「そろそろだよ。みんな、がんばろうね」
「はい、隊長!」
控え室。隊のみんなに声をかけて、私は背筋を正した。もうじき、スタジアムへの扉が開いて、メインのショーが始まる。
お祭だから、鎧もいつものと比べると機能よりもずっと見た目重視。
ほとんど裸みたいな格好でちょっと恥かしい。けど、戦争の時と違って今日はメイクさんにお化粧や髪のセットをしてもらって、みんなすごく可愛い。
私だってまだ、成人前の女の子だから。こう、可愛く着飾れるとうきうきして嬉しくなる。
「ウィスタリア様。準備ができました」
「うん。ありがとう」
使い慣れた剣を手に取って立ち上がる。私の剣は両刃で、片方はすごくよく斬れて、もう反対側はのこぎりみたいな、引き裂く用。
支給品で、血をいっぱい吸った怖い武器だけど、可愛いレリーフやマークがいっぱい入っていて、最近では一番のお気に入り。
みんなもそれぞれに、愛用の、可愛いけれど大きくて禍々しい武器を軽やかに構える。
「さあ、行こう」
「はい!!」
目の前の、扉が開く。歓声が聞こえる。
「わが王国が誇る、最強にして華麗、無敗の守護天使、ウィスタリア中尉の、マリーゴールド隊です!」
凛とした女性士官の声。大歓声。ちょっと恥かしけれど、私たちは剣を掲げて、スタジアムの四方に会釈する。
顔を上げると、微笑みを浮かべて私たちを見下ろす美しい女王様と目が合った。
「ウィスタリアさん」
「はい!」
お声をかけて下さる。
「貴女たちのおかげで、国民すべてが生命と独立を守られています。いつも本当にありがとう」
「も、もったいないお言葉です」
私たちは深く深く、頭を下げた。みんなの歓声がよりいっそう、大きくなる。
これは季節ごとに行われる見世物で、参加する名誉はともかく、やっぱり目立つのは恥かしい。
けれどやっぱり、女王様から直接お褒めの言葉を賜ることはとても嬉しくて、よりいっそう
身が引き締まる思い。
隊のみんなも同じ気持ちだろう。
ちゃんとしなくちゃ。
「このめでたき日。お前たちは本来なら死罪だが、王国の役に立つと認められれば恩赦が得られる。心して戦え!」
スタジアムの端から全裸の男たちがわらわらと現れる。それぞれ剣を与えられているが、刃を落としたなまくらだ。万に一つも、私たちが負けることはない。
これはお祭。私たちは、言ってみればただの舞台の出演者で、ここはコロッセオ。
もちろん私にもわかってる。
新興国の、軍事国家の、国威発揚のイベント。私たちはそのためのアイドルみたいなものだ。
今年はもう二回目で、正直なところ、わずらわしくもあるけれど。
こうして私たちは結束を強くしていかなくちゃいけない。
母と妹の三人で戦禍を逃れた難民の私を受け入れてくれたこの国。
それどころか、剣の立つ私を、軍は過分な扱いをしてくれた。率いる部下は百人近い。
国境紛争で小競り合いを繰り返すうちに、私への待遇はどんどんと良くなった。本当にいい国だと思う。
だから。
私は、女王様に、恩返しがしたい。
私は剣を掲げ、大きく息を吸い込んで、おなかから声を出した。
「マリーゴールド隊!」
「はい!」
「女王様の名に恥じぬ、戦いをせよ!」
「はい、隊長っ!」
じゃあああああん。
大きな銅鑼の音が響いた。始まった。
私たちは、皆それぞれに武器を構え、全裸の男たちに向き直る。
「それまで」の指示があるまで戦う。もちろん負けることはありえないが、大勢の観客を前に、みっともないところは見せられない。
みんな、この世界で唯一の、女権国家の強さを信じたいのだ。多くの移民や難民を受け入れたこの国が、やっぱり選んで良かったと思いたいはず。
私たちの仕事は、それを見せる。夢と希望を、みんなに与える。
がんばらなきゃ。
男たちは進んでくる。後退は許されていないから、ある者はじりじりと、ある者は迅速に。
彼らの内訳は死刑囚と捕虜が半分くらいづつ。見た目では区別がつかないけれど、振る舞いや動きで何となくはわかる。
私は、死刑囚は自業自得だと思うけど、捕虜の人たちはなるべくなら助けてあげたい。
ここはいい国だから。
それに、私だって生まれた国はここじゃない。
いい国だよ?
女の人が虐げられるどころか、平等か、もしかしたら男の人より出世できて。生まれや身分じゃなくて、純粋に能力だけで判断してくれる。
いい子にしていられたら、私の部下にもしてあげるよ。
だから、ね?
君たちも真面目にがんばって。観客のみんなを、安心させてあげて。
「敵前衛を、殲滅!」
私は駆け出し、みんなにも命令した。
「この、えいっ、死ねー!」
「全然遅い。前世からやり直し」
「ぎゃああああああああああああ!!」
各個撃破、包囲殲滅は私の得意な王道の戦術。隊のみんなが楽しそうに、圧倒的な実力差で敵を刈り取る。
このイベントでは別に敵を殺す必要はないんだけど、盛り上がった彼女たちは容赦がない。
ある程度は仕方がないと思う。私も別に手を抜くつもりはないし。囚人の処刑なら喜んでする。
反抗的な目の男の首を刎ね、やけくそ気味に向かってくる者の腹を薙ぎ、怯えた表情の敵の胸を一突きにする。絶叫と血飛沫。慣れ親しんだ戦場の空気。
私たちの攻めに耐え切れず、悲鳴を上げ逃げようとする男たちも出始める。後退はだめ。それに、一匹だって逃がさない。
包囲の外周にいる女戦士たちが追いすがり、背中から斬りつけていく。剣で。斧で。大鎌で。
地に伏し呻く敵を、槍やハンマーの女戦士たちがぶちゅぶちゅと止めを刺す。
私たちの包囲の輪はやがて閉じ、その中に生きて動く敵はもういなくなる。敵の前衛は全滅した。みんなが嬉しそうに血まみれの武器を高く掲げると、スタジアムから割れるような歓声が響いた。
とても誇らしい。
四方に手を振って、残りの処理に移る。
積極的に前に出て来れず、かといって後退もできずじりじりと歩いて来る残りの敵たち。
わずかな間で終わった私たちの殺戮に恐怖して、その歩みはより一層遅くなる。
逃げ出した者は衛兵の弓で射殺されたため、絶望の表情で進むしかない。すごく遅い。
だから、こっちから近づいてあげないと。
「みんな、行くよ」
私は指示を出し、みんなと共に敵の後衛の包囲にかかる。
敵のかたまりの外側から斬り捨てて行く。戦意に乏しい彼らはまるで抵抗らしい抵抗をせず、怯えて、身を寄せ合って、より小さくかたまっていく。可哀想。
包囲は簡単にできてしまった。
■
「みんな、そのまま」
「はーい」
私は手を伸ばして、みんなの攻撃を止めた。
このままだと本当に弱い者いじめの、ただの虐殺になっちゃう。だから、この辺りにしておこう。そう思った。
「戦場だったら、ここで降伏勧告するんだけど」
私は彼らにだけ聞こえるくらいの声で、話しかける。
「そうもいかないんだよね」
スタジアムをぐるりと見渡す。観客の熱狂は収まらない。もう一つくらい、盛り上がりを用意しないといけない感じ。どうしよう。
「じゃあ、一騎打ち」
彼らの数は20人ちょっと。私たちはそれより少ないけれど、やっぱり実力差がとてもある。
「一人でいいの。私と戦って。そうしたら、残りのみんなは助けてあげる」
彼らに代表を選ばせようとしたけれど、怯えきっていて、とても決まらない。
あんまりこのままでいるわけにもいかないし、私は副官に選んでもらうことにした。
「一番強そうな人がいいな」
「これ、ですかね」
「うん。じゃあその人で」
「これ」呼ばわりされた男が、無理やり前に立たされる。私は高く剣を掲げ、彼にもそうするように囁いた。スタジアムが盛り上がる。
「ちゃんと戦ってね。きちんとできたら、殺さないから」
きちんとできたらね。
「始めるよ。おいで」
私はそう小さく声をかけ、彼が叫んで剣を構えて踏み込んで来た。
いい感じ。
よけることは簡単だけど、これはショーだから。私はわざと剣を当て、鍔迫り合いをする。
隊のみんながスタジアムの方を向いて、笑顔で観客を煽ってる。いいよ。ありがとう。
あとはいい勝負をして、私が勝てばショーはおしまい。君も助かる。いい?
球技のラリーのように、剣と剣を何度もぶつけ合う。大歓声。
彼はがんばって、がむしゃらに斬りつけてきてくれる。隙だらけ。でも一気に決めるつもりはない。剣が痛まないように、それでいて華やかに見えるように。彼の斬撃を次々と受け流す。
「その調子」
私は笑顔で彼を褒める。いいよ。がんばって。あとちょっとだから。
けど。
彼がぜえぜえと息切れを起こし始め、目に見えて分かるくらいに動きが鈍り始めた。
「ちょっとちょっと」
早いよ。仕方なく、私から踏み込む回数が増えていく。
「もっとがんばらないと。死にたいの?」
私の言葉で、彼が何度か強い斬撃を打つ。けど。すぐに息が上がり、壊れた操り人形みたいに。
もう、ダメかも。
可哀想だけど。
諦めた私は、この一騎打ちを終わらせることにした。剣の刃を返す。よく磨がれたまっすぐな面ではなく、ぎざぎざの、のこぎりのような刃の方に。
斬りつける。
全裸の彼の脇腹を引き裂く。傷の深さ以上に派手に血が飛び散って、彼が苦痛に大きく叫ぶ。
さらに斬る。切り口は浅いけど、血と悲鳴がすごい。きっとすごく痛い。ごめんね。
私が反撃に転じたことで、観客がまた大歓声を上げる。
彼が何度も斬られ、もう防ぐこともできずに、ぐるぐると回っている。私の剣で踊らされているかのよう。目にはいっぱいの涙。
けど、握ってる剣を決して落とさなかったことは合格だった。がんばってる。殺す理由にはならない。
浅く何度も引き裂いて、いっぱい血を出させて、いっぱい叫ばせて。
最後に私の剣が彼の武器を引っ掛けて、真ん中から叩き折った。
そして、うろたえる彼の頭に鋸の方の刃を叩き付け、気絶させた。頭からは血がすごくたくさん出るけど、斬っても引き裂いてもいないから、傷は浅い。
はい。私の勝ち。
おしまい。
■
わーわーと歓声が鳴り止まない。私は四方に手を振って、頭を下げる。
これは演出だから、倒れた彼の身体を軽く踏みつけながら。
よくがんばったね。
ここまでできたら、観客も「殺せ」までは言わないと思うよ。
あとで選別して、何人か私の隊に貰おう。
経験上、このイベントで殺さずに得た部下は、まるで私を女王様のように慕って、すごくいい働きをしてくれるから。
死刑囚の立場から一転して、権利や高い給金を得るようになると、ほとんどの人たちは恨みや憎しみを忘れて私に尽くしてくれるようになる。
そういう人は、すごくいい子。
いい子な部下は平等に、愛してる。わざわざ見世物のイベントに出る成果はきちんとある。
今日の出来栄えには、自分でも満足していた。
あとは、女王様から「それまで」のお言葉を戴くだけ──
女王様からの使者が、副官に寄って何か指示をしていた。
私は戸惑う。まだ終わらないの? これじゃだめ?
「何て?」
彼女を呼び寄せ、私は尋ねた。
「これで終わりでいいそうですけど、最後に止めが欲しいそうです」
「止めって」
「降参した獲物が、二度と反抗の意思を持たないようにと」
「ええー」
そういうのも、ショーのうち?
美しく強いマリーゴールド隊の手によって、敵を完全に制圧して欲しい、と。
腕を斬るとか、足を斬るとか、そういった、「負けた烙印」を与えて欲しい、と。
困ったな。
彼らは、これからの私の部下。そのつもり。
だから私は、女戦士たちの剣を前に跪いている生き残りたちに、正直に話しかける。
「だって。どうしよう。死ぬことはないけど、痛い目に合っちゃうみたい」
つとめて優しく、なるべくなら、これ以上怯えることのないように。
「私も移民で、難民で、よそからきたから。この国で新しい人生を始めた人間だから」
あなたたちにも、そうして欲しい。
「手足なくしたら、社会復帰は難しいと思うし。一番待遇がいいのは軍だと思うし。私、あなたたちが欲しいの」
あなたたちは? どうしたい? 選んで。
「女王様のご指示だから、どこかは斬らなきゃいけないけど。あなたたちは殺されないわけだから。その後も生きていくために、考えて欲しいな」
どこを、斬られたい? 斬り離されるんだよ。取り返しがつかなくて、二度と戻らない。
でも、死ぬよりはずっといいよね。
困惑する彼らを前に、進まない展開。
副官が、何かを思いついたのか、私の隣で耳打ちした。
「去勢?」
「それなら、彼らの能力も落ちないし、多分、すごく盛り上がって円満に終わると思います」
すごくいい解決法に思えた。私は女だから。ちんちんを失う気持ちは分からない。
でも、それはきちんと聞いてみないといけない。あまり時間もないから、できるだけ早く。
「去勢が、ちんちんを斬るのが一番よさそうだって」
驚いた。彼らの顔は、どの戦場でも見たこともないほど、真っ青になっていたから。
それは本当に、可哀想になるくらいで、死を前にした絶望の顔と似て見えた。
そんなに?
私にはよく分からない。女だから。
確かに、子孫を残せないのは生物としてはつらいかもだけど、私たちは人間で、どんな不幸からも喜びを見つけ出して、生きていくための選択ができるはずで──
今はあなたたち自身の話をしてるんだよ。
あなたたちは殺される身だったんだから。死んじゃったら何も残せないから。
まずは生き残ることが今は先決だと思うんだけど。どうなのかな。
「一緒くたにどうこうしようなんて思ってないよ。だから一人一人、選んで?」
私はみんなに目を合わせて、そう言った。
時間もあまりない。斬って死なない部位もあまりない。でも斬らなきゃいけないみたいだから。
副官が補足をしてる。
このイベントで、獲物側が選べるなんて普通はありえないんだから。
ウィスタリア様が本当にお優しいから、なるべく楽な方法をいつも考えて下さるから。本当はお前たちみんな、もう死んでて当然なんだよ。私たちだってウィスタリア様のご命令だから手加減してたんだよ。
私たちに勝って自由に、なんて思い上がり以外はなるべくなら殺さないように。可哀想だからって。
お前たちは、ウィスタリア様に心の底から感謝すべきだわ。
他の隊が担当してたら、一人だってもう生きてはいないんだから。
だから、選んで。
どこを斬られたいか。
斬られた後で、この国で、どうやって生きていたいか。
私はびっくりした。
副官は、わりとサディステックな子で、男嫌いで、この女権国家な王国で本当に楽しそうに、生き生きとしてる。
戦場でも、かなり情け容赦ない。敵を殺す時、いつもとても楽しそう。というか、彼女は本当に男が嫌いみたいで、いじめて、泣かせて殺す時、本当にいい笑顔をしてる。
なのに。
「私はお前たち全員を今すぐ殺したいの。でもウィスタリア様はお優しいから、そうは思ってないの。分かった? 分かったなら今すぐ選んで」
男たちは、その言葉を受けて、全員、去勢の道を選択した。
■
ぶち。ぶちぶち。
全裸で、足を広げた男たちの股間が潰されるたびに、歓声が上がった。
隊の部下たちが、楽しそうに、剣や槍や鎌やハンマーで、男たちの股間を斬り、突き、潰し、ぐちゃぐちゃにした後切り離して高く掲げる。
轟く絶叫。今まで聞いたことないほどの慟哭。
副官の言う通り、観客はこの上なく満足しているようだった。
一人一人、順番に去勢されていくごとに上がる割れんばかりの歓声。男たちの絶叫。
去勢された男たちは、とても耐え切れない痛みに泡を吹いて気絶していく。それが、観客たちの熱狂と笑いを誘う。
盛り上がっていた。
一方的に殺す時よりも、一騎打ちで私が勝った時よりも。
何よ。
私は少し、不満に思う。
あれだけ考えて、演出して、がんばったのに。今のこれ。それ以上じゃない。
どうして?
みんな、これが一番見たかったの?
こんなことで良かったんなら。
こうすれば良かったんだったら。
私はもっと、楽に、簡単に、できたのに。
ねえ。本当に?
これでいいの?
私には分からない。
でも、スタジアムは最高に熱狂してる。
誰が指示するでもなく、隊の部下たちは順番に、ゆっくりと、いたぶって、いじめて。
交代交代で去勢を進める。男たちの叫び。女戦士の笑顔。観客の歓声。
最後、私の番が来た。
足元で気絶している一騎打ちの相手。意識がないから、彼からの承認は取り付けてないけど。
この場合、仕方がなかった。
その上、私は隊長だ。
今までで一番、盛り上げなきゃいけない。
私には分からなかった。まだ男性経験がないからそう感じるんだろうか?
どうして隊のみんなは、こんなに楽しそうにするんだろう。
でも、同じことを、ううん、もっとすごいことを今はしないと。
私はみんながしていたような笑顔を作って。
愛用の剣を返して、ぎざぎざののこぎりのような刃を足元の彼に向けて。
四方に、観客にアピールし、ゆっくりとしゃがみこむと、彼のペニスに刃を当てた。
女王様がとても嬉しそうに微笑んでいた。
期待されてる。答えなきゃ。
私はなるべく痛くなるように、簡単には切断されないように。
ゆっくりと、のこぎりの刃を挽き始めた。
おしまい
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投稿:2013.01.10
女権王国の国威発揚ショー
著者 としあき 様 / アクセス 13304 / ♥ 1