人の記憶から忘れ去られたこの遺跡の奥には、四本の石柱に囲まれた祭壇があった。古ぼけた台座には、龍のレリーフと古代の文字が掘り込まれている。
女は指先をその文字に這わせて、今一度その内容を反芻した。
「マチルダ、どうすればいいんだ?」
覆面をかぶった男が、落ち着きの無い声で尋ねる。
「縛り上げた腕を、ロープでその柱に縛り付けて頂戴」
女は覆面男に振り向いて言った。覆面男は頷くと、慌しく「荷物」を引きずって、祭壇横の石柱に吊り上げる。「荷物」が暴れるので、覆面男は腹を殴っておとなしくさせた。
「脚も開いて柱の裏から繋げて」
「わかった」
従順な助手はガムテープで幾重にも巻かれていた足首の片方にロープを結ぶと、石柱を回りこんで逆の脚に結びつける。
「もっと大きく開いて」
マチルダの声に従い、覆面男は両脚を束ねていたテープを外す。隙を逃さず暴れようとした相手の顔面にマチルダは平手打ちを食らわせた。弾みで口を塞いでいたテープが外れる。
「このクソアマ! こんなことしてただで済むと思ってんのか! ブッ殺すぞ!」
「おだまり!」
もう一発顔面をひっぱたく。マチルダの夫、ジャックは喉の奥から唸り声を響かせながら、憎しみをこめた目で妻を睨みつけた。これ以上の拘束をさせまいと暴れながら罵詈雑言を投げつける。
覆面男がジャックの股間に膝をめり込ませた。鋭く息を吸い込み顔を歪めた夫の口に、あらためてテープを貼り付ける。苦痛にワナワナと震える脚を、今度こそ大股開きで固定すると、覆面男は立ち上がって振り向いた。
「マチルダ!」
「チャールズ!」
覆面を脱ぎ捨てた愛人は、汗に濡れた金髪をなびかせながら、マチルダと熱烈な抱擁を交わした。言動を封じられた夫の目の前で、唾液の糸を絡ませる。お互い以外何も目に入らぬ様子で肉体をまさぐり合う二人の背後から、足音が響いた。
「マチルダか? こんな時間にどうして…」
祭壇の石舞台に顔を覗かせた壮年の男は、抱き合う二人を見てぎょっとした顔をした。
「パパ…」
「博士、何故ここに…」
娘の抱きついている男が、婿ではなく若手の助手であることを見て取ると、彼は眼鏡の奥で目を瞬かせた。そして、脇の石柱にその婿が吊るされているのに気付いて、パクパクと口を開閉させる。
「いったい何を…」
とっさの判断が一番素早かったのはマチルダだった。彼女はポケットから取り出した壜の液体をひっくり返してハンカチを濡らすと、それを持って父親に駆け寄り、顔に押し付けた。それを見たチャールズも急いで後を追い、抵抗しようとするボスを押さえつけた。
これが見知らぬ相手であったなら、もっと警戒をしていただろうが、まさか我が子に襲われるとは思いもしなかったのだろう。何が起こっているのかも把握しないまま、博士は意識を失い、ぐったりと脱力して倒れた。
「チクショウ、どうして博士がここに!」
怯えた表情で神経質に騒ぐチャールズとは対照的に、血を分けた娘であるはずのマチルダは、冷静な様子で静かにするよう合図を送った。
「私が呼んだのよ」
「なんだって! どうしてそんな!」
「こんなに早く来るとは思わなかったの。待ち合わせは一時間後だもの」
「そうじゃない! 呼んでどうするかと聞いているんだ!」
マチルダは感情を読ませない透き通ったブルーの瞳で愛人を見つめた。
「必要なのよ。生贄の一人は血の繋がった男でなければいけないの」
「じゃあ…まさか君は…最初から自分の父親を?」
「私達のためよ、チャールズ。私達が結ばれるにはこれしか方法が無いの」
目を合わせて囁かれた青年は、震える唇を噛み締めると、コクコクと自分に言い聞かせるように何度も頷いた。
「さあ手伝って。パパとこの子も吊るさなきゃいけないわ」
マチルダが示す方向には、怯えた表情の少年が、縛られて転がされていた。名前も知らない現地雇いのポーターで、身体だけは思春期を迎えた程度には成長しているが、顔つきはまだまだあどけない。この少年が選ばれたのは単純に、調査隊の中で一番小柄で攫いやすかったからだ。この子に限っては、他の誰かでも代用できた。だが、他の生贄はそうはいかない。条件を満たす男を手に入れるのが難しい。
二人は博士と少年も、ジャックの様に柱に吊るした。チャールズが空いた一本の柱を振り返って、マチルダに尋ねる。
「もう一人生贄がいるんじゃないのか?」
マチルダは荷物の中から木箱を持ち出しながら答えた。
「大丈夫よ。ちゃんと足りてるわ。その子はパパと違って、もしものときの数合わせだもの。大事なのは他の面子よ。それさえちゃんと条件を満たしていれば、儀式は成功するわ」
遺跡の古代文字を読むことが出来るのは、博士と娘のマチルダの二人だけだ。だから、調査隊とは本来無関係の夫はもちろん、助手のチャールズも、儀式の詳しい条件を知らない。
「全員のパンツを脱がして」
マチルダが木箱の包装を慎重に開封しながら言った。チャールズは一瞬ためらったが、頷いて命令に従う。足音を立てて不倫相手の憎き夫に近づくと、ベルトのバックルに手を伸ばし、ジッパーを下ろした。
しかし、すでに大股開きで固定してしまっているため、骨盤より下へはジーンズが下がらない。焦ってガチャガチャと音を立てさせるが、だからといってどうにかなるようなものではなかった。
「マチルダ、下がらない」
情けない声を上げる共犯者を横目で見やると、マチルダは鋭く指示を出して祭壇の上にナイフを置いた。
「引き裂けばいいのよ」
ナイフを受け取ったチャールズは、鞘から刃を引き抜いて、再びジャックの元へ戻る。さすがに刃物を見て、ジャックの眼にも怯えの色が浮かんだ。緊張に指先を振るわせるチャールズは、効率悪く金属のジッパーに叩きつけるように刃を振るう。滑った刃が太腿を傷つけ、血が滲んだ。ガムテープに塞がれた口から、くぐもったうめき声が洩れる。ボクサーブリーフの盛り上がりに、小便の小さな染みが滲んだ。
やがてジッパーが壊れると、ズタズタに引き裂かれたジーンズが両脚に垂れ下がった。下着も取り払って、何とか股間を露出させることに成功する。錆びた鉄のようなくすんだ赤毛の陰毛の中で、恐怖に縮こまったペニスが震えていた。それでも大きさはある。何度も浮気を繰り返したと聞く男の器官は、小汚く浅黒い色に染まっている。
チャールズは舌打ちして、ナイフでジャックの男根を叩いた。自分のモノより大きいのが悔しく、これが愛する女を蹂躙したのかと思うと許せない。切り落としてやろうかと根元に刃先を突きつけると、ジャックの下腹がきゅっと引っ込められて、相手は目尻に涙を浮かべて目をつぶった。チャールズはその顔に唾を吐きつけて、隣の柱へ向かう。勝手に指示に無いことをやるわけにはいかない。
博士とポーターの少年の下着は、簡単に脱がすことが出来た。博士はまだ意識が無かった上に、中年太りを隠す衣服は、ベルトさえ外せばだぶだぶで余裕があった。恩師を辱めるには抵抗があったが、これも愛する女の為。睾丸と比べて小ぶりなペニスは、弛緩して蛇のように垂れ下がっている。チャールズは白髪交じりの陰部をなるべく見ないように視線をそらしていた。
少年の方は安物の古着で、ナイフが無くとも千切れた程に、繊維がもろくなっていた。怯え切って身体が動かないのか、抵抗らしい抵抗も無い。漏らした小便の匂いがする下着を引き裂くと、生えかけの黒い艶のある芝生の中から、皮をかぶった性器がこぼれ出た。日焼けしたような色合いだが、隠れた部分まで均等だから、これがこの地に住む民の元々の肌色に違いない。そう思えば、包皮の先に覗く部分は、まだまだ淡いピンク色だ。割礼もまだであるからには、おそらく童貞だろう。チャールズは少し少年を哀れに思った。
「準備は出来た?」
マチルダの声に呼ばれてチャールズは振り向いた。マチルダの手には龍の顎を模った杯が掲げられている。遺跡から発掘された宝飾品の一つだ。
「それをどうするんだ?」
「龍の唾を神に捧げるための器よ」
「龍の唾?」
マチルダは、妖絶な微笑を浮かべた。杯を抱えて、チャールズの胸元に身を寄せる。
「そうよ、あなたの龍の唾」
マチルダの右手がチャールズの胸から乳首を掠めて撫で下ろし、股間の膨らみを握った。急所を細い指に掴まれて、チャールズの身体がビクリと震える。
「俺のドラゴン?」
チャールズは笑おうとしたが、緊張のあまりヒステリックな響きになった。背筋に大量の汗が滲み出す。
「大丈夫よ、落ち着いて。龍の神に私達の愛を認めてもらうのよ」
マチルダにゆっくりと性器を揉み解されて、チャールズの龍はムクムクと体積を増した。トランクスの中の窮屈さに痛みを感じるほどだ。やがてジッパーが下ろされ、潜り込んだ冷たい指が、熱く滾る龍を外へ導き出した。チャールズの陰毛は髪の金よりも濃い干草色だ。その中からマチルダの白い指が、血色の透ける肉棒をすくい上げて、扱く。滑らかな肌を滑らせるように指の輪を上下させると、チャールズは目を閉じてうめき声を上げた。尿道に先走りが滲む。
チャールズは丸みのあるマチルダの尻を抱えて、噛み付くようなキスをしながらふくよかな乳房を揉みしだいた。マチルダの着衣も脱がして中へ押し入ろうとしたチャールズを押しとめて、彼女が言う。
「駄目よ、この中」
龍のレリーフが亀頭に噛み付くような形で、股間に聖杯があてがわれた。マチルダがチャールズの局部に奉仕する姿を、夫のジャックが見ている。
龍の口の中に、乳白色の体液が注ぎ込まれた。勢い良く脈打つ男根から大量の精液が迸る。マチルダは最後の一滴までその細い指で搾り出すと、脱力したチャールズの代わりに先端を振るった。
呼吸を荒げるチャールズを見て、マチルダは聖杯を祭壇に置くと、荷物の中から缶コーヒーを引っ張り出して栓を開け、渡す。
「これを飲んで。まだ先は長いのよ」
大量の汗をかいていたチャールズは、ありがたいとそれを受け取り、一気に飲み干した。その背後からマチルダが手を回し、陰嚢を撫でさすりながらペニスを揉む。
「待ってくれ…そんなすぐには無理だ…少し…疲れた」
「じゃあ、少しだけ休んでくれていいわ。でも、次は私を楽しませてくれる番よ。忘れないで。あんまり待たせちゃ嫌よ」
マチルダはクスリと笑った。チャールズも幾分肩の力の抜けた笑みを返す。
「そこの鞄を開いて、中の物を出しておいて」
一本だけ空いた石柱の根元に、木箱が一つ置いてあった。その上に鞄が乗っている。チャールズはペニスを見せびらかしたまま歩み寄ると鞄を取り上げ、石柱に背を預けて木箱に腰を下ろし、鞄のファスナーを開いた。中から手錠や、ロープの束などが出てくる。何に使うのかと考える余裕もなく、ノロノロと中の物を引っ張り出している間に、ぼんやりと彼の視界は霞みはじめ、やがてガクリと首を垂らして眠りに落ちた。
マチルダはそれを確認して素早く歩み寄り、チャールズが倒れないように支えると、その腕を縛り上げて、ロープで吊った。そして、コーヒーに混ぜた睡眠薬の包みを捨てると、チャールズの精液の入った杯を取り上げる。
柱は四本、生贄は四人。
他の生贄からも精液を集めなければならない。
マチルダは誰からはじめるべきかと逡巡した後、ポーターの少年に歩み寄った。初心な少年はチャールズとマチルダの行為を見ただけで、勃起していた為、簡単に終わると思えたからだ。それに、うっかり器に集める前に漏らしてしまうと困る。
彼女が近づくのを見て、少年は震え上がったが、縛られた手足は動かせない。敏感な性器を握られて、喉の奥から悲鳴が上がる。杯をあてがいながら包皮を剥き上げると、ハリのあるピンク色の亀頭が飛び出すと同時に、あっけなく絶頂を迎えた。腰を震わせながら子種を注ぎ込んだ後も、若いだけあって萎えることもない。しばらく上下に擦っていると、再び全身を震わせながら二度目の吐精をした。少年の頬を涙が伝う。ポーター仲間同士の会話で聞いた通り、女の経験はないに違いない。弾力のある肉茎は、手を離しても弓なりに沿ったまま、前に突き出されていた。まだ数回絞ることは可能に思えたが、その必要はないだろうとも思う。先を急ぐべきだ。
マチルダは次に夫の元へ向かった。気は進まないが仕方ない。憎々しげに睨み付ける夫の、小汚い肉片を摘まむと、時折爪を立てながらごつごつとした表面を扱きあげる。くぐもった声を出しつつ抵抗しようとするのが感じられたが、ジャックの陰茎は首を持ち上げた。お互いに憎みあっていようとも、長年寝室を共にしたマチルダは、夫の身体を不本意ながら知り尽くしていた。冷えたベッドの中で、夫は早く射精することだけを考えながら妻を抱き、妻は早く射精させることだけを考えながら夫を扱いた。それが今、こんな形で役に立つ。三人目の生贄の精液が混ざる瞬間、悔しそうな夫の顔を見て、初めてマチルダは、夫との性的な接触に快感を得た。もう一度亀頭の根元に爪を食い込ませ、苦痛に顔を歪める夫へ鼻で笑いかける。爪の痕には少し血が滲んだ。
最後は父親だった。一番難しい。マチルダは深呼吸をして心を落ち着かせた。
考古学者である父は、マチルダと同じく古代文字が読める。だから、この龍の祭壇でどんな儀式が行われていたのかを知っている。目が覚めれば、自分にどんな運命が待っているのかがわかる。実の娘に陰部を弄られたのでは、理性が性感の邪魔をするかもしれない。そもそも、年齢のこともあって、そう簡単には勃起しない。そのため、マチルダは出来ることなら父が眠っている間に精を絞ってしまいたかった。
灰色の茂みの中にぶら下がるペニスを揉みしだく。愛人にやったように、少年にやったように。夫にやったように。それでも反応が悪い。やはり、年齢の壁は高く険しいようだ。いつまでもこうしているわけにはいかない。
マチルダは覚悟を決めて、父親の加齢臭漂う股間に顔を沈めた。舌を絡めて性器をしゃぶる。ようやく、垂れていた海綿体に芯が通った。だが、おかげで意識も覚醒してしまったようだ。うめき声を上げて首を振ったかと思うと、博士はゆっくりと目を開けた。
「うう…痛い…」
吊られて体重のかかった手首を動かそうとして、金縛りにあったように動けないことを知ると、きょろきょろとあたりを見回す。そして、開いた股間を見下ろして、ずれた眼鏡越しに実の娘が自分のペニスを咥えているのを知る。
「マ、マチルダ! 何を!」
何も考えさせてはいけないと、マチルダは吸い上げる力を強めた。
「やめなさい、マチルダ! 何をしているかわかっているのか!」
博士は暴れて娘を振りほどこうとしたが、筋肉の衰えた肉体は思うように動かない。唯一自由に動く首だけを回して、遺跡と、下半身剥き出しの三人の男と、その顔ぶれを見た博士は、驚愕の声をあげた。
「そんな…まさか…」
意識がそれた隙にマチルダは一気に攻め立てた。喉の奥に苦味が広がる。結局、実の娘であろうと、性欲には勝てないのだ。この男も、汚らわしい下種の一人。僅かに前後に揺れた腰つきを感じて、マチルダはそう考えた。
「駄目だマチルダ…」
力なく囁く声とは裏腹に、ゆるく勃ち上がる陰茎の先からは、とろみのある体液が溢れ出る。マチルダは、このままフェラチオを続けて口の中へ出されては困ると、口を離した。しかし、擦っているだけではいつまでも射精してもらえない。今の勢いでクライマックスまで運ばなければ、萎えてしまう。
マチルダは、父の肛門に指を差し入れて前立腺を探った。肥大気味の瘤はすぐに見つかり、潰すように揉むと腰がはねる。最初からこうすればよかったと思いながら、マチルダは父を追い上げた。
「止めてくれ、マチルダ…頼む、イヤだ…」
父親の言葉を無視して、マチルダは前立腺を突き上げた。一瞬、膨れ上がった亀頭からダラダラと精液が垂れる。老いた男の放精はこうなるのかと、少し感慨深く眺めながら、マチルダは四人の生贄の精液を受けた杯を、ワイングラスのようにまわして混ぜ合わせた。
「マチルダ頼む、今ならまだ何もなかったことにできる、助けてくれ、あれだけは…」
「ごめんね、パパ。どうしても私はやらなきゃいけないの」
マチルダは立ち上がってガムテープを父親の口に貼り付けた。余計なことを口走って、他の男達に余計な知恵をつけさせては困る。
しかし、一番難しいところはもう乗り越えた。四人を射精させて、龍の唾さえ集めてしまえば、後は拘束してあるのだから、無理やりにでも奪い取ればいい。龍の玉を。
マチルダは、再び少年のところへ戻った。何の罪もない無垢な少年だ。これ以上怖がらせるのも忍びない。従順な家畜のアヒルの首を絞めるような気持ちで、マチルダは少年のペニスを掴んだ。夫と父親の種を集めている間に、少年の陽根は、またしても張り詰めて上を向いている。微笑ましい限りだ。マチルダは最後の情けと、彼の性器を扱いた。
こうして握り比べてみると、一本一本のペニスがそれぞれ違っていることが良くわかる。先ほどまで掴んでいた父親のモノと違って、若い陰茎には風船のような弾力とハリがあり、しかも熱い。いとも簡単に、三度目の射精を導き出せる。もう必要もないが、せっかくだからと聖杯の中に精液を受けた。四人分の体液の溜まった杯を揺らすと、タプタプと音がする。
素早く作業を終わらせなければならない。
マチルダはナイフを手に取り、少年のコーヒー色の陰嚢にざっくりと深く切込みを入れた。痛みと驚きにもがく少年の袋の中から、目当てのものと自分の指を傷つけないように睾丸を引っ張り出す。口を塞がれた少年の叫びは、どこか遠くで響いているように聞こえた。
ステンレスの盆の上に白い卵状の塊を二個落とすと、マチルダは博士の元へ戻った。父親は、自分が何をされるのか知っている。他の生贄はともかく、マチルダが儀式を行おうとした場合、自分だけは確実に代わりがいないことを知っている。隣の少年が去勢されるのを目の当たりにして、博士は心のどこかで諦めていた。眼鏡の奥の瞳に涙を溜めながら、娘が自分の玉袋を切り開く痛みに耐える。
博士のペニスは小ぶりであったけれども、睾丸は四人の中で一番大きかった。重量のある白玉が、ドサリと少年の玉の横へ転がる。中身を抜かれた皮袋は、急にしぼんで小さく見えた。陰毛の中に埋もれて隠れてしまう程だ。
幼少の記憶から、いつも尊大で威張っていた父親が、急につまらないものになったように思えて、マチルダは、心の重荷が取れたような解放感に、喜びを感じた。
次は夫だ。マチルダはこの作業が楽しくなっていた。
ジャックは、これまで順番に男達が去勢されていくのを、震えながら見ていた。妻が、四つの睾丸を乗せた盆と、血まみれのナイフを持って近づいてくるのを見て、すくみ上がる。本能的に、自分の睾丸が縮み上がって、腹の中に潜り込もうとしているのがわかる。ジャックは、それを情けないとは思わなかった。むしろ、もっと中まで入って隠れろと、自分の金玉に声をかけてやりたかった。しかし、塞がれた口から言葉は出ない。
マチルダはジャックの縮み上がった袋を撫でた。ふてぶてしくぶら下がっている姿を見たこともあるだけに、これほどまでに変化できるものかと感心する。マチルダは屈辱に顰められた夫の顔を堪能しながら、わざとゆっくり赤毛の茂みを切り開いて、ナイフの先で精巣を掘り出した。ジャックは往生際悪く暴れたが、余計に傷口が大きく汚く広がるだけだった。ペニスも切り落とされたいかと囁きながら、ようやく右側の玉を盆の上に落とす。盆の上に五個の睾丸が転がっているのを見た後、彼女は少し考えて左側はそのままにおいておくことにした。
最後にマチルダは眠っているチャールズのところへ向かった。縛られている状態でも意外に反抗する相手の睾丸を切り取るのが難しかったので、拘束の具合が他の三人と比べて緩い共犯者の去勢は、眠りが深いうちに終わらせる必要があると彼女は考えた。
マチルダはチャールズの股を開いて、木箱を挟むように跨らせた。これで反射的に脚を閉じようとしても、邪魔にならない。それでも長引くと蹴り飛ばされてしまう可能性があるので、チャールズの場合は、袋ごと全部一息に切り離してしまうことに決めた。
ほわほわとした枯草色の毛玉を掴んで引っ張ると、チャールズは鼻から甘えた声を上げて、自分から股を少し開いた。知らないということは、幸せなことだ。ピクピクと痙攣するペニスを脇へ寄せて、袋の根元に押し当てた刃をまっすぐに引く。
絶叫が響き渡った。急いで離れたマチルダの前で、チャールズはジタバタと暴れながら木箱を蹴り飛ばし、音を立てて先ほど飲んだコーヒー色の胃液を吐き出す。マチルダは、愛人の口を塞いでいなかったことを少し後悔したが、しかし、窒息して死んでしまっては元も子もないと思い直した。
他の三人の男達の口を塞いでいたテープもはがしていく。吐いていたのはチャールズだけのようだったが、この先何があるとも限らない。それに、集めるものはもうすべて集めた。
「この売女め! 殺してやる! 犯してブン殴ってやる!」
「マチルダ、もう放してくれ…止血を…止血を…」
「母ちゃん…父ちゃん…助けて…」
「マ、マチルダ! どういうことだ! 何故! 話が違う!」
覚醒したチャールズは、縛られている自分の状態に気付くと、痛む股間をかばうように縮めながら、共犯者のはずの愛人を見つめた。
「ごめんなさいね、チャールズ。願いをかなえるためには、あなたの犠牲も必要だったのよ。許してちょうだい」
マチルダは切り取った陰嚢の中に指を入れ、二つの睾丸を引っ張り出した。
これでいい。マチルダは微笑んだ。
七つの睾丸を載せた盆を掲げて祭壇に向かう。中央には精液を集めた聖杯を乗せる台があり、その周囲には七つの穴が空いている。
古代の龍神に祈りを捧げるためには、生贄の男達から集めた精液と睾丸を捧げる必要があると遺跡には書き残されていた。生贄の男達はそれぞれの条件を満たしていなければならない。マチルダは小さく呟きながら、七つの龍の玉を一つずつ祭壇の窪みに入れていった。
私を愛する男。
私を憎む男。
私と血の繋がる男。
私と関わりのない、女を知らない男。
四人の陰嚢は毛や肌の色から全部まったく違った外観であったのに、中の果実はどれも同じような色をしているのが、面白いと彼女は思った。それでいて、切り取られた睾丸を見るだけで、それが誰のものだか判別がつく程に、大きさや形が異なる。思わず笑みが浮かんだが、やはり、緊張のために引きつったようになる。
今一度、マチルダは指先を掘り込まれた文字に這わせて、内容を反芻した。そしてその古の言葉を読み上げる。
「大地に眠る龍の神よ。我が求めに応え現れ出でよ。そして願いを叶え給え!」
突然風が吹き荒れた。竜巻のように砂埃を巻き上げ、轟音と共に吹き飛ばす。そして、いつのまにか音が止んだことに気付くと、祭壇に掲げた聖杯の中から、乳白色の霧が噴き出した。ねっとりと絡みつくような、重みのある靄が漂い、祭壇を覆う。聖杯と玉を捧げた台座と生贄の男達を吊るした石柱の他は何も見えなくなった。
精液臭の染み付いた霧の向こうに赤く光るものを見つけて、マチルダは息を呑んだ。
爛々と輝く二つの光。獣の瞳だ。
乳白色のベールの向こうに少しずつ大きな影が浮かび上がってきた。角がある。牙がある。翼がある。龍神の影が口を開くと、生暖かい吐息が吹き付けられるのを感じた。こんなところにも強い精液の匂いを感じる。
地に響き渡るような重厚な声が響いた。
「願いを言え。どんな願いでも三つだけ叶えてやろう」
呆然と神の姿を仰ぎ見る男達と共に、マチルダは歓喜に震えていた。あまりのことに声がでない。遺跡の文字を解読してからずっと、いや、幼い子供の時からずっと心に望み続けた願いが、今叶おうとしている。
「さあ、願いを言え」
「わ、私の願いは…」
マチルダは胸の前で手を組み、息を呑んだ。
そして次の瞬間、ピタリと震えを止め、しかと眼を見開き、大声で叫ぶ。
「世界中の男の睾丸を、気絶も許されぬほどの苦痛を与えながら粉々に粉砕してください!」
それを聞いた男達は、狂った女を見るかのようにマチルダを見やる。
「ま、マチルダ、何を…」
チャールズがかけようとした声を掻き消すように、龍の神の唸り声が響いた。
「よかろう。だが、少し待て。数が多いので大変だ」
霧の向こうで龍神の眼光が輝きを増す。燃え上がるような赤い閃光に魅入られていたマチルダは、突如悲鳴を上げたジャックに視線を移した。
胃の内容物が逆流して、飛び散るところだった。右側だけ汚く裂かれていた股間の傷口からドロリと、精液とも違った乳白色の何かが零れ落ちる。ジャックの顔は涙と鼻水、吐瀉物にまみれていた。
他の三人はすでに両方の睾丸を奪われていたので、ただもがき苦しむジャックを眺めるだけだったが、だからといって気分の良くなる見せ物ではない。この場で恍惚のエクスタシーに耽っているのは、マチルダ一人だった。小さな微笑がやがて高らかな笑い声に変わる。夫が泣き叫び、妻が笑う。壮絶な夫婦のハーモニーだった。
「終えたぞ。世界中の男の睾丸を潰した。次の願いを言え」
マチルダは自分の股間に愛液が溢れているのを感じながら言った。
「世界中の男のペニスを、痛覚を残したままズタズタのミンチにして!」
聞いていた男達が泣き喚いた。
「何故だマチルダ! 俺達が結ばれるためじゃなかったのか!」
「マチルダ! 私が一体何をしたと言うんだ!」
「殺す…殺してやる! クソ女! アバズレ!」
「うわー! 母ちゃーん! 父ぢゃーん!」
マチルダはうっとりと悲鳴に聞きほれた。クズどもの合唱は心地良い。男など皆ゴミだ。この世界に残しておく価値はない!
「そういう願いはまとめて一度に言え…まあよかろう。次はペニスを潰せばよいのだな」
「止めてくれ!」
「イヤだ助けて!」
再び龍神の眼が光ると、突然生贄の男四人の男根が勃起して飛び上がった。すでに一度射精を終えている年配の博士の陰茎も、思春期になったばかりの少年と同じように、へそに突き刺さりそうな勢いで勃ち上がる。パンパンに膨れ上がった陰茎の皮膚がグニャリと歪み、裂け目から噴水のごとく血が噴き出した。
今度は四人の悲鳴がカルテットのようにそろって響く。男の証がグズグズと醜く砕けていくのに合わせて、四人はリズム良く腰を振った。マチルダの股間はもうびしょ濡れになっていた。ジーンズの外まで愛液の染みが出来ている。指揮者になったようなつもりで、マチルダは身体を揺らす。それを見た龍神もマチルダに合わせる様に、男達に苦痛を与えるリズムを調整した。なかなかユーモラスな神だ。
マチルダが何度目かの絶頂を迎えると同時に、男達の股間にぶら下がっていた、もはや原型を留めない肉の塊が、ブツリと千切れて床に落ちた。ベチャリと粘っこい音が重なる。最後まで痛覚は残っていたはずだ。急に悲鳴がやんで静かになった。余韻を残すように、四人の男の爛れた切り株から、そろって精液が迸った。最後の射精だ。男達も息のそろった団結の深さに嬉しかろう。
マチルダは今まで全ての男を憎み続けてきたが、今なら父も夫も愛人も、許して愛してやれるような気がした。
「サービスで出血は抑えておいた。さあ、最後の願いを言え」
体力を失って掠れた声で、男達が弱々しく嘆願していた。
「…助けてくれ、マチルダ」
「…頼む…元に戻して…」
マチルダはにっこりと男達に笑いかけて、最後の願いを口にした。
「世界中の男の前立腺を、爆弾みたいに吹き飛ばして!」
男に快感なんて残してやるものですか。マチルダの意志は固かった。すすり泣きが男達の間から洩れる。
「いいだろう。派手にいくとしようか」
龍神は、ある程度予測していたのか、今度は文句を言うこともなく、さっさと眼を光らせた。
四人の生贄が、いっせいに腰を突っ張って、身体をそらした。そして、パンと軽快な破裂音を立てて、彼らの肛門から、生殖器の繋がっていた傷口から、へそ周りの皮膚から、血煙と共に肉片が飛び散った。
四人はそろってビクビクと痙攣すると、ダラリと脱力してぶら下がる。色違いの陰毛すら、もう残っていない。四人とも同じように股間に赤黒い穴が開いているだけだ。
これが世界中の男達の股間の姿なのだと考えて、マチルダは涙を流して感動した。
男は滅びた。女は真の自由を手に入れたのだ。
「願いは叶えた。ではさらばだ」
霧の奥の影が突如眩いばかりの七色の輝きを放った。その神聖な波動にマチルダは打ち震えながら跪き、古代の龍神に祈りを捧げた。
目を開くと、精液色の霧は晴れ、元の遺跡の風景が戻っていた。龍神のいた場所は、ただの草原だった。足跡すらない。夢だったのかと辺りを見渡せば、四本の柱に、股間に大きな穴の開いた男達の骸が吊るされている。
祭壇の聖杯の中は空になり、窪みに填められた七つの睾丸は、睾丸の形のまま、ただの石になっていた。大きさから見ておそらくチャールズのものだったと思われる玉を掴むと、ボロボロと崩れて、風に消えた。
マチルダは、ジーンズとパンティを下ろして祭壇に腰掛けると、血と尿と精液の香る中、濡れた膣に指を差し入れて快感に耽った。
-
投稿:2012.01.30
三つの願い
著者 自称清純派 様 / アクセス 13527 / ♥ 1