱えると、大樹の梢から、まばゆいばかりの神聖な光が降り注ぎ、ズルキフリの身体を優しく包み込みました。その光は温かく、少年の頃に味わったような恐怖や緊張は不思議と消え去り、心はどこまでも穏やかになっていきました。
やがて、祈祷師が神聖な儀式用の短剣(クリス)を厳かに掲げ、ズルキフリのまたぐらへと近づけました。
「神聖なる御名において、性を捧げ、新たなる命を導かん」
短剣の刃がズルキフリの陰茎の根元に触れた瞬間、まばゆい金の光がスパーンと激しく弾けました。
それは肉を断つ刃ではなく、天の意思が肉体を組み替える神聖な力でした。驚くべきことに、そこには一切の痛みも、おぞましい苦しみもありませんでした。ただ、果実が枝から自然とこぼれ落ちるかのように、ズルキフリの陰茎はすっぱりと、綺麗に抜け落ちたのです。
切り落とされた陰茎は、地面に落ちる前に眩しい光の粒子へと変わり、そのまま天へと昇っていきました。
すると、それと同時に乾ききっていた夜空から、恵みの雨が激しく降り注ぎ、大地を潤し始めたのです。村人たちは「奇跡だ!」と歓声を上げ、涙を流して喜び合いました。
しかし、奇跡はそれだけではありませんでした。
神聖な力によって陰茎を捧げたズルキフリの身体に、さらなる変化が訪れます。
光に包まれた彼のむきむきとした身体は、みるみるうちに しなやかで柔らかな曲線を描き、肌は真珠のように白く滑らかになっていきました。
光が収まったとき、そこに立っていたのは、かつての青年ズルキフリではなく、誰もが見惚れるほど美しく高貴な「大人の女性」でした。
陰茎を失ったまたぐらは、生まれつきそうであったかのように美しくつるつると平らになり、女性としての新たな身体が完成していました。
痛みがないばかりか、身体の奥からは、これまでに感じたことのない清らかな生命力が満ち溢れていました。
生まれ変わった彼女は、村を救った聖なる巫女として、人々から生涯にわたって大切に敬われました。やがて、彼女の美しさと気高さに心を奪われた、隣国の優しく豊かな領主が、たくさんの宝物とともに彼女を妻として迎えにやってきました。
彼女は美しい絹のドレスに身を包み、夫となる男性の手を取って、新しいお城へと旅立っていきました。痛みも苦しみもなく、ただただ幸福な光に包まれて、彼女はいつまでも幸せにくらしました。
めでたし、めでたし。