■
「お加減はどう? 私の可愛いあなたたち」
「ゆ、ユディト様。あの、本当、おかげ様で」
「そう。良かった。困ったことがあったら、いつでも言ってね」
「ありがとうございますっ、ユディト様ぁ」
毎日のように城中に声をかけて回る麗しい支配者を、人々は歓迎しているようだった。
この辺境の小さな王国の歴史を瞬く間に終わらせた軍勢は、
非常識なほどに寛容な占領政策を取った。
確かに戦闘は行われたが、それはごくごく狭い規模。
人々のほとんどは、理不尽な扱いを受けることもなく、元通りの生活に戻る。
治安はユディトの軍勢が守り、犯罪や不正にはどこまでも公正な対応をする。
旧支配者の王家からさえも、一人の処刑者も出さず。
未だ軟禁の身にはあるが、たまにテラスに顔を見せ、新たな支配者への恭順を呼びかけたりもする。
とは言え、わずかながらにも戦禍はあり、負傷したり、家や大切な人を失った人々もいた。
支配者は、躊躇うことなく城の半分を解放し、そこで彼らの治療や自立の支援にあたる。
指揮官の意向か、城内は優しげな雰囲気の女性ばかりが、かいがいしく臣民たちに奉仕していて。
加えて、支配者、ユディト自身が毎日のように現れて、心底憂いているかのように回るのだ。
獣の角を模したティアラ。
豊満な肢体をわずかばかりに覆う薄布。
その上、蝙蝠の羽根や蛇の尾に似た装飾品。
人々は、ちょっと趣味の分からないこの新たな優しい支配者を(配下の女性達でさえ似たようないでたちなのだ)敬愛しつつも、互いにひそひそ話題に出す時「あの麗しい魔物の姫様」と呼んだ。
「そうですか」
それを小耳に挟んでも、ユディトは笑顔でそう答えただけで、誰に何のお咎めもなかった。
訂正する必要などどこにもなかったから。
■
「一日中お仕事されていますのに。ユディト様、どうかご無理をなさいませぬよう」
「無理なんかしてないわよ?」
「でも、ありがとう。いい子ね」
ユディトは傍らの少年の頭をよしよしと撫でた。彼が歓喜に気絶しかける。
それを優しく抱きとめて、通路の端にふんわり座らせた。
「誰も、ユディト様を悪く言う者などおりません」
高級な絹素材の衣服を纏った少年が、ユディトを見上げてそう言った。
それなりに高い地位にあるような外見なのに、右腕がない。
「それは嬉しいわ」
ユディトは満足そうに微笑んだ。
「私の可愛いあなたたちから、できることなら、愛されたいもの」
少年の頬にキスをして。ユディトはまた、日課の巡回に赴く。
薄布に隠し切れない豊満な胸を、おしりを艶めかしく震わせて。
ティアラの角が雄々しく行く手に向き、黒い羽根と尻尾がゆらゆら揺れた。
侵略軍の、占領軍の指揮官ユディト。
「あの麗しい魔物の姫様」と呼ばれるユディト。
王国を滅ぼし、その実権を握り、どんなことでもできるはず。
けれどユディトは言葉を交わす。末端の人々と。
傷つき生活に困る人々に手を差し伸べ続ける。
毎日毎日。
支配も、軍備の増強も、次の侵攻にもまるで興味がないかのよう。
ユディトは本当に、まるで奇跡のような「優しい支配者」なのだろうか?
彼女が繰り返す「私の可愛いあなたたち」とは、言葉通りの意味だろうか?
少なくとも。
侵攻から二月を経て。もはや彼女の臣民となった人々は、そう思っている。
心の底から、信じている。ユディトのことを、愛している。
歴史的にも珍しい、幸福な、異種族による政権の交代は、この辺境の地で成功しつつあった。
けれど、あまりにも中央から離れたここでの出来事が注目されることはなく。だから列強の介入はほぼ起きなかった。
ユディトの国は大きく変わることなく、繁栄した。
人々は皆それを、幸せと感じた。
「愛しているわ。みんな、全部、可愛くてたまらない」
ユディトは大切な彼らを想ってそう呟く。
表情も振る舞いも、彼女は何も偽ってなどいなかった。
そう、「あの麗しい魔物の姫様」の想いと言葉は、一つ残らず真実だけれど。
■
トシアキ青年は、城の二階に住み、ある意味惰眠を貪っていた。
家がない。身寄りもない。あの戦闘で職場の寮が焼けたから。
けれど。ここにいれば、食べ物と布団に事欠かない。
蓄えはまるでないけど、どこか無気力で、自立しようなんて思いもよらない。
「あの麗しい魔物の姫様」ばんざい。
ユディト様の顔は毎日のように見る。
美しくて、優しい方だ。
侵略者の親玉だなんて、どうしても思えない。
それに、ユディト様のおふれは優しすぎて。
トシアキみたいな無職の者も保護してくれる。
「いつまでに退去」みたいな話が出てくる気配さえない。
服や食事を運んでくる女性達はみんなにこにことしてとても優しい。
変な角や羽根や尻尾のアクセサリーにさえ目をつぶれば、みんな見たこともないほどの美人で。
行き届いていて、文句なんて出ようもない。
その上、ユディト様だ。
飽きもせずに毎日現れ、こんな自分にさえ、声をかけて下さる。
角とか尻尾、羽根をつけた美しい女性達と比べても、とびきり美人。
嬉しくないわけがない。幸せじゃないわけがない。
何となく、今まで王族達には敬意を持ってた。
でも。と、トシアキは思う。
歴史とか、空気とか、流れでそう思ってただけじゃないか?
新しい支配者がユディト様で、俺は嬉しい。
侵略者なのに王族を殺さず、定期的にテラスで喋らせる寛容さにもびっくりする。
そもそもの話、街を焼かず、市民を殺さない侵略者。その実在にびっくりする。
あまつさえ。
侵略者の親玉の麗しく美しいユディト様は。
家や家族を失ったり、傷を負った者に毎日、それこそ連日、申し訳なさそうに声をかけてくれるんだ。
好きになるに決まってるじゃないか。憎めって言われても無理な話。
トシアキはベッドの上で何もせず、ぼんやりしていた。
今の興味は、今日もユディト様のお顔を見ること、ただそれだけ。
美しくて、優しくて、気品があって。
その上、いやらしい身体をしてて。薄布で、それを隠すどころか見せ付けて。
最近のトシアキのオナニーのオカズは、専ら、ユディト様になっている。
こんな想いで汚して申し訳ない。でも、とてもがまんできない。
ユディト様に出会えたら。
そのお声を聞けたら。
それだけで、トシアキは勃起して、抑えきれない思いをトイレで一人、発散させてる。
ユディト様。ああ、ユディト様──
「お加減はどう? 私の可愛いあなたたち」
トイレから戻ると、ユディト様がいた。どころか、俺にまた声をかけてくれた。
トシアキはからからに乾いた喉で、なんとかがんばって返事をする。
「大丈夫です、いつもありがとうございますユディト様」
「そう。あなたのしたいことをなさい。あなたがなりたいようになれるといいわね」
ユディト様はにっこり笑って。
耳をくすぐる涼やかな声。
淫らな思いに囚われて、俺はそれだけで興奮してしまうんですすみませんユディト様!
「あら?」
目の前のユディト様が、優雅に、可愛らしく首を傾げた。
「え?」
見透かされたんじゃないか。そう思って、トシアキは一瞬で金縛りに合う。
ユディト様をオカズにしてるとか、ばれたらきっと死刑になる。隠さなきゃ。誤魔化さなきゃ。
ユディト様は瞳を細めて微笑んで。
トシアキの頬に優しく手をあて、こう言った。
「ありがとう。私の可愛いあなた。私のことを、好きなのね?」
■
「私ね、あなたたちが可愛くてたまらないの。もちろん本気よ。あなたには、どう見える?」
夜。
トシアキの手を引きながら、ユディトが言う。
「気に入ったわ。後で、迎えに来るわね」
あの時。頷いたトシアキにだけ聞こえるように、ユディト様は耳を近づけて、囁いた。
嬉しいなんてものじゃなかった。
言葉の意味は分からなくても、ユディト様に選ばれた。その歓喜だけが身を包む。
股間が自然に自己主張をしてくるが、もったいなくて、オナニーなんてとてもできない。
トシアキは興奮して布団をかぶって。いつまでも、ユディトの言葉を反芻していた。
果たして。
約束通り、期待通りにユディトは現れ。
消灯後の静かな城内で、別に声を潜めるわけでもなく。
「待っていてくれた?」
「は、はい。ユディト様」
「嬉しいわ。私の可愛いあなた」
誰の目をはばかることなく、トシアキの手を引いていく。
トシアキの心臓が歓喜と期待に早鐘を打つ。どきどきどきどき。
ユディト様。ユディト様。
「あなた、聞いてた?」
振り返ったユディト様。ちょっと頬をふくらませてる。可愛い。
「も、もちろん聞いてました。すみませんっ」
トシアキは慌てて質問に答える。
「ユディト様を疑ったことなんてありません」
「疑うって?」
「ええと、」
詰問されてるわけではない。ただ単純に、聞き返されただけ。
それが分かって、トシアキはへりくだらず、言葉を選んだ。
「失礼ですが、占領政策とかなら、もっと、その、事務的な感じがすると思うんです。いくらいいことをして下さっても。でも、ユディト様は違います。本当に、本気なんです。感じます。分かるんです!」
トシアキは興奮して、矢継ぎ早に想いを伝えた。
まっすぐに見る先のユディト様は、安心したようにとても美しく、可愛らしく笑って。
「そのつもりよ。伝わって、嬉しいわ」
トシアキに飛びついてキスをした。
「あなたに、とても大事な話があるの」
大きな扉の前。ユディトは足を止めて、トシアキを振り返った。
繋いだままの手を、ゆっくりとその豊満な胸元へ導く。
「ユディト、様」
どきどきどきどき。
え? まさか。どうして? でも、もしかして。
ユディト様のお部屋に、招かれてる? それって。それって。
トシアキが甘い妄想を期待する。
「信じてもらえるか分からないし、嫌だったらいつでも言って。無理じいはしないわ」
「い、いいえ、そんな、まさか」
大げさに首を振るトシアキに微笑んで、ユディトは言った。
「大好きよ。私の可愛いあなた。でも私ね、あなたたちの見分けがつかないの」
■
トシアキには、ユディトが何を言い出しているのか分からなかった。
どう返事すればいいのかも分からない。全く予想もしていなかった、その言葉。
ユディトの顔を見つめる。
どこか不安そうに伏せられた瞳。長い睫毛。この世のものと思えないほど美しい。
そして、冗談を言ってるようにもとても見えない。
「私の可愛いあなた。お名前は?」
「トシアキ、です」
「そう。私の可愛いトシアキ。私はあなたが気に入ったの」
ユディトが身を乗り出して、目を合わせてくる。大きな胸がゆさっと揺れる。
ごくりと唾を飲み込むトシアキ。耐えようとしても、股間がむくむく大きくなる。
「でも例えばね。私の可愛いトシアキが、あなたのベッドにいなかったら、分からない」
「え、ええと?」
トシアキは聞き返す。
で、でも。毎日会っていて、その上で気に入ってくれて、だからわざわざ夜に迎えに来て。
「迎えに行ったとき確認したでしょう? 『待っていてくれた?』って」
「は、はい」
「もしあなたの反応が少しでも曖昧だったら、別人かも? って私は戸惑って。人違いをしたって、きっとそのまま帰ったわ」
真剣な顔。やはり、嘘を言ってるようにはとても見えない。
昼に会って、夜にまた同じ所を訪ねて、そしてそこにいる者が同じかどうか迷うなんて。
「ユディト様、もしかして、目が?」
トシアキは真顔になって、小声で聞いた。
麗しい支配者は、美しい顔をゆっくりと横に振る。
「いいえ。もちろん見えているわ。でも、同じに見えるのよ。私の可愛いあなたたちが。種が違うのだから、仕方のないことかも知れないけれど」
■
「私の可愛いトシアキ。私はあなたの色が気に入ったの。あなたを側に置きたい。あなたに一緒にいて欲しいわ」
ユディトは改めて、トシアキに手を差し伸べた。
選んだ者に、理解されたい。分かって欲しい。そういう瞳。
逆らえるはずがない。その手を取る。あたたかく、やわらかい。
色、って何ですか? トシアキは戸惑い、自分の体を見る。肌の色は浅黒い。
ユディトはくすくすと笑う。そうじゃないわ。
「こころの色? うまく説明できないわ。そうね。例えば──」
ユディトは優雅に腕をトシアキの首に回す。そのまま自身の胸の谷間に導いた。
そして、もう片方の手でトシアキの股間に触れゆっくりと上下させる。
「ユディト、様」
「今、色がはっきりしたわ。私、この色を持つあなたが好き」
「色…」
「あなたの色は、そうね。私のことを愛していて、そして私に発情している」
「発情、そそそ、そんな、畏れ多くて」
「いいのよ。私の可愛いトシアキ。それに、あなたがそう思っていることが好き、と言う意味とは少し違うの」
ユディトはトシアキの頭を胸に抱いたまま、うっとりするような声で話す。
左手で大きくなった股間を撫でながら。興奮しないわけがない。
ユディトの表情は、息遣いはどこまでも官能的だけれど、この行為自体に彼女が興奮している様子は見られない。
そう。
まるで、年上のお姉さんに遊ばれているような感覚。
もう限界なのに、ずっとおあずけを言われている犬の感覚。
そんなトシアキの思いを知ってか知らずか、ユディトは説明を続ける。
「好きな色ってつまり、特別で、波長の合う色のことで、ああ、人間に分かるように説明するのは難しいわ。私たちは、そういうものなの。あなたのこころの望みがどうであろうと、合う色だったら特別なのよ」
「私の可愛いあなたたちをとても愛しているわ。すべてが大切な宝物よ。でも、私の可愛いトシアキ。あなたをより大切な宝物にしたいの。あなたの色は、私には、特別なの」
ユディトが何を言ってるのか、トシアキにはとても理解できなかった。
けれど、特別で、宝物にしたいと言う言葉の真剣さは伝わる。
うまく整理はできないけれど、ユディト様を好きで、そして妖艶な美女として見ている自分の心の色?
その、自分のユディトへの想いが好きなのではなくて、そう思って光る色を、ユディト様は特別視している?
「お願いがあるの。約束するわ。私の可愛いトシアキ。とても大切にしてあげるから」
一国の支配者が。
たかが無職のこの俺に。
トシアキを包むのは、やはり歓喜。
どんなお願いでも、叶えたい。叶えなきゃいけない。
しかし、ユディトは言う。
「その色の元を、私に切らせて」
■
「き、切る?」
「なるべく痛くしないようにするわ。私、特別なあなたを一目であなただと分かるようになりたいの」
真剣なユディトの瞳。
切るとはやっぱり、本当に切除するという意味らしい。どこを? どうして?
「よ、よく分からない、本当に分からないんですユディト様。だ、だって、その、元を切ったら、その、色はなくなっちゃうんじゃないですか?」
「元を断つわけじゃないの。色は生まれつきよ。なくなったりはしないわ。私があなたを私の可愛いトシアキだと分かって、側に行けばあなたの色はちゃんと感じられる」
ますます混乱するトシアキ。
待って。待って下さいユディト様。俺にはその「色」が分かりません。
どこが「元」かも分かりません。
「そうね」
人間に分かる言葉で、話そうと努力するユディト。
「とても繊細な手を持つ子がいたわ。色はそこから輝いてた。だから私、その手を切らせてもらったの。そうするとね」
痛そう。瞬間に、トシアキが持った感想は、単純だった。
ユディトは続ける。
「人間が何人いても、その子のことはすぐ分かるの。だって、手がないでしょ? 私の大好きな子だわ、って寄るとやっぱり、無くなった手から大好きな色を感じるのね。それはとても嬉しいことなの」
本当に彼のことが大好きなのだろう。
恐らく彼を思い出して、うっとりと。
トシアキはその姿に、分不相応にも、嫉妬する。
けれど。そしてユディトは、全く同じ目のまま、トシアキを見つめ直して。
「私は、私の可愛いトシアキを特別な宝物にしたいの。側に置いて、すぐに見つけたいのよ」
「そこまでしないと、本当に、分からないん、ですか」
考えに考えて。
何とか搾り出した質問が、これだった。
「ええ。残念だけど。私たちには人間の区別がつかないの」
麗しい支配者は、取るに足らない人間の理解を得るために、納得行くまで説明しようとしているようだった。
無理やりしようと思えば容易い立場。けれど、しない。あくまでも、対話を続ける。
突然の展開に驚いてこそいるけれど、ユディトの有り様は、トシアキが敬愛してきたそのままだ。
「でも、それじゃ、まるで、人間じゃないみたいに、ユディト様、」
「あら。私、人間じゃないわよ?」
どうして気付かないの? とばかりに、ユディトは自身の羽根と尻尾をふるふる揺らせた。
「私たちに人間は一人もいないわ。私の可愛いあなたたちとは種が違うわね。私、言わなかった?」
ユディトは明らかに困っていた。
もちろん、最初からきちんと説明して理解を得るつもり。でも、そこから? という表情。
麗しい支配者は、最初から何も隠してなどいなかった。
人間ならざるその姿と、能力を。
まさか、まさかと信じなかったのは、人間の方だった。
トシアキの反応もまるで同じだ。
今の今まで思いもよらなかったとでも言うように、瞳をぐるぐる。声を失ったかのように口をぱくぱく。
けれど、ユディトへの敬愛は変わりがないから。
人間じゃないなら。
それを認めた上で、最大の疑問を口にする。
「で、でも、不思議です。ユディト様は、どうして、この国に、俺たちに良くして下さるんですか」
「あなたにも経験があるかしら」
ユディトは、そんなこと、と言うふうに。即座に答えた。
「初めて自分の部屋を手に入れた時の気持ち。全部が大好きで、大事で、愛しいでしょう?」
「私の愛しいあなたたち。私の国。そのすべて。とても大切な宝物よ」
いつの間にか跪き、ユディトの濡れた瞳を見上げているトシアキ。
「あの麗しい魔物の姫様」は、トシアキを抱きしめ、胸に押し付け、頬擦りしている。
何を聞こうが、何を知ろうが。
ユディトに選ばれた歓喜は覆るはずもない。
「私はあなたが欲しいのよ。あなたを特別な宝物にさせて」
「嬉しいです、光栄ですユディト様、けれどつまり、俺のどこを、切るん、ですか?」
最愛の支配者の愛撫に身を委ねながら、トシアキは恐らく最後の質問をした。
「私の可愛いトシアキ。あなたは、ここを切るわ」
細い指が改めてゆっくりと、勃起したトシアキの股間を下から上に、かたちを確かめるように優しく、触れていった。
■
「ごめんなさいね。私の可愛いあなたたち。新しい子よ。だから、少しだけ、席を外して?」
広いユディトの部屋。絹の服を着た男達が、ユディトの言葉に従ってさらに奥の部屋への扉に向かう。
少年から初老の男まで、容姿も年齢もばらばら。
けれど、確かにトシアキは気付く。皆、体のどこかがない。手や足、耳や目。脇腹が抉られたように凹んでいる者もいる。
これが皆、ユディト様に選ばれた「特別な宝物」なのか。
「うふふ。あなたはいいわ。無理しないで」
「っ!?」
ユディトが声をかけた先を見て、トシアキは息を飲んだ。
壁際のソファに深く腰掛けて、たまにぴくぴく震えている男は、首から上がなかった。
どうして、これで生きてるんだ。理屈がまったく分からない。
それに、これは少し不公平すぎる。
頭がなかったら、見ることも聞くことも、喋ることもできないはず。というか考えることはできるのか? 動けるのか?
なぜ、そんな運命を受け入れたんだろう。
ユディト様が人外と言う話は本当だ。信じないわけにはいかない。
国や国民を宝物と仰ったユディト様。それは本当なんだろう。
玩具や宝石やペットとまるで同じ。全部一緒くたに同じで、大切で、愛しているんだろう。
ユディト様は一つも嘘をついていない。
それが、眩暈がするほど絶望的に、人間との差を感じる。
トシアキの顔が蒼白になり、全身がかたかたと震えた。
「怯えなくてもいいわ。私は、貰った以上の愛をあげる」
確かにトシアキは怖がっている。ユディト様を恐れている。それでも、自分のこころの色とやらは、まだ同じに見えているのだろうか。
「同じよ。私の可愛いトシアキ。大好きで、愛しい、特別な波長」
声に出していないのに。
ユディトはまるで見透かしたかのように。
「今はあなたの色から、私への畏敬と発情を感じるわ」
いや、見えているんだろう。
恐らく「色」から。今の自分の思いまで。
「私のことを好きで、ありがとう。私もあなたを愛してるわ」
■
「私の可愛いトシアキ。あなたがここで拒んでも、それは自由よ。酷いことなんてしない。今まで通りを約束するわ。その上で、選んで?」
選んでって。
チンコ切られるんだよ!?
それに、今まで通りって。そんなの無理だ。
知ってしまった。「あの麗しい魔物の姫様」がまさにその言葉通りだったこととか。自分たちが人外の軍勢に支配されていることとか。
違う。
人外の軍勢を率いる、ユディト様の「もの」になった。
人々は幸福なのだろうか。
少なくとも、ユディト様はお優しく、人が想像する魔のように、抑圧や殺戮を好むようにはとても見えない。
けれど、「もの」だ。宝物と言っても、「もの」は「もの」。
この国はユディト様の新しい部屋で、だからそこにある全てを自分の宝物として大事にしてる。それだけ。
「切る時は、魔力を使うから安心して。大丈夫よ、何も怖くないわ。快感は十倍に、痛みは一割」
「…………」
違う違う! 場所が問題なんだ。
チンコ切られたら、セックスも、オナニーだってもうできない。
大体、トイレはどうやってすればいいんだ。風呂で人前で裸になることも恥かしい。
っていうか、それもあるけど。
俺は。
セックスできないまでも、ユディト様でオナニーをしていたいんだ!
今の俺はそれが一番の幸せで──
「そう。あなたは、私で気持ちよくなりたいのね?」
■
「いいわ。私の可愛いトシアキ。あなたから快感を奪ったりはしないわ」
ユディトはどこまでも優しい支配者だ。
トシアキをまっすぐ見つめ、不安を受け止め、瞳をのぞきこんで望みを読む。
大切な人を怖がらせたくはない。
だから、抱きしめ、撫で、キスをして、微笑みかける。
ユディトを好きなトシアキからすれば、それはとても抗い難い。
幸福のどん底。
聖母のような笑みを浮かべ、ユディトは穏やかに提案した。
「終わらない十倍の快感を約束しましょう。私でそれを感じたいなら、私のすべてから十倍の快感を味わい続けるの。あなたはずっと発情したままいられるわ」
「私のすべて、その規模はあなたの私への想いにもよると思うけれど」
「試してみましょう」
そして。
ユディトは、人間にはとても聞き取れない、高速の何かを呟く。
「どう?」
その何かを終えて、上目遣いに、トシアキをのぞきこんだ。
どくん。
トシアキの全身は、性器になる。
何、これ。あああ。ひぃっ。
びくびくびくっ。
トシアキは、瞬時に何度もイった。ありえないほどの大量の射精が、わずかな間にズボンをびしょびしょに濡らす。
ユディト様の声を聞いただけで。
違う。ユディト様を、見ただけで、俺は。
びくびくびくっ。
ひいいいいいいいいいいいいいいい。
だ、だめだ。こんな快感。イきっ放しだ。射精が止まらない。下腹部が痛い。足ががくがく、立っていられない。気持ちいいけど。人間の男はこんなに連続して射精できるように出来ていない。つらい。ひどくだるい。痛い。でも、その何十倍も、気持ち良い。
「止まらないわ。あなた、そんなに私のことが好きだったのね」
ユディト様が心配して、けれど微笑んで手を伸ばしてくる。
だめ。
声だけで、見ただけで、こんなになっているのに。
これ以上。
触られた、ら。
「あああああああああ」
どくどくどくどくどくどくどくどく。
死ぬ死んじゃう。俺が消える。快感だけになる。俺が全て、精子になって、吐き出されちゃう!
そして次にトシアキが我に返ると、ユディトは彼を膝に抱き、優しく優しく撫でていた。
「驚いたわ。ごめんなさい。もう大丈夫よ」
びくびくびくびく。
射精は止まらない。けれど、死の恐怖はもはやない。
ユディトが魔力の加減を調節したのだろう。その意味は分からなくても、トシアキは感じる。
まだじんわりと痛い。苦しい。けれど、それを上回る快感がトシアキを包む。
覆すとか、凌駕するとかの言葉では正確ではない。
ユディト様が、トシアキの受ける快感はそのままに、苦痛の割合をもっともっと減らしてくれた。
悪意どころか、深い慈愛をこころに感じる。
「ユディト、様」
トシアキは膝枕されながら、頭上の最愛のひとに手を伸ばした。
頬に触れても、ユディト様は微笑むだけで、拒まない。
「まだ、怖い? やっぱりやめる?」
そして、どこまでも優しいあの顔で、声で、心配そうに気遣ってくれるのだ。
「やめ、ないで」
抗う術もなく、その意思もない。
「なあに?」
「ユディト様、だいすき、です」
「うふふ。ありがとう。私も好きよ。私の可愛い大切なトシアキ」
トシアキは、ユディトの望みを、自分の望みと混同し出す。
「切って、下さい」
「嬉しいわ」
そして。
ユディトは微笑んで。
禍々しい意匠の散りばめられた、大きな刃物を手に取った。
■
全裸で大きく足を広げてユディトの剣を待つトシアキ。
彼女の視線が、笑顔が、自分に向けられた刃物が、すべてが自動的に快感になる。
すでに精巣は空っぽで、それでも終わらない射精が、床に透明な池を作り続ける。
「切るわよ」
「はい」
「私の可愛いトシアキ。私のために、あなたを頂戴」
とげとげしたユディトの剣が、トシアキのペニスの根本、タマとの間あたりに当てられた。
はあ。はあ。はあ。
気持ちいい。気持ちよすぎる。
けれど痛い。苦しい。
魔力の効果、痛みが一割ってユディト様は仰った。確かに耐えられない苦痛じゃない。
うまく言えないけど、人間の体が、精神が、まだ機能していて「これは苦痛だ」と大げさに判断しているようにも感じる。
わずかな間で、もうとっくに自分は弄られ、まともな人間とは呼べない体になっているのに。
だから、大丈夫なはず。
気持ちいいだけ。
この快楽を知っちゃったら。
もう引き返せるはずがない。
ユディト様。ああユディト様。
「いくわね」
ユディトはかたちのいい唇を一舐めすると、刃物を持つ手に力をこめた。
「!!?」
いた、い。痛いよ。
予想に反して、ユディトはその剣を一思いに振り上げることはしなかった。
左右に何度も、念入りに、まるでのこぎりを扱うように。
引き裂く。引き上げていく。
ぐちゅ、ぐちゅと左右に動かし、根本からペニスを挽き切ろうとしている。
「ぎゃあああああああああああ!!」
痛い。
でも気持ちがいい。ユディト様のすべてがトシアキに十倍の快感を与え続ける。
そして、この痛みは一割に減らされているはず。
なのに、痛い。
ペニスを切断されるという状況を、光景を、頭が痛がっている。
もっと、もっとユディト様を信じて。
快感だけに、身を委ねないと。
「ゆ、でぃと、さま」
刃はすぐにぽとりとペニスを切り落とすと思った。
どうして、そんな必要が。
ユディトの剣は、のこぎりのように動きながら、ペニスの真ん中をゆっくりと上に挽き切り上げていく。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。
細かなミンチを散りばめながら、トシアキのペニスは、二つに裂かれていく。
「ああああああああああああああ!!」
痛い痛い痛い痛い!!
タマの一つに縦に刃をあて。
ぎざぎざの刃で。
また、切断のためじゃなく。縦に引き裂き割るために剣を動かす。
「ぎゃああああああああああああああ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
叫びすぎて、喉が枯れる。
ペニスと二つのタマをそれぞれ半分に引き裂かれたトシアキ。
ユディトの剣は、さらに角度を変えて当てられ。
ぎこぎこと、残酷な音を立てて次は十字に切っていく。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイデス、ユディト、サマ
「でも気持ちいい、でしょ?」
ハイ
「いい子ね」
いつ自分のペニスが完全に下腹部から切除されたのか、もうトシアキには分からなかった。
■
もう痛みはどこにもない。
永遠に、十倍の快感を味わい続けるトシアキ。
愛しいユディト様のすべてで。
いるだけで。見るだけで。見られるだけで。聞くだけで。微笑むだけで。触れられるだけで。
びくびくびくびくびく。
全身が震え、何も考えられなくなるほどの快感が、止まらない。
性の喜びを得る器官はもう永遠に失われている。
だから、達することで却って苦痛を味わうことも、疲労することももはやない。
びくびくびくびくびく。
ただ、感じ続ける。
十倍の快楽を。
ユディト様。ユディト様。
今までの経験と比較しようもない。
トシアキは、味わい続ける。
百年生きても決して出会えない人外の絶頂を。
どうしてまだ狂わないのかも。
限界の快感に脳が焼き切れ死なないことも。
トシアキは何となく分かっていた。
これはすべて、お優しいユディト様の魔力のおかげ。
大好きな、最愛の、ユディト様のご慈悲。
とめどない歓喜と、
終わらない快感と、
それからトシアキはもう一歩も動けず、ユディトの部屋のソファにもたれたまま。
生き続けている。
イき続けている。
すっかり何もなくなった股間を晒したまま。
隣には口も聞けず動けずたまに震える首なしがいる。
もうこのソファはすっかり二人の定位置になってる。
「戻ったわ。私の可愛いあなたたち。あら?」
ユディト様の声がした。
待っていた。
ずっと、待っていた。
そのためだけに、生きている。
びくびくびくびく。
全身が震え、生まれてきたことへの喜びを強く感じた。
「うふふ。今日もすごくいい色よ」
ユディトはすぐにトシアキを見つけ、跳ねるように駆け寄ってこころの色を確かめる。
大好きな、特別な波長。
つるりと無くなったペニスから色が放たれ、それは鮮烈に、とめどなく。
「私の可愛いトシアキ。愛してるわ」
頬を染めて、本当に嬉しそうに声をかける。
「ユディト、さま、だいすき、です」
トシアキの口が、涎を垂らしながら、飽きることなく忠誠を繰り返す。
「あなたは特別な宝物。ずっと私の側にいてね」
背中に手を回し、うっとりとキスをするユディト。
「ずっとずっと大切にしてあげる。愛してあげるわ」
トシアキはこの瞬間だけのために生きている。
今だけを引き伸ばして、永遠になれ。なってほしい。
「大好きよ。大好きよ」
耳をくすぐる愛しい人のその言葉。
全身を包む永遠の快感に。もうとっくにまともには戻れない。
かつて彼がそうだった頃、宝石のような輝きをいつの間にか忘れたように。
ユディトがいつか大好きな玩具に飽きて、忘れるだろうことを思いもよらない。
おしまい
-
投稿:2012.12.16
優しい支配者ユディトにちんこ切られる話
著者 としあき 様 / アクセス 8913 / ♥ 1