下校のチャイムが鳴ると、クラス委員長の平林光江はいった。
「石井くん、今日もかたづけがあるから、帰らないでね」
石井正之は、コクンとうなずく。ほかの生徒たちが、やんやとはやす。
「ふたりっきりの放課後かぁ。毎日、アツイ、アツイ!」
耳まで真っ赤にしてうつむく正之を、光江がかばう。
「ヘンなこといわないでよ。石井くんは副委員長なんだから、しかたないでしょっ」
小柄でおとなしい正之に対し、しっかり者の光江。やっかみ半分、お似合いの二人だ、と誰もが見ていた。
ひっそりと静まりかえった教室で、光江たちは学級日誌をまとめ、掲示物を貼りかえた。
「やっとおわったね…」ふうっと息をつくと、光江は近くのイスに座りこんだ。
窓の外から、カラスの鳴き声が聞こえてくる。整然と並ぶ机を、夕日が照らす。
「ほら、なにぼんやり突っ立ってるの? はやく、こっちへいらっしゃい」少し、じれったそうに光江がいう。正之は素直にしたがった。「おとなしくしてるのよ。いい?」
正之のズボンのまえを、光江はむんずとつかむ。かすかに声がもれる。
「痛くないでしょ。そんな強く握ってないもん。さからったりしたらこうだから—」親指と人差し指とに、ぐっと力をこめる。
「痛いっ」思わず、腰が逃げてしまう正之。間髪を入れず、もういっぽうの手が彼の下腹部を殴る。
「なに、逃げてんの! さからうつもり? じっとしてないと、もっと痛いよ」
誰かに告げ口したらひどいからね、そう脅されて、怖くて親にも話せない。だいいち、先生だって、正之の話など信じまい。
光江は勉強もでき、生徒会にも積極的に参加している。内気で、思っていることもハッキリと口にできない正之など、初めから相手にされるはずがない。
卒業するまでのあいだ、この悪夢と向きあってすごさなくてはならないのだ。
光江は立ちあがると、正之の背後にまわり、そっと腕をまわした。こうして並ぶと、頭ひとつほども背丈がちがう。
正之のベルトをゆるめると、ズボンに手を潜らせていく。恥ずかしさと怖さで、固まったまま震える正之。目には、しだいに涙がたまっていく。
まだ毛も生えていないその部分を、指のあいだで転がしてみたり、握ったりと、さんざんもてあそぶ。
(このまま力を込めていったら、最後には潰れてしまうかな? そうだ、わたしが握っているのは、石井くんの運命そのものなんだ!)
残酷な悦びが光江を満たしていく……。
正之は、独り校舎裏ですごすことが多かった。通りかかる者もほとんどなく、唯一、学校のなかで落ちつける場所だった。
この日の昼休みも、人目を避けるようにして、そおっとやってきた。校舎に寄りかかって、コンクリート塀の向こうへと目を向ける。プラタナスが空いっぱいに葉を広げていた。
ふと、煙の匂いが鼻をつく。
なんだろうと、植え込みの向こうをのぞいてみる。あきらかに校則違反の長いスカートをたくしあげ、隠れるようにしてしゃがんでいる3人がいる。彼女たちは、うまそうにタバコをふかしていた。
正之はその場に凍りついた。
レッド・ペッパー・ガールズ(Red Pepper Girls)だ!
生徒たちはもとより、教師からさえも恐れられている、札付きの不良だった。悪事の数は星よりも多く、他校の連中を何人も病院送りにしたと噂されている。
残忍で手段を選ばず、なかには、一生残る障害を負わされた相手もいるという。
問題ばかり起こしているにもかかわらず、こうして学校にいられること自体、この学校の七不思議だと、口さがない者は後ろ指をさす。
「やばい、一服してるとこを見られちまった」木島玲子は、正之に気がついた。
「ほんとだ。どこのクラスだろうね、見ない顔だなぁ」RPGの参謀として知られる小林勝美。おっとりとした雰囲気を持つが、メンバーのなかでもっとも冷酷だといわれている。
「よしっ」たばこをもみ消してすっくと立ちあがったのは、短気なうえにけんかっ早い、野中美代子だった。「とっつかまえて、ぶん殴ってやる!」
正之は、がくがくと座りこみ、なにもされないうちから、嗚咽をあげだした。
玲子は正之の背中をさすり、なんとか落ちつかせようと懸命だった。
「冗談だ、冗談。あたしら、なんにもしないからさぁ。な、もう泣くなって。ミヨ、脅かしすぎだっつうの。たいがいにしとけよ」
「わりい。つい、いつものクセで」困りきった顔で頭をボリボリかく美代子。
「それにしても、こんなさびしい場所にひとりぽっちでいるなんて、いじめにでもあってるんじゃないの?」勝美はそういって、正之の顔をのぞき込む。とたんに、またあふれる涙。「あらあら、図星かぁ」
「なんて名前だ、その男は。ぶっ飛ばしてやるっ!」美代子はいきりたった。
けれど、正之は黙ったままだ。光江も怖い。RPGの連中も怖い。誰を信じたらいいかわからない。
「いってみなよ、あたしらに。あんがい、力になれるかもしれないよ」ぽん、と玲子は正之の肩に手を置いた。正之はようやく顔をあげた。
「うちのクラスの平林さん……」
「平林って、平林光江のことか。あの、クラス委員長の?」玲子は目を丸くした。無理もない。全校でも優等生として知られているのだから。
「ふうーん。ネコをかぶっていたんだ、あの子」勝美は含んだような笑みを浮かべた。
「感じわるいやつだと思っていたが、やっぱりなっ!」美代子は両こぶしに力を込める。
不安そうに目を泳がす正之に、玲子は彼女なりの優しい声でこういった。
「まかせなよ、あたしらに」
「あたし、おもしろいこと考えちゃった」さっそく、勝美が参謀としての本領を発揮する。「トコトン、ガクブルにさせてあげるわ。忘れたくても、忘れらいないくらいにね!」
「あいつが男だったら、一発喰らわしてやるんだけどなっ!」美代子は残念そうに正拳突きをしてみせた。
「決行は明日にしましょうよ。準備しなきゃならないしね」勝代は楽しそうにそういった。「そうそう。お弁当はあたしが用意する。正之くん、きみのもねっ」
次の日の放課後、光江はいつものように正之に居残りをいいわたした。
「今日も、しっかりとあと片づけをしましょうね」
ほかに誰もいなくなったと見るや、いきなり正面から正之に抱きつく光江。びっくりしながらも、おとなしく、されるがままの正之。少しでも抵抗すれば、さらにひどい目にあわされるからだ。
けれど、この日はいつもとちがった。
「えいっ!」かけ声とともに、光江は股間めがけてひざ蹴り入れる。短く悲鳴をあげてうずくまる正之。「漢字テストでさ、1箇所ミスっちゃったのね。ほんっと、ムシャクシャする。わたし、これでも委員長なのにさぁっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」喉をひきつらせ、わるくもないのに、懸命にあやまり続ける。そんな正之を無理やり立たせ、こんどはグーで殴る。
「急所って、痛いんでしょ? もっと叩いてあげるっ」
泣いて許しをこう正之の胸元をつかみ、さらに立てと強要する。痛くてたまらないので、つい手でかばおうとする。その手をはがして、蹴る、殴る、握る、を繰りかえすのだった。
ふらふらになりながらも、光江の命令に逆らえず、正之は立ちあがるよりほかなかった。
「オチンチン、見せてもらうからね」そういうと、バックルを外し、ベルトを一気に引きぬいた。ポロポロと涙をこぼす正之だったが、容赦なくズボンを下ろし、パンツに手をかける。
そのとき、ガララッと教室の戸が開いて、玲子、美代子、勝美が入ってきた。
「あたしらも見たいな、男の子の大事なところってやつをさっ」
ふり返った光江は、転げおちそうなほど両目をむいた。
「あなたたち、なんなのっ?!」
「ごあいさつじゃん、それはこっちのセリフだっつうの」美代子の怒りはかなりのものだった。一部始終、ずっと見ていたのである。もし、勝美が止めなければ、すぐにでも飛びだしていったことだろう。
「これから、もっと楽しもうよ。みんなでねっ」いたずらっぽく微笑むと、勝美は指をパチンッと鳴らした。
それを合図に、美代子は、待ってましたとばかり、ずいっと押し進む。
そしてガッチリと、正之をはがい締めにしてしまった!
(えっ、なんで? どうしてぼくなの?!)そんな目で玲子を見返す正之。叫ぼうとするが、その口は美代子の手によってふさがれ、もはやなすすべもなかった。
「こいつ、どう見たって、ガキにしか見えないけどさ」玲子は正之に一瞥をくれた。「ちゃんと精子が出るか、確かめてみたくない?」
さすがの光江も頬を染めながら小声でもらす。「やめなさいよ、あんたたち……」
「あたしらが搾りだすからさぁ、そこで見物してなよ。ほんとうは、あんただって、興味あるんだろ?」
ムッとした顔をして、光江は教室から出ていこうとする。その腕を玲子が素早くつかむ。
「痛っ。ちょっと、放してってば!」
「あんたは最後まで見とどける義務があると思う」さっきまでのおどけた口調はいまはない。ゾッとするほど、感情の失せた声だ。光江は震えあがった。
光江をそばのイスに掛けさせると、玲子は正之のパンツを無造作に下げた。正之の目は、信じていた者に裏切られ、うち捨てられた子犬のそれだった。
玲子は、彼女自身の小指のようなソレをしごきはじめた。正之はもがくが、美代子は決して腕を緩めない。
意志とは関係なく、正之の分身は次第に固くなり、真上を向いてしまう。不可解な感覚が、下半身で湧きあがり、やがて体のすみずみにまで広がっていく。未知の電気的信号は、それまで眠っていたある種の神経細胞を目覚めさせ、ついに、しびれにも似た快楽へと変わっていくのだった。
「—うっうっ……」むせるような声がもれたかと思うと、白い液体が勢いよくはじけた。正之の腰が何度も、こきざみに痙攣する。タケノコの皮をむいたときのような香りが、教室中に立ちこめた。
イスや床の上でじっとりと光る正之の精液を満足そうにながめ、
「いっぱい出たじゃん。うん、たしかに男の子だね」といった。
光江はといえば、両手でおおった指のあいだから、なにもかもすっかり見ていた。
玲子は、自分のハンカチで正之の汚れを拭いてやると、ブリーフをはかせてやった。
「さて、これからが本番。美代子、もっと強くその子を押さえときなっ」玲子はいい、正之の口を無理やり開かせ、ハンカチを丸めてねじ込んだ。
「はい、玲子。これ」勝美が手渡したのはカッターナイフだった。
「ねえ、どうするの、それ?」いやな予感がして、光代はたずねた。
それには答えず、カッターの刃を出した。チキチキチキッと不吉な音が鳴り響く。
玲子は、正之のパンツのなかに、その手を滑りこませた!
「やめてーっ!」光代の悲痛な叫びが教室中にこだまする。逃げだそうとする光江の肩を、こんどは勝美がしっかりと押さえつける。イスから立ちあがることができず、必死でもがく光江。
玲子が手をスッと動かすと、正之はうめき声をもらし、全身をビクンと踊らせる。白いブリーフがみるみる赤く染まっていく。
光代はひきつったような声とともに、顔をそむけた。
おそるおそる、目を向けると、玲子がブリーフのなかをまさぐって、なにかを取りそうとしているところだった。玲子は、つまらなそうに床のうえに投げ捨てた。
転がる二つのウズラの卵を、彼女は感慨もなく踏みつぶした。
「よかったら、記念に持っていく?」赤い液体のしたたるくしゃくしゃのティッシュを、玲子は広げはじめる。ちらっと、ポーク・ヴィッツが見えた。光江は悲鳴をあげた。勝美が押さえていた手を放してやると、転げそうになりながら、一目散に教室から走っていった。
その背後から勝美が声をかける。
「あなたも共犯だからぁーっ」
翌日、光江はびくびくとおびえながら登校した。
休もうかと思っていた。しかし、口実がなにも浮かばない。もちろん、ありのままなどいえるわけがない。もしも、先生になにか聞かれても、知らないといおう。あくまで、脅されてあの場にいただけなんだから。
勝美の言葉がよみがえってきた。
「あなたも共犯だから」
そんな! わたしはなにもしてないじゃないの。石井くんのアレを切り落としたのだって、RPGの一人なのよ!
けれど、正之はきっと、光江がこれまでしてきたことをなにもかも白状するだろう。あげく、一緒になって自分を去勢したといいだすかもしれない。光江は真っ青になった。
その日、とうとう正之は学校に来なかった。次の日も、その次の日も。
正之が教室に戻ってきたのは、それから2週間もしてからである。
懐かしい顔を見つけ、クラスメイトがわらわらとまわりに集まってくる。彼らは事件のことなど、まるで知らないのだ。インフルエンザにかかり、熱がなかなか下がらない、そう先生から説明されていたのだった。
すべての事情を知る光江は、いまにも正之がつかつかとやってきて、
「平林さんは、ぼくのオチンチンを切りました」と暴露するのではないかと、机にうっぷして震え続けた。
正之は責めにこなかった。先生にも呼ばれなかった。それどころか、あの件に関する噂の断片さえも聞かれない。その意味するところは、ただひとつ。正之が誰にも話していない、という事実だった。
正之の股の付け根をこっそりとのぞき見る。ああ、もうあそこには男の子のシンボルがないのだ!
光江は、心のなかで彼に感謝するとともに、委員としての用事がないかぎり、二度と近づくまいと誓った。
正之にとって、校舎裏はもう、安らぎの地ではなくなっていた。新しい居場所を見つけたからだ。
だんだんと積極的になり、いまでは仲間といっしょにいることがほとんどだった。背もグングン伸びて、あの貧弱だった少年の面影などまるでない。
卒業をひかえたある日、事件以来、初めて校舎裏へとやってきた。懐かしい古巣に戻った気がした。
「やぁ…」はにかみながら、正之は声をかけた。
「おうっ」たばこをふかしながら、玲子はめんどくさそうに手をあげる。「あたしら、今年も留年さ。ま、気にしてないけどな」
「またいじめられてんじゃないだろうな?」美代子とハイ・タッチを交わす。
「そんなことないって。ぼく、きみたちのおかげで変われたんだ」
「思ったんだけど」勝美がいう。「あのときのきみに、ウズラの卵は大きすぎたよね。でも、いまだったらちょうどじゃない?」
「うーん、どうかな」正之は顔を染めながら答えた。
「ねえねえ、確かめさせてくれない?」
「だーめ」
「じゃあ、ポーク・ヴィッツだけでも—」
「もう、ポーク・ヴィッツはやめてったら」
「あら、まあ」勝美は吹いた。「それにしても、平林さんはすっかり、しおらしくなってしまったなぁ。お弁当のおかずが、こんなに効果があるなんて思いもしなかった」
「弁当かぁ」玲子は、空に向かって煙を吐いた。
「勝美の料理はたいしたもんだ。ありゃうまかった」美代子は舌なめずりをしてみせた。「それにしても、あんときは、なんで弁当なんだ? と思ったもんだが」
正之はふいに姿勢を正し、深く体を折って礼をした。
「お世話になりました!」
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投稿:2011.09.02
RPG
著者 豆ぽん太 様 / アクセス 9660 / ♥ 0