■
「ともえ、さん? え? だって、27って、言ってた、よね?」
「ごめんなさい、あれは嘘です」
ともえは二つに結んだ黒髪を揺らせて、微笑んだ。
紺のセーラーの冬服。スクールバッグをぶら下げて。ぴかぴかの黒いパンプス。
「ちょっと恥かしいですね」
はにかみながらそう言って、長い赤いリボンをするするほどく。
彼の「勿体無い」という視線を感じながら、ポケットにしまい込んだ。
「思ってたより派手だったから。目印、違うものにしておけばよかったですね」
改札を出てすぐの「豆の木」は、待ち合わせ場所の定番。
周囲は誰かを待つ人でいっぱい。いつも朝から深夜まで混雑してる。
その上、ちょうど帰宅ラッシュの時間だから、行き交う人の数もすごくて。
足音と会話でざわざわと騒がしく、顔をくっつけないと声も聞けない。
「で、でも。え? 本当に、ともえさん?」
彼があたふた、慌てている。ともえはくすくすと笑った。
いつもの「獲物」相手みたいに、ホテルに誘ったわけじゃない。
毎晩のチャットやボイスの流れで、「一度会って話そう」って待ち合わせただけなのに。
「はい。ともえです」
彼に、携帯のメール画面を見せた。
『着いた。すごい人だよ。もう来てる?』
『Re: 来てますよ。真ん中、奥にいます』
彼は目を丸くして、ともえの顔と画面を交互に見つめた。
「ともえさんだ」
「はい」
「こんなに年下だとは、思わなかった」
「ネットだと、なりたい私になれますから」
彼にぐいっと寄って、見上げる。
私が年下だと、ご不満ですか?
皆さん、私が未成年だと知ると、すごくいやらしい顔をして喜ぶんですよ。
ふふ。ともえは喉の奥で笑いを噛み殺す。
違いましたね。あなたは私の「獲物」じゃないです。
ともえの残酷な欲望をぶつけるためのただの遊び相手。
でも私、今日はそのつもりであなたに会いに来たわけじゃありませんでした。
いけないいけない。
「じゃあ、お酒はだめだね」
彼の戸惑いはそこ。私が未成年だったから。
「お酒、だめですか?」
「制服姿じゃ捕まっちゃうよ」
「それは困りますね」
出会い系は飽きていた。本当につまらないクズしかいない。
SNSも面倒。どれだけ気をつけても、いつかきっと足がつく。
最近のともえは半ば暇潰しで、スカイプでの通話をするようになっていた。
始まりはどちらからだったか。
けれど、気がついたら、彼とは毎日のように喋っていた。
探り合いも、駆け引きもない、穏やかな空気のような会話はそれなりに心地良かった。
彼はお酒好きで、仕事の後はいつも飲んでて。でも、みっともなく乱れることもなくて。
ともえも次第に合わせてモニタ越し、マイクの向こうの彼との会話にお酒を交えた。
「せっかくですし私、あなたと、飲みたいです」
「そのつもりだったよ。でも、ともえさんまだ」
「じゃあ。こうしましょう」
ともえは笑顔で、ぽん、と手を打った。
■
「いいのかなあ」
「いつもと同じ、ですよ」
「でも飲みたいかな」
「飲みましょう。かんぱーい、です」
ともえが招いた「私の部屋」で、最初は戸惑っていた彼だけど。
結局、出されたお酒を飲み始めると、お酒好きな印象通り、楽しんでいる様子だった。
二人きりのオフ会。
夜に、スカイプで喋ってた光景と同じだけど、目の前に相手がいて。リアルになってる。
二人の会話はいつも通り。
他愛のない話題を楽しんで、アルコールのせいかよく笑い合って。
たまにどちらかが悩みを喋って、相手が真剣に考えて意見を言ったり。
男はこういうものだとか、女はこうだとか。
未成年のともえにはまだ経験はないけれど、きっと、飲み会ってこんな感じ。
お酒って、いいな。
彼とボイスしてなかったら、知らなかった。
「ともえさん、ずるい。ボイスで言ってた話全部嘘じゃん。全然ぽっちゃりじゃないし、美人だし」
「嘘じゃないですよ、年齢以外。ちょっと太っちゃいましたし」
「太ってるって、こういうのを言うんだよー」
彼がともえの手を取って、お腹にぽんぽん。決して大きな体躯ではないのに、ビール腹。
想像の中のたぬきみたいで心地良い。
「可愛いと、思いますよ」
くすくす笑うともえ。くぴくぴお酒を舐めている。
「哀れまれた!? くそう。お前も、年を取るとこうなるんだー」
「あは。あははは」
彼がともえのお腹を揉む。くすぐったくて堪えられなくて、ともえは声を上げて笑った。
楽しい。
お互いに、ハイテンションになってることは感じる。
肌が触れ合って、「今いやらしい気持ちなのかな?」見上げてみても。
多分それは飲み会のノリで、彼はそういう雰囲気そのものが好きで、はしゃいでるだけみたい。
ちょっと不満。
「冷蔵庫、大きいね」
不意に、彼が、ともえの残酷なスイッチに触れた。
彼はそれに、気付けない。
「業務用ですから」
「たくさん買い込んで、冷凍してるとか?」
「そんなところです」
「へえ。なんか、慣れてる感じ。そんな若いのに、やりくりマスターなんだ?」
「そうですね、冷凍しておくと、便利ですし」
彼は決して、立ち入らない。酔ってても。
ここが一人暮らし用のワンルームで、必要最小限の、殺風景な部屋だと言う事に、決して深く踏み込んでは来ない。
分かってるけど。
知ってたけど。
ともえは、彼を見つめて、真剣な顔で、言った。
つまり、想いが、溢れた。
「私、ひとごろしなんです。ひとを虐めて、興奮するんです」
■
「その冷蔵庫の中、何が入ってると思いますか? 見てもいいですよ」
ともえはそう促した。
お酒や氷を取ってきた冷蔵庫はまた別の、小さいものだ。
「それ、見ない方がいい感じ?」
「そうですね。死んだ人の色々な一部が入ってますから」
ああ。話しちゃった。
楽しかったのに。ちょっと、好きになってたのに。
ともえはいそいそと、スポーツバッグの中から使い慣れた手錠を取り出す。
「はは。俺がその話、信じると思う?」
「なんか、分かっちゃうんですよね。あなたの目。私のこと、もう信じてます」
「お酒の席の冗談とか、秘めた願望とかで片付くよね?」
「だったらよかったんですけど」
ともえはどこか悲しげな顔で。
手を、出して下さい。抵抗すると痛いですよ。目で訴え。
彼は流されるまま素直に従う。
「でも、お酒はもっと飲んでくれていいです」
ともえはそう言って、いつもとは違い、彼の両手を拘束することはしなかった。
がちゃ。
彼の左手と、テーブルの足を手錠で結ぶ。
説明はしてなかったけど。このテーブルは動かない。
もともとがっちり床とくっついてるから。そう作ってるから。
だから。彼はもう、逃げられない。逃がさない。
「どうする、つもり」
彼の前におかわりを作って、置く。
「まだ、私にも分かりません」
でももう逃がさない。生きて帰すわけにはいかない。
「飲んで下さい。私も、飲みますから」
そう言って、手元のサワーを飲み干すと、ともえはまたバッグの中を漁る。
大きなレジャーシート。それを広げて、
「ちょっと足の下、失礼しますね」
彼の周囲を、足元一面をシートで覆った。
「これは、あの、やっぱり」
「血がいっぱい出ますからね」
ともえは、今まで何回も繰り返した台詞を淡々と言う。
彼もお酒を一気にあおって、カタカタと震えながら、それでも表情は崩さない。
年上として、男としてがんばってる。
おかわりを出すともえ。
「もうちょっと詳しく」
彼がお酒に口をつけ、ともえを見た。
「はい?」
「ほら、話の続き。ともえさんがひとごろしって言うのは聞いた」
ともえは不意に、立ち上がった。彼の体が少し強張る。
「まず、こうします」
乱暴に彼の服を引きちぎった。普段は刃物を使う。肌が切れようが構わない。
そして足元に跪いて、かちゃかちゃとベルトを外し──
「腰、上げて貰えますか」
するするとズボンを脱がせた。
手錠で動かないテーブルに拘束された彼が、パンツ一枚の姿になる。
「脱がされちゃった」
「脱がしました」
「それで、どうするのかな」
空になった彼のグラスに、反射的におかわりを注ぐ。彼がすぐにそれを手にする。
「知りたいですか」
「いやいやいや。ええと、おれが聞きたかったのは方法とかじゃなくって」
「はい?」
「その。どうして、とか。どんな気持ちで、とかそういう方面で」
「ああ、」
ともえはそう答えて、彼の隣に座った。自分のグラスを手元に引き寄せ、またちびちびと舐める。
そしてぽつぽつ、呟いた。
「私、男の人が嫌いなんですよね」
■
「どうして?」
「どうしてかは分かりません。ただ、嫌いでした」
半裸の彼と、その隣のともえ。変わらず、二人でお酒を飲んでいる。
張り詰めた殺意と緊張感、そして同時に、どこかそれにそぐわない弛緩した空気。
「私が怖くないですか?」
「いや、すごく怖い」
「ですよね。ごめんなさい」
くすくすと笑った。
バッグの中から、大きなナイフを取り出して。彼がびくっと体を震わせる。
「まだ私自身、あなたをどうしたいか分かってませんが──いつでも言葉を挟んでいいですからね」
再び、ゆっくりと立ち上がり彼を見る。
「いつもは、こうします」
ともえの言葉に、彼が身構えて、目を瞑った。
けれどともえが取り出したのは携帯。カメラを起動して、ぱしゃ。彼を撮る。
「は、恥かしいよ。こんな姿」
ぱしゃ。ぱしゃ。ぱしゃ。
「本当は裸んぼうにして撮るんですよ」
薄く笑って、説明するともえ。
「どうして──」
ともえは右手にぶら下げた大きなナイフを彼の前にちらつかせる。
「嫌いですからね。これでちんちんを虐めます」
「ひゃ」
咄嗟に彼が、自由な右手で股間を抑えた。
「取り返しがつかないようにしますよ。えんぴつ削りみたいにちんちんを切って。タマタマは弄るだけで飛び跳ねて痛がるから、特に念入りに刻みます」
「ひぃっ」
言葉だけで痛みを想像して青くなってる。
ぱしゃ。ぱしゃ。ぱしゃ。
再び携帯のカメラで撮るともえ。まだ何もしてないけど。怯えて彼が身を縮めているだけだけど。
「この辺りで決めるんですよ。やっぱり殺すか、逃がしてあげるか」
ともえは自分でも自覚しているサディストだ。
目の前の彼が、自分を恐れていることを感じて、少し楽しくなってきている。
いつの間にかにこにこ微笑んでいて、何人もの血を吸ってきたナイフをうっとり、舐め上げる。
「逃がす人と、そうじゃない人は、どう、違うの」
彼は気丈。それでもがんばってる。なんとか自分を保ってる。
「あは」
ともえは笑った。今までの楽しい狩りを思い出して、興奮し出す。
「未成年といやらしいことをしようとして、逆に酷い目に合って、ちんちん切られて写真まで撮られて。それで心底参っちゃう子だったら、無事に帰してあげます」
ずたずたにして切断したちんちんは冷凍庫行きですけどね。
「それでも目が生きてる子。なんとなく気に入らない反応の子は、残念ですが殺します。たっぷり時間をかけますよ。ちんちん虐めた時間とは、比べ物にならないくらい」
彼がまたグラスを飲み干す。涙目。
ともえは反射的に、小さい方の冷蔵庫に駆けて行き、おかわりを持って来る。
「こ、困ったな。おれ、痛いのには、弱いと思う」
かたかたと震える手で、お酒を飲んでる。
多分ものすごく色々考えているんだろうけど、良い解決策なんて見えて来ない。
ともえはずっと彼を見ている。
分かりやすいですね。スカイプでの会話と同じ。あなたはすごく正直です。
「私自身、不思議なんです。男の人は嫌いですが──」
戸惑うように、一度、目を伏せる。
「あなたに酷いことは、したくないです」
「でも。全部言っちゃいました。知られちゃいました。どうしましょう?」
全部言ったのは、知らせたのはともえ自身なのだけど。
本当に困っている、と言うふうに、首を傾げた。
■
「え、ええと。今日はもともと、そのつもりで? おれには、全然、信じられない」
おつまみ代わりのじゃかりこをばりばり齧りながら。
飲み込んで、続けて酢いかやサラミに手を伸ばす。
「あ。これも、すごくおいしいですよ。おすすめです」
「え」
「セロリ、苦手ですか?」
「いや、むしろ、好き」
ともえが薦めて、しばし二人でぽりぽり食べる。セロリときゅうりの浅漬け。ともえのお手製。
いいにおい。いい風味。ともえは、セロリがすごく大好きだった。
「おいしいですね」
「うん、おいしい」
ぽりぽりぽり。
「それで、ええと、何の話でしたっけ」
彼が懸命に「セロリおいしい。蒸し返したくない」という顔をしてる。
だから、思い出した。
「あなたは、私の『獲物』じゃないです。ですから、ただ会って、一緒にお酒を飲みたいと思ってました」
「どうしてこうなっちゃったのかな」
「どうしてでしょう?」
言っておいて、ともえは自分で思い当たった。彼が冷蔵庫の話題に触れて。ともえは自分から打ち明けたのだ。
どうしてだろう。
もちろん、止めて欲しかったわけじゃない。やめる気もない。男は嫌い。みっともなく悶えて許しを乞うさまに興奮する。
ちんちんだって虐める。切断して写真に撮って、態度が悪かったら殺す。これからもきっと同じことをする。
そのためのこの部屋だ。
彼に同じことをしたいか?
ともえは考えて、その光景を想像する。
楽しかった。
多分、今までで一番、興奮すると思う。
けれど、見慣れてきた死んだ後の顔を彼で想像した時、不思議なことに、ちくりと胸が痛んだ。
その後、何もしたくなくなって、この殺風景なワンルームで、何日も寝たままでいる自分の絵が浮かんだ。
彼の死体を抱きしめながら、動けもしない自分のイメージ。
やだ。
なんか、やだ。
分からないけど、それはやだ。
彼を見つめて。
一生懸命、色々なことを考えて。
サディスティックな本能から、口をついた言葉は。
「痛いのは、嫌ですよね?」
違う。
「そりゃ、ね」
「ここで死ぬのは、嫌ですよね?」
違う。
「なるべくなら、ね」
「だったら──」
彼は可哀想なくらい真っ青になって、小刻みに震えている。可愛い。
思いっきり虐めて殺してあげたい。泣き顔が見たい。痛みに悶える顔が見たい。
きっと、今まで感じたことないくらい、気持ち良いはず──
違う。
違う違う。
「誰か、用意して下さい。生贄を」
そんなことを、言っていた。
■
「生贄?」
何を言ってるんだろう。そうじゃないのに。でも、私自身が私のことが分からない。
彼がきょとんとしている。何度目の予想外か。目を白黒させて、私を見ている。
「ですから、」
もう。本当に何を言ってるんだろう。
「私っ。あなたに酷いことをしたくないんです。でも私、酷い人間だから。今、誰かにすごく酷いことをしたいんです。酷くして、殺したいんです」
今度こそ、溢れている。わけの分からない、本心かも分からない言葉が。
「ですから、今ここに、生贄を呼んで下さい。死んでもいい人のことですよ。私は、それを虐めて殺して、満足しますから。あなたには決して酷いことはしませんから」
はあ。はあ。はあ。
一息に言って、荒い息をつく。少しだけ分かったことがある。
彼にはなにもしたくない。彼を殺したらすごく興奮するけれど、きっと絶対、後悔する。
だから。
代わりが。
今。欲しくて。
「いない」
「え?」
思ってた以上に彼は落ち着いてて、ゆっくりと首を振った。
でも。でも。だって。
「呼ばないと、あなたが酷い目に合うんですよ?」
取り乱して、慌てて、彼の前にまたおかわりを用意する。
飲んで下さい。もっともっと、酔って下さい。今の話全部、忘れちゃうくらい。
だって私は──
あなたとの今日を、今日だけで終わりにしたいわけじゃないんです。
「でも。おれには無理だ。ともえさんは好きだし、怖いけど。誰かを代わりに差し出すなんてできないし。それに」
「それに?」
「勿体無い」
「何が、ですか?」
彼はかたかた震えながら、ゆっくり首を回して、あの業務用の冷蔵庫を見た。
あれが何か? ともえもつられて、彼と冷蔵庫を交互に見る。
「開けて」
「はい?」
「開けて、見せて」
「……」
ともえは立ち上がって。
冷蔵庫まで歩く。彼の要望に答えて、その扉を開いた。
業務用の、大容量の冷蔵、冷凍庫の中には、男の切り刻まれたペニスと、今まで殺したたくさんの男の臓器が、かちかちに凍って収められている。
彼は残りのお酒を一息にあおって。
うつむいて、真っ青で、かたかた震えて。
あ、あ、とか言い淀んで。
それでも、決心して何とか声を絞り出す。
「おれで、最後にしてくれたら嬉しいな」
■
「ちんちん切られるんですよ?」
「すごく痛そう」
「口封じに殺しますよ?」
「泣きそう」
「どうして……」
ともえは次の言葉が出せない。
彼が拒んだ。もう殺すしかない。
でも分かっている。
彼が生贄を呼んで、ともえがそれを楽しんで殺しても。
別に彼の口封じになるわけじゃない。もともと見逃す条件になんかなり得ない。
じゃあ何で私はそんなことを提案したんだろう?
今、興奮してて。男の人に酷いことがしたくて。
でも、彼にするのは嫌で。
だから。別の生贄を要求して──
ああ。
やっと、分かった。
ともえは深く頷いた。
スポーツバッグの中から、手錠の鍵を取り出して。
かちゃり。
彼の左手の、拘束を外した。
「ともえ、さん?」
私、彼には、酷いことをしたくないんだ。
したいよ? 本能は、すごくしたい。でも、したら取り返しがつかない。
一回楽しんで、終わっちゃう。
だから、生贄を、代わりを、持ってきてくれさえすれば、また、彼と。ずっと。
「困ったな」
「ともえさん?」
右手のナイフをゆっくりと、自分の首元に当てる。
「だめみたい。あなたのことは殺したくない。だったら、私が死ぬしかないかも」
そう言って、ぐっ、と思い切り押し込もうとして。
「ちょちょちょちょちょちょっとぉ! ともえさん!?」
すごい勢いで、彼が踏み込んで来て、私のナイフを張り飛ばした。
■
「……どうして?」
「いや、こっちがどうしてだよ!? 何でいきなり死のうとしてるの!?
彼がぜえぜえと息をつきながら、大声を出してる。なんか、涙流してる。
「何でって、あなたのことを殺せないから、ですよ」
「それとともえさんが死ぬこととどんな関係が!?」
分かってないな。私はふうとため息をついて、真剣な顔の彼を撫でる。
「あなたを生かしておいたら、口封じができないじゃないですか」
そう分かりやすく単純に、説明した。
私は未成年だから、本名が報道されることはないだろうけど。
でも、やだ。捕まることとか、その後のわずらわしい全てとか。
イメージ的に、きれいじゃないし。
男が嫌いだった私自身を決定的に否定することになっちゃうから。
彼を、殺せなくて捕まるなんて。
「口封じとか、しなくても」
彼が目を合わせて何か言ってる。
「言わないよ」
「はい?」
「おれは、何も言わないから。小心者なんだ。目立つのも、恨まれるのも、怖い」
そんなことを言ってる。
「そ、そんなこと」
信じない。男の言葉なんて、信じられるわけがない。
「う、嘘」
「嘘じゃないよ」
「嘘だったら、殺すから。今までで一番酷く、痛くしてずたずたに切り刻むからっ」
「それは、すごく怖いな」
どうしていいか分からなかった。これで、口封じになったの?
私が怖くて、ずっと一生、黙っててくれる流れ?
ううん、違うよね。分かってる。
でも何、この、彼の顔。
「わ、私っ」
声が震えてる。なんか視界がぐらぐらしてる。涙が邪魔。困る。
「ひとごろしなんですよ? 今もすごく、誰かに酷いことがしたくて堪らないのに」
彼に飛びついて、胸をどんどん叩く。
「あなたが生贄を用意してくれないなら、あなたにするしかないじゃないですか」
彼はがたがた震えたまま、今まで見たこともないほどの頼もしい笑顔を、私に向けた。
「ええと、死なない程度なら、なんとか耐える」
■
「言いましたね? 私、聞きましたよ」
私は涙をぬぐって、やっと、微笑みました。
彼がびくっとなって、全身硬直。何をされるか分からないから。すごく怖いはずなのに。
「寝てて下さい」
軽く押して、転がしました。パンツだけの姿で、仰向けの彼。だらしないお腹。すごく可愛い。
「じゃあ。あなたに今から、酷いことをします」
私は笑って宣言して、キッチンに走ります。ケーキを作る時のクリーム絞り。それを手に取って、冷蔵庫のお酒も持って、慌てて彼の元へ戻ります。
彼はきちんとそのままで、私のことを待っています。
「なに、されちゃうのかな」
「何か、余裕ですね」
へらへら笑顔が許せません。虐めたくなります。
けれど、私にも分かっています。今、私はすごく笑っていて。
でもその顔は、今まで男の人を虐め殺してきた時の笑顔とは少し違うのでしょう。
もしかしたら、普通の女の子が楽しい時にする顔と似てるのかも知れません。
彼は安心しているようで、私がこれからすることが、ただの遊びだってもう見抜いてるみたい。
許せません。虐めます。
「ともえ、さん。ちょ、ちょっと、それは、ふがふがふがふがんんんんんんん!!」
彼の言葉ばかりの制止を無視して、クリーム絞り越しに、お酒をいっぱい。
彼の口に思う存分。
楽しくなってきて、トランクスを無理やり下ろして、尿道に。
ひっくり返して肛門に。
思いっきり、注いであげました。
「だめ、それだめ、ともえさん、だめ、だめえええ」
「あは。あはははははは」
私はすごく楽しくて、涙を流して笑っていました。
「ぐぷ、ぐぐ、ぐうう」
「ふふ。ふふふふ」
倒れている彼の脈と呼吸を確かめます。
粘膜からのアルコールの吸収は、肝臓を通さないのでダイレクトなんです。
でも、安心しました。
彼は今すごい泥酔状態というだけで、急性アルコール中毒までにはなっていません。
念のため、体を横に向けて寝かします。
嘔吐してそれが詰まって窒息してしまわないように。
目覚めたらたくさん水分補給をしてあげましょう。冷蔵庫の中のスポーツドリンクの残量を確かめます。
けれど、数時間は目覚めないでしょう。
■
「なななな何で、そんな、痛い、痛いっ」
「くすくす。切り落としたんですから、痛いのは当たり前ですね」
ぱしゃ。ぱしゃ。ぱしゃ。
その間に、手早く一人、男じゃなくしてあげました。
私は男が嫌いです。情けも容赦もなく酷いことをすると、興奮します。
「あなたを殺すのは簡単ですが」
「ひぃいぃぃぃぃっ」
「これだけにしてあげます。でも、誰かに話したら、分かってますよね?」
切り落としたペニスをバッグにしまって。
私は手早く興奮を発散させて、彼の待つ帰途につきます。
「おれで最後に、」
彼の言葉が脳裏に思い出され。
「ふふふ」
私は堪えきれず、笑っています。
ええ。
あなたが死んだら、最後にしますよ。
ふふふ。つまり、私はずっとこの遊びを続けられるってことですよね?
私は家路を急ぎます。
次にしなくちゃいけないことは。
彼がすっきり目覚められるように手を尽くすとかそんな感じで。
「私、お医者さんごっこをするのも初めてですね」
そう。
彼で試してみたいことは、たくさんあります。
男ですが、殺したいほど嫌いなわけではありません。
私にとって、すごく貴重な存在です。大切にしてあげないと。
もちろんちゃんと許可は得ますよ?
彼を泣かせたり、嫌われたくはないですからね。
ふふふ。
これからの私は、楽しい事でいっぱいなんです。
おしまい
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投稿:2012.12.18
ともえは男が大嫌いでひとごろしで
著者 としあき 様 / アクセス 9341 / ♥ 1