「高月先生」
声をかけられて振り向くと、古株の先任教師がオイデオイデしていた。
「一緒に食べましょう」
「はい、ではお言葉に甘えて」
ちょうどそろそろ食事にしようかと思っていたところだったので、素直に呼ばれていく。彼の開いた弁当箱には、バランスの整った料理がきれいに詰め込まれていた。
「大島先生は愛妻弁当ですか?」
「いやあ、残念ながら自前ですよ。教師の朝は早いもんだし、なまじ自分で作れるものだから、嫁さんも作ってくれる気には、ならんようでね」
そういって少し恥ずかしそうにつるりと顔を撫でる。彼の意外な几帳面さに私は驚いた。
「へえ、そうなんですか。僕も見習わないといけませんね」
「まあ、コンビニのおにぎりよりは健康的ですよ」
ハイどうぞ、と、弁当箱のフタの上におかずを少し取り分けて渡され、私は恐縮しながらいただくことにした。プチウインナーにうずらの卵とこんにゃくが、小さなおでんのような形で楊枝に刺さっている。可愛らしさより、笑いを取った『男のセンス』の料理だ。ちゃんとこんにゃくの中まで味も染みこんでいる。
「どうですか? この学校は。もう慣れましたか?」
一瞬料理の話かと思って、美味いと答えかけたが、台詞を噛み潰して新しく用意する。
「まだ緊張が取れませんね。僕自身は貧乏育ちでしたから」
この全寮制のお金持ち学園には、まだ赴任して一月程しか経っていない。見るもの全てに金がかかっていて、どうにも落ち着きが悪い。薄汚れた校舎と穴の開いた鞄が、懐かしく思えた。
「私も最初はそうでしたよ。でもすぐに慣れます。私達とは住む世界が違うんだとわかっていればね。テレビで芸能人を見ているようなもんですよ」
「なるほど…」
確かにそういうものかもしれない。下手に自分を同化させようとするから、浮くのだ。別の世界の住人と割り切って付き合えば、気にはならないのだろう。
本質的な部分では、私の暮らした学校も、ここも大差はない。私達には私達の、彼等には彼等の環境があって、子供なりにそれぞれの群れの中で、集団としての社会を構築しているのだ。
「た、助けてぇ!」
悲鳴が聞こえて私はそちらに顔を向けた。私達が食事を取っている校庭の木陰から、少し離れた場所で、少年が一人、女生徒達に取り囲まれていた。
彼女達の制服から、高等部のエリートクラスであることがわかる。一族代々がこの学園の卒業生で、この国の中枢を支配している、いわば貴族連中だ。
対する少年の方は、ぎこちない学生服の着こなしから見て中等部の一般新入生だろう。声を上げたのは、明らかに青ざめて震えている彼のほうだ。もちろん彼だってこの学園に入学した以上、金持ちには違いないのだが、どの世界にも上下関係があり、その差は上へ登っていくほど大きくなるのが常だ。彼では有力な後ろ盾を持つ彼女達に歯向かう事は出来ないだろう。
「黙りなさいよ!」
一人の少女が少年の急所に蹴りを入れた。少年はくぐもったうめき声を上げると、股間を押さえてうずくまり、涙ぐんだ。
ふと、取り巻いていた女子の一人が周辺の様子をうかがい、私達と目が合う。
私も、隣の先任教師も、彼女達を刺激しないように視線をそらした。私達ごときの立場では、彼女達の行為に口の挟みようもない。
『安全』を確認した彼女達は、本格的に獲物の調理を始めた。震える少年自身のハンカチを使って猿轡をはめ、声を封じる。そして、少年のベルトを引き抜き、後ろ手に縛り上げた。股間の痛みに身動きが取れなくなっている少年は、暴れることもなくされるがままになっていた。
愚かな事だ。今のうちになりふり構わず逃げ出してしまえば、女達は別の獲物を探すだろうに。生き残る知恵を持つ者だけが生き残る、それがこの世の理だ。
少年のズボンと下着が足首まで下げられた。今になって少年はもがこうとするが、少女の一人に鳩尾を殴られてまた大人しくなる。
「何、このダサいブリーフ。信じられない」
「一般の子はこういうの穿くのよ、成り上がりは見えるところしか飾らないから」
それでも、そのダサいブリーフが、私の穿いている安物トランクス百枚分より高い、シルクの高級ブランド品であろうことは、見ても確認できないだろうが容易に想像できる。
「まだ剥けてないのね。可愛いじゃない」
「昨日の子の方が大きかったわよ」
性器を丸出しにさせられて、異性に評価されている少年は、顔を真っ赤にしながら太ももを閉じて突起物を挟み込んで隠そうとし、その度に少女達にビンタを食らっていた。
二次性徴が出始めたばかりで、陰毛も生えそろっていない。身長はそこそこあるが、縮こまってぶるぶる震える色の白いペニスは、少年の幼さをはっきりと示していた。
校庭には他の生徒達もいた。しかし、何も気づかないようなフリをしながらそれぞれの時間を過ごしている。彼らは、今の少年が獲物になっている限りは、自分は安全だと知っているからだ。
「隠すなって言ってるでしょ! 生意気な子ね!」
彼女達は少年を引き倒して馬乗りになった。リーダー格の少女がチキチキと音を立ててカッターナイフを取り出す。
「お仕置きがいるんじゃない?」
もし、彼女達がここでこの少年と性行為に及ぼうというのであれば、(彼女達の保護者から監督責任を問われるため)私達としても止めないわけにはいかなかったが、明らかに今の場合それはない。だから私達は、少女が少年の陰嚢に切り目を入れていくのをただ見ていた。少年が悲鳴を上げる。
「なんてこった、金玉を抉り出してやがる」
私がポツリとつぶやくと、隣の先任教師がそれに答えた。
「珍しいことではないんですよ。生殖器の破壊というのは、こういった閉鎖環境では、上下関係の確認として非常によく見られる行為なんです。世間では誰も表立って口にしようとはしませんけどね。私もここで働いてそれなりに経ちますが、同じようなことは毎年起こっています、人を入れ替えてね」
「ええ、聞いたことはありますが、見るのは初めてで…」
年の離れた同僚は、のんびりと冷静に解説した。
「あの子達、ずいぶん手馴れていますね。連携が上手い。これが初めてじゃないんだろうな。暴れられても自分達が傷つかない位置にまわって、それぞれ急所を押さえてます」
しわのよった袋から青白い睾丸が引きずり出され、切り離された。地面をコロコロと転がっていく。少年の身体がブルリと震えた。
「やだ、ちょっと汚い!」
少女の一人が悲鳴をあげた。血か尿か、それとも他の体液か、何かが自分にかかったのかもしれない。とにかく彼女は苛立ちを交えて、少年のペニスを蹴りつけた。
先端の皮が剥けて真っ赤な亀頭がのぞく。勃起しているのか。生物としての本能だろう。リーダー格の少女はニヤニヤ笑いながらその肉棒を指先でつまんだ。
「いい? ちゃんと押さえててよ、1、2の3でいくからね!」
冷たい刃を陰茎の根元に押し当てられて、少年はさらにもがいた。途端に喉や鳩尾に強烈な一撃が加えられる。
血液が飛び散ることを予測してか、いつでも逃げられるように、彼女達は腰が引け気味の姿勢で少年を押さえ込んでいた。そして、刃を持つ少女の明るいカウントとともに、まだ、童貞であろう少年のペニスは、一息で切り離された。
血がどっと噴出し、いっせいに少女達は汚れの届かないところまで離れた。キャッキャと楽しそうに笑いながらはしゃぎまわる。
「どうしよう、持って来ちゃった」
少女が切り取った肉片を笑いながら指先につまんで見せびらかす。
「やーだ、捨てなよー、汚ーい」
「アヤ、あげる!」
「いらないわよー」
結局、少年の一族の血筋を伝えるための宝は、子種の詰まった玉と同じように地に投げ捨てられた。少女達は、縛られたままの少年をかえりみる事もなく、その場を去っていく。
少年はしばらく呻いていたが、やがてピクピクと痙攣するだけになった。
「ああ、気を失ったかな。やれやれ、もっと早く気絶していれば、痛い思いをせずに済んだのに、間の悪い子だ。可哀想に」
「あのまま置いていて大丈夫ですかね?」
「清掃の係の方に何とかしていただけるでしょう。私達の仕事じゃない」
「そうですね、わかりました」
少し食欲を無くした様子の私を見て、彼は静かに微笑む。
「驚かれましたか?」
「ええ、正直言って少し怖いです」
「わかりますよ。でも大丈夫、一定の距離さえ保っていれば、私達は安全です。ちゃんと危険な区域に踏み込まないようにさえ気を配れば、あの子達は我々を無視してくれます。もっと捕まえやすい獲物がいますからね。ただ、あまり接近しすぎてしまうと、我々のような弱い立場の人間はひとたまりもありませんから、それだけはくれぐれも注意してくださいね」
「はい」
余計な口出し、干渉は無用。私は素直に先達の忠告に頷いた。さっさと食事を終わらせようと手元を見て、串刺しの卵とウインナーに目が止まる。なんとも象徴的な取り合わせだ。
大島先生も、串を持って躊躇している私を見て、苦笑する。
「そろそろ次の授業の準備をしないと間に合わなくなりそうですよ」
「そうですね」
私は一口で男性器を思わせるそれを口に入れ、噛み砕いた。例のごとく、味は素晴しい。が、同時に自分の局部にも鈍痛が走った気がした。
横目で見やると、くたびれた作業服を着た男達が少年を抱えて連れて行こうとするところだった。
切り取られた性器はどうなるのだろうと眺めていると、男の一人がそれを拾って自分のポケットにしまいこむのを目撃してしまった。顔を上げた男と私の視線がぶつかる。
男は照れくさそうにニヤリと笑うと、同僚達とともに、少年を運ぶ作業に戻った。
「高月先生」
呼ばれてハッと我に返る。
「いきましょう、休み時間が終わります」
「今行きます」
私は、小走りで彼の後を追いかけた。
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投稿:2011.12.20
学園サバイバル
著者 自称清純派 様 / アクセス 13217 / ♥ 2