向こうの村は、三回目の祭を始めたようだ。十日ぶりに夜が明るい。
夜天の星をかき消すような人工の灯が、山を後ろから浮かび上がらせるように照らしている。
僕は鈴虫やきりぎりすの静かな鳴き声に耳を傾けながら、サユの家の縁側に座っていた。
サユが僕の隣に来て、僕が二個残して置いた食べかけの串団子を拾った。
「隣はまた始めたみたいだね。龍神祭。」
サユが串の先を舐りながら僕に言う。彼女の表情は普段と変わらず、長髪の奥から刺すような目つきで、そのまま僕のほうを見やる。
僕と同い年の筈なのに、僕よりお姉さんに見えてしまう。
「キイチ、おまえ覚悟は出来ているのか?」
「風神祭のこと?…覚悟なんて、今更の話だよ。」
二つ残った団子の一個に、サユの白い歯がめりこむ。そして喉を通っていく。
サユの紅い唇に白い団子のかすがついた。
「サユ、なんだか君、酒臭いな。風神祭の巫女としてそんなことでいいのか?」
「んだよ、こんなの酔ってなきゃやってられねえよ。」
サユはそう言って、僕の着物の両襟をつかみ、大胆にも開いた。
僕は後ろにのけぞって木造りの廊下に背を打ってしまい、その上からサユの身体が覆いかぶさる。
僕の隣に団子を頂戴しにきたときには、すでにサユは裸であった。僕が都会で学に励んでいたあいだ、
彼女の身体は美しく熟れ、一人の女性として完成していた。
「村長の命令とはいえ、こんな野郎があたしの初めてになるのかよ。本当にやってられねえ。」
上から顔が近付いて、長いサユの髪が耳とこめかみのあたりをさらさらと撫でる。
僕らはお互いに初めての口づけをした。
サユの口からは団子の甘い味がした。豊満な胸が僕の肌にのしかかる。
「サユ、僕は最初で最期の相手が君で、とてもとてもうれしいよ。」
「げっ、お前、都会で何にもしてこなかったのかよ。呆れたなあ…。」
褌の中にサユの指がはいってきた。僕のペニスが冷たい5本の指で絡め取られている。川の清流に
預けたような冷たさ、心地よさに思わず背筋が縮みあがる。
やがて外気に触れたことを感じ、下半身に何も身につけていないことがわかる。
僕の股間からは男の象徴が起立し、サユの秘部から滴り落ちる愛液を受けて震え立っていた。
「キイチ、けっこう大きいんだな…じゃ、いくぞ。」
「あっ…サユッ…っ!」
サユが僕の腹に腰を下ろし、僕のいきりたったものはサユの身体に埋もれていった。
サユの冷えた指とは正反対に、身体の中はとても熱い。とても狭く、柔らかい。
僕の肉茎は削れて無くなると思えるくらいに絞りこまれ、サユの処女膣に弄ばれた。
サユは勝気な表情のまま腰を上下させている。
僕らは汗だくになりながら交わっていた。いやらしい水音が結合部から耳に響いてくる。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅっぐちゅっ。
「やらしいなキイチ、貧相な胸で乳首がたってるぞ。」
「ほんとだ…。僕、男なのにどうしたんだろうな…。」
興味本位でいじると、乳首から性器に向かって一直線に快感が伝達した。僕のペニスはサユの中で一段と硬さを増した。
へそから陰茎にわたる下腹部の奥がぐつぐつと沸騰しているようだった。
いよいよ、精子を放つ準備が整ったかと悟ったその時、サユが指で秘部を押し広げ、より深い場所に僕自身を導いてきた。
入口が輪をかけるように締まる。
「あっ…。」
僕はあっけなく達した。僕の精子がサユの子宮を汚していく。子供をつくる為でもないのに、
こんなことをサユとしているのは罪悪感があった。
サユは膣から僕のペニスを抜き、今度は口で清め始めた。
ねっとりとした肉厚の舌がカリ首にからみつき、肉幹を締めあげる。
筒に残っていた精が彼女の中に吸われていく。僕は彼女によって清められていく。
「お前の精はえらくまずい。」
そう言ってサユは、串に残った最後の団子に手をやった。それを、口直しにと頬張る。
僕は精を絞り出されてきりきりと痛む二つの玉をそっと握った。
僕の両親がこの村に流れてきたのは、十年に一度ともいわれる大干ばつが起こった夏のころだったらしい。
彼らは一文無しであった。事業に失敗し、母方の親の姉妹という遠い親戚を頼ってこの村に来たそうだ。
だが、その姉妹とやらも既に墓の下にいた。その親族も、全てが最近死に絶えたばかりで、
この村と両親をつなぐものはなにもなかったのである。
そのとき母さんの腹の中には僕がいた。
父さんは、これ以上身重の母さんを連れ歩いての流浪の旅は無理だと判断したのだろう。
両親はそれ以来、村の隅に掘立小屋を作って、ひっそり住み付くようになった。
村の人たちはよそ者が現れたことに当時は警戒していたそうだが、働き者の両親に対して次第に心許すようになったそうだ。
まもなく僕も生まれ、僕は父さんと村の人々の手で、母さんの腹から取り出された。
父さんも母さんも嬉しさのあまり号泣していたそうだ。
しかし、母さんは出産後の体調が芳しくなく、僕を生み出してから一週間で死んでしまった。
そして父さんも、母さんのために精のつくものを山に取りに行って、帰ってこなかったらしい。
その後の僕を拾ってくれたのはサユの家の人たちだった。サユのところだけではない。村の人にはよく面倒を見てもらった。
僕が都会の学校に通う為の費用もみんなで負担してくれた。父さんも母さんも顔すら知らないうちに
いなくなってしまったけれど、僕がひとりぼっちにならなかったのはみんなのおかげだ。
僕の身体はみんなの親切が降り積もって出来ている。僕のこころはみんなの注いでくれた愛情で出来ている。
その恩が返せるのなら、僕はたとえ腐った沼の中に人柱として沈められようとも、苦しくはないだろう。
おんどりのけたたましい時の声で目が覚めた。僕はいつのまにか布団の中に寝ていた。密接する
隣の布団にサユの姿はない。
あの後、彼女とは何回身体を交えたのだろうか。性器がどちらの体液か判別できないほどにべたついていた。それに頭が痛い。
早朝の村はとても涼やかだった。山を隔てた隣村は今日も焼けつくような大干ばつに苦しんでいるだろう。
向こうの空にはちりのような雲ですらひとつもない。
縁側から広がる庭の草木に朝露が溜まっていた。こちらは適度な雨が降り、水に困るようなことはないというのに。
時々、隣村が可哀そうに思えてくる。
(そう言えば、あいつも里に帰ると言っていたな。)僕はふと大学の同回生のことを思い出していた。
あいつは確か隣村の出身だった筈だ。村の者に呼ばれて帰郷することになったと言っていたから、大方予想はつく。
僕と同じく〝祭〟の為に呼び戻されたのだろう。名前はなんだったっけ…たしか、ア、から始まって…。
ううむ、気が合わない奴だったからよく覚えていない。
サユはどこへ行ったのだろう。朝の禊にでも行っているのだろうか。
うんと背伸びをして、僕は玄関を出て行った。まだうす暗いうちから人がぞろぞろと鍬を持ち鎌を持ち、前の通りを往来している。
向こうから明らかにこの家目掛けて人の群れがやってくるので、僕は思わず乱れた着物をただした。
先頭を切って歩くのは村長だ。
「おはようございます、村長。」
「おおキイチ、昨晩はお勤めご苦労だった。清めの儀式は滞りなく終わったとサユから聞いておるぞ。」
サユはどうやら村長の家にいるらしかった。すでに次の段階に向けて準備に入っているとのことだ。
あのぐうたらなサユにしてはやけに張り切っているな、と僕は思った。
「いよいよ次は、〝縄締め〟の儀式だな…。ついてきなさい。」
村長の家の大きな広間で、僕は着物を全て脱いだ。周りをぐるりと村の重役たちに囲まれている。
サユの姿はなく、周りは年季の入った男たちばかりであった。
「さて、縄締めの儀式とそのあらましについて説明するぞ。」
立ちあがった村長が古い巻物を手に僕の方へ寄ってきた。
「キイチ、お前は風神様を知っているだろう。」
「はい、この村に古くより雨雲を運んでくると言い伝えられている、山の神です。」
「そうじゃ、この村、そして隣の村は風神様の山を挟んで同じ風が行き通っておる。」
虫食いの目立つ巻物には、雨を運ぶ風がどのように双方の村へと吹いているかが書き記されていた。
「こっちに風が吹けば、あちらは干ばつになる。あっちに風が吹けば、こちらが干ばつになるのですね。」
「うむ、その通り。いつもはいたって順風満帆にお互いの村へと吹くのだが、何十年かに一度、風向きが変わらなくなるときがあってのう。」
しわくちゃの指がある一点を差す。古い書記体で、〝風神祭〟と記されていた。
「そうなると風の吹かない村は大干ばつに襲われる。今がちょうどそのときで、隣村の惨状は
計り知ることもできんほどじゃ。」
「そこで隣村の連中は〝龍神祭〟で男たちの男根を捧げ、風を自分たちの村に引っ張ってこようとしているのですね。」
「だが、隣はかなり焦っておるようでの。普通は一人二人の供物を捧げるだけでいいものを、
今年は六人もの若衆を神男にして祭をなしておる。」
六人という数字は、小さな隣村にとって軽い数字ではないだろう。
それだけの若い根を摘み取れば、村の存続自体が危うい。かなり困窮極まった状態のようだ。
村の重役が次々怒りや憐みの声を上げた。「そんなことをすれば、均衡が保てなくなり、今度はこちらが大干ばつになるぞ!。」
「隣村の奴らは、自分たちだけ良ければそれでいいのか。」
農民にとって、水は死活問題である。
僕は隣村の人たちの気持ちも分からなくはなかったが、大切な村の人が困っている様子を見ているとやはり龍神祭が許せない。
「均衡が崩れぬよう、我らも龍神祭に対抗して〝風神祭〟を開くことにした。お前は20日後、風神様の山に登り、
この供物を捧げる最初の神男として選ばれたのだ。」
半勃起のペニスに長老が触れた。僕は棒立ちのまま、身を強張らせて、長老のがさがさした指がまさぐるのを我慢した。
「いやじゃろう、こんな年寄りの、しかも同じ男に触られていてはのう…。」
「い、いえ、光栄です。ありがとうございます。」
まもなく僕は、みんなが見ている前で完全に勃起した。サユと一晩をともにした後だというのに、硬さと逞しさは昨晩と変わらない。
幹の長さだけでも、19センチに到達する。その先に山桃をのせたような亀頭がエラを張っている。
僕の身体の中で、唯一誇れる自慢のいちもつだ。
「まるで松の枝のように硬いのう。それにとても熱くて、このじじいには掴んでいられんわい。」
「こりゃ風神様も釘つけになるだろう。隣村の土筆みてえないちもつなど、めじゃないわい。」
「サユのやつも、初めての男がこんな逸物を持っていて幸せだったろうなあ。」
みんなから祝福され、僕は誇らしくなった。腰を高く突きだし、その存在を誇張することに、僕は必死だった。
「このいちもつは、昨夜の巫女とのまぐわいで清められた。次は精をしっかりと祭の本番まで溜めこむために、
その根を結わうぞ。」
僕は村の重役の一人に脇を抱えあげられた。膝を床につき、股を広げさせられる。
「サユよ、きなさい。お前の出番だ。」
はっ、として広間の入り口を見た。すだれの奥からサユがやってくる。
なんだかやつれているように見えた。昨日、僕との性交で消耗したのだろうか。肌に色つやがない。
「まずは、毛を剃ってやりなさい。」
サユの手で石鹸が僕の股間の草原に塗りこまれる。真新しいひげそりが陰毛の始まりに添えられる。
「おうおう、赤ん坊のようになるぞ。」
僕の大人になった証がサユの手によって剃られていく。大人から子供に逆戻りしていく気分だ。
大事なところの毛を剃られるのは恥ずかしくもあり、何故か陰茎を硬くさせる行為でもあった。
サユは一言もしゃべらない。いつもはラッパのようにうるさい彼女が、いまは黙々と僕の股間にひげそりを走らせる。
その手はどこかおぼつかなく、陰毛と一緒に風神様のものとなる予定のペニスすら削ぎ落されてしまいそうで、
僕は僅かに震えていた。
後ろから抱えられていなければ、恐怖で腰を引いていただろう。
サユは僕の陰茎を掴み、無理やり下に傾けながら、丁寧にその根元を剃っていく。
サユに僕の全てが委ねらている。僕の肉棒をめぐる熱気が、サユの冷えた指に吸われていく。
サユの手で果てそうになるのを我慢していると、ほどなくして、玉袋も陰茎もすっかり丸裸になった。
「血が通うよう、適度なくくり加減で供物を締めるのじゃ。」
つるつるになった股間に細く編みこまれたしめ縄が掛けられる。
サユが僕の肉棒だけを優しく縛る。鍬の柄のように太い男根を縛るのは大変そうだった。
縄がもう一本使われ、玉と竿がまとめて緩く縛られた。神社の御神木を想起させる装飾だった。
「このときをもって、この縄から先の血肉は風神様のものとなる。もうせんずりも、他者とのまぐわいも許されんぞ。」
「はい、心得ております。」
「祭の本番まで、昼も夜もずっとそのままで過ごしなさい。常に魔羅を勃たせておかねばならんぞ。」
そのための霊薬だと言われ、僕は差しだされた木の葉を指示されるとおりに噛んだ。
多分、麻薬かなにかの成分が入っているのだろう。
僕は鼻の奥がじんじんと鳴動するのを感じ、しめ縄をぶち切ってしまいそうなほどに激しく股間を昂ぶらせた。
今日、僕は一人の男から、風神様の所望するいけにえの預かり人になった。僕は褌もはけない身体になった。
10日目の夜がきた。また山の向こう側が明るく燃え上がっている。
「ほれ、色男。飲めや飲めや。」
「精を溜めこんでさぞつらい頃だろう。酒でも飲んで忘れちまえ。」
僕の村はというと、村人総出で乱痴気騒ぎに興じていた。祭に向けた宴会が、村長の家を中心に
屋外屋内問わず開かれている。
今夜だけは年功初列も関係ない無礼講である。宴会の主役である僕の元にも色々な人がやってきた。
年配の男たちはしきりに苦手な酒を口に押し付けてくるので苦手だったが、そのほかの反応は結構面白い。
たとえば小さな子供なんかだと、おっかなびっくりな様子で目をきょろきょろさせながら、
僕の大きくなりっぱなしになった男根を感心したように見ていた。
同い年くらいの女の子たちなど、僕の前を通りすぎるときは着物の袖で顔を隠していたし、それとは逆に
結婚を済ませた女性たちなどは、くすくす笑いを浮かべて通っていった。
僕は供え物のように積み上げられた酒を少し飲み、男根をしぼませぬように青々とした葉っぱを噛む。
身体全体が痺れ、とろけそうになる中、ペニスに新しい血が巡っていくのがわかる。
「なんだその格好。お前には慎みってやつがないのか?」
顔を上げると、サユがちょうど通りかかったところだった。酒瓶を肩にかけ、いつもは
覇気のある目がどんよりと曇っている。
「慎みなんて言葉が、サユの口から出るなんてな。」
軽い冗談を口にし、僕は笑った。サユは笑わない。氷でできたような目で僕を見る。
「えらい学者さんになって、村に帰ってくるって大口叩いたくせにさ。結局は村の古臭いやり方に従うんだな、キイチ。」
「僕にだってわかってるさ。こんな非科学的なことじゃ雨は降らないってことくらい。」
盛大にサユはずっこけた。長い髪をしきりにかきわけ、呆れたような顔をしている。
「お、お前はアホか。」
「僕はこの村のみんなに多大な恩がある。科学がどうとか、そんなことを説明する前に早く安心させてあげたいだけだよ。」
「どうかしてる、まったくどうかしてるってよお…。」
千鳥足で僕の傍にくる。サユはぐったりと僕に寄り掛かった。
「あたしとやったときより大きくなってんじゃないか?えらい効き目だな、その葉っぱ。」
「やめろ!触るな!!」
サユの指が、僕の大事な預かり物に触れそうになったため、僕は凄まじい勢いでサユの手をはじいた。
途端に、サユの顔は酔いからさめたように青ざめた。万事を何事もないように跳ねのける鉄のような
彼女の顔が、一瞬割れたように見えた。
「あ…。」
彼女はそのまま暗がりのほうに、とぼとぼと彷徨い出て行った。
僕はなんと声をかければよいのかわからず、長い髪を風になびかせるうしろ姿を見やることしかできなかった。
いつのまにか、僕は眠っていた。頭にアルコールが残ってずきずきと痛い。やはり酒は嫌いだ。
深夜の村はひっそりと静まり返り、殆どの村人たちは床についたようだった。
まだ灯がついている民家もある。僕は着物をたくしあげ、股間のいちもつを揺らしながらそこに引き寄せられた。
「まったく参ったもんだ。近頃の若いもんときたら、魔羅の一つや二つ切るくらいでわめきたてる始末。連帯感がねえんだもんな。」
「魔羅は一本しか生えてないだろうが。それに干ばつでもないのに、祭の供物にされるのは
若衆共もそりゃあ嫌がるだろうさ。」
縄締めの儀式を行った時に、僕の周りを囲んでいた村の重役たちが酒盛りをしている。
よく見てみれば、たどり着いた先は村長の家だった。
「それにしても、ほかの若衆共に比べたらキイチの野郎は大したもんだ。まるで奴の親父のようだな。」
頭に残留していたアルコールがはじけ飛ぶ。親父、という言葉をはっきりと聞いた。
「キサクといったかな、あのよそ者は。嫁の名は確かコマユだったかのう。」
「そうそう、あやつも息子とおなじで、大層立派な魔羅をぶら下げておったなあ。鐘を打つ撞木のようだったわい。」
「大干ばつの苦しい時に、ずうずうしくも移り住んできおった厄介者だったが、あやつのおかげで村は救われた。」
何を話しているのか、僕には理解できない。父さんは山で行方知らずになった筈だ。
みんながそう教えてくれたのだから。
「村から追い出そうとしたとき、腹を膨らませた妻の前でいきなり土下座を始めたのには、流石におったまげたわい。」
「『なんでもします。なんでもします。村に住まわせてください。』って、大の男が泣きついてくればのう…。
あんな大男があれだけ必死に、額を泥に擦り付けるのじゃから、流石に目頭があつうなったわい。」
「何言ってるんですか村長。その男をあんた、風神祭の神男にしちまったじゃないですか。」
時が止まったようだった。何も見えない。ただひとつだけ、聴覚だけが生きていた。耳だけが、
村長たちの話す真実を懸命に追いかけていた。
「キイチのやつが生まれるのを見届けてから、あいつは古臭い着物を脱いで、嫁や俺たちの前で
魔羅の根っこに太い縄を締められたっけなあ。」
「そうだった。それから山に登って、磔の台に行って、それを俺たちが縛ったんだ。奴の身体は
杉の木みたいにでかかったから苦労させられたっけ。」
「そんで朝日がのぼるころ、あやつはたっぷりと精をひり出した。山のふもとにいた子供たちが
それを浴びるくらいに、活きのいいのが出たなあ。」
「あいつは泣き叫んでおったが、腰をぶるぶるいわせて悦んでおったわい。そのあと、わしらの鋏が
あの太い魔羅を挟んで、こう、ぐりっと螺子をまわすように…。」
顔も知らないはずの父さんが、男の全てを奪われる光景がまぶたに浮かぶ。
抵抗できないように四肢を縛られた父さんは、村人の手によって去勢される瞬間、僕と母さんの名前を
力いっぱい叫んでいた。
「キイチ!コマユ!どうか達者で暮らせよ!!」
全裸の父さんから、僕のいちもつによく似た巨大な男根が切り落とされる。
逞しい肉体から、ぼとりと大事なものが落ちていく。森の暗闇のなかに堕ちていく。
「でも村長、キサクのやつは残念でしたね。」
「傷の治りが悪かったんじゃのう。そういうこともあるが、傷口が腐りあがらなければ、あそこまでもがき苦しみながら
逝くこともなかったじゃろうに。」
「コマユのやつも産後の調子がよくなくて、すぐ死んじまいましたもんね。ちょうどキサクのやつが
太い魔羅をちょん切られたころだったでしょうか。」
「わしらには仏の罰が下るわい。キサクとコマユの忘れ形見を、あと数日もすればまた神様の元に
捧げようというのだからな。」
「なーに、気に病むことなどありはせん。どうせよそ者のこさえた童だ。身内も他におらんし、ちょうどいいわい。」
「さて、そろそろこんな湿っぽい話はやめて、花の咲くような浮かれた話にかえましょうや。」
「そうそう、そう言えば、あそこの家のもんが昨日…。」
僕は立つのもやっとの状態で、村長の家から離れた。顔面をしこたま殴られた気分だった。
向かった先は父さんと母さんの墓の前だった。僕は墓石にがんがんと頭をぶつけ続けた。
皮が割れ、血が墓石を濡らした。僕の涙も後を追った。
「父さん、母さん、ぼくはどうしたらいいの?」
僕は両親の墓の前で、ペニスをそそりたたせたまま、何度も問いただした。冷たい墓石は何も答えてはくれなかった。
十日があっという間に過ぎた。風神祭の当日だ。
その日とった朝餉には、ペニスを硬く維持させるあの葉っぱがたくさん盛り込まれていた。ひとくち頬張るだけで、尻の後ろあたりの何かが暴れ出す。
村の人が僕を裸にする。とはいっても、すでに僕の着衣は股間のそれに押し上げられ、あられもなく
はだけていたのだが。
「いよいよ明日の夜明け、お前は風神様にその猛々しいものをお供えするのだ。覚悟はよいな。」
「は、はい…村長。」
返事をするだけで、声の振動によって身体がきしむ。蓄えられた精子が血液にのって全身を暴れまわっているようだ。
村の人が集まって僕を見ている。やめろ、見ないでくれ。ペニスがどんどん煮詰まっていくようだ。
そして運命の夜がくる。
亀頭の傘に、紐でできた輪っかをかけられた。村の人が僕のペニスを農耕牛のように引いて、僕の身体を山の方へと導く。
たるんだ紐の真ん中から滴が垂れている。綱を引かれる微細な振動によって、僕の先走りは止まらない。
周りの人はみんな知っている人ばかりだ。小さい頃から僕のことを育てて、見守ってくれた人ばかりだ。
でも、今は彼らに囲まれているのがとても怖かった。十日前はあんなに大好きだった人たちが、
今はただ不気味としか思えない。
風神の住まう山の頂上についた。頂上は平らな広場になっており、そこには屋根のない物見やぐらが二本立っていた。
その真ん中に山の木々を追い越して、高い杭が打ってある。僕はあそこにつるされるのだ。
「さあキイチ、ここに寝転がるんだ。」
地面に寝かされているのは、キの字をした板の張り合わせだった。
僕がそこにあおむけで横たわると、四肢が広げられ、村の男たちによって手足とへそのあたりをくくりつけられた。
下半身の毛がもう一度剃りこまれる。もう僕の陰茎は、人の手が触れるだけで盛大に発射してしまいそうだった。
「よーし、キイチを供物の柱にあげろ。」
僕の身体が地上を離れていく。途端に恐怖が身体を駆け巡る。いやだ、おろしてくれ!
「いやだっ!誰かっ!!誰かっ!助けて!!」
「どうしたキイチ、村の役に立つのがそんなにいやかいのう?」
村長はうすら笑いを浮かべている。他のみんなも笑っている。
偽物の笑顔を剥がし、怪物の笑みを浮かべながら、僕のみじめな姿を見ている。
みんなにとって、僕という存在は何だったのか。そのことについて初めて気がついた。
今日とった麻薬入りの朝餉は、家畜の肉をきめ細やかなものに仕上げるものだ。僕が今日まで生かされてきた訳は、
豚を太らせる理由と同じものだ。
僕という存在は、みんなにとって牛や豚と同じだった。
杉の木よりも高く引き上げられ、僕は夜空に己の裸体を晒した。もうそろそろ夜が明けそうだ。
大の字に開いた身体の隙間を風が吹き抜けていく。脇や股間をくすぐられ、僕は寒気を感じた。
二十日間勃起したままのペニスがひりひり痛む。
僕の村と、隣の村が両方見える。隣村は五回目の龍神祭をしているところらしく、松明の炎が通りを照らしていた。
やぐらの方から男たちが手を伸ばしてきた。陰茎に触れる。
「ああっ!!」
思わず声が出た。先走りが泉のように先端から溢れ出る。触られている部分から波動のように快感が昇ってくる。
「ほう、しっかり精をこさえて蓄えたようだな。」
「キイチ、これからお前を戒めている縄を切る。その時、お前は全ての精を残らず解き放つだろう。気をしっかりと保つんじゃぞ。」
両方のやぐらから鋏を持った男たちが身を乗り出し、僕の男根を結わえているしめ縄に刃をかけた。
何が起ころうとしているのかわからない。それを切ればどうなるというのだ。
「それ、お前がこさえた種汁の舞い飛ぶ様子を、いまこそ風神様にお見せするのだ。」
睾丸と陰茎を縛っていた二つの縄が、双方のやぐらからきた鋏で同時に切られた。
突然、ペニスが一回りも二回りも大きくなり、腹の奥から熱いものが浮かんでくる。
「あああああ!っああああああああっ!!!???」
数珠つなぎになったたくさんのガラス玉を、無理やり尿道から引きずりだされているような感覚だった。
狭い尿道が精子の塊によって裂ける。とても気持ちいいものではない。
どうやら暗示をかけられていたらしい。縄を切ると、蓄えた精子を全て射精するよう、縄締めの儀式で
無意識に刷り込まれていたようだ。
僕は大の字で拘束されたまま、夜空の星を目掛けるように射精していた。
唯一自由に動かせる陰茎を、腹にぶつけては下に振りおろし、何回も上下しながら激痛に泣き叫んだ。
僕の性器からは、蜘蛛が糸を吐くように精液の一本線が途切れなく飛んでいった。
波打つ白い曲線を描きながら、僕の精子は周辺の木々にこびりつく。
「助けてっ!誰かっ…父さん、母さん、誰かっ…いやだああああ!!」
「よーく噛み締めろ。お前が人生で最後に味わう男の喜びぞ。」
冗談じゃない。これの一体どこが男の喜びなどであるものか。
両の玉が叩きつぶされたように痛い。今朝食べた玄米を鈴口から吐いているような、苦痛に満ちた射精だ。
しかし、激痛もやがては収まる。その痛みにかき消されていた怒涛の快感が、僕の腰を震わせ始める。
一打ち、一打ちごとに尻の奥が快楽の振動を放つ。
「ああっ、はああーーーっ、あーあーああーーっ!!?」
「おお!風神様がキイチに触れられた!」
涙越しに見える僕のペニスは、蜂にさされたかのごとく真っ赤に腫れていた。
燃える身体を一陣の風が吹き抜ける。生温かく、ぶよぶよとして、まるで生きているかのような
気持ちの悪い風だった。
突風にあおられて、二つのやぐらと僕をくくり付けた柱が揺れる。下にいる人たちが慌てふためき、
木の陰に隠れていく。
大きな腕に、身体を掴まれている感覚があった。その主は透明で姿が見えない。
僕は神とやらによって品定めを受けているのだろうか。
精液の残りかすを吹きだし続ける僕のペニスが、風に揺れる。
「よし、今こそ我らの手によって、キイチの〝男〟を風神様に捧げようぞ。」
村長の声が風の音の中で聞こえた。
いよいよ僕は、この馬鹿げた儀式によって、男である誇りを失う。
気がつくと、隣村の方から朝日が昇り始めていた。隣村の様子がよく見える。何人かがこちらの方を指さしている。
なにか叫んでいるようだ。
隣村の外れの方に、小さな小屋が見えた。そこからも何人か人が這い出てくる。何故か、そのうちの
一人の顔に見覚えがあった。
こんな高い場所から、地上にいる人間の顔など判別できるはずもないのに、僕はそいつの顔が良く見えていた。
あいつだ。思い出した。同じ学校のアカシとかいういけすかない奴だ。
あいつにも僕の顔が見えているのだろうか、心配しているような、泣き出しそうな表情をしている。
彼もまた、もう男性ではないことが自然と理解できた。
神男になったもの同士の奇妙な繋がりでもあるのだろうか。全く非科学的な話だ。
そんな不思議な体験をしているうちに、僕の股間でかちりと金属音がした。
村長と重役の一人が双方のやぐらから、二つの大鋏を用いて勃起した僕の男性器を刈り落とそうとしている。
「さあ風神様、この男の精気滾る器を、どうかお受け取りくだされ。」
左右から刃が締まってくる。切断されることに抵抗し、肉棒はより硬くその身を引き絞る。だけれど鋏は僕の肉を裂き、その象徴を確実に絶やしていく。
「ぎ、ぎゃあああああーーああーー!」
悲しい苦痛が全身を傷めつけてくる。頭の中で、父さん、母さんを何度呼んだだろうか。
しかし脳裏に浮かんでくるのは、磔にされて今の僕のように去勢される父の姿だった。
父さんの存在を、この惨劇の台から感じる。親子二代にわたって、僕らは村の為に殺されるのだ。
刃が回っている。僕の男根は三分の二ほど、既に海面組織を裂かれ、血を吹いている。
本当に、螺子を回すように鋏を回転させ、僕の男性器は喰いちぎられていく。
なんという連携のとれた動きだろう。人間を去勢するというのに、畏怖やためらいを全く感じさせない。
この村の人たちは悪魔だ。
「なんという肉の締まった棒きれじゃ。キイチ、もっと力を緩めて我らの刃を受け入れろ。」
「もうすぐ大事な魔羅ともお別れだぞ。それ、最後の筋じゃ。」
光が目の前で弾けた。腹を打ち付けていた肉棒の感触がすっ、と消えた。
腹の下からペニスの重さがとつぜん感じられなくなった。
見なくてもわかる。僕はついに男でなくなったのだ。
村のみんなが僕を見ている。隣村の連中も朝もやの中、目をこらして僕を見ている。
僕はただ、悲鳴も泣き声もあげず、静かに去勢の瞬間を迎えた。
全てが終わって、僕の身に激しい羞恥心がよみがえってくる。
ペニスがないことがとても恥ずかしい。生物として終わってしまった自分を肯定することができない。
身体から血が抜けていく。意識が泥沼の中に引きずり込まれていく。僕は磔刑に処されたまま
闇の中へと昏倒した。
身体が横倒しに浮いているようだった。僕は死んだのだろうか。
目を開けると、そこは見知った部屋の中であった。サユの家の仏間である。
外は台風でもきたかのように大荒れ模様だった。雨の音がうるさい。
サユが僕のそばで手を握っていた。僕は裸で、股間に厚い包帯を巻かれて横たわっていた。
「あんたのおかげで雨、降ったよ。」
サユが小さな声を発した。僕は身ぶるいする。
まだ僕はこの村に生かされるのか。神の生贄として男根を失い、それでも家畜として生かされ続けるのだろうか。
サユもそれを望んでいるのだろうか。
「縄締めの日、具合悪そうにしてたの覚えてる?…あたし、お腹洗われちゃったんだ。」
熱いものが頬に落ちてきた。サユの冷たい黒髪が額を撫でる。
「…あんたの子、産んでみたいって、思ってたのになあ…。」
近づいてきたサユの顔は、割れた鏡のようにくしゃくしゃだった。強気で勝気で男勝りのはずのサユが、
僕の前で泣いていた。
今度こそ、僕は何かを言おうと口をもごもご言わせた。股間の傷に、雨音が響いて痛みがぶりかえす。
言葉は喉につっかえて出てこなかった。僕にはもう、可哀そうなサユの想いに応えることができない。
僕とサユが男女の関係に至ることは、もはや不可能なのだから。
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投稿:2011.09.18
隣村の風神祭
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