・七月の男
海で肌を焼いていると、二人組の男にナンパされた。
好みでないので相手にしないでいると、
やがて激昂した二人は掴みかかってきた。
監視員をしていた浅黒い男が、それを見て止めるために割って入った。
ナンパ男達は八つ当たりで暴れまわり、監視員にも殴りかかろうとしていた。
なので私は後ろから男二人を殴り倒した。
騒ぎに人が集まってきたので、男たちは逃げる。
受けて立とうとしていた監視員は、行き場をなくした握り拳を持て余しながら
助ける必要はなかったらしいな、とぶっきらぼうに呟いた。
注意を引いてくれて助かったのは確かなので、私はお礼を言った。
彼は肩を竦めると、鉄パイプの監視塔に戻った。
競泳水着に包まれたお尻は、引き締まったいい形をしている。
改めて見れば、目つきは悪いが顔立ちもハンサムで、
黒く焼けた肌も、嫌らしさのない健康的な色だ。
少し離れてしばらく眼の保養をしていると、シフトが終わったのか、
彼は大学生くらいの若い男と交代した。
すると、途端に彼は、休憩時間を待っていたらしい水着の女達に群がられた。
あれだけの物件なら、女にももてるだろう。
さもありなんと通り過ぎようとしたとき、
ふと彼と眼が合い、彼が非常に迷惑そうな表情をしていることに気づいた。
元々そんな顔なのかもしれないが、先ほど助けられた恩もある。
さっきの乱暴な二人組がまた向こうでナンパをしていたわ、と声をかけてみた。
彼はそれを聞くと、私の示したほうへ走っていった。
もし本当は嫌でないなら、同僚に任せて戻ってくればいい。女達は待つだろう。
しばらくして、そろそろ帰ろうかと人ごみを離れた私を、不機嫌そうな声が呼び止めた。
蛍光色の目立つ水着に、パーカーを羽織った例の監視員だ。
眉間に皺を寄せた男は、例の二人組について
仲良く頭の軽そうな女達とビーチバレーをしていたと報告した。
知っていて伝えた話なので、あらそう、と軽く流す。嘘はついていない。
男は私の様子を見てため息をつくと、不機嫌そうに礼を言った。
肩を竦めて、なにもしてないわ、と去ろうとする私に
女はいいな、しつこい相手を殴り倒せて、と彼が言った。
女が嫌いなのかと尋ねると、オレはホモじゃないと返事が来る。
私は苦笑しながら、再度"女が嫌い"なのかと聞いた。
時々無性に腹が立つ、と彼は私から眼をそらして答えた。
それでいて私にあえて声をかけてくるのだから、男というのも面倒な生き物だ。
自分の意思にそぐわずとも、どこかで性欲を発散させねば爆発してしまうのだから。
本人も悔しそうな色を滲ませながら、苦行に耐えるような顔をしていた。
そこで私は、彼の業を解き放ってあげることにした。
彼は突然持ちかけられた男をやめる提案に、最初はあっけに取られていたものの、
少し逡巡して内容を吟味した後、あっさりとそれを受けた。
人目を離れた堤防の影で、彼は思い切り良く水着を脱ぎ捨てた。
立派なものが包まれていたのは、浜辺にいたときからわかっていたが、
直接眼にすると、短く刈り込まれた陰毛と、三角形に残った日焼け跡が
清潔さと卑猥さを兼ね備えながらペニスを彩っていて、うっとりとしてしまった。
最後に一度射精しておきたいと、彼は私の前で自慰を始める。
ちらちらと私の身体に目をやるので、私も水着を外して彼を手伝う。
彼の睾丸に手を伸ばして揉むと、舌打ちと快感に耐える荒い吐息が同時に聞こえた。
彼が自分の棹を扱くことに専念し、腹の上に最後の白濁を搾り出して果てると、
私はそのヌードモデルのような性器を切り取った。
彼は射精の瞬間まで終始不機嫌そうな顔で、
撮った写真にサインをさせようとしたときも、子の仇のように私を睨んだが、
特に異論なくカメラに収まり、軽快にペンを走らせた。
女の前では顔をしかめるのがクセになっているだけだと、そろそろ私にもわかってきた。
再び水着をはいた時、彼は眉根を八の字に下げて困った顔をした。
確かに、股間の膨らみを失ってだぶついた男性用の競泳水着は、
非常にみっともなく見える。
苦笑しながら、水着買いなおさねえとな、と呟いた彼は
そのうちクスクスと声に出して笑い出し、
やがて口を開けて少年のような屈託のない笑みを見せた。
彼の本当の笑顔を見た女は、私が初めてではないだろうかと、
一緒になって笑いながら私は思った。
・八月の男
花火大会を見るために浴衣に着替えて川辺へ行くと、
そこで迷子の少年に出会った。
小学生くらいの男の子で、両親と共に来たというのだが
何故か親を探すのに積極的ではない。
せっかくの花火を警察に預けられて待ちぼうけになるのも可哀想なので
私はその子と一緒に見学することにした。
たまたま警備に来ていた知り合いの巡査に、私の携帯番号を教えて
親が見つかったら連絡が来るように頼んでおく。
懐かしいビー玉を落とすタイプのサイダーを与えて
ベンチに座って休んでいると、やがて父親が見つかった。
待ち合わせの場所に駆けつけてきた藍染の浴衣の男性は、
ひとしきり少年に説教をすると、ペコペコと私に頭を下げた。
父が見つかっても少年は嬉しそうに見えず、私から離れようとしなかった。
仕方なくそのまま親子に同行すると、
別れた妻に引き取られた息子なのだという事情を聞く。
今日は月に一度の面会日で、奥さんは帰りに迎えに来るのだそうだ。
まるで家族のように、少年を挟んで手を繋ぎ、夜風を浴びる。
父子の間の会話はぎこちなく、初対面の私が取り持たなければならなかった。
間が持たないので私はカメラを使い、
無理矢理二人の写真を撮ってそれぞれの名前を書かせた。
二人が写った三枚の写真の一つは父親に、一つは息子に。おまけの一枚は私の分だ。
父親には言うまでもないので、息子の方になくしちゃダメよと、念を押した。
少年は黙って神妙に頷いた。
幼いながらにこれにどういう意味があるのか察しているのだろう。
花火が始まる前に、少年は疲れて眠ってしまい、
そこでようやく男は、息子を遠慮なく抱き上げてかかえた。
知らない間に重くなっちまって、と寂しそうに呟く父親の愚痴に
ところどころ相槌を打ちながら、人ごみを抜ける。
浮気して出て行ったのは奥さんの方らしいが、
女親だから、と親権を渡してしまい、今は後悔しているそうだ。
こんなに遠くなるとは思わなかった、と彼は息子を強く抱きしめた。
ドン、と花火の音に少年が目を覚まし、驚いて父の首にしがみ付く。
大丈夫、大丈夫、と背を叩きながら、男は赤ん坊のように少年を揺すった。
仕草に手馴れた様子が見える。昔は仲の良い親子だったのだろう。
花火が終わるまで、そのまま親子は空を見上げていた。
花火が終わると途端に男性の携帯が鳴り、彼は息子を下ろした。
私に息子を預けて会話を始める父親を、少年は不安そうに見上げる。
短いやり取りで通話を切った彼は、帰るぞ、と少年に呼びかけた。
一度手を放した親子は再びぎこちなくなり、少年はまた私の手を離さなくなる。
結局最後まで私は二人と一緒に歩いた。
相手方に引き取られていった息子の姿が見えなくなると、彼は突然泣き始めた。
ポロポロと涙を零して泣きじゃくる大人をあやしながら、
私は彼を人通りの少ない公園のベンチへ連れて行った。
私は浴衣を肌けさせ、胸を彼の顔へ押し付け、全身を使って彼を慰める。
彼の浴衣の裾をめくり、下着を脱がせると、
彼は私の乳首を吸いながら、ペニスを私の掌に擦りつけた。
私の中へ白い涙を流した後も、彼は私の胸に顔を埋めていた。
彼が、すまない、と呟いたので、私は彼のペニスに爪を立てて抓った。
腰をはねさせる彼に、こういう時はありがとうだと、躾ける。
乱れた浴衣の隙間から、お互いの肌を密着させて
火照った熱を感じながら、私達はしばらく無言のまま、星を眺めた。
硬さを失った彼の性器を撫でながら、それを切り取ることを仄めかすと、
彼は自ら腰を差し出し、たのむ、持って行ってくれと、浴衣を大きく割り開いた。
本当に良いのかと念を押す私に、俺の息子は一人だ、他は要らないと、彼は言い切る。
私が股間にかがみこんでいる間、彼は花火のときと同じ父親の顔で見守っていた。
軽く浴衣を整えた後、私達はその場で別れた。
彼は何かを吹っ切ったような顔をしており、
その足取りにも迷いはなかった。
・九月の男
女一人で夜道を歩くのは褒められたことではないが、避けてばかりもいられない。
急ぎ足で歩く私の目の前で、一人の男がチンピラに囲まれて殴られていた。
春に出会った制服の少年を思い出したが、誰も彼もを助けて回る義理はない。
殴られているのも子供ではなく、成人男性だ。
私は、他の男性通行者の良識にまかせて、そのまま無視することにした。
しかし、チンピラの一人が何を思ったのか、
囲んでいた輪の中から男を蹴りだし、
被害者はちょうど私の足元に飛んできて道を塞ぐ形になった。
彼は私の足にすがりつき、弱々しい声で助けを求めた。
なお悪いことに、チンピラの方でも私を取り囲む。
女に助けを求める男性を嘲弄しながら、中の一人がついでに私に手を伸ばしてきた。
ついでで暴行されてはかなわない。
私はそのチンピラの関節をひねり上げて首筋にナイフを押し当てた。
全員が驚いて息を呑み、喉元から血の筋を垂らす男はその場で失禁した。
そこで元締めのような男が口を出す。
顔面に刀傷のあるガラの悪い男は、口調だけは丁寧に子分の非礼を詫びた。
一応足元の男性が殴られていた理由を聞いてみる。
そちらに非があるなら私は容赦なく相手側に蹴り返して去るつもりでいた。
だが、話を聞くには、払えない額の酒を注文したと、いわゆるぼったくりバーのようだ。
どちらが悪いとも一概には言い切れないラインで非常に判断に困る。
殴ったところで、金にはならないのだから、
財布ごと丸裸に剥いてさっさと追い返せ、と私は言った。
元締めの男は、何がおかしいのか突然笑い出し、
倒れていた男性に裸になれと命令すると、パンツ一枚残さず子分に回収させ、
自分は私が締め上げた下っ端の首根っこを掴んで頭を小突きながら去って行った。
とにかく、その場には、私と、
どういうわけか全裸ネクタイで路上に正座する男だけが残された。
男は涙目で、せめて股間を隠せそうな布と、自宅に帰りつけるだけの金を所望した。
なかなか面の皮の厚い男だった。
必ず後で返しますから、と瞳を潤ませて乞う男は、
女の母性と嗜虐心をくすぐるダメ男のオーラを放っていた。
なんとなく、犬の鎖のように男のネクタイを引いて自宅に連れ帰った私は、
適当に手当てをした後、騎乗位でセックスをした。
許してください、と男が泣くまで絞った後、寝物語に身の上話をさせる。
頭が悪いわけではないらしく、彼は要領よくまとめて自分の物語を語ったが、
その話を要約すると、つまり風俗嬢に入れ込んで貢いだ挙句、
美人局に締められて叩き出された以外の何物でもないので、
頭が良いわけでもないらしかった。
彼女は僕と逃げると言ってくれたのにお金が足りなくて助けられなかったんです、と
彼はすすり泣き、私はなるべく冷静に、騙されているのだと伝えてあげようとしたが、
その程度で素直に信じるとは私も思わなかった。
彼女はそんな子じゃない、と泣き叫ぶ男に、
女が何を考えていたかは百歩譲ってわからないとしても、
結局女一人養う甲斐性のない男に水商売の女は手に負えないと諭すと、
男はしょんぼりと肩を落とした。
彼は、もう人生が終わったと嘆いた。
女一人で大げさな、と思いきや、その女に貢いで貯金も使い果たし、
仕事もクビになり、自宅も抵当に入って差し押さえを待つばかり、
家族親戚からも縁を切られ、最後に残った母の形見の結婚指輪も、
先ほど女に手渡そうとした直前に、美人局に取り上げられたのだという。
絵に描いたような転落人生に、笑うべきか哀れむべきか私は悩み、
せめてもの情けで、彼がこれ以上肉欲に引っ張られて過ちを犯さないように
彼のペニスを切り取ってあげた。
彼はペニスを取り上げられるのを見ながら、メソメソと泣いていたが
やがて母親の乳首に吸い付く赤ん坊のように、私の胸に顔を埋めたまま眠りに落ちた。
次の日の朝、憑き物が落ちたように爽快に目覚めた男は、
書きなれた様子で、ハンコはいりますか、と自分の顔写真にサインをしながら、
今の僕なら、曇りのない純粋な気持ちで彼女を迎えに行くことができますよね、と
にこやかに微笑みながら言った。
私は彼の為に朝食を作り、食べさせた後、
彼のネクタイにきれいにアイロンをあてて、部屋の外へ追い出した。
・十月の男
この数週間というもの、私はストーカー被害にあっていた。
行く先々の場所で視線を感じ、常に誰かが後ろをついてくる。
相手が一人なら巻きようもあるし、捕まえて締め上げれば済む話なのだが、
相手が複数名で、しかも本人達は"単に上の命令に従っているだけ"となれば
いくら不快だとはいえ、殴り倒すのも気が引ける。
命令を出した当人に苦情を申し立てても、豪快に笑うばかりで暖簾に腕押しだ。
私を見張らせているのは、先月出会ったチンピラの元締めだった。
夜道でガラの悪い男達相手に啖呵を切った私がなにやら御気に召したらしく、
暇を見つけては、ブランド物のプレゼント片手に自分の女になれと口説きに来る。
少なくとも三日に一回は顔を出すそのマメさに、
やくざ仕事はそんなに暇なのかとつい言いそうになった。
顔面に刀傷のある強面の男や、季節外れの極彩アロハ集団を引き連れていては
私の日常生活にも支障が出る。
さすがに、職場にまで突入したりはしてこないが、
ファミレスで昼食を取ろうとすると、なぜだかすでに私の名前で予約が入っていたりする。
店内を見回すと、穴の開いた新聞を読んでいる振りをしている男がいたりする。
怒った私は、気の毒だと思いながら、その男を痛めつけて脅し、伝言を持たせた。
翌日、呼ばれて上機嫌の兄貴分が、ダイヤのネックレスを持ってやってきた。
毎度のごとく、いらないと言うと、もっと高いほうが良いかと見当外れの答えが返る。
私は渡されたダイヤを公園のゴミ箱に直行で投げ捨て、
金額の多寡に関わらず、汚い金で手に入れた物を受け取る気はないと告げた。
私はそちらの世界に行くことはないとはっきり宣言する。
すると、彼は私の前に顔を出さなくなり、子分達も私の周りをうろつかなくなった。
私は、ほっと安堵のため息を漏らした。
しかし、また数週間後、
自宅の玄関の扉を開けた私の前に、バラの花束を持った人相の悪い刀傷の男が現れた。
私は思わずヒットマンを連想し、その花束の中から拳銃が出てくるのかと思った。
悪びれず、花束を差し出す男に、それも突き返そうとすると、
男は、それは夜店の屋台でタコ焼きを売りさばいた金だ、汚れた花じゃねぇ、と
存外に、真面目な顔をして言った。
似合わぬ態度と、言われてみれば中途半端な本数の安っぽい花束に意表を突かれ、
私は思わず男を部屋の中へ上げてしまった。
お前に惚れた、と耳元で繰り返す男に流されて、私はそのまま彼に抱かれた。
傷だらけの肌に汗が煌き、指でなぞると引き攣れた凹凸を感じる。
彼の背中には鮮やかな龍がいて、股をくぐって性器にまで尻尾を絡ませていた。
彼が親父と呼ぶ彼を拾った親分が勧めたというそのデザインは、
射精するのに合わせて艶かしく色づいてうごめき、私の中に龍の種を撒いた。
墨を入れる際には当然相当の痛みがあったそうで、
親父は気に入った相手に時々こういう意地悪をする、と彼は苦笑しながら漏らした。
でも、恩があるから逆らえないのだと、彼は言う。
行き場のない自分に飯を食わせてくれて、面倒を見てもらった恩があるから、
尻尾を振って言われた通りに芸をする。
身体を張って自分から銃弾や刃物の盾になり、身代わりになって喜んでムショに入る。
一生かかっても返せない恩がある、と彼は続けた。
今では自分も同じように、何人もの若い男に墨を彫らせた。
自分の盾に傷を負わせて、自分の命令でムショに送った。
だから、もう引き返せない、自分だけまっとうに生きるには遅すぎる、と。
私は彼の唇を奪って黙らせ、ゆっくりとリードを取って、
まるで普通の恋人達のような、穏やかなセックスをした。
彼は再び果てた後、私の耳元で荒い息を吐きながら、
泣きそうな声で、俺は本気だったんだと囁いた。
私は、わかってるわと答えて、彼のペニスを切り取った。
彼は最初のうち怪訝な顔をしていたが、
やがて例の豪快な笑みを浮かべて乗り気になり、
切ったペニスをどうやって飾るか、どうやって自慰に使うかにまで注文をつけた。
自分の写真にもやたらと達筆な署名をした後、指を切って拇印を押したので
なにやら血判状のようなものが出来上がった。
彼は代わりに私の形見も欲しがったのだが、
その割りには、私の身体に傷をつける事は俺には出来ないと情けない顔をするので、
私は陰毛を数本引き抜いて渡した。
彼はそれを大事そうに懐紙に包んで、墓まで持っていくと笑顔で言った。
俺を忘れんでくれ、と真剣な顔で言い残して、
夜明けが来る前に彼は去った。
私は彼の薔薇をガラスのコップに生け、
不器用な生き方しかできない男の、誠実さの欠片を飾った。
・十一月の男
残暑が長引いたので、通りのイチョウがいまだに葉を残していた。
さすがに落ちている葉も多く、街は黄色い絨毯に覆われている。
休日に通りを歩いていた私は、シャッター音を聞いて振り返った。
そこには、旅行者と思しき金髪の外国人が、
私を見下ろすようにカメラを構えていた。
エクスキューズミー、と歌うように話す青い眼の男は
あまりにも美しかったのでつい撮ってしまったと悪びれずに言った。
イチョウ並木に溶け込むような金髪も、絵になる光景だと思ったので、
私も鞄からカメラを出して男を撮った。
これでイーブンね、と微笑みかけて去ろうとすると、
ノンノン、ボク今ヘンなカオしてたネー、アゲインアゲインと、
私を呼び止めてポーズをとろうとした。
自分も不意打ちで私を撮ったではないかと私が言うと、
彼は、では再び撮り直すから、モデルになってくれと頼んできた。
どうせ撮るならゲイシャルック、クノイチルック、
ヌードはボクがハズカシーからダメね、と注文の多いワガママ外人に合わせて
夏の浴衣は流石にもう肌寒いので、
知人の伝手で穴場の温泉旅館を紹介してもらい、
そこの浴衣で我慢してもらうことにした。
彼用の浴衣もあると聞くと、喜んでホテルに電話してキャンセルしていた。
カナダからやってきたと自己紹介した男は、子供の頃から日本が好きで、
ニンジャとサムライとクンフーウォリアーに憧れて育ったのだと語った。
長年の夢かない、バックパックを背負って憧れの地にやってきたが、
思ったよりモダンでオチデンタルな様子に少しガッカリしていたそうだ。
ガイドブックを片手に、主要な神社仏閣等を見て回ったが、
もう少しカントリーサイドの雰囲気を感じたいと、ぶらついていたらしい。
観光に見切りをつけた日本の田舎こそ、
彼の望むエキゾチックでオリエンタルなオーラとは無縁に思うが、
長年の夢を打ち砕くのも忍びない。
小さな神社に案内し、五円のお賽銭を共に投げ、
駅前の商店街であんみつをおごらせ、
子供の通う剣道場で、少年侍に斬られてもらった。
日暮れ前にたどり着いた温泉は、思ったより本格的な日本旅館で、
連れは大喜びでシャッターを押しまくっていたが、
私は政治家が賄賂を受け取っている場に行き合わせてしまったりしないかと
少しだけ落ち着かなかった。
とにかく、約束の浴衣撮影会を開き、
女将の好意で貸し出された仲居の着物も使って小一時間ほどモデルの役を果たすと、
私は興奮のあまり日本語を忘れた男を温泉へ投げ込んだ。
これを目当てにガイドを引き受けたといっても過言ではない露天風呂は、
なかなか趣き深い岩風呂で、効能は滋養強壮の混浴だった。
白人らしく、あっという間にピンク色に肌を染めた彼は、
湯の熱さに絶叫するうちに恥を忘れ、温度に慣れた頃には、
立派なサイズでありながら先端まで皮に包まれたペニスを隠すのをやめ、
左胸に彫られた"愛"のタトゥーを見せながら、日本への愛を早口で語った。
やがて私達は部屋に戻ってセックスをした。
湯にのぼせたのか、温泉の効果か、それともお国柄なのか
熱に浮かされたように延々と愛を囁きながら、彼は私を抱いた。
髪と同じ色の体毛が全身を覆っていて、まるで黄金の獣のようだった。
金の陰毛に指をからめて、ペニスを切り取るときも
これが日本のハラキリ文化デースネ、と、どこかずれた解釈をしながら
私の指先を興味津々で眺めていた。
彼は切られた自分の性器を見つめて、
これで日本人に少し近づけただろうか、と呟いた。
彼はカナダに居場所がなくて、いつかこの国に移り住むことを夢見ていたという。
しかし、訪れてみればそこは自分の思い描いていた御伽噺の国ではなく、
故郷と同じように、いや、もっと窮屈に働く人たちで埋まっていて、
もちろん人々は親切で、丁寧に接してくれるけれども、
そこに歴然と、"客"に対する厚い壁が存在することを感じとっていた。
ボクも日本に産まれたカッタ、と寂しそうに彼が言うので、
その時は、あなたはカナダに住みたいときっと考えているんだわ、と言った。
彼は青い眼をキラリと輝かせて、ソウダネ、と笑った。
サインをさせる写真は、結局最初に撮った一枚になった。
彼は最後まで渋っていたが、写真を撮る腕はともかく、彼にモデルの才能はない。
ボクのミドルネーム、ママしか知らないよ、別れた奥さんもきっと知らない、と
流れるような字体で書いた長い名前にピリオドを打ち、
マタ来るネ、と笑顔で手を振って彼は去った。
さすらう旅人に、魂を埋める宿がいつか見つかるだろうかと、
私は黄金のイチョウの葉を一枚、風に飛ばした。
・十二月の男
年末を一人寂しく過ごしていると、
実家の父が私を心配して様子を見にやってきた。
連絡なしに現れて、部屋にいなかったらどうするつもりだと苦言を呈しながら
適当に食事を作って食べさせる。
抜き打ち検査で、年頃の娘の部屋に男が出入りしている様子がなくて
喜ぶべきか悲しむべきか、微妙な顔をしている父に、
私はこの一年の間に部屋に入れたことのある男三人を思い返して、
アパートの管理人に後で口止めをしておこうと思った。
付き合っている彼氏はいるのか、という探り手から
見合いをしてみる気はないか、という攻め手を入れてきたので、
特定の男性はいないが、付き合う相手は自分で探そうとしている、と答えた。
例えば? と聞かれて、最近デートした男の中で
父親に教えても差し支えなさそうな固い職業の相手といえば、
思いつくのはおまわりさんと、バツ一の和菓子職人だ。
父は顔をしかめたが、
他のメンバーはもっと酷いので黙っておいた。
しかし父も、それなりに真面目に私が相手を選ぼうとしていると解釈したのか、
ホストやヒモや妻帯者に引っかかっているよりはマシだと思ったのか、
それ以上詳しく追求しようとはしなかった。
一年の様子を聞いて、女の一人暮らしは危ないから気をつけるんだぞ、と
実家を出る前にも聞いた言葉を再度繰り返す。
私は聞き分けよく相槌を打ちながら、父にビールを飲ませた。
あいにく自分では沢山飲まないので買い置きも少なく、
缶一本では足りないかと、近くのコンビニへ買いに行くことにする。
戻ってきた私は、
隠しておいた11本のペニスを前に、青褪めた顔をしている父を見つけた。
どうやら、厳重に封じてあったのが、逆に興味を引いてしまったらしい。
父は扉の音にビクリと身を竦ませ、仁王立ちの私を怯えたように見上げた。
これはつくりものだよな、と引きつった顔で問う父に、
いいえ、全部本物よ、と答える。
ほんもの、の定義がおぼつかない父の隣へ行って、
その人たちのアソコにぶら下がっていたのよ、と言った。
父はペニスと共に飾ってあった写真に再び眼をやった。
署名つきのポラロイド写真の男たちは、みな普通の男に見える。
しかし、これが全員、今ではもう"男"ではないのだ。
私は指を差して教えてあげた。これがさっき言ってたおまわりさん、
こっちが和菓子屋さん、一緒に写っているのは息子さん。
私は一本一本ペニスを取り上げて撫でながら、
どうやってその持ち主と知り合ったか、どうやってそのペニスを切り取ったか、
男たちはどんな風に喘いだか、どんな風に射精したか、どんな風にペニスを差し出したか、
一人一人、今年の男の話を父に語って聞かせた。
防腐処置を施したペニスたちは、私と出会った日のままに、
力強く勃起した姿を保っていた。
男たちを思い出しながら、何度もそれを使って自慰をしたのだと告白する。
父もこのペニスと写真を見て、私の話を聞いたならば、
ありありと11人の男たちの姿を思い浮かべることが出来るはずだ。
それから私は11本のペニスを並べて、
今月はまだ誰とも出会っていないのだと、父の耳に囁いた。
怯えるように震え上がった父の股間に手を伸ばすと、父は固く勃起していた。
ダメだ、ダメだ、と首を振る父を宥め賺して、パンツを下ろさせる。
親子でこんなことをしてはいけないと父は泣いたが、
先端から雫を垂らす性器は、父の興奮をはっきりと私に伝えた。
一度射精した後は、父は諦めたように大人しくなり、
言うとおりに動いて私を仕込んだときの事を再現してくれた。
私が褒めると、父は早く切ってくれと願った。
私は父のペニスを切り取り、12本目としてコレクションの最後に加えた。
父は並んだペニスを眺めながら、惚れた男は中にいるのか、と聞いた。
みんな大事な男たちよ、と私は答えた。
帰り支度をする父に、またお正月に顔を出すわ、と私が告げると、
母さんには内緒だぞ、と父は言った。
これにサインをくれたらね、と潤んだ瞳の写真を突きつけると、
父は覚悟を決めるようにため息をついて、
太い字で自分の名前を書いた。
娘の愛人に加わることを、自分で認めた証だった。
最後に父は、私に、お前は幸せか、と尋ねた。
私が、ええ、もちろん、と答えると、
父は、ならいい、とだけ言って帰っていった。
12枚目の写真が加わった秘密の棚はとてもにぎやかになった。
私は男たちの顔を眺めながらにっこりと笑った。
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投稿:2013.03.13
今年の男(下)
著者 自称清純派 様 / アクセス 7617 / ♥ 7