「この子が、訓練が終わったばかりの子なの。」
貨物船の一室でモニターを見ながら、ジーンズにトレーナー姿の女性が言う。
年の頃は20代半ばくらいか。
栗色の髪をショートカットにし、面長で切れ長の目をした美女である。
モニターには、真っ白な犬が映っていた。
立ち耳で、鉈の様な尾をした、短毛の犬だ。
大きさは、大人の膝より少し高い位置に頭があるくらい…
すなわち、中型犬だ。
「今日が初めての実戦投入。私の指示にきちんと従って、任務をこなせれば訓練が完了したっていうことになるわけ。」
「なんて犬種なの?ユイちゃん。私、犬のことは良く判らなくって。」
ショートカットの女性の隣にいる、おさげ髪の女性が尋ねる。
丸顔でメガネをかけた、小柄な猫目の女性だった。
「紀州犬。でも純血じゃないの。ピットブルテリアの血が二割、ドーベルマンピンシェルの血が一割入ってるの。」
ユイちゃんと呼ばれた女性が、モニターのスイッチを切り替えると、貨物船内の最下部にある、学校の体育館ほどの広さの場所に、10代後半と思しき10人ほどの少年が映し出された。
「これが、ミミちゃんが連れてきた子たち…だったよね。」
「うん。全員、例によって、自分の命を絶つことを拒否して、生き地獄を選んだの。」
「一体、どんなおいたをした子たちなの?」
「…こっちの赤いジャージの四人の子たちはね。中学生の時に、同じ学校に通ってる男の子を蹴り殺したの。手で殴ったら手が腐るからって。その子、脳挫傷で死んだんだけど、…笑っちゃうでしょ。あの四人の子、みんながあいつをいじめてたのに、蹴り殺した自分たちだけが罪に問われるなんて理不尽だとか、反省してる奴の罪が軽いなんて許せないとか、猿知恵丸出しの寝言を並べたてて。自分をいじめる子を見たら逃げるのが当たり前なのに、逃げたのが気に食わない、いじめられてることを人に相談したことを、俺たちの悪口を言ってるって。自分たちを舐めてるって言ってたんだから。あいつさえいなければこうならなかったって。ぜーんぜん反省してないの。少年院に入った三人は、保護観察処分だった奴がいるのが気に食わないって言って、ゴミ同士で言い争ってたみたいだけど…まあ、平等に四人まとめて処分決定ってとこ。」
「女の子も二人ばかりいたんじゃなかったっけ。合計だと本当は六人なのよね。女の子たちはどうしたの?」
「ああ、あの、蹴りが決まった時はスカッとしたとか、少年院では毎日お風呂に入れるの?とか言ってた子たち?とっくに秘密クラブに流しちゃったわよ。スペシャルイベントに使うって言ったから…フィストファック…?スカルファックだったかなあ。」
ミミと呼ばれた女性は、こともなげに返して続ける。
「こっちの青いジャージの三人は、連続婦女暴行魔。…緑のジャージの残りの三人は、貧乏な家の子が努力して自分よりレベルの高い高校に合格したことが気に食わないって、リンチして殺した子。こいつらも、全然反省してないの。」
それを聞いたユイちゃんと呼ばれた女性は、ふっと鼻で笑って返した。
「…本っ当に、どうしようもないゴミ揃いね。こんなゴミ、社会に放置するなんて迷惑よ。少年院を出たから、禊は済んだって思ってるみたいだけど、大間違いよ。じゃ、ゲートを開くから。」
ユイがスイッチを開くと、少年たちと犬を隔てていた柵が開く。
ミミが、マイクに向かって語り始めた。
「最初に申し上げました通り、ただ今から、問答無用で、生き地獄を受け入れていただきます。」
白い犬が、柔らかな笑みを浮かべ、尻尾を振りながら、青いジャージの一人の少年に歩み寄ってゆく。
「なーんだ。全然怖くねえじゃんこの犬。何が生き地獄だよ。」
少年は、犬の頭に手を差しのべた。
いつもそうやっていたように、この、人を疑うということをいかにも知らなさそうな間抜け犬の首輪を掴んで床に叩きつけるつもりで。
ユイが、マイクに向かって、少年たちには聞こえるか聞こえないかの声で小さく呟く。
「ヴァイス、ブレイクコック…ゴー!」
そして、テーブルを指の爪先で、とん、と叩いた。
そこから先は全く一瞬の出来事だったし、少年は、自分の下半身に熱した鋼を叩きこまれたような感覚が走っても、最初のうちは何が起こったのか全く分からなかった。
白い犬…ヴァイスは、赤く染まった青い布切れを銜えていた。
唸り声もあげず、牙も剥かず、顔色一つ変えてもいない。
下半身に目を落とした少年は、己がズボンが下着ごと引き裂かれ、股間の物が睾丸もろとも消え去っていることに気付く。
それと同時に激痛に見舞われながら自分の身の上に起こったことを理解した。
「ぎゃああああああ〜!!!」
股間を抑えて崩れ落ちた彼を見て、他の少年たちも一斉に顔色を変えて逃げ惑う。
だが、全ては無駄な努力でしかない。
少年たちの全速力も、ヴァイスにとってはほんのひとっ飛びで間合いを縮められる、児戯にも等しい行為だった。
中には、健気にも、ヴァイスの体に突きや蹴りを入れる者もいたが、ヴァイスはそれをこともなげにかわすか、受けたとしても全く堪えてはいない。
実際、蹴りが決まっても砂袋を蹴ったような感触でしかなかった。
「ミミちゃん。犬って、人の手が加わらないと最低限でもあれくらいの大きさになるの。あの大きさの意味って判る?」
「…判んない。どういう意味?」
ユイは、逃げ惑う少年たちが映し出されたモニターを見ながら淡々と続ける。
「人を確実に殺すか、致命傷を与えるに必要な、最小限の大きさ。…そうでないと、自分や主人の身を外敵から守ることができないでしょ?あの子の体だって、ああ見えて、筋肉という鎧を着こんでるんだから。人はそのことに気付いてないけど、犬の牙って、手の骨くらいなら確実に咬み砕けるし、あのサイズが本気になると、人は全く敵わないの。骨がない所だったら、服の上からだって肉を叩き潰しながら食いちぎるのよ。」
ヴァイスは、少年たちの股間のみを、ためらうことなく確実に攻撃していた。
「こっちで用意したジャージの色分けにも意味があるの。私たちが見分けやすいようにってのもあるけど、青いジャージには、特定の匂いが人間には識別できない程度に染み込ませてあってね。その匂いがするものには特に手ひどい攻撃を加えるように訓練したの。」
モニターの向うの少年たちが、一人残らず股間を抑えて悶絶し、あるいは転げ回り、失神したのを見定めて、ユイはマイク越しに命じた。
「ヴァイス、ストップ!」
ヴァイスは、ぴたりと動きを止め、朱に染まった己が口元をぺろりと一なめする。
「所要時間一分半。無駄咬みも一切なし。攻撃部位はペニスと睾丸のみ。…これなら合格ね。」
「赤いジャージの子たちは、全員童貞なのよ。ちょっと可哀想かもしれないけど…ゴミに男の証なんて不必要だもの、仕方ないよね、ユイちゃん。」
彼らの周囲の床には、血にまみれた布切れが散乱している。
そして、ヴァイスによって食いちぎられ、かみ裂かれた男性器も。
ペニスと、袋から飛び出して、かなり離れた位置に転がった睾丸には、無残にも牙の穴がぽっかりと開いていた。
特に、青いジャージの少年達のものは、男性器全体が、原形を全くとどめないほどのずたずたの肉片と化して散乱していた。
ヴァイスは、その中央で、満足げな笑みを浮かべながら、はたはたと尻尾を振っていた。
彼にとって、この行為は、普段の訓練の延長線上にあるゲームにすぎない。
(上手にできた!ユイさんに褒めてもらえる…!!)
そのことだけで、頭の中はいっぱいだった。
「今までの犬たちは、秘密クラブのショー用やボディーガード用に調教依頼されて持ち主に返されていったんだけど、ヴァイスは私が見つけた子だし、ずっと飼うことに決めてるの。時々は、ショー用の犬の数が足りないときに貸し出そうと思ってるんだけど。」
ユイの足元で、かしこまって座っているヴァイスは、ミミの顔を見て、鼻をきゅうきゅうと鳴らし始めた。
「ミミちゃん、ヴァイスが撫でてほしいって。」
その額に、ミミが手を置いて撫でまわすと、ヴァイスは、そこに頭をこすりつけてきた。
「…こんなに可愛い子なのに。あんなことができるなんて嘘みたい。」
「ミミちゃん。犬は、仕事を与えられて、それをこなして褒めてもらえるってことが、一番の幸福なの。自分が所属する社会において、自分が必要とされてるってことだから。きちんと調教が入ってる犬はね、どんな命令だってちゃんとこなせるの。」
ヴァイスは、ミミに撫でられながら、自分の尻尾を大きく力強く、自信にあふれたように振り回していた。
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投稿:2012.04.18更新:2012.04.19
訓練完了
著者 真ん中 様 / アクセス 15176 / ♥ 2