玉梨県の山深くに、いまも地名だけが残る小豆沢。
近くを流れる沢には、あずき洗いという妖怪がたびたび現れ、人々をたまげさせた、と書は伝える。
「小豆沢」という名は、そうした由来だとか……。
8月のある日、山あいの小道を、ひとりの男がえっちら、おっちらやってきた。
金に困り、思いあまったすえ、たまたま夜道で通りすがった若い女性を襲い、金品を奪ったうえ、己が欲望までも満たした。
事が終わったあとで、ようやく、自分のしでかしたことに頭をかかえる。
顔を見られ、さりとて、命を取るほどの度胸もない。あてどもなく逃げつづけ、いつしか山のなかへとやってきたのだった。
「ここまで来れば、見つかるまい。ほとぼりがさめるまでは、しばらく隠れていよう。なに、いまは夏だ。夜になっても、凍え死ぬことはなかろう」
そう独りごちると、わんわんと響くセミしぐれのなか、倒木にどっかり腰をおろした。
バッグには、途中の町で買ってきたパンやペットボトルなど、2、3日は不自由しないだけの食べ物を詰めこんである。
取りだして、口にほおばり、水をがぶがぶと飲む。
一息ついて、のんきにうたた寝などしていると、どこからか不思議な音がする。
ショリ、ショリショリ、ショリ、ショリショリ……。
「なんだろう、森の奥のほうからか?」
むっくりと起きあがり、藪のなか、けもの道をたどった。
やがて、谷間を縫って流れる沢へたどり着く。照りつける日射しのもと、見目にも涼しげな眺めだった。
ショリ、ショリショリ、ショリ、ショリショリ……。
音はいっそう、はっきりと聞こえてくる。
目を凝らして眺めれば、川べりの緩やかな流れに、何者かしゃがんでいる。この暑さだというのに、あずき色のはんてんなどはおり、あずき色のほっかむりをしていた。
ザルを傾けては川面に沈め、せっせとなにかをといでいるのだった。
「砂金か?」男は目をぎらりと光らせた。
岩のうえまで降りていき、そっとザルをのぞき込んだ。
砂金などではなく、つやつやと輝く、たくさんのあずきだった。
ふいに、あずきを洗う手が止まった。
「だあれ?」鈴のころがるような声とともにふり向く。17、8ばかりの少女だった。
「なんだ、このあたりはだれも住んでいないと思っていたんだが」男は川岸へと飛びおりた。
「あたしなら、かれこれ、千年はこの沢で暮らしてるけど」少女が答える。
フンッと男は笑った。
「ばかなことをいうな。人がそんなに生きられるはずもなかろう」少女の白い胸もとをなめるように見つめ、男はごくり、と生つばを飲む。
少女は、あずきをかき回しはじめた。
ショリ、ショリショリ、ショリ、ショリショリ……。
強烈な眠気が襲い、男は立っていることさえできなくなった。
気がつけば、首のあたりまで、沢の流れのなかだった。衣服はすべてはぎ取られ、素っ裸のまま水につかっている。
「ううっ、寒い……」夏とはいえ、高い山からこぼれ流れる川である。まるで、氷水のように冷たい。起きあがろうとするが、そのたびに両手、両足を水流が押さえつけた。
あずきを洗う音が聞こえてくる。
ショリ、ショリショリ、ショリ、ショリショリ……。
どこで洗っているのだろう、唯一勝手の利く目玉で追う。
男の腰のあたりに、あの少女がしゃがみ込んでいた。彼の股間を、ザルで洗っている。
少女の手が陰嚢をまさぐり、なかのものをもみほぐす。
「はうあっ!」自分でもびっくりするほど、大きなあえぎ声がもれた。男根が白液を吐き、川面に散って流れていく。
固く反りかえったそれは、まだ足りぬというように、ビクン、ビクンと空を叩く。
「もう、やめてくれっ。気が狂ってしまう!」男は懇願した。
「まだ、出るでしょう?」そういって笑う少女の顔がそら恐ろしい。
ショリ、ショリショリ、ショリ、ショリショリ……。
なおも洗い続ける。そのたびに、勢いよく放出し、悦びとも苦しみとも知れない叫びが、谷にこだました。
「お、おれのキンタマ、とろけていくようだ……」はぁはぁと男がうめく。
「そうよ。あなたが漏らすたびに、ひとまわりずつ溶けてなくなっていくの。その精は、川の生き物たちにとって、このうえもない滋養となるわ」
「そ、そんなぁ。うそだよなっ、えっおい?」男はもがいて逃れようとするが、指の先さえ、動かす余力がない。
「気の毒だけど、ほんとうよ」少女は、男の手を陰嚢へと導いてやった。
自慢だったふたつの大きな睾丸が、いまはもう、あずきほどしかなかった。
男の嗚咽は枝葉を揺さぶり、遠い森からノスリが応える。
「自分の手で終わらせてあげる」男の指を男根に巻きつけ、しっかりと握らせる。
少女はその手を、ゆっくり、上下に動かしはじめた。
「やめてくれ……た、頼む……どうか、許し……手を止め——」
これまでに味わったことのない快楽の波が押しよせてきた。急上昇と急降下、再び高く舞いあげられ、いっきに地上へと叩きつける、そんな破壊的な陶酔感。
ぽっ、とあずき色の玉がはじけて飛んだ。
男として最期の瞬間だった。
妖怪・あずき洗いは、玉を拾いあげ、そっとザルのなかへ落とした。
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投稿:2011.09.16
あずき洗い
著者 豆ぽん太 様 / アクセス 9858 / ♥ 1