・一年の男
父と一緒に扉をくぐると、涼やかなベルの音と共に
いらっしゃいませ、と落ち着いた声が私達を出迎えた。
父は声の元へ眼をやって、粋な格好のマスターが、
しかし下半身は裸の状態で立っているのを見て
ぎょっとして立ちすくんだ。
中へどうぞ、お客様、と笑顔で促されて、
父はようやく、扉を開けっ放しにしていては、
外から見えてしまうことに気づいたのか
慌てて中へ入って扉を閉め、モゴモゴと謝った。
おくつろぎください、と示された先には
既に数人の男たちが集まっていて、
マスターと同じように股間をさらけ出していた。
今日は貸切ですので、ご安心ください、と言われ、
父は情けない顔でおろおろとしていたが、
やがて諦めたようにズボンとパンツを脱いだ。
ハーイ、マタ会えてウレシーネ、と
カナダ人がボディーランゲージと併せてまず声をかけてきた。
ミテミテ、ココにもタトゥーしたよ、との言葉に股間に眼をやると、
ペニスのぶらさがっていたところに"魂"の文字が刻まれていた。
ラブ&ソウル、カッコいいデショーと、すこぶる上機嫌だ。
なんとも言えないセンスに苦笑しながら、適当に褒めてあげると、
彼はさきほどまで話していた男と肩を組んだ。
イマネー、ソウダンしてたんダ、日本人にナルの手伝ってくれるっテ。
隣に顔を向けると、いつぞやの役所の職員が、
眼鏡を指で押し上げながら解説を加えた。
どうやら、帰化の手続きについて説明していたようだ。
丸一年の間に少し出世したそうで、
私との出会いが厄落としになったのかもしれないと、彼はセクシーな声で言った。
ペニスを無くして以降、ムラムラとストレスが溜まることもなくなったので
奥さんとの仲も比較的穏やかに喧嘩なく過ごせているそうだ。
あのパンツは奥さんに見せる前に始末したのだとか。
私がその声をもっと聞きたいと思っていたのだと言うと、
ドレドレ、と隣から大きな手が伸びてきて、彼の乳首を摘んで揉んだ。
思わず嬌声をあげた彼は、エロティックな叫びを振りまきながら身悶えた。
顔を赤くしながらしばらく身をよじっていた彼は、
これ以上いたずらをされてシャツが皺にならないうちにと、
逃げ出して上も裸になり、潔癖症らしく丁寧に畳んでいた。
羨ましそうに私達の様子を脇から眺めていたおまわりさんが、
話が途切れた頃を見計らって、やあ、と声をかけてきた。
私が敬礼をすると、彼も私服ではあったが、ピシリと背を伸ばして敬礼を返す。
今日は制服ではないのかと聞くと、制服ではお酒が飲めないのだと彼は謝る。
手錠も持ち出すと始末書を書かなければいけなくなるので、
今日は玩具の手錠で我慢して欲しいと、彼は残念そうに言った。
父は微妙な顔でそれを聞いていた。
一見、真面目な好青年で、警察官という堅い職業に付き、
年頃も娘と同じぐらいで、娘の恋人にさせるなら一番の候補のハズなのだが、
後ろ手に手錠をかけられ、乳首を抓られて目を潤ませている青年を見ると、
いたたまれない気持ちになるのだろう。
横から別の男に話しかけられた時には、父はほっとしていた。
耳にピアスの穴が開いていなければ、
私もそれが誰だかわからなかっただろう。
春にナンパされたときにはホストのような外見だった男は、
髪の色も少し落ち着いた色合いに変えて、少し地に足の着いた雰囲気になっていた。
私と父に丁寧に挨拶をした彼は、仕事を変えたのかと尋ねる私に、
今も昔もしがないサラリーマンだと苦笑しながら言った。
ただ最近は、吹けばどこかへ飛んでいきそうな浮わついた様子がなくなったと
上司に気に入られて重要な仕事も任されるようになったのだとか。
父好みのまともな会話の内容に、父は目を輝かせていたが、
彼が、それもこれも私にペニスを渡したおかげだと言うと、しゅんと肩を落とした。
傷心の父を慰めるように彼が無難な話題を振り、
私は、カナダ人から股間に氷を押し当てられて喘いでいた警官の手錠を外し、
好青年二人で一緒に世間話で父の相手をするよう"命令"した。
二面生活の切り替えも手馴れたものなのだろう、
景気と政治について語り始めた彼らを見送って、
私は隅の方で二人で話している若者達に声をかけた。
二人とも飲んでいるのがコーラだと気づき、私は首をひねった。
中学生の少年はともかく、老け顔のもう一人には、実に似合わない。
夏を過ぎて肌の色も少し薄くなった海の男は、
なんと二十歳の大学生だったのだが、それでも詐欺だと今でも思う。
言われてみれば海水浴場の監視員など、学生バイトの常なるものだが、
あまりに大人びた雰囲気だったので、最初はわからなかった。
しかし未成年ではないだろうと言うと、
一人だけノンアルコールじゃ可哀想だからと、意外に面倒見のいい様子を見せた。
男の子には優しいのね、と私がからかうと、彼はお決まりの目つきで私を睨んで、
ホモじゃないぞ、と少年に念を押した。
少年の方は、少し不服そうにコーラを飲んでいたが、
身体はともかく、中身は子ども扱いではないことに気をよくして、
兄のように話を聞いてもらっていたらしい。
私と出会った頃は、父親の浮気から始まった両親の不仲で少し荒れていたが、
今は早く自立して環境に流されたりしないように、頑張って勉強しているそうだ。
息子が性的なことを匂わせるたびに、八つ当たりでヒステリックにわめいていた母親も、
最近は言いがかりをつけてこなくなったので、
夜中に家を抜け出して、悪い仲間とつるむこともなくなったと少年は言った。
目を細めた海の男が、少年の頭を撫でながら、
もし次に家出したくなったら俺のところへ来いと言った。
本当に男には優しいのね、と思わず呟くと、
私は、うるさい、と追い払われた。
去り際に私は、私のところでもこの店でもいい、
あなたの居場所は沢山あるのよ、と少年に言った。
少年は頬を染めて、頷いた。
その時、騒がしく扉を開けて、
顔に刀傷のあるガラの悪い男が入ってきた。
引き連れている二人の男にも見覚えがある。
店内を見回したヤクザの親分は、私を見つけると相好を崩して駆け寄り、
抱きしめて唇にキスをした。
連れの男を呼び寄せて、持たせていた花束を私に差し出し、
今度は久しぶりに引越し屋のバイトをしてみたのだと笑う。
働いたのはほとんど僕一人だったじゃないですか、と潤んだ瞳で訴えた男に
彼は頭をゲンコツでポカリと殴って、黙れ、お前は裸ネクタイだ、と命令した。
パンツを脱いでいる男たちの様子を見て、
自分も豪快にスポポンと、服を全部脱ぎ散らした親分は、
背中の龍を見せびらかしながら酒を注文する。
おまわりさんはどう反応すべきか困っていたようだが、
カナダ人は大喜びで自分のタトゥーを見せて張り合っていた。
黙々と親分の脱ぎ捨てた服を畳んでいる男に私は声をかけた。
借金まみれだった裸ネクタイのダメ男はともかく、
二月にチョコレートを渡した男と、親分の接点がわからないからだ。
彼は肩を竦めて、自分が雇われていた建築会社が、
その筋の系列会社だったのだと説明した。
どうやら、日雇い人足の間で、ペニスのない男の話題は噂になっていたらしい。
突然風俗にも行かなくなるのだからすぐに広まる話だったのだろうが、
とにかく、それを耳にした親分がある日彼を呼び出し、
それ以来気まぐれにふと思い立って遊びに出かけるお供に連れまわされているのだとか。
私はそれを聞いて眉をひそめたが、
幸い、後ろに手が回るような事には関わらないように気を配ってもらっていると言うし、
墨を彫らせることもないと、親分は明言しているそうだ。
付き合った分の給料は出るし、仕事が途切れたときもなにかと面倒を見てくれるので
自分としてはありがたいぐらいだ、と彼は言った。
こういう不器用そうな男こそ、一度道を踏み外せばまっしぐらなのだ。
私が困った顔をしていると、親分が私を抱き寄せて、大丈夫だ、と囁いた。
なにが大丈夫なのか、と問う私を置いて、親分は、脇に控えて命令を待つ男に向かって
この先何があってもおてんと様に顔向けできないような真似をしないと誓え、と厳命した。
彼は真面目にその言葉を受けて、それを誓ったが、
私はあなたがそれを言っても説得力がないと、親分に言った。
親分は、バカを言え、極道者の誓いこそ絶対だ、と一笑に付したが、
私にはよくわからない。
その間、細々と雑用を押し付けられているダメ男君の方は、
懲りずに例の娘を追って店に現れたところを捕獲されたそうだ。
何の意外性もなくて面白味がなかった。
こっちはいいのか? と親分に聞かれたが、
正直、一人でほっておくと、あっという間に臓器になって売りさばかれそうな男に
生きる道筋がどうのこうのと口を挟む度量は私にはない。
変に生き方を縛ると、まっしぐらに東京湾に沈みそうだ。
捨てられた子犬のような瞳をした男のネクタイの端を親分に差し出して、
あまり無茶はさせないように、と頼んでおく。
まかせとけ、と親分が掌を叩きつけたので、彼の背中には赤い紅葉が残った。
そのうち私の男たちは徐々に打ち解けていき、
入り混じって話をはじめた。
父は、本当に実の娘のアソコにペニスを入れたのか、中に出したのか、と
取り囲まれて追求され、感想を言わされて涙目になっていたが、
おまわりさんなどは、親分に手錠で縛られて捕まった潜入捜査官ごっこで遊んでいた。
八月の方がまだいらっしゃらないようですね、とマスターが時計を眺め、
仕方がないので先にお披露目をしましょうか、とカウンターの奥の棚を開く。
おおっ、と男たちが懐かしそうに駆け寄り、
そこに飾られた十二本のペニスと写真を眺めた。
何人もの男を私の部屋に招きいれるのは外聞が悪いので、
マスターの店に場所を借りて、いつでも逢引きが出来るように計らってもらったのだ。
一本一本手渡して、男たちにペニスを返すと、
彼らは感慨深そうにそれを撫で、自慰の感触を思い返しながら、
お互いのペニスを見せ合っていた。
マスターが、私のはもう、こんなに硬くはなりませんでしたよ、と
立派に勃起した加工済みの男根を照れながら眺める。
包茎ぐらい直して作ってやりゃあよかったのに、と
恥ずかしがってペニスを隠そうとする少年を見て、兄貴分となった海の男が言い、
フォースキン恥ずかしくナーイですよ、とカナダ人が
勃起しきった状態でも先端まで皮を上げ戻しが出来る自分の肉棒を少年の顔に突きつける。
俺もかぶっている、とチョコの男が言葉少なに自分の性器を差し出し、
色んなチンポがあった方が、姐さんが楽しめると思えと、親分が言った。
そのとき、カランと扉を開けて、
小学生の子供の手を引いた男が店の中に入ってきた。
オー、あんみつ屋サンデースネ、遅いじゃねえかテメエ、
え、息子さん連れてきちゃったの、と、思い思いのセリフが飛び交う中、
彼は息子の手を引いて私の前に歩み寄ると、頼みがあると頭を下げた。
息子のペニスを切り取って欲しいんです、と言われ、私たち全員が首をかしげた。
少年の様子をうかがってはみたが、
本人は周囲を取り囲む下半身裸でペニスの無い男たちの景色に気をとられていて
それどころではないように見えた。
とりあえず、カウンターに座らせて事情を聞いてみる。
父親の言うところによると、
彼と元妻の仲は相変わらず険悪の一路を辿り、
新しい父親に馴れさせるために、もう面会はさせないなどと主張しているらしい。
もちろんそんなことを彼が許すはずもなく、弁護士と共に必死に争っているのだが
最近、元妻が強硬手段に出て、約束をすっぽかすようになったという。
今の夫が父親だとしつこく言い聞かせ、
実の父に似ている顔をごまかすために女の子のような格好をさせ、
ついには嫌がる息子を無視して性転換の手術を受けさせることを
勝手に決めてしまったのだとか。
手術の前に少年が父の元へ逃げてきたことではじめてそれを知り、
彼はついに本格的に親権を取り戻す決心をしたが、
今のところまだ親権は母親の下にあり、
取り戻す裁判の間に、どちらにせよペニスは切られてしまう。
そんなことなら、いっそのこと母親に切られてしまう前に、
父親が切ってもらったところで同じように切ってもらい、
大事にペニスを保管してもらったほうが良いのではないかと、
彼は息子をここへ連れてきたのだそうだ。
元妻は、息子が別れた夫に似ているのが気に食わないだけなので、
きっと取られたサオもタマもゴミのように捨てられてしまう、と彼は憤った。
あなたなら男にとってペニスがどれだけ大事なものかわかってもらえると思ったんです、
と彼は続けた。
君はどうなの? と私が少年に尋ねると、
彼は、女の子になるのはイヤだ、と訴えた。
浅黒い海の男が、ドンと胸を叩く。
心配すんな、ここにいる兄ちゃんやおっちゃんたちは、
みんなチンチンなくてもカッコいい男のままだぞ、と彼は言った。
パパも? と尋ねる少年に、もちろんだ、と答えると、
少年の父はまわりが脱いでいるのに気づいて、急いで自分のパンツも下ろした。
少年は父親の股間の傷跡を眺め、それを周囲の男たちの股間と見比べると、
そこで彼らが手に持っているペニスに気がつく。
マスターが少年に、これが君のパパのオチンチンだよ、と手渡す。
少年はそれを興味深そうに弄り回すと、ボクのもこうなるの? と尋ねた。
私が彼の髪を梳きながら、そうね、パパのと並べて真ん中に飾ってもらいましょうか、
と言うと、彼は父に遠慮したような視線をちらりと向けた後、うんと頷いた。
精通がもうあったのかはわからないが、
男たちが全員口をそろえて、一度は体験しておいたほうが良いと言うので
テーブルの上にクッションとシーツが掛けられて即席のベッドになり、
12人の男が見守る中、私は少年とセックスをした。
白いブリーフの中からピコンと顔を出したかわいいペニスを口の中で優しく膨らませ、
怖がる少年を宥めながら、膣の中へそっと導く。
ひゃん、と小さな悲鳴をあげた少年を抱きしめて、
腰を振って御覧なさいと耳元に囁く。
頑張れ、と投げかけられる父親たちの声に励まされ、
少年はおそるおそる腰を動かした。
小さな勇者の剣を逃がさないように、私が注意して膣を絞っていると、
やがて彼はピクピクと身体とペニスを痙攣させて、ぐったりと私に体重を預けた。
頑張ったわね、偉いわ、と頬にキスをして、少年を彼の父親に渡す。
父の膝に乗って背中を預けた少年は、パパァと甘えた声を上げた。
しっかりと手を繋いだ親子の了承を得ると、私は少年のペニスを切り取った。
その場の全員で少年の健闘を讃え、何度も乾杯をする。
11本のペニスが輪になって置かれ、その中央に、
親子のペニスが仲良く並べて立てられる。
色や形がよく似ていると言われて、父も子も嬉しそうにしていた。
オチンチンを見に来たくなったら、いつでもここにくれば良いからね、と
マスターに言われて、少年は頷いていた。
でも一人で出歩くのは危ないから、来る前に電話をするんだぞ、と
お兄さんぶった大学生が言い、
何ならうちの下っ端をいつでも迎えにやらせるぞ、と親分が言い、
裏の世界が味方に付けばある意味安心なのだろうが、
もしものときは、おまわりさんに声を掛けるんだよ、と本物が言った。
男たちはそのまま、元妻から親権を取り上げる対策を練り、
強硬派と良識派に分かれて議論していた。
私は喧々諤々と言い争う男たちを眺めながら、
少年を抱き上げて、みんな、あなたと友達になりたくて真剣なのよ、と囁いた。
その日、私を含めた14人が全裸で一枚の写真に納まった。
誰の股間にも何もぶら下がっていないその写真の中では、
全員が一つの家族だった。
Fin.
Jan.津田信明(42)既婚。市役所で市民課の課長をしている。逆玉の婿養子。
Feb.松村大 (33)独身。建築会社の日雇い労働者だったが、最近正社員に。
Mer.新島忍 (28)独身。中堅スポーツメーカーの営業マン。売り上げ向上中。
Apl.小野悠紀(15)独身。私立の有名進学校に通う中学生。成績は上の中くらい。
May.東 直人(26)独身。交番勤務の真面目な巡査。明るい笑顔で街の人気者。
Jun.瀬川一馬(64)死別。喫茶ローズマリーのマスター。若い頃に稼いで悠々自適。
Jly.大浦圭二(20)独身。スポーツ推薦の大学生。女三姉妹の弟。水泳で国体に出た。
Aug.田辺行雄(35)離別。和菓子職人。駅前の商店街で小さい店を開いている。
Spt.藤井真平(29)独身。住所不定無職。ガラの悪い男の使い走りをさせられている。
Oct.辰巳将吾(40)既婚。組長の娘を本妻にしている若頭。義理の絡んだ妾も数人。
Nov.NealCrestPietroEldean(38)離別。カナダで雑誌記者をしていたが、今は日本の英会話講師。
Dec.倉岡伸介(57)既婚。整形外科医。診療所は息子に継がせて遊び歩く計画。
***. こうた(11)独身。小学生。離婚の際に転校したが、もうすぐ友達と再会できそう。
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投稿:2013.03.13
今年の男(おまけ)
著者 自称清純派 様 / アクセス 8345 / ♥ 14