腐れ縁とはよく言ったものである。
佐々陽子と木幡健二がまさにそうだ。
通りを隔てた向かい同士の家に住み、同じ保育園でお遊戯を習い、そのまま小学校へ上がった。
家族ぐるみのつき合いで、陽子と健二はいつも一緒に遊ぶ機会も多いが、だからといって、仲がよいということにはならない。
互いの性格に折り合いがつかないのか、何かと競い合ってしまう。駆けっこ、鬼ごっこ、隠れんぼ。ほかにも相手がいるだろうに、なぜか、最後は1対1での勝負に変わってしまっている。
缶蹴りでさえもそうだった。初めのうちこそ、みんなでわあわあ楽しく走りまわっているのだが、しばらくすると、ささいなことからケンカが始まる。
陽子がオニになったときのことだった。最後まで捕まらなかった健二が、茂みの陰からパッと現れた。
「健二くん、みーっけ!」陽子はそう叫ぶと、缶の置かれている場所へ走った。
健二も夢中になって追いかけてくる。けれど、陽子のほうが缶に近い。余裕でたどり着ける。
「ちっくしょーっ」健二は必死になって地面を蹴った。しかし、とうてい追いつけない。
「はい、踏んだぁっ!」陽子は缶に、タンッと足を乗せた。
ところが、健二は思いがけない行動に出た。
「見てねーよ、ばーか」そう言うと、陽子の足の下にある缶を、力いっぱい蹴り飛ばしたのだった。
缶の上に体重をあずけていた陽子はたまらなかった。はずみで後向きに転んでしまい、後頭部をパックリと切ってしまうケガをした。
夕方、健二の母が本人を連れて謝りに来た。一見、しおらしい健二だったが、詫びた頭を上げるとき、陽子にだけわかるよう、ベーッと憎まれ顔をしてみせた。
たんなる負けず嫌いだったのが、この瞬間から決心へと変わった。絶対、健二にだけは負けるものか、と。
中学校でも、陽子と健二は同じクラスだった。
初めての中間試験で、健二は1番だった。不覚をとった陽子は、悔しさをバネに、ひたすら勉強に励む。
成果はめざましく、期末試験では学年で最高という栄誉を手にした。
面白くないのが健二だ。血の滲む努力をし、寝る間も惜しんで、再び、頂点に返り咲いた。唇を噛んで堪えしのび、さらなる高見を目指す陽子。
両者は、3年もの間、順番に王者の杯を飲み、そして敗者の卑しめを味わった。勝つか負けるか。中道など、まったく考えられなかった。
品行、成績ともに町の隅々まで評判となっていた2人だが、高校へ進学してからはがらっと変わった。
優等生だったことへの反発、と言えば世間にも通りやすい理屈だが、そう簡単な話ではない。もろもろの成り行きが運わるく重なって、健二は、いわゆる「わるい仲間」とつるみだした。あげく、自ら中退し、今では大勢の不良を引きつれて町を練り歩くようになっていた。
陽子もまた、その界隈では知られる、レディースの総長として名をはせる。健二にライバル意識を燃やしてのことか、はたまた偶然か。どこからどこまでも、似たもの同士だった。
健二率いる「ハード・バット・ボーイズ」と、陽子らの「JKS48」は年中、ぶつかり合っていた。
それぞれのメンバーがばったり出くわせば、たとえ繁華街の人混みの中であろうと、騒動が勃発した。
ハード・バット・ボーイズの連中は、相手が現役女子高生であろうとおかまいなしに、殴る、蹴るをいとわない。
一方のJKS48にしたところで、木刀やカナヅチは常に持ち歩いていて、いざ、ことが起これば、躊躇なく振りまわす。また、敵が男だという有利な条件を見逃さず、容赦なく、急所に狙いを定めるのだった。
しばしば、双方に大小、ケガ人が出ては、救急車が呼ばれる始末だ。そのうちに死人が出るのでは、と周辺の住民は危惧していた。
とうとう、大規模な抗争が起こった。
相当数、けが人も出た。余力のあるものは、相手を捕虜としてそれぞれのアジトに連れ込んだ。
陽子はたまげた。なんと、その1人があの健二だったからである。
「年季が入ったもんだな、健二」縛られ、転がされている健二を見下ろして言った。
「ドジったぜ。このオレが捕まるとはな。この日を忘れるなよ。次はお前を引っ張っていって、みんなして廻してやるからな」健二は言い返す。
「忘れないよ、ずっとな」
陽子は健二を立たせ、手下2人で、左右から押さえつけさせる。、
「缶しるこ買ってきてくれ」陽子は、手空きの者に頼んだ。「なけりゃ、缶ポタージュな」
ほどなく缶しるこを持って帰ってきた。陽子はそれを持って後ろに下がると、地面に置いた。
「缶けりの続きをやろうぜ。決着をつけてやるよ」
そう言うと、缶を蹴った。
缶はクルクルと回転しながら飛んでいき、健二の股間にめり込んで落ちた。
「ぶふっ!」目をむいてえびぞる健二。
缶を拾ってこさせ、もう一度蹴る。またしても、寸分たがわず、命中した。
「ま……待て。わかった、オレの負けだ。降参するよ。だから、もう、勘弁してくれ」あまりの苦痛に、健二は白旗を上げた。
陽子はボコボコにへこんだしるこの缶を手に取ると、プル・トップを起こした。
「ほら、遠慮せずに飲めよ。すっかり、冷めちまったけどな」
健二はヘラヘラ笑いを浮かべながら、陽子にしるこを飲ませてもらった。自身の大事なところを何度も痛めつけた、憎き缶のしるこを。
空になった缶を手に、陽子は仲間に命じた。「こいつのパンツを脱がせな」
「お、おい。よせよ、やめろって!」
手下は手早く、健二のパンツを引きずり下ろす。腫れ上がった陰嚢と、しなだれたペニスがあらわになる。
陽子はペニスを無造作につまむと、たばこの吸い殻でも捨てるように、しるこ缶の飲み口にねじ込んだ。
「っつう。おい、やめろ。切れちまうよっ!」
陽子は胸元を広げると、フロント・ホックをポチッと外した。ツンと反った乳房がはじけ、健二の目のまえに現れる。驚きながらもくぎ付けになる健二。その顔を引き寄せるようにして、そっと自分の唇を重ねてくる。
「えっ、あ、おい……」健二の下半身を、熱いものが込み上げる。海綿体が血液を吸って、一気に膨張する。「痛っ……痛てぇようっ。ちくしょう、こんなときに——」
缶の底が天井を向いて、ビクン、ビクンと震えている。飲み口のまわりには、小さな血の玉が数珠のように並んでいた。
「退院したら、『ハード・バット・ボーイズ』なんて名乗れなくなっちまうな。お前も今日から、座りションベンだ」
陽子は、思いっきり缶を蹴り上げた。
赤い筋を宙に描き、天井高く飛んでいく。
健二は絶叫した。叫んで、喚き散らし、子供のように号泣した。
缶は景気のいい音を立てて落ち、何度も弾んだ。カラン、カランと転がり、壁に当たって、ようやく止まる。
陽子は壁まで駆けていくと、
「健二くん、みーっけ!」
缶を、容赦なく踏みつぶした。
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投稿:2011.12.14更新:2014.07.27
缶けり
著者 豆ぽん太 様 / アクセス 10941 / ♥ 0