リストラの報酬
第1章 リスト
川上達夫は萩原社長にリストを渡されて頭を抱えた。
二ヶ月とは、あまりにも短い…
「お言葉ですが、少し期間が短いように思いますが」
「何を言っている、そんな猶予はないんだ。わかってるだろうな」
「はい…」
人事部長をやってもう5年になるが、今回のようなリストラは初めてのことで、面食らってしまう。
しかしやるしかないんだ。
川上は自分の机に戻ると南課長を呼んだ。
「何でしょうか?」
「相談があるんだが」
二人は会議室に入ってリストを広げた。
「二ヶ月ですか?」
南は少し驚いたような顔をした。
「と言う事は、一ヶ月以内に辞職願いを出してもらわなくてはいけないっていう事ですね」
「そういう事だ」
川上がそう言うと南を見詰めた。
「南君手伝ってくれるね」
南がちらっと川上を見た後で頷いた。
「わかりました」
「何か良い考えはあるかね?」
南が頭をひねっている。
「直接やめて欲しいと言って何人がやめてくれますかね」
「特別退職金を半年分出してもいいと社長は言っている」
「そうですか」
「じゃあ、まず直接当たってみますか」
「ああ、頼む。すぐ初めてくれ」
「わかりました」
次の日南が出社してすぐに、川上のところに歩いて行った。
「部長」
「おう、どうだい首尾は」
「半分位は説得に応じました」
「そうか、良くやった」
「さて、これからが問題ですが」
南が残った10人のリストを見て顔をしかめた。
「後は、本人の意思でやめてもらうしかありませんな」
「ああ、強制的に首を切る訳にはいかないからな」
「ええ」
「ちょっと会議室に行こう」
「はい」
会議室で二人が額を付き合わせて話し合った。
「机を取り上げるなんて事やってるところもあるみたいですが、それは他の社員にあんまりいい影響を与えませんね」
「ああ、そんな事はやめてくれ」
「そうだなあ…」
南が額に手を当てた。
「他でもやってるように、配置転換をするってのはどうでしょうか?」
「ああ、しかしそんな事ですぐやめるかね」
「例えば一週間毎に動かすなんてのはどうでしょうか?」
「ふむ、やってみるか」
「じゃあ、開発の人間は営業に、営業は開発にという風に人材交流とでも名目を付けて発令しましょう」
「すぐ、やってくれ」
最初の発令では、辞職願いを持って来た社員はいなかった。
やっぱり一回では駄目か。
よし。
小さくつぶやくと、パソコンに向かって辞令を打ち始めた。
栗原光はパソコンで通達を見ていて驚いた。
先週開発部門から営業に移ったばかりなのに…
入社してまだ半年しか経っていないのに…
何で?
先々週人事課長に辞めてもらえないかと言われたけど断ったからかなあ。
不安が膨らんできた。
まだ、入ったばかりだから、色んな経験をするのもいいかと思っていたけどそれにしても…
栗原光、品質管理部品質保証課勤務を命じる。
画面を見詰めた。
顔を上げて移ったばかりの部屋の中を見渡した。
知らない人ばかりで不安なのに又…
光は不安が胸の中で膨らむのを感じた。
続けてメールを開くと人事課長から育成についての面談をしたいという旨のメールが入っていた。
僕は少し考えてから、席を立って、人事部に向かった。
「失礼します」
「やあ、そこに座って」
「はい」
僕は緊張して人事課長の前に座った。
「どうだい今度の職場は」
「ええ、まだ他の人を覚えるのが精一杯です…」
「まあ、言い経験になるよ」
黙って課長を見詰めた。
「また辞令が出て驚いたと思うが、君みたいに若くて優秀な社員には早く色々な経験をさせたくてね」
「はい…」
「これからも、この調子で経験を積んでもらおうと思っているんだが」
どきっとした。
そんな馬鹿な…
「まあ、君みたいな優秀な人間は引く手あまただろうから、今なら会社としても考えてあげてもいいんだけどね」
「どういう事ですか?」
掠れた声で聞いた。
「いや、今なら特別退職金も出してあげる事ができるんだがね」
肩叩きの嫌がらせじゃないの…
何でこんな会社に入っちゃったんだろう…
都心のきれいなビルでソフトウェアの仕事が出来ると喜んでいたのに…
今辞めたって雇ってくれるところなんかあるわけないし…
母親の事を思い出した。
父親が亡くなって、年金だけで細々と生活しているからもう面倒かけられないしなあ。
そのうち景気も良くなるだろうし、それまで色んな人を知ると思えばいいか。
課長が期待するような目で僕を見ているのに気が付いた。
「特例は今月までだから良く考えときなさい」
「はい」
頭を下げて退出した。
手にじっとりと汗を掻いているのに気が付いた。
「どうだ、調子は?」
川上部長に言われて南はしぶい顔をした。
「ええ、二回続けて発令して、それとなくもう一度打診しましたが」
南がリストに目を落とした。
「後二人残っています」
「そうか、もう少しじゃないか」
「はい。ただ残りの二人は、これ以上ただ動かしても辞めないかもしれません」
「うーむ」
「もう特例はないと言っても反応しませんでした」
「何とか他に方法はないのか?」
「と言われても」
南が何気なく手元にある新聞を取って眺めた。
男女別の職種募集が違法となる。
一般職と総合職という形での男女差別も禁止される。
女性の職種へ男性も進出か?
目が吸いつけられた。
「部長、これ見て下さいよ」
「何だね」
「ほう、時代も変わってきたもんだねえ。ホステスも若い女性だけ募集では違法なのか?」
笑っている。
「これ使えませんかね?」
「どういう事だね?」
川上が訝しげな目で南を見た。
「いっその事女子の職場に入れてしまえば、さすがに辞めるんじゃないですか?」
「ははは。でもまさか受け付けとかさせる訳にはいかないだろう」
「いや、する訳ないからそんな心配はいりませんよ?」
「何でだ?」
「我が社は服装も自由ですが、あそこだけはちゃんと制服着用が定められていますから」
南がにやっと笑った。
「違反者は即首にできます。退職金も要らなくなります」
「でも、それは問題にならないかね?」
「だから、この新聞のように、職種に男女は区別をしてはいけないんですから」
またにやっと笑った。
「それに、スカートを制服にしてはいけないって事は決められてないですからね」
「そうか、それはいい考えかもしれない」
頷いている。
「それならすぐ辞めてくれるだろう」
「はい」
南と川上が肩の荷を下ろしたようなほっとした顔をした。
「じゃあ、早速予定通りに行くと報告してこよう」
嬉しそうな顔をした。
「うまく行かないと、今度は俺達の番だからな。
首を手で切るまねをした。
南がぞくっとした顔をして川上を見た。
「私だってこの年でいやですからね」
「そうだな。まあこれで一安心だな」
「おい、栗原」
蒼い顔をして殿山君がやってきた。
「どうしたの?」
「いいから、通達を見てみろ」
キーボードを叩いた。
心臓が止まるかと思った。
<栗原光、殿山信二以上二名は11月一日を以って、秘書室受付グループに配属を命じる。>
「何これ?」
「馬鹿にしている」
顔を真っ赤にして起こっている。
「人事課長のところに行ってくる。お前も来るだろう」
「うん」
二人で急いで人事部に行った。
途中で出会った同期の沢田ゆりさんが僕を見てくすっと笑った。
「課長。一体これはどういう事ですか?」
「まあまあ、そっちで話をしよう」
課長を前にして、殿山君が顔を真っ赤にして抗議している。
課長は一通り聞き終わると冷たく僕達に言った。
「今月から男女の職種の区別は法律で禁止されたんだよ」
にやっと笑った。
「我が社も従来の区別を取り払って人材活用することにしたんだ」
僕達二人の顔を交互に見た。
「栗原君なんか、可愛いから似合うんじゃないか?」
馬鹿にしたような顔で僕を見た。
「冗談じゃないですよ。これじゃあ首といっしょじゃないですか?」
「人聞きが悪い事を言わないでくれ。嫌なら辞めてもらってもいいんだよ」
「こんな馬鹿な会社こっちからやめてやる」
殿山君が机を叩いた。
「そうかそれは残念だな」
「おい、行こうぜ。話にならない」
僕は腕を引っ張られて応接室を出た。
「もう辞めようぜ。ここまでされたらさすがにもうがまんが出来ない」
「うん…」
困った…
まだ辞表を出す勇気がない…
受け付け?
でも本当にそんな事させるの?
でも、ただ座っているだけなら、警備やマンションの管理人の人と一緒だなあ。
どうせまた一週間かもしれないし…
「おい、あと一人はどうなっているんだ?」
「それが、まだ辞表を持って来ておりません」
「あと一ヶ月のうちになんとかしろ。社長にはもう大丈夫と言ってしまったんだ」
川上がにがい顔で南を見た。
「ちゃんと辞めさせないと、お前が代わりに辞めてもらってもいいんだよ」
蒼い顔をして、頭を下げた。
「必ず期日までには」
第2章 制服
殿山君はもう出社していないみたい。
僕は緊張して秘書室のドアを開けた。
一瞬めまいがした。
白いブラウスの上に赤いダブルのベストを着たミニスカートの制服の女子社員ばかり…
みんな髪の毛も長い。
僕に気が付いて一斉に振りかえった。
立ち竦んでいる僕のところに赤いミニスカートの制服を着た女の子が笑いながらやってきた。
「栗原君?」
「はい」
「こっちに来て」
僕は女の子についていった。
「成瀬室長、栗原君が来ました」
「はい」
30代位の制服の女の人が僕を見て微笑んだ。
「こんにちは。私は秘書課の室長をやっている成瀬貴子。宜しく」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
あわてて頭を下げた。
「でも、勇気あるわね」
僕をあきれたような顔で見ている。
「本当にここで働くつもりなの?」
「だって、辞令が出てしまったから…」
「まあ、そうね。君の責任じゃないわよね」
また笑った。
「でも、無理なんじゃないの?」
くすくす笑っている。
「でも、座ってお客さんの用件を聞くだけでしょう」
むっとした。
そんな仕事が無理なんて。
「そういう訳じゃないけどね」
またくすくす笑った。
「君、服務規定知ってる?」
「あんまり知りません」
「そうよね。それで来たのね」
隣の女の子もくすっと笑った。
「見たところ可愛い顔をしてるけど、でもねえ」
首を傾げている。
「悪いこと言わないから、あきらめて転職を考えなさい」
「嫌です」
急にそんな事言われても。
「どうしても?」
しょうがないと言った顔をしている。
「もう、人事も困った事をしてくれたわねえ」
本当に困った顔をしている。
「どうせ、また一週間位なんでしょう」
ふてくされて呟いた。
「あら、今度はしばらくそのままだって聞いてるわよ」
「えっ」
「だから困ってるのよ。一人余分に何もさせないで置いておくったってねえ」
僕の体をじっと見詰めて噴出した。
「何が可笑しいんですか?」
「ほら」
僕に服務規定の本を開いて見せた。
<…但し受付と秘書は対外業務を主たる業務とするため、服装自由規定から覗き、定められた制服を着用しなくてはならない。
また当社のイメージを損ねないように別途定められた髪形等の規則に従うものとする…・
…本規定に違反したものは懲戒解雇する。…>
心臓がどくんと鳴った。
どういう事?
驚いて成瀬室長を見た。
「どういう事ですか?」
「だから、そういう事なの。ほらみんなを見てみなさい」
僕は部屋の中の女の人達を見た。
みんなきれいな長い髪を髪飾りで止めて、同じような白いブラウスを着て、きれいにお化粧をしている。
「みんな服務規定を守ってるのよ」
「まさか…」
足が震えた。
顔が赤くなった。
「そう。ここで働きたかったら、ちゃんと制服を着て、髪をああいう風にして、お化粧してもらわなくっちゃ」
「だって、僕は男ですよ。男は背広が制服じゃないんですか?」
「ここは、女の人だけの部署なのよ」
そう言うとにやっと笑った。
「それで、社長の趣味でこのミニスカートのスーツが制服に決まってるの」
僕をみてくすっと笑った。
「それとも、スカートはいて働いてみる?」
僕を案内してくれた女の子がおかしそうな顔で僕を見た。
「栗原君なら似合うんじゃない」
くすくす笑っている。
「そんなの出来ません…」
「じゃあ、転職を考えてもらうしかないわね」
ちょっと済まなそうな顔をして僕を見詰めた。
「でも、これで私の仕事は終わりね」
ほっとしたような顔をして呟いた。
「もう人事も君の事を辞めさせたいのなら、もうちょっとましな事を考えればいいのに」
ひどい…
いくら僕を辞めさせる為だと言っても…
人事課が恨めしくなった。
殿山君達だって一体何をしたっていうの?
苦労して試験を通って入ったのに、入ったら今度は勝手にこんな嫌がらせをして辞めさせるなんて…
このまま黙って辞めるなんて悔しい…
知らない内に唇を強く噛み締めていた。
怒りが収まらない。
こんな会社仕返ししてやりたい…
「どうしたの、怖い顔をして?」
成瀬室長が僕を心配そうな顔で見詰めた。
女装した男の子が受付に座っていたら、いい笑い者だな…
ふと想像して笑いが出た。
そうだ、どうせならそれも面白いかも。
そんな会社誰も仕事を頼まなくなってしまう。
怒りに震えて、自分の考えが良い考えのような気がした。
「わかりました。服務規定に従います。なら文句ないでしょう」
成瀬さんが唖然とした顔で僕を見詰めている。
隣に立っている女の子が『うそっ』と小さく声を上げた。
「困るのは会社の方でしょう。こんな馬鹿な事をさせて」
ふてくされて成瀬さんを見た。
成瀬さんが困ったような顔をして横にいる女の子を見た。
部屋にいる女の人達も手を止めて聞き耳を立てているみたいで、しーんとしている。
「本当にいいの?」
困った顔で目を天井に向けた。
「私困っちゃうわ…」
途方に呉れたような顔をした。
「やだー」
急に女の子が笑い出した。
「栗原君本気なの?」
「本気だよ。悪い?」
僕に睨み付けられて首を竦めた。
「だけど、ここだと通勤時とか色々規定があるのよ…」
力なく僕に言った。
「何でもいいですよ。早くちゃんとした部署に移してくれるように言って下さいね」
「わかったわ…」
僕は奥のきれいなドアのところに連れて行かれた。
女の子達が僕を見る視線が背中に刺さった。
「入って」
ドアを開けて僕を中に入れた。
中は大きな鏡が張られた壁に洗面化粧台が置かれている。
反対側にはロッカーが並んでいる。
「私達の更衣室よ」
僕に言うとにこっと笑った。
「私新谷かすみ宜しくね」
「あ、宜しく」
二人だけになるとさっきの怒りが収まってきた。
もしかして僕大変な事言ってしまったんじゃあ…
彼女がロッカーを開けて、赤い制服を手に持ったのを見て動揺した。
「栗原君私と同じような背格好だし、細そうだから私の予備を貸してあげる」
そう言うと僕の体に制服のスーツを当てた。
急に恥ずかしくなって顔が赤くなった。
「うん、合いそうね」
嬉しそうに笑って、征服を壁に掛けた。
「じゃあ、着てるもの脱いでくれる?」
彼女が頬を赤らめて言った。
胸がどきどきして体が動かない。
「早く脱いでよ。男の子でしょう」
横を向いて言った。
僕は覚悟を決めておずおず服を脱ぎ始めた。
パンツ一枚になった僕を見ないようにして、白いパンティを手渡した。
「これあげるから、穿き替えて」
どきっとした。
「これもはかなくちゃいけないの?」
「だって、スカートに線が出ておかしいわよ」
「そう…」
僕は横を向いて急いで穿き替えた。
パンティがぴっちりと僕のお尻を包んだ。
滑らかな感触でぞくっとした。
いつのまにかあそこが大きくなっている。
彼女に見られないように急いでパンティの中に押し込んだ。
「はいた?」
「うん…」
「じゃあ向こうを向いて、これに手を通して」
手渡されたブラを見てどきっとした。
これを着けるの?
恥ずかしい…
恐る恐る肩のストリップに手を通した。
かすみちゃんが背中のホックを止めた。
ブラが胸と脇の下を締め付ける。
恥ずかしい…
「これでも詰めようか」
ブラのカップにパンストを丸めて詰めている。
「ふふ。似合うじゃない」
白いシルクのブラウスのボータイを結びながらかすみちゃんが微笑んだ。
パンストをはいた足にスカートがこすれてぞくっとなった。
滑らかな感触の下着とブラウスが僕の体をくすぐる。
ただ、ズボンがスカートに代わるだけだと思っていたのに…
ハイヒールで足元が覚束ない。
「はい、出来あがり」
足元がすーすーして何もはいていないみたい…
鏡を見た。
白いブラウスの上に赤いベストとスカートをはいた僕が映っている。
乳房があるみたいに、胸が膨らんでいる。
体が熱くなって、ぞくっとした。
「それ高いんだから汚さないでね」
「うん…」
「やっぱりお化粧しないと変だわ」
首を傾げて僕を見た。
「いいよ…」
「だけど、お化粧しないと規則違反よ」
彼女が僕を鏡の前に座らせると、ファウンデーションを塗り始めた。
「髭が薄いけど、ちょっと気になるなあ…」
鏡を見ている。
「まあ、いいか」
彼女の手が僕の顔を女の子みたいに変えていくのを体を固くして見ていた。
「ふふ。こうしてみると女の子みたい」
くすくす笑っている。
黙って顔を赤くした。
鏡の中できれいにお化粧した、ショートヘアの女の子が緊張した顔で僕を見詰めている。
「男の子の髪型だから、何だか変なの」
僕の髪をさわっている。
「ちょっと待って」
更衣室を急いで出て行った。
すぐに別の女の子を連れて帰ってきた。
僕を見て少し驚いたような顔をした。
急に笑い出した。
「やだ。女の子みたいになってる」
僕を見てくすくす笑っている。
顔がまっかになって、体が固くなった。
彼女に見られてそあそこが固くなった。
二人が僕の両側に立った。
「ねえ、そう思うでしょう」
「うん。じゃあ貸してあげる」
僕の頭にロングのウイッグがかぶせられた。
目の前が髪の毛で見えなくなった。
かすみちゃんがブラシで僕の長くなった髪の毛をきれいに整えた。
どきっとした。
恥ずかしそうな顔をしている女の子が僕を見詰めている。
頬が赤くなって、胸がどくんと鳴った。。
二人に見詰められて恥ずかしい…・
ただこの会社で働きたいだけなのに…
何でこんなに恥ずかしい目に会わなきゃいけないの…
知らないうちに涙が零れてきた。
悔しい…
思わず唇を噛み締めた。
「可愛いじゃない」
「うん。緑もそう思う?」
「思う、思う」
はしゃいでいる二人を体を固くして見詰めた。
「ねえ、マニキュアも塗ってあげようか」
「うん、それ面白い」
二人が僕をおもちゃにしている」
両手の爪がやすりできれいに形を整えられてピンクのマニキュアが乗せられていく。
体が震えてきた。
僕…
ドアから部屋に戻ると、みんな好奇心一杯の目で僕を見た。
体が竦んだ。
「成瀬室長のところに見せに行かなきゃ」
僕の手をかすみちゃんが引っ張って行った。
体が竦んで力が入らない。
胸がどきどきしている。
僕はふらつきながら付いて行った。
みんなの視線を背中に感じた。
成瀬さんの前に立った。
恥ずかしくて顔を上げられない。
「顔を上げて」
「はい…」
顔を上げると、成瀬さんが驚いたような顔をした。
急に表情を柔らかくして微笑んだ。
「あら、まあ可愛い女の子になっちゃって」
また可笑しそうな顔をした。
「ねえ、可愛いでしょう」
かすみちゃんが横から口を出した。
「ふふ。でも本当にその格好で働くの?」
僕の目を覗きこむようにした。
どうしよう…
女の子の格好するのがこんなに恥ずかしいなんて…
滑らかな女性の下着に包まれて自分の体じゃないみたい…
「ねえ、辞めないで一緒に働こうよ」
驚いて横を見ると、かすみちゃんが微笑んでいる。
「受付は私達で足りてるんだから、この部屋で仕事してればいいんじゃない」
考えがまとまらない…
でも、こんな格好で仕事するなんて…
後悔してきた…
さっさと辞めれば良かった。
でも、辞めたら後どうしたら…
恥ずかしくて、悔しくてまた涙が零れた。
「成瀬さん、それならいいでしょう?」
「だけどねえ」
困った顔をして僕を見た。
「本人がそれで良いっていうならしょうがないんだけど…」
こんな格好させられて、このまま辞めるなんて…
僕はイエスもノーも言えないで俯いた。
「いいってさ。こっちにおいでよ」
僕の返事を待たずに僕の手を握って引っ張った。
僕は体を竦ませたまま、彼女に引っ張られて行った。
どうしよう…
じゃあ、ここに座って。
指差された机を見詰めた。
僕の新しい机?
立っていると恥ずかしいから、椅子に腰をかけた。
「駄目よ、そんな座り方じゃあ」
僕にスカートの下に手を差し入れて座る座り方を教えてくれた。
「ほら、足も閉じて」
周りでくすくすと笑い声が起きた。
はっとして見上げると女の子達が僕を見ておかしそうな顔をしている。
顔が真っ赤になった。
「ぼく、可愛いわよ」
向かいに座っている少し年上の秘書の人がおかしそうな顔をして僕を見ている。
「そんな…」
「私は、鷹取美保」
僕を見てにこっと笑った。
「取り敢えず私達の書類業務を手伝ってもらったら」
かすみちゃんを見て微笑んだ。
「そうね。そうすれば他の人に会わなくてすむからいいわね」
僕を見て微笑んだ。
「じゃあ、みんなのお手伝いしてね」
僕は黙って頷いた。
でも、ここからこの格好で出なくていいと分かってほっとした。
こんなのすぐ終わるに決まってる…
僕は唇を噛み締めたまま、不思議な気持ちで眼の下にある赤いスカートを見詰めた。
第3章 仕事
他の女の人達は、忙しそうに出たり入ったりしている。
ちらちらと僕を見ては、可笑しそうな顔をする。
その度にびくっと体が竦んだ。
疲れる…
ようやくお昼のチャイムが鳴った。
かすみちゃんが僕のところにやって来た。
「ねえ、お昼どうするの?」
微笑んで僕を見た。
「どうするって…」
僕は赤いスーツを見下ろしてとまどった顔をした。
「お昼一緒に食べに行く?」
他の女の人達も、好奇心一杯の目をして僕の周りに集まってきた。
「ボク、一緒に行かない?」
鷹取さんがくすくす笑いながら僕を見た。
「そんな、この格好で出るなんて…」
「でも、お腹すいちゃうわよ」
鷹取さんがくすっと笑った。
「ボク可愛いから、大丈夫よ」
「だって、他の社員の人に見られちゃう…」
思わず声が大きくなった。
「私達は、いつも外に出るから大丈夫よ」
「そうよ。一緒に行きましょうよ」
かすみちゃんが僕の手を取った。
手を引っ張られて立ち上がると、ふらっとよろけた。
「行きましょう」
みんなそう言うと出て行こうとする。
思わず足が竦んだ。
「私達の中に入ってれば見えないから大丈夫よ」
僕はかすみちゃんと鷹取さんに手を取られて、部屋の外に出た。
鷹取さんとかすみちゃんに挟まれて、顔を俯かせながら歩いた。
どこを歩いたのか覚えていない。
すれ違う人の足音がすると体がびくっと震えた。
スカートから出ている足が覚束ない…
僕は体を固くしてレストランの席に着いた・
足元が覚束なくて、まだふらふらしている。
胸がドキドキして堪らない…
かすみちゃんが何か言ってけど、ただ頷いていた。
みんな僕の事を見ているような気がして生きた心地がしない…
えーん、逃げ出したいよー…
「光、光ちゃんったら」
僕を呼ぶ声に気が付いてはっとして顔を上げた。
みんなが僕を見てくすくす笑っている。
顔が赤くなった。
「みんなで何て呼ぼうか話していたんだけど」
かすみちゃんがにっこり笑って僕を見ている。
「栗原君ってのも何だし、どうせなら女の子らしく光ちゃんでいいかなって?」
光ちゃん…
「僕、男だよ…」
「だって、男って言ってもスカートはいてお化粧してるからねえ」
口に手を当てて、くすくす笑っている。
「ボク、光ちゃんでいいわよね」
鷹取さんがにやっと笑った。
「はい…」
「ねえ、私達の課女ばかりでしょう」
「ええ…」
「男がいると何かと不都合なのよね」
鷹取さんが意地悪そうな顔をした。
「そんな…」
「はっきり言って、女装している男と一緒に仕事しているっていうのはねえ」
体が竦んだ。
「でも…」
急に鷹取さんがにっこり笑った。
「心配しなくてもいいわよ」
鷹取さんがにやっと笑った。
何を言い出す気?
やっぱり、辞めるしかないのかなあ…
思わず膝を揃える足に力が入った。
「光ちゃんの事女の子として扱うことにしたから」
「えっ?」
驚いてかすみちゃんを見た。
「私達光ちゃんの事女の子と思うから、光ちゃんもそのつもりでいてね」
「どういうこと?」
「私達を、男の変な目で見ないでね」
鷹取さんが笑いながら言った。
「光ちゃん可愛いから、女の子になれるわよ」
くすくす笑っている。
「じゃあ、良いわね」
かすみちゃんの手にすがるようににして会社に戻った。
手にじっとりと汗がにじんでいる。
何でこんな思いしなきゃいけないの…
恥ずかしさと悔しさで目に涙がにじんだ。
戻ると成瀬さんが僕の顔をちらっと見た。
びくっと震えた。
あきれた顔をして僕に話し掛けた。
「その格好で食事に行ったの?」
「ええ…」
「まあ、いいけど…」
不安そうな顔で僕を見詰めた。
ひどい…
好きでやってる訳じゃないのに…
「あー、成瀬さんそんな言い方ひどいわ」
横を見たら、かすみちゃんが口を尖らしている。
「だけど…」
成瀬さんの困った顔を見ていて、少し良い気味だと思った。
何だか僕が女の子の格好してると困るみたい。
「今みんなで光ちゃんの事を女の子のつもりで扱いましょうって話していたんですよ」
成瀬さんが驚いたような顔でかすみちゃんを見た。
「光ちゃんもそのつもりよね」
僕を見て微笑んだ。
「光ちゃんそうしていると女の子に見えるから大丈夫よ」
にっこり笑って片目を閉じた。
つい釣り込まれるように頷いてしまった。
僕は成瀬さんの冷たい視線を感じながら席に座った。
何だかいたたまれないなあ…
スカートのすそを直しながら、不安が膨らんだ。
でも、こんな事で負けてたまるか…
唇を噛み締めて顔を上げた。
その日の午後は、受付に着た人の名簿作りの仕事をもらった。
顔写真と、経歴とかを調べてファイル化する仕事だった。
仕事をしていると気がまぎれて少し楽だった。
それにパソコンを扱うのは得意だから、久しぶりに仕事らしい仕事を出来て少しうれしかった。
気が付いたら終業のチャイムが鳴っていた。
「ねえ、一緒に帰らない?」
かすみちゃんが親しそうに寄ってきた。
何でかすみちゃんこんなに僕に親切なんだろう…
でも、友達みんないなくなっちゃったから嬉しいな。
「じゃあ、着替えなきゃ」
「あら、そうだったわね」
「でも」
更衣室にもう何人か入っていっている。
「じゃあ、少し待ちましょうか?」
ようやく着替えられる。
ほっとすると同時に、このままもう少しいたい気持ちがあるのに気が付いてどきっとした。
ふと僕を見詰める視線に気が付いた。
成瀬さんが僕を冷たい目で見詰めている。
どきっとした。
成瀬さんも僕の事じゃまみたい…
「光ちゃんまた明日」
鷹取さん達が微笑みながら僕に声を掛けて帰って行った。
僕は黙って頭を下げた。
「空いたわよ。行きましょう」
「う、うん」
私服に戻って鏡を見てほっとした。
「何だかつまらないわ」
かすみちゃんがつまらなそうな顔をして僕を見た。
「そんな事言っても」
「そうね」
にっこり笑って僕の手を取った。
かすみちゃんは、もう私服のスーツに着替えている。
「何だかあんまり変わらないね」
「秘書課は通勤時もきちんとしてなきゃ駄目なのよ」
「ふーん…」
一瞬嫌な予感がした。
かすみちゃんと更衣室を出ると、成瀬さんが僕をじろっと見た。
頭を下げて、顔を見ないように秘書室を出た。
ほっと肩の力が抜けた。
「あー、疲れた」
のびをしたら、かすみちゃんが可笑しそうな顔をした。
「結構楽しそうだったじゃない?」
「そんな事ないよ」
「でも会社もひどいことさせるんだなあ」
ちょっと首を傾げて僕を見た。
「本当に会社を困らせる気?」
「そう思っていたんだけど…」
「どういう事なんだ」
南人事課長が成瀬秘書室長に向かって顔を赤くして怒鳴った。
「何を言ってるのよ。怒られる筋合いないわ」
「だけど、何であいつは辞めないでおとなしく女の制服なんか着てるんだ」
「そんな事知らないわよ。こっちこそいい迷惑よ」
「何とかならないのか?」
「もう三日も経つけど、大人しくスカートはいて仕事をしているわ」
「くそー…」
顔を赤くして机を叩いた。
「あいつを辞めさせないと俺の首が危ないんだ」
「そんなのあなたの勝手でしょう。こんな変な事考えたあなたが悪いんでしょう」
「だけどなあ…」
南が救いを求めるような顔をして成瀬貴子を見た。
「受付を命じられただけでも普通は屈辱に感じて辞めるし、スカートをはけと言われれば普通の男なら怒って辞めるはずだったのに…」
南が頭を抱えた。
「受付に立たせろなんて言わないで下さいよ」
成瀬が冷たい口調で言った。
「まさかなあ…」
成瀬を見詰めた。
「これで服務規定は守っている事になるんだろう?」
「そうねえ?」
成瀬が小首を傾げた。
「何かあるのか?」
「まあ、あると言えばあるんだけどねえ…」
乗り気のない顔で呟いた。
「何だよ。教えてくれ」
「でもねえ、あの子の事だからどうかしら?」
黙って南を見た。
「いいから、何でもいい。頼む。俺には家族も子供もいるんだ」
成瀬が南の困った顔を見てしぶしぶといった表情を見せて頷いた。
「しょうがないわね」
南に小さく耳打ちした。
南がそれを聞いて、ちょっと驚いたような顔をした。
少し考え込んでから、小さく頷いた。
「成瀬さん。それでいい。頼めるか?」
「いいけど、私は知らないわよ」
「わかった」
「でも、あの子の人生変わっちゃうかもよ」
「嫌ならすぐ辞めればすむことだ」
「まあ、そうね」
成瀬がふふっと笑って南を見た。
「光、おはよう」
かすみちゃんが光を見て微笑んだ。
「毎日ごめん…」
「いいのよ。早くしないと先輩達来ちゃうわよ」
「う、うん」
二人は急いで更衣室に入った。
成瀬貴子は二人を冷たい目で黙って見詰めていた。
「どう?」
「え、ええ。いいんじゃない」
鏡の前できれいにお化粧された顔を見詰めた。
ウィッグをきれいに梳かしながら満足そうに見ている。
「こうしていると本当に女の子みたいね」
体が熱くなった。
顔が赤くなった女の子が僕を見詰めている。
かすみちゃんに言われて、少しだけある髭を抜いて来たから、昨日よりも自然な感じに仕上がっている。
白いブラウスと赤いベストが白くなった顔に映えて可愛い…
何となく目が離せないでいるとかすみちゃんが声を掛けた。
「さあ、早く出よう」
「う、うん」
僕はかすみちゃんについて更衣室を出た。
「光ちゃん助かるわ」
山本さんが笑顔になって僕を見た。
「いいえ。こんな事しか出来ないから…」
「私パソコン苦手だから困っていたの」
またにっこり笑った。
「このままここにいてくれたら嬉しいんだけどな」
「そんな、すぐ移りますよ」
「私なんか、社長が顔だけで選んだから大変…」
「僕でよかったらお手伝いしますよ」
「有難う」
そう言ってから、顔をしかめた。
「こら、女の子が僕なんて言っちゃ駄目よ」
「は、はい」
顔を赤らめて済まなそうに頭を下げたら、山本さんがくすっと笑った。
「そんなに真剣にとらないで」
まだ可笑しそうに笑っている。
「でも、光ちゃんって社長の好みだと思うな」
「えっ…」
「社長って光ちゃんみたいなタイプ好きなのよ」
「そうなんですか?」
「少年っぽい女の子に目がないんだけど、私は怪しいなって思ってるんだ」
「何がですか?」
「社長は光ちゃんみたいな男の子好きなんじゃないかな?」
僕を意味ありげな顔で見た。
背筋がぞっとした。
「でも、社長に取り入れば将来も安泰だし。仕返し出来るんじゃない?」
そうかもしれないけど…
「今度社長にこっそり会わしてあげようか?」
「い、いいです、そんな」
「そう。その気になったら言ってね。お礼よ」
そう言うとにっこり笑って自分の席に戻って行った。
胸がまだどきどきしている。
山本さんなんて事を言うの…
でも、女の子になってると、男の人が何だか怖く見える。
そっと膝を閉じて体を固くした。
第4章 通勤
「うん」
かすみちゃんと一緒に更衣室に行こうとした時、成瀬さんが僕を呼びとめた。
「何ですか?」
不安になって席の前に行った。
かすみちゃんもついてきた。
「栗原さん。あなた服務規定知ってるわよね」
「はい…」
何も違反していないはずだけど…
「今まで黙っていてあげたけど、そろそろ守ってもらわなくちゃね」
「何をですか?」
不安になって鳴る背さんを見た。
「通勤も、勤務中に準じた服装と身だしなみをする事って決まってるのご存知よね」
心臓がどくんと鳴った。
「まさか…」
僕を冷たい目で見た。
「秘書課の課員は通勤時を含め、普段も可能な限り品位を落とさないように、ジーパンとかの男っぽいパンツは禁止されてるのよ」
「だけど、それは女の人に対してでしょう」
「女の人なんてどこにも書いてないわよ」
ほらと僕に労働協約見せた。
「その代わりに手当てが出てるでしょう」
そうなんだ…
だけど…
「成瀬さん。ちょっとそれは…」
かすみちゃんが口を挟んだ。
「あなたは黙っていなさい」
「はい…」
首を竦めている。
「守れないなら、辞めてもらうわよ」
ひどい…
そんな無茶な…
「どう?男の子がここで働くなんて無理な事なのよ」
哀れむような顔で僕を見た。
「今日は大目に見てあげるけど、明日からちゃんと守ってね」
「だって、女の子の服なんて持っていません…」
みじめな気分になった。
悔しい…
もう無理だ…
「光ちゃん。私の貸してあげる」
驚いてかすみちゃんを見た。
成瀬さんが怖い顔でかすみちゃんを睨んだ。
「いいじゃない。会社でもスカートはいてお化粧してるんだから。どうせ一人暮らしでしょう?」
「そうだけど…」
「じゃあ、行こう」
僕はかすみちゃんに引っ張られて更衣室に入った。
「かすみちゃん。あんな事言ってくれて嬉しかったけどそんなの無理だよ…」
鏡に移る赤いミニスカートのスーツ姿を見詰めた。
こんな格好で会社に来るなんて…
「だけど、お昼だって外出してるじゃない?」
にっこり笑って僕を見た。
「あれは、みんながいるから…」
「でも、誰も変な顔して光ちゃんの事見ないでしょう?」
僕の目を覗きこむようにした。
可愛らしい唇が目の前に来てどきっとした。
「うん…」
「じゃあ、同じじゃない。却ってここでお化粧したりしなくて済むから楽よ」
「お化粧なんて一人じゃ出来ないよ・・」
「あら、教えて上げるわよ」
「でも、やっぱり恥ずかしいし、知ってる人に見られたら…」
「光がここで女の子になってるのはみんな知らないんでしょう」
「う、うん…」
「そういう風にしていたら、分からないわよ。まさか男の子がそ女の子の制服着てるなんて誰も思わないから」
くすっと笑った。
「そうかも知れない…」
「通勤だって、まさかスカートはいてお化粧して通勤している女の人が男だなんて普通考えないわよ」
そうかも知れない。でも・・
スカートをはいて電車に乗る事を想像しただけで恥ずかしさで体が熱くなった。
「じゃあ、今日から貸してあげる」
「えっ?」
驚く僕を無視して、さっさと更衣室に僕を連れて行った。
「いいよ…」
「駄目よ。帰りにお化粧品とか色々買わなくちゃ駄目でしょう」
「そうだけど…」
「スーツはしばらく貸してあげるけど、下着とかブラウス位は買ってよね」
僕はぽかんと口を開けてかすみちゃんを見た。
「後、秘書課の女の子は万一の為にいつも予備のスーツと黒いワンピースは置いて置くのよ」
「何で黒いワンピースも?」
「葬式とかの時の為よ」
「そんなの出ないよ」
「いいじゃない。万一の為よ」
「でも何でかすみちゃんはそんなに僕の事を?」
どきどきしながら聞いた。
「何故かしらね?でも女の子になった光見てると何だか胸がどきどきしちゃって」
ぽっと頬を赤らめた。
僕も頬が赤くなった。
「さあ、これに着替えて」
ピンク色のきれいなミニスカートのスカートを差し出した。
「これを着るの?」
僕は心臓をドキドキさせながらアパートの階段を上った。
誰も居ないよね。
ハイヒールがコツコツ音を立ててどきっとした。
急いでドアを開けて中に入った。
ふー…・
紙袋を床に下ろして一息ついた。
何だか緊張で頭がぼーっとしている。
とうとう女の子の格好したまま自分のアパートまで帰って来てしまった…
買ってきた洋服と下着をベッドの上に広げた。
胸がどきどきしてあそこが固くなるのが分かった。
みんな女の子の物だ…
スカートから出ているストッキングをはいた足が妙に色っぽい…
一瞬ぞくっとした。
コンパクトを開けてみた。
鏡にお化粧をした僕の顔が映っている。
口紅を手に取って見詰めた。
ふとベッドの上の純白のブラやキャミソールを見た。
僕まだ女の子と付き合った事もないのに…
立ち上がって、洋服ダンスを開けた。
きれいなピンクのミニスカートのスーツを着た女の子が映っている…
ブラウスの胸がきれいに膨らんでいる…
胸がきゅんっとなった。
にこっと微笑んでみた。
可愛い…
思わず回りを見回した。
自分の部屋で一人になって安心したら、急に下着の感触にぞくぞくしてきた。
思わず首を振った。
僕はこんな恥ずかしい目に会わせたやつらに復讐をしてやるんだ。
その為にがまんしているんだ…
鏡から目を背けて、上着を脱いだ。
十一月に入っているせいか、上着を着ていて丁度いい。
おかげで、何とかごまかせるけど…
体を洗いながら、剃刀に目が行った。
無意識に手に取ってじっと足を見詰めた。
男の子としてはそんなに濃いほうじゃないんだけど…
今日は夜だったからいいけど…
剃刀を無意識に足に当てて動かし始めた。
きれいになった足を見詰めた。
ふと腕が目に入った。
体を拭いてお風呂から上がるとベッドの上に買ったばかりの下着が広げられている。
思わずパンテイとブラを手に取って、見詰めた。
体がぶるっと震えた。
恐くなって、急いで袋にしまってパジャマを着た。
僕一体何をしようとしていたんだ…
ベッドにもぐり込んで目を閉じた。
鏡に映った、スカート姿の自分の姿が焼き付いて消えない。
胸が何だか寂しい…
明日はちゃんと、今日買ったスーツを着て、お化粧して会社に行くんだ…
どきどきして胸が苦しくなった。
アパートの人に見られたらどうしよう…
会社で誰か知った人に会ったら…
光、今日本当にスカートはいてくるかしら…
それにお化粧もちゃんと出来たかしら?
かすみは何だか胸をどきどきさせながら、自分の机を拭きながら入り口を見詰めていた。
成瀬さんも不安な顔で入り口を見ている。
どきっとした。
ドアが開いて、水色のスーツを着た光が恥ずかしそうな顔をしておずおずと入って来た。
成瀬さんが一瞬顔をしかめた。
私に気が付いて嬉しそうな顔をした。
急に嬉しくなった。
何だか手足もきれいに見える。
「おはようございます…」
光が小さい声で成瀬さんに挨拶すると私の所にやってきた。
「光、似合うじゃない」
「ありがとう…」
はにかんで私を見た。
何だか可愛いなあ…
男の子でもこんなに可愛い子いるのね…
思わず胸がきゅんっとなった。
「お化粧もうまくできたじゃない」
「一時間も掛かっちゃった…」
恥ずかしそうにして目をしばたたかせた。
「すぐに上手になるわよ」
「そうね…」
「早く着替えましょう」
「ええ」
何だか可笑しいな。
一生懸命女の子らしくして、いじらしいわ。
あっいけない、鷹取さんがやってきた。
「ほら、急がないと」
鷹取さんが、光が水色のミニスカートのスーツを着ているのに気が付いてびっくりした顔をしている。
どきどきして体がまだ震えている。
更衣室に入って漸くほっとした。
もう生きた心地がしなかった…
一人で朝に女の子の服装で電車に乗るのがこんなに緊張するなんて…
向かい合わせになって顔を見られると体が竦んでしまって、俯いたままだった…
「どうしたの、疲れた顔をして?」
「スカートはいて会社に来るだけで疲れちゃった…」
かすみちゃんが可笑しそうな顔で笑っている。
「すぐ慣れるわよ」
「すぐになんて慣れないわ・・」
不安げな顔をしている僕に優しい笑顔を向けた。
その時急にドアが開いた。
びくっとして見たら鷹取さんが入って来た。
「鷹取さん…」
「あら、まだ着替えてないの?」
「これからです…」
「じゃあ、私も着替えよう」
「駄目です、そんな…」
「あら、何で?」
くすくす笑いながら僕を見た。
「何でって…」
もじもじしている僕を見て可笑しそうに笑った。
「だって、今日それで会社に来たんでしょう?」
「ええ…」
「下も女の子の下着なんでしょう?」
「ええ…」
顔が耳まで赤くなった。
「じゃあ問題無いじゃない」
くすりと笑った。
「女の子同士別に恥ずかしがる事ないわよ」
そう言うとさっさと着替え始めた。
黙って立っている僕を見た。
「さっさと着替えないと始まっちゃうわよ」
「はい」
僕は思わず上着を脱ぎ始めた。
スカートを脱いだ。
下にレースの飾りが付いたスリップが見えてどきっとした。
鷹取さんがちらっと僕を見てくすっと笑った。
「あら、それ可愛いじゃない」
「ええ…」
じっと僕の足を見た。
どきっとした。
「ふーん。足もきれいにしたんだ。女の子みたいなきれいな足になったわね」
そういうと急に笑い出した。
「ごめんなさい。光ちゃん女の子だったわね」
そう言うとさっさと出て行ってしまった。
ふー、緊張した。
急いで赤いスカートをはいた。
スカートをはくと、思わずほっとした。
こんな思いをするなんて…
僕にこんな思いをさせた人達絶対に許さないから。
唇を噛み締めた。
第5章 代理秘書
画面に集中していると、自分の格好を忘れられてほっとする。
長い髪が頬にかかってどきっとした。
急いで掻き揚げて顔を上げた。
気が付くと誰もいない。
あれっ?
みんな仕事で出ちゃったんだ。
急に気が楽になって、立ち上がった。
今日でもう五日目か…
ようやく明日は休みになる。
長い一週間だったなあ…
僕はぼんやりして窓の外を見た。
向かいのビルの中で働いている人が見える。
そう言えばこうやって外を見るのもこれが初めてなんだ…
もう一週間が終わるのにまだ辞令出ないのかなあ。
まさかこのままなんてことには…
体がぶるっと震えた。
こんな事した人達に仕返ししてやりたいんだけど、どうしたらいいか分からない…
こんな風にして一日中部屋の中にいても…
部屋の中をゆっくり歩いて窓にもたれた。
何だか籠の中の鳥になったみたい。
席に戻ってまた画面に向かった。
南課長と川上部長の顔が画面に浮かんだ。
あいつらが僕をこんな恥ずかしい目に合わせたんだ…
スカートはいて会社まで来るまで、どんなに体が竦むような思いをしたか…
昨日までは良かったのに、急になんてまたあいつらの嫌がらせに決まっている…
絶対に許さない…
思わず唇を噛み締めた。
「誰かいる?」
上原さんがあわてて入って来た。
僕だけしかいないのに気が付いて途方にくれた顔をした。
「どうしよう…」
部屋の中を見回してあきらめた様に呟いた。
「どうしたんですか?」
「ええ、困ったわ…」
僕の顔を見て本当に困った顔をしている。
「急いで誰かが社長のお供をしなきゃいけないんだけど、私は専務のお供で行けないし…」
泣きそうな顔をしている。
「何でこんな時に誰もいないのよ。後で私すごく叱られちゃう…」
僕は何もしてあげられないから黙って取り乱している上原さんを見ていた。
ふと上原さんが僕を見詰めた。
僕はどきっとして体を固くした。
嫌な予感がした。
上原さんが急に僕に向かって哀願するような顔をした。
「駄目…」
反射的に声が出てしまった。
「光ちゃん」
「駄目、駄目だよ」
「ちゃんと、分かっているじゃないの」
僕の手を握った。
柔らかい手でどきっとした。
「ねえ、お願い黙って鞄を持っているだけでいいから」
僕の目を覗き込んで懇願するように見詰めた。
「上原さん…」
僕だって泣きそうだよ…
「お願い…」
僕どうしたら…
会社に恥を掻かせるにはまたとない機会なんだけど…
でも体が竦んで動けない…
「いいよね」
上原さんの目にきらっと光るものが見えた。
そんな目をされたら…
どうせ、始めからそのつもりだったんだし…
僕は黙って頷いた。
「光ちゃんありがとう」
上原さんが嬉しそうな顔をして、僕の手を強く握った。
僕なんかで役に立てるなら。
「ほー、新顔だね」
社長が僕の顔を見てにっこり微笑んだ。
入社式の時に遠くから見ただけだから、もっと恐い人かと思っていたけど何だか優しい感じ…
でも、見詰められて僕が男の子だとばれるんじゃないかと体が固くなった。
「ええ、今度移ったばかりなんですよ」
「ほー。名前は何て言うの?」
僕は声を出せなくて黙って俯いていた。
「ほら、ちゃんと答えなくちゃ」
上原さんが僕の肩を叩いた。
「はい。栗原光といいます…」
顔を上げて社長を見た。
心臓がどきどきして苦しい。
スカートを見られてどきっとした。
「ほー、きれいな細い足をしているな」
「社長セクハラですよー」
「ははは。いいじゃないか可愛い女の子の特権だよ」
僕を見てまたにっこり笑った。
どきっとした。
女の子の格好していて、こんな風に男の人に見られるのは初めてだから何だかどぎまぎしてしまった。
「じゃあ、これを持ってついて来ておくれ」
「はい…」
社長から封筒を渡されたので、しっかり持った。
「社長は秘書を連れて歩きたいだけなんだから、ただ黙って可愛らしくしていたらいいからね」
山本さんが耳元で囁くと、笑顔で僕の肩を叩いた。
「じゃあ、頑張ってね」
あー
行ってしまった…
「さあ、君も乗って」
社長の隣に体を固くして座った。
スカートが乱れないように気を付けたけど、スカートから出ている足が恥ずかしい…
僕は黙って緊張して座っていた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
優しい声で僕に言った。
「はい…」
社長だと思うと緊張してしまう。
それにこんな制服着ているから余計緊張しちゃう。
でも、社長は僕の事女の子だと思っているみたい…
そっと社長の横顔を見た。
本当はすごいソフト作って、社長とこんな風に会うはずだったのに…
それがこんな風に女の子として会うなんて…
「何時入社したの?」
「今年です」
小さな声で答えた。
大きな声出すと男の声が出てしまいそう…
「はは、初々しくて可愛いね」
社長が僕の手の上に手を重ねた。
どきっとして、体が固くなった。
やめて…
何でこんなに気が弱くなってるのかわからない…
スカートはいているせいなんだろうか…
それにパットを入れたブラをしているせいか胸も気になる…
やだ…
男の人の手の体温が伝わって来る…
背筋がぞくっと震えた。
「若いからまだ女っぽくなってなくていいね」
僕を見て微笑んだ。
馬鹿。男の子なんだから当然でしょう…
思わず声が出そうになった。
このエロおやじ…
男の人はみんな恐がっているけど、女の子相手だと何これ?
不思議な気持ちで社長を見詰めた。
僕みたいな若い男の子なんて、簡単にリストラしてしまう恐い社長なのに…
「おお、ついた」
僕は急いで降りて、社長の後ろをついて行った。
見上げると大きなビルで、ゲームを作っている会社みたい。
「光社長に付いて行ったの?」
秘書室のドアを開けるとかすみちゃんが席を立って駈けよって来た。
目を丸くして僕を見た。
「うん…」
顔が赤くなった。
「大丈夫だった?男の子だってばれなかった?」
「うん」
「そう、良かった」
ほっとした顔をしている。
ばれた方が良かったはずなのに…
「ばれたら、もう一緒に働けなくなると思って心配しちゃった」
かすみちゃんの顔を見ていて胸が暖かくなった。
「どうもありがとう」
上原さんが来て僕に頭を下げた。
「ごめんね。あの時は焦っちゃってて…」
「もう、いいわよ」
「そう」
済まなそうな顔をして僕を見た。
「変な事されなかった?」
「変な事って?」
どきっとして上原さんを見た。
「何にもなかったわ」
「なら良かった。あいつエロおやじだからね」
くすくす笑っている。
「後になって心配しちゃった」
ぺろっと舌を出した。
「その様子だとばれなかったみたいね」
「うん」
「もうこんな事ないからね」
笑って席に戻って行った。
かすみちゃんが微笑んで僕を見た。
「もう秘書も出来るようになったね」
僕は複雑な表情でかすみちゃんを見た。
「もうここにずうっといたら?」
「そんな事できないよ」
「何で?」
「何でって…」
かすみちゃん何を考えているの?
でも無邪気な様子のかすみちゃんを見ていたら気が抜けてしまった。
席に戻ってほっと息をついた。
ふー、急に疲れが出てきた。
まだ肩が凝っている。
とうとう女の子としてちゃんとした仕事してしまった…
相手先での事を思い出した。
相手の社長に紹介されて、恥ずかしくて堪らなかった…
相手も何だか僕の事気に入っちゃったみたいだったけど…
社長がまた連れてくるなんて言ってたのが気になるなあ。
第6章 退職?
川上人事部長が南人事課長と成瀬秘書室長を呼び付けて怒鳴り付けた。
「どうっておっしゃられても…」
南が恐縮して下手に出た。
成瀬も困った顔をしている。
「社長が栗原を秘書にさせろだなんて急に言い出して困ったぞ」
川上が困った顔をした。
「大体社長に同行させるなんてどうかしてる」
「申し訳ありません」
成瀬が小さく呟いた。
「でも、まさか女の格好で、付いて行くなんて考えもしなかったわよ」
言い訳がましく弁解した。
「大体、通勤も女の格好を強要すれば、絶対に辞めるなんて言ったのは誰だ」
じろっと南を睨んだ。
「すみません。でもまさか…」
「そうよ。大体あの子もとから女の子になりたかったんじゃないの?」
成瀬が南を非難するように見た。
「そんな事は…」
「そうよ。顔だって可愛い顔してるし、体だって華奢で小さいし」
「そんな事より、社長が栗原が男だと知ったら俺達までどんなとばっちりがあるか分かったもんじゃないぞ」
「そうよ。その方が問題よ」
三人が頭を抱えた。
「こんな事してるのは、社長は知らないんでしょう」
「ああ、言えるものか」
川上が呟いた。
「まあ、社長は好色だが、秘書には手を出さないだろうからな」
川上が首を傾げた。
「問題は人事関係の書類が危ないな」
「そうよ。南君一体どうするのよ」
成瀬が責任回避の為に南に矛先を向けた。
「ちょっと私に言われても…」
「大体あなたがいけないんじゃないの。私は言われた通りにしただけですからね」
南が考え込んだ。
「栗原君に女の子になってもらうしかないでしょうね」
「えっ」
川上と成瀬が同時に声を上げた。
「いや。書類を直すしかないんじゃないかと思うんですが?」
「何だそういう事ね」
納得した顔で成瀬が頷いた。
「おいおい。そんな事は違法だろ。俺は知らんからな」
「部長…」
「私も知らないわよ」
成瀬もそっぽを向いた。
「もし社長にばれたら、みんなお前が勝手にやった事だからな」
「そんな…」
しかし南は反論できずに黙り込んだ。
しばらく考え込んでから口を開いた。
「栗原君には来週退職してもらいましょう」
「えっ?」
怪訝な顔で成瀬が南を見た。
「それで、来週から女の子の栗原光に入社してもらいましょう」
にやっと笑った。
「そうすれば、社長のリストラもOKだし、今は試用期間という事にしておけばいいんじゃないですか?」
「ああ、それはいいが、そんな事できるのかね?」
「ええ、履歴書の写真を女の子のに張り替えて、性別を書き換えておけば入社手続きは出来ますよ」
「そうか」
「保険とかは今のままでかまわないでしょう」
「そうね。お医者さんに女の保険証で行ったら却って困るものね」
「だが、栗原には黙っておけよ」
「そうね。自分がいつのまにか女性の社員になってるなんて知ったら仰天するでしょうね」
成瀬がおかしそうに笑った。
「じゃあ、せいぜい立派な女性秘書になるように教育してあげましょうか」
「ははは」
川上が可笑しそうに笑った。
「ちゃんと女らしくなれば、もし社長にばれても、本人が偽って入社したって言って言い逃れられるわね」
「ああ、そういう事だな」
満足そうに川上が頷いた。
「社長がご執心のようだから、成瀬君しっかり栗原を教育して、辞めないようにするんだぞ」
「ええ、わかったわ」
「栗原さん」
成瀬さんが部屋に入って来るなり僕を恐い顔で呼び付けた。
「はい」
急いで成瀬さんのところに行った。
「今日社長のお供したの?」
「はい…」
「そうなのね」
黙って頷いた。
「何て事してくれたの?」
「えっ?」
「あなたは男の子なのよわかってるの?」
「はい…」
だから何度も言ってるのに…
「相手先に分かったらいい物笑いだわ」
僕はくすっと笑った。
「何が可笑しいのよ」
僕を睨み付けた。
「済みません…」
「そんな事になったら、私の首があぶないわ」
怒ったような顔をして僕を見た。
「室長」
驚いて横を見たら、上原さんが困った顔で立っている。
「私が嫌がるのを、無理言って行ってもらったんです」
「そんな事関係ないわよ」
上原さんが怒鳴られた。
「大体男のくせにそんな格好して、いくら頼まれたからって行くほうも行くほうよ。恥を知らないの?」
ひどい…
そんな言い方ないじゃない…
好きでしてる訳じゃないのに…
頬に涙が一筋流れ落ちて行った。
もういいや。
もう辞めよう…
ここまで頑張ったんだけど…
悲しみが胸に溢れた。
急いで涙が零れないように手で目を押さえた。
僕は黙って頭を下げて席に戻ろうとした。
「待って」
振り返って成瀬さんを見た。
「何ですか。もう辞めますよ。それでいいんでしょう」
また涙が溢れてきた。
「光…」
「光ちゃんごめんなさい…」
かすみちゃんと上原さんが、悲しそうな目で僕を見詰めている。
「今までありがとう・・」
これでもう済んだんだ。
もう言ってしまった。
こういう格好も今日が最後か…
何だかもっとこうしていたい気もするけど…
こうなって見るとブラウスにスカートって気持ち良かったなあ…
恥ずかしかったけど…
「待ちなさいって言ってるでしょう」
立ち止まって振り返った。
「そんな簡単に辞めてもらう訳にはいかないわよ」
えっ?
何言ってるの?
驚いて成瀬さんを見詰めた。
「来週から、配置転換よ」
えっ、本当?
やったー
急に嬉しさが込み上げてきた。
「どこですか?」
期待を込めて成瀬さんの口元を見た。
成瀬さんが冷たい目で僕を見た。
「秘書グループに配属よ」
「えっ?」
何を言ってるの?
「社長付きの秘書よ」
投げやりな口調で言った。
どういう事…
目の前が暗くなった。
「何かの間違えじゃあ…」
「間違いじゃないわよ。社長じきじきのお達しよ」
僕をじろっと見た。
「ちゃんと異動させるように強く言われているから辞めてもらう訳にはいかないわ」
「嫌です…」
今日みたいに外に行くなんて…
「やっぱり辞めさせてもらいます…」
「今辞めたら社長を怒らせるわよ」
「そんな事関係ありません」
「馬鹿ね。今辞めたら、何故だと問い詰められるわ」
僕を見てくすっと笑った。
「栗原君が男の子だってわかったら、他の会社に君の事を女装して働いていた変態だって触れまわるわよ」
体が竦んだ。
「もうどこも君の事を雇ってくれないでしょうね」
急に優しい顔になった。
「ねえ、お願い。私だってそんな事になったらここにいられなくなっちゃうわ」
僕の目を見て微笑んだ。
「お互いの為に、辞めないでね」
「光辞めなくて済むじゃない」
かすみちゃんが嬉しそうな顔で僕を見た。
「ごめんね。こんな事になるなんて」
山本さんが済まなそうな顔で僕を見た。
何だかみんなが遠くに見える。
今辞めたら、ここの会社だけじゃなくって他の会社でも働けなくなってしまう…
僕は呆然としてその場に立ち尽くした。
「という事で、他の人には君が一旦退職したと思わせたいの」
僕は会議室で体を固くして成瀬さんの話を聞いていた。
「その方があなたも気が楽でしょう」
僕を優しそうな顔で見た。
「だって、ちゃんと他の職場に移った時、あなたが女の子の格好で秘書やっていたなんて知られたら働けないでしょう?」
そうだけど…
「大丈夫よ。形だけの辞令だから。ね」
僕は不安な気持ちで聞いていた。
「同時に女の子の栗原光が入社する事にしておけば、今のあなたを見たら同一人物とは分からないわよ」
そうかもしれない…
「そのうち社長の気持ちも変わるから、それまで辛抱してくれない?」
「はい…」
「私もあなたが女性秘書としてちゃんと働けるように協力するから」
僕を優しい顔で見詰めている。
「ね。そういう事にしようね。男の子として女の子のお洋服着て働くより、女の子として働いた方がずうっと気楽に働けるわよ」
僕の目を覗き込むようにして微笑んだ。
そうかもしれない…
社長秘書になったら、もしかしたらあいつらに仕返し出来るかもしれないし…
「わかりました」
僕は小さく頷いた。
「良かったわ」
成瀬さんがにっこり笑って僕を見た。
「じゃあ、一つお願いがあるんだけど」
どきっとした。
何だろう…
「これから栗原さんは女の子として働いてもらうんだけど、もし男の子だとばれたら大変な事になっちゃうでしょう」
「ええ」
「万一会社の人や、社長に男で居る所を見られたら困るのよね」
体が固くなった。
「そうですけど…」
「申し訳ないんだけど、普段も外に出るときは女の子の格好をしていてくれないかしら?」
胸がどくんと鳴った。
「そんな…」
「あ、別に家の中でもなんて言わないわよ」
「当たり前ですよ」
「でも、かつらじゃいつばれるか分からないでしょう」
「ええ…」
「社長秘書だから、髪の毛もこれから伸ばしてちゃんと美容院に行って欲しいの」
それじゃあ…
「でもその髪で男の子の格好したら、すぐ栗原さんだって分かっちゃうと思うのよね」
黙って頷いた。
「あ、お洋服とか揃えるのお金が掛かると思うんだけど、ちゃんと秘書室の経費で落として上げるから」
にっこり笑って僕を見詰めた。
「ねえ、それなら負担も無くていいでしょう」
実際女の子の服って高くてこれからどうしようかと思っていたところなんだけど…
そうしてくれるなら助かるけど…
「ね、そうしてくれる?」
どうせ帰ったらわからないんだし…
あっ、ようやく戻って来た。
かすみが光の席に駆け寄った。
「何の話しだったの?」
「うん…」
光が中での事を話してくれた。
聞いていてちょっと驚いた。
でも、その方がいいかなって気がして納得した。
「でも良かったじゃない。経費で落とせるなんていいな」
そう言うと、光が複雑な顔で私を見詰めた。
「でも、一日中女の子でいるなんて…」
「だけど、今だってそうなんでしょう?」
「通勤だけだよ…」
恥ずかしそうに顔を赤らめている。
何だか可愛いな。
でも、これでしばらく一緒に働けると思うと何となく楽しくなった。
「ねえ、コート持って無いんでしょう?」
「当たり前だよ」
「じゃあ、明日買いに行こうよ」
「明日?」
「何か用事あるの?」
「別に無いけど」
「じゃあ、約束よ」
「うん」
「ちゃんと女の子で来てね」
「そうね…」
戸惑った顔をして私を見た。
「冬物も買わなくっちゃね」
「背広買うつもりだったんだけど…」
「いいじゃない。光そういうスーツの方が可愛いよ」
「可愛いって言っても…」
「お二人さんいつまでおしゃべりしているの?」
くすくす笑いながら鷹取さんが私達を見た。
「そろそろ仕事しないと、成瀬さんが恐いわよ」
「はーい」
「それと、光ちゃんお化粧してスカートはいて、男の子言葉って可笑しいわよ」
鷹取さんがくすくす笑って光を見た。
光が頬を赤くしている。
そう言えばそうだけど。
私は今のままでも別にいいんだけどな。
「じゃあ明日ね」
第7章 開かれた扉
僕はパソコンを叩いて辞令を見つめた。
男の栗原光が退職して、代わりに女の子の栗原ひかるが入社している。
形だけだと言っていたけど…
赤いスカートを見下ろした。
白いブラウスの胸元が膨らんでいる。
何だか自分が自分で無くなってしまったみたいな気がした。
ここに座っているのは栗原ひかるっていう女の子なんだ…
男の子の栗原光は退職してしまった…
今はここで秘書の制服を着て秘書をして働くしかないんだ…
目に涙が滲んだ。
画面の栗原ひかる(女)と書いてある字を見詰めた。
何だか、暖かい気分になってきた。
何だろう…
栗原光(男)という字が何だか寒々しく感じられる。
男の子の僕が辞めさせられたみたい…
悔しさが蘇ってきた。
形だけでも何でも、男の子の僕がやめさせられたのには違いないんだ。
屈辱感が襲ってきた。
唇を噛み締めた。
絶対に許さない。
きっといつか同じ目に会わせてやる…
「みんな集まって頂戴」
成瀬さんが僕達を机の前に集めた。
「栗原ひかるさんこっちに来て」
僕はおずおずとハイヒールの音を立てながら進んだ。
みんな黙って僕を見詰めている。
緊張で体が固くなった。
「えー、皆さんも掲示板で見たと思いますが、今日入社して秘書課に配属になった女性の栗原ひかるさんです」
成瀬さんが真面目な顔で女性という処に力を入れて言うと、みんなぷっと噴出した。
僕は顔が真っ赤になった。
「やだ。どういう事なの?」
鷹取さんが可笑しそうな顔をして言った。
「今日から栗原さん正式に女性秘書として働いてもらうことになりました」
僕を見てにこっと笑った。
「社内はもとより社外でも栗原さんはちゃんとした女性社員なのよ」
「うそー」
一瞬どよめきが起こった。
「でも経験が浅いから、みんな彼女に色々教えてあげてね」
かすみちゃんが僕を見て微笑んだ。
「栗原さんもちゃんと女性社員としての自覚を持ってね」
聞いていて何だか不安になってきた。
「ひかるちゃん可愛いわよ。お姉さんが色々教えてあげるわね」
鷹取さんが僕を見てくすくす笑っている。
思わず振り返って成瀬さんを見た。
「でも一時的なんでしょう…」
「ええ、でもそれまではちゃんと女らしくしてね」
にっこり笑っている。
みんなも笑っている。
背筋に戦慄が走った。
僕ここにいると女の子にされてしまう…
足が震えてよろめいた。
逃げ出したい。だけど何かが僕を引きとめる…
「じゃあ、解散」
「社長、新しい秘書を連れてきました」
「おう、良く来たな」
社長が相好を崩して僕を見た。
「宜しくお願いします」
小さな声で言って頭を下げた。
「ほう。相変わらずうぶだなあ」
にこにこ笑っている。
「仕事の内容は成瀬君から聞いているね」
「はい」
「じゃあ、これから宜しく頼むな」
僕を見詰める目が光った。
どきっとして体が固くなった。
「じゃあ、これから早速同行してもらおうか」
「はい…」
小さな声で答えた。
男だとばれるんじゃないかとそれだけで頭が一杯になっている。
成瀬さんが出て行ってしまった。
社長室に社長と二人きりで残されて、心細くて堪らない…
ミニスカートが頼りなくて足が震える。
社長がそんな僕を見てにやにやしている。
「そんなに恐がらなくてもいいよ」
「はい…」
でも男の人と二人きりで何だか恐い…
男の子の時には感じた事がない怯えが体を走った。
あそこが膨らんでいる…
ガーターに押さえられて痛い…
社長が僕の傍に来た。
びくっと体が震えた。
「ははは」
可笑しそうに笑った。
「ほら、行くよ」
「ふー、疲れた…」
一日中社長やお客さんの前でしとやかな女の子を演じていて体がくたくたになってしまった。
下着だけになって、化粧を落としてすぐベッドに横になった。
何だか下着を着替える気が起こらない…
どうせ誰も見ていないんだし…
着替えるの何だか面倒になっちゃった…
朝、目覚まし時計で目が醒めた。
洗面台に行って鏡を見た。
女の子の下着の上に、お化粧をしてない短い髪をした顔が乗っている。
何だか変なの…
僕こんな顔だったっけ…
もう少し髪が長い方が可愛いのに…
どきっとした。
頭を振って、お化粧を始めた。
ウィッグを被って髪を梳かすとようやく見なれた自分の顔になってほっとした。
洋服ダンスを開けてワンピースを手に取った。。
更衣室で着替えるの楽だからワンピース買ったんだけど…
何だか胸がどきどきする。
着てみると、スーツと違ってAラインの女の子らしい体の線が出ている。
スーツと違って何だか恥ずかしい…
でも鏡の中のあどけない女の子に見詰められると興奮してきた。
思わず目をそらして、コートを着た。
ハンドバッグを持って、ドアを開けた。
何日経ってもどきどきしちゃうなあ。
「おはよう」
更衣室に入って来たひかるがびくっとして私を見た。
「あ、かすみちゃんおはよう…」
顔を赤くしている。
何だか変なの?
もじもじしてコートを脱がない。
「どうしたの?」
「何でもないわ」
恥ずかしそうに言うと、コートを脱ぎ始めた。
あっ。可愛い。
Aラインのピンクのワンピースが白い肌に映えて可愛い。
「どうしたの、それ?」
「うん…・」
もじもじしている。
「おかしくない?」
「ううん。似合ってるわよ」
微笑んだら、少しほっとしたような顔をした。
「何だかこういうの着るの恥ずかしい…」
「そんな事ないわよ」
「だけど…」
「女の子らしくって素敵よ」
「ありがとう…」
顔を真っ赤にしている。
胸がきゅんっとなった。
私って変なのかしら…
ひかるが可愛くして恥ずかしそうにしているの見るとときめいちゃう…
首を振った。
いいわ、ときめいちゃうんだからしょうがないじゃない。
「ねえ、自分で買ったの?」
「ええ…」
「センス良いわよ」
嬉しそうな顔をして私を見た。
二人で着替えてから、更衣室を出た。
「ねえ、今日ワンピース着て来たのみんなに黙っていてね」
「何で?」
「だって、恥ずかしいんだもん…」
恥ずかしそうに頬を赤らめた顔が可愛い。
社長の隣に座っていると緊張しちゃう…
何気なく窓の外を流れる景色を見ているふりをした。
体がびくっとなった。
また僕の手に社長が手を重ねた。
気が付かない振りをして体を硬くしていた。
重ねられたところが暖かくなって何だか痺れてきた。
あっと思ったら、僕の手が握られている。
手から胸にかけて電流が走って体がびくっと震えた。
駄目、やめて…
僕男の子なんだから…
黙って横を向いていた。
顔が赤らんでいるのが自分でも分かる。
このエロおやじ…
やだもう…
車はそのまま走り続けている。
ようやく止まった。
手がしびれたままで、車から降りたらふらっとした。
気を取りなおして目の前のビルを見上げた。
今日は初めてのお客さんだ。
あっという間に一週間が経った。
社長のスケジュールはようやく立てられるようになったけど…
でも、社長は毎日車の中で僕の手を握り続けてくる。
今日なんか、ひざをさすってくるからぞわっとして体が震えてしまった。
一体何のつもりなんだろう…
不安な気持ちが消えない。
それにあそこが固くなってくるから困ってしまう。
お化粧を取りながら鏡を見詰めた。
あれっ?
良く見ると、口の周りにぽつぽつ黒いものが見える。
髭だ…
朝ちゃんときれいにしたのに…
まさか見られてないよね…
体が凍り付いた。
そっとあごを撫ぜた。
ざらざらしている。
どうしよう…
一日中女の子のままだから、途中で剃るわけにいかないし…
お風呂から上がって、タオルで体を良く拭いた。
下着を取るために引出しを開けた。
女の子の下着と男の子の下着が半々になっている。
パンツを取ろうとして手が止まった。
胸がどきどきしてきた。
どうしよう…
腕が震えて強張っている…
目を閉じて深呼吸をした。
寒くなってきちゃう…
目をそっと開いた。
震える手でパンティとブラスリップを手に取った。
何も考えないで、パンティをはいてブラスリップを頭から被った。
体がナイロンの感触でぞくっとした。
そっとガーターに足を入れて引き上げた。
脱いであるブラからパットを取って胸に押し込んだ。
体が強張っている。
僕何をやってるの…
心臓が苦しくなってきた。
明日は休みなんだよ…
隣の引き出しに目が惹きつけられている…
誰もいないのは分かっているんだけど、そっと開けて中を見た。
開封されていない紙袋が押し込んである。
胸の鼓動が喉まで聞こえている。
震える手で紙袋を取り出して、中に入っているものを恐る恐る取り出した。
目の前にきれいなピンクのレースが一杯付いたネグリジェが広がった。
ネグリジェを持つ手が震えている。
ワンピースを買った時に、あまりきれいだから一緒に買ってしまったんだ…
でも…
誰も見ていないし…
思いきって頭から被った。
ふわっという感触の後からだが柔らかい滑らかな感触で包まれた。
着てしまった…
恐くなって、鏡を見ないでベッドにもぐり込んだ。
体を丸めたまま目を閉じてじっとしていた。
ネグリジェの感触だけが僕の体を包んでいる。
心地よい気分で目が醒めた。
いつもと違うふとんの感触ではっとした。
ネグリジェを着て寝たんだ…
下にはちゃんと女の子の下着を着ている。
置きあがって洗面所に行った。
鏡に、きれいなピンクのネグリジェを着た男の子が映っている。
思わず目を閉じてネグリジェに手を掛けた。
そのまま手が動かない…
思いなおして、顔を洗った。
横に有る化粧品が目に入った。
胸がどきどきしている。
ファウンデーションを手に取って鏡を見詰めた。
鏡の向こうに長い髪のあどけない少女がネグリジェを着て恥ずかしそうに立っている。
胸がきゅんっとなって、あそこが膨らんできた。
可愛い…
ほっとして、ベッドに腰を掛けた。
足をぶらぶらさせながらぼんやりとしていた。
お腹空いたなあ…
男の子の服に着替えなきゃ…
でもお化粧しちゃったし…
そっと立ちあがって、ピンクのワンピースに着替えた。
僕ピンク色好きだったんだ…
お揃いのピンクのハイヒールを履いて、コートを羽織って外に出た。
寒い…
コートの前を閉じてアパートを出た。
ストッキングだけの足が寒いけど、けど…
ズボンの方が暖かいのに…
第8章 小さなステップ
僕は更衣室でかすみちゃんに聞いて見た。
「なあに?」
振り返ってにっこり笑った。
「あの…」
もじもじしている僕を見て可笑しそうに笑った。
「何よ」
「うん。夕方になると、ここ分かる?」
あごに手を当てた。
「えっ?髭の事?」
「うん」
「そうねー?」
首を傾げている。
「私は気にならないわよ」
どきっとした。
「私はって?」
「そうねえ、気を付けて見ればわかるけどね」
心臓がどくんとなって体が竦んだ。
うそ…
顔が蒼くなった。
「どうしたの?」
心配そうな顔で僕を見ている。
「だって…」
心臓が苦しくなった。
「だってしょうがないじゃないの」
笑って僕を見ている。
「どうしよう?」
「どうしようって言ったって、脱毛しないかぎりしょうがないじゃない」
「脱毛?」
「そうよ。知らないの?」
「知らない事ないけど…」
「みんなわきの下脱毛しちゃってるのよ」
「えっそうなの?」
「女の子なら水着になったりキャミソール着るから当然よ。ひかるもする?」
「い、いいわ・・」
「気になるなら脱毛しちゃったら?」
でもそんな事したら…
「いいわよ。一緒に行ってあげる。予約しておいてあげるから今日の帰りに行きましょう」
「う、うん…」
かすみちゃんの勢いに飲まれた感じで頷いてしまった。
「ねえ、経費で落ちるわよね」
「聞いて見る」
「じゃあ定時後にね」
「痛い?」
「ううん。ちょっとひりひりするけど…」
かすみちゃんと一緒に東京クリニックを出た。
何だかあっけなかった…
信じられない。
本当にこれで無くなっちゃったの?
「すごいでしょう。アレクサンドなんとかレーザっていうの使ってるんだって」
「うん。針をさされるのかと思っていたから」
「二日位腫れが残るかもって言ってたわね」
「うん。どうしよう」
「風をひいたって言ってマスクでもしてたら?」
「そうね。そうしよう」
「腫れが引くのが楽しみね」
かすみちゃんが何だか嬉しそうな顔をしている。
「ひかるちゃんきっと前よりもきれいになるね」
「そうだといいけど」
「何だか楽しみ」
にこにこして僕を見詰めた。
どきっとした。
脱毛に行ってから、二日経った。
マスクをしていたら社長は不機嫌だったなあ。
会社から帰ってから洗面所の鏡の前でマスクを取った。
もうすっかり赤いぽつぽつした腫れも引いて、きれいになっている。
ところどころ黒いすすみたいなものが浮いているので、指で触ったら簡単に取れた。
お化粧を落として鏡を見詰めた。
口の周りからあごにかけてうっすらした青みが消えて、頬から滑らかな白い肌が続いている。
ファウンデーションを落としたのに、まだ縫っているみたい。
ハンドバッグから口紅を取り出して、そっと塗ってみた。
ウィッグを被ってまた鏡を見た。
眉毛も細い半月形に整えているせいか、女の子の顔みたい…
これで心配は無くなったけど…
旨がどきどきしてきた。
僕の顔ってひげが無くなると女の子みたいな顔だったんだ…
そっと顎を撫ぜた。
柔らかい肌の感触があるだけだ…
これじゃあ男に戻っても…
少し後悔してきた。
止めれば良かったかなあ…
でももう元に戻すことは出来ない。
「やあ、彼はちゃんとやってるか?」
川上人事部長が廊下ですれ違った成瀬秘書室長ににやっと笑いながら離しかけた。
「彼?」
成瀬が立ち止まって、訝しげな顔で川上を見た。
「ああ、彼女の事?」
成瀬が急に可笑しそうに笑った。
「おっと、彼女だったな」
川上が苦笑した。
「ええ、ちゃんとやってますよ」
「ならいいが」
また苦笑した。
「しかし、良く続くもんだなあ」
「本当。何だか笑っちゃうわ。素直に教えたようにして、どんどん女の子らしくなっているわ」
口に手を当てて笑った。
「あのまま女になったまま働き続けるつもりなのかな?」
「さあ、知らないわ」
「しかし、良くばれないもんだなあ」
「おかしいと思ってる人もいるみたいだけどね」
「まあ、顔を知っている社員だっているんだからいずれわかるだろうな」
「出来れば早く辞めてくれた方がありがたいんだけど。何だか爆弾を抱えているみたいで落ち着かないわ」
「そうだなあ。出来れば社長にばれる前に何とかしたいもんだな」
「何とかしてみる?」
「ああ、しかし難しいだろう」
「そうね、気を付けないと社長に怒られちゃうわね」
「じゃあ」
成瀬は歩き去っていく川上の背中を見詰めた。
大体社長があの子に異常に執心なのが気に入らないわ。
成瀬は心の中でもう消え去っていたはずの炎がちらっと燃え上がったのに気が付いてどきっとした。
気を付けないと私の地位だって危なくなるかも…
今はこの地位だけが私の残ったすべてなんだから…
「栗原さん」
成瀬さんが僕を呼んでいる。
「何でしょうか?」
机の前に背筋を伸ばしてハイヒールをコツコツ鳴らしながら歩いて行った。
両手をスカートの前に揃えて立った。
「ふふ。ちゃんと女らしいしぐさが身に付いてきたわね」
どきっとして顔が赤くなった。
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。誉めているんだから」
「はい…」
でも人に言われると恥ずかしくなって体が熱くなる。
「その調子でうまくやってね」
「はい」
「呼んだのは今日の仕事の事なんだけど」
「何でしょう?」
「受付の子が一人休んじゃって、代わりがいないからあなたやってくれない?」
ちょっと待って。
受付って言ったら、みんなにこの姿を見られちゃうじゃない…
黙っている僕を見て成瀬さんが微笑んだ。
「風邪ももう直ったみたいだし」
成瀬さんに顔をじっと見られてどきっとした。
首を傾げて僕を見た。
「何だか女の子らしい顔になったみたいだけど…」
体が固くなった。
髭を脱毛したのばれたかな?
「まあその方がいいけどね」
微笑んで僕を見詰めている。
「じゃあ、お願いね」
「成瀬さん、やっぱり受付なんて…」
「これは業務命令よ」
「はい・・」
受付に座っていたらきっとみんなに見られちゃう…
男に戻って働けるようになるんだろうか…
「ひ・か・る」
振りかえるとかすみちゃんが嬉しそうな顔で僕を見ている。
「今日一緒に受付出来るんだ」
「ええ。そうみたい」
「嬉しいな。ひかると一緒だと何だか楽しそう」
かすみちゃんと一緒だと分かって少しほっとした。
「一緒に行こう」
「うん」
かすみちゃんと一緒に受付に向かった。
受付のブースの前に来ると自然に体が固くなった。
本当に受付なんかできるんだろうか…
始めはばれたらそれで会社がいい笑い者と思っていたのに、今はばれたらもうどこでも働けなくなるかもしれないなんて…
そんな事になったら、もうゲイバーで働くしかなくなっちゃう。
不安な気持ちでかすみちゃんの隣に座った。
コンパクトを取り出してもう一度お化粧を直した。
旨がどきどきして痛くなった。
これならまだ社著の秘書の方が気が楽だ…
「お客さんが来たらね…」
かすみちゃんが僕に何をすればいいか教えてくれた。
「やあ、新人かい?」
驚いて顔を上げると、知らない男の人が僕を見て笑っている。
びくっと体が固くなった。
「はい…」
目を伏せて小さな声で答えた。
「ははは。恥ずかしがっていて可愛いね」
「名前は何ていうの?」
「ひかるです」
「ひかるちゃんか。可愛い名前だね」
にこっと笑って僕の目を見詰めた。
「僕は、相原、相原浩次。ひかる様の相原浩次でございます。御支援をお願い申し上げます」
右手を胸に当てて頭を下げた。
思わずぷっと吹き出して緊張が弛んだ・
「もう、相原君って相変わらずなんだから」
かすみちゃんも可笑しそうな顔をして笑っている。
「ひかるはうぶなんだから、からかったら駄目よ」
「はいはい。じゃあね」
そう言うとさっさと去って行った。
「あかしな人」
笑いながらかすみちゃんを見た。
「そうでしょう」
まだ笑っている。
でもおかげで緊張が少し取れてうれしかった。
「じゃあ、にこやかな笑顔で座っているのよ」
「ええ」
出来るだけ可愛らしい笑顔を作って背筋を伸ばした。
出来るだけ誰も来ませんように。
「一人だったら私が対応してあげるから」
「ありがとう」
会社の人達がぱらぱらと出社し始めた。
みんな僕の顔を見て一瞬おやっという顔をする。
その度に体が固くなった。
頬が引きつってきた。
「かすみちゃん、もう疲れちゃった…」
「何言ってるのよ。まだ始まってもいないじゃない」
「そうね…」
お客さんも来始めた。
かすみちゃんが対応するのを、隣でただにこにこしながら見ていた。
「じゃあ、案内致しますからこちらにどうぞ」
かすみちゃんが席を立った。
かすみちゃんが僕を見てにこっと笑って、お客さんと一緒の行ってしまった。
行っちゃいや…
思わず呟いた。
胸が苦しくなって心細くなった。
はっとすると目の前に年配の男の人が立っている。
急いで教えられた事を思い出した。
にっこり笑ってお客さんの目を見た。
「いらっしゃいませ」
緊張で声が震えた。
「川上部長に会いたいんだが」
「はい、人事部の川上で宜しいのでしょうか」
「ああ」
僕を見て微笑んだ。
どきっとした。
「アポイントメントはされておりますか?」
「ああ、10時に約束してあるんだが」
「失礼ですが、お客様のお名前を教えて頂けますか?」
「東光商事の三河だが」
急いでキーボードを叩いた。
「はい、では第三応接室でお待ち頂けますか?」
「場所がわからんのだが」
「ではご案内致します。ちょっとお待ち下さい」
川上部長に電話で連絡した。
受話器を持つ手が震えている。
「川上だが」
「東光商事の三河様がおいでになっておられます」
「わかったすぐ行く」
僕だって分からなかったみたい…
緊張で手が汗ばんでいる。
でも今案内すると、ここに誰もいなくなっちゃうわ・・
こういう時どうしたらいいの?
かすみちゃん早く戻って来て…
「ごめんなさい。代わりの者が今戻ってまいりますから少しお待ち頂けますか?」
どうしていいかおろおろしている僕を見て三河さんが微笑えんでいる。
「お嬢ちゃんは新人かい?」
「ええ、今日が始めてで…」
「若い女の子は初々しくていいもんじゃのう」
顔が赤くなった。
かすみちゃんが戻って来るのが見えた。
急いで立ち上がった。
「ではこちらに」
三河さんの前を緊張して歩いた。
スカート姿を後から見られているのが恥ずかしいな…
「どうぞこちらでお待ち下さい」
ドアを開けて、中に入れた。
「では、ここでお待ちになっていて下さい」
頭を下げて、ドアを閉めた。
急に体の力が抜けた。
どっと疲れが出た。
顔がひくついている。
女の子らしい笑顔すると顔の筋肉が疲れちゃう…
男の人と使う筋肉違うのかしら?
えーと、お茶を出さなきゃ。
急いで給湯室に行った。
お茶なんて入れたことないのに…
女の子達が入れていたのを見よう見真似で何とか入れた。
まあいいか。ちゃんと緑色だし。
お盆に二人分載せて、第三応接室に向かった。
人事部長に会うの嫌だなあ…
なまじ僕のことを知らない人の方が気が楽だ…
僕の事を知っている男の人の前で女の子らしくするの抵抗がある…
それに、僕がこんな事をさせられている元凶だし。
悔しさと怒りの感情がが沸き起こってきた。
でも必死に笑顔を作ってドアを開けた。
二人が驚いたような顔で僕を見た。
「入るときはノック位しなさい」
川上部長が怒ったような顔をして僕を見た。
「申し訳ありません」
恥ずかしさで顔が赤くなった。
「失礼します」
お客さんの横からそっとお茶を出した。
部長のところにも微笑みながら横からお茶を出した。
部長がお茶を出す僕を見ている。
部長と目が合った。
訝しげな顔をして僕を見ている。
体が固くなった。
「見かけない顔だけど、誰だったかな?」
首をひねっている。
「
「僕だって気が付かないんだ」
驚いて部長を見詰めた。
信じられない…
僕がこんな格好してこんな思いをしているのに…
僕なんて、もう忘れちゃうようなそんな存在なの?
悔しくて体が熱くなった。
「しつけが行き届きませんで申し訳ありません」
「いやいや。素直な可愛いお嬢さんじゃないですか」
にこにこして僕のミニスカートを見た。
嫌だ・・
思わず膝を閉じた。
「何ていう名前なのかね」
一瞬どうしようか迷って部長を見た。
「栗原ひかると言います」
部長が驚いたような顔をして、ひきつった顔で僕を見上げた。
薄気味悪そうな顔で僕の体を上から下まで見ている。
「栗原か…」
小さな声で呟くのが聞こえた。
「ほう。名前も可愛いのう」
にこにこして僕を見詰めた。
「用が済んだらさっさと行きなさい」
川上部長が怒ったような顔で僕に命令した。
ひどい…
「どうしたの?固い顔して」
かすみちゃんが僕に小さな声で囁いた。
「何でもないわ」
唇を噛み締めた。
絶対に許さない。
あいつらから見たら僕なんてごみみたいなもんだろうけど…
かすみちゃんが心配そうな顔で僕を見ている。
お客さんが入ってきてはっとした。
「おつかれさま」
部屋に戻ると成瀬さんが笑顔で僕を迎えてくれた。
「どうも」
頭を下げた。
「さっき川上さん会ったけど、驚いていたわよ」
どきっとした。
「栗原さんの事わからなかったみたいね」
「そうだったみたいです」
「まあ、今の栗原さん見たら男だと分からないわよね」
「だけど…」
「じゃあ、明日はいつも通りでね」
「はい」
「これからもひかると一緒に受け付け出来ればいいのになあ」
帰り道かすみちゃんが僕を見て呟いた。
「僕もかすみちゃんと一緒に仕事するのは嬉しいんだけど…」
でも受け付けはもうやりたくない…
「受け付けは嫌なの?」
「うん」
「そうかー。つまんないの」
「ごめん…」
すまなそうな顔をしてかすみちゃんを見た。
「いいわよ。言ってみただけ」
ちょっと寂しそうな顔をした。
胸がずきっとなった。
僕を見て笑顔になった。
「じゃあ、また明日」
「うん。ばいばい」
かすみちゃんの背中を見つめた。
第9章 ピンクのドレス
社長が執務机から顔を上げて、お茶を入れている僕を見詰めた。
「はい。何でしょうか」
「クリスマスは君みたいな可愛い女の子はもう予定が入っているんだろうな」
「いいえ」
首を振った。
「そうか」
にっこり笑って僕を見た。
どきっとした。
まさか・・
「パーティがあるんだが、同伴者がいるんでな」
同伴者…
「君に同伴者になってもらいたいんだが」
社長が僕の目をじっと見詰めた。
「同伴者なんて…」
僕は目を落とした。
仕事ならしょうがないけど…
「それに着るものも持ってませんから」
「何だそんな事か」
大きな声で笑った。
「じゃあ、これから見立ててあげよう」
「そんな。それにまだ行くと言っていません」
「デートがなければこれは秘書の仕事だよ」
急にまじめな顔になった。
「仕事…」
「そう、じゃあ出かける仕度をしなさい」
「仕度って言っても」
僕の着ている赤いスーツを見た。
「私服に着替えてきたまえ」
「はい」
反射的に答えてしまった。
「今日は直帰でいいからね」
僕は急いで戻って着替えた。
成瀬さんに説明したら、強張った顔をして僕を見た。
「そう、今年はあなたなの…。じゃあ行って来なさい」
僕はおずおずと試着室のドアを開けた。
「まあ可愛い」
お店の人がにこにこして僕のドレス姿を見て声を上げた。
「おう、可愛いもんだ」
恥ずかしさで体が固くなった。
今社長が選んでくれた、ピンクのアフタヌーンドレスを着ている。
胸の部分が透けたレースで覆われているので胸にパットが入っているようには見えない。
ウエストが絞られて、下がふわっとひざの下まで広がっている。
おずおずと鏡の前に立った。
うそ…
体にぼっと火が付いたようになってぶるっと体が震えた。
鏡に目が吸いつけられて動けなくなった。
周りの音と景色が消えて鏡の中の女の子と僕の二人だけになった。
僕…
「随分気に入ったようだね」
はっとして声の方を見た。
社長がにこにこして僕を見ている。
「はい…」
「ドレス着るのは初めてかな?」
当たり前じゃないの…
黙って頷いた。
「そうだよな」
一瞬真面目な顔をしてすぐ笑顔になった。
「じゃあ、イブニングも見てみようか」
「はい、こちらに御座います」
「あっ…」
焦っている僕に気が付いて微笑んだ。
「そのままでいなさい」
「すいません。バッグと靴も買って頂いて」
「ああ、かまわないから」
「本当にいいんですか?」
「ああ、そのドレスも君に着てもらって本望だろう」
嬉しい…
男の子なのにドレス買ってもらって嬉しいなんて…
頭を振って否定しようと思ったけど打ち消せなかった。
そんな僕を社長が意味ありげな顔で微笑んで見ていた。
胸に買ったばかりのドレスが入った袋を抱いて社長について行った。
「秘書の仕事は慣れたかね?」
「ええ、おかげさまで…」
社長の手が僕の肩に掛かった。
どきっとして体を硬くした。
コートの上から社長の手が感じられて肩が痺れた。
黙ってハイヒールをこつこつさせながら歩いた。
僕今男の人に肩を抱かれてスカートはいて歩いているんだ・・
ドレスを買ってもらって…
何だか頭がおかしくなるような気がした。
あいつらがこんな事をしなければ…
唇を噛み締めて街の灯りを見詰めた。
「今日は慰労にレストランでご馳走してあげよう」
アパートに帰ってベッドに腰を掛けながら目の前に広げたドレスを見詰めた。
ゆっくり立ち上がって、スーツを脱いだ。
少し震える手でドレスを手に取って鏡に映した。
ああ…
頭を振って洋服ダンスに掛けた。
真紅のイブニングドレスも隣に掛けた。
もうタンスの中は半分以上女の子の服で占められている…
僕の心の中みたい…
「もう入らないわ」
小さく呟いて、背広を外した。
しばらく着ることもないし…
きれいに畳んで、ダンボールに詰めた。
他のも…
洋服ダンスの中がドレスと女物のスーツだけになった。
震える手でゆっくり引出しを開けた。
男の下着とブラやパンティが半々になっている。
ここももう一杯…
思い切って全部ダンボールに詰めた。
何だかすっきりした気持ちになった。
男と女の間で揺れ動くのに何だか疲れてきちゃった…
座り込んで洋服ダンスを見詰めた。
気が付くと頬が涙で濡れている。
今失業したら住む所も無くなっちゃう…
もう母親の世話にはなれないし…
女の子になっていても、このまま今の会社にしがみついて働くしかないんだ…
テレビから不況で失業者が再就職出来ずに困っているというニュースが流れてきた。
背中がぞくっとした。
寒い。
下着だったんだ。
お風呂に入ろう…
僕は下着を脱いで、お風呂場の中でバスタブに身を沈めた。
また足にすねげが少し生えてきている。
何だかおぞましい…
体がぶるっと震えた。
ドレス姿が目に浮かんだ。
可愛かったなあ…
胸が熱くなった。
横においてある剃刀を見詰めた。
すねげを剃るのが何だか嫌になった。
僕が男の子だって事を嫌というほど思い出させられて、毎日みじめな気持ちになってしまう。
じっと足を見詰めた。
白くて細くてあのピンクのドレスに似合いそうなのに…
無意識にあごに手がい行った。
柔らかくてすべすべになっている。
取っちゃおうかなあ…
「ねえ、帰りにまたあそこに連れていってくれない?」
更衣室で制服を着ながらかすみちゃんに話し掛けた。
「あそこって?」
訝しげな目をして僕を見た。
恥ずかしくてはっきり言えない。
「だから、ここきれいにしたところ…」
小さな声で言った。
「あら?今度はどこ取るの?」
好奇心一杯の顔で僕を見て笑った。
「腋毛?」
「違うよ」
「ふーん」
首を傾げている。
僕の足を見た。
「もしかして足?」
「うん…」
「でもきれいじゃない」
「ううん」
首を振った。
「そう、いいわよ」
にっこり笑って僕を見た。
「女の子にすねげは悲しいものね」
くすっと笑った。
「僕男の子だよ…」
「でも今は女の子でしょう?」
顔を傾けて僕の目を覗き込んだ。
かすみちゃんの顔が近づいてどきっとした。
「うん…」
「じゃあ予約しておいてあげるね」
僕は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらベッドに横になっていた。
「女の子なのにすねげが濃いのって嫌よねえ」
クリニックの先生が微笑んでスリップから出ている僕の足を見ている。
「女の子にしては毛が少し太いわね。男の子の足みたい」
小さく呟いた。
びくっとした。
「可愛い顔なのに可哀想ね」
僕は体を固くしてじっとしていた。
早く終わって…
「すぐにきれいな女の子らしい足にしてあげるからね」
にっこり笑って僕を見た。
レーザーを手に持って足に当て始めた。
熱い…
強さを僕に聞きながら調整している。
始まった…
不安な気持ちが消えないけど、でも…
「良かったね、きれいな足になって」
光に笑いかけた。
「うん」
ひかるが恥ずかしそうな顔をしている。
何だかいじらしいわ。
スカートから出ている足がよっぽど気になっていたのね。
「それなら水着も着れるんじゃない?」
「そんなの無理よ」
ひかるが顔を真っ赤にして俯いている。
「そうね」
私はひかるの胸元を見詰めた。
やっぱり男の子なんだよね…
「これで胸があったら可愛い女の子なのにね」
ひかるが照れたような顔をして私を見た。
「そんなの無理よ」
「あらそう?」
そう言えばテレビに出ていたニューハーフの人達って胸が大きかったけど…
「ねえ、大きく出来るんじゃない?」
「何言ってるのよ」
ひかるが驚いたような顔をしている。
これで胸が合ったら可愛いのになあ…
そう思ってどきっとした。
私ったら何を考えているの?
でも…
「胸があると可愛いのにね」
ひかるを見たら横を向いて黙っている。
「どうせならひかる女の子になっちゃたらいいのに」
「女の子に?」
ちょっと怯えた顔をして私を見詰めている。
「そうよ。ニューハーフの人達もきれいな胸をしているじゃない。あれってどうしたんだろう?」
「僕ニューハーフになんかなりたくない」
泣きそうな顔をして私を見た。
「違うわよ。ひかるは女の子で働いているんだからニューハーフじゃないわよ」
「そうだけど」
女の子になったひかるって可愛いだろうなあ。
想像したら胸がきゅんっとなった。
可愛いひかる好きよ…
心の中でそっと呟いた。
「でもそうすれば、ひかると一緒にずーっと働けるのになあ」
ひかるは、ぼーっとした顔でかすみの口元を見続けた。
第10章 イブ
無駄毛がまったくなくなって、白い木目が細かい肌になっている。
手でさすると気持ちいい…
何となく幸せな気分になった。
これでスカートはいていてもびくびくしなくていいんだ。
あのドレスを着てもきっときれいだな…
胸がどきどきしてきた。
何だか急に着たくなって堪らなくなった。
何でこんな気持ちになるんだろう…
毎日女の子で働いているからかしら…
かすみちゃんの言った事が蘇った。
…どうせならひかる女の子になっちゃたらいいのに…
体が震えた。
僕女の子になりたいなんて思わないよね…
これだってスカートはく時やドレス着る時ににおかしくないようにしただけなんだから…
顔を振ってバスタブから出て体を拭いた。
引き出しを開けて、パンティを手に取った。
無意識にピンクのブラとスリップを取り出した。
下着を着てから洋服ダンスを開けた。
スリップの下にきれいな足が見える。
ピンクのドレスから目が離せない…
震える手でそっとハンガーから外して体をドレスの中に入れた。
背中のファスナーを上げてから鏡を見た。
あっ…
髪がまだ短いけど、キュートな女の子がはにかんで立っている。
胸が熱くなった。
体を左右に動かして鏡を覗き込んだ。
初めて着たから嬉しいだけなんだ。
こんなの着慣れたら別にこんな風にならないんだ…
社長が車の中で僕のスカートの上に手を乗せた。
ぞくっとした。
「社長…」
泣きそうな顔で睨んだけどしらんぷりをして、手をゆっくり動かしている。
脛毛がなくなってしまったせいか前より敏感になっている。
やだ、何だか堪らない気分になってきちゃう…
「社長やめて…」
「ほう、もっとして欲しいんじゃないのかね」
僕を見て笑っている。
「あっ」
膝を中心に胸までしびれが来た。
思わず声が出てしまった。
気が付くと乳首が痛くなっている…
僕は目を閉じて黙って体を固くしていた。
体が痺れてじーんとしてくるのを必死に堪えた。
でも毎日こんな事されていたらおかしくなってしまう…
ようやく車が止まった。
ほっとして急いで車から降りた。
社長が笑いながら僕の横に来た。
「もう社長ったら…」
潤んだ目で睨んだ。
「ははは。女になる勉強だよ」
どきっとした。
「まだ栗原君は女の子だからね」
ほっとした。
「じゃあ行こうか」
真面目な顔に戻って歩き始めた。
「ねえ、クリスマスイブ一緒にどこかで食事でもしない?」
かすみちゃんが制服の赤いスカートをはきながら僕に囁いた。
「ごめん。仕事があるの」
「えー?何で」
僕は彼女に説明をした。
「そうなの。でも私もひかるのドレス姿見たいなー」
かすみちゃんが羨ましそうな顔で僕を見た。
「ねえ、その日は私がきれいにしてあげる」
「えっ?」
「いいでしょう」
「いいけど」
「じゃあ、4時にひかるのところに行くね」
にっこり笑って僕の手を握った。
もうクリスマスイブだ。
胸をどきどきさせながらかすみちゃんが来るのを待っていた。
チャイムが鳴った。
急いでドアを開けた。
かすみちゃんがにっこり笑って、立っている。
手に大きな袋を持っている。
「何それ」
「うふ。お化粧道具よ」
ちょっと驚いて袋を見た。
「寒いから中に入って」
「うん」
彼女が僕の部屋を見回した。
「ふーん、意外と地味なんだ」
「当たり前でしょう」
「そうだよね」
笑いながら頷いた。
「じゃあ、始めましょうね」
「うん」
僕は彼女が持ってきた大きな鏡の前に座って、彼女の手を見ていた。
いつもより濃い目だけど、キュートな顔になっていく。
アイラインが入ると、何だか目が大きくなったみたい。
「はい、お化粧はこれで終わり」
かすみちゃんが僕の口にピンクの口紅を塗りながら満足そうな顔をした。
可愛い…
「じゃあ、次は髪の毛よ」
ロングのウィッグが、彼女の手で分けられて、両サイドの一部が三つ編みになった。
ヘアピンと髪飾りを付けると、初めて見るような顔が現われた。
何だか体が熱くなってきた。
「何だか楽しいわ」
微笑みかけられて僕も頷いた。
彼女にこうしてきれいにしてもらってると本当に楽しいな。
「出来たー」
満足そうな顔であちこちチェックしている。
「早くドレス着てみせてよ」
「うん」
洋服ダンスを開けてピンクのドレスをハンガーから外した。
「あら、中は女の子の服ばっかり」
後ろからかすみちゃんが覗き込んでいる。
どきっとした。
心の中を覗かれたみたいで、急に恥ずかしくなって急いで閉めた。
「だって、当分男の子の服使いそうもないから…」
「ふふ。別に言い訳しなくてもいいわよ」
手に持ったドレスを見ている。
「素敵」
うっとりした顔をしている。
僕は、ドレスに着替え始めた。
「どう?」
「かっわいいー」
彼女がうっとりした顔で僕を見ている。
「何だか抱きしめたくなっちゃうな」
そう言うとそっと僕の背中に手を回した。
あっ…
背中が痺れた。
彼女の体に触れて胸がどきどきしてきた。
かすみちゃんの可愛らしい口が目の前にある。
大きな潤んだ目で僕を見詰めている。
どちらともなく唇を寄せ合った。
そっと唇が触れた。
胸がどきどきしている。
いいにおい…
そっと唇が離れた。
二人とも顔が真っ赤になっている。
何となくばつが悪くなって離れた。
鏡にピンクのドレスを着て顔を赤くしてる女の子が映っている。
胸がきゅんっとなった。
「ねえ、会場まで一緒に行こう」
「うん」
「じゃあ頑張ってね」
社長に言われたホテルのロビーに着いたらかすみちゃんにそっと抱きしめられた。
女の子って柔らかいんだなあ…
胸がどきどきしちゃう…
「きっと一番可愛いからね」
あっと思ったら、一瞬唇が触れて彼女が走り去って行った。
「じゃあねー」
「ありがとうー」
彼女が見えなくなるまで手を振っていた。
見えなくなった。
何だか急に心細くなってきた。
社長早く来ないかしら…
女の子一人でこんな所にいると心細い…
「おう、ちゃんと来たね」
「あっ、社長」
ほーっと言う顔で僕を見ている。
「今日は一段と可愛いな」
頬が赤くなった。
「じゃあ行こうか」
「はい・・」
僕は胸をドキドキさせてコートが開かないように押さえながら付いていった。
中に着ているドレスを見られるのがなんとなく恥ずかしい…
クロークにコートを預けた。
ドレス姿になると急に心許なくなって思わず社長の手を握ってしまった。
「おっ」
社長が笑って僕を見た。
顔が真っ赤になった。
会場に入る人達が僕を見ている。
足が竦んだ。
「社長怖い…」
社長が僕の背中に手を回して抱き寄せた。
びくっとした。
社長に連れられて色んな人に会って緊張してしまった。
みんな僕の事素敵なお嬢様ですねって言ってくれる。
恥ずかしいけど、でもちょっぴりいい気分。
慣れないお酒を勧められて飲み過ぎちゃったみたい。
ぽーっと赤くなった顔で社長に寄り添った。
社長が笑って僕を抱き寄せた。
何だかこうしていると体が暖かいものに包まれているみたい。
ドレスを着ている心許なさが消えて安心出来る。
でも少し気持ち悪い…
「どうした?飲みすぎたか?」
「ええ…」
「少し休んだ方がいいな」
心配そうな目で僕を見た。
何だか頭がくらくらする。
社長が僕を抱きながら歩き始めた。
体を社長に預けて目を閉じて歩いた。
気が付くとエレベータの前に立っている。
「どこ行くの?」
ちょっと不安になって聞いた。
「静かなところで休んだ方がいい。俺はすぐ会場に戻るから」
第11章 喪失
今ホテルの部屋に社長と二人っきりなんだ。
急に現実が襲ってきて、怖くなった。
社長はクーラーから飲み物を取り出している。
「さあ、これを飲みなさい」
背中を抱きかかえられるようにして起こされた。
胸がどきどきして止まらない。
社長の体が触れているところが燃えるように熱い…
冷たいミネラルウオーターを飲んだら少し楽になった。
社長が僕のドレスを見詰めている。
「可愛いよ」
優しい声で言った。
どきっとした。
「どうも…」
「でもドレスも脱いだ方がいい」
そう言うと、ドレスの背中のファスナーを下ろした。
体が凍り付いた。
「社長…」
怯えた目で見る僕の肩を抱きながら、ドレスを脱がして行く。
「やめて…」
「どうしてだね」
腰を持ち上げられた。
ドレスが全部脱がされた。
いや…
思わず胸を両手で隠した。
「どうしたんだね」
あっと思ったら社長の胸に下着姿のまま抱きしめられた。
いや…
胸を見られたら…
急に恐怖感が襲った。
「こうして欲しいんだろう?」
社長が僕の目を覗きこんでにやっと笑った。
「いや」
首を振っていやいやをしたのに、顔を持ち上げられた。
あっと思ったら唇が重なった。
いや…
体が竦んだ。
男の人にキスされている…
社長の厚い胸の中で身動き出来ない…
駄目…
体の力が抜けていく…
背中をさすられて体が震えた。
いやいや…
涙がこぼれた。
かすみちゃん助けて…
思わずかすみちゃんの顔が浮かんだ。
キスしたまま、僕の胸をもみ始めた。
あっ、そこは…
でも無いはずの胸が感じ始めた…
抵抗しようとするのに力が入らない…
胸に手が差し込まれた。
体が凍り付いた。
社長は一瞬手を止めた後、すぐパットと胸の間に滑り込ませて乳首をつまんだ。
あっ…
乳首から電流が走った。
駄目、ばれちゃう…
社長は何も気が付かないように乳首に愛撫を加えてくる…
唇の感覚が無くなってきた…
やめて…
でも何で?
怖いものを見る思いで目を開けた。
涙でにじんでいる社長の顔が見えた。
怖い…
にやっと社長が笑った。
ぞくっとした。
唇が離れた。
「とても男の子には見えないな」
体が凍り付いた。
辺りが真っ暗になって何も聞こえなくなった…
今何て言ったの?
絶望感が襲ってきた。
でも体がしびれて言うことをきかない…
恥ずかしさがこみ上げてきた…
怖い…
「いいんだよ。心配しなくても」
優しい声が聞こえた。
「なんで?」
掠れた声で聞いた。
「とっくに知っていたよ」
うそ…
驚いて社長の目を見た。
「君のような男の子を待っていたんだよ」
僕を抱きしめた。
僕は何にも考えられなくなって体を預けた。
目から涙が零れ落ちた。
「いや、いやいやいや…」
僕はただ首を振り続けた。
体が竦んだまま動かせない…
「ほら、泣かないでお嬢ちゃん」
大きな手で僕の目を拭った。
「君は女になりたいんだろう?」
僕の目を覗き込んだ。
違う…
声が出ない。
「今女にしてあげるからね」
「いや…」
搾り出すようにして声を出した。
「いいんだよ。怖がらないでも」
社長が体を離して着ている服を脱いでいる。
僕は体を固くしたままじっとしていた。
逃げ出したいけど体がしびれて竦んで動けない…
裸になった社長が僕の体の上に乗ってきた。
あ…・・
仰向けにされて、社長の手が僕のスリップの下にもぐり込んだ。
「いやー」
「ほら、いい子だから大人しくしていなさい」
「やめて…」
涙がこぼれ落ちた。
ぞくっとした。
お尻にぬるっとして冷たい感触がした。
びくっと体が震えた。
すぐ固くて太いものが押し付けられた。
いや、やめて…
ブラの上から胸を抱きしめられた。
あっ
僕の中に固いものが押し入ってくる…
涙で滲んだ目で天井を見詰めた。
僕…
僕、男の人に…
まだ体の中に入っているみたい…
痛い…
体を動かそうとしたら激痛が走った。
女の子とだってしたことないのに…
まだ体が痺れている…
横に寝ている社長を見た。
僕に気が付いて、にっこり笑った。
呆然と見詰めた。
横になったまま抱き寄せられた。
厚い胸が目の前にある…
「ひかるが段々可愛い女の子になっていくのを見るのが楽しかったよ」
僕の耳元で囁いた。
「そんな…」
男だとばれないように一生懸命に女の子になっていたのに…
また涙がこぼれた。
「何で分かったの?」
胸に顔を押し付けて小さな声で聞いた。
「最初に会った時妙にときめいてな」
優しい声が聞こえる。
「どんな女の子かと思って調べたら、なんと男の子だったから驚いたよ」
僕を抱き寄せた。
「嬉しかったんだよ」
「えっ?」
おかしそうな顔で僕を覗き込んだ。
体が固くなった。
「ほら、そんなに怯えなくてもいいんだよ」
「はい…」
「俺の好みの男の子がこんなに身近にいたとは」
くすっと笑った。
「女の子とだったらこういう事しても大丈夫だが、男の子だと世間体があってな」
僕の髪をなぜている。
「それが、女の子の格好をしているだろう」
おかしそうに笑った。
「しかも、ひかるが俺の秘書になった時に持ってきた書類みたら、女になってるじゃないか」
「えっ?」
「これで堂々と連れて歩けるし、こういう事も出来る」
にやっと笑った。
「どういう事なの?」
不安な顔で社長を見詰めた。
「どういう事って、君は立派な女子社員だよ」
そんな馬鹿な…
「どうせ川上あたりが考えた事だろうが、しめたと思ったよ」
僕をまた優しく抱きしめた。
「君だって女の子になりたいんだろう。丁度いいじゃないか」
嬉しそうに笑って僕を見た。
「もう女になってしまったけどな」
「違う…・」
一瞬怪訝な顔をして僕を見た。
「そうか。そうだよな」
何だか勝手に納得している。
不安になってきた。
「やっぱりここが欲しいんだろう」
僕の胸に手を差し込んだ。
びくっとした。
「俺も有った方が嬉しいだよ」
乳首をつままれた。
思わず声が出た。
「他の人にばれない内に早く大きくした方がいいな」
僕の胸を優しく愛撫している。
あっ…
やめて…
何だか堪らなくなってきちゃう…
「もしばれたら大変なスキャンダルだ。俺も失脚してしまうし、ひかるだってゲイバー位しか働くところがなくなるんだよ」
真剣な顔をして僕を見た。
「そうすれば、うちで、女の子としてちゃんとした仕事を出来るんだからね」
急ににやっと笑った。
「それに、こんないい事も出来るんだから」
僕の体を優しくさすっている。
体がしびれてきた。
「金は出してあげるから早く作るんだよ」
聞いていて体が震えた。
またうつぶせにされた。
いや…
社長が僕の上にまた乗ってきた。
僕は目を閉じてシーツを掴んだ。
第12章 暗示
「おはよう」
消え入るような声で挨拶したひかるを見て驚いた。
「どうしたの?蒼い顔して…」
もともと白い顔が化粧の上からでも青白くなっているのが分かる。
「何でもない…」
「何でもないことないでしょう」
ひかるが力ない足取りで傍に来た。
「昨日何かあったの?」
ひかるの目を見詰めた。
急にひかるの目に涙が溢れた。
「かすみちゃん」
私の胸に顔を埋めてしゃくりあげている。
何があったの?
ひかるの体温を感じながら黙って背中をさすった。
「何があったのか話してくれない?」
ひかるが小さく頷いた。
「昨日…」
聞き終わって胸が締め付けられた。
可哀想に…
かすみが不憫な目で胸に顔を埋めているひかるを見詰めた。
「ひかる自分から女の子になりたいって訳じゃないのにね」
「うん…」
「つらかったでしょう…」
私だってレイプまがいの事されたらと思うとぞっとした。
それが男の子なのに男の人に…
ひかる可哀想…
ひかるが顔を上げた。
「僕この会社では女性として入社した事になってるんだって。どうしよう…」
「ひどい…」
「このままだともうこの会社では男として働くことできない…」
ひかるの目に涙が浮かんだ。
「他に転職も出来ないし…どうしよう…」
言葉が出て来なかった。
でもひかるがこのまま女の子としてここにいると思うと喜びが沸いてきた。
「駄目よ辞めたら。私も力になってあげるから」
「かすみちゃん…」
「辞めないで。私今のひかるが好きだから」
口に出して顔が赤くなった。
ひかるの表情が少し緩んだ。
「さあ、早く着替えないと」
「うん」
ひかるが少しすっきりした顔で私を見て微笑んだ。
やっぱり可愛いな…
「失礼します」
体を堅くして社長室の厚いドアを開けた。
「ああ、おはよう」
社長が顔を上げた。
体がぶるっと震えて、力が抜けた。
思わずミニスカートの前を両手で隠した。
「ははは、そんなに緊張しないでこっちにおいで」
ハイヒールをおずおずと前に進めた。
社長に見詰められて急に女の子の制服を着ているのが恥ずかしくなった。
社長は僕が男の子だって知っているんだ…
昨日の事を思い出して顔が赤くなった。
「さあ、今日のスケジュールを教えておくれ」
昨日の事はすっかり忘れた顔で僕に指示を与えた。
何だか口惜しい気がした。
僕がこんな思いをしているのに…
でも、社長の顔が直視出来ない…
あんな事されたのに…
「今日は、午前中は…」
大口取引先に向かう車の中で、僕は体を堅くして社長超の隣に座っていた。
社長がまた僕の手を包むように握った。
手からしびれが胸に上がってくる。
堪らなくなって社長を見た。
にやっと笑って手を僕のスカートの上に置いた。
いや…
ふとももがじーんとしびれてきた。
もうやだ…
何でこんな風になっちゃうの…
体に力が入らない・・
こんな風にならなかったらあんな事には…
「ミニスカートの男の子っていいもんだな」
おかしそうに僕を見て笑った。
「社長…」
運転手に聞かれたんじゃないかと思ってどきっとした。
「ははは。ごめん君は女の子だったね」
社長がスカートの上の手をゆっくりさすり始めた。
やめて…
ぞくっとした。
僕は、応接室のソファーで社著の隣でかしこまって足を揃えて座っていた。
何でこんなに短いスカートにしてるんだろう・・
中が見えないか気になって足を開けない。
「やあ、お待たせ」
僕は立ち上がって頭を下げた。
社長が握手をしている。
僕を見て紹介した。
「これは、私の有能な美人秘書です」
「ははは。うわさには聞いていますよ」
どきっとした。
「これから連絡は彼女にさせますから」
{はい。栗原ひかると申します。今後宜しくお願いします}
「ははは。まだ若くて可愛いね」
笑って僕を見た。
「若くても有能ですから。可愛がってやって下さい」
「ああ、いいとも」
僕は相手の名詞をもらって、幾つか質問をしてからすぐ携帯パソコンに打ち込んだ。
「ほー」
ちょっと関心したような顔をして僕を見た。
「大したもんだなあ」
{ああ、女の子には珍しくコンピュータに強くて重宝しているよ}
社長がにやっと笑って僕を見た。
もう…
社長を睨んだけど知らないふりをして、商談を始めた。
急いで、メモを打ち始めた。
ようやく話が終わった。
「じゃあ、すぐ関係役員に連絡してくれるかな」
「はい。ちょっと失礼します」
社長に言われて、携帯をパソコンに繋いで、打ち込んだ内容と社長の指示を関係部署に送った。
「ほう…」
相手が僕の手元を見ている。
「終わりました」
「ああ、ありがとう」
「これで、もう指示が伝わったのかね」
僕に聞いた。
「ええ」
にっこり笑って頷いた。
「ふーん。大したものだなあ」
「今はビジネススピードが最も大事だからな。時は金なりだよ」
社長がにこにこしながら僕を見た。
得意のパソコンを秘書の仕事に持ち込んだのが結構社長の気にいられてそれなりに仕事が面白くなっていた。
誉められて悪い気分はしない。
「なるほどなあ。ハイテク美人秘書のうわさは本当だったんだな」
えっ?
驚いて相手の顔を見た。
「この業界では結構有名になっていてね。君のファンも多いんだよ」
頬が赤く染まった。
でも…
と言う事は、みんな女の子で秘書している僕の事知ってるの?
「あの、もしかして私の名前を知ってらしたんですか?」
「ああ。栗原ひかるっていう名前はみんな知ってるよ。何せおたくの社長がいつも自慢するからな」
体が震えた。
そんな…
思わず社長を睨んだ。
社長がにやにやしながら僕を見ている。
いつも僕を連れ出していたのは…
はめられた。
調子に乗って目立つ事しちゃった…
でもそれじゃあ栗原ひかるは栗原光に戻れないじゃない
「社長…」
「では今後共宜しく」
社長は僕を無視しておいとまをしている。
「社長」
「何だね」
車の中で僕は聞いてみた。
「もしかして私を連れ出してるのって?」
「何だというんだい」
言葉が詰まった。
「優秀な美人秘書をみんなに自慢したいだけだよ」
おかしそうな顔をして僕を見た。
「だって、社長は私の事知ってたんでしょう…」
「ああ、だけど別に問題ないだろう。どうせ君は女として働きたいんだろうから」
にやっと笑った。
「女の子でも良い仕事したかったら顔を売っておかなくちゃね。そうだろう」
「私女として働きたい訳じゃあありません」
「ほう。だったら何でそんな格好しているんだね?」
僕を見詰めた。
「これは人事部が…」
「しかし、そうだとしたら2ヶ月も女の子として働けるもんかね?
それに、普段も女として生活してるんだろう?」
「そうですけど…」
「見れば随分きれいな顔と足になったみたいだが、脱毛したんじゃないのかね?」
ばれていたんだ…
唖然として社長の顔を見詰めた。
「普通の男がそこまでやるもんかね?」
どきっとした。
「可愛い女の子になった自分が気に入ってるんじゃないのかね?」
僕の手が社長の手に包まれた。
ぞくっとした。
「君は女の子になりたいんだよ」
僕の心を除きこむような目で見ている。
女になりたいなんてそんな事…
「スカートはいてるの嬉しいんだろう?」
スカートの上からふとももを撫ぜられて体がしびれて思わず声が出た。
「社長…」
「ははは、体は正直だな」
「そんな事…」
「どうせ男になったってろくな仕事も無いんだろう?」
「そんな…・」
「まあ、今更男として雇ってくれるところなんてないだろうし、女なら有能な秘書になれるじゃないか。」
にやっと笑って僕を抱き寄せた。
「嫌…」
もうすぐ正月だなあ…
バスタブに体を沈めてぼんやりと考えた。
帰らないと心配するかなあ…
でも…
大分伸びてきた髪の毛を弄びながら考えた。
顔もきれいにしちゃったし…
何か言われそうだなあ…
漸く男に戻れるのに、あんまり嬉しくない。
なんだかんだ言っても、今の仕事面白くなって来た。
それなりに社長も仕事に関しては認めてくれているし、会う相手もみんな可愛がってくれるし…
僕って結構秘書の仕事合ってるのかなあ?
最初にしていた開発の仕事よりも力を出せるみたい。
でも女の子としてなんだけど…
男に戻っても、毎日遅くまでパソコンに向かって、身なりもかまわない生活して、上司や先輩の顔色を伺って…
色の付いていない白黒の映像が脳裏を掠めた。
何だかつまんなそう…
ところで正月どうしようかなあ…
目をつぶった。
段ポール箱を引っ張り出した。
箱の中の服が何だか煤けて見える。
ちょっと思案してから、身に付けてみた。
何だか固くてごわごわして気持ち良くないなあ。
鏡を見た。
これが僕?
幼い顔のさえない男の子が映っている。
何だか世の中から色が無くなってしまったみたい…
お化粧してない顔が何だかひどく不自然に見える。
つるっとした白い優しい顔が、細くて小さい体に乗っている。
こんなに小さかったっけ?
女の子でいるときは、もっとすらっとしていたのに…
それに全然男らしくない…
がっかりして鏡から目をそらした。
そのままベッドに腰を掛けた。
えっ?
右手がお尻の下で空を切ってしまった。
スカートじゃないんだ。
膝を揃えているのに気が付いて、思わず苦笑した。
何だか胸が寂しい。
堪らなくなって立ちあがった。
着ているものを全部脱いで、ダンボールに突っ込んだ。
パンティをはいて、ブラを付けるとようやくいつもの自分に戻ったような気がしてほっとした。
何だか部屋が色づいて見える。
無意識にほっと息をついた。
ゆっくりと、スリップを着て、赤いチェックのスカートをはいた。
白いセーターを頭から被ると生き返ったような気がした。
そのままベッドに腰を掛けてじっとしていた。
胸の膨らみが何だか愛おしい…
もっと髪が長ければいいのに…
<君は女の子になりたいんだよ>
頭の中で社長の声が響いた。
違う。女の子になんかなりたくない…
<君は女の子になりたいんだよ>
また声が響いた。
僕は耳を両手で塞いで首を振った。
第13章 振袖
かすみちゃんが嬉しそうな顔をして僕の肩からきれいなピンクの振袖を掛けた。
大きな姿見に、照れた顔をしている僕が映っている。
「うん。とってもきれい…」
「じゃあ、決まり」
そう言うと帯を選び始めた。
「秘書課は全員正月明けの週は振袖なんて、時代錯誤だわねえ」
「そうだね」
「全く社長の個人的趣味なんだから」
「でも、お客さんは喜ぶんじゃない?」
「そうね。でもおかげで振袖揃えるの大変なのよねー」
そう言うと僕に赤い帯を当てた。
「うん。これをふくらすずめにすればいいわ」
「かすみちゃんすごいね。着付けも出来るんだ」
「女の子だから当たり前よ」
「ふーん…」
「ひかるも覚えた方がいいわね」
「いいよ」
「だって、社長秘書だからこれから着物着る機会多いわよ」
「そうなの?」
「それに覚えておいて損はないわよ」
かすみちゃんに見詰められて何となく顔が赤くなった。
「さあ、脱いで」
僕はおずおずと着て来たワンピース脱いだ。
「スリップもよ」
「えー」
「ほら、恥ずかしがらないで」
「でも…」
「早くー。いつも一緒に着替えてるじゃないの」
かすみちゃんにせかされて、おずおずとスリップを脱いだ。
「きれいな体ね」
かすみちゃんに見られてどぎまぎしてしまった。
「おっぱいないのが残念ね」
かすみちゃんがくすっと笑った。
「だって」
笑いながら僕に薄いピンクの襦袢を着せていく。
襦袢を着せられると気恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
「本当は下着は着けないんだけど、しょうがないね」
おかしそうに笑いながら、手際良く僕にピンクの振袖を着せて行く。
帯を締められると苦しくなった。
体が締め付けられて、何だか体が細くなったみたいな気がする。
振袖を着せられると妙に女の子っぽい気持ちになってきた。
「はい、出来た」
かすみちゃんがうっとりとした顔で僕の振袖姿を見た。
「きれい」
鏡を見てどきっとした。
自分じゃないみたい…
正月になるときれいだなと思って見ていたきれいな振袖姿の女の子が、僕を驚いたような顔で見ている。
胸がきゅんとなった。
苦しいけど、でも我慢できそう。
体が振袖の感触でぞわっとしてきた。
こうしているだけで痺れてくる。
何だか振袖に抱かれているみたい。
それに、鮮やかなピンクの色合いが暖かい気持ちにさせる。
思わず涙ぐんでしまった。
「やだ。泣くほど感激してるの?」
「そんな事ないわ」
急いで目を拭った。
何で涙なんか出てくるの?
女の子だからこんなの着れるんだ…
「でも、ひかるは着物が似合うね」
にっこり笑って僕を見ている。
かすみちゃんも一人で器用に赤い振袖を着た。
「かすみちゃん可愛い」
赤い地に大きな牡丹の花柄がくりっとした目のかすみちゃんに良く似合っている。
二人で並んで鏡を覗き込んだ。
「こうして見ると、私達姉妹みたいね」
かすみちゃんが微笑んで僕の手を握った。
「うん。本当に姉妹ならいいのにね」
「じゃあ、初詣行こう」
「うん」
ひかるがもっと可愛い女の子になりますように。
私は手を叩いて神様にお願いした。
心の中でくすっと笑いが出た。
それで、もっとひかると仲良くなれますように。
また手を叩いた。
横を見るとひかるが目を閉じて一生懸命に何かお願いしている。
ひかるが頭を上げた。
着せてあげたピンクの振袖が可愛い。
私何でひかるの事可愛くさせたくなっちゃうんだろうな?
でも、可愛くしたひかる好きだなあ…
ひかる男の子なんだよね…
私女の子だからひかる好きになってもおかしくないよね。
ひかるを見ながら呟いた。
「ねえ、何お願いしたの?」
ひかるが頬を赤く染めた。
「内緒・・」
「あー、意地悪。教えてよ」
「かすみちゃんこそ、何をお願いしたのよ?」
「へへ。ひかるがもっと可愛い女の子になれるようにって」
ぺろっと舌を出した。
「やだー」
ひかるが顔を赤くした。
「それでね」
ひかるの手を握った。
「ひかると仲良くなれるように」
顔が赤くなった。
「きゃっ。言っちゃった」
恥ずかしいー。
ひかるが私の手を握ったままとまどった顔をしている。
「私、男の子に戻れますようにって…・・
それでかすみちゃんと…」
えー。
「男の子に戻ったら可愛いひかるに会えなくなっちゃう…」
ひかるが私を見詰めた。
「だって、私こんな風にしていて…」
ひかるが俯いて小さな声で呟いた。
「かすみちゃん嫌じゃないの?」
「何で?」
「男の子なのに振袖着ていて…」
手をぎゅっと握った。
「わかんないけど、私はかまわないわよ」
ひかるが頬を赤くした。
可愛い…
「私女の子のひかるの方が好き」
やだまた言っちゃった。
顔が赤くなってきたのが分かる。
「本当?」
不安そうな顔をして私を見詰めた。
「本当よ」
「そうなの…」
ひかるが目をしばたたかせた。
後ろで待っている人に睨まれた。
「行こう」
「待って」
ひかるが手を離して、もう一度何かお願いをしている。
「じゃあ行こう」
とうとう帰省しなかった。
お袋文句言っていたけど…
でも、かすみちゃんの顔が浮かんですぐお袋の事は頭から消えた。
さっきまで着ていた振袖の感触がまだ体から消えない…
体が疼いた。
また着たい…
正月休が明けるのが待ち遠しくなった。
ふと部屋の隅に置いてある大きなダンボールが目に入った。
何だかじゃまだなあ…
まだ気持ちにさっきまでの余韻が残っている。
<私女の子のひかるの方が好き>
頭の中でかすみちゃんの言葉が響いた。
あれがなければ…
ふらっと立ちあがってダンボールを持ち上げた。
玄関を開けて、一階のごみ置き場に置いた。
しばらくダンボールを見詰めてから、寒さに体を竦めて急いで自分の部屋に戻った。
しばらくピンクのワンピースを着たまま、ベッドに腰を掛けていた。
ダンボールの置いてあった場所がぽかっと穴が開いたようになった。
段々胸がどきどきして苦しくなってきた。
僕…
目を閉じてそのまま横になった。
段々振袖を着た時の興奮が冷めてきた。
僕何をしてしまったんだ…
急に怖くなった。
もう女の子の服しかこの部屋に残っていない…
スカートかワンピースしか無くなってしまった…
もうどこに行くときも、スカートはいて、そしたらお化粧していかなくっちゃ…
胸がどきどきしてきた。
立ちあがった。
震える体で、急いで一階に下りた。
ごみ捨て場を見ると、ダンボールが無い。
道路に出たら、トラックがダンボールを乗せて走り去って行くのが見えた。
あっ…・・
どうしよう…
しょうがないから部屋に戻った。
スカートはいて、ズボンなんか恥ずかしくて買いに行けない…
これで誰と会うのも女の子でいるしかないんだ…
「じゃあ行こうか」
「ええ」
二人とも振袖を着て白いショールを肩に掛けて、玄関に出た。
「あらあら。二人ともきれいになって」
かすみちゃんのおかあさんが出てきた。
「栗原さんとっても可愛らしいわよ」
僕を見て微笑んだ。
「かすみの成人式の時のだけど、似合っているわよ」
「どうもすいません」
「気にしないで。じゃあ行ってらっしゃい」
僕は顔を赤くして頭を下げた。
「もう、胸がどきどきしちゃった」
「何で?」
かすみちゃんの家を出てから口を開いた。
「だって、お母さん私の事女の子だと思っているから…」
「ふふふ。いいじゃない」
楽しそうな顔をした。
「だけど何だか騙しているみたいで…」
「女の子同士だと旅行もすぐOKくれるわよ」
どきっとした。
「旅行行くの?」
「例えばの話よ」
可笑しそうな顔をした。
「でも、ひかるの事男の子だって知ったら驚くだろうな」
「当たり前よ」
急にくすっと笑った。
「何で笑うのよ?」
「だって、今日はひかる女の子言葉なんだもの」
はっとした。
いつもはかすみちゃんとはこんな言葉遣いしないのに。
「いいわよ。振袖着て女の子の気分なんでしょう?」
「うん…」
「ドレスを着た時みたいね」
いたづらっぽい目で僕の目を覗き込んだ。
頬が赤くなった。
確かにそうなんだ…
きれいなピンクの振袖にぎゅっと体を包まれていると、気持ちまで女の子らしくなってきてしまう。
でも胸がわくわくしてきちゃう…
「いやだー。ひかるちゃん可愛い」
鷹取さんが、僕を見て大きな声を出した。
「これなら、すぐお嫁さんに行けるわね」
「お嫁さんなんて…」
頬がぽっと赤くなった。
「何だか嬉しそうじゃないの」
「そんな事ありません…」
「ふーん。満更でもなさそうね」
くすくす笑っている。
「これであんなものが付いているなんて信じられないわ」
くすっと笑った。
「どうせなら、ここも取っちゃって女の子になってしまったら?」
僕の目を覗き込んだ。
どきっとした。
「からかわないで下さいよ…」
「ふふ。ひかるちゃん本当は女の子になりたいんでしょう」
僕のこころを見透かすような目をした。
「そんな事ありません」
「鷹取さん、あんまりからかわないでよ。ひかるが可哀想よ」
かすみちゃんが口を挟んでくれた。
「あら、恋人が文句を言ってるわ」
笑いながら席に戻った。
鷹取さんは大人っぽい振袖だなあ。
僕はぽーっと見とれた。
成瀬さんが部屋に入って来た。
僕を見て一瞬息を呑んだ。
「栗原さんよね」
「ええ…」
「まあ、今年もしっかり働いてね」
「あけましておめでとうございます」
頭を下げた。
「ほー。きれいだね」
社長が嬉しそうな顔で僕を見詰めた。
「大したもんだ」
にこにこしながら頷いている。
「どうだい。振袖を着た感想は?」
「はい…・」
もじもじしている僕を見て、可笑しそうな顔をした。
「ふむ。気に入っているみたいだな」
黙って小さく頷いた。
「ははは。まあそうだろう」
大きな声で笑った。
「これはやっぱりみんなに見せてあげないとな」
意味ありげな顔をしている。
どきっとした。
「まあ、そこに座って」
「はい」
ふくらすずめがつぶれないように気を付けてソファーに浅く腰を掛けた。
「失礼します」
木製の厚いドアを開けて、男の人と女の人が入って来た。
どきっとした。
男の人が大きなカメラを持っている。
「じゃあ、早速撮影に入ります」
「ああ、そうしてくれ」
にやっと笑って僕を見た。
「じゃあ、秘書と一緒に取ってもらおうか」
僕を見て可笑しそうな顔をした。
「俺の秘書は可愛いだろう」
「ええ、とっても」
女の人が微笑んで僕を見た。
「じゃあ、秘書の方は社長の机の横に立って微笑んで下さい」
「えー?」
驚いて社長を見た。
「何を驚いているんだ」
「だって…」
「ほら、そこに立って」
「だけど…」
写真に取られるなんて…
「社報と、新聞のトップインタビューに使わせてもらいます」
体が凍り付いた。
うそ…・
そんな事されたら…
「ほら、緊張しないで」
女の人が僕の手を取って社長の机の横に立たせた。
「はい、笑って」
微笑むとフラッシュが焚かれた。
唖然とする僕に構わず、もう一枚取った。
「はい、ありがとうございます」
「ああ、ごくろうさん」
「ちょっと緊張していたみたいだけど、却って初々しくていいわ」
女の人が僕を見てにっこり笑った。
「いい写真が取れたわ。ありがとう」
そう言うと、二人が出て行った。
僕は二人が出て行くのを呆然と見詰めた。
「社長…」
社長を睨んだ。
「何を怒っているんだね」
「何をって。新聞になんか出すの止めさして下さい」
「駄目だ」
「そんなあ」
急に社長が真面目な顔になった。
「しかし、これは困った事になったかもな」
どきっとした。
「何が?」
恐る恐る聞いた。
「君の写真が出たら、可愛いからきっと注目を浴びるだろうな」
また真面目な顔をしている。
「もし君が男の子だってばれたら、大変な事になるな」
体が強張った。
立ち上がって僕の横に来た。
振袖のまま僕を抱きしめた。
「社長ー」
脇の下から腕を回して胸を揉んだ。
「いや…」
「ははは。可愛い声を出して」
有るはずのない胸が疼いた。
「こんな所にパットが入っているなんてばれたら大変だな」
だって…
「これからどんどん、胸が出るドレスを着てもらう機会も増えるからな」
「胸が出るドレス…」
「ああ。外人も来るフォーマルなパーティでは、この間みたいなドレスでは駄目だ」
「うそ…」
そんな事って…
「一体どうする気なんだ?」
「そんな事言っても…」
泣きそうな顔の僕を見て、社長が急に優しい顔になった。
「心配するな」
「じゃあ、出なくていいのね」
「いや。秘書が出ない訳にはいかない」
「何で?」
「あいにく私は独身だから、同伴者が必要なんだ。同伴者は秘書の君しかいない」
「だって…」
また泣きそうになった僕の髪を優しくなぜた。
「心配するなって言ったろう」
社長を見上げた。
「君も自分が男の子だって大勢の前でばれるのは嫌だろう」
「当たり前です…」
「このままじゃあ、ばれるのも時間の問題だな」
怖い顔をした。
体が震えて来た。
「私がなんとかして上げよう」
僕は不安な気持ちで社長を見上げた。
急に抱きすくめられて唇が重ねられた。
「あっ…」
体の力が抜けた。
口を強く吸われて、ぼーっとしてきた。
胸がつーんと疼いた。
「じゃあ、私にまかせてくれるね」
第14章 暴露
たった三日だけなんだ…
風に揺れる長い振袖が僕の気持ちを優しいものにした。
「来年はひかるも誂えたらいいね」
「えっ?」
そう言えばかすみちゃんは三日間違う振袖着ている。
「その時は一緒に見立てにいこう」
笑顔のかすみちゃんを見て微笑んで頷いた。
来年…・
来年もこんな風にして振袖着ているのかしら…
でもまた着て来たい…
「髪伸ばせば、来年は日本髪に結えるね」
「そうね…」
まだウィッグを被っているのを気付かされた。
早く自分の髪にしたい…
「ほう。これは豪華だ」
朝一番に人事部長と人事課長が秘書室に入って来た。
振袖姿の女の人達を見て相好を崩している。
「君は山本君だね」
一人一人名前を確認しながら華やかな振袖を見て嬉しそうな顔をしている。
「ほう君は…」
僕をにこやかに見て一瞬顔を強張らせた。
「栗原ひかるです」
微笑んで頭を下げた。
僕も体が強張っている。
「栗原君か…」
また気味が悪い顔をして僕を見た。
南人事課長もしぶい顔で僕を見ている。
「まさか振袖まで着てくるとは…」
南が顔をしかめて僕を見た。
むっとして見返した。
恥ずかしさより、怒りが沸いてきた。
からかっちゃえ。
川上の手を取って、南の胸に体を寄せた。
川上の手が強張っている。
「川上のおじさま。ひかる可愛い?」
川上の目を見詰めたら、蒼白な顔をして僕を突き放した。
「な、何をするんだ」
みんなくすくす笑って川上を見ている。
「おじさま達のおかげで私こんな女の子になっちゃったのよ」
僕はにやっと顔だけ笑って今度は南の手を取った。
「な、何をするんだ」
胸に体を押し付けた。
南がびっくりして体を震わせている。
「南課長のおかげで、私女でしか生きられなくなったのよ。約束通り責任取って下さるわよね」
南が僕の手を振り払おうとした。
思わず手に力が入った。
「南さん、私が女になったら一緒になってくれるって言ったわよね」
「きゃー、いやだー」
女の子達が可笑しそうな顔でどよめいた。
「な、何を言うんだ」
怯えたような目で僕を見た。
「だって、私の事いつも可愛いって言ってくれるじゃない」
拗ねたような顔をして南の目を見た。
「南課長ってホモだったんだー」
鷹取さんがにやっと笑って南を見た。
「ち、違う。何を言うんだ」
南が狼狽した顔をしてどもった。
「えー、だって南さんが、ご褒美に私の事ちゃんと女子社員として働けるように書類も女にしてくれたって言ったじゃないの」
南の首筋に抱き付いた。
周りが一瞬しーんとした。
「知らん、そんな事おれは知らん」
「リストラを口実にして、女の子になりたかった私を秘書室に入れてくれるって言ったの南さんじゃない」
「な、何を…」
南が蒼白な顔で僕を見詰めた。
何だか言っていて自分でその気になってきた。
「ね、振袖可愛いでしょう。いつものように優しくして」
南が真っ青な顔で僕を睨み付けている。
「あっ、ごめんなさい。部長には内緒だったわね。怒らないで」
南から離れた。
「南、おまえ…」
部長が南の顔を睨んだ。
やった…
南が顔を蒼くしているのを見て少しすっとした。
「部長。みんなうそです」
南が震えた声を出した。
「ほうそうか。じゃあ何故普通の男がここまで喜んで女になっているんだ」
気味が悪そうな顔で僕を見た。
ひどい…
胸の中が憤りで一杯になった。
「そんな事知りませんよ」
南が僕を睨み付けた。
「でまかせ言ってないで、お前みたいなおかまはさっさと辞めればいいんだ」
「ひどいー。差別だわ」
かすみちゃんが唇を尖らしている。
「そうよ、そうよ」
山本さんも南を睨み付けている。
僕にこんな恥ずかしい目に合わせて、しかもおかまだなんて…
屈辱と怒りでかっと頭に血が上った。
「あら、冷たいのね。いつも私の事可愛いって言ってくれてるのに」
南に体を寄せた。
南が怯えた顔で後づさりした。
逃れようとする南の手を握った。
「な、何を言うんだ」
おかしい。怯えているわ。
川上部長があきれたような顔をして僕達を見ている。
みんなも面白そうに見ている。
「何を言っている。こいつはうそを言ってるんだ」
「何でうそを言わなきゃいけないのよ。こんな事言って恥ずかしくて困るのは私の方じゃないの」
「それはそうだな」
部長が顔をしかめた。
「わかった、もうお前は首だ。栗原君の代わりに辞めてもらう」
「部長待って下さい」
南が蒼い顔で部長を見た。
「部長。私が辞めます。南さんは悪くありません・・」
僕はしおらしく部長を見た。
「南さんごめんなさい。まさかこんな事になるなんて…」
「栗原…」
南が僕を睨んだ。
ぺろっとこころの中で舌を出した。
「部長。南さんを許してあげて下さい。私が辞めれば済むんでしょう…」
部長が訝しげな顔で僕を見た。
「何でこんな奴をかばうんだ?」
「だって、こんな風に働けるようにしてくれたの南さんですもの…」
涙を目に浮かべた。
「ご迷惑を掛けてごめんなさい…」
「そうだ。お前がさっさと辞めればいいんだ」
「南。女の子がこんな風に言ってくれてるのに、男のおまえは一体何だ?」
部長が僕を見て、気味の悪そうな表情を消して微笑んだ。
「君は辞めなくていい」
南を振り返った。
「おい。もう行くぞ」
南が慌てて部長の後を付いて行った。
はー…
何だかとんでも無い事言っちゃったけど、大丈夫かなあ…
急に不安が膨らんできた。
女の人達が僕をおかしそうに見ている。
「ひかるやるじゃない」
鷹取さんがくすくす笑って僕を見た。
「今のうそなんでしょう」
「え、うん…」
「私どきどきしちゃった」
かすみちゃんが僕に笑いかけた。
「南の奴私も気に入らなかったから胸がすっとしたわ」
可笑しそうな顔で山本さんが僕を見た。
「でも、ひかるって淫乱なのね」
くすくす笑っている。
顔が赤くなった。
「うそですよー」
「わかってるわよ」
上気させた顔をしているひかるを見詰めた。
少し心配になった。
「ひかるの事部長誤解しちゃったんじゃない?」
「う、うん…」
「きっとひかるは女の子になりたくてここに来たと思ってるよ」
「そうね…」
「それでいいの?」
ひかるが顔を上げて私を見た。
「だって、どうせそう思われてるもの…」
ひかるが息を継いで眉間にしわを寄せた。
「それよりあいつらの顔を見てたら少しは仕返ししたくなってしまったから」
「そうね」
ひかるが複雑な顔をして私を見た。
「でも、もうこれで他の所に移れなくなっちゃったね」
悲しそうな顔をしているひかるを見て胸がずきっとした。
でもひかるがずっとここにいられるんだと思うと嬉しくなった。
「でも今度こそ首になるかもしれないね」
「大丈夫じゃない。社長のお気に入りなんでしょう」
「そうね…」
ひかるが一瞬思いつめたような顔をしてから笑顔になった。
「じゃあ、もう行かなきゃ」
「そうね。今日も社長はひかるの事自慢して見せて回るんでしょう?」
「多分ね。じゃあ」
ひかるが頬を赤らめてしとやかに出て行った。
何だか社長のところに行くのが楽しそう…
僕は社長の隣に座って、社長がパソコン雑誌の新春のインタビューを受けるのを聞いていた。
「じゃあ、秘書の方と一緒に写真を一枚お願いします」
またあ…
僕は社長に寄り添って写真に納まった。
記者がいなくなると、社長がにこにこして僕を優しい目で見詰めた。
「やあ、振袖は何度見てもいいもんだなあ」
頬を赤らめた。
「これからずっとそうしているかい?」
「社長。冗談はやめて下さい」
「冗談でもないんだがな」
おかしそうな顔をして僕を見て笑った。
胸がどきどきしてきた。
社長が僕の肩に手を回して抱き寄せた。
体が固くなった。
「社長。私達の事うわさになってますよ…」
「ははは。いいじゃないか」
気にしない顔をしている。
僕が気にするんだけど…
何だかこの部屋にいると、リストラの嵐はどこか別の世界のような気がする…
「そういう格好しているとむらむらしてくるな」
僕の手を握ろうとした。
社長の手をぴしゃっと叩いた。
「社長。仕事時間中ですよ」
社長を睨み付けて立ちあがった。
「おお怖」
社長が可笑しそうに笑っている。
気を張ってしないと、自分の何かが壊れそうになってしまう。
「これから、ソフテックで会合ですよ」
平静な顔をして社長を見下ろした。
「はいはい。何だか女性秘書が板に付いてきたな」
おかしそうな顔で僕を見た。
「これで振袖もしばらく着納めね」
かすみちょっと残念そうな顔でひかるを見た。
「そうね」
姿見の前に二人で並んで立って見詰め合った。
ひかるも何だか名残惜しそう。
「かすみちゃん可愛いね」
私を見てひかるが笑った。
私もにこっと笑い返した。
この振袖を着た清純なひかるが社長なんかに…
急に嫉妬ににた感情が沸き起こった。
「ひかる…」
「なあに?」
目をしばたたかせて私を見た。
胸がきゅんっとなった。
可愛い唇…
思わず顔を近づけた。
ひかるがはっとした顔をして目を大きく開けた。
「かすみちゃん…」
そっと唇を重ねた。
ひかるが私の背中に手を回した。
どちらともなく相手の帯を解き始めた。
二人は目を見合わせると長襦袢のままベッドに倒れ込んだ。
第15章 閉じられた扉
何だか赤いミニスカートが新鮮な感じ。
11月に始めてこれをはいた時のこ事を思い出した。
くすっと笑いが出た。
あの時恥ずかしかったなあ…
鏡に白いブラウスに赤いスカートをはいている僕が映っている。
今でも恥ずかしさはあるんだけど…
でも、この制服着るの段々好きになってきた。
これが僕の仕事着なんだ…
今日もちゃんと仕事しよう。
何となく明るい気分になった。
「ひかる何だか楽しそうじゃない」
かすみちゃんが微笑んで僕を見ている。
かすみちゃんの顔がまぶしくって目をそらした。
かすみちゃんったら…
先週の事を思い出して頬が赤くなった。
乳首がつんっとなった。
かすみちゃんに愛撫された感触が蘇ってきた。
「どうしたの。顔を赤くして」
「かすみちゃんの意地悪」
そっぽを向いてベストを着た。
体が火照ってじーんとしてきた。
かすみちゃんってば僕を女の子みたいに愛撫するんだもの…
胸が疼いた。
首を振った。
駄目。これからお仕事なんだから。
「先に行くわよ」
「待ってよー」
唇を尖らしている。
「駄目よ」
さっさとドアを開けて出ていった。
「今日は予定をキャンセルしてくれ」
「えっ?」
驚いて社長を見た。
「来週急遽大事な会議とパーティが入った」
「はい…」
「君にも一緒に出てもらわなくてはいけない」
「えっ?又ですか」
「ああ、そう言っておいただろう」
「はい」
「今日は君の仕度をしに行く」
どきっとした。
またドレスを買ってくれるのかしら…
何だか胸がわくわくしてきた。
急いで受話器を取ってキャンセルと予定変更の連絡を取った。
みんなもう僕の事を知っているからスムーズに行った。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
沢山吊るされた華やかなドレスを見て胸がどきどきした。
迷っちゃう。
「これと、これを試着させてくれ」
社長がブティックの店員に指示をしている。
「はいわかりました」
僕を見てちょっと首を傾げた。
「お嬢様は80のAカップかしら?」
「はい…」
一旦奥に引っ込んでからすぐに戻ってきた。
手にストラップレスのブラを持っている。
黒いドレスと白いドレスを外して僕を試着室に案内した。
「これをお使い下さい」
僕にブラを手渡した。
どきっとして、ブラを見詰めた。
僕は試着室に入って、通勤用のスーツを脱いだ。
どうしようか迷ったけど、今着けているフルカップのブラを外した。
パットをそっと外して、渡された3/4カップのブラを胸に着けた。
パットを入れると上部がはみ出てしまう。
どうしよう…。
取り敢えず胸をどきどきさせながら黒いシルクのドレスを取り上げた。
体を滑らかなドレスに滑り込ませた。
滑らかな感触でぞくっとした。
肩のストラップを直して、パットが見えないようにしようとしたけどどうしても出てしまう。
どうしよう・・
取り敢えずパットを外して、胸を隠してそのままドアを開けた。
「どうぞこちらで鏡をご覧下さい」
店員がにっこり笑って僕を鏡のところに案内した。
肩が剥き出しで恥ずかしい…
それにパットがないから胸を見られたくない…
鏡に恥ずかしそうに胸を隠している黒いロングドレスの女の子が映っている。
白い肌が黒いドレスに映えている。
でも…
大きくあいた胸から貧弱な胸元が覗いている。
「手をどけてみなさい」
社長が横に来た。
「でも…」
不安な顔で社長を見た。
「いいから」
店員が気になる…
「さあ」
促されて、しぶしぶ両手を下ろした。
「ほー」
社長が頷いている。
すらっとしたドレス姿の女の子が映っている。
でも…
これじゃあ…
ぺったんこな男みたいな胸元が…
「まあ、良く似合いますわ」
笑顔で店員が僕を見てから首を傾げた。
「お嬢様はもう少し胸が隠れる方が宜しいいのでは?」
どきっとした。
「いいんだ。みんなこういうドレスなんだ」
「社長…」
救いを求めるような顔で社長を見た。
店員が不審な顔で僕の胸元を見ている。
緊張で体が熱くなった。
男の子だってばれちゃう…
「社長駄目…」
目に涙のつぶが浮かんだ。
恥ずかしい…・
きっと僕が男の子だって分かったんだ…
店員の顔が見れない。
「男の子なの?」
呟く声が聞こえた。
体が竦んで足が震えて立っていられない…
「じゃあ、もう一方も試着して見なさい」
「はい…」
急いで試着室に戻って着替えた。
でも又…
顔を赤くして体を硬くしながら鏡の前に立った。
きれいで素敵なドレスなんだけど…
僕を見る店員の視線が痛い。
馬鹿にしたような、好奇心一杯の目で僕を見ている。
もう早くこのお店出たい…
「うむ。じゃあ両方もらおうか。後これに合うバッグと靴とかももらおう」
「はい。ありがとうございます」
店員が嬉しそうな顔で社長に頭を下げて僕をチラッと見てから、くすっと笑ったのが聞こえた。
カウンターの所にいる女性に、僕をちらちら見ながら笑いながら何か話している。
カウンターの女性もえっとした顔で僕を見て可笑しそうな顔をしている。
心臓が凍り付いたようになった。
こんな思いするのもう嫌…
ほっとして車のシートに背中を預けた。
僕の事を見透かしたような店員の目が忘れられない。
「社長。私このドレス着るの嫌です…」
「駄目だ。ドレスコードで決まってるんだ」
「そんな…」
泣きそうになった。
僕を嘲るような店員の目が蘇った。
みんなにあんな目で見られたら…
「他の人に代えて下さい」
目に涙が滲んだ。
「みんな君に会いたいと言っているからそれは出来ない」
「そんな…」
どうしたらいいの?
「どうしたんだい?」
急に社長が僕の肩を抱き寄せた。
「何がそんなに心配なんだ?」
胸元を見詰めた。
「ほー。胸が気になるのか?」
「ええ…」
社長を見上げた。
「もうあんな風に見られるの嫌…」
社長の体に寄りかかった。
「お願い。もう嫌…」
店員の目がまた蘇って背筋がぞっとした。
今までみんな僕の事優しい目か賞賛の目で見てくれたのに…
「そうか。そうか」
「社長ー」
「心配するな」
僕の髪を優しく撫ぜた。
「どうするの?」
不安で胸が締め付けられそうになるのを我慢して聞いた。
「何、簡単なことだ。胸があればいいんだろう?」
僕を見てにやっと笑った。
ぞっとして体が竦んだ。
今何を言ったの?
「ドレスだけじゃなくって、これから君に乳房もプレゼントしてあげよう」
僕の胸を揉んだ。
「あっ…」
「こんなシリコンのじゃなくって本物をな」
微笑んで僕を抱きしめた。
「いや…」
「いやな事ないだろう。私に任せると言っただろう」
社長の目は本気だ…
怖い…
胸があればって時々思うけど、でも本当にそんな事したら…
「心配しないで黙って私の言う通りにしていればいいんだよ」
有無を言わせない目で僕を射すくめた。
「もうあんな目で見られることもなくなるんだよ。嫌だろう…」
「うん…」
「これからずうっとあんな目で見られながら生きていくのはつらいだろうね」
どきっとした。
「それより、胸を大きくする方がずうっといいだろう」
僕は黙って頷くしかなかった。
もしかして社長は僕をあんな恥ずかしい目に会わせたのは…
僕は死刑宣告を受けに行くような気分で社長の後ろに従った。
逃げ出したい…
でもどこに…
出口のない迷路に入れられてしまったような気がして目が眩んだ。
目の前にある白い建物が僕を押しつぶそうとしているように思えた。
渋谷美容整形外科と書いてある看板から目が離せない…
「この子ですが、頼みます」
白衣を着た先生が僕を見てにっこりと笑った。
「なるほど。お嬢様はこんな可愛いのに可哀想に」
僕は体を竦ませた。
「ああ。男の子みたいな胸で可哀想でな」
社長が真面目な顔をしている。
「ちゃんと先生の言う事を良く聞くんだよ」
僕を強い目で見た。
体を竦ませて黙って頷いた。
気が付くと体が震えている。
手術室に案内された。
社長が僕を見てにっこり笑って僕の肩を抱いて中に入れた。
「胸を開けてもらえるかい?」
先生に言われたけど、体が凍り付いたようになって動けなかった。
「ほら、怖くないから」
優しい声で微笑んで僕の手を取った。
僕は震える手でブラウスを脱いでブラを取った。
先生が目を見張って僕の胸を見た。
「ああ、これは可哀想に」
「先生頼みます」
「ああ、じゃあインプラントしましょうか」
ちょっと首を傾げて僕の胸を触っている。
手の感触にぞくっとなった。
「出来たら女性ホルモンも打った方がいいですね」
「ああ、そうだな」
社長が頷いている。
怯えた顔で社長を見詰めた。
上半身裸で心細い…
「怖くないからね」
「女性ホルモンは嫌…」
怖くって思わず声が出た。
「そうだね。じゃあ取り敢えずインプラントお願いします」
「分かりました」
先生が頷くと、幾つか乳房を持って来た。
「横になって」
手術台の上に横になった。
胸にひんやりした乳房を順に乗っけて、僕に見せた。
「どうだい?こんなものかな?」
「もう少し大きい方が」
社長が口を挟んだ。
「いや、ホルモン療法をしたらもっと大きくなりますから」
「そうですか」
社長が頷いた。
そんなの嫌…・
そんな事されたらもう僕…
「では始めますか」
上半身だけ出して、あとは白いカバーを掛けられた。
逃げ出したいけど、体が動かない…
どうしたらいいのか何も考えられなくなった。
もうあんな思いは絶対に嫌だし…
でも本当に乳房が付いてしまったら…
どうどうめぐりしている内に、胸に注射を打たれた。
「部分麻酔だから、インプラントしてから大きさは自分で見ながら調整できるからね」
胸の感覚が無くなってきた。
先生が手に何だか袋のような物を持っている。
「食塩水が入ったパックだから安全だよ」
あんなものが僕の胸に…
先生がにっこり笑っている。
「これで娘さんも人並みの大きさの乳房になりますよ」
「ああ、娘も喜ぶだろう」
社長がにっこり笑って僕を見下ろした。
いつあんたの娘になったのよ…
「喜多見君、執刀の用意」
僕は脇の下からメスが入れられるのをかすかに感じた。
体が震えてきた。
黙って先生の手が滑らかに動くのを見詰めた。
胸のしびれているけど、何か体の中に入ってくるのを感じた。
「あっ」
「痛いか?」
首を振った。
右の胸が小さく膨らんでいる。
目から涙がこぼれた。
「じゃあ、今度は左側を」
左の脇にメスが入れられた。
「じゃあ、これから膨らませるからね」
先生の声に目を開けた。
先生が何か液体をゆっくり注入し始めた。
あっ…
胸が張った感触がし始めたと思ったらゆっくりと胸が大きくなり始めた。
両側とも注入が終わった…
先生が頭の上に鏡を持ってきて僕に見せた。
鏡にきれいに膨らんだ乳房が映っている。
思わず目を閉じた。
涙が頬を濡らした。
これでもう僕は女の子になってしまったんだ…
男の子に戻れないんだ…
かすみちゃんの顔が浮かんだ…
お母さん…
川上部長の顔がふいに浮かんだ。
あんたも絶対に許さないからね…
「ほら、ちゃんと自分で見て」
はっとして先生の顔を見た。
「もう少し大きい方がいいかい?」
鏡に映る乳房を見詰めた。
もう少しあった方が女の子らしい…
そう思ってみている自分に気が付いてどきっとした。
「ええ…」
頷いた瞬間、こころの中で軋んだ音を立てて扉が閉じる音が聞こえた。
待って…・
自分がどんな胸であったか思い出せなくなってしまった。
第16章 甘い誘惑
柔らかく膨らんだ胸元の間に出来た谷間が大きく開かれた胸から覗いている。
胸がきゅんっとなった。
不安よりも嬉しさが込み上げてきた。
これで女の子として生きていける…
誰からも嫌な目で見られないで済むんだ…
そっと労わるように胸を押さえた。
体がびくっとした。
まだちょっと痛いけど…
あどけない顔で僕を見詰める顔が大人っぽいドレスに奇妙にマッチして色っぽさを醸し出している。
更衣室のドアを見詰めた。
これで出て行くの恥ずかしいなあ…
かすみちゃんどんな顔するかなあ…
急いで毛皮のコートを羽織って可笑しくないかもう一度見た。
前を合わせると胸元が見えなくなる。
少しほっとしてドアを開けた。
かすみちゃんが僕を見てちょっと驚いたような顔をした。
「どこに行くの?」
「うん。パーティーに同伴なの…」
「そう」
僕の体をじろっと見た。
「ドレス着てるんだ」
急に笑顔になった。
「ねえ、見せて」
「私も見たい」
山本さんと鷹取さんもやってきた。
「何をしているのかと思ったらドレスアップしてたのね」
微笑んで僕を見ている。
そんな…
「もう行かなくちゃ…」
「いいじゃないの。見るだけよ」
興味しんしんの顔で僕のコートに手を掛けた。
「駄目…」
不思議そうな顔をして僕の目を覗き込んだ。
「何で?一昨日まで休んでいたし何だかおかしいわ」
急に僕のコートを広げた。
あっと思ったけど遅かった。
顔が真っ赤になった。
かすみちゃん達の目が僕の胸元に釘付けになった。
みんなぽかんとした顔をしている。
僕は急いで前を合わせた。
「ひかる…」
かすみちゃんが呟いた。
「ひかるちゃん女の子だったの?」
山本さんが呟いた。
「ひかるコート脱いで」
急に怖い目をしてかすみちゃんが僕を睨んだ。
射すくめられて僕はしぶしぶコートを脱いだ。
「へー…」
三人が同時にため息をついた。
「きれい…でも…」
ああ、ばれちゃった…
もじもじしていると、かすみちゃんが口を開いた。
「何で胸大きくなってるの?」
おずおずと僕の胸を触った。
びくっとさせて手を引っ込めた。
「本物だわ…」
僕を見詰めて言った。
「ひかる教えて」
かすみちゃんに隠しておけない…
三人が僕を覗き込むようにして話を聞いていた。
「へー、こんなにきれいになるの?」
感心したような顔で頷いている。
「もういいでしょう」
「うん」
急いでコートを着た。
かすみちゃんがにっこり笑った。
「ひかるこれで私達と一緒なんだね」
僕は小さく頷いた。
「いいんじゃない。どうせ女の子でいるんだから」
鷹取さんが微笑んだ。
「まあ、いつかこうなるんじゃないかと思っていたけどね」
くすっと笑った。
顔が赤くなった。
「でも、きれいよ」
僕の肩をぽんっと叩いた。
「どうせなら下も取っちゃったら?」
どきっとした。
「駄目。それは駄目よ」
かすみちゃんが怖い目で鷹取さんを見た。
「そしたらひかる本当に女になっちゃうじゃない」
「あら、かすみちゃんはひかるが女の子になったら嫌なの?」
鷹取さんが可笑しそうな顔でかすみちゃんと僕を見た。
「ふーん。かすみちゃんひかるちゃんの事好きなんだ」
かすみちゃんが頬を赤く染めて俯いた。
いたたまれなくなって、バッグを持った。
「じゃあ、行くわよ」
僕は後ろを振り向かないで部屋を出た。
疲れた…
アパートに帰って、すぐお風呂に入った。
バスタブに体を沈めて胸元を見詰めた。
お湯の中を乳房がゆらゆらしている。
何となく幸せな気分になった。
もう男の子には戻れなくなったけど…
でも今の生活そんなに嫌じゃないな。
女の子の方が、一杯どきどきする事があって楽しいみたい。
秘書のお仕事も結構楽しいし。
社長がエッチなのが何だけど…
かすみちゃんもいるし、ずうっとこのままでいられたら…
このままいたら本当に女の子にされてしまいそうな不安もあるけど…
南も結局何とか辞めなくて済んだみたい。
川上もいるし、成瀬さんも何だか僕の事じゃまみたいだし、考えていると不安になってくる。
あの三人がいないと安心なんだけどなあ…
でもこれなら色々おしゃれ出来るし、もしかして夏には水着にもなれるかしら…
顔が赤くなった。
今日のパーティは緊張したけど、僕の事みんな誉めてくれたし楽しかったな…
ガラス細工みたいにもろい生活なんだけど、壊したくない…
「ねえ、今日どこかで食事しない?」
僕は制服のスカートを脱ぎながら、ちょっと胸をどきどきさせてかすみちゃんに話し掛けた。
かすみちゃんが一瞬驚いた顔をしてすぐ嬉しそうな表情になった。
「いいわよ」
「良かった」
「どこ行くの?」
「うん。良いところ知ってるんだ」
「嬉しい」
二人は連れ立って会社を後にした。
雰囲気のいい、高層ビルの最上階のレストランでかすみちゃんと向かい合った。
今日はかすみちゃんを誘うつもりだったから、紺に白いレースが付いた上品なワンピースを着て来た。
「そのワンピースセンス良いじゃない」
「ありがとう」
かすみちゃんに誉められて嬉しくなった。
「自分で選んだの」
「うん」
「ひかるも女の子のセンス身に付いて来たわね」
にっこり笑って僕を見た。
「ひかるこのまま女の子のまま秘書したいの?」
ちょっと真面目な顔をして聞いてきた。
「うん。したい…」
「そうなんだ」
にっこり笑って、すぐ不安そうな表情になった。
「でも、そこまでにしておいて欲しいな。ひかるが可愛くなるの嫌じゃないんだけど…」
「うん。胸さえあればもう不安はないから」
かすみちゃんがほっとした顔になった。
「それで、相談があるんだけど」
「何?」
かすみちゃんが真面目な顔になって僕を見詰めた。
「南さん」
帰宅しようとして会社の門を出たところで、南に声を掛けた。
「おう、何だい?」
「ちょっと相談したい事があって…」
私はにかんで俯いた。
「どうしたんだ一体?」
「ええ」
もじもじして佇んでいると、周りを見回した。
「こんなところでは何だから」
「ええ」
私は南の後ろに付いていった。
ふふ読み通りだわ。
「部長。相談があるんですが…」
僕は緊張しながら川上に困ったような顔で囁いた。
「一体なんだい?」
「ええ、実は南さんの事なんんですが…」
困り果てた顔をして川上を見た。
「南がどうしたんだい?」
「あれから、言う事を聞かないと私の事をみんなにばらすって…」
目に涙を浮かべた。
女の子になってから涙がすぐ出るようになってしまった…
「おいおい」
川上が不安そうな顔になった。
「これ以上がまんが出来ないんです…」
川上が困った顔をした。
「そんな事になったら社長が何ていうか…」
「そうなんです。きっと社長が怒るって言ったんだけど…」
「やっぱり南は君の事を…」
川上が顔をしかめた。
「今日もホテルに来いって言われて…」
顔を両手で覆った。
「いくら私がこんな風だからって…」
しゃくりあげたら川上が慌てたような顔になった。
「おい、こんなところで泣かれたら困るよ」
周りを見渡した。
「だって部長が…」
周りの人達が僕達の方盗み見ているのが分かった。
「ここじゃ何だからちょっとあっちに行こう」
僕の肩を抱いて奥の会議室に連れて行った。
ふふ、みんな見てるわね。
ぺろっと舌を出した。
会議室に入ると、部長の胸に顔を埋めた。
「おいおい…」
困った顔をしている。
この間の件から、部長は僕に多少好意を持ってくれたみたいだから突き放されないだろうと思っていた。
「お願い、私を助けて…」
顔を上げて見上げた僕を見て一瞬どきっとした顔をしている。
「何をして欲しいというんだ…それにその話は本当なのかね」
少し疑わしい顔をして僕を見た。
「ええ、今日ワシントンホテルの303号室に七時半に来てくれたら分かります…」
また顔を埋めた。
部長が体を硬くしている。
「お願い。きっと部長が来てくれたらもう脅迫されないと思うんです」
部長が考え込んだ。
「分かった。とにかくそこに行けばいいんだな」
「ええ、お願いします…フロントにキーを預けておきますから…」
僕を体から離した。
「話は分かったからもう戻りなさい」
「部長さん、きっとよ…」
歪んだ笑顔で僕を見詰めている。
次は社長の番だ…
「社長…」
強張った顔で社長室のドアを開けた。
「どうしたんだね?」
ちょっと驚いた顔で僕を見た。
「お願い。助けて…」
社長の胸に顔を埋めた。
「おいおい」
とまどった様子で僕の肩を抱きしめた。
僕は悲しかった時の事を思い出して涙を流した。
「おい、泣いているのか?」
「社長…」
社長に抱き付いた。
「私、社長の事が…」
社長がにやけた顔になった。
「ようやく俺のこ事が好きになったのか?」
「うん、社長の意地悪…」
社長を胸を見上げた。
目をつぶって唇を寄せた。
「ははは。可愛いやつめ」
僕の唇に社長の唇が重なった。
あっ…
大きくなった胸が痺れて、背中に電流が走った。
何やってるの…
体から力が抜けそうになるのを我慢して唇を離した。
「急にどうしたんだ?」
「私社長の事好きなのに、部長が…」
「川上の事か?」
こくっと頷いた。
「私の秘密をばらされたくなかったら、付き合えって…・」
「何だと?」
「今日ワシントンホテルで会う事にされてしまったの…」
胸に顔を埋めた。
「私社長以外の男の人となんて…」
「信じられない…・」
「そうなの。私もまさかと思ったんだけど…」
黙って硬い顔をしている。
「私を女にしてくれたの社長ですもの」
顔を上げてキスをした。
「しかし、あいつが…信じられない」
「お願い、ワシントンホテルの303号室に7時35分に来て。キーをフロントに預けておくから…」
社長の厚い胸に抱き付いた。
「ああ、お前は俺のものだ」
僕は強く抱きしめられた。
「お前は俺が女にしてやるんだからな」
「ええ、お願い…必ず来てね」
社長を潤んだ目で見詰めた。
「私女になって社長に抱かれるの夢なんだから…」
「おう。ようやくその気になったか。よしよし」
社長が僕の唇を吸った。
僕は急いで会社を飛び出た。
時計を見るとまだ十分に時間がある。
ワシントンホテルまで30分位あれば行けるかな…
緊張で胸がどきどきしてきた。
うまくいくかなあ?
もしうまく行かなかったらかすみちゃんが…
少し後悔してきた…
でも、もう引き返せない…
第17章 罠
私はにっこり笑って南を見詰めた。
「南さん私の気持ち分からなかったの?」
南がにやついて私を見た。
気持ち悪い…
がまんして色っぽい目をした。
「正月の見ていて何だか可哀想になってしまって」
「ああ、あれはみんな嘘っぱちだ」
「やっぱり。そう思ったわ」
南に抱き付いた。
「おいおい…」
「南さんみたいに素敵な人がホモなんて事ないわよねえ」
「当たり前だ」
「本当にそうだったらどうしようかと思っていたの…」
南が相好を崩して私を見詰めた。
あっやばい…
唇が重なった。
やだ、臭くて気持ち悪い…
あわてて押しのけた。
「待って、折角の夜なんですもの。きれいな体でしたいわ。南さん紳士ですもの分かって下さるわよね」
出来るだけ可愛く微笑んだ。
「ああ、そうだな」
我慢出来ない顔で、目がぎらぎらしている。
やだ…
男なんてみんなこんなんだもの…
ひかるの顔を浮かんだ。
「私先にシャワー浴びてくるから、待っていてね」
首筋に抱き付いてから、急いでバスルームに入った。
急いで時計を見た。
7時。
急がなきゃ…
中はもう濡れていた。
ほっとして急いでシャワーを浴びた。
お待たせ…
バスタオルを体に巻いてバスルームを出たら、南がよだれを垂らしそうな顔で私を見詰めた。
「いや、そんなに見られたら恥ずかしいわ」
「いや、ごめん」
「ねえ、あなたもシャワー浴びて」
私は急いでルームキーのカードを二枚手に取ってフロントに向かった。
胸がどきどきしている。
あと10分…
南はにやにやしながらシャワーを浴びていた。
思わず鼻歌が出ている。
「そうか。俺も結構もてるんだな…」
にやけた顔でシャワーを止めた。
南がベッドルームに戻ると真っ暗になっている。
ベッドを見るとぼんやりと白いシーツが膨らんでいるのが見える。
南はにやっと笑うとベッドに近づいた。
南が毛布をどけようとすると中から小さな声が聞こえた。
「中に入って…」
南が頷くと毛布の中にもぐり込んだ。
毛布の中でかすみが南の胸に顔を埋めた。
膨らんだ胸が南の裸の胸に押し当てられた。
南がかすみを抱きしめるとかすみが体を震わせた。
南がかすみの下腹部に手を伸ばそうとしたら、かすみがその手を止めて、キスをした。
二分程時間が経過した。
南がかすみの上に乗ってその胸に手を伸ばそうとした。
ガチャッと音がしてドアが開いた。
南がびくっとしてかすみから体を離した。
振りかえると、暗闇の中で男が立っている。
「誰だ」
怯えた声を出すと、男がうなった。
その声はやっぱり南か…
「部長?」
南が驚いた声を出した。
「何でここに…」
「そこにいる女の子に聞けば分かる」
苛立った声を出した。
その時毛布を跳ね除けて、上半身裸のままかすみが部長に抱き付いた。
「部長…」
かすみが泣き声を出して川上の胸に顔を摩り付けた。
暗闇の中で南が訳が分からない顔をしていると、川上が部屋の明かりを点けた。
南が信じられないものを見る目で川上の横の女を見詰めた。
「栗原、何で?」
「部長ありがとう…」
ひかるが泣きそうな顔で川上に擦り寄っている。
「何てことをしているんだ」
僕は胸をどきどきさせながら川上に抱き付いていた。
膨らんだ胸が出ているのが恥ずかしい…
南に見えないように川上の胸に顔を埋めて隠した。
「南さんったらひどいのよ…」
涙を流して川上を見上げた。
「南、自分のしている事が分かっているのか?」
「ぶ、部長…・だけど何で?」
南はまだ混乱しているみたい。
「お前が本当にホモだったとは…」
川上が南を睨んだ。
「しかもよりによって栗原に手をだすなんて…」
「ち、違います。私は新谷君と…」
「新谷?どこにいるんだね」
川上が部屋の中を見回した。
「言い逃れは止めたまえ」
僕は胸をどきどきしながら二人の話合いを聞いていた。
時間が止まっているように感じられる。
早く来て…
「さあ、早く服を着なさい」
「お願いもう少しこうしていさせて。体が竦んで動けないの」
川上を潤んだ目で見詰めた。
「ああ…」
川上の胸の中に顔を埋めて背中に手を回した。
時間が止まっているかと思った。
その時部屋のドアが開いた。
川上と南がびくっとして振りかえった。
「社長助けて…」
僕は川上を突き飛ばして社長の所に駆け寄った。
胸がどきどきしている…
もしこれで失敗したら…
社長の胸に飛び込んだ。
「よしよし怖かっただろう」
社長が僕を優しく抱きとめてくれた。
「怖かった…」
震えた声で訴えた。
「二人掛かりでおもちゃにするの…」
社長の胸で泣きじゃくった。
「社長?」
二人が唖然とした顔で社長の顔を見詰めている。
南は何がどうなっているかわからないでおろおろしている。
「きさまらは一体こんな所で何をしているんだ」
社長が怒鳴った。
「これには訳が…」
川上がおろおろしながら掠れた声を出した。
「私は彼女を助けに…」
「助けに?何を言っている。栗原を無理やり抱いていたくせに」
「違う…。栗原違うって言ってくれ。私は彼女が南から暴行を受けるのを助けに来たんだ」
「なに言ってるのよ。私の事をさんざんおもちゃにしてくれたくせに」
今までに溜まっていたものが溢れ出した。
「私は男なのに、女にして、それで馬鹿にしておもちゃにして…」
不意に涙が溢れて来た。
急に悲しみが襲ってきた。
「社長だけよ、私の事優しくしてくれたの。あんた達こそリストラされればいいんだわ」
訳がわからなくなってきた。
涙がぽろぽろ零れた。
社長の胸に顔を埋めた。
「あんなやつら首にしちゃって…」
社長が私の肩を優しく抱いた。
暖かい…
パンティ一にガードルだけなのに気が付いた。
体がまだ震えている。
「今日だって社長が来てくれなかったら…」
社長が私を抱きしめながら二人に向かって大きな声を出した。
「お前らは首だ。もう明日から出てこなくてもいい」
やった…
僕は社長に抱き付いたまま、体を震わせていた。
二人が黙ったまま部屋を出て行く気配がした。
社長と二人だけになって急に体の力が抜けた。
「社長…」
「もう何も言うな」
社長が僕を抱き上げた。
あっ…
ベッドの上に抱き下ろされて、社長が僕の上にかぶさってきた。
あっ…・
思わず社長にしがみついた。
かすみはいらいらしながら、ロビーでエレベーターを見詰めていた。
時計を見るともう7時45分を過ぎている。
社長が丁度に部屋に入ったはずだけど…
不安が膨らんできた。
うまくいかなかったのかしら…
まさか三人におもちゃにされているなんて事ないわよね…
胸が苦しくて息苦しくなってきた。
エレベーターが開いた。
川上が南を従えて怖い顔をして出てきた。
他に誰も出てこない。
ほっとした。
うまくいったんだわ…
二人に見られないように、柱に体を隠した。
二人がロビーを出て行くのを確認してからまたエレベーターを見詰めた。
いつまで経っても出てこない。
どうなってるの?
心配になってきた。
黙って待っていられなくなって、エレベーターに向かって歩き出した。
胸をどきどきさせながら、三階に上がった。
もし見られたらまずいわ。
でも…
目に前に303のプレートが張ってある。
胸をドキドキさせながら、そっと中の様子を伺った。
中で人が動いている気配がする。
小さなあえぎ声が聞こえた。
嫌…
耳を両手で押さえた。
そのままエレベータに向かって走り出した。
いや、いやいや…
気が付くと、ホテルを出て夜の街を歩いていた。
ほほに涙が流れて、街がかすんで見える…
私…
ひかる…
ひかるのあえぐ声が蘇って思わず耳を塞いだ。
第18章 復讐の味
次の日僕は社長室に入ると早速聞いてみた。
社長が僕のスカートを見て微笑んだ。
昨日の事が思い出されて急に恥ずかしくなった。
頬が赤らんだ。
そんな僕を見ておかしそうな顔をした。
「ああ、懲戒免職だな」
「懲戒免職って?」
「退職金も無しの首だ」
ちょっと可哀想な気がした。
「家族もいるんでしょう」
「ああ」
平然としている。
「経費削減で丁度いい」
「でも、可哀想」
僕が味わった思いをすればそれでいいんだけど…
ふと良い事を思い付いた。
「ねえ」
社長の首に手を絡ませた。
ポーズのつもりだったのに胸が当たってきゅんっとなった。
「ねえ、退職金出してあげたら…」
「何でだ?」
訝しそうな顔で僕を見た。
「その代わりにねえ」
社長の耳に囁いた。
「ははは。そういう事か」
僕を見詰めた。
「ひかるは随分恨みがあるみたいだな」
「違うわよ。可哀想に思ってるからよ」
「まあ、ひかるの頼みなら聞いてもいいけどな」
社長が僕の体をじいっと見て急ににやっと笑った。
「ひかるが思ってるよりも大金がいるんだぞ」
「そうなの…」
駄目か…
がっかりした。
社長が僕の体を抱き寄せてお尻をと胸をさすった。
「いや…」
「もう少しこことここに脂肪が欲しいな」
「何を言ってるの?」
不安になった。
いたずらっぽい目で僕を見詰めた。
「その代わりにひかるも俺の言う事を聞いてくれるか?」
何を言い出すの?
そっと僕に耳打ちをした。
そんな…
そっと胸を押さえた。
でももう膨らんでいるから…
それよりも僕の気持ちを味合わせてやりたい。
僕は小さく頷いた。
「じゃあ、約束だよ」
「ええ…」
川上と南が神妙な顔で社長室に入って行った。
「君達は懲戒免職だ」
社長が改めて正式に言い渡すと二人とも顔を見合わせて狼狽した顔をした。
「社長、お願いです。私達は家族もいるし、長い間社長の為に働いてきましたのに」
「そうか。そうだろうな」
二人はその言葉を聞いて少しほっとした顔で社長を見詰めた。
「では、退職金は出して上げてもいい」
「本当ですか?」
「ああ、だが条件がある」
社長がにやっと笑ってひかるを見た。
思わず二人がひかるを怯えた顔で見た。
「栗原君が君達の事を可哀想だと私にお願いしてね」
「栗原君・・」
二人が同時に叫んだ。
「条件は彼女に聞き給え。結果は明日彼女から聞くことにする」
そう言うと社長は顔を机に戻して書類をめくり始めた。
「こっちにいらして」
「成瀬さん、二人の事は社長からお聞きになっていますね」
「ええ、あなたにまかせろとおっしゃっていたから、勝手にしなさい」
僕はにっこり笑って、二人を見た。
二人とも救いを求めるような顔で僕を見た。
私達だってそういう顔をしていたのよ…
「ちょっと待ってね」
かすみちゃんと鷹取さんと山本さんを呼んだ。
「なに?」
「あのねー」
三人が興味一杯の顔で僕の話を聞いてくれた。
「やだー」
一斉に笑い出した。
かすみちゃんも固い表情を崩して笑い出した。
川上と南の二人がびくっとした顔をした。
「じゃあ、いいかしら?」
「いいけど…」
三人がちらっと二人を見た。
「でも、無理なんじゃない?」
「いいじゃない、言ってみたら?」
鷹取さんがにやっと笑った。
「ひかるちゃんだって3ヶ月もさせられたんですものね」
二人がびくっとした。
二人の方を振りかえった。
「じゃあ、条件を言うわよ」
二人がごくっと喉を鳴らした。
「一体何だね」
二人とも虚勢を張って体を硬くしている。
僕はもったいぶって、二枚の紙を持ち上げて読み上げた。
「川上達夫、南雄介以上二名、本日一日だけ、秘書室に勤務を命じる」
「何?」
「条件はそれだけ。簡単でしょう」
微笑んで二人を見詰めた。
「但しあなた達が決めた服務規定に従わなかったら、即解雇になるんだからね」
二人は体を震わせて、顔面が蒼白になった。
「規則は全員が従わなくっちゃね」
にやっと笑うと、南が声を上げた。
「わかった。あやまる、あやまるからそれだけは許してくれ」
床に頭を付けてうめいた。
「頼む…」
川上が呆然とした顔で僕を見詰めた。
「冗談だろう…」
「そうよ、冗談よ」
にっこり笑った。
「冗談でも規則は規則なんでしょう。おかげでもう私は戻れないのよ…」
川上を睨んだ目に涙が溢れて来た。
「さあ、頭を上げて頂戴」
かすみちゃん達が南の体を抱き起こした。
「頼む。やめて、やめてくれ…」
「心配いらないわよ。南さんならきれいな顔しているからきっと良く似合うわよ」
にっこり笑って南を見た。
「何でしたらこの気持ちの悪い胸も付けて差し上げましょうか?」
南が恐怖に歪んだ顔をした。
「逃げたら、退職金は無しよ」
ぴしゃっと言うと、南がぐったりとして肩を落とした。
「さあ、部長もどうぞ」
「いや、私はいい…」
放心した顔で呟いた。
「悪かったね…」
部長の済まなそうな顔を見て、胸がきゅんっと痛んだ。
「わしには無理だ。退職金はあきらめる」
力なくそう言うと部屋を出て行った。
僕は南を振り返った。
「じゃあ、行きましょうか。心配しなくてもいいわよ」
南の手を取った。
「ねえ、この脛毛汚いね」
「そうねえ、服務規定の品位を落とすってのに引っかかるわね」
パンツ一枚で顔面を蒼白にして震えている南の足に楽しそうにして鷹取さんが脱毛クリームを塗り始めた。
「何でそんなの持ってるの?」
かすみちゃんが不思議そうな顔で聞いている。
「女の子の身だしなみよ」
おかしそうに笑っている。
「腕もした方がいいわね」
南の手足が白い泡で包まれた。
「何だか男って汚いわね」
かすみちゃんがあっという顔で僕を見た。
「ごめん。ひかるは違うわよ」
「いいわよ」
「ねえ、この髭なんとかならないの?」
「しょうがないわ。カバーマークでごまかすしか」
「眉毛もふとーい」
「ちょっとカットしましょう」
「やめてくれ…」
「あら、やめてもいいけど、それでいいの?」
南が黙りこくった。
「みんなあなた達が決めた事でしょう」
おかしそうに言いながら、鷹取さんがさっさと手を動かしている。
「はい、きれいになったわ」
南が無駄毛がなくなってつるっとした体を呆然と見詰めている。
「じゃあ、服務規定にのっとってお化粧しなくちゃね」
南が怯えた顔で私達を見詰めた。
山本さんが楽しそうにして、南の顔にファウンデーションを塗り始めた。
僕はそこに僕が座っているような錯覚に陥った。
そうなのよね。これから始まったんだわ…
「はい、出来あがり」
満足そうな顔をして山本さんが僕を振りかえった。
「思ったよりもきれいじゃない」
南が呆然とした化粧された顔を見詰めている。
ふふ。きっときれいだって思ってるわ…
「ねえ、下着とか服はどうする?」
「私の使ってもいいけど、気持ち悪いから後で使えないわ」
一番背が高い鷹取さんが言った。
「ちゃんと後でお金を返してもらえばいいわよ。そうよね南さん」
南が黙って頷いた。
パンティをはかされて、ブラジャーを着けられた南が恥ずかしそうな顔で俯いている。
スリップが体の線を隠している。
脱毛したせいかパンストに包まれた足が妙に色っぽい。
南がすっかり大人しくなってじっとしている。
「ふふ。男の人って女装すると何だか大人しくなちゃうわね」
鷹取さんが可笑しそうな顔をしている。
南が体をびくっと震わせた。
「はい、ブラウス」
ブラウスを手渡されて、ほっとした顔で急いで着ている。
顔が赤らんでいる。
「さあ、スカートはいてみましょう」
南の顔が蒼くなった。
手渡された赤いスカートを観念したような顔でおずおずとはいた。
ふふ。何だか可笑しいの。
「意外に似合うじゃない」
四人が大きな声を上げて笑った。
「はい、ベストと上着」
僕達と同じ制服に身を包んだ南がじっとして俯いている。
「どうしよう合うハイヒールなんかないわよ」
「しょうがないなあ。私のサンダルでがまんしてもらおうかしら」
「髪はどうする?」
長い髪をして、きれいにお化粧をされた南が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。
ミニスカートが気になるのかしきりにスカートを触っている。
「さあ、行きましょう」
南の手を取った。
南がびくっとして手を引いた。
「いや…」
やだ、女の人みたいな話し方になってる。
思わず笑いが込み上げた。
「ほら、怖くないから」
「いや、いや…」
目に涙が浮かんでいる。
「私なんかもっと怖かったんだから」
南の手を握って力を入れた。
あんた何か今日だけじゃないの…
私は…
ドアを開けた。
南の体が震えているのがわかる。
ひざががくがく震えている。
何だか可笑しい…
僕もこんなだったけ。
南が僕の机に体を硬くして座っている。
「ほら、ちゃんと膝をそろえなきゃ駄目よ」
南が黙って膝を揃えた。
「慣れれば女もいいものよ。南さんもすぐ女になりたくなるわよ」
南がぞっとした顔で僕を見た。
「じゃあ、良い子でいなさいね」
僕は社長室に向かった。
かすみちゃんと目が合った。
「どうだい首尾は?」
「ええ、南は条件を飲んだわ」
「ははは、まあ川上は無理だろうな」
「そうね」
社長が僕を抱き寄せた。
「じゃあ、今度はおまえの番だな」
僕の胸をとお尻を優しく撫ぜた。
「いや…」
体が痺れた。
「もっと感じるようにしてあげるよ」
僕は目をつぶった。
でも、いいわ…
おかげで気が済んだわ…
仕事が終わって、僕は秘書室に戻った。
南はどうしてるかな?
ドアを開けると、南がはっとして僕を見た。
ちゃんと足を揃えて座っている。
大人しくしていたみたいね。
でも折角きれいにしたのにこの部屋の居るだけじゃ何だかもったいないわね。
「ごくろうさま」
南が黙って僕を見た。
「じゃあ、社長のところに挨拶に行きましょうか」
「えっ」
「今日が最後なんでしょう。ほら」
「いや…」
「本当は勤務規定ではスカートはいてお家に帰らなきゃいけないんだけどね」
真っ青な顔をして顔を引きつらせた。
「私にそんな事強要したのは誰だったかしら?」
「ごめん、あやまる…」
「さあ、社長のところに行ってそれでおしまい」
にっこり笑って南を見た。
南が僕を怖いものを見るような顔で見ている。
「南さんきれいだから大丈夫よ」
「お願い…」
南の手を取った。
「いや…」
「南さん行きましょう」
かすみちゃんが横に来てにっこり笑って南の左手を取った。
ドアに引きずられるようにしてきた南はドアを開けられた瞬間に泣き出した。
「怖い…」
僕を見詰めた。
「ごめん。君がこんな気持ちだったなんて知らなかった…」
「ごめんなさい…」
お化粧を涙でぐしゃぐしゃにしている。
あーあ。そんな顔をされたらもう外に連れて行けないじゃないの…
何だか哀れになってきた。
「もういいか?」
かすみちゃんが微笑んだ。
「そうね。もう十分じゃない」
「うん。そうだね」
「じゃあ、社長にはちゃんとお願いしておいてあげるね」
「ありがとう…」
ほっとしたような顔になって僕を見た。
もういいや。仕返しは…
僕は力なくうなだれている南を優しい顔になってぼんやりした目で見詰めた。
第19章 告白
「ああ、おはよう」
僕は社長の横に行って首に手を回した。
「どうしたんだ」
男の人のにおいがする…
そのまま首筋に頬をすりよせた。
胸が苦しくなった。
気持ち良い…
「おいおい朝からなんだ」
笑いながら僕を見た。
「ねえ、私このまま秘書しててもいいの?」
「ああ、いいよ」
微笑んで僕を見ている。
昨日の仕返しが済んでから何だか憑き物が落ちたみたいな不思議な気持ちになっている。
「今日は何だか可愛いじゃないか」
「うん…」
体を包んでいる制服の滑らかな感触が素直に嬉しく感じられる。
今はただいつまでもこうしていれたらと思う…
社長が僕の手をほどいて椅子を回して僕に向き合った。
「で、川上と南の事はどうするんだ?」
僕は心の中の恨みが消えているのに気が付いた。
「社長私もう何とも思っていませんから、元の通りにしてあげられませんか?」
僕は一体何を言っているんだろう…
ひかるが慈愛に満ちた目をして社長を見詰めている。
「しかしまたあのような事をするかもしれないんだよ?」
「大丈夫です。社長お願い」
社長の手を握り締めた。
「そうか。おまえがそう言うのならそうしてあげてもいいが…」
急に可笑しそうな顔をしてにやっと笑った。
「分かった。しかしその代わり約束は守ってくれるんだな」
僕は目をそらして窓の外を見詰めた。
静かに目を閉じて心の中に問い掛けた。
いいよね、それでいいよね…
私もっとこうしていたい…
そして…
もう日差しがまぶしく感じられる。
僕は空を見上げて笑顔になった。
「おい、何をしているんだ」
社長が怪訝そうな顔で僕を振りかえった。
「はい、ごめんなさい」
スカートがめくれないように気を付けてながら急いで後を追った。
ハイヒールの音がビルの間に響いた。
私この人の為にもっと力になってあげたいな…
社長に追い付いてそっと寄り添った。
最初の訪問先の高層ビルが見えて来た。
中に入って、訪問先の受付で用件を伝えた。
「社長室に案内しますので、どうぞこちらに」
受付の女の子が緊張した顔で応対してくれた。
僕は始めて受付をした時の事を思い出して懐かしくなった。
社長について中に入ると、もう顔見知りになった加藤社長が僕を認めてにこやかな顔になった。
加藤さんは社長の大学の友人だという事を最近知った。
「やあ、良く来たね」
「はい。おはようございます」
「おいおい。俺よりも彼女の方が先かよ」
「ははは。いいじゃないか。まあ座れよ」
僕達は応接ソファーに座った。
「今日も、彼女が目当てで俺を呼んだんだろう」
「はは、ばれていたか」
加藤さんが僕を優しい目で見詰めた。
「ひかるちゃんはどんどん女らしくきれいになるね」
どきっとして、頬が赤くなった。
「そんな事ありませんわ…」
「いや、本当にきれいになってきたよ」
僕を見て微笑んだ。
「恋人でも出来たのかな?」
「そんな事ありません…」
どきっとして顔が赤くなった。
でもブラウスから出ている手も透き通るような肌になってきている。
スカートに包まれた太ももも柔らかい曲線を描いている。
「お前も彼女にいいだんなさんを探してあげなくてはな」
社長が急に固い顔をした。
「何を言うんだ。彼女にはまだまだ俺の秘書をしてもらわなくてならん」
「おいおい、急に気色ばんでどうしたんだ?」
加藤さんがにやっとして社長を見た。
「そう言えば、萩原はまだ独身だったな。ふーんそうか」
「おい、何を言い出すんだ」
「しかし俺達みたいなおじさんは、ひかるちゃんみたいな若い女の子には相手にされないぞ」
「俺はまだ47歳だ、まだまだ若いぞ」
「お前みたいに独身だとそうかも知れないけどな。しかし20以上違うだろう」
可笑しそうに笑った。
「何を朝から変な事を言い出すんだ」
社長が不機嫌そうな顔をしている。
「ひかるちゃん、こんなおじさんに騙されたらいけないぞ」
優しそうな目を微笑まして僕を見た。
「社長はそんな人じゃありません…」
思わず声が出た。
「ほう、そうか」
社長と僕を見てにやっと笑った。
「若い時は女の子に興味のなかったお前がなあ」
納得したような顔をしてからかうような目をした。
「結婚式の時はちゃんと俺達も呼べよ」
「おい、いいかげんに仕事の話をせんか」
社長が苦虫を潰したような顔をして咳き込んだ。
「ああ、そうしようか」
結婚式…
加藤さんから僕達そんな風に見えるのかしら…
胸がきゅっとなって体がほてってきた。
社長と結婚…・
そんな事出来ないのは分かっている。
でも…・
「ねえ何で社長は結婚しないんですか?」
車の中で思いきって小さな声で聞いてみた。
「好きな女がいなかっただけだ」
むすっとした顔で前を向いている。
さっきから結婚という言葉が頭にこびりついている。
社長との約束のあれを始めたせいかしら…
何だか体だけじゃなくって心の中も女の子みたいになってきてるみたい…
そっと社長の手を握った。
胸がつーんとなった。
「何だ急に。加藤が言った事が気になるのか?」
社長が僕の方に顔を向けた。
どきっとした。
「うん…」
「心配するな。俺は結婚はしない」
そのまま黙りこんだ。
ほっとしたようながっかりした気持ちになった。
社長が急に口を開いた。
「それより約束は守っているか。最近女らしくなってきたみたいだが」
体が熱くなった。
そっと社長に腕を絡めた。
「じゃあ今日見せてもらおうかな」
体がびくっと震えた。
ガードルとストッキングがホテルの床に転がっている。
ワンピースのファスナーを下ろした。
胸がどきどきしている。
ゆっくりワンピースを足元に落とした。
社長の視線が痛い。
スリップのストラップを外して床に落とした。
僕はパンティとブラだけになって社長の前に立った。
頬が赤く染まった。
きれいに膨らんだ胸がブラに押し上げられている。
全身に柔らかい脂肪が付いて、肌が白く透き通るようになってきている。
肩から腕にかけての筋肉が落ちて、女の子みたいにほっそりした柔らかい曲線を描いている。
ウェストの位置が前より高い位置になって、丸みを帯びてきた腰の上でくびれている。
僕女らしくなった?
不安な顔で社長を見た。
社長がベッドから立ちあがって、服を脱いだ。
ゆっくり歩いてきて、僕を抱きしめた。
僕は社長の胸に体を埋めて目を閉じた。
「私約束守ったわよ…」
「ああ、きれいだよ」
体が痺れてきた。
胸が社長の厚い胸に触れて背中に電流が走った。
私…・
社長に抱きしめられて不意に涙が溢れ出した。
顔を上げると唇が重なった。
社長…
私男の子なのにでも社長が好き…
自分の心をもう騙す事が出来ない…
私女の子になってこの人と一緒になりたい…
胸がきゅんっとなって彼を抱きしめる手に力が入った。
唇が離れた。
「私社長の事好き…」
社長が微笑んで見ている。
「私女の子になりたい…。女の子になって社長と…」
とうとう言ってしまった…
堰が切れたようになって、暖かいものが頬を濡らした。
気持ちが急に楽になった。
<君は女の子になりたいんだよ>
社長に言われた事が頭に響いた。
そうなの、私は女の子になりたいの…
この人しか私の気持ちを受け止めてくれる人はいない…
背中を抱きしめられて膨らんだ胸が当たった。
「私女の子になりたい。女の子になりたいの…」
唇がふさがれた。
仰向けに寝ている社長の胸に顔を押し付けてじっとしていた。
体温が感じられて、心臓の音が聞こえる。
このままいつまでもこうしていたい…
柔らかくなった肌が社長の硬い肌に吸い付いて気持ちいい…
「社長好き…」
小さく呟いた。
社長が黙って僕の肩まで伸びた髪をなぜている。
「社長私の事嫌い?」
「何を言ってるんだ」
「でも私男よ…」
ほっぺたを胸に押し付けながら呟いた。
「ひかるは女の子だよ」
「本当に…」
「ああ…」
「好き…」
うそでもいい。今だけは女の子でいたい…
「好きって言って」
黙って私の髪を撫ぜ続けている。
頭がしびれてきてじんじんしてきた。
「ねえ言って」
私の事どう思っているのか確かめたくてしょうがなくなった。
黙っている。
不安が膨らんできた。
「やっぱり私男の子だから好きじゃないのね…」
急に悲しくなって、涙が彼の胸にこぼれた。
「そんな事ないよ」
彼の目を見た。
どきっとした。
悲しそうな顔をしている。
「ひかるの事は嫌いじゃないよ」
嬉しい…
また私の髪を優しく撫ぜた。
「女になったひかるを抱きたいと思う…」
彼の目を見詰めた。
「でも、君の事は幸せには出来ない。だから好きと言えないんだ」
「私今幸せよ。何でそんな事言うの?」
彼の体に抱き付いた。
「俺は世間体を気にする弱い人間だ。君と一緒になってあげる事は出来ない」
「社長…」
体が震えた。
「私が男だから?」
「ああ、だけどだから君の事が…」
悲しそうな目をして私にキスをした。
あなたと一緒になりたい…
私が女だったら…
あなたに好きと言って欲しい…
第20章 脱皮
もう僕も新入社員じゃないんだ…
景気も少し良くなってきて、いつもよりも少ないけど採用はしたみたい。
人事部の方針で、新卒の採用は減らして、出来るだけ今いる人は減らさない事に決めたみたい。
社長が新入社員の前で挨拶をしているのを壇上に座って見ながらぼんやりと考えていた。
あの時ああして良かったんだわ…
スカートの中が見えそうで、膝をきゅっとしめた。
何でこんなに短いの?
こんな時困っちゃうわ。
新入社員が見ていると思うと何だか緊張しちゃうなあ…
僕は嫌だって言ったのに、社長が秘書だからどうしても列席しろって…
この子達は僕の事を女性の秘書と思ってるんだろうなあ…
そしてもしかして毎年こういう風に…
僕はそうやって女性として社会の中に組み込まれていくのかしら…
「新入社員って可愛いわね」
「ええ」
更衣室で着替えながら、私はひかると笑い合った。
「ねえ、かすみちゃん相談があるんだけど」
ひかるが制服の赤いスカートとからピンクのスカートに穿き替えながら囁いた。
「なあに?」
「ここじゃあちょっと…」
「じゃあ、食事でもする?」
「うん」
ひかるが、ちょっと思い詰めたような顔をして私を見詰めた。
スカートを穿き替えたひかるを見て一瞬あれっと思った。
何だか前よりスカートの線がきれいになって、ウェストも細くなったみたい。
こうして見ると顔をふっくらして、女の子らしい顔になってるみたい。
胸は大きくしたのは知ってるけど…
スカートスーツを着ているひかるを見ていると、そんなにお化粧もしていないのに本当に女の子みたいに見える。
毎日女の子の服着てるからかしら…
「ねえ、ひかる女らしくなったんじゃない?」
どきっとした顔をしている。
「わかる?」
「わかるって、一体?」
「後で話すわ」
私は食事の手を止めてひかるの顔を唖然と見ていた。
「本気なの?」
「ええ、本気よ…」
ひかるがはにかんだ表情をして俯いた。
最近女の子として楽しそうに仕事をしていうひかるを見ていてもしかしてと思っていたけど…
でもこうしてはっきり言われると…
胸がずきっとした。
でも、ひかるがここまで思い詰めて私に相談する心情を思うと止めたほうが良いとは言えなくなってしまった。
ひかるが顔を上げた。
「お願い。私ちゃんとした女の子になりたいの」
私の手を握った。
「こんな事相談出来るのかすみちゃんしかいないの」
真剣な目で私を見詰めている。
「お願い、軽蔑しないで…」
急に弱弱しい顔になった。
「軽蔑なんてしないわよ」
始めて制服のスカートスーツを着て女の子になった時の恥ずかしそうな怯えた様子を知っている。
あれからのひかるの心の移ろいを知っている私には軽蔑なんてそんな事…
でも、胸に悲しみが溢れてきた…
ひかるは結局私達の方に来る事に決めたのね。
そしてあっち側の男の人を好きになって一緒になる事を選んだんだ…
同じ側の私は…
私だってひかるの事好きなのよ…
今そうして可愛い女の子の姿でいても、私にとってはあっち側なのに…
膨らむ想いを懸命に押し込んで笑顔を作った。
「分かったわ。協力するから頑張ろうね」
「ありがとう」
ほっとして嬉しそうな顔で私の手を握る手に力を込めた。
「ひかるのウェディングドレス可愛いだろうね」
でも一体どうしたらいいんだろうなあ…
私はテレビを見ながらぼんやり考えていた。
実際ニューハーフみたいに女の体になってる人はいるって知ってるけど…
ひかるは本当に女の子になりたいんだからなあ…
えっ
テレビが性同一性障害というものの特集をやっている。
目が釘付けになった。
胸がどきどきしてきた。
これって…
急いで立ち上がって受話器を取った。
「もしもし私」
ひかるが眠そうな声を出している。
「すぐテレビを見て。電話はこのままでいいから」
訝しげな様子でテレビをつける音が聞こえた。
しばらく私はテレビを見続けた。
受話器からひかるの震えた声が聞こえてきた。
「もしかして私の事?」
「明日休みだから行ってみよう」
「うん」
「じゃあ明日…・」
受話器をそっと置いた。
ひかる…。
今頃胸を震わせているんだろうなあ。
僕はいつもよりか早く目が覚めてしまった。
胸の高鳴りを押さえながら、顔を洗った。
洋服ダンスの扉を開いて、立ち竦んだ。
女の子の服で行っていいのかしら…
でも、女の子の服しか持ってない。
病院には男として行かなくてはいけない…
机の引出しを開けて保険証を見た。
男という文字が光っている。
でも…
胸をそっと押さえた。
私は女の子…
体を直してもらいに行くの…
きれいな服が好きで、男の人に恋してウェディングドレスに身を包んで、みんなに祝福されるのを夢見る乙女。
本当は小さい時からそうだったような気がする…
目に涙が光った。
私は本当は女の子だったんだ…
女の子だったら今みたいにみんなに愛されて幸せだったんだ…
たまたまあそこが間違って付いて来て生まれてしまっただけなの…
胸が締め付けられるようになった。
心の奥底に押さえ込んでいた蓋が開いたような気がした。
言わなくちゃ。素直に私の気持ちを聞いてもらって直してもらわなくっちゃ…
先生に私が可愛い女の子だって事を見てもらわなくちゃ…
S医大からの帰り道、ひかるがもうがまんできないという顔をして私に抱き付いてきた。
「ひかるったら」
嬉しそうな顔に涙を浮かべている。
「だって、だって…」
ワンピースの裾をゆらして体を揺すっている。
「もう分かったわよ」
もう可愛いなあ…
「一年なんてすぐだよね」
「ええ、あっという間よ」
にっこり笑ってひかるの細い体を抱いた。
ひかるってこんなに細くて小さかったけ…
不思議な思いでひかるを見た。
何だか顔つきも少女のような顔をして微笑んでいる。
まぶしい思いで見詰めた。
少年から少女に脱皮したみたいな錯覚を覚えた。
昨日までは確かに少年の面影と、女の子になる事への恥じらいがあったのに…
今は無邪気な少女が目を覚まして喜びに輝いているみたいに見える。
胸がちくっとした。
ひかる、体はどうでも今は女の子のこころになっているのね。
ひかるの体を優しく抱きしめた。
私の母性本能が擽られた。
きっとひかるは今生まれたばかりの少女なんだわ。
ガラス細工のように脆くて傷つきやすい…
ひかるを守ってあげられるのは私だけなんだわ…
胸がきゅんっとなった。
ひかる、私がきっと守ってあげるわよ。
急に目に涙が浮かんだ。
あなたは私の大事な、そして大好きな娘ね…
私の好きだった彼はもう居なくなってしまったけど、でも…
「かすみちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でもないわ。目にごみが入ったみたい」
また新入社員が入ってくる季節がやってきた。
目の前にS医大の建物が見える。
一年前にあそこから出てきた時の事が昨日のように思い出される。
「かすみちゃん…」
ひかるが私の手を握り締めてかすかに震えている。
「大丈夫よ」
「うん。でも心配で胸が張り裂けそう…」
私も体が震えている。
「もし、審議の結果が駄目だったら…」
ひかるの顔色が蒼い。
「そんな事になったら、もう私の生きるところが無くなってしまう…」
掠れた声で呟いた。
「大丈夫よ。心配しないで行こうよ」
子供をあやすようにいうと、私を信頼した顔でこくっと頷いた。
ひかるを見ていて胸が詰まった。
「行くわよ」
「うん…」
手に持ってる封筒の中には、ひかるが一年間女性として働いてきた会社の就業証明がある。
秘書室のみんなを始めとして人事部長と人事課長からの嘆願書も入っている。
ひかるが正式に女性になって、これからも働いて欲しいと書いてある。
驚いた事に人事課長がみんなに頼んでこれを作ったんだ。
これがあればきっと大丈夫。
ちらっとひかるを見た。
第21章 失われた記憶
ゆっくりとお湯をかけてから、バスタブに体を沈めた。
明日いよいよ…
有給を使って二週間の休暇を取ってある。
帰る時秘書室のみんなが励ましてくれた…
今度みんなに会うときは…
お風呂から上がって、鏡に全身を映した。
ほっそりした白い体に形の良い乳房が上を向いて付いている。
細くくびれたウェストから下が丸みを帯びて下半身につながっている。
その下に目が釘付けになった。
僕が男である最後の証としてまだその存在を主張している。
かすみちゃんのきれいな体が浮かんだ。
僕にもあんなきれいな花びらを持てるのかしら。
彼を受け入れたい…
想像すると体が熱くなった。
でも何だか怖い…
過去の男の子としての人生が消えてしまう。
でも、記憶は残っている…
少女時代の記憶がないまま、これから女としての人生を本当に送れるのかしら…
ナーバスになっているのが自分でも分かる。
少女としての記憶が欲しい…
男の記憶を無くしたかった…
そっと目を閉じた。
ミニスカートのセーラー服を着た僕と同じ顔をした少女が無邪気に笑いながら同じセーラー服を着たかすみちゃんと手を繋いでじゃれ合っている。
「私達ずうっと親友よね」
「ええ、一生友達よ」
二人が校庭の桜の木の下でお互いの目を見詰め合いながら微笑んで両手を握った。
場面が変わった。
「ねえ、あの人素敵…」
一年先輩の背の高い男の子が校庭でサッカーをしている。
私も校舎の窓から見て胸をときめかした。
「かっこいいわね」
「私バレンタインチョコ上げようと思っているんだけど・・」
セーラー服を着て窓から顔を出しているかすみちゃんが頬を赤らめている。
私も胸の赤いスカーフが風に吹かれて乱れるのを気にしながら頬を赤らめた。
「私も上げたいな」
「あー、駄目よ」
「分かってるわよ」
でも男の子を見詰める私の胸がきゅんっと鳴った。
ふっと幻想が消えた。
かすみちゃん…
胸が熱くなって涙がこぼれた。
一緒に楽しい少女時代を送りたかった。
目を開いてまた鏡を見詰めた。
「でもそんなこともう無理なんだ…」
僕は唇を噛み締めながらきっと顔を上げた。
これから僕は新しく生まれるんだわ。
鏡の中に映る目に涙が光った。
僕の過去はすべて無くなっちゃうんだ…
体が小さく震えている。
足元が急に不確かなものに感じられた。
でも僕には女の子としてのこれからの人生がある。
かすみちゃん達もいる。
「ひかる頑張ってね」
ひかるがキャスターの付いたベッドに寝ながら震える手で私の手を握り締めた。
「じゃあ、行ってくる」
私は手術室の中に消えて行くひかりを不安な気持ちで見詰めた。
手術室の前の廊下に置いてある長いすに腰を掛けて両手を握り締めた。
どの位経ったかしら…
ふと時計を見上げるともう二時間も経っている。
手術中の赤いランプを見上げて手を胸の前で組んだ。
成功しますように…
そろそろの筈なんだけど…
赤く光っているランプを見詰め続けた。
ランプが緑色に変わった。
はっとして立ち上がった。
しばらくそのまま立っていると、手術室の大きな扉が開かれた。
胸がどきどきしてきた。
神様…
思わず目を瞑って、両手を胸の前で合わせた。
「手術は無事成功しましたよ」
白衣の先生が疲労の影が残る顔をにっこりさせて私を見た。
良かった…
ベッドの上のひかるは安らかな顔で寝ている。
「これから病室の方に移しますから、一緒に付いて来てくれますか?」
「ええ、もちろん」
ひかるが乗ったベッドの後を付いていった。
ベッドはエレベータを使って三階に運ばれた。
廊下に婦人病棟と書いてある。
「ここ婦人病棟ですけど?」
「そうですよ。今日からクランケは女性になりましたからね」
先生が当然のようなまじめ腐った顔で私を見た。
ひかるが女の子になったという実感が沸きあがって来て涙がこぼれた。
病室に運び込まれたひかるの安らかな寝顔を見詰めた。
最初に秘書室のドアを開けて入ってきた可愛い少年みたいなひかるの姿が蘇った。
今ここに寝ているのは、生まれたばかりの女の子のひかる…
もう、男の子の光は消えてしまったんだ…
不意にひかるが不憫になった。
力無くベッドの上に横たわっているひかるの手を両手で包んだ。
握り締める私の手を一瞬握り返したような気がした。
気が付くまで待っていてあげるからね。
今ひかるをこうして見守って上げられるのは私だけなんだ。
女の子に生まれ変わったひかるが最初に目にするのが私であって欲しい。
主治医の榊原先生の言葉が蘇った。
<性転換した患者は過去が無くなってしまって、急に不安定になる傾向があります。
冗談じゃなく、折角女性になれたのに、自殺してしまうケースが多いのは確かですから。
まあ、あれを取るだけなんですが、良いにしろ悪いにしろ、患者にとってはそこに男としての人生のすべてが詰まっているのでしょう。
これから女性として生きる患者にとって今頼れる人はあなただけみたいですから、精神的なケアをお願いしますね>
分かってるわ。
眠くなってうとうとしていると、小さな声が聞こえた。
はっとして目を開けてベッドを見た。
ひかるが私を見ている。
「ひかる気が付いたの?」
小さく頷いた。
目に不安の色が浮かんでいる。
「僕どうなったの?」
「成功よ。ひかるは女の子になったのよ」
ひかるの手を握り締めた。
ひかるがほっとした顔をして私を見詰めた。
「本当に女の子になってしまったのね」
「ええ、そうよ」
ひかるが遠くを見るような目をした。
不安な気持ちになってきた。
「ひかる・・」
小さく呟くとにっこり笑った。
「大丈夫。気持ちの整理をしていたの・・」
ひかるの手を握る手に力を入れた。
「私女の子になったのね」
ひかるが一言一言自分に言い聞かせるように声を出した。
「そうよ。ひかるは女の子よ」
「お願い、これから色々教えてね」
私をすがるような目で見ている。
胸が熱くなってきた。
「もちろんよ。これから私はあなたのお母さんでお姉さんよ」
「嬉しい…」
ひかるの赤くそまった頬に涙が一筋流れた。
ひかるが秘書室のドアの前で立ち止まった。
胸がどきどきして緊張する。
二年前の11月に初めてここのドアの前に立った時の事を思い出した。
あの時は、男だったんだわ…
ピンクのワンピースに目を落とした。
今はこの下にはきれいな花弁が隠されている…
男の人に抱かれる為に、こうやってきれいな服でそれを包んでいるのね…
顔を上げた。
深呼吸して、ドアを開けた。
中で仕事の準備をしていた人達が一瞬手を止めて僕を、ううん私を見詰めた。
顔を赤くして頭を下げた。
顔を上げると、かすみちゃんが微笑んで小さく手を叩きはじめた。
気が付くとみんな手を叩き始めた。
鷹取さんも山本さんも成瀬さんも…
思わず胸が熱くなって視界が霞んだ。
「おめでとう。今日からひかるちゃんは私達の仲間ね」
鷹取さんが私を見て微笑んだ。
「みんなありがとう…」
嬉しくて涙が止まらなくなった。
「社長長い間休んで申し訳ありません」
緊張を押さえながら厚いドアを閉めた。
社長の席にゆっくりと歩いていった。
社長に見詰められて体が熱くなった。
ミニスカートが心もとない…
社長を受け入れる事が出来る器官がスカートの下で密かに息づいている。
女の子になるとこんな風に感じるなんて…
「ひかるが居なかったので往生したよ」
社長がにやっと笑って僕を抱き寄せた。
あっ…
思わず体が堅くなった。
「さあ、また今日からしっかり働いてくれよ」
「ええ…」
「しかし、こんなに長い間一体何をしていたんだい?」
「内緒よ」
笑って社長の首筋に手を回した。
下半身のじくっという感触にどきっとした。
でも、まだ教えてあげない…
ちゃんとしてから…
「何だ、その意味ありげな笑いは?」
「今は教えて上げないの」
微笑んで腕に力を入れた。
社長好きよ…
「乾杯」
ひかるのグラスに触れてワイングラスがちーんと良い音を立てた。
「かすみちゃんありがとう」
ひかるが感謝で一杯の目で私を見詰めた。
「いいのよ」
にっこり笑ってひかるを見詰めた。
これから大変だけど頑張るのよ…
心の中で呟いた。
「後は早く戸籍を直すだけね」
ひかるが急に暗い顔になった。
「どうしたの?」
まさか先生が言ってたみたいに後悔しているんじゃ・・
「まだ母親には言ってないの…」
はっとした。
「お母さんは僕がこんな風に女の子で働いているなんて知らないんだ」
「全然言ってないの?」
ひかるが悲しそうな顔をして首を横に振った。
「どうするの?」
「考えていないけど、家族の承諾がいるんだって…」
私も全然考えていなかったから狼狽した。
「手術の保証人もかすみちゃんにお願いしちゃったし…」
「でも、知らせない訳にはいかないわよね」
「うん、でもきっとすごいショックを受けると思うと…」
暗い表情をして俯いた。
「取り敢えず食べましょう。折角のお祝いだから」
一生懸命明るい声を出した。
「そうね。折角のお祝いなんだものね」
ひかるも明るい顔になってフォークを手に持った。
折角女の子になれたのに。何だか可哀想・・
でも、私が何か力になれることなんかあるかしら…
微笑んでナイフとフォークを動かしながら、心の中で考え込んだ。
でも、ひかるは何だか吹っ切れたみたいな顔をして、食べている。
こうして見ていると、ひかるは昔から女の子だったんじゃないかと思ってしまう。
前より可愛くなったみたいで、儚げな雰囲気が立ち昇っている。
思わず抱きしめてあげたくなってしまった。
でも、ひかるも私も同じ女の子なんだ…
私はアパートに帰ってから、おずおずと黒光りするディルドーを手に持って見詰めた。
いくら、癒着を防ぐためだと言ったって…
恨めしくなった。
ベッドの中に入って、目をつぶった。
足を開いてディルドーを、そっとあそこに押し当てた。
体がびくっと震えた。
恐る恐る手に力を入れてゆっくり押し込んだ。
あっ…
かすかな痛みが走って、甘い電流が走った。
何これ…
下半身がじーんと痺れた。
かすかな屈辱感が襲ってきた。
男の人に入れられているのと同じなんだ…
私はこうやって男の人に抱かれるんだ…
もう私は男の人に抱かれて受け入れる事しか出来ないのね・・
また言われた通りゆっくり押し込んだ。
あっ…
目をつぶって、手をゆっくり動かした。
知らない内に涙が零れた。
かすみちゃん…
もう私はかすみちゃんとは…
社長の顔が浮かんだ。
社長に抱かれた感触が蘇ってきた。
これは社長のあそこ…
屈辱感が薄れて、不思議な陶酔感が襲ってきた。
そのまま手を止めて、胸を両手で抱きしめた。
私早くこうして抱かれたい…
第22章 訪問者
もうすぐ七月になろうというのに肌寒い気候で道行く人も思わず襟を閉じて早足で歩いている。
「ここら当たりのはずなんだけどねえ」
50代半ばの女性が大きな紙袋を重そうに持ってうろうろしていた。
「すいません、メゾン早川というのはここら辺りでしょうか?」
通りすがる人に聞いて、頭を下げた。
「元気にしているかしら。ちゃんとごはんを一杯食べているかしら?」
呟きながら空を気にしながらメゾン早川に向かって足を速めた。
目の前の二階建のしゃれたアパートを見上げてほっと息をついた。
「突然来て驚くかしら。まあいいわ」
かすみちゃんと買い物に出掛ける約束に遅れちゃう。
ちゃんとお化粧を済ませてから、黄色いワンピースに体をもぐりこませた。
鏡を見て、おかしなところがないか洋服ダンスの鏡を見てチェックした。
背中まで伸びた髪もきれいに肩から流れている。
うん、可愛いわ。
満足した顔でひかるが微笑んでハンドバッグを取ろうとした。
「ピンポーン」
チャイムが鳴った。
何よこんな時間に。
どうせまた新聞の勧誘かなんかだわ。
女の子一人だと無用心だから、本当はオートロックのワンルームマンションに引越したいんだけどなあ…
「はーい。今行きます」
急いで玄関に行って、ドアを開けた。
体が凍り付いた。
ドアの外に怪訝な顔をしてお母さんが立っている。
「あら、間違えたかしら?」
表札を確認している。
体が震え始めた。
何でお母さんが…
まだ私が光るだって事に気が付かないみたい…
私を上から下まで見詰めている。
とまどいながら口を開いた。
「あの、栗原光の部屋はここですよね」
違うと思わず言いそうになった。
でも、表札にはしっかりと栗原ひかると書いてある。
黙って頷いた。
時間が凍り付いたように、永遠にその時が続くかと思われた。
「もしかしてひかるの彼女?」
母親が疑わしそうな目で言った。
「ち、違います」
体が竦んで足が震えて崩れ落ちそうになる。
逃げ出したい…
「じゃあ、何で光の部屋に?」
私は狼狽して何が何だか分からなくなった。
「とにかくお入り下さい。私は帰りますから」
急にお母さんがにっこり笑った。
「そう。あの光がねえ」
そう言うと私、ううん、僕の手を取った。
「私は光の母です。光の事宜しくお願いします」
中に入ってドアを閉めた。
「そうあの光がねえ。こんな素敵なお嬢さんにねえ」
中に入ったお母さんが微笑んで私を見詰めた。
駄目、ばれちゃう…
「折角だから、光の事教えてもらえない?あの子ったらもう全然連絡も寄越さないで。男の子はしょうがないわねえ」
僕にぐちってもしょうがないでしょう…
玄関だから暗くて逆光だから分からないかもしれないけど…
「ちょっとおじゃましますよ」
お母さんが靴を脱いで中に入って行こうとする。
玄関が狭いから僕は一旦中に戻った。
「ねえ、光はすぐ戻ってくるんでしょう。私が来たせいで追い返しちゃったら後で怒られちゃうわ」
お母さんがたたきに上がって僕の手を握った。
あっ…
お母さんに引っ張られて部屋の中に戻されてしまった。
はっとした。
もう駄目…
心臓が凍り付いた。
お母さんがきょとんとした顔をして部屋の中を見回した。
「何この部屋…女の子の部屋みたい…」
白いレースが付いたピンクのカーテンが風に揺れている。
ピンクのシーツで覆われたベッドが、花柄の壁紙と調和してフェミニンな雰囲気を醸し出している。
窓の横には、最近買ったばかりの大きな鏡が付いたドレッサーが置いてある。
さっきしていたお化粧道具がいまさっき使っていたかのように散乱している。
お母さんが開けっぱなしになっている洋服ダンスを見て体を強張らせた。
ワンピースやドレスで埋まっているのがはっきり見える。
玄関を振り返った。
そこにはハイヒールとサンダルだけが何足も並んでいる。
男の子が住んでいる筈の部屋に何一つ男の物がない…
そしてお化粧をして、ワンピースに身を包んだ女の子が立っている。
「まさか…」
お母さんがゆっくりと僕の顔を見詰めた。
とまどった、気味の悪いものでも見るような顔をしている。
心臓が大きな音を立てて、体が動かない。
「光なの?」
一音一音ゆっくりと掠れた声を出した。
「違う。違うわ」
頭を強く横に振った。
髪がゆれて頬に掛かった。
「光なのね」
「違うわ。光なんかじゃない…」
もう駄目、お母さんに知られてしまった…
お母さんが手を取って僕の顔を除きこんだ。
「その顔は光ね。お母さんには分かるわよ」
私の目から涙が溢れた。
「お母さん許して…」
私は床に座り込んで体を振るわせた。
「光、一体どうして…」
私は泣き腫らした顔で俯いてベッドに腰を掛けていた。
お母さんの顔を見れない。
「光、あなたは男の子なのよ。何で女の子の格好なんかしているの?」
お母さんがヒステリックな声で叫んだ。
私は黙って体を堅くしていた。
だって、私女の子なんだもの…
声には出さないで呟いた。
「早く化粧を落として、そんな気持ち悪い服脱ぎなさい」
気持ち悪いなんて…
さっきは素敵なお嬢さんって言ってたじゃない。
恨めしくなってお母さんを見上げた。
「だって…」
「いいから、早く着替えなさい。あんたは男なのよ」
涙がにじんだ。
男だと何でいけないの…
「さあ、早く」
興奮した声が聞こえる。
私は力無く立ちあがって、ワンピースのファスナーを下ろした。
ワンピースとスリップが床に落ちて広がった。
お母さんがぎょっとしたような顔になって私の体を見ている。
そう、私の体は女の子になっているの…
「その胸…」
口をあんぐり開けて私の膨らんだ胸を見詰めている。
「お母さん。私女になっちゃったの…」
掠れた声で呟いた。
訳もわからないけど、怖くて体が震えている。
「一体どういう事なの…それにあれは…」
私の股間を気味が悪そうな顔で見ている。
「お母さんそんな目で見ないで。お願い…」
頬を涙が流れ落ちた。
「光…」
急にしょぼんとした顔になって、お母さんが床に崩れ落ちた。
「お母さん…」
思わず肩に抱き付いた。
体が震えて泣いているみたい…
「私の息子が、私の息子が…」
小さく呟くような声が聞こえた。
私お母さんの娘よ。娘なのよ…
そのままお母さんの肩に顔を埋めた。
「お願い許して。私はお母さんの娘になったの…」
掠れた声で言ったけど黙って体を震わせている。
そのままでいると、急にお母さんが立ちあがった。
「お母さんは帰るから、光にこれを食べるように言っておいてね」
無表情のまま、僕を見ないようにして何も聞かないで背中を丸めて出て行った。
お母さんはまだ私が光だと認める事が出来ないみたいだ…
お母さんがいなくなった空間にぽかっと穴があいたようになった。
私の心の中にもぽっかりと大きな穴があいたみたいな気がした。
気が付くと床に座り込んだまま、大粒の涙が零れ落ちた。
窓の外が暗くなってきて雨が降り始めた。
私の心の中にも雨が降っている気がした。
ぶるっと体が震えた。
私のいる場所はここしかないんだ。
もう帰るところも、何にもなくなってしまった。
お母さんには息子だった私しかいないんだ。
思わず涙ぐんだ。
もう私は、男の子だった時の光と違う人間になってしまったんだ…
そんな事…
学生時代の友人ももう私には関係ない人達なんだ…
お母さん…
机の上につっぷして泣き続けた。
電話が鳴っている。
ぼんやりして電話機を見詰めた。
何だか動く気力がない…
受話器を取り上げた。
「ひかるー。どうしたのよ」
かすみちゃんの声が聞こえた。
かすみちゃんと約束していたんだった。
すっかり忘れていた。
「ごめん…」
「一体どうしたの?心配しちゃったじゃない」
「お母さんが来たの…」
受話器の向こうで息を飲む音が聞こえた。
「どうだったの?」
「泣いて帰ったわ…」
しゃくりあげた。
「ひかる今行くから。そこに居てね」
つーという音が聞こえる。
そっと受話器を置いた。
お母さんは何にも聞いてくれなかった…
涙をぬぐった。
手紙を書いてみようかな…
便箋を取り出して広げた。
ペンを取って、書き始めた。
二週間経って、手紙の返事の代わりに小荷物が届いた。
何だろう?
箱を開けてどきっとした。
手作りと思われる夏物のスカートとワンピースが何着か入っている。
箱をひっくり返したら、封筒が床に落ちて小さな音を立てた。
震える手で中を開いた。
お母さん…
<光が私に会いたい時は、私が会いに行きますからその時は連絡して下さい>
たったそれだけ書いてあっただけ…
これってもう帰って来るなという事なの?
もう私には本当に帰る場所が無くなってしまったんだ…
スカートを手に取った。
そう言えば、お母さんは自分の服とか良く作っていたなあ…
私の為に作ってくれたの?
スカートを作るお母さんの気持ちを思うと胸が痛くなった。
お母さんごめんなさい…
でも、私女の子でいたいの…
私は、S病院から届いた戸籍記載内容変更承諾書を机の上に広げた。
お母さんの承諾がないと女の子になれない…
体が堅くなった。
もしお母さんがうんって言ってくれなかったら…
体が震えた。
女性の体のままで男性の人生を送る事しかできない・・
そんなの絶対に嫌…
でも無視して戸籍変えてしまったら…
またぶるっと体が震えた。
もう私男になんて戻ること出来ない…
でもお母さんは私の事許してくれていない…
震える手で封筒に承諾書を畳んで入れた。
便箋を広げて、震える手で手紙を書き始めた。
<お母さん、お願いがあります…>
便箋に涙が一粒落ちてしみになった。
字がにじんで行くのをじっと見詰めた。
どうしよう…
でも、これが私の気持ちなの…
丁寧に畳んで、封筒に入れた。
出しに行かなきゃ…
ぼんやりと経ちあがると、ワンピースの上にカーディガンを羽織ってサンダルをはいて外に出た。
赤い郵便ポストの前で経ち尽くした。
震える手で封筒を入れて思わず両手を合わせた。
お願いお母さん。私幸せになりたいの…
社長の顔が目に浮かんだ。
私あの人と一緒になりたいの。
お母さんとも…
お母さんお願い。神様お願い。
両手を合わせたまま、目を閉じて祈った。
第23章 承諾書
更衣室で制服に着替えているひかるを見た。
お母さんが来たことよっぽどこたえたのかしら…
「ひかる元気ないじゃないの」
ひかるが力なく笑って私を見詰めた。
不安が広がった。
「ねえ、夏物のお買い物して食事でもしていかない?」
「そうね」
「じゃあ、約束よ」
「ええ」
並木道をひかると手を繋いで歩きながら聞いてみた。
「お母様から返事が来ないの?」
「うん…」
「お母様の承諾がないと受け付けてくれないの?」
「いざとなればいいみたいだけど、でも」
口篭もって私を見詰めた。
「そんな事したら、私一人ぼっちになってしまう」
立ち止まって私の胸に顔を埋めた。
「お母さんには認めて欲しいの。そうしないと私家族が居なくなっちゃう…」
「ひかる…」
気持ちが痛いほど分かる。
出来ることなら私が家族になってあげたい…
「社長と結婚したいの。でも今はお母さんだけなの・・」
ひかるを優しく抱きしめた。
「お母様に電話してみたら」
「でも…」
顔を見上げて私を見上げた。
潤んだ目に見詰められて胸がきゅんっとなった。
愛らしい唇にキスしたくなった。
駄目よ。もうひかるは女の子なんだから…
必死に衝動を押さえた。
「かすみちゃん…」
いじらしい…
駄目もう我慢出来ない。
ひかるの唇に私の唇を重ねた。
通り行く人が驚いたような顔で見ている。
かまわないわ…
ひかるが驚いたような目をしてすぐに静かに目を閉じた。
ひかる…
可愛い…
私のひかる…
私はそのままひかるを抱き続けた。
「かすみちゃん怖いわ…」
ひかるが怯えたような顔をして私を見ている。
結局ひかるの部屋まで来てしまった。
「私がダイヤルしてあげるから」
私はボタンを押し始めた。
呼び出し音が聞こえる。
女の人が出た。
「ひかる代わって」
ひかるが怯えた顔をして受話器を耳に当てた。
「お母さん、私…」
消え入りそうな声で言うと、救いを求めるようにちらっと私を見た。
「うん、ありがとう…」
ひかるが頭を下げている。
「待って、切らないで…」
ひかるが急に大きな声を出した。
「お母さんお願い。私女の子になれなかったらもう生きていけない…」
受話器に耳を押し当てている。
「もしお母さんに許してもらえなかったら…」
ひかるの目から涙が落ちた。
見ていて切なくて胸が痛くなってきた…
「お願い、私をお母さんの娘にして…」
ひかる…
「私もうお母さんの息子にはなれないの、でも私にはお母さんしかいないの…」
ひかる頑張って…
でも可哀想で見ていられない。
顔を背けた。
頬を涙が伝った。
「うん…」
何か頷いている。
「お願い、お母さんが許してくれたら私女の子になれるの、お母さん…」
耳を塞いだ。
もう聞いていられない…
ひかるがそっと受話器を戻した。
放心したような顔をして、私の抱き付いた。
「かすみちゃん…」
そっとひかるを抱きしめた。
駄目だったのかしら…
「ひかるきっとわかってくれるよ。あきらめないで。ひかるのお母さんだもの…」
しゃくりあげるひかるの背中をさすった。
「今はお母様も動転してるだけよ…」
毎日ひかるを見ていて胸が痛んだ。
折角女の子になれたのに、それなのに…
あれからもう一週間以上経っている。
榊原先生の言葉が頭からこびりついて離れない。
毎日朝ひかるの顔を見るとほっとする。
けなげに一生懸命働いているみたいだけど…
今日も社長のところに悲しみを押し込めて行ったみたいだけど…
いつひかるが堪えられなくなるか、不安でしかたがない…
私は部屋に戻って、すぐ郵便受けを覗き込んだ。
今日も来ていない…
部屋に入って、机に向かった。
もう一度お願いしてみよう…
それで駄目だったら…
もう日が落ちた窓の外を、暗い気持ちで見詰めた。
神様お願い、私の気持ちをお母さんに伝えて…
私は夢を見ていた。
目の前の川を水が音を立てて荒れ狂いながら流れていく。
対岸にお母さんが見えた。
しぶきの中に良く見ると小さな男の子がお母さんに手を繋がれている。
必死に向こう岸に行こうとするのに、流れに足を取られて前に進めない。
良く見ると男の子は私と同じ顔をしている。
はっとしてお母さんを大きな声で呼んだ。
でも声が出ない。
お母さんが男の子の頭を優しくなぜると、抱き上げて私を見た。
お母さん…
私を冷たい目で見ると、反対を向いて歩き出した。
お母さん…
私は必死に川の中を進もうとするけど、前に進まない。
お母さんと男の子の姿がしぶきの中に消えていく。
苦しい、川の水に沈んで息が出来なくなった。
お母さんの姿はもう見えない。
寒い。
お母さん助けて…
はっとして目をさました。
体が汗でびっしょり濡れている。
胸がどきどきしている。
何だったの今のは…
私はもうお母さんの子供じゃなくなってしまったんだ…
涙が零れ落ちた。
泣くのを押さえきれなくなった。
あれから一週間経っても何にも届かない。
もうあきらめたわ。
お母さんは許してくれないんだ…
夜空に光る星を見ながら歩いた。
季節はもう夏に入り初めている。
ふと通りを行き交う車に身を投げ出してしまいたくなる自分に気が付いてどきっとした。
社長…
かすみちゃん…
そう言えばかすみちゃん今日はどうしたんだろう…
かすみちゃんに会えないと段々落ち込んできてしまう…
力なくアパートの階段を上がろうとすると、私の部屋の前で女の子が佇んでいる。
私に気が付いて、ぱっと立ちあがった。
「かすみちゃん」
「ひかる待ってたわ」
かすみちゃんが私に抱き付いてきた。
「どうしたの?」
目を丸くして驚いている私を見てにっこりと笑った。
「とにかく中に入れてよ」
「どうしたの、会社を休んでしかもこんな所で?」
かすみちゃんが封筒を取り出して私に見せた。
「なあに、それ?」
「何だと思う?」
そう言うと私に抱きついた。
「やだ、全然分からない」
さっきまでの落ち込んでいた気持ちが、かすみちゃんを見ていて明るくなった。
「わからないわよ」
中から一枚の紙を取り出した。
信じられない思いで見詰めた。
「どうしたのこれ?」
お母さんの承諾書を震える手で持った。
「お母様に会ってきたの」
「えー…」
「実はね…」
かすみちゃんが説明してくれた。
「かすみちゃん。ありがとう」
かすみちゃんに抱き付いた。
嬉し涙で前が見えなくなった。
お母さん許してくれなかったけど、でもはんこ押してくれたんだ…
「良かったわね」
「うん…」
かすみちゃんの胸に顔を埋めて、喜びに体を震わせた。
嬉しい…
この紙が私の新しい人生の扉を開いてくれる…
かすみちゃんありがとう…
かすみちゃんがいなかったら、今頃私は…
「社長おはようございます」
「どうしたんだね。今日は元気じゃないか」
「そう?」
嬉しさを隠せないで、社長に抱き付いた。
「おいおい、一体どうしたんだ」
社長には全部黙っていたから何にも知らないのよね。
私が女の子になってからもう2ヶ月も経っているんだ。
社長は鈍感なんだから…
まだ私の子事に気が付いていない。
半そでのブラウスから出ている腕が社長の首に触ってじーんとなった。
今日社長に私を…
そう思ったら胸がじーんとなって下半身が痺れてじゅくっとなった。
思わず顔が赤らんでしまった。
「おい、何だか色っぽいけどどうしたんだ?」
「ふふふ」
「何だか嬉しそうじゃないか」
「うん。嬉しいの」
「何が会ったんだ」
「ええ、教えてあげてもいいんだけど、ここじゃ嫌」
「ほう。何かおねだりしているのか?」
社長がにやっと笑って私を見た。
「そうね、おねだりかもね」
彼の首に手を回したまま首筋にに顔を埋めた。
気持ち良い…
私やっぱり社長の事好き…
「じゃあ、今夜レストランにでも行くか?」
「本当?」
「ああ、どこがいい?」
「どこでもいいわ…」
そっと社長にキスをした。
「何だね良い事っていうのは?」
食後のコーヒーを飲みながら好奇心に満ちた目で私を見た。
「ふふふ」
そんなに簡単に教えてあげないもん…
「まだ内緒よ」
「おいおい、そんなにじらすなよ」
「私少し酔ってしまったみたい。少し休みたいな…」
潤んだ目をして社長を見詰めた。
胸がどきどきしてきた。
私ったら…
急に恥ずかしくなって顔が赤くなった。
「ほー、そういう事か」
にっこり笑って席を立った。
「ではお嬢さん、出かけますか」
「ええ」
彼の腕に手をからませて、店を出た。
私ったら何だか大胆だなー…
ホテルに向かう途中に大きなウェディングドレスを売っているお店の前を通った。
思わず足が止まった。
素敵…
純白のドレープがたっぷり入ったウェディングドレスに目が惹きつけられた。
着たい…
胸が熱くなった。
「どうしたんだ。着てみたいのか?」
笑って私を見た。
「うん。着てみたい…」
彼の胸に顔を押し付けた。
彼が少し悲しそうな声を出した。
「着ても後で余計に悲しくなるだけだ」
私の手を取って歩き始めた。
社長…
悲しくなんかならないわ。
胸の中が喜びで溢れた。
第24章 破瓜
部屋に入ると堪らずに社長に抱き付いた。
「ひかる」
社長も私の背中を愛しそうに抱きしめた。
「ねえ、私きれいになった?」
彼を見上げて微笑んだ。
「ああ、きれいになったよ。約束をちゃんと守っているんだね」
「おかげで、こんなに女らしくなっちゃったわよ」
柔らかくなったほっぺたをこすり付けた。
「胸だって、お尻だって大きくなっちゃったし」
いたずらっぽい目で見詰めた。
「おかげで、もうスカートしかはけなくなっちゃったわ」
「ははは。どうせズボンなんかはきたくないんだろう?」
「だけど…」
胸に顔をつけた。
「私の事こんなに女の子にしちゃったんだから責任取ってちょうだい」
「おいおい何を言い出すんだよ?」
驚いた顔で私を見詰めた。
「ちゃんと可愛がって…」
下半身が疼いた。
「ははは。いいよ」
私の唇を塞いで、背中のファスナーを下ろし始めた。
ワンピースが床に広がった。
スリップのストラップが外されて、スリップが床に落ちた。
急に恥ずかしくなって、彼の胸に体を押し付けた。
膨らんだ彼の胸に当たって、じーんとなった。
「駄目、後はベッドで…」
彼に抱きかかえられた。
首に両手を回して抱かれていると幸せな気分になった。
「好き…」
彼に胸を吸われて、思わず背中がそった。
乳首から背中に甘い電流が走り抜けた。
「あんっ」
思わず声が出た。
首筋を愛撫されて、首から上がしびれてきた。
もう彼に触られているところがみんな痺れて堪らない気持ちになってきちゃう。
体中がじんとなって、あそこが濡れてきた。
ああ、早く来て欲しい…
「来て…」
「ああ」
私をうつ伏せにしようとする手を握った。
「ん?」
「いいの。このままで」
「だけど…」
「いいのよこのままで。あなたが欲しい…」
彼の目を潤んだ目で見詰めた。
「しかし…」
彼の手を私の花弁に導いた。
彼の手が触れて電流が走った。
あん…
「えっ?」
驚いたような顔をして体を堅くした。
にっこり笑って彼を見た。
ぽっと頬が赤くなった。
「私女の子になったの…」
掠れた声で囁いた。
「どういう事なんだ」
「訳はいいから、今は抱いて」
彼の背中に手を回した。
彼が戸惑いながら、彼のものを私の花弁に押し付けた。
あっ…
痺れが走った。
あっ…
「来て…」
思わず彼の背中に回っている手に力が入った。
あ、ああぁぁぁ…・
下半身が震えた。
快感が体の中を走った。
体の中で彼の熱いものがどくどく言っている。
今私は男の人に抱かれている…
体の中が彼のもので満たされてしまったみたい…
電流が走った。
思わず背中がのけぞって体の力が抜けた。
気持ち良い…
今彼とひとつになっている…
幸せ…
目から涙が零れ落ちた。
彼が私の唇を塞いで、腰を動かした。
あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁ
頭の中が痺れて意識が遠くなって行った。
雲の上を漂っているみたい…
全身がしびれて溶けてしまったみたいになった。
彼の胸に顔を埋めて、体を預けた。
まだ体が痺れている。
女の子になって良かった…
堪らなくなって胸を押し付けた。
じーんとなった。
気持ちいい…
男の人の肌ってこんなに気持ち良かったんだ…
彼の胸をさすったら、くすぐったそうな顔をした。
何だか可笑しくなった。
「好き…」
彼の胸の上に寝たまま彼の顔を見上げて微笑んだ。
彼も黙って私を見て微笑んだ。
「ねえ、私女の子になって良かった?」
私の髪を撫ぜながら可笑しそうに笑った。
「ああ、しかし一体いつの間に?」
「神様にお願いしたら、目が覚めたら女の子になってたの」
笑いながら彼の目を見た。
「まさか」
可笑しそうにしている。
「ごめんなさい、本当はね、昨日魔法使いが来て魔法を掛けてくれたの」
「こいつ…」
「きゃっ」
首を抱きしめられて思わず声が出た。
嬉しい…
彼の胸にキスをした。
胸がまたきゅんっとなった。
「だから、私あなたと一緒になれるのよ」
彼の目をにこっと笑いながら見詰めた。
「まさか…」
「本当よ。私女になったのよ」
「信じられない…」
信じられないといった目で見ている彼を見ながら枕もとのハンドバッグを取った。
彼に私の戸籍抄本を見せた。
「えっ?」
「ね、栗原ひかる(長女)となっているでしょう」
再び紙を見て胸が熱くなった。
「どういう事だ。君は女だったのか?」
「女だったら嫌なの?」
口を尖らして彼を見た。
「嫌、しかし」
「分かってるわよ。私は男の子よ。でも今はあなたの為に女に変えてもらったの」
彼を抱きしめた。
「私あなたと一緒になれるのよ」
嬉しさで胸が張り裂けそうになった。
「しかし。俺はこんな年だし…」
「いいじゃない。私にはあなたしかいないの…」
彼の胸に体を密着させた。
「好き…」
彼の目を見詰めた。
「今度こそ私の事を好きって言えるでしょう」
彼が私を見て頷いた。
「俺もひかるの事好きだよ」
「嬉しい…」
私は彼にしがみついたまま涙が零した。
ウェディングドレスを着れる…
「ねえ、どっちがいい?わかんなくなっちゃった」
目移りがしてしまう。
みんな着てみたいな…
「もう、全然決まらないじゃないの」
かすみちゃんが笑っている。
「だって、違いがわからないんだもの…」
でもこうして選ぶの楽しいわ…
「これにしちゃいなよ。すごく似合ってたわよ」
胸元がきれいなレースで飾られてシンプルな胸元の下で、たっぷりとスカートが広がっているドレスを持ち上げた。
「ひかるは幼児体型だからプリンセスラインが可愛いわね」
「幼児体型で悪かったわね」
「ごめん、だって…」
からかわれてもしょうがないわ。
でもとっても素敵…
これに頭に長いローブを付けて…
じゃあもう一度着てみる。
店員に伴われて試着室に入った。
ドレスを着て、鏡を見た。
胸が熱くなった。
素敵…
あどけない愛らしい女の子が映っている。
ウェストから広がるスカートが素敵…
剥き出しの肩から下に膨らんだ乳房が覗いて可愛らしい胸を見せている。
そっと胸を押さえた。
乳房があって幸せ…
彼とパーティドレスを選んだ時の屈辱が蘇った。
「まだ決まらないのか?」
彼が退屈そうな顔をして私の前に立った。
一瞬びっくりした顔をして私を見ている。
私は彼を見て可愛らしく微笑んだ。
美しくなった私を見てもらいたかった。
「きれいだ…」
「とってもお似合いですわ」
係りの女の人が微笑んで私を見た。
「美しいお嬢様ですこと。こんな可愛らしい花嫁になってお父様はご自慢でしょう」
「こほっ」
可笑しい。私の父親だと思ったんだ。
彼の腕を取った。
「彼が私の夫よ」
夫という言葉に顔が赤らんだ。
「あら、失礼しました」
係りの女の人があわてて頭を下げた。
彼が恥ずかしそうな顔をしている。
ふふ。何だか可愛い…
本当はお母さんに見せたいんだけど…
ちくっと胸が痛んだ。
彼に寄り添う純白のウェディングドレスの私を見て、これが夢でないように祈った。
第25章 新しい人生
美容師さんが髪の毛のセットする手を止めて私を見て微笑んだ。
鏡に純白のウェディングドレスに身を包んだ清楚な花嫁が映っている。
私あの人の花嫁になれるんだ…
本当にこんな日が来るなんて…
目から涙が溢れそうになった。
いけない、お化粧が崩れちゃう。
彼にきれいな私を見せたい…
必死に涙を押さえた。
女の子になって良かった。
美容師さんが頭に長いベールを止めると妖精のような花嫁が出来あがった。
美しい女というよりも、どこか性的なにおいが消えた無垢な少女が佇んでいるように見える。
「さあ、出来あがりましたよ」
美容師さんが嬉しそうに微笑んで私を立たせた。
私はゆっくり立ち上がった。
かすみちゃん有難う…
みんな有難う…
お母さん…
結局お母さんは来てくれなかった。
まだ許してくれないんだ…
こみ上げるものを押さえて顔を上げた。
お母さん私絶対に幸せになるから…
「社長…」
外に出ると、社長がタキシード姿で私の前に立った。
何も考えられなくなって、ぼーっとして見詰めた。
私今日からこの人の…
家族がなくなってしまったけど、これからこの人が私の唯一の家族なのね…
「きれいだ…」
見詰められて胸が熱くなった。
「社長…」
「社長は止めなさい。洋介でいいよ」
照れたような顔をした。
「洋介さん…」
口に出したら、恥ずかしくてぽっと頬が赤く染まった。
「洋介さん後悔していない?」
「ああ」
彼が左手を胸の前で曲げた。
私はそっと彼の腕に手を添えた。
「ひかるきれい」
かすみちゃんが満面の笑顔で駆けよってきた。
「かすみちゃん・・」
「口惜しいけど、お二人さんお似合いよ」
からかうような顔で私達を見て笑った。
「かすみちゃんありがとう」
「でもちょっと妬けちゃうな…」
かすみちゃんの顔を見て胸がちくっと痛んだ。
本当は、僕は彼女とこうしていたかもしれない…
かすかみちゃんを見詰める私の目に小さな涙が浮かんだ。
想いを立ち切るように首を振って、彼の腕を握る手に力を入れた。
でも今はこの人だけなの…
「幸せになるのよ」
「彼女の目にもきらっと光ものが浮かんだ。
うん、私絶対に幸せになるから…
手を離して彼女の手を握り締めた。
彼に手を取られて、真紅のバージンロードを進んだ。
秘書室の人達がみんな来ている。
人事部長と人事課長が私を見て微笑んだ。
嬉しくて涙が溢れた。
駄目、もう我慢できない…
「ほら、化粧が崩れちゃうよ…」
彼がそっと白いハンカチで私の目を押さえて。
「ありがとう…」
神父さんの前に立つと胸が急にどきどきしてきた。
ウェディングドレスに包まれた体が喜びで震えてきた。
お母さんにも見せたかった…
神父さんが誓いの言葉を口にし始めた。
「汝このものを夫として・・」
その時入り口の扉が大きな音を立てて開いた。
「待って」
鋭い声が聞こえた。
私はびくっとして振りかえった。
お母さん…
お母さんが強張った顔で私を見て歩いて来る。
体が竦んだ。
「お母さん…」
お母さんが私と彼の間に立った。
何をする気なの?
不安が胸の中で膨らんだ。
彼も驚いた顔をしてお母さんを見ている。
神父さんも唖然として口を開いている。
協会の中がしーんと静まり返った。
止めて、私この人と一緒になりたいの…
声が強張って出ない。
お母さんが私を見て口を開いた。
「こんな神様の前での誓いなんて私は認めないからね」
お母さん…
何で?
私のことそこまで許してくれないの?
体が悲しみで震えて止まらなくなった。
立っているのが精一杯…
お母さんが彼の方を向いた。
「止めて…」
掠れた声が聞こえた。
自分が出した声じゃないみたいに暗く響いた。
お母さんが強張った顔で、彼に向かって口を開くのがスローモーションのように見えた。
音が消えて静寂の中に景色が沈んだ。
静寂の中で彼がぽかんとした顔をしてお母さんを見た。
お母さん一体何を言ったの?
彼が私を優しい目で見詰めて口を開いた。
静寂が去って行った。
「もう一度言ってもらえませんか?」
「ええ、何回でも言うわ」
お母さんが怖い顔をして口を開いた。
「神様じゃなく私に誓いなさい。私の大事な娘を幸せにすると」
お母さんの目に涙が浮かんだ。
「私の娘を大事にしなかったら許さないからね」
お母さん…
駄目…
涙が溢れて何も見えなくなった。
気が付くと彼が私の肩を抱いている。
私とお母さんを見てにっこりと笑った。
「私は一生あなたの大事な一人娘であるひかるを生涯の伴侶として…」
洋介さん…
胸が熱くなった。
体の震えがいつのまにか消えている。
「娘として何のしつけもしていないし、花嫁修行もさせていないけど、ひかるを宜しくお願いします」
お母さんが彼の両手を握って頭を下げた。
お母さんの目から大粒の涙が止めど無く落ちて行った。
ふと我に返るとお母さんが私を怖い顔で見た。
「あなたも誓いなさい」
「お母さん…」
胸が熱くなった。
私は彼の腕に手を掛けて、震える声で誓い始めた。
「私はあなたを生涯の伴侶として…」
お母さんが悲しげな表情をして私を見た。
「きれいになって…」
彼を見ながら
「幸せにしてもらうんだよ」
と言うと、私達に背を向けた。
出て行こうとするお母さんを見て堪らなくなった。
「お母さん待って・・」
お母さんが立ち止まって私を振り返った。
「かんべんしておくれ。私にはまだやんちゃなあの光が…」
寂しそうな顔で私のウェディングドレスを見詰めた。
お母さんはもう私を見ないで協会から寂しそうに出て行った。
お母さん、ごめんなさい…
神父さんが困ったような顔で私達を見詰めた。
「どうします、続けますか?」
彼がにっこり笑って私を見た。
私は後ろ髪を引かれる思いで頷いた。
お母さんの寂しそうな後姿が蘇って胸が締め付けられる思いがした。
再び誓いの言葉をしてから、彼と向き合った。
おずおずと、手袋の外して手を差し出した。
私の手に彼の手で指輪がはめられるのを黙って見詰めた。
指の先から全身にしびれが走った。
私はこれであなたの…
男の子でいた時の事が走馬灯のようにフラッシュバックして消えていった。
痛みに似た情景が消え去ると、後には膨れ上がる喜びが溢れ出した。
私も震える手で彼の太い指に指輪を差し込んだ。
二人の薬指に光エンゲージリングが私達のこころを繋いでいる気がした。
「では、祝福のくちづけを」
えーっ…
みんなの前で?
彼がにやっと笑って私を抱き寄せた。
彼の唇が重なった。
うそー…
辺りが静寂に包まれた。
彼の存在だけが感じられる。
式が終わって、華やかなドレスを着た秘書室のみんなに取り囲まれた。
「幸せになるのよ」
かすみちゃんが少し寂しそうな顔で微笑んだ。
「ええ」
「これで私の出番はもう無くなっちゃうね」
「そんな事ないわ。かすみちゃんとは一生親友よ」
「うん」
かすみちゃんが、にっこり微笑んで彼を見た。
「ひかるを悲しませたら私達が黙っていないわよ」
「おいおい。脅かすなよ」
彼が笑っている。
私はそっと彼に寄り添った。
幸せ…
これまでの事を思い出していた。
会社ではリストラされなかったけど…
結局男の世界からリストラされちゃったのね…
でもこんなに素敵な報酬を手に入れたのなら…
「社長早く出かけないと遅れますよ」
「そんなに急かさなくてもいいだろう」
社長が口を尖らしている。
「相手の社長は時間に厳しい方ですから」
「はいはい」
笑いながら立ちあがった。
私の横に来て私を抱き寄せようとした。
「駄目」
ぴしゃっと言って、さっさと歩き始めた。
「おいおい、冷たいな」
「そういうのは家に帰ってからね」
彼を見てにっこり微笑んでから、ドアを開けた。
家に帰ってから一杯可愛がってもらうんだもん…
きっと顔を上げて、ハイヒールで床を鳴らして歩き始めた。
社長の妻としてじゃなくって、みんなから内容で認められる秘書になるうんだ…
秘書の仕事好きなんだもん。
彼が私に追いついて腕を絡めた。
彼を見上げて微笑んだ。
「私今幸せよ」
「ああ、俺もだよ」
お母さんもきっといつか私のこと許してくれるわ…
ひかるがそっと彼に寄り添った。
青く澄んだ空を見上げて目を潤ませた。
ひかるの赤いミニスカートが風に吹かれて揺れた。
かすみが秘書室の窓からそっと二人の姿を見詰めていた。
かすみの目に浮かんだ涙が太陽の光に照らされてきらっと光った。
二人が車の中に姿を消して、走り去るのを見詰め続けた。
涙を手で拭うと、にっこり微笑んで顔を引っ込めた。
静かに閉められた窓に、アスファルトに熱せられた風が吹き抜けて行った。
風に吹かれて飛んできた新聞が窓に張り付いた。
見出しに掛かれたリストラ過去最高を記録という文字が踊っている。
会社の前に舞い落ちた新聞を踏みつけて、入社希望の男の子達が希望に満ちた目で会社の中に入って行った。
新聞が再び舞い上がった後には、ただオフィス街を吹き抜ける風だけが埃を舞い上げて行った。
完
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投稿:2007.06.26
リストラの報酬(由紀の世界)
著者 tty 様 / アクセス 41691 / ♥ 5