少女はバイザーに表示されるデータから、必要な情報だけを拾って確認した。このワープが終われば目標の獲物は目の前だ。
「覚悟はいい? エドワード」
コックピットのAIが答えた。
「襲撃アプリケーションの起動は既に完了、待機モードに入っています。いつでも戦闘を開始できますよ、お嬢様」
「ここに座っているときは船長とお呼び」
「…アイ、マム。リア船長」
少女はニッコリと微笑んで操縦桿を握った。ワープの終点が見え、加速していた星の動きが止まる。通常空間に飛び出した先には、惑星規模の大きさを誇る巨大な宇宙船があった。こちらのシップが小さな木の葉に思える。
「戦艦ギャラクティカ…ひさしぶりの大物だわね。…相手にとって不足なし」
「不足どころかお釣りが累乗で返ってきますよ、リア船長。作戦を忘れてないでしょうね」
リアはイライラとしながらビーコンを叩いて偽の信号を送った。
「覚えてるわよ。いくらアタシでも、500万倍の体積を持つ相手に正面から殴りかかるほどバカじゃないわ。こういうセコイやり方は好きじゃないんだけど」
通信モニタにガードマンの顔が表示される。
「ビザ確認。K74番ゲートへどうぞ」
「あら、ハンサム。ねえ、エドワード。顔の整形してみない?」
コックピットのAIは、全裸のまま後方で作業をしていたアンドロイドと通信モニタの兵士を比較して答える。
「今の顔と同じモデルですよ」
「あらそう? 軍服のせいかしら。一着手に入れたいわね」
慎重に船を指定されたポートに着艦させながらリアは言った。
「ついでに盗みますか?」
「余裕があったらね。お目当てのトリリウムタンクが首尾よくGETできたら、考えましょ」
エアロックのハッチを解除して、空気漏れがないことを確認すると、リアは立ち上がった。
「じゃ、行ってくるわ。お留守番よろしく。帰ってきたらそのペニスも直してあげる」
裸のアンドロイドは、バラバラに分解された後、飽きて放置された股間にチラリと目をやった。リアが外に出ている間に修理を行う予定でいたのだが、そう言われると、勝手に自分で直してしまっては、拗ねるだろう。工具の整備でもするか、とアンドロイドは自分のペニスの残骸を空いたボックスに入れて棚へ片付けた。
「お気をつけて」
本当に離れるわけではない。リアには他のボディが3体一緒についていく。船で留守番をするのは、このボディと、コックピットの端末だけだ。
窓から、よそ行きにめかし込んだリアと3体の自分に手を振る。リアもヒラヒラと手を振った後、銃を構えた。
「いくわよ」
−
カークはシャワールームで本日二度目の身体の洗浄を行った後、貨物倉庫のターミナルに来ていた。第8管区の水素タンク周辺にはわずかながら警備の穴がある。
昔、カークが担当の警備兵をしていた頃に見つけたシステムの不備だ。それでも、カークは何故か報告せずに、誰にも見られず一人で何かを考えたいとき、この場所に来ることにしていた。
昇進して担当を外れてからは、その機会も久しくなかったが、大佐のIDでセキュリティをパスできるようになった今なら、再び訪れても咎められることはない。
あいかわらず、巡回のルートから外れているのは変わらないようで、カークは苦笑しながら壁に背を預けた。
懐かしの場所には、昔と同じ酸化したオイルの匂いが漂っていて、眠っていた記憶を揺り起こした。
『おい、ライト。ライト! お前のことだよ、そこのハンサム! おっと、俺も同じ顔だった。なんでライトかって? ベッドの事だよ。お前はライトで俺がレフト。お前のルームメイトだ。仲良くやろうぜ兄弟。親友って呼んでもいいぞ』
亡霊の声が反響する。それに引きずられるようにツギハギで早口のセリフの群れが、溢れるように蓋をした過去から流れ出した。
『バカ野郎! トロトロしてんじゃねえぞ、このマヌケ! 俺がいなかったら、お前は今頃ケツ吹っ飛ばされて、穴が二つに増えてるとこだ! いくら火星トカゲに抱かれたいからって、わざわざ二股チンコ用に尻の改造までするこたねえだろうよ!』
『おいライト。初心で奥手なお前の為にこのレフト様がギャラクティカ一を争う美女達にお前の筆卸を頼んでやった。こっちがカエル型のベガ4星人で、こっちがクラゲ型のスピカ8星人。終わったらどっちが良かったか教えてくれ。俺もそっちにする』
『また怪我したのか。お前はかわんねえなあ。ま、他のクローンと見分けやすくなっていいかも知れねえけどな。悪りいコトできねえな、ヒヒ。泣くな。俺が死んだら、そんときゃ俺のハンサムフェイスをお前にやるよ』
『ライト少尉殿! いや、カーク少尉か。あのノロマが俺様より先に名前持ちとは世も末だね。おい冗談だよ、権力の乱用は横暴だぞ。やっぱりお上の覚えがいいと昇進もはええな。俺も顔に傷つけてみっかな。お前の反対側に』
『ライト…てめえ仲間を見捨てるのか!』
『偉くなったもんだな、カーク大尉殿。名前のないゴミのことはもう忘れたか』
『地獄に落ちろ、この裏切り者!』
カークは両手で顔を覆って、後頭部を壁に打ち付けて、亡霊の叫びを追い払おうとした。
涙は出ない。悲しみも湧かない。ただ、延々と過去の声に責められるだけだ。
沈んだ心を落ち着けて、気分転換をするためにここへ来たはずなのに、逆に片付けていたはずの昔の鎖に再び巻きつかれてしまった。かつての親友の呪詛は脳裏にこびり付いて離れず、カークは接近されるまでその足音に気づかなかった。
「ここに警備はいないはずだったんだけど、場所を間違えちゃったかしら?」
自分に向かって銃口を突きつける少女を、カークは無表情に見つめた。後ろに控える大柄な男が周囲を警戒しながら少女の問いに答えた。
「いえ、場所はここです、お嬢様。彼は警備兵ではないようです」
「警備でないなら、アンタここでなにしてるのよ?」
カークはゆっくりと二人に向き直った。
「それはこちらのセリフだ。お前達はここで何をしている」
「仕事よ」
カークは胡散臭そうに少女を眺めた。どうみても一般人の服装をした部外者だ。
「軍に所属しているようには見えないが」
「ドロボウだもの」
「お嬢様、正直は美徳ですが、時と場合によりますよ」
アッサリと正体を暴露してのけた少女は、軽く肩を竦めた。
「しかたないじゃない。サボってたのが下っ端なら誤魔化しようもあるけど、あの階級章見てみなさいよ。星と線の数が多すぎるわ。なんなのあの筋トレできそうなオモリ」
「全部勲章のようですね。名ばかりのものも混じってはいますが、基本的には実戦で功績を挙げた証です。右端の上から三番目は正銀位殊勲章ですよ。私も実物をはじめて見ました」
「あの乳首ピアスみたいな奴?」
「相手を怒らせるのが得策とは思えませんが、まあソレです。敵艦『隊』を一つ以上沈めて味方の損耗なしで戦闘に勝ったときに、宇宙連合総裁の機嫌が良ければ授与されるものですね」
「そんな縛りプレイしても貰えるものが乳首ピアスだけなの? 微妙ね」
「いくらなんでも他にも褒美はあったでしょう。ピ…勲章は貰った印ですよ」
好き勝手なことを言っている泥棒二人組の会話を切って、カークは声をかけた。
「何が狙いだ」
「アタシの船の燃料用に、トリリウムのタンクを持てるだけ。あとコスプレ用にここの兵隊さんの制服一着。アタシのツレが着れるサイズ」
「トリリウムの相場は高騰気味だ。タンク一本で1Gt(金トン)はするな」
「だから盗みにきたのよね。弱い船から巻き上げるのも気の毒だし、余ってそうなトコから」
「…それだけの理由で、ここを狙ったのか? このギャラクティカを」
「そうよ」
「ここは『戦艦』だぞ」
「ええ、こんなに大きな船は初めてよ。次は観光で来るわ」
少女はあっけらかんと答えて、銃を構えなおした。
「さ、エドワード。アタシが人質見てる間にタンクを運び出しちゃって」
「アイ、マム」
大柄な男は手際よく倉庫の品から燃料用濃縮三重水素のカートリッジを選び出して、背負っていた袋に詰めた。かなりの重量になるはずだが、軽々とそれを担ぐ。
所詮は人間一人で運べる量だが、それでも小さな月の一つや二つなら買えるだけの価値がある物質だ。もし、自分がここにいなかったら、この戦艦は盗難があったことに気がついたのだろうかと、カークは考えた。
やはり、警備の穴はさっさと報告して潰しておくべきだったのだ。無駄な感傷を引き起こしたばかりでなく、盗人まで呼び寄せた。
「いい子ね。抵抗はしないほうが身のためよ。殺すつもりはないけど、アタシってば射撃が下手だから、急に動かれたらうっかり痛いところ撃っちゃうかも。股間とかね」
ツレの男が声を上げて笑った。
「お嬢様が股間を撃ち抜いたとしたら、それは股間を狙ったとしか考えられません」
「とっさの判断で的を外すことはないけど、とっさの判断でつい変な的を狙っちゃうことはあるかもしれないじゃない」
「それは確かに、そうかもしれませんね。ではお嬢様が無意識に男性への破壊願望を満たそうとする前に撤収しましょうか」
「そうね、長居は無用。アンタには悪いけどここで縛られてもらうわ。アタシ達がここから逃げた後で、ここにいることみんなに手紙で教えてあげるから、助けは来るわよ。オシッコに間に合うかどうかは謎だけど」
少女はカークに微笑みかけながら言った。
「その心配はない。みな、私がここにいることは既に知っている」
「どういう意味よ」
次の瞬間、少女の隣にいた大男の頭が弾けた。
「エドワード!」
しかし少女は冷静に、顔の破片が飛び散った方向を見定めて、狙撃手のいるほうへ牽制のパルス弾を撃ち込んだ。一瞬でこの判断が出来るというのは、ふざけたお喋りを続けながらも、しっかりと周囲を警戒し続けていたということだろう。むしろ、あてが外れて驚いたのはこちらの方だった。奇襲を見事に潰されてしまい、肩を落としながら、こちらを牽制する首のない大男を睨みつける。
「大丈夫? エドワード」
「光学センサーが破壊されてしまいましたが、他は問題ありません」
「味覚センサーも壊れちゃったんじゃない?」
「…多分、今は使用しないのではないかと」
カークは舌打ちした。
「アンドロイドだったか」
人間と見分けがつかないアンドロイドなどは、あまり使用されない。人の形が欲しいならクローンを使う方がずっと安上がりだし、人の形がいらないなら機械然としたロボットで構わないからだ。ケチなコソ泥にしては、高価な玩具を使っているなと、カークは少女の素性をいぶかしんだ。
「どうしてバレたのかしら」
アンドロイドの胴体がカークに向き、少女も振り返る。これ以上隠す理由も無くなってしまったので、カークは素直に白状した。
「士官用のコンソールはいつでも専用回線で司令室に繋がるようになっている」
「いつ連絡したの?」
「君達が銃口を私に向けていることに気づいた直後だ」
「そんな素振りはなかったけど」
「通信回線をつないで放置しておいただけだからな」
「ほら、お嬢様。やっぱり自分で泥棒だって名乗ったのが不味かったんですよ」
「おだまり」
少女はパルスガンの銃口を一瞬ずらして、正確にカークの腕に付いていたコンソールを撃ち抜いた。これで射撃の腕が悪いというなら、士官候補生の七割は落第するだろう。
「他にはないわね?」
「そのはずだ」
賊の為に断言してやることも無いだろう。少女はため息をついて辺りを見回す。
「まずいですね。ここまで完璧に包囲されるまで気づけないとは計算外でした」
「これだから安物は。通信電波にも気づかないなんてとんだポンコツだわ」
「そんなキツく当たらんで下さい。特殊波長域で盗聴不能な電波だったんでしょうよ。そもそもこんなところに指揮官クラスの大物がいること自体イレギュラーだったんですからね。いいですか、ここはただの貨物倉庫で、見回りの兵士はいいとこ一等兵ですよ」
「仕方がないわ。プランBよ」
彼女はカークのわき腹に銃口を押し付けて、倉庫の入り口前に進み出た。
「動くな! 人質を撃ち殺すわよ!」
返事の変わりに、パルス弾が雨あられと殺到し、少女はカークを引き連れたまま、慌てて物陰に駆け戻った。
「アンタ仲間に嫌われてんの!? 容赦なく殺しにかかってきたけど!」
「当然の選択だ。クローン兵士の一体ごとき海賊の首と引き換えにはならん」
「偉いんじゃなかったの!? なんなのよ、その乳首ピアスの山は! 偽物?」
「れっきとした本物だ。何の価値もない」
軍服の胸に並んだ勲章を差して、カークは言い切った。すでに通信も切れているからにはなんの遠慮もなかった。
少女はギリギリと歯噛みしながら、敵を窺う。
「仕方がないわ。プランCよ」
少女は懐から筒状の塊を取り出すと、ピンを抜いて敵陣に投げ込んだ。爆音と閃光と共に、強烈な風が吹き上げ、一面が白い煙に包まれた。
換気が完了した頃には、人間の体温を模した2つのデコイ風船だけが残されていた。
−
しかしながら、少女の作戦は予想以上に効果を上げていなかった。
床板を外して下のフロアへ抜け出たところで、カークが見つかったので、集まってきた兵士達に再び射的の的にされたのだ。
「なにしてくれんのよ! 華麗なる脱出が5分でパーになったじゃないの! アンタは人質なのよ! わかってんの!?」
カークは肩を竦めた。少女は再び煙幕を張って、アンドロイドが腕のバーナーで壁の薄い部分に穴を開け始める。
「お嬢様、どうやら彼には本当に人質としての価値はないようです」
「遅いわよ、エドワード。その新事実はプランBを試す前に言ってちょうだい」
少女はカークに向き直って股間に銃口をグリグリと押し付ける。
「アンタ死にたいの? 股間に穴あけて欲しい? 撃ってあげようか?」
「それは困る」
「だったら、ちょっとは隠れなさいよ! アンタも撃たれてんのよ!」
「私は軍属の士官だ。敵対者の助けをするわけにはいかない」
「あらあら、御立派だこと。だったらなんで暴れて抵抗せずにノコノコ人質として付いてきちゃったわけ?」
カークの真面目な宣言を鼻で笑いながら、少女は牽制のパルス弾を煙幕の向こう側に撃ちこんだ。
「人質を連れていれば、犯人の移動速度は落ち、行動範囲も制限される。拘束されている間に相手の情報を得ることも可能だ。敵として相対し、あっけなく死んでゴミになるより、人質として犯人の足を引っ張り続けるほうが事態収拾の助けになると判断した」
実際にカークを置いてきていた場合、相手方は犯人の位置を一度見失っていたわけだ。
「んー、なるほど。理にかなってますねぇ」
少女はため息をついて、平然とした顔で自分の命を道具扱いするカークと、おどけた茶々をいれた首のないエドワードを見比べた。
「アンタ人間なのよね? 私のアンドロイドのほうが、まだナマっぽいわよ」
「そりゃどうも」
カークとエドワードが声をそろえて答えた。
「どっちも褒めてないわ。ちょっとぐらい仲間に命乞いでもしてみたらどうなの? どうしてアンタは生きのびようとしないの」
「目的の達成のためには手段はいとわない」
「なによ、目的って」
「短期的には戦闘への勝利、長期的には宇宙の平和だ」
顔を顰める少女に向かって、カークは言い切った。
「勝利した平和な未来に自分の存在は加わってなくていいワケ?」
「加わっているさ。私の同位体クローンが何百何千と連合には残っている」
少女は両手を振って宙を仰いだ。
「ハ、ホントにアンドロイドより機械みたいなこと言うのね」
「彼らが生きている限り、私が生きているのと同じことだ」
「フフン、そう言い聞かせて今まで自分を誤魔化してきたわけね」
その言葉ではじめてカークの表情が変わった。挑戦的に笑いかけた少女もそれに気づき、ここぞとばかりに追い討ちをかける。カークは少女を睨みつけた。
「アンタはAIと違ってメモリチップをコピーして次の身体へ移し変えることなんかできないでしょ。人間が機械の真似したってどう考えても絶対に劣化ver.にしかなれないわよ。機械の方がずっと役に立つわ。アンタが子供の頃から培ってきた記憶や意識は、その身体が滅びれば消えてなくなるのよ。アンタは単に、そうじゃないと思い込まなきゃ、今までやってこれなかっただけ」
カークは心を落ち着けようとした。いつもと同じように。どんな侮蔑も、嘲笑も。平然と涼しい顔で受け流してきた。耐えようとするから、壊れる。反応するから、喜ばせる。挑発に、乗るな!
「何も特別な過去など抱えていない。私は他のクローンと等しい教育と訓練を受けて育った。私が持つ記憶は他のクローンたちも持っている」
そんな、カークの唇を、少女は奪った。舌を差し入れて吐息を吹き込み、湿った音を立てて、また顎を放す。
「ほら、他のクローンが持っていない記憶が一つ増えたわ」
少女は笑った。
「あんまり寂しくてカワイソーなセリフ言わないで。アタシってば胸キュンでうっかり惚れちゃいそう。苛めたくなっちゃう」
カークは混乱していた。辛辣な皮肉や、激しい暴言ならまだわかる。でもこのキスは、わからない。まったく、わからない。
「お前がそんなことを言うのは、私が人質として生に執着すれば、お前には有利になるからだ」
「そうよ。なにか問題ある? このままアンタを連れて行ったんじゃ、アンタの言う通りただの足手まといだわ。自分が無敵の万能アンドロイドだと信じ込んでるおバカさんのせいで、真剣に人間らしく生きてるアタシまで巻き添えで殺されちゃたまったもんじゃないもの」
無骨な顔に、どこか怯えを滲ませたカークを、少女は叱り飛ばした。
「いいこと! 聞きなさい! アンタも、アタシも、生きてるの! 代わりなんて、ないのよ! 可愛い美女にキスされてドギマギした甘酸っぱい中年の思い出も、全部消えてなくなるの! 何年生きたか知らないけど、その人生が全部無駄になるのよ!」
カークは歯を食いしばった。
『死にたくない…』
自分の声が聞こえた。いや、記憶だ。今朝処分したクローンの記憶だ。
だが、自分の声だ。
アンドロイドが最後まで焼ききる前に全力で壁を蹴りつけ、穴を開けた。
「お嬢様、もう通れます!」
「愛してる!」
少女はアンドロイドに投げキッスを送ると、向かいの廊下に銃を乱射して、再びカークの背中に銃口を押し付け穴に押し込んだ。
「まだ連れて行くんですか?」
「この先、コレよりマシな人質が手に入ると思う? 捨てた後で残しておけば良かったと困るのはやーよ。それに…」
「それに?」
「アタシまだ制服を盗むのも諦めたわけじゃないの!」
少女は壁の穴にプラズマ放電のブービートラップを残すと、先へ進んだ。
−
廃棄ダクトの整備通路に、少女達は紛れ込んでいた。よくも、こうまで正確に戦艦の内部構造を把握しているものだと、カークは呆れまじりに感嘆する。
どこからそんな軍事機密が漏れ出たのはわからないが、この二人が工作員として優秀なことはよくわかった。こんなことがなければ軍にスカウトしたいぐらいだ。こんなことがなければ出会うこともなかっただろうが。
このままでは、本当に逃げ延びてしまうかもしれない。
キスの余波で混乱しながら二人についてきてしまったが、少し落ち着いてみればその必要性は皆無だ。例え今死んだところで、これまでの人生が全部無駄になったりはしない。
カークはそう自分に言い聞かせた。
「また顔が戻ってきてるわよ、ダメ男さん」
「小娘が何様のつもりだ。御高説賜って、精神科医気取りか。コソ泥風情が他人の生き様に口を挟むな」
「別にいいでしょ、泥棒が哲学を語っても。私はお金を手に入れて幸せ。あなたも人生が楽しくなって幸せ。最高じゃない。こうみえてもアタシ、カウンセラーとして優秀だってエドワードから絶賛されてるのよ」
カークは得意そうにウィンクした少女と、唐突に名を出された首なしロボットを交互に見やった。
「…アンドロイドだろう」
「下手な人間より客観的な評価よ。AIの計算と人間の計算で答えが違ったら、アタシAIの方を信じる。ね、エドワード、アタシってば名セラピストでしょ」
「確かにAIの論理ドライブ診断(カウンセリング)と損傷修復の腕は最高だと言ったことがありますが。人間相手のセラピーはサンプルの情報が少ないのでなんとも」
「役に立たないポンコツね。帰ってもその首、直してあげないわよ」
思わず、笑い声がカークの口から漏れた。くだらないやり取りを威勢よく行う二人が、なぜだか無性に可笑しかった。それを横で聞いている自分が、可笑しかった。最後に声に出して笑ったのはいったいいつの事だろうか。
カークは二人が少し、羨ましかった。
「そうだな、前向きに生きて、自分の身を守ることにしようか」
カークは少女の腕をひねり上げて、悲鳴を上げる彼女の手から銃を奪った。
「お嬢様!」
そして、こちらに照準を合わせようとしているアンドロイドの胴体に拳を抉りこませる。腹を突き破った拳が、構造的に重心と思われる機関を突き破り、彼はギアの削れる音とショート音を轟かせながら機能停止した。
「…エドワードのお腹って、かなり頑丈に作ってあったんだけど」
「そうだな。硬かった」
カークが腕を引き抜くと、血みどろになって原型を失った拳が現れた。左手はもう使えないだろう。少女はそれを見て顔を顰めた。
「痛くないの?」
「クローン兵は、痛みも快感と受け取るように遺伝子操作されている」
「なにそのアタシ好みのスケベな設計」
カークは不思議な物を見るように少女を眺めながら銃を突きつけた。
「さっきまで私の行動を批判していたわりにはお前も驚かないようだな」
「驚いてるわよ。ビックリして声も出ないくらい。喋ってるけど。でも焦ってもしょうがないでしょ。ちゃんと分析して考えようとしてるのよ。簡単にこうやってアタシ達を制圧できるのに今まで自分で動かなかったのはなぜだろう、とか。今になってこのタイミングで行動に出たのはなぜだろう、とか」
「なぜだと思う?」
カークは自分でも知りたかった。この少女はくだらないことばかり話しているが、きっと頭は良いのだ。自分よりも。
「そうね、切り札を最初から切るのは愚かなことだし、相手の能力を見極めるのは重要なことだわ。どんな仲間がいるか。どんな武器を持ってるか。どんな情報を持ってるか。だから、行動に出たということは見極めがついたということ。追い詰められても応援は来ないし、ある程度手持ちの道具も知識も確認した。なら、これ以上の予測外の脅威はないだろうと判断したのかもしれない。ということはアタシ達は、何とかなりそうだと思わされつつ、ギリギリのところで泳がされてたってことになるわけで、そうなるとアタシとしてはもうお手上げ。いくつか小ネタは仕込んでいるけど、そんなんじゃとてもこの盤面を逆転させるには届かないわ」
少女は自分の予想を考えながら喋る。カークは感心した。
「なるほど、筋は通っている」
「もっというなら、銃撃戦の中でアタシ達に手を出すと、うっかり殺してしまって侵入経路や情報源が謎になってしまうかもしれない。だから油断しているところで無力化して拘束し、尋問を加えて白状させれば、後顧の憂いも断てるというものよ。アンタ策士ね」
カークは苦笑しながら首を振った。策士はこの娘の方だ。不利な立場を一瞬で言いつくろって、自分はもう無力だと訴え、最低限の安全を確保し、相手にそうする理由を与えている。何故か騙されてやる気になった。この娘なら、簡単に脱獄しそうな気がする。それでいい。まだ誰も死んでいないのだ。奪った銃の目盛りを見たが、このパルスの威力では、人は死なない。凶悪犯では、ない。
「上司にはそう報告するとしよう。文面を考えてくれて助かった」
カークは壊れたアンドロイドの内部を探って、メモリーチップを抜き取った。銃口をそらさずにはいられなかったが、素手でロボットの胴をブチぬく男の前では、少女もこれ以上の抵抗をする気はなさそうだった。
「こいつが無事なら作り直せるんだろう」
メモリーチップを投げ渡すと、少女は微笑んで礼を言った。
「ありがと。バックアップは取ってあるけど、一瞬一瞬がやっぱり大事よね」
−
ここからどうやって片手で、少女を連行しようかと考えていると、足音が響いた。
「おやおや、カーク大佐殿。賊の人質になったと聞いてきたんだがね」
暗がりの中から緑色の肌がぬっと現れる。もっとも、こちらを馬鹿にした声を聞いた時点で誰かはわかっていたが。
「ゴーティ中佐か。よくここがわかったな。ちょうどいい。犯人を確保した」
両手を上げた少女に銃を突きつけ、現れた火星人に彼女が無抵抗なことを示した後、壊れたアンドロイドの所持していた銃を拾うように身振りで指示をする。
「すぐに応援を呼んでセクターV9に監禁を…」
指示を出そうとしていたカークの身体が、バチリという音と共に震えた。何が起こったか理解する前に、カークは膝から床へ崩れ落ちた。
「おっと、こんなに電圧を落としてあったのか」
カークが顔を上げると、パルス銃の目盛りをいじる爬虫類が目に入った。ゴーティは、困惑と驚愕の表情を浮かべたカークに向けて銃を構えなおすと、再び引き金を引いた。
先ほどよりずっと強くなった衝撃がカークの胸を打ち据え、カークは息を詰まらせて、全身を痙攣させた。
「どうだ、一発イッたか?」
ゴーティが口元の牙を覗かせて、ニヤリと笑う。少女は開いた口がふさがらないといったように、制服を着た二人を交互に見ていた。そんな少女に火星人はカークの持っていた銃を取り上げて投げ返す。
「ホレ」
「何のマネ?」
口では疑問を投げかけつつも、少女は迷いなく銃を構えた。
「逃がしてやるのさ」
「いいの? お仕事しなくて」
ゴーティはとても楽しそうに笑った。そして、続けさまに銃弾をカークに浴びせた。カークが悲鳴をあげて、身をのけぞらせる。
「お前が逃げれば、こいつの失態になる」
「何か恨みでもあるの?」
「ただいたぶってやりたいだけさ。前から気に食わなかった」
ケタケタと笑いながら撃ち続ける男を、気味悪そうに横目で見ながら、少女は後ずさった。
「そう、兵隊さんもいろいろ大変ね」
「早く行け」
少女は、チラリとカークの目を見た後、哀れむような表情を残して走り去った。
薄暗い狭間の空間に、狂ったトカゲと身体を麻痺させた男だけが残される。呻き声を上げるカークの上から、ゴーティが顔を覗き込み、唾を吐いた。
「いいザマだな。カーク大佐殿。おパンツの中がビチャビチャになってるんじゃないか?」
火星人の言う通り、激しい苦痛のシグナルは、激しい絶頂として脳に届けられ、カークの股間には滲み出る大きなシミと、それを見せびらかすためのようにそそり立つテントが現れていた。指先まで痺れさせたカークには、それを隠すことも出来ない。
「ゴーティ…どういうつもりだ…」
「いやいや、あんたを殺した犯人は侵入者のお嬢ちゃんさ。人質を盾にしたせいで、俺は親愛なるカーク大佐殿ごと撃つしかなかったんだよ。悪く思うな」
カークは視界が真っ赤に染まるのを感じた。ここまでの憎悪を剥き出しにしたのは初めてのことかもしれない。
「貴様…」
ゴーティはその顔を見て、喝采した。
「その顔が見たかった! いつも取り澄ました顔して、御自分はお綺麗な人間でございってなぐあいに俺たちを見下しやがるのが気に食わなかったんだよ、カーク。お前もお前の兄弟クローンたちと同じように、ケツにパルサー銃突き入れられて、ピイピイ泣き喚くのがお似合いだ。地球の猿は臭くて不細工だが、尻の中で引き金引かれたときのイキ顔だけは、何度見ても飽きねえぜ。ハラワタ焼き焦がされてザーメンブッ放しながら死んでいく目が最高だ。率先してお前らの廃棄を引き受ける価値がある」
正気を疑うようなゴーティの言葉を聞き、しかしカークはいつものようにすっと頭が冷えていくのを感じた。
「…いつもそんなことをしているのか」
だが、一度カークの仮面を剥いだゴーティは、カークの心を丸裸に暴いたゴーティは、その冷静さの下に流れる怒りを確認して、非常にご機嫌だった。
「なあに、ほんの百匹やそこらだ」
「テラン4星人の趣味の悪さは理解しかねるな」
いつもなら瞳を赤く光らせて怒る言葉にも、ゴーティは機嫌を損ねなかった。丁寧に言い聞かせるように告げる。
「マーズ4だ。俺たちの星は地球より先に生命が生まれた。先に進化したのも猿じゃない。上に立つべきなのは、俺たちだ」
そうして、瞳を赤ではなく、青白いプラズマ色に輝かせ、地面に倒れてブルブルと痙攣を始めた。
トカゲの後ろから、銃を構えた少女が歩み寄る。
「火星の原始生命は進化する前に絶滅したわ。火星トカゲは地球から入植した亜種よ」
「聞こえていませんよ、お嬢様。絶賛オーガズム中です」
「やだ、汚い」
少女の後に続く2体のアンドロイドは、火星人から銃を取り上げ、更に目盛りをあげてゴーティを撃ち、昏倒させてから目盛りを戻した。
少女はもの問いたげなカークの目を見て肩を竦めた。
「なによ、もう仲間がいないなんて、アタシ一言も言わなかったわよ」
その点に関してはカークはそれほど疑問に思っていない。
「…なぜ戻ってきた」
「どっちみちエアロックのゲートを開かなきゃ逃げられないんだもの。ああ、トカゲのIDカードを使えば開くかしら。今のあなたのカードよりは監視が薄いわよね」
少女の合図で、アンドロイド達は壊れた仲間の荷物を回収し、動けないカークの身体を担ぎ上げた。
「…おい、何をする」
「人質よ、もちろん。言ったでしょ。アタシはまだ諦めてないの。トリリウムも、制服もね。絶対にアタシのものにしてやるんだから」
脱出経路の確認をすると、少女はアンドロイド達に号令をかけた。
「さあ、エドワード。帰るわよ!」
「アイ、マム!」
つづく
-
投稿:2013.03.29
スターダスト(2)
著者 自称清純派 様 / アクセス 4696 / ♥ 2