「もーいーかい?」
「まーだだよ」
声が聞こえているうちはまだ楽しい。
僕は放課後の校庭でみんなが捕まるのを待っていた。あまりかくれんぼは得意じゃない。オニが全員捕まえ終わるまで、見つかった子は動けないから、最初に捕まってしまうと、とても退屈だ。
「まだ見つかんないの?」
僕はオニに向かって叫んだ。
「うっせーな! 黙ってろ!」
よりによって今回のオニはどんべえだ。どんは腕っ節は強いが、バカで落ち着きがなくて、頭を使った遊びには向かない。この分だと、全員捕まる前に日が暮れてしまいそうだ。
そんなヤツにしょっぱなから捕まってしまう僕もどうかと思うけど。ふぅ。
僕はため息をついた。
カラスが電線に止まって鳴いている。カラスが鳴くからかーえろっと。
「帰んな、バカ!」どんが怒る。
「だったら早く見つけてよ」
僕はシッシッと手を振った。どんはさっきからこの近くばかり探している。一回探していなかったら、もっと遠くに行けばいいのに。
「僕トイレ行きたくなってきた」
「我慢しろ! 動くな!」
本当はそんなに行きたかったわけじゃない。でもこのままずっと同じ場所に座っているのは退屈すぎて我慢できなかった。
「もれるよ」
どんは舌打ちすると身振りで行って良いと合図した。一度のぞいた植木の裏をまたのぞきこんでいる。そこは僕が隠れてたところだってば。
僕はその場を離れ際に、どんに声をかけた。
「もっと遠く行きなよ。おんなじところばっかり探しても見つかるわけないって」
「うるせ!」
どんは顔を真っ赤にして怒鳴ると、それでも素直にテコテコと駆けていった。
僕は校舎に入っていった。トイレに行くだけのために上履きに履き替えるのは面倒なので、僕は靴を脱ぎ捨てて靴下で歩いた。どうせトイレにはスリッパもある。ヒタヒタとかすかな足音が響く。床が冷たい。
放課後の校舎は誰もいなくて、足音だけが響き渡る。電気ももう消えているから、外から入ってくると、急に暗く静かになったように感じた。
トイレに入って電気をつけようとすると、スイッチが壊れている事に気づいた。誰かが強く押し込んで、中のほうに外れちゃってるんだ。最近よく校長先生が怒っていた。
仕方がないので電気が消えたまま中の方へ入っていく。小さな窓から少しだけ夕日が差し込んでいるので、見えない暗さじゃない。それが余計に気持ち悪いとも言える。
中に入ると、急に気温が下がったように感じた。どことなく小便臭い。転がっていた木のスリッパを手繰り寄せてコロコロと音を立てながら歩く。
突然物音がした。ドサッと何かがぶつかる。
光がさえぎられて黒い影が目の前に立ちふさがった。
悲鳴を上げかけた僕の前でバサバサと大きな音がする。
窓枠に飛んで来たカラスは、僕が立ちすくんでいるのを見て、馬鹿にしたように一声鳴いた。石でも投げてやりたいが、あいにくここには何もない。
僕は窓に近寄ると、ピシャリと閉めた。
何の音もしていなかったと思っていたトイレが、さらに静かになる。
僕は最近クラスではやっていたうわさを思い出した。おしゃべり大好きの女子がクラス中に響き渡る声で話していたヤツだ。僕は話に加わっていたわけではないけど、勝手に聞こえてくるのだからしょうがない。それも、女の子が「オチンチン」と口で言っているんだ。嫌でも耳に残る。どんべえなんかは、いやらしくニヤニヤ笑いながらあからさまに耳をそばだてていた。
「ねぇ、知ってる? トイレの花子さんの話!」
「聞いた、聞いた。オチンチン取られちゃう話でしょ」
「何それ、私知らない」
話を持ち出した子が、怪談モードに入ってしゃべりはじめる。
「新入生のオトコノコがね、放課後のトイレでオシッコをしようとしていたの。でもね、その子のおうちはママが厳しくて、掃除が大変だから座ってオシッコをするように言われてたのね。だからその子は、学校のトイレでも座ってオシッコをしようとしたの」
彼女は声のトーンを一段下げた。
「そしたら、どこからか声が聞こえてきたの。クスクスクス…って。男子トイレなのに女の子の笑い声がしたものだから、その子ビックリしちゃってね。おもわず、聞いちゃったのよ。
『誰かいるの?』
そしたら声が答えるの。
『クスクス…おかしいの。男の子なのに座ってオシッコするなんて』
あたりを見回しても誰もいないし、どこから声が聞こえてくるかもわからない。その子はなんだか怖くなってね。でも、怖がってる事がばれちゃいけないから、震える声で言ったのよ。
『おかしくないよ。ママがそうしろって言ったもの』
『クスクス…おかしいの。そんなのまるで女の子みたい』
『女の子じゃないよ。男の子だよ』
『じゃあどうして座ってオシッコするの? オチンチンついてるのに。男の子はみんな立ってオシッコするものよ』
『変じゃないよ。ママが変じゃないって言ったもん!』
『クスクス…フフフ…アハハハハ! 変なの! へーんなの! ママの言う事なんでも聞いて、赤ちゃんみたい。立ってオシッコもできないなんて、へーんなの!』
あんまり笑われるものだから、その子は悔しくなったのね。だから泣きそうになりながら言ったのよ。
『できるもん! 僕赤ちゃんじゃないもん! 立ってオシッコできるもん』
そうしたら声がピタッと止んだのよ。だからその子はトコトコ小便器の方へ歩いていって、オチンチンをそっちへ向けたの」
彼女はそこで少し間をおいた。
「そしたら便器の中からヌルッ! と手が出てきて、オチンチンをつかんだの!
びっくりしたその子が悲鳴をあげる前に、その手が持ってたハサミで、そのオチンチンをチョキン! と切っちゃったのよ!
『こんなの、いらなーい』って」
彼女は効果音のところだけ急に迫力のある声を出したので、聞いてない振りをして聞いていたクラスメイト達の肩が震えた。
「それでその子は一生座ってオシッコしなきゃいけなくなったのよ。ウフフッ」
妙に楽しそうな笑い声をあげながら、彼女は話を終えた。
集まっていた女子も「いやーん、こわーい」と言いながら楽しそうに笑っていた。
話を聞いた時点では、僕もそれほど怖いとは思わなかった。これは怪談の名を借りた、下ネタ話だったんだというのが、そのときの僕の感想だ。
だけど、変なことを思い出してしまったので、もともと不気味なトイレが、更に不気味に思えてきた。小便器や和式の大便器が、妙に小汚いものに見える。
そもそも小便器なんて、中から手が出てこれるようなつくりになっていないんだけれど、それでも便器から手、というイメージが、ばっちい。まだ、見慣れた洋式便器の方が、用を足しやすいように感じた。
それで僕は一番手前の個室へ入っていったんだ。ところが今度は、個室の間仕切り自体が気になってきた。閉じ込められたような狭さが息苦しいし、匂いがこもる気がする。
僕は少しためらいながらも、扉を開けたまま用を足す事にした。大きいほうじゃないし、別にいいかと思って。そしてファスナーを下ろして、パンツの中からモノを探り出す。ふと、下に目を向けていると、便器の底にたまった汚れた水が目に入った。
中から手が出てくる話っていうのは、こういうところから出てくるものだ。どこにつながっているのかもわからない、得体の知れない水たまり。女子は小便器を使わないから、よく知らないで話をしてたんだろうなと思った。
薄暗い水の中から伸びてくる、ヌルッと腐った死体の手…
「誰かいるの?」
「うわああああっ!」
突然後ろから女の人に声をかけられて、僕は大きな叫び声を上げた。
思わず、振り返って後ずさる。
そこには、白衣を着た背の高い女の人が立っていた。
保健室の園田先生だ。
僕は目をパチクリさせたまま、しばらく言葉も出せずに固まっていた。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」
僕の叫び声に先生もビックリしたようだ。
「人の気配がしたように思ったんだけど、誰もいないみたいに見えたから気になって。扉も開いてたし」
ようやく、僕はほっとため息をついた。
「あら、山田君じゃない。暗いからよくわからなかったわ」
「スイッチ壊れてたんで」
「そうなのよ、誰がやったか見てない?」
僕は首を振った。
「あらやだ、ごめんなさい。そんな格好で話させちゃって」
僕はそう言われて始めて、チンチン丸出しのまま話していたことに気づいた。慌てて両手で押さえる。もう遅いけど。思いっきり見られた。女の人に見られた。僕は顔を真っ赤にした。
「邪魔しちゃって悪かったわね。はやくウンチしちゃって」
余計な事を言わなければいいものを、僕はつい答えてしまった。
「ウンチじゃないです」
だって男が学校でおっきい方やったなんて思われたら、サイテーじゃないか。
先生は首をかしげて聞いた。
「じゃあどうして個室に入ってるの?」
僕は口ごもった。トイレの花子さんの噂が気持ち悪かったからだと言うのはウンチ並みに抵抗がある。
先生はそんな僕をじろじろ見回した後、手で押さえた股間に目をやった。
「まさかこんなところでオチンチンいじってたんじゃないでしょうね」
「ち、違いますよ!」
僕は飛び上がりそうになった。更に顔が赤くなる。その発想は無かった。
「男の子なら誰でもすることだけど、学校でそんなことしちゃダメよ」
「だから違いますって! そんなやらしい事してないです!」
「じゃあ何をしていたの?」
先生は眉をしかめて僕を眺め下ろした。僕は仕方なく、本当のことを言う事にした。もう、何がマシなのかわからなくなってきたからだ。お化けかウンチか…チンチンいじりか。少なくとも、やってない事をやったと思われるより、いい。
「その…花子さん…が…」
「花子さん?」
「トイレの…花子さんの話が…気持ち悪くて…小便器の方で用を足すと…手が…」
少し時間を置いて、先生は大笑いを始めた。僕の顔は赤を通り越して紫になる。
「ああ、なるほど。トイレの花子さんか。そういえば女の子の間ではやってたわね。私も生徒から聞いたわ」
流石に笑いすぎたと思ったのか、先生はまたゴメンと謝りながら僕の肩を叩いた。しかし、それでもまだクスクスと笑いをかみ殺している。
「そんなのただの作り話よ。怖がらなくても大丈夫」
「怖くなんか無いです。ただ気持ち悪いだけで…」
「わかったわかった。じゃあ先生ついててあげるから、はやくオシッコすませちゃいなさい」
先生はそう言って、僕を小便器の前に引っ張っていく。僕が先生の前でまたチンチンを出すのをためらっていると、先生は僕がまだ怖がっていると思ったのか、後ろから強引に僕を抱え込んできた。まるで、初めてトイレでオシッコをする子供と母親だ。
「誰もオチンチン取ったりはしないわよ。ほら男の子でしょ、勇気出して」
先生はそう言って、僕のチンチンをつかんで便器へ向けた。
「せ、先生!」
女の人にチンチンを触られたのなんか初めてだ。いや、赤ん坊の頃に母さんに触られた事はあるかもしれないが、僕は覚えていない。だからすべすべした指が僕の大事なトコロを優しく包む感触は、今まで感じた事の無い衝撃だった。
「緊張してるの?」
先生はそう言ってモミモミと軽く刺激する。僕は固まってしまったように動けなくなった。チンチンがカチコチにかたくなるのがわかる。頭の後ろに柔らかいおっぱいが当たって、なんだか良い匂いが鼻いっぱいに広がる。僕は何も考えられなくなった。
「怖がらなくても、いいのよ」
なんだか先生が言っているけど、もう意味がわからない。
「かわいいオチンチンね」
きもちいい。やわらかい。いいにおい。
「せ、せんせえ…」
ぶるり。
身体が震えて、白いものが勢いよく便器の中に飛び散った。そして、チョロチョロとオシッコが続いて流れ出す。僕は脱力して先生にもたれかかってしまった。
先生は僕を優しく受け止めて、最後まで僕のチンチンを支えてくれていた。最後の二、三滴が落ちたら、長い指でぷるぷると振るところまでやってくれた。
先生は、僕のチンチンの先にオシッコがついてないか確認しようとして、何かに気づいたように声を上げた。
「あら? 山田君、あなたこのオチンチンどうしたの?」
「…はい?」
僕の頭はまだ動いていなかった。何を聞かれているのかよくわからない。僕は先生の手の中の自分のチンチンを眺めたが、別にいつもと変わりない。
「ほら、オチンチンの先。ここから急に膨らんで腫れてるわ」
先生はそう言って先の方のくびれをつまんだ。
「ま、前からずっとこうですよ」
先生は息を呑んだ。
「まあ大変、どうしてもっと早く大人に見せないの」
「そ、そんなこといわれても…」
チンチンなんか人に見せるものじゃないし、と言おうと思ったけど、それより自分のチンチンのどこが悪いのか考えるのが精一杯で、頭の中で必死に父さんと最後にお風呂に入ったときの事を思い出そうとしていた。あいにく父さんは最近仕事が忙しくて僕とお風呂に入っている時間が無かった。それに、先の方はなんだか形が違った記憶はあるけど、確か父さんは、大人と子供は違うもんだから気にするなって言ってたような気がする。でも、先生は保健の先生で、お医者さんみたいなものだから、父さんよりも体のことはよく知っているはずで…
「こんなに腫れたらとっても痛いでしょう」
「え、いや…全然…」
先生は、いかにも残念だ、というようなうめき声を上げた。
「それはまずいわ、このままじゃオチンチンが全部腐っちゃう」
それを聞いた瞬間、なにがおかしいのか、という問題が全部頭からふっとんだ。
「えええええ、イヤです! そんなのイヤです!」
「早く手当てしなくちゃいけないわ」
「何をするんですか?」
先生はアッサリとすごい事を言った。
「オチンチンの先っぽの悪くなってる部分を切り落とすの」
「ちょ、ちょっと待ってください。切るって…切るって!」
「だってこのままじゃ、全部が腐っちゃうわ。安心して、本当に先の方だけだから。この膨らんでる部分から先」
先生はそう言って先の方を指で挟んだ。でも、それだって結構長い。
「ちょっと短くはなるけど、オシッコするのも困らないわ。今やってしまいましょ。さあ脱いで」
先生は僕の半ズボンに手をかけた。パンツのゴムに親指を引っ掛けて引きずりおろす体勢だ。
「こ、ここでやるんですか?」
「早くしないと手遅れになっちゃうわ」
そういって僕のズボンとパンツは強引に膝下まで下ろされた。もう抵抗できない。お尻もチンチンもタマタマも全部見られてるのは恥ずかしいけど、そんな場合じゃない。
先生は白衣のポケットからガーゼの入った瓶を取り出した。アルコールで湿してあるようだ。それを二、三枚とって、僕のチンチンを拭く。スーッと冷たい感触があって、僕は背筋を震わせた。
「ちょっとしみるかもしれないけど我慢してね」
こういう種類の人が言う『ちょっと』は『すごく』という意味だ。僕は何をされるのか怖くなった。
先生は、僕のチンチンの皮をグイッと引っ張った。ちぎれる! ビリッと破けるような感じで、先っぽの皮がめくれる。真っ赤な肉がのぞいた。
「う、うわあ!」
「動かないでね。大丈夫よ、血は出てないわ」
確かに血は出てないみたいだけど、メチャメチャにじみ出てきそうな色をしている。それに、なんだか、汚い色のウミみたいなものがこびりついていて、すごく嫌な匂いがする。
大変だ! 本当に腐ってる! 本当に腐ってる!
先生はガーゼを当てて、その汚いのをこそぎ落とした。たわしか軽石でこすられたような痛みを感じる。
「い、痛い! 先生痛い!」
「もうちょっとよ、山田君。動くともっと痛いわ」
ひどい脅しの言葉に、僕は敏感な部分をいじられながら立ちすくむしかなかった。
先生が拭き終わると、そこには真っ赤っかに腫れあがった肉がのぞいていた。風が当たるだけでヒリヒリと痛む。チンチンの他の部分は白いきれいな色をしているのに、先っぽの皮がめくれた部分だけ、絵の具を塗ったみたいに赤い。じっと見てると気持ち悪くなってきた。
ふと、先生がゴソゴソとまた何かを取り出したのに僕は気づいた。注射器だ。僕は今度こそ震え上がる。
「先生、痛いのはイヤだ」
先生は僕の方を抱きしめて言った。
「痛くないようにするための注射なのよ。麻酔っていうの。いい子だから我慢して」
麻酔くらい僕も知ってる。麻酔なしで手術なんて絶対にイヤだ。僕は泣きそうになりながら先生にされるがままになるしかなかった。
先生はゆっくりと僕のチンチンの先に針を当てる。先っぽの肉の裏側の、変な線が延びてるところだ。画鋲で止められたみたいな痛みをチンチンの先に感じる。先生がピストンを押すと、薬がどんどん中に入ってくる。そんなにたくさん入れたら風船みたいにパンッて破裂しちゃうんじゃないだろうか。先っぽだけ…
妙にリアルな想像をしてしまって、僕はとても怖くなったが、今震えたら刺さってる注射針が大変な事になる。僕は鼻水を垂らしながら拳を握り締めて耐えた。
ようやく針が抜かれた、と思ったら、先生は今度は表側の、腫れてる部分のくびれの下あたりに針を当てる。右寄りに打つってことは左側にも打つんだろうか。
ぷちっと音が聞こえたような気がした。
「あうっ!」
思わず悲鳴を上げてしまう。
「もう少しだからね。大丈夫よ」
先生は繰り返し声をかけてくれるが、怖いものは怖い。やはり反対側にも針を刺された。注射器の中身は、全部僕のチンチンの中に押し込まれたんだ。
「痛かったら教えてね」
先生はおもむろに親指で僕のチンチンの赤い肉をグリッと撫でた。激痛が身体を突き抜ける。
「ぎゃあ!」
僕は思わず背中をのけぞらせた。ビクビクとチンチンが震えて、また白いのが勢いよく便器に飛び散る。みんな嘘つきだ。チンチンは気持ちいい時に白いの出るって言うけど、痛いときにも出るじゃないか。大嘘つきだ。それに、麻酔効いてない!
「もうちょっと待ったほうがいいみたいね」
先生はそういいながら、肉を撫でる指を止めない。
「あっ、あっ…」
僕は口をパクパクさせながら拷問に耐えるしかなかった。やがて、痛みがよくわからなくなってきた。先生の指はまだ感じるんだけど、ずっと痛いから痛くないのか麻酔が効いて痛くないのかよくわからない。
でも、ついに先生はメスを取り出した。
左手の人差し指と中指で、チンチンの肉の赤いところを挟み、親指と薬指、小指の三本で根元を支える。長いキレイな指だった。
メスを見てると怖くなるけど、僕はもう早く終わってほしかった。だから先生にそう頼んだ。
「先生、早く切ってよ」
涙がポロポロとこぼれる。
「わかったわ。もうすぐよ」
先生はくびれの根元にメスを当てた。僕は思わず目を閉じる。
痛みは感じなかったけど、ザクッとチンチンの先が切り取られるのはわかった。
「はうっ…」
恐る恐る目を開けると、先っぽの部分がコロリと取れて、先生の手の中に納まるのが目に入った。白い便器にポタポタッと赤い血が数滴したたり落ちる。先生は落ち着いてチンチンの先の傷口にガーゼを押し当てると、くるりと皮を引っ張り戻して包んだ。
見た目は切る前とあまり変わっていないように見える。
「ほら、もう大丈夫よ。頑張ったわね」
先生はそういって僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
僕は、先生が左手に持っていた僕のチンチンの肉を白衣のポケットにしまいこむのを見た。先生は僕のチンチンをいったいどうするつもりなんだろう。僕は気になったけど、恥ずかしくて聞けなかった。
「痛くなかったでしょ?」
僕は抗議しようかとも思ったけれど、もう終わった事なので黙ってうなずいた。
「いい子ね。偉いわ」
そういって、ほっぺにチュッとキスをしてくれた。ハンカチを取り出して顔を拭いてくれる。なんでも入ってるポケットだな、と僕は思った。
「もうパンツをはいてもいいわよ」
僕は膝下に下がっていたズボンとパンツを引っ張り上げた。先生が後ろの方をシャツが飛び出していないかチェックしてくれた。
そのとき、廊下の反対側の方から、どんの声が聞こえた。
「おーい、山田ァ! いつまでウンコしてんだ!」
そうだ、かくれんぼの途中だったんだっけ。
慌ててトイレから出ようとすると、先生に呼び止められた。
「山田君、今日の事はみんなにはナイショにしておいてあげるわ」
先生はそういって、ウフフと笑った。それはよかった。パンツを脱がされてチンチンの先を切られたなんて誰にも知られたくない。僕は先生にお礼を言った。
トイレの前で先生と話をしていたところへ、しびれをきらしたどんが、みんなを引き連れてどたどたと走ってきた。
「あ、園田センセエ、どうしたの」
「山田君とお話してたのよ。見回りの途中でばったり会ったから。ごめんなさいね。引き止めちゃって」
「ふーん、なんだ。全員捕まえたのにまだ帰ってこないから便秘してんのかと思った」
「好き嫌いせずに野菜も食べたら、そんな事にはならないのよ」
「うひゃ」
お説教が始まりそうな予感を察知して、どんべえは首をすくめた。先生も、あたりがだいぶ暗くなってきた事に気づく。
「あら、もうこんな時間。みんな、そろそろ帰りなさい」
「はーい」
全員素直に声をそろえて返事をした。ぞろぞろと靴を脱ぎ捨てたところへ向かっていく。僕が最後に先生を振り返ると、先生はウィンクして僕に手を振った。
「おい、置いてくぞ」
「待ってよ」
僕はどんべえの後ろを慌てて追いかけた。
あれから十年時が流れた。
僕は再び、懐かしいこの場に立っている。昔よりずっと小さく見えるけれども、昔と同じ姿の薄暗いトイレだ。僕が精液をぶちまけて、血を滴らせた小便器も、まるでそんな事は何もなかったみたいに、今でもそこに残っている。
僕はトイレの入り口に立ったまま、ずっと中を眺めていた。中へ足を踏み入れるには、ちょっと勇気がいる。
その時、後ろから声がかかった。
「あら、山田先生、どうなさったんですか?」
振り返ると、そこには白衣を着込んだ美しい女性が立っていた。あの頃とまったく変わらない笑顔で。あの頃とまったく変わらない姿で。
僕は十年分、年を取ったのに、彼女の周りだけ時は止まっていたらしかった。
「ああ、園田先生。なんでもありません」
「そうですか? ならいいんですけど」
僕は聞いてみたくなった。
先生、僕のチンチンの先、あの後どうしたんですか?
先生、どうして僕のチンチン短くしちゃったんですか?
先生、僕の事を覚えてないんですか?
先生、他の子にもあんな事をしてたんですか?
先生、見てくださいよ。僕のチンチン、先生に騙されてこんなになっちゃったんですよ。
先生、僕恥ずかしくて、今まで彼女も出来なかったんです。
先生、僕、先生の事がずっと好きだったんですよ。
「先生」
「なんですの?」
先生は笑っている。今日もキレイだ。僕のズボンの中で亀頭のないペニスが芯を持つ。
「そろそろ職員室に戻りますね。テストの採点やらなくちゃ」
「あらあら、ご苦労様。頑張ってくださいね」
彼女は優雅に歩み去った。懐かしい匂いが鼻をくすぐる。
僕は子供達に教えたくなった。
ねえ君たち、トイレの花子さんは、本当にいるんだよ。嘘じゃない。
本当は、花子先生、だけどね。
「もーいいかい」
中庭から声が聞こえた。
傾きかけた夕日が小さなトイレをオレンジ色に染める。
昔と同じ。
何も変わらない、秋の夕暮れ。
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投稿:2010.11.21
学校の怪談〜放課後のトイレ編
著者 自称清純派 様 / アクセス 17366 / ♥ 2