夕闇の迫る街中を、男は歩いていた。二枚目といえるほどではないが、それなりに人好きのする顔立ちだ。いかにも安全そうな顔、というのだろうか。少し垂れ気味の愛嬌のある目には、他人に警戒心をいだかせない何かがあった。
男は薄暗い公園に足を踏み入れた。昼間は子供や主婦が集うにぎやかな場所だが、この時間になると、途端にぐっと人気が無くなる。緩めたネクタイの隙間から寒風が忍び込んで、男は首筋に鳥肌を立てた。太い首を縮めて肩をいからせる。
公園の中央に女がいることに、男は気づいていた。誰かと待ち合わせでもしているのか、ブランコ脇の柵にもたれかかるようにしている。視線を落としていた男は、秋風に挑戦するかのように短いスカートからスラリと伸びる脚を、さりげなく見定めた。
悪くない。
男は頭の中で計算を始めた。どちらかと鈍そうに見える瞳の奥で、幾通りもの『狩り』のシミュレーションが行われる。女の顔は長い髪と夕闇にまぎれてよく見えなかったが、それでも、赤く形の良い唇が、ゆっくりと開くのがわかった。
腕時計を眺めていた女が一歩男に近づき、遠慮がちに声をかける。
「…あの、すいません。ちょっと時間をお尋ねしてもよろしいですか?」
男は困惑した表情を浮かべながら、心の中でほくそ笑んだ。
しめた。『獲物』の方から声をかけてきたぞ。
女は、透き通るような声で言い訳をした。
「私の時計が合っているのか、確認したくって」
男はクスリと笑った。
「待たされているのかい?」
「ええ、少し」
男は時刻を読み上げる代わりに、女の手元に自分の腕を突き出して女と自分の腕時計を並べた。
「時間は同じだね。どうやら悪いのはキミの彼氏で間違いない」
二人の手元を覗き込むようにして顔を寄せた男は、鼻をくすぐるような甘い香りをかいだ。女は小首をかしげながら男の時計を確認すると、物憂げなため息をついた。
「そうみたいね。しょうがない人だわ」
胸元は露出してはいないが、ふくよかなラインは隠し切れていない。男はさりげない風を装って女との距離をつめていった。
「僕ならこんな美人を待たせるなんてことはしないけどね」
「あら、お上手ね。お世辞はだめよ。私、勘違いしちゃうもの」
女はまんざらでもなさそうに笑う。
「どうだい、そんな見る目の無い男は放っておいて今からでも僕に乗り換えないか? 二人で一緒に飲みにいこうよ」
女は少し考える素振りを見せた。
「そうねぇ、後五分待っても彼が来なかったら、そうしちゃおうかしら」
男は無邪気に見える目を輝かせた。
「じゃあ、僕も五分だけ、ここで待たせてもらおう。君の彼が来ないことを祈りつつ」
「私も来て欲しくない気がしてきたわ」
二人は笑った。プシュ、と何かの音がする。男の鼻をまた甘い香りがくすぐった。
甘い、甘い香りが…
男の視界がぐらりと歪み、男は尻餅をついて地面に転がった。喉の奥から呻き声を上げつつ、男は近づいてくる女のスカートの中を見上げた。白いレースが秘密の花園を覆っている。
「大丈夫ですか?」
女の手には香水のビンのようなものが握られていた。匂いの元はそれかとどうでもいいことを考えながら、やがて男の目は何も写さなくなった。女は軽く男の頬を叩いて男を呼ぶ。
女は男が返事をしなくなったことを確かめると、応急処置をはじめた。顎を持ち上げて気道を確保し、ネクタイとベルトを緩める。女は男の懐を探り、財布を取り出して中を見た。入っていた免許証の名前と写真を確かめる。
「もしもし? どうなさったんですか?」
女はあたりを見回したが、薄暗い公園に人通りは無い。女は自分のハンドバッグに手を伸ばし、中から携帯電話を取り出した。
そして、右手で電話を操作しながら、左手を男のスラックスに伸ばす。女は素早く股間のジッパーを引きおろすと、細い指を中へ差し込んだ。そして、汗に蒸れたトランクスの中から、手際よく浅黒い肉棒を引き出す。縮れた陰毛に覆われた睾丸が窮屈そうに金属製のジッパーに乗る。女は、性器を露出させて転がっている男の写真を撮った。女の唇の端が小さく持ち上がる。
女がふたたびハンドバッグに手にしたとき、後ろから女に声がかかった。
「どうしたのかね?」
女が振り向くと、そこには巡回中の警官の姿があった。力なく横たわる男を見て、警官は女に目を向ける。
「すみません、友人が飲みすぎてしまって」
女はボソボソと答えた。
「こんな時間から?」
警官は男の顔に再びライトを当てた。呆けたような顔つきの男は、わずかに涎を垂らしながら、中空を見つめている。年の頃は20代半ばか30代、見たところは会社員のようだと警官は見当をつけた。
ふと年配の警官は、女が何かを隠すようにハンドバッグを持っていることに気づいた。警官が首を動かして覗くと、男のズボンのファスナーが開けられて、陰茎がそそり立っている。眉をひそめて女に目を向けると、女は顔を隠すようにうつむいて、頬を赤らめる。
「こんなところで、こんなことをしちゃいかん」
「…はい」
「…まったく最近の女は…」
若い娘がけしからんと、口中で呟く警官の顔面に、スプレーのようなものが吹き付けられた。突然のことに思わず息を吸ってしまった警官は、頭が痺れるような、甘い香りをかいだ。
なにをする、と言おうとした警官の口は、パクパクと開閉した後、ダラリと緩んだ。先ほどの男と同じように、地面に尻餅をつき、柵にもたれかかるように座りこむ。
それから女は、横たわる男のほうへ戻って、バッグの中からナイフと小さな水筒を取り出した。そして、ナイフの先を男の陰嚢にあてる。
ためらい無く刃が引かれて、袋の底が切り裂かれた。流れる血液にも構わず、女は男の睾丸を搾り出した。いびつな楕円形の組織が、ブラブラと揺れる。女は慣れた様子で精索を切り離すと、二個の睾丸を水筒の中へ落とした。ポチャリと音がして、白い玉は吸い込まれるように消えていった。
女は出血にもかかわらず勃起している男のペニスを手に取った。亀頭の根元に皮を切った跡がある。女は爪先をそこへ食い込ませた。そして、ナイフを皮膚の色の境に当て、一息に先端を切り落とす。
ブルリと男の身体が震えて、先ほどとは比べ物にならない量の血が噴き出す。女は指先で少し弾力を楽しむと、その肉片も水筒に収めた。そのまま男を放置すると、今度は警官に近寄る。反応が無いことを確かめると、制服の股間を解き放った。若い男とは異なる使い込まれた色合いの性器が力なく垂れる。
「巡査部長さんなのね」
女は警官の懐から警察手帳を抜き取ると、やはり相手の顔と恥部とを写真に撮った。数回扱いても勃起しないことを確認すると、時間を惜しむように陰嚢を切り開く。合計四個の精巣が水筒に収められると、女は警官の包皮を剥いた。棹の部分より淡い色合いの亀頭が、冷気にさらされ縮みあがる。女は微笑を浮かべながら、皮に隠れていた部分を切り取った。
『狩り』を終えた女は、収穫物を飲み込んだ水筒を振って中の音に耳を澄ませた。そして微笑みながらその水筒をしまいこむと、風のように去っていった。後には、情けない格好で局部から血を垂れ流す二人の男が、呆けた表情で取り残される。警官の膀胱が緩んで尿が迸った。つられるようにもう一方の男も失禁する。
冷えた空気に血と尿の匂いが漂った。しかし、その中にまぎれて、ほのかに甘い香りが…
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投稿:2011.10.24更新:2011.10.24
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