俺は普通の足場鳶だった。高校中退だが真面目に働き真面目に社会人をしていた。ひょっとしたら他人からはちょっと怖い人と思われてたかもしれないが、人として恥ずかしいことをしたことはない、つもりだ。とはいえ脳内では色んな妄想をしたことは認める。アブノーマルなことなど、決して実生活では実現できないようなこと。中には実現できることもあった。で、金をため、若いうちにと外国へ遊びに行ったんだ。貧しかった俺には海外は夢のひとつだったから。
海外旅行の主な目的は買春だった。そして、俺好みの相手を見つけた。最高の夜だった。帰国の日、空港にて出国手続きやら荷物のチェックインなどしていると、物々しく銃を持った現地の警官たちが俺を囲み出した。訳がわからないうちに俺は警察署へと連行されたんだ。俺の荷物から違法薬物が見つかったから。俺には全く身の覚えのないことだった。いや、あいつが入れたんだ。そう、あの夜の俺のセックスの相手。俺は違法薬物所持及び密輸の容疑で逮捕されてしまった。無実を訴えるが、聞き入れられず、有罪が確定し、懲役50年言い渡され、刑務所へと収監されてしまった。
フェンスで囲まれた広い敷地に観光名所になりそうな立派な建物。高い塀の中に連行されていった。手錠が外され全裸にさせられた。足には枷が、首の周りには冷たい鉄製のものが付けられた。一瞬なんだか分らなかったが、それが首輪だと理解したときには、別の部屋へつれて行かれ、まるで羊が毛を刈られるように、機械的に俺の髪の毛は刈り落とされていった。その頃には首輪が体温と同じ温度になり、冷たさを失っていた。そこで始めて、俺が、容疑者から被告人、被告人から受刑囚へと変わったのを実感した。無実のはずの俺が、何故こんな目に。羞恥心と同時に怒りが湧き出てきて、血圧が上がっていった。知らぬ間に俺の股間が立ち上がろうとしていた。刑務官はそれに気づき、軽く嘲笑ったが、事務的に作業をつつけ、俺の胸と背中にマジックペンでtn12613と書いた。それがとても悔しくて、恥ずかしくて、必死に平常心を保とうとしたが、すればするほど意識がそっちに向いてしまい、俺は赤面した。それ以外、何ができたと言うのだろう。刑務官は偶然を装い、俺のマラを軽く撫で、完全に勃起状態へとさせた。俺の羞恥心もマックスに達したときフラッシュが光った。写真が撮られたのだ。顔だけであって欲しい、そう願ったが、カメラの位置から明らかに、被写体は俺の全身だった。足枷と首輪を付け、後ろ手に手錠がかかり、頭は青坊主、さらには恥部が興奮状態の俺。それが記録に残ることが死ぬほど恐ろしかった。その写真の被写体は、受刑囚tn12613。俺だけど俺じゃない。親に付けられた名前を失い、刑務所の住民としての新しい呼び名が与えられた、俺。物質的に与えられたものは布切れ一枚。俺はそれを褌のように腰に締めた。足枷と首輪のため普通の衣服が着れないためだ。寝床は野外でテントのようなものの中だった。プライベートなどもちろんない。受刑囚の一員なのだ。刑務の労働は、工事現場で鍛えた俺には、軽い方だった。そんな俺には、単純な肉体労働が割り当てられて、国家権力の奴隷へと落とされていった。
いつしか刑務所の暮らしにも慣れ、羞恥心も消えていた。はじめは違和感があっても、周りはみな同じ格好の囚人達。異国の、自由を奪われた犯罪者達の世界は単純だった。単純が故に、汚らわしくもあり卑しくもあった。50年という歳月をそこで過ごさなければならない、そう追い詰められた俺は、逞しく生きていくことを選んだ。言葉は不自由でも体力には自身があった。度胸もあるほうだと思う。足りなかったのは本能というか己の欲求を満たすために貪欲になること。俺は、自分の地位を得る努力をした、と言えば聞こえはいい。でも、あの世界では一筋縄ではいかなかった。ある日、受刑囚の一人が俺を襲ってきた。性行為が目的だ。そうすることによって俺を所有しようとしたんだ。多くを所有したものに権力がある。力では負けない俺は、俺の性欲の捌け口に受刑囚を使った。多くを所有した。葛藤はあった。しかしそれは、普通に行われていることだと気づいたから、迷いも解けた。それは受刑者達が自ら作り出した秩序を保つ方法でもあったのだ。鶏頭牛尾。塀の中でなら、王になることもできるんだ。己惚れなのは分ってるが、そんな自分がカッコイイと思う瞬間さえあった。そこで生きられることを名誉とし、あの首輪を勲章に代えていたんだ。そうやって社会的にもモラル的にも落ちぶれたんだ、俺は。釈放の日は遥かに遠い。生きて出られるかも分らなかった。諦めにも近かった。そして、こんな生活も苦ではない、と思い始めていた。
買春の相手が見つかり、俺の再判が行われることとなった。もう、忘れかけていた。光が差し込んだようだった。希望の光、と同時に刑務所の中での俺の行いが明るみに出されるような、脅威の光。昔の俺が帰ってきたようだった。若くて、潔くて、正義感に溢れていた。それは、言い過ぎか。とはいえ、少なくとも薬物を密輸目的で所持なんかしない、無実の俺が、裸同然で坊主頭の、囚人仲間をレイプすることを楽しみとする、落ちた俺を恥じているのが分った。その生活と決別したいと言う願いが心から沸いてきた。だが、人生そう甘くはなかったんだ。俺の売春の相手が未成年であることが判明し、逆に俺は強制わいせつ罪に問われる羽目になってしまった。相手の弁護人から訴えを取り消すように勧められた。取引だ。取り消せば、俺はわいせつ罪に問われない。もし、俺の訴えが認められると、彼の依頼人は違法薬物所持及び使用、そして売春の罪が加えられ、俺は無実になる可能性がある。が、俺は、未成年者の売春幇助、買春、または強姦、が認められ、さらに、薬物の容疑さえ消えない恐れがあると言う。依頼人は俺から薬物を買った供述する準備ができている。とさえ彼は脅してきたんだ。仮にすべての容疑が確定すると、無期懲役は確実。仮釈放や恩赦の特権も否定され、出所はおろか母国への帰還は絶望的だ。死刑もありえる。でも、俺はその勧めを無視することにしたんだ。無実の罪でより、知らなかったこととはいえ、自分の犯した罪で刑に服したほうがましだと。それだけでなく、心のどこかに、正義は勝つという希望と、哀れな刑務所生活から抜け出したいという願望、そして、たとえ刑務所に戻ることとなっても、何年もそこで過ごした今では、慣れた奴隷として残りの人生を送るのも悪くないかもなという、複雑な思いがあった。しかし、受刑囚として、世間一般の人の前に現れるのは、この上なく屈辱的だった。何年もその格好で過ごしているうちに、感覚が麻痺していたのだろう。目の前には文明の発達した世界の、それぞれ違った服を着て、髪型をしている自由人がいて、俺は、腰を隠すボロ布だけ締め、髪は強制的に剃られ、足枷を引きずり、首輪と手錠が鎖でつながれ、さらし者だ。みんなが俺を犯罪者扱いし、侮辱している。外の世界と接するのがこれほど苦痛だとは思ってもいなかったのだ。
俺の罪名に未成年者の買春及び強姦が付け加えられる判決となった。やっぱりなと言う思いもあった。ただ、買春が確定したのに強姦も成り立つことが理解できなかった。相手が未成年だったのと、薬物によって誘惑し判断をできなくさせたと解釈されたのだった。その結果、性犯罪者として登録され、懲役は無期となり、社会復帰の希望が完全に打ち砕かれたが、逆に諦めと決心ができた。あの塀の中で奴隷として生きていくと。不思議なもので、俺の小さな王国へまた戻れるという、安堵の思いもあったんだ。てっきりそのまま収監されるものだとばかり思っていたら、俺は意外にも刑務所内のクリニックに連行されたので、少し驚いた。たくさんの書類にサインをした。そして、たくさんの検査が施された。が、裸で立つ俺に羞恥心はなかった。もう失うものなんて何もないのだから。むしろ今更、もとの社会もどされ、ただの鳶職人として一生を終えるよりも、また、塀の中で、王様になる道を歩めばいいと、負け惜しみにも似た、強がりにすがっていた。この首輪はもう、一生外れることがないのなら せめて誇りに代えよう、今一度、いつしか感じたように。そう自分に言い聞かせて、自身に満ちた俺を取り戻しそうになったのだが、それさえも俺には許されなかった。受刑囚の身のクセに、と嘲笑うように、運命は俺を裏切った。もうこれ以上失うものはないとばかり思い、開き直っていた俺が馬鹿だった。クリニックに連れてこられた理由を聞かされた。それで始めて知ったんだ。この国では性犯罪者の去勢が義務付けられていることを。
失うものはもうないと思っていたのに。情報を処理しきれなくなったコンピュータのように、俺は思考が止まった。意味が分からなかった。いや、逆によく分かってたんだと思う。刑務所内でのことを考えていた。どうやって生きていこうかと。そこでは、やる者とやられる者がいて、やる者が上になる。俺はそうやって這い上がってきた。できないということは、上がることができない。所有される身なのだ。それは、奴隷のなかの奴隷になるということ。いや、それ以下かも、あそこでは。これまで持っていた、生きて行く自信のようなものが、剥ぎ取られる思いがした。俺は眠れなかった。裸でベットの上に横たわり、自由になる左手で最後の快感を得るべきか葛藤していた。出してしまったら、共に男としての誇りを出してしまう気がしていた。そして、それはもう二度と取り戻せない。朝方近く、俺は静かに射精した。抵抗していたものが、イヤイヤでてきたという感じで、惜しむように少しずつ。出始めると我慢できず、その快感の速度が増し俺の脈拍と息は荒くなった。もう戻れない。俺は、運命に身を委ねた。後始末をするのも忘れてそのまま目を閉じていた。獣のように濡れた手を舐めたのは覚えている。いつの間にか眠ってしまったようだ。
その日の午後、俺は睾丸摘出手術を受けた。
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投稿:2011.01.25
俺の刑罰
著者 tn12613 様 / アクセス 22648 / ♥ 6