賢者とは、この国にあまたいる神官たちの頂点に立つ者である。
長く厳しい修行を積んだものだけが賢者となる資格を与えられる。
賢者は国じゅうの民に敬われ、親しまれ、生涯のみならずその死後も、永劫の栄誉と幸福を手にすることができるとされている。
日々、神に仕える敬虔な神官たちが賢者を目指して修行に励んでいるが、そこに至る最後の試練、最終儀式に挑まんとする者は年に数えるほどもいない。
最終儀式、それは陰部の切除。男性の象徴、陰茎と陰嚢の完全切除である。
欲望の根源であるそれらを取り去ることで神官は世俗を越えた賢者へと転身するのだ。
男性諸氏には言うまでもないことだが、その儀式には大変な痛みと苦しみを伴う。
医学の発達により死亡者の数こそ減ったが、とてつもなく危険な行為であることに変わりはない。
命を取りとめ晴れて賢者となった者にも様々な後遺症が残る。
近年は体を切るなどそれこそ神に背く野蛮な行為だとして他国の批判を受けることも多い。
しかしその儀式は、われわれの想像もつかないほど長きにわたる歴史と伝統をもっている。
脈々と受け継がれてきた先人の文化を決して軽々しく扱うべきではない。
今回わたしは幸運にも、ある神官の行う最終儀式の見学を許された。儀式が実施されるのはじつに4年ぶりのことである。
他国の人間に儀式を見せるなど以前では考えられなかったことだ。その場所に入る記者はわたしが初めてということになる。
長きにわたる取材が功を奏したと思うと光栄ではあるが、同時にそれ以上の重責を感じざるをえない。
なにしろ男性が男性たる部位を切断されるさまを見なければならないのだ。
はたして目をそらさずにいられるだろうか。
神聖なる最終儀式は密室的でなくもっと世に開かれるべきです、最高賢者はそう語った。
なみいる賢者の中でも最も位の高い人物だ。最終儀式の執行官でもある。
わたしの不安と緊張を見透かすように、おだやかにほほえんで彼は言う。
われわれの崇高なる精神によって、この儀式がきっとみなさんの理解をえられると信じています。
岩窟の奥にあるその部屋は外より少し温度が低い。中の空気がひやりと肌をさす。
小さな部屋だが、天井がドーム状になっていて窮屈な感じはしない。
むき出しの岩肌がごつごつと存在感を示している。天然の空間だというから驚きだ。
部屋の中央に簡素な寝台がありひとりの神官が腰をかけている。
今回の最終儀式に挑む勇敢な男である。
高位聖職者になるには年齢は関係ない。
いかに修行を極め、奥深い教義を理解し、悟りの境地に達したかによって決まる。
神官は落ち着いたようすで目を閉じ深呼吸している。かなり若い。
髪の毛は短く刈り込んでいるが、精悍な眉毛に長いまつ毛、整った鼻筋、赤みのさした薄い唇、世に出ればきっと美青年として名の通るだろう顔だちである。
しかし彼は女を知らない。幼い頃から一心に修行の道を歩んできた彼は、まもなく、女を知るための器官それ自体を永遠に奪われる。
その部分はすでに露出している。薄く白い衣を胸にはおっているだけで下半身は裸である。
太ももの間に垂れたそれは陰毛に隠れてよく見えない。
神官は静かで、動かない。その瞳の色や心の内をうかがい知ることはできない。じっと見ているわたしの方が股間になにか寒々しいものを感じる。
最高賢者が部屋に入ってきた。荘厳な法衣の袖を揺らしながら神官のかたわらに近づくと、こうべを垂れる神官に手をかざして祈りの言葉を唱えはじめた。内容はよく聞きとれない。
神官にも聞こえていないのではないかと思うほど小さなつぶやきである。
高く丸みをおびた賢者の声は部屋に独特の響きをつくる。岩壁の凹凸に乱反射し増幅して聞く者の鼓膜や脳を奇妙に揺さぶる。
男とか女とかを越えた、普通の人間には出せない非日常の声だ。重ね編まれる響きはひどく魅惑的で、どこか不愉快でもある。
詠唱はどのくらい続いたろうか。響きの中でしだいに時間の感覚が失われてゆく。
神官の呼吸が浅くなり、深い瞑想状態へと沈んでゆく。
やがて神官の体に驚くべき変化が生じる。陰茎が勃起をはじめたのである。
おだやかな眠りに落ちているような表情に反して、股間からは青年の肉茎が猛々しく頭を突き出さんとしているのだ。
目を見張る激しさで、彼の生命力のすべてがそこに集まってゆくように高く、太く、強く。あらわになった亀頭は桃色に充血し、膨張した竿にいくつもの青い筋が走る。
神官の勃起はみるみる完全なものとなる。膨張の限界に達したあとも断続的に脈動する肉茎は若く元気で、苦しそうにも見える。
賢者が神官の頭に手を触れる。それを合図に神官は寝台に横たわった。
左半身を下にして横向きに体を伸ばす。
ジャリリと鎖の音がする。寝台の両端、頭側と足側とにそれぞれ備えつけられている拘束具が姿を現す。輪っかをはめて鎖でつなぐ、ごくシンプルなものだ。
神官は輪っかを手首と足首にはめ、錠をされたあと、寝台の端から鎖を巻き取られる。ガリガリと耳に障る音がして、華奢な体が両端から強く引っぱられる。
きつく締め上げられた神官の体は弓なりになってもう自由はきかない。ただ一箇所、陰茎だけが弓につがえる矢のように中空に伸びている。
しかしその自由な部分にも器具が取り付けられる。執行装置と呼ばれる器具が。
執行装置は一見複雑な構造をしている。だが実は必要な機能のみを組み込んだいたって実用的な器械だ。儀式のため以外の無駄な要素はない。
細長い円筒状の部分と、それに対をなす棒状の部分、そして、上部に鈍く光る大きな刃物。
これらがこれから青年に何をするのか、おおよその想像はつく。
賢者が装置の一端、円筒状の部位を持って底面を神官の亀頭にあてがった。
筒はとてもやわらかそうだ。底面には裂け目が入っていてヌルヌルの液体が出ている。彼の赤くたぎる先っぽが裂け目から筒の中にうずまってゆく。神官の顔がわずかにこわばる。
続いて棒状の部位を肛門に挿し込む。棒は指二本ほどの太さでところどころ曲がりくねって不規則に凹凸をつくっている。
なめらかな表面には無数の孔があいておりそこから液体がにじみ出ている。筒の中で出ているものと同じだ。
前の筒と後ろの棒、どちらも大した抵抗なく挿入された。
それらは会陰をまたいで連結され、筒の動き、棒の動きはお互いに伝わりあう。最初にわずかな力を加えてやれば、あとは勝手にピストン運動を続ける仕組みだ。
神官の息が荒くなってくる。目に見えて明らかだ。
装置は青年を射精へと導いている。
俗世に別れを告げる最後の射精。それを果たした途端、上部の刃物がギロチンのように落ちて陰部を根こそぎ持っていくのである。
行為の最中もずっと賢者の祈りは続いている。不気味な響きが脳を揺らし、味わったことのない幻想と悦楽の中に僧侶はいる。
今まで知ることを許されなかったであろう亀頭をこすられる快感、肉茎をしごかれる快感、前立腺を圧される快感。
圧倒的な至福をもたらす執行装置はぐっちゅんぐっちゅん淫らな音を立て休みなく動いている。
同時に彼は知っている。射精をすれば終わりだと男の本能が教えている。強烈な勢いで駆け上がってくる衝動に耐えるべく、自由のきかない体をよじらせる。
しかし芋虫が這うようなむなしいその動きは装置に伝わり逆にピストンの激しさを増してしまう。
神官が本格的に顔をゆがめ出したその時、賢者が白い覆面を取り出し彼の頭にかぶせた。
装置のピストンが続く。祈りの声がひときわ大きくなる。
覆面の裾からドロリと僧侶の体液が垂れてこぼれる。彼のヨダレか鼻水か、それとも涙だろうか。
あっけないほど簡単に僧侶は射精した。
深く挿入された筒、その先から露出した亀頭がいっぱいにふくらんで、まっ白い精液がほとばしった。
最後の放精でなんとか種を実らせようと、何度も何度も脈動し信じられない量の精液を出し続けたが、幾億の精子すべてがむなしく宙を舞い寝台を飛び越えごつごつした岩の地面へと落ちた。
ようやく会陰の脈動が落ち着きをみせ始めた、次の瞬間である。
神官の陰部に狙いを定めていた刃が音もなく落ち、一瞬にして陰茎と陰嚢を彼から切り離した。
装置に包まれた陰茎はしばらく何事もなかったかのように留まっていたが、やがて自重を支えられずに寝台に落ちた。
べちゃっと湿った音が聞こえたが、神官の声だったかもしれない。
陰茎の先と根元からあふれる液体はまだ残っていた精液がほんの少しで、あとはパンパンに張りつめていた血液だ。あっという間に寝台の端まで広がって地面へと落ちはじめる。
びく、びくっ、思い残すようにまだ陰茎は勃起している。
本体であった神官を見ると全身から血の気が失せてまっ青になっている。
刃物を動かすと大量出血するのでこのまま医療班を呼び手術させる。
彼は拘束具を外してもぴくりとも動かない。気を失っているだけだろうか。
彼はもう永遠の、賢者の時間が与えられた。 最高賢者の祈りの声が、ようやく止んだ。
わたしは息を乱して、勃起していた。
のちに最高賢者に聞いたことだが、儀式の中で神官に覆面をかぶせたのはわたしへの配慮だったそうだ。
どの挑戦者も、とても見るにたえない顔をして果てるらしい。
一生分の射精と、永遠の切断。神官から高位聖職者となったあの美しい青年は、その時どんな顔をしていただろうか。
それを想像するたび、わたしの股間にあの不気味な響きがよみがえってくるのである。
(原題「賢者の時間」を改題しました)
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投稿:2011.08.29更新:2022.05.31
高位聖職者の最終儀式
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