・一月の男
役所へ引越しの書類を届けに行った。
窓口の担当は少々くたびれた40代の男性で、
事務仕事をしている人間らしく、
爪色の綺麗な整った指先をしていた。
私がテーブルに胸を押し付けて頼むと、
わからないところを丁寧に教えてくれた。
お礼に役所のトイレにこっそり連れ込んで
股間をスッキリさせてあげた。
最初は神経質にソワソワしていたけれど
個室で二人きりになると大胆に服を脱いだ。
潔癖な気質で、服の汚れるのが嫌だったのだろう。
メガネを落とさないようにしまうか、
私の顔がよく見えるようにかけるかで、かなり迷っていた。
最近奥さんと出来ていないらしく、
行為は焦り気味でかなり性急だった。
それでも乱暴にはならないところに優しい性格が窺える。
しっとりとした綺麗な声の持ち主で
無理にでも喘がせたくなる素敵な低音だった。
人の耳を気にしなければいけない場所を選んだことを私は少し後悔した。
彼は射精の前にトイレットペーパーを使って性器を包み
全部受けてしまおうとしていた。
あまりにも味気ないので、私が頼むと
躊躇いながらも、便器に向けて射精する様子を見せてくれた。
私はペニスを支える手を彼と交代し、
残る雫を優しく揉んで搾り出した。
彼の欲求不満はずいぶん溜まっていたようで、
ペニスを切り取ったときにはどこかほっとした顔をしていた。
形の良いペニスと陰嚢は、コロリと転がるように私の掌に納まった。
私がそれを鞄の中へしまいこむのを、彼は名残惜しそうに見ていたけれど
ポラロイドで顔写真を撮ると、
ちょっとビクビクしながらサインもしてくれた。
印象にたがわぬ美しい字で、私が褒めると照れて耳を赤らめた。
ただ、パンツの内側に
真っ赤な口紅の跡が残っているのに気づくと
奥さんに怒られると、頭を抱えて困っていた。
ちょっといたずらが過ぎたようだ。
私は心の中でこっそり謝り、その場をそっと離れた。
家に帰って真新しい壁の棚にペニスを飾る。
プラスチックの棒を尿道につきたてると、
小さく縮んだまま赤ん坊のように立ち上がるのが可愛らしかった。
腐らないように加工しなければならない。
私は明日の予定を組みながら、ペニスと写真をうっとりと眺めた。
・二月の男
北風の吹く街を歩いていると、
作業着を着こんで首を竦めた大柄な男とすれ違った。
20代か30代か。力仕事で身体は鍛えられているが、
女の匂いがしない野暮ったい格好で、
バレンタインの広告を横目に、いかにも寂しそうな顔をしていた。
思わず、チョコレートが欲しい? と声をかけた。
彼は驚いて眼をパチクリとさせたが、
どこか諦めの混じった表情で
肩を竦めながら、まあね、と答えた。
だから路地裏に連れ込んで、鞄の中の板チョコを手渡した。
これを食べてて、と命令すると、彼は素直に食べ始めた。
私が股間の前にしゃがみこんで、彼のジッパーを下ろしても
頭の上でカサカサと鳴る銀紙の音は続いていた。
女性に見せることをしばらく想定していなかったらしく
汗に蒸れたペニスは少し汚かった。
自覚があるのか、スマン、と謝る男に
チョコを食べ続けるよう指示を出すと、
私は自分のチョコを食べる前に、ウェットティッシュで拭った。
射精が勢い良すぎて、飲みきれなかったので
ティッシュは一枚では足りなかった。
彼はチョコを食べ終わった後も、
私がペニスを切り落とすのをおとなしく待っていた。
肉体労働の世界では、命令は絶対、という風潮があるのだろう。
ゴミの銀紙も丸めて握りしめている意外な行儀よさが微笑ましかった。
立派な男根と睾丸の重みが股間から離れた瞬間だけ、
彼は小さく喘ぎ声を上げて身を震わせた。
くたびれたパンツを引き上げて
再びジッパーを上げるところまで全部私に任せ、
自分の顔写真に汚い字でサインをすると、
低くかすれた声で、ありがとう、と彼は言った。
どういたしまして、と優しく笑いかけ、私達は別れた。
立ち去る彼の足取りは、しっかりとしていて、
寂しそうな印象は拭われていた。
何が変わったのだろうとその後姿を見送った私は
角を曲がった頃に、前は首を竦めていた彼が
心持ち顔を上げていたことにようやく気づいた。
・三月の男
カフェで紅茶を飲んでいると、
茶髪の若い男に声をかけられた。
顔立ちは中々ハンサムだったのだけれど、
軽薄を形にしたようなその格好に
私は最初同行を断った。
彼はしばらくその周辺で、道行く女性に声をかけて回り、
私は風に乗って届くいかにも前時代的な口説き文句を聞きながら
しかしその豊富なバリエーションに感心していた。
太陽の角度が変わり、青年の肩が落ち、
何人に断られたのか私も数えるのをやめた頃に、
彼が再び声をかけてきたので、私はこらえきれず噴き出した。
私に声をかけたのが二度目だと気づくと、
彼はバツの悪そうな顔をして謝り、その場を去ろうとしたが、
私は二度とも綺麗な眼を褒められたことに気をよくして
そのまま彼をラブホテルへ連れ込んだ。
彼は突然のことに目を丸くしていたが、
部屋に入るとナンパ男らしく手馴れた様子でロマンチックなHを演出して見せた。
舌使いも腰使いもなかなかのもので、
私も久しぶりの充実したセックスに満足し、
事後の気だるさの中で改めて自己紹介を兼ねたピロートークをした。
自分の腕を枕に、ベッドへ仰向けに寝そべる彼の股間に陣取り、
私は彼のへそにキスをしながらペニスを切り取る。
彼は私の髪をなでながらそれを見下ろして、
いつも一夜の恋人にしかしてもらえないと呟いたので、
私はびっくりしてギリシャの石像のような裸身を頭から股間まで見つめなおした。
それはあなたが一夜の恋人にして欲しそうな格好をしているからよ、と伝えると
いかにも心外だと彼が言うので、正しいナンパのファッションについて喧嘩になった。
子供じみたやりとりが少し落ち着いた後、
彼は、愛のないセックスが虚しくなってきたところだったのだと
切り離された自分のペニスをつまみあげながら言った。
誰のものかすぐわかるように、と、
彼は耳につけていたピアスを亀頭の先に付け替えて私にプレゼントしてくれた。
尿道から垂れるシルバーのきらめきが、体液の雫のように見えた。
別れ際に自分の写真へモデルのようなスタイリッシュなサインをした後、
彼はそれを嫌そうに見つめ直して、チャラいな俺、と漏らした。
・四月の男
仕事帰りの桜並木で夜桜を愛でていると、
顔を腫らした学生服の少年を見つけた。
喧嘩をしたのか全身を殴られたように見えたが、
警察を呼ぶかとの私の問いに、彼は首を振った。
濡らしたハンカチを顔に当てさせて
放っておくのもすっきりしないので、
自宅へ連れ込んで簡単に手当てをした。
着崩して悪ぶった格好をしてはいたものの、
アクセなどのオプションを外すと、真面目な優等生の姿になった。
髪を染めたりピアス穴を開けたりはしていない。
いつでも"戻れる"慣れない不良ぶりが可愛らしく思えた。
ズボンをずらしてパンツを見せるのは平気なのに、
脱いで見せるのは恥ずかしいらしい。
最初は処置に肌を見せるにも上半身だけで、それ以上は頑なに拒んでいた。
それでも股間をかばってぎこちなく動く様子に私は怒り、
涙目の少年を全裸にさせた。
少年の睾丸は蹴られて腫れ上がっていて、
さわると情けない声で悲鳴を上げた。
刺激で射精した彼は部屋に精液を撒き散らし、
パニックを起こして暴れる少年をなだめるために
私は彼の若い性器を咥えた。
小麦色に日焼けしつつもハリのある肌を羨ましく思いつつ
私は生えそろったばかりの陰毛から漂うどこか甘い匂いを吸った。
五度ほど射精した頃には彼も落ち着き、
私がペニスを切り取っても、夢見心地でそれを見ていた。
しっかりとした格好で制服を着させてカメラを向けると、
少年は生真面目な顔をして、証明写真のような出来栄えになった。
筆圧の濃い名前も、テストの答案みたいに見えてくる。
私は耳元に、その方がカッコいいわよ、と囁き、
顔を真っ赤にした少年を玄関へ送り出す。
息子を見送る母親のような気持ちになって、
いってらっしゃい、と声をかけると、
少年はなにやら顔を真っ赤にし、モゴモゴと聞き取れない声で呟いて、
一つペコリと頭を下げると、夜闇の中へ走り去った。
・五月の男
電車の中で痴漢にあって、
私は相手の顔を思いっきり殴り倒した。
が、それは隣の関係ない人だった。
犯人は大慌てで逃げ去り、
私は鼻血を垂らす男性に謝るのに必死で追いかけられなかった。
次の日、拾った女物のバックを届けに近くの交番へ行くと、
そこで頬にガーゼを当てたおまわりさんに出会った。
私を見て彼はギクリと身を竦め、私は気まずさと申し訳なさで、
届け出の書類を書きながら再び謝り通しになった。
彼は警察官という職業柄、痴漢を捕まえられなかったことを逆に謝罪し、
大事にはしたくないので訴えることもしないと念押ししてくれた。
それでも恐縮する私に、彼はいたずらっぽく微笑み、
お詫びにデートしろと脅迫したら怒られるかな、と冗談めかして言った。
なので私は、警官に脅迫されたことをネタに彼を脅迫して仮眠室に押し込んだ。
彼は上気した顔で、交代の同僚が来るまでに終わらせたいと懇願し、
私はそれを了承して彼を制服のまま押し倒した。
Mっ気のあるおまわりさんは、私の命令に素直に従って自分の腕に手錠をかけ、
乳首をつねられたり陰毛をむしられたりしながら恥ずかしそうに喜んでいた。
ペニスを切るときも彼はわざと痛くして欲しいと注文し、
切り離す瞬間まで硬く勃起したまま、自分の顔に届くぐらい勢い良く射精した。
私が傷口の始末をする間、彼は必死に制服のシミをごまかそうとしていたが、
カメラを向けると、ノリ良くわざわざ帽子をかぶって敬礼してくれた。
出来た写真は顔に殴られたアザがある上、
精液がべったりとついたままの情けない有様だったので、
私達はそれを見ながら笑った。
そこへ彼の同僚が、いつもより少し早めに到着し、
私達はバタバタと慌てて身なりを整え、急いでその場をごまかした。
怪訝な顔をしている彼の同僚に、何をしていたのかバレないうちに、
私は後ろ暗い恐喝犯らしく、そそくさと交番から逃げ去った。
家に到着して初めて、私は彼のペニスを置き忘れてきたことに気づいた。
私はとても残念に思ったが、仕方がないと諦めた。
しかし数日後に、私の自宅に宅配便が届いた。
見覚えのない名前に首をひねりながら箱を開けると、
生鮮パックのペニスとともに、こちらへ向けて敬礼する写真が出てきた。
威張るように巡査の肩書きまでつけてある彼のサインを指でなぞり、私は微笑んだ。
・六月の男
天気予報は晴れるといっていたのに、
突然降り出した豪雨に追われて、私は近くの喫茶店に逃げ込んだ。
ロマンスグレーの粋な格好をしたマスターが
濡れた私にタオルを手渡してくれる。
雰囲気の穏やかな静かな店で、私はとても居心地が良いと感じた。
しかし客は他におらず、お世辞にもはやっているようには見えない。
店の中を見回す私に、この雨ですからね、と客の少ない言い訳をしながらも、
マスターは香りの良いコーヒーを入れてくれた。
この店は趣味のようなものらしい。
駅から少々離れた立地のため、訪れるのはほぼ顔見知りだけだとか。
定年後は奥さんとのんびりする為に手に入れた店なのだが、
さあこれからという時に奥さんは事故で亡くなってしまい、
今は暇をもてあますことになってしまったのだと寂しそうにマスターは言った。
やけに空気が重たくなってしまったので、
私は立ち上がり、マスターに手を差し出して、踊りませんか、と言った。
ちょうどその頃、店内のBGMに、ムーディなカントリーソングが流れていて、
湿っぽい風を吹き飛ばすのにちょうど良いと思ったからだ。
私の突飛な発言に目を丸くしていたマスターも、
ノスタルジックな曲を黙って聞いて、気分を落とすよりはと、
柔らかく笑って私の手をとり、整った口ひげを軽く押し当てた。
ウィ、マドモアゼル。冗談めかした答えも、お洒落なマスターには似合っていた。
リードも堂に入った優雅なもので、
激しいステップには身体がついていきませんよ、と彼は言ったが
ピンと伸びた背筋は、しっかりと私を受け止め、二本の腕で包み込む。
私が彼の股間に腰をこすりつけると、
マスターはいたずらをする子供を見守るように眼を細めた。
曲が終わると、どうせ誰も来ないのだからと、彼は表の札を閉店にしてしまった。
私は振り向いたマスターの唇を奪い、彼は私をお姫様のようにカウンターに抱え上げた。
彼は私の敏感な部分を口ひげでくすぐり、私は彼の敏感な部分を甘噛みした。
延々と流れ続ける切ない曲を聴きながら、私達はゆったりとコーヒーの香る愛撫を重ねた。
マスターのペニスは髪と同じごま塩の陰毛に包まれていて、
彼の精液を飲み干した私が、両手で掴んで切り取りたいとねだると、
どうぞ、お好きになさってください。もう使うこともありませんので、と、
やはり穏やかな大人の言葉が返ってきた。
もう店と一心同体だからと言って、
マスターは写真に、自分と店の名前を書いた。
それを受け取る頃には、もう雨も上がっていて、
店を後にする私を、彼は微笑みながら見送ってくれた。
・つづく(七月の男)
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投稿:2013.03.08
今年の男(上)
著者 自称清純派 様 / アクセス 8348 / ♥ 5