少女はため息をついた。
あふれる愛液に濡れぼそったペニスが、身体の中で震える感覚に身をゆだね、背をのけぞらせる。下唇をかんで鼻から抜けるような甘いうめき声を漏らすと、それを合図にしたかのように、彼女を下から抱えていた男が腰をゆっくりと突き上げ始めた。
「そこよっ…!」
彼女は男の乳首に指を伸ばし、爪を立てて強くつねった。男が顔をしかめて歯を食いしばる。テーブルに横たわっている逞しい胴体が、一瞬ビクリと揺れた。ジャラリと鎖の揺れる音が響き、壁につながれた男の両手首が、何かを求めるように宙を掴む。
「続けなさい! 休むなんて許さないわ」
「はい、お嬢様…」
男が一瞬だけ動きを止めたのを、少女は強く叱責し、男は痛みに耐えるような表情をしたまま、従順に律動を再開した。淡いピンクのヴァギナは、少女の快感で照り輝き、浅黒いペニスの振動にあわせて小刻みに開閉している。
接合部から流れた愛液は男の腹に流れ、筋肉の割れ目に溜まっていた。少女は男のへその中に指先を突き入れ、すくって男の胸元に塗りたくる。少女が背中の後ろに手を伸ばして男の睾丸を握ると、男は泣きそうな顔をした。
「お嬢様…」
「名前を呼んで」
少女は握りつぶすように手に力を込める。
「リア…様…」
少女は更に強くひねり上げた。
「リア…リア!」
泣き叫ぶような、男の掠れた声を聞いて、少女は目を細めた。
「エドワード…」
うっとりと甘えるように相手の名を呼んだ少女は、壁面の棚からモンキーレンチを取り出して、男の顔の前で開いて見せた。
「これでお前のコレをねじ切ったら、どうなるかしら」
男はそれを聞いて眼を見開き、怯えたような顔をした。
「お止めください、お嬢様。それだけは…」
「なら、なんでもする?」
「もちろんです」
「私の為に死ねる?」
挑戦するかのように問いかけた少女を見上げながら、忠実な男は誓った。
「お嬢様のためなら、この世から消えても構いません」
「なら、コレも平気よね」
少女は自らを貫く男根の根元にレンチをあてがい、ひねった。男が腰を引いて悲鳴を上げる。上体を起こそうとしたが、手枷の鎖がそれを許さず、少女に一つ胸を突かれて、男は再びテーブルに転がった。
「お許しを…お嬢様…ひっ」
鋼の爪が閉じられ、ビクビクと痙攣する勃起した陰茎の皮膚を突き破る。男の情けない悲鳴を聞いて少女は微笑み、全力で凶器をひねり上げた。
ブチリ、と何かが千切れる音がした。
男の顔から表情が消える。ヒュウと音を立てて男は息を吸い込み、腰にまたがる女主人に、最後の言葉を告げた。
「警告:陰茎ケーブル破断。ただちにプレイを中断してください」
「ちょっと。今いいところじゃないのよ」
「このまま性交を継続すると、膣内粘膜に損傷を与える可能性があります。続行は認められません。終了します」
男は手首を外して手枷から抜くと、再びカチリと音を立てて外した手首を繋ぎなおした。そのまま上体を起こして、少女の腋の下に手を入れ、彼女の身体を持ち上げる。
ズルリと音を立てて、小刻みな振動を続けるペニスが抜け落ちた。破れた皮膚の間から切れたコードがのぞき、半透明の雫がポタポタと垂れ落ちている。
「オイル漏れを確認」
「ちょっとくらい、いいじゃないのエドワード!」
「駄目です、お嬢様。SM性交モードのプログラムでも、三原則の拡大解釈は『性交計画に組み込まれた想定内の損傷』のみを制限から外すものです。破損した男根組織が無作為に与えるかもしれない損傷はそれに含まれません。それに、そもそも私にはSMモードのプログラムはインストールされていません。安物ですので」
「プラスチックケーブル程度で傷がつくほどあたしも柔じゃないわ」
少女は不満そうに顔を顰めて呟いたが、抵抗をしようとはしなかった。自分に仕える忠実なアンドロイドが自分よりずっと力が強く、非常に頑固でプログラムに反することは絶対に聞かないと、身にしみてわかっているからだ。
「早く修繕を行わなければ、10cc辺り8万HB(水素ブロック)の高額潤滑剤が、揮発して作業デスクの染みになりますよ」
「わかったわよ、もう」
少女は頬を膨らませて全裸のまま立ち上がると、壁から電動ドライバーを取り、男を今まで寝ていた作業台の上に座らせた。壊れたペニスはバイブ機能が止まらず、ブーンと音を立てて振動を続けている。
少女は透明のゴーグルをかけて眼を守り、男の股間に屈みこんでそのペニスを手に取り、ドライバーの先を尿道に突き入れた。
パチン、と火花が散って、根元の破れた皮膚の中が光り、振動が止まる。
「お嬢様がなさらずとも、自分で修復可能な範囲ですが…」
「アタシがやるの。挿入さえしなきゃいいんでしょ。さっきの続きよ。自分一人で気持ちよくなろうったってそうはいかないんだから」
ハサミで付け根の皮膚を切り開いた少女は、勢いよく男のペニスから表面の皮膚を引き抜いた。半透明のカーボン繊維で編まれた緩衝材の奥に、色とりどりのコードが見える。
男はしばらく女主人の提案を考慮し、自己に組み込まれたプログラムに違反がないか計算を行った。
「では、演技を再開しましょうか?」
「先走りの元栓は締めておいて。作業の邪魔だし、次にいつこのオイルが手に入るかわかんないから」
男は両腕を背中に回して、縛られているような格好を装う。
少女は、むき出しになった男のペニスの内部にどんどん検針を突き立てていき、電流を流した。バチバチと音を立てて、中のモーターが揺れた。
「あっ、アッ…お嬢様! 助けてください! それだけは、それだけはっ!」
「腰を動かしちゃ駄目よ、エドワード。それから、名前」
「リア、リア、許してくれ!」
器用なアンドロイドは、ペニスをまったくブレさせないまま、セクシャルに身をよじってみせた。
−
最後の戦闘艇を撃墜すると、それを確認した通信管制官がピュウと鼻笛を吹いた。
「カーク大佐。敵艦は全てギャラクティカ領域から撤退しました」
カークは無表情にその報告を受け取り、次の指令を出す。
「全機帰還せよ。被害状況を確認して報告」
カストル6星人の補佐官が集められた情報を四本の腕と二つの脳でまとめてスクリーンに送り出す。要点をかいつまんで報告する補佐官の言葉を聞きながら、カークは画面にざっと目を通した。
「最初の奇襲でミサイルを受けた巡視艇以外にこれといった被害はありません。搭乗員のうち1名が死亡。3名が重傷。全員がテラン3星人CM74068クローンです。大佐の同位体ですね。新兵なので名前を持つ階級の者はいません。選別を行われますか?」
「医療責任者は誰だ?」
カークの問いに補佐官が答える。
「ベルドラン少尉、JF29014クローン、私の同位体です」
「なら、選別はまかせよう。ここで見学だけ行う。何かあったらその時口を出す」
「では、ホログラムを」
補佐官の腕の一本が画面にタッチすると、司令室中央の3Dビジョンに、全裸の四人の男の姿が映し出された。全員がカークと同じ顔、同じ体格をしており、ぶらさがるペニスのサイズや形までコピーしたように同じだった。もっとも、四人の姿はカークよりも少し若い。他に違うところといえば、カークの頬には斜めに走った古傷がある。基本的な構造は整った美男子のものだが、その傷のせいでカークの顔には野生的な酷薄さが現れているように見えた。
四人のうち一人は広範囲に火傷を負っており、すでに死亡している。治療に当たっていたベルドラン少尉の診断では、『再利用可能なパーツはない若しくは損傷を引き継ぐ危険を含む』とのことだった。
「次からは『ない』で良いと言っておけ」
「了解しました」
残りの三人のうち一人は右腕を失っている。既に止血が行われているので、腕さえ移植すれば、再利用は可能だった。
残りの二人のうち片方は両脚が炭化しており、片方は腹部に裂傷がある。カークの目では腹の破れたほうをバラして脚と腕を繋ぎかえるのが手っ取り早いように見えた。
だが、ベルドラン少尉は脚の焼けたほうをバラすべきだと判断したようだ。
『腹部の傷は内臓に損傷もなく、単純な縫合で修復可能です。それよりも、脚が炭化するほどの熱によるタンパク損傷がどの程度あるのか…胴が無事ならミラの繁殖にも使えますし…』
「それで構わない。やれ。少尉の診断を信じる」
映像に写る少尉の四本の腕が別々に動き、右側で破れた腹の縫合と左側で右腕の切断を同時に行う。取った右腕が、腕を損傷した個体のものと交換され、治療を終えた二人は回復室へ送られた。残った一体と、死体は廃棄だ。
通信管制官が首を180度回転させて振り向いた。
「カーク大佐。ディラン提督から通信『時間が出来次第、提督の私室へ出頭し報告を行うように』とのことです」
補佐官が、カークの顔色を横目で窺いながら言う。
「大佐の顔を貼り換えて行ってはいかがですか?」
カークはホログラムに写っている、四肢のうち三本を失ったまだ生きているクローンに目をやりながら、頬の傷を指で撫でた。
「必要ない」
カークはホログラムを切り、司令室を後にした。
−
アンタレス6星人には、男も女も存在しない。昆虫のような外骨格に身を包んだ彼らは両性具有であり、長く伸ばした生殖器をお互いに挿入しあって繁殖する。彼らにとって、一方的に挿入するだけ、されるだけのセックスとは、射精を伴わないオナニーのような、物足りない行為なのだ。
そのため、戦艦ギャラクティカ艦長の愛人は、同じ両性具有の種族でない限り、肉体の構造を無視して、一度に両方の役目を求められる。
カークは自分の腸の中を、提督のペニスがズルリと蠢くのを感じて、先ほどの腹を破られた自分の同位体クローンを思い出した。
「何を考えているの?」
横に開閉する甲殻質の顎から、艶かしい地球の女の声が流れ出す。彼らは声帯に当たる器官をとても幅広く操作できるので、テラン3星人の声真似もお手の物だった。本来の構造を無視して肛門を犯される愛人へのサービスとして、提督はカークの女の好みに合わせて声を変えていた。彼らの本来の声はテラン3星人の可聴域から外れているので、カークは提督の本来の声がどんなものなのかは知らない。ただ、提督が目をつけた優秀な愛人候補達の種族に合わせた口説き文句を耳にしたことがあるだけだ。愛人達は挿入されるだけではなく、挿入する方にもならなければいけないので、提督の声はいつも女だった。
「なんでもありません」
カークは提督の身体に腕を回し、光沢のある鎧のような肌を撫でた。腕の外縁部に並ぶ棘がカークの肌に食い込み、彼は快感に身を震わせた。戦士として遺伝子操作されたクローンであるカークは、痛覚神経と快楽中枢が接続されている。全身を焼かれても、腕を切り落とされても、腹を裂かれても、彼らは戦い続けることが出来るように設計されていた。だから、棘のある腕に抱きしめられて肌が擦り切れても、無理に太い触手を突き入れられて尻が裂けても、問題なく勃起できる。
カークのペニスが提督の体内で震えて、精液を吐き出した。遺伝物質の構造が違うので、今のままではカークは提督を妊娠させることは出来ない。もちろんカークの中に注入される提督の種も芽吹くことはない。完全に快楽だけを目的とした愛人関係だ。
自由交配の権限を持つ提督がその気になれば、強制的にカークの睾丸に遺伝子ウィルスを感染させて、精子の構造をアンタレス6星人用に書き換えさせることも可能なのだが、今のところ提督がそれほどカーク個人に執着している様子はなかった。ただテラン3星人の柔らかい裸が気に入っているのだと、カークは聞かされている。
「今日は速いのね」
「申し訳ありません」
クスクスと笑う提督は、カークの尻に入れた触手を動かして、カークの身体を持ち上げた。尻の穴だけを支点に宙吊りにされたカークは、喉の奥から苦しげなうめき声を漏らした。もちろん、その苦しみも搾り出されるような快楽だ。鍛え上げられた肉体を人形のようにぎこちなく動かすカークを、提督はお気に入りのペットを愛でるように撫で回した。 「私はまだ満足できていないわ。もう一度、出来るでしょう?」
「…はい」
首筋に血管を浮かべ、脳に送られる強い信号に耐えながら、カークは答えた。放った精液に濡れぼそり、情けなく萎えていたペニスも、前立腺を圧迫されて再びわずかに芯を持つ。提督はカークの睾丸を握り、とがった爪先を陰嚢に食い込ませながら揉んだ。カークのペニスがビクリと跳ね上がる。尿道から滲み出た透明の粘液がキラキラと飛び散った。耐え切れずにカークの上げた叫び声を聞いて、提督は複眼を満足気な紫色に染めた。
「さあ頑張って、カーク大佐」
「わかりました、提督」
カークは快楽に震える指を提督の腰に回して、引き寄せる。硬くひんやりと冷たい外骨盤をしっかりと掴んで狙いを定めると、尻で吊り上げられたままの自分の身体を何とか引き寄せて、ペニスの先を提督の膣口にあてがう。カークは深呼吸をして、相手の腰に回した腕を引き寄せた。吊られた感覚で言えば寄せられているのはカークの胴体の方だが、ズブと音を立てて、カークの陰茎は提督の体内に沈む。さすがに体内の組織は柔らかく、カークは再び射精しそうになるのをこらえながら、自分の腰を打ちつけた。宙吊りの脚は役に立たないので、力を込められるのは両腕だけだ。
テラン3星人の短いペニスでは、アンタレス6星人の膣の奥まで届かせることは出来ないが、提督は満足そうにカークの努力を眺めていた。ときどきいたずらをするようにカークの尻の中の触手が動いて前立腺をひねる。提督の生殖器は長さも、太さも、力強さも、全てにおいてカークのものを上回っていて、比べることすらおこがましいほどだ。カークはいつも、提督が本当にこの行為で快感を得ているのか、心のどこかで疑問に思っていた。
「そろそろきて」
持ち上げられていたカークの身体が床に下ろされる。カークは再び提督の胴体に腕を回して、銀色の甲殻を抱きしめた。胸と胸が合わさると、ちょうどカークの乳首辺りに胸板の棘がひっかかる。提督の腕もカークの身体を抱きしめ、引き締まった尻を掴んで、割り開く。カークは両脚を広げて踏ん張りながら、提督の腰へ股間を打ち付ける律動を速めた。尻尾のようにカークに生えている触手も、今までより自由に、繊細に、肛門の中をかきまわす。尻の方に気をそらされそうになるところを、なんとかペニスの感覚に集中して、陰茎を絞る柔らかい筒を突き上げる。
「…いきます」
カークの宣言にあわせて更に強く膣が絞られ、カークは嬌声を漏らしながら二度目の放精を行った。ガクガクと痙攣して力が抜けたカークの肉体を抱きかかえて、提督は子供をあやすようにカークの髪を撫でる。カークは自分の体内にも、生暖かい粘液が注ぎ込まれるのを感じた。
提督のほっそりとした指が、ぐったりと脱力して息を荒げるカークの頬を撫でた。斜めの傷をたどって顎を持ち上げさせる。犯し犯されて上気した表情を見たいのだろう。カークは顔を持ち上げたが、五つ並んだ提督の複眼のどこを見つめれば、目を合わせることになるのか、いまだにわからないままだった。
「この傷、早く直してしまえばいいのに」
「…任務に支障はありませんので」
これは、カーク自身がまだ名前も持たない下士官であったときについた傷だ。もちろん大佐の階級に属する今の立場なら、当時と同じ怪我を負っても、跡形もなく完全に治療されるだろう。これまで交換の為の顔パーツが手に入る機会がなかったわけではないし、その気になれば無傷の新兵から顔を剥いで移植することも今では許される。
カーク自身でも、傷を消さない理由ははっきりわからなかった。それでも、提督が、愛人の顔に傷があるのを好まず、カークに命令したなら、カークは今すぐにでも新兵クローンを一体潰して顔を取ることになる。だが今のところ提督は、このカークの害のない我侭を、笑って見過ごしていた。
−
ブリッジを歩いていたカークは、向かいから緑の鱗に全身を覆われた男が来るのを見つけた。制服のつくりは同じだが、胸元の階級章は相手の方が一つ低い。
「お勤めは終わったのかい、カーク大佐殿」
侮蔑と嘲笑のこもった挑戦的な眼差しを、カークは無視して受け流した。
「ケツを掘らせて上官のご機嫌取りの毎日。アンタも大変だな」
わざわざ進行方向に立ちふさがろうとする火星人に、カークは感情のこもらない声で尋ねた。
「キミはヒマなのか? ゴーティ中佐。任務はどうした」
緑の火星人は、瞬膜をまたたかせておどけた顔をする。
「今から大佐のクローンの廃棄に行くところさ。ゴミの始末は嫌な仕事だが、誰かがやらんと汚れていくばかりだからな。船に臭いニオイが充満したら大変だろう」
二股に割れた舌で口吻を舐め、挑戦的に目を合わせながら、中佐はヒラヒラと二枚のデータフェイスを振った。カークと同型クローンの全裸写真と登録番号の載ったカードチップだ。先ほどカークが見届けた廃棄予定の二体の情報が記載されている。一体は死亡。一体は使用停止。
カークはまだ生きているほうのデータを中佐から奪い取った。
「ご苦労なことだな。私も手伝おう」
「いやいや、わざわざ大佐の手を煩わせるような作業じゃありませんよ」
焦って取り返そうとする中佐の手が届かないよう、後ろ手を組む。
「二人で手分けすればそれだけ早く終わる」
「激しいお勤めで大佐もお疲れでしょうに」
「心配には及ばない。黙って見守ればいいだけの仕事だ」
取り戻せないことを知った中佐は舌打ちして聞こえよがしに言った。
「ケツがまだ物足りなくて、自分のクローンにまたがろうってんですかい?」
「それはテラン4星人の習慣かね?」
ゴーティの瞳孔が開いて色が深紅に染まった。火星人達は、テラン4星人と呼ばれることを非常に嫌う。同じ恒星系に住む種族は統一した名を使用することが決められているが、彼らはそれでもマーズ4星人と名乗る。宇宙連合の規定では、先に登録された名が優先されるので、マーズの名は公式の場で認められていないが、それでも彼らは地球人の事をマーズ3星人と呼んではばからない。地球人が先に連合に参加し、故郷をテラン星系と登録したことを許していないのだ。最も、テランの名は、地球人の用いた「太陽」の名称が銀河標準語の「恒星」の用語とあまりにも混同しやすいために、地球へ派遣された銀河大使が恒星の固有名称に困ってテラン星(地球人の星)と呼んだものが広まっただけであるが。
「調子に乗っていると後で痛い目を見るぞ、猿ども」
カークの表情が変わらないのを見て、不満そうに喉の鱗を擦り合わせると、中佐は道を譲って歩み去った。廃棄される死体の損傷が増えるかもしれないが、カークは気にしなかった。ただの肉だ。
−
ラボに到着してスロットにIDを通すと、カークと同じCM74068クローンのテラン3星人が出迎えた。
「ご苦労」
敬礼後に、お互いの持っていたデータフェイスを交換して情報を確認する。
「指令に従い、麻酔の投与を停止してあります」
「指令?」
「はい、ミラと接合させる際に意識を覚醒させておくようにと連絡がありましたので」
「…ゴーティか」
「…麻酔を再投与しますか? 少し時間がかかりますが」
「…いや、そこまでする必要はない」
「…はい」
若者は何かに耐えるように歯を食いしばりながら端末を操作した。両脚と右腕を失ったクローンが、ゲージの中に運ばれて下ろされた。左腕だけが何かに縋るように伸ばされる。
『助けてくれ…俺はまだ戦える…』
彼はガラスの向こうからこちらを見つめた。同じ顔、同じ目だ。
『頼む…新しい手足さえあれば…』
弱々しい懇願だった。隣で端末を操作していた若者が、カークに声をかけた。
「あまり長く苦しまないようにしてやっていただけませんか」
「知っているのか?」
カークが尋ねると若者は目を伏せた。
「…同僚でした。その…俺をかばって脚を…」
「我々に真の苦痛はない。全ての痛みが快感に変換されるよう設計されている」
若者は思いつめたように口にした。
「…俺の腕と脚をあいつにやることはできませんか」
カークは若者が真剣な眼差しでこちらの目を覗き込むのを見つめ返した。
「その要請は認められない」
彼は瞳を潤ませた後、目を閉じて深く息を吐いた。
「…了解しました。申し訳ありません」
若者は端末に向き直り、認証コードを入力する。ゲージの中にもう一つのカーゴが搬入された。カプセルが開いて、黄色い煙が中から溢れ出す。
『嫌だ…助けてくれ…そんな…』
ベタリ、と粘着質の音を立てて、カプセルの中からただれた肉塊が腕を突き出した。ズルズルと這いずりながら外へ出てくる。クローンの男は左腕を振り回して逃げようとしていたが、彼の胴体は拘束されていた。人間を溶かして崩したようなその肉塊は、泣きながらもがく獲物に少しずつにじり寄った。
ミラ24星人、いや、そうなる予定の生物だ。
惑星ミラ24は腐食性のヘドロに覆われた星で、原生の生命体も、その強酸性の泥の中に住んでいる。連合の開拓班は、ミラの原生生物と他の星の人間を遺伝子融合させて、この惑星の過酷な環境でも生き抜けるミラ24星人を創り出そうとしていた。
単に地球人とミラ生物の生殖細胞を組み合わせただけでは、産まれた生物はテラン3とミラ24のどちらの星でも生きられないものになる。研究室内で幾種ものサンプルを培養し、どちらの環境にも耐えられるまで、何代も改良を重ね、自然交配で産まれた子供が正常にミラ24で次代を残せるようになるまで、遺伝子を混ぜ合わせる。廃棄予定のクローン兵は、格好の材料だった。
実験に用いられているのはテラン3星人のクローンだけではない。カークも今まで自分の同僚達を含めた連合所属のクローンと、ミラ生物とのセックスを見てきた。今ゲージの中にいる肉塊も、かなり人間の姿が定着してきたほうだ。
定着の進み具合では、個体の成長が速いハクラビ1のムカデ型人類との子の方が何百歩か先にいるが、肝心のミラ24の気候にはあまり適応していないようだった。
ゲージの中での悲鳴が大きくなった。ミラ生物がクローンの太腿を掴んだのだ。ジュッと煙が立ち上って、クローンの皮膚が焼け爛れた。代を重ねた融合によって薄められてはいるが、相手の体液は酸性だ。
『来るな…頼む…出してくれ!』
通常なら、メディカルルームから麻酔で意識を失ったままここに運ばれ、接合を行うはずだった。痛みも快感に置き換えるクローンなら、何も問題はない。現に男の性器は張り詰めるように勃起している。しかし、恐怖は消せない。あの火星トカゲは泣き叫ぶ地球人の姿を見て楽しもうとしていたのだろう。
「中へ入る。ゲージを開けてくれ」
カークの言葉を聞いてオペレーターの青年は目を丸くした。
「少し落ち着かせるだけだ」
「では、防護服を…」
「必要ない」
規定違反ではあるが、青年は扉を開いた。刺激臭がツンと漂う。ゴーグルだけをつけてカークは中へ入った。セックスが可能な程度には毒性は弱められているはずなのだ。
「助けてくれ…頼む…」
カークは、泣きながら訴える男の唯一の手を取り、しっかりと握りしめた。しかし、同時に彼の股間をミラ生物の方へ向けて押さえつけ、ペニスに吸い付きやすいようにした。
「ああっ!」
男のペニスが、崩れた腕に握られる。陰茎の薄い皮膚から煙が立ち上って、先走りの汁が跳ね飛んだ。
「嫌だ…俺はまだゴミじゃない…」
「お前は立派だった。お前の生きた航跡は私達の財産となって、永遠に残る」
呼吸が荒くなるクローンの肩を抱きながら、カークは自分とそっくりな男と目を合わせた。ある意味では弟のようなものだ。
ミラ生物の口がクローンのペニスを包み込んだ。男は背筋をのけぞらせる。腹が波打ち、ビクビクと振るえた。ミラ生物の口の端から白く濁った汁が垂れた。ペニスが焼ける感覚にもう射精してしまったのだろう。速すぎる。
外部に放出してしまった精子は、即座に酸に焼き殺される。ミラのヘドロの中で生きることを想定されているのだからそれは当然だ。彼らが無事に受精するためには、とにかく安全に、迅速に相手の種を迎え入れなければならない。だから今、この生物の口の中で、男の精子を吸いだすための管が、男の尿道を伝って、体内の奥深くまで差し込まれていることだろう。内部から陰茎を焼き、前立腺を焼き、睾丸を焼きながら、精子だけを守って根こそぎ吸い上げる。
男が泣きながら悲鳴を上げた。強すぎる快感に呼吸困難を起こす。窒息しないように首を支えて、気道を確保してやる。
「…怖い…怖い…」
「大丈夫だ。怖がらずに快感だけを追え」
男は痙攣しながら、カークと繋いだ手に力を込めた。
「死にたくない…」
自分の性器を焼き焦がす肉塊を見なくても済むように、カークは男の胴体を抱き寄せて言った。
「私が手を握っていてやる。最期までな」
男はカークの胸の中ですすり泣きながら、ミラ生物の残虐な愛撫に耐えようとしていた。
「声を出していろ。その方が楽だ」
カークの忠告に従って、男は我慢するのを止め、喘ぎながら嬌声を漏らした。
「恥ずかしがらなくていい。お前は父親になるんだ」
ドクンと、ひときわ大きく腰が跳ねた。また射精したのだろう。大量の精液がミラ生物の口の中に注ぎ込まれたのが察せられた。今度の精子は上手く母の卵に出会えると良い。カークはこの男の為に、そう願った。
ゲージを出たカークに、出迎えた若者が酸を中和する軟膏を手渡してきた。
「…ありがとうございます」
何故か礼を言う青年の肩を叩く。
「廃棄体が暴れて貴重なミラ生物に怪我をさせてはいけなかっただけだ」
「…はい」
「今度から意識のある廃棄体には必ず麻酔の再投与を行うようにしろ」
カークはデータフェイスの書式に処理完了の署名を行う。データの状態は廃棄済に書き換えられた。自分と同じ姿の全裸写真に斜線が入る。カークは唯一の違いとも言える顔の傷に触れながら、自分とあの男の間で何が違ったのだろうかと、いままで何度も繰り返した問いを再度思い返す。そして、いつもと同じように、同じ答えを導き出した。
運だ。
つづく
-
投稿:2013.03.29
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