ttp://www.eunuch.org/
アーカイブから"Dealer, The" By: Zipper
[睾丸]
「で、マロン、このでくの坊は誰なんだ?」取調室のマジック・ミラーの裏側で、ジョン・ハリスは、隣に立つ制服警官にたずねた。『でくの坊』は金属製のテーブルの奥に座って、ジェファーソン州(※)警察のマクミハイル刑事に質問を受けている。よくいるバカ学生らしき風采だ。十代終わりか二十代始め。ずり下がったズボンにタンクトップ、派手な安物の石が耳たぶに飾られ、二の腕やら太ももやらにいくつもタトゥーが入っている。中には日本か中国の文字らしきものが三つ並んでいるが、多分『短小』だか『ロリホモ』だか、そんなところだ。アジア人ならわかるんだろう。
「リチャード・ラッセル・アンダーソン、生年月日90年7月10日、シャスタ郡在住、大学内の書店にパートで勤めています。現住所はハリソン通りの1940号、同棲している相手がいます。メロディ・アン・ジェンキンズ、生年月日92年5月8日、無職、同じくシャスタ郡民ですね」マローニ巡査はそう言いながら、アンダーソンの学生証や免許証、最近の納税申告書の写しなどが入ったフォルダをハリスに手渡した。
「車は?」若者が固い鉄の椅子の上で居心地悪そうに身をよじらせるのを眺めながらハリスは尋ねた。
「09年型のスバル、払いは済んでいます。女の方はマツダの新車、ローンは男名義で」
「女は金を持ってるのか?」
「言うほどのものはありません。女の母親は養老施設の介護職員、最低賃金レベルを超えていません。父親は家電屋の店員。加えて子供がまだあと二人家に残っています」
ハリスは一息ついて上着のポケットをまさぐり、タバコの箱を取り出した。公共の建物での喫煙は全面的に禁止されているが、彼はマローニの咎めるような視線も一緒に無視して火をつけた。彼は成人してからこのかた吸い続けてきたし、禁煙するつもりもない。ふてぶてしく、ヤリ続ける気だ。別にこんなクソ不味いもの無くても困らないのだから、もし本気で止めさせたければいつでもどうにでもなる。といいつつ、実際のところ無いと困るのだが、それはまた別の話だ。「奴さんの家族はどうなんだ? 金持ちの伯父さんでもいるのか?」
「まさか。父親は誰かわかりません。母親は生活保護を受けてます」
「了解」ハリスは考えた。「ここにいるのは贅沢三昧の小僧が一人。自前のスージー(※架空の歌手)を自宅に囲って学費も自分で出している。収入はパートの安い給料だけ。さて、誰かトリックのタネがわかるかい?」
「ヤクか金塊でしょうね」マローニは推測した。「いつもどっちかですから」
ジェファーソンでは大麻の栽培と販売、それに金の採掘は合法である。どちらの収入にもかなりの税金がかかるが、この坊やはどうやら裏で商売をやっているらしい。
「いいだろう、このゴミをマクミハイルに返してもう一つ揺さぶりをかけさせろ。マイクの音量上げてくれ、マロン」ハリスは男の証明書と納税書をマローニに渡して、取調室のマクミハイル刑事まで届けさせた。
「いいか、坊や、ちょっと不思議なんだがね」刑事は青年に言った。「君の生活ぶりを見ているとだね、どうにも犯罪の匂いがするんだ。ほら、こいつによると」彼は納税書を指し示した。「君は去年八千ドル(70万程度)も稼いでいない。どの銀行口座を見ても、預金も投資もしている様子は無い。で、毎月の家賃はどうやって払ってるんだい?」
「オレは、その…弁護士を呼んでくれ」
「もし逮捕されたら弁護士を呼べばいい。今はただ軽く世間話をしているだけさ。まだ逮捕したほうがいいのかわからないしね、そうだろ?」マクミハイルは説明した。「まだ弁護士の出番じゃない」
「おい、ルー」ハリスは、部屋に入って、取調べに割り込んだ。「ちょっとコーヒーでも飲んで来い。その間に俺がアンダーソン君に状況の説明をしておいてやる。ああ、それから戻るときに俺のデスクの方にも寄っておけよ、いいな?」若者は明らかにテレビで何度も古典的な『いい警官と悪い警官』方式を見ているハズだが、それでもハリスの迫力は通用したようだった。「耳の穴かっぽじって聞け、このドブネズミが」ハリスは唸った。「いくらしらばっくれようと、てめえと臭いマンコ(※)をしょっぴくアタリはつけてんだよ」若者は恋人への侮辱に毛を逆立てたが、彼が何かを言う前にハリスは攻めを続けた。「親の金も流れてこねえ、てめえごときのチンケな稼ぎじゃクソもひれねえことはわかってんだ。てめえの手取りは、週に150ドル(1万円ちょい)ぽっち、全部ウェルズファーゴ(米国の銀行)の当座預金に振り込まれて、光熱費やらクソ代やらさっぴかれてパアだ。だが店での払いは毎月現金だ。それも100ドル札の束を使ってな。そいつで家賃も、学費も女の車のローンも払ってるわけだ。となりゃ、てめえらは納税書に載らねえフザけたバイトをやってるか、資金洗浄してるかってことになるだろうが。これだけ言ってもまだとぼける気か?」
「弁護士無しでの尋問には回答を拒否する」どんな隠しマイクにもちゃんと届くようにはっきりと宣言がなされた。
「俺たちが逮捕するまでは弁護士はいらねえんだよ」ハリスは説明した。「ちょっとばかり裏事情を明かしてやろう。俺たちはてめえを逮捕したくねえんだ。万が一てめえがシロだったなんてことがあればヤバいからな。時々そういうことが起こってケツに噛み付きやがる。まさに一寸先は闇だ。わかるだろ?」
「オレにわかるのはオレに権利があることさ。それ以外に話すことはないね」若者はかえってムキになったように言った。
「ならいいさ坊主。てめえがそうしたいっていうんならな」ハリスはそう言って部屋を出た。
「どう思う、マロン」マクミハイルが二人の下へ戻ってくるとハリスは制服警官に尋ねた。
マローニ巡査はハリスがつけたあだ名とは違って、決してマヌケ(※マロン)ではない。経験豊富な交番巡査で来月には昇級試験を受けることになっている。「そうですね、彼はフルで授業を取っているし、週に20時間は働いている。勉強しながら恋人も喜ばせようとするなら、金を掘ったりハッパを育てたりするようなヒマな時間はないでしょうね。やるならウリでしょう。コカイン、LSD、もしかしたらヘロイン」金塊の採掘や大麻の栽培でもいい暮らしはできるが、大学で麻薬を売り捌くよりはずっと多くの時間がかかる。
「マロンの言うとおりだろうな。一つ二つ痛い目にあわせてやらんとラチがあかん」ハリスは別のタバコに火をつけてマクミハイルを見た。「ルー、コーヒーついでに俺のデスクにちゃんと寄ったか?」
「ああ、ジョン。こいつだ」
「ごくろうさん、ルー」ハリスは返事をしながら、ルーから受け取ったものを後ろのポケットに滑り込ませた。そしてマローニを見る。「マロン、お前も来るか?」
マローニは返事をする前に数秒ためらった。ハリスがやろうとしていることはどう考えても明らかに違法だ。下手な人間に知れたらクビが飛ぶだろう。しかしハリスはこの署で一番の刑事で、最も隙の無い人物だった。「もちろん」マローニは結局そう答えた。
「さっきも言ったけど、オレはもう何を聞いても答えねえぜ。逮捕するかほっとくかハッキリしてくれ。仕事に遅れちまう」三人の警官が取調室に入ってくると、若者はそう言った。どうやら落ち着きを取り戻して、タフに見えるよう振るまっているようだ。
「いいだろう」ハリスは答えた。「リチャード・アンダーソン、お前を逮捕する。容疑は脱税と禁制品の密輸販売だ」ハリスは容疑者の権利を読み上げると、武器所有のボディチェックを始めた。「ポケットの中身を全部テーブルに出してベルトを外せ」ハリスの命令に若者が従うと、彼は続けた。「両手を後ろに回せ」そしてベルトから手錠を取り出した。
「そこまでする必要があるのか?」若者は尋ねた。「オレはもうここに捕まってるんだぜ」
「何を聞かれても質問には答えねえよ」ハリスは若者の声真似をしながら、手錠をはめた。そしてハリスは二人の警官に合図を送った。ハリスとマクミハイルが彼をテーブルに押さえつけている間に、マローニが若者のベルトを首に巻きつける。マローニはベルトを囚人の拘束結びにしてテーブルの端に縛り付けると、他の二人がもがく容疑者の脚を押さえつけるのを手伝った。
「チクショウ、お前ら何しやがる!」若者はパンツを引き下げられると怒りに声を荒げ、脚を押し広げられて、ごつい手に金玉を握られると、「クソッタレの変態野郎!」と叫んだ。
「黙っておとなしくしてやがれクソガキ。でねえと痛い目をみるぜ」ハリスはそう言って徐々に掴む力を強めた。恐怖が覿面の効果を挙げて、若者は静かになって暴れるのを止めた。ハリスはマクミハイルから渡された道具をポケットから取り出した。それはよくあるゴム絞り器(※elastrator)で、農場で子牛の去勢に使われているものだ。彼は緑のゴムバンドを四本の出っ張りに引っ掛けると、取っ手を握ってゴムを引き伸ばした。
若いだけあって青年の睾丸は、頻繁なセックスのおかげか丸々としており、ハリスはいろいろと試しながらようやく輪の中に両方のタマを押し込んだ。若者は何が起こっているのか見えていなかったが、ハリスが取っ手を外してゴムを引き抜くと、何があったのかに気づいて再び暴れ始めた。
三人は何とか股間に手を持っていこうとする容疑者を放した。「しばらくしたら戻ってくるさ」ハリスが言って彼らは部屋を出た。「その頃にはてめえも話をする気になってるかもな」
「どれくらい時間があるんですか? 彼のその、ナニ、が取り返しのつかないことになるまで」若者が必死に腕を前にくぐらせようとしているのを眺めながらマローニが尋ねた。腕の長い人間ならそんな曲芸も可能かもしれないが、彼には無理なようだ。
「詳しくは知らんよ」ハリスは答えた。「バカなチビの頃に一辺自分で試したことがあったが、数分で死ぬほど痛んだな。多分一時間くらいが限界だろう」若者は手を前に持っていこうとするのをあきらめ、今は体を前に思い切りかがめて歯でゴムを食いちぎろうと試みていた。それも、ある種の人間には可能なのかもしれないが、やはり彼には無理なようだ。十五分程背中を痛めつけると、若者はテーブルの角にゴムを引っ掛ける作戦に変えていた。
「おいおい、見てみろよ!」マクミハイルが言った。「どうやらアンダーソン君は気持ちよくなってきたらしいぜ」若者は勃起を見られてからかわれていた。
「ああ、よくあることさ。知らねえけど無意識に最後の一発を出しておこうと身体が反応するんじゃねえか? おっと! 4番コーナーに清掃を呼べ! 汁っ気の多いガキだな。ありゃあ痛ェぞ」ハリスは笑い、マローニはこっそり両手で股間を囲って自分自身の勃起を隠した。
「そろそろ半時間くらいか」ハリスは壁の時計を確かめて言った。「さて、奴さんが質問に答える気になったかどうか見てくるとしようか」ハリスは彼が話すとわかっていた。いつだってそうだ。生殖は人間の最も強い衝動であり、正常な男であればなんとしてもその能力を残そうとする。最初は悪態をつきながら、わめいて脅しつけたりしていても、痛みがつのればやがて泣きが入り、すぐに自分がタマ無しの不能になりかかっているのに気づいて、絞まったゴムを外してもらえるならどんなものでも差し出す。最後には膝を突いて熱心に懺悔までするようになるだろう。自分の去勢に待ったをかけられるなら誰だって口を開く。
五分たつと、ハリスは若者の主だった客と卸業者のリストを手に入れていた。
「嘘がないか調べてくるから、もう数分おとなしく座っていろ」ハリスは黙って座っている容疑者に声をかけた。彼は身をかがめ、下腹からこみ上げる痛みを何とか和らげようとしている。
「それで、どうなんでしょう。本当のことを言っているんでしょうか」部屋から出るとすぐにマローニが、片側からだけのガラス窓越しに覗き込みながら尋ねた。
「ああ。長いことこういう奴らの相手をしてきたが、ゲロさせるにゃこれで充分だ」
「じゃあもうゴムは外すんですか?」マローニはいじめられている青年が気の毒になってきていた。
「バカ言え」ハリスが答えた。「明日にでも医者が切り取るさ。ゴムも他のも一切合財まるごとな。ガキのことなんか構いやしねえよ。野郎が自分で選んだことだ。ケツは自分で拭けばいいさ。ジェファーソンでヤクの売人になりたがってるほかのクソガキどもの足止めにもなるだろうしな」
−
訳注
※Jefferson State 米国51番目の州という設定の架空の土地。この作者の他の作品にも出てくる。
※Suzie Creamcheese スージーは有名な歌に出てくる歌手。女の名前がメロディだから上手いこと引っ掛けたつもりでおっちゃんが言った。少し古い初音ミク的なものと思えば文の意味は通じると思う。
※Sally Rottencrotch 原文では極めて人名風に記されているが、和風に表現するとつまり、臭井マン子。男だったらチンカス太郎、とかそんな感じ。
※moron マロン=マヌケ、知恵遅れ。栗ではない。
※elastrator ユーナック見てたらよく出てくる子牛や子羊に使う農家の去勢道具。ゴムバンドで陰嚢や尻尾(羊)の根元を縛って血流を断ち、腐り落ちるのを待つ。要するに、小さすぎる輪ゴムをみょーんと引き伸ばす機械。大人に使うと痛みで暴れるので子供専用。
-
投稿:2011.03.17
売人 By: Zipper
著者 訳:自称清純派 様 / アクセス 9984 / ♥ 28