ことの発端は、俺にあの話を持ってきた悪友の佐藤だった。一週間で三十万円稼げるバイトがある。クリスマス前で彼女のプレゼントをどうしようかと考えていた俺は、いつもなら興味を持つことの無い胡散臭い話につられ、説明を聞くだけならと首をつっこんだ。
そのバイトというのは外国の製薬会社が提供する新薬の実験だった。説明によると薬の開発にはとても長い時間が必要で、効果の発見から動物実験、健康な人での実験、患者への投与と進んでいくらしい。この場合はつまり、患者に投与する前の段階にある薬の実験だ。動物実験で安全性は確かめられている。それが人でも同じかどうかを確かめるのだそうだ。
一週間の通院が必要で、採血や尿検査などされる。法律でしっかり守られているし、もしものことがあってもしっかりとした補償が約束されている。
あまり気が進まなかったが、短時間でこれだけの見返りがあるなら別にやってもいいかなと思った。
その薬は勃起不全治療薬だった。
「ど、どういうことですか!」
「い、いや、これは異例なケースでね」
実験の担当の医師は額にハンカチを当てながらそう言った。昼下がりの診察室。十二月に入り、日の光が斜めに差し込む。部屋の中は温かく、薄手のセーターでは少し暑いくらいだ。若い看護婦が大声を上げた俺に視線を向けた。その視線がゆっくりと下がるのが分かった。
異例なケース。そんなことは医者じゃなくたって分かる。だからと言って戻す方法が分らないなんてあまりにも無責任だ。俺は看護婦の視線を感じて股間を隠した。看護婦がわざとらしく見ていないふりをする。
「さっきも話したとおり、勃起のメカニズムは血流のチャンネルのオンオフで、木本さんの場合はそのオフのスイッチがなんらかの原因で壊れ……」
「そんなことは何回も聞きました。だからなんで治せないんですか!」
「君だけなんだよ。そんなことになってしまったのは。だから根本的な原因が分からない。まさかアレをスライスしてみることもできないだろう?」
俺は頭にきて、医師の横にある机に手を叩きつけて立ち上がった。医師はびっくりして仰け反るがその視線は俺の股間に向けられていた。気が付くと先ほどから俺のことを盗み見していた看護婦、さらには診察室のカーテンの隙間からも何人かの若い研修医や看護師が覗いているのが分かった。
その全てが、俺の膨らんだ股間を見つめていた。
「このやろう! 見るなぁ!」
俺が怒声をあげると、周りにいた人気が音を立てて逃げていった。
俺のペニスは投薬を始めて三日後から勃起し始めた。それは薬の作用からもまったく問題無く、普通は投薬から数時間で治まるはずだった。現に他の被験者で勃起しっぱなしなんて人はいなかった。一緒に参加した悪友、佐藤もまったく問題ない。俺だけが投薬中はもちろん実験を終えて一週間が経とうというのに一向に収まる気配がなかった。
「とにかく、もうすこし様子をみよう」
そんなことを言われても、この治まらないペニスのせいで俺の生活は窮地に立たされていた。
外を歩くことは、厚手のコートを着ることでなんとか隠せた。しかし室内。例えば病院内や俺が通う大学ではコートで隠すことはできない。俺はビンビンに勃起したペニスを鞄で隠しながら移動しなくてはならない。小便ひとつするのにも苦労が絶えない。周りにばれないように個室に入り、勃起したペニスから放水車のように噴出される小便を的に入れるため一苦労だ。
そして俺を最も苦しめたのが彼女の存在だった。彼女の間宮久美は俺が新薬の実験に参加したことはもちろん、勃起しっぱなしということも知らなかった。
何より彼女には少し問題があった。それは彼女が潔癖症とも言えるくらい性的なことに拒否反応を示すことだった。キスをするのにも一年。一ヶ月前くらいに自分のアパートに連れ込んで、行為におよぼうとしたが後一歩のところで拒まれた。
下ネタを言う人はゴキブリ並みに扱う。
歩く下ネタ拡声器である佐藤は久美に半殺しを受けること数え切れない。よせば良いのに佐藤は懲りず、下ネタを連呼する。遂にはどこから入手したのか分らないスタンガンで佐藤をノックアウトすることもあった。
とにかくそう言ったことに拒絶反応を起こす。いや、拒絶してくれるだけならいい、佐藤に対する反応みると自分の彼氏のペニスが勃起しっぱなしと知った彼女がどんな行動に移るか、想像しただけでもおぞましい。
そしてその想像は最悪の形で現実となった。
都内に向かう電車は、多摩川を越えたあたりで乗車数がピークになる。そんな電車で通学していたのだから、起こるべくして起こったとも言えよう。
痴漢騒ぎだ。
俺の斜め前に立っていた女子高校生が俺の腕を掴んで「この人痴漢です」と叫んだ。もちろん俺は「違う。人違いだ」と言ったが、女子高生が目ざとく俺の股間を指差して「勃起してるぅ!」と大声で騒ぎ立てた。
俺は次の駅で降ろされ、駅員に拘束された。何度も「違うんだ! 信じてくれ」と叫んだが、「チンチンでかくして何言ってんだよ。この変態」と女子高生に言われ、「言い逃れすんな。みっともない」と駅員まで俺のことを痴漢だと決め付けて疑わない。
すぐに警察が呼ばれ。俺は現行犯逮捕となってしまった。
俺の担当は若い婦人警官だった。女子高生の事情聴取を済ませた彼女は俺が犯人だという前提で話し始めた。
「前科はないのね。この書類に署名して。ここに指紋ね。これ使って。あとは検察が面倒見るから」
婦警はめんどくさそうに机にある黒い朱肉を指差した。
「ちょっと待ってくださいよ。これって犯人だって認めることになるんでしょ?」
「そうよ。二十歳超えてるし。もう少年Aじゃ済まないからね。まったく彼女とかいないの?」
「いますよ」
「いるのに女子高生のお尻さわってんの? はっ、たく近頃の若い男は」
「だ、だから違うんですって。俺、やってないんですよ!」
少しの沈黙が部屋に漂う。婦警は、大きく息を吸い込むとバンッと大きく机を叩いた。
「この野郎! 警察なめんのもいい加減にしろよ! 取調べ中にチンコ勃起させてる変態が言っても説得力ないんだよ!」
「ご、ごめなさい」
つい謝ってしまうほど、彼女は恐ろしかった。
「だ、だけど。これはどうしようも無いんですよ」
「んん?」
「あの、ですから、ある理由で、ぼ、勃起しっぱなしになってしまって……」
それから俺はなぜ勃起せざる負えないのか死に物狂いで説明した。
「じゃあ、脱いで」
「は?」
「ホントに勃起しっぱなしなのか確かめてやるから」
「え、でも……」
「いいから。脱げって言ってんの!」
俺は下半身裸にされ机の横に立たされた。婦人警官にじっくりと勃起したペニスを観察される。
「もし本当なら、何度出しても元気なままでしょ?」
彼女はそういって俺に自慰をするよう命じた。
こんな取調べは絶対に間違っていると冷静な俺なら気づいたはずだが、あの時はまったく思考回路が正常に働いていなかった。
俺は婦警の目の前でペニスを扱いた。
勃起が治まらなくなっただけで、健康そのものだ。俺は恥ずかしさで顔を熱くしながら、数分で射精した。
「ふーん。一回じゃ治まらないかな?」
「ホント治まらないんですよ」
「いいから。もう一回」
俺は彼女に認めてもらうまで何回もオナニーして、射精を繰り返した。
「もう出ないです。勘弁してください」
七回目の射精を終えると、彼女は信じられないと言った顔で「ほんとにそうなのね」と納得してくれた。後から思えば、こんな体にした病院に問い合わせれば良かったはずだ。この婦警はそれに気づいていながら、わざとこんなことを強要したのだった。
取調べ室からでると、フロア中の署員が俺をちらちらと見た。いや、俺の股間と言うべきか。
婦警が「さっきの取調室ってあの窓から見えるのよ。ふふふ」と耳元に囁いた。
入るときは気づかなかったが、確かに取調室の中が見えるように窓がついている。中からは確か鏡だった。俺は鏡に向かってオナニーしていた。
かぁと顔が熱くなった。あんなに射精したのに勃起は治まっていない。俺は股間を押さえてその場から逃げようとした。
「あ、ちょっと。身元引受人って分かるでしょ。成人の人で誰か適当なのを呼びなさい」
俺は佐藤に電話をかけた。親にこんなことで迷惑をかけたくなかったし、だいたい実家は神戸だ。
三十分後、迎えが来たと婦警に連れられた俺は受付で待つ人物を見て絶句した。
そこにいたのは、間宮久美だった。佐藤のやろう。
彼女は礼儀正しく婦警に挨拶をした。
「あなたの彼氏っていいわねぇ。何度しても逞しいままなんて理想よ理想」
あああ……。それ以上言わないでくれ。
それからタップリとこれまでの経緯を久美に話した婦警は、「いつか相手してねぇ」と最凶の下ネタを最後に俺達を見送った。営業的スマイルを保っていた久美は警察署の門を潜ると真顔になる。
「耕介くん」
「な、なに?」
「病院いこ」
「え?」
「い・く・の」
「は、はい」
病院と言ってもそこは久美の姉が働くペットショップ兼獣医だった。
「お姉ちゃん。ちょっと……」
ごにょごにょと喋り始める姉妹。
俺は接待用のソファに座らされ、久美の姉と久美にどうしてこんなペニスになったのか、質問の集中砲火を浴びた。
実験に参加したのが久美のためだと分かって、彼女は少し嬉しそうだったが、事態は急変する。
「ほんとにとっちゃう?」
姉がそう言うと。久美も「うん」と二つ返事。
「え?」と俺が聞く暇も無く、体中に衝撃が走った。それが久美の手に握られたスタンガンのせいだと気づいた時には、俺の運命は決していた。
彼女達はショックで身動きの取れない俺を手術台に仰向けにすると、服を全て剥ぎ取った。
「やだ。ほんとに勃起してる」
「ほんとにもう!」
いつも同じことを犬やネコにしているのだろう。久美の姉が慣れた手つきで俺の陰毛を剃っていく。俺は股を広げられ、ベルトで台に固定された。
久美が脱脂綿に含ませた消毒液を股間全体にすり付けいった。
「やめ、やめて」
やっと声が出せるようになった俺は、なんとか彼女達を止めようとした。しかし久美に、痛みで舌を噛まないようにと、タオルを口に詰められ声が出せなくなる。
「久美、ほんとにいいの? 彼氏いやがってるよ?」
「いいの。お姉ちゃんだって子供できてから旦那さんをパイプカットしたでしょ」
「それはねぇ。私達は結婚してるしさ。それにパイプカットだけだったらセックスできるのよ?」
「せっ……。おねえちゃん!」
「え! 久美達ってまさか……まだしてないの? まさか彼も童貞ってことはないでしょうね」
「そんなのいいでしょ! 耕介くんだってしたこと無いです!」
「ほんとに?」
姉が驚いた顔で俺を覗き込んだ。この場合、嘘でも童貞だと答えるべきだろう。しかし、悲しいかな嘘ではない。俺は童貞だった。久美と付き合い始めたのが高校の三年だからかれこれ三年はお預けの状態だった。
俺がうなずくと、「可哀想すぎるー。女を知らないままおちんちんが無くなっちゃうなんて」と言った。
「こうすれば耕介君が他の子に浮気することは絶対無いんだし。いいの!」
「そりゃそうだけど。おちんちんが無きゃ大好きな久美ともエッチできないのよ?」
「おちんちん、おちんちん、言わないでよ! 私、しないもん」
「そんなこといって。いざしたくなっても知らないからね」
唯一のペニス保護派の姉も、鉄壁の持論を展開する久美の前では無力のようだ。姉は陰茎の根元になにかの注射をした。
「耕介君、すぐ楽になるからね」
「ばかねぇ久美。男はオナニーして欲求を抜きたくなるのよ。ペニスなくしたら彼、どうやってオナニーするの?」
「こ、耕介君は、オナニーなんてしません!」
さっき嫌ってほどした自分になぜか後ろめたさを感じる。
カテーテルが尿道から挿入された。
「まったく分からず屋なんだから。まあいっかなぁ。久美の問題だしね」
いや、俺の問題だろう。
「彼氏も許してあげてね。これでも真面目でいいやつなんだ」
そう言われると、まあ真面目な所は好きなのだが……。真面目すぎるというか。
「お姉ちゃん。じゃあお願い」
「そうね。ずっと勃っぱなしって言うのがそもそも悪いんだし」
久美の姉は、ペニスの付け根をゴムで縛り上げて止血した。
「んんん! んんんん!」
「ほんとに良いのね。これなくなったら、彼とはエッチできないのよ。彼もオナニーできないで一生苦しむんだよ。それじゃなくても元気なさかりなのに」
「しつこい!」
「はいはい」
ぷつっ。
メスは陰茎の根元を切り裂いていった。
「んんんんんがぁああ」
「やっぱり局所麻酔だけじゃ痛いよね。早く終わらしてあげるからねー」
落ち着いた動作でしゅっしゅっとメスが動く。陰茎の付け根からピンク色の海綿体の断面が見えた。
姉は片手で陰茎を持ち上げ、片手でペニスを切っていく。カテーテルの黄色いゴムがみえると、慎重にその周りの繋がった組織を切断していった。カテーテルから陰茎が引き抜かれる。俺の勃起したペニスが久美の姉の手の中にあった。
「ふふふ。ペニスだけみると変な感じ。ところでこれどうする?」
「別に捨てても良いよ」
「そう。じゃ、ワニのトニーちゃんにでもあげようかしら」
これが俺に降りかかった災難の顛末だ。
あの後、止血も問題なく行われた俺は、久美の手当てを受けて一週間ほど学校休む羽目となった。オナニーができない体にされてしまった俺は非常に厳しい欲求不満を強いられている。これが一生続くなんて考えたくもないが、悲しい現実である。
クリスマスプレゼントは結局買わず、年末年始に二人でヨーロッパ旅行をした。
その旅行から帰ると一通の手紙が届いていた。「薬の効果は時として一ヶ月ほど続く場合が確認された」という、製薬会社からの報告だった。
俺はその手紙を丸めてゴミ箱に投げつけた。
終わり
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投稿:2005.10.20
早とちり
著者 エイト 様 / アクセス 23838 / ♥ 4