「動いてはなりません!」
男の陰茎の根元に小刀の刃をつきつけながら女が言った。猿轡を嵌められた男は、額に汗を浮かべながら、尻を少し揺らそうとしたが、厳重に縛られた身体はびくとも動かない。男は怯えた目で、勃起して脈打つ自分の性器を見つめていた。
生花を切り離すのは、たいへんに神経を使う作業である。ほんの少しのぶれが、ほんの少しの歪みが、全てを台無しにする、取り返しの付かない欠陥になりうるからだ。
美咲御前の名は、すでに四代目候補として知れ渡る段階に来ていた。ここで失敗すれば、その噂は一夜とおかずに、業界の裾野まで広まり、『失脚』の文字がその顔面に焼き付けられることであろう。もはや、彼女達家元候補の争いは、誰から順番に手元を狂わせて、落ちぶれていくかという局面に来ていた。
蝶が舞うように、小刀を持った指先が踊り、男の浅黒い皮膚に、赤い道を描く。丁寧に脱毛されて形を整えられた陰毛の茂みごと、えぐるように局部が切り離されると、とたんに目の眩むほど鮮やかな血飛沫が、勢いよく飛び散った。
もちろん、その紅の絵も、計算された作品の一部である。美咲は素早く切り出した根部を結わうと、針山に突き立てて形を整え、花器に立てて差し出した。
見守っていた、いや、小さな粗を求めて見攻めていた女達は、息を呑んだ。なぜなら、もはや肉体とは切り離されたはずのその男根は、小さな器に乗せられてなお瑞々しく勃起し、朝露に濡れる花びらのごとく、尿道に大きな先走りの雫を浮かべていたからである。
誰もが言葉を失う中、膨らんだ雫が糸を引きながら垂れ落ち、ヒタと音を立てて陶器の皿を打った。ほんの小さな音以上のものになるはずがなかったが、まるで里に響き渡る鐘のごとくに響き渡り、女達は身を震わせた。それを見計らって美咲の明朗な声が場を貫く。
「『石蕗』にございます」
刹那の魅了の後、理解した見識ある女房方から深い感銘の溜息が漏れた。なるほど、あえて蕾のままで包皮を剥かずに活けられた男根は、さながら雪解けの中に頭を擡げた蕗の薹である。身を置く派閥は違い、隙あらば足を引っ張り合おうとする間柄でも、今このときは、匠の織り成す芸術に中てられ、頬を染める外なかった。
「結構なお手前でいらっしゃいますこと」
言葉一つ出せなかった女達の中で、一人満足気に評価を述べる婦人がいた。さすがは宮部の北の方。小娘どもとは貫禄が違う。
「お褒めに預かり光栄にございますわ」
もとより美咲の予想では、今日のもてなしで気を払うべきはこの東官吏の奥方のみであった。他は口にださねど、すでに傅く女主人を決めた者ばかり。万一、美咲が恥をかけば、それを喜び勇んで報告しようと狙うだけのおつむの浅い俗物達。
宮部の方の言葉を聞いて、まわりの娘達も追従の言葉を並べ始めた。美咲は優雅に微笑みながら、その心の篭らぬ賛辞に形ばかりの礼を返していたが、視界の隅では常に宮部の方を意識していた。彼女が三代家元、和織の桐宮と旧知の仲であることは誰もが知っている。隠居間近の現家元の後継者選びに影響を与える意見ができる人物は、そう多くはない。
家付きの宦官が、仰々しく礼をして、股間から血を流す男を連れ去っていく。懐紙を当てがわれた男の股間は、生理を迎えた女にも見えた。
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投稿:2012.10.23
花散里(はなちるさと)・短編
著者 自称清純派 様 / アクセス 8612 / ♥ 1