与助は独り身だ。早くに父を亡くした後、与助の母は必死に働いて与助を育て上げたが、やがて無理がたたって病に倒れた。それから長いこと、薬に芋に薪にと、山で捕えた僅かな獣を元になんとか扶持を稼いできたのは与助だった。母一人、子一人。思い起こせば風のように時は流れ、ふと気がつけば、もはや両親が子を成した齢などとうに追い越していた。
ある秋の暮れ、今年の冬は駄目かもしれぬと、薄々感じていた頃であったから、亡くなった母親を、帰ってこなかった父の山が拝める丘の頂に埋めたときにも、与助が涙を流すことはなかった。
ただひたすら、ぬけがらのように、さびれた小屋で座り込み、がらんどうのいろりを眺めていた。高い薬を買い続けたため、蓄えなどはまるでない。このような貧しい男に、嫁の来手があるとも思えぬ。かといって、明日すぐに飢えるということもない。なにせもう、薬を買う必要もないのだ。二人分稼がなければいけなかったところ、少しでも母にいいものを食べさせてやろうと無理をしていたところ、小屋の中を常に温めておかなくてはいけないところ、それがもう全部、いらなくなった。
自分一人が飢えぬだけ、眠る間に凍えぬだけ、日頃の倹約のままの暮らしを通せば、それでことたりてしまう。母を葬った次の日、いつものくせで必死に山を駆け回り、取れるだけの獲物を捕まえた与助は、誰もいない家に帰って、なんのためにそんなことをするのか、わからなくなった。なんのために自分が生きているのか、わからなくなった。
そのまま冬になり、雪が降り、与助は魂を抜かれたように森をさまよい歩いた。駆け回らなければならぬほど窮してはおらず、家の中でじっとしているのは落ち着かない。鉄砲を持って雉を狙い、引き金に指をかけてそれを引かず、撃った気分にだけなって、今日は大猟だと満足して帰る。そんな日が続いた。
罠にかかった狐を見たのはそのころだった。
兎や雁を取り合う仲の狐である。常ならば即座に撃ち殺していたところ、与助は鉄砲で捕われた狐を狙い、そして撃たなかった。もはや、撃つ理由がないと思った。
だから与助は、罠を外して、狐を逃がした。近づいた際に狐は唸り、与作が伸ばした手に噛みついて逃げた。びっこを引いて雪の中へ去る狐を淡々と見送った後、与作は自嘲気味に首を振った。
「助けてやったあてのに、ふてえ畜生めだ」
雪の中にポタリポタリと血が落ちる。痛むてのひらは、激しい熱を持ったかのように熱く感じ、白い雪に広がるその鮮やかな朱の色と相まって、日々の暮らしに追われて鈍麻した与助の灰色の世界に、強烈な刺激をもたらした。
こういった傷を受けるのは初めてではないはずだった。もっと命にかかわるような大きな怪我をしたこともある。古傷も残っている。しかし、与助の人生は、そんな瑣事に気を留めていられないほど大変だったのだ。
今、初めて気づいた真っ赤な血の色は、与助の世界に新しい小さな彩りをつけた。与助は、不思議そうに、巻いた手拭いに滲む赤を見つめながら、家に帰ったのだった。
夜半過ぎ、眠ろうと横になった与助の耳に、扉を叩く音が聞こえた。係累もなく、訪ね人に心当たりない与助は、訝しげに誰何した。すると、若い女の声が返った。
「もし、お助けくださいまし。私、怪我をしておりまして、この時分、里へ下りるも叶いません。どうか、一晩だけでも、軒先をお借りしとうございます」
はたして、扉を開けた与助の前には、質素な服のやつれた女が、ふらふらと頼りなく壁に寄り掛かっていた。招き入れるとすぐに、右足を引きずっているのがわかる。与助は土間の端に女を座らせ、油に火をともして怪我の様子を確かめた。
「こいつは折れていやがるな。おい、悪いのは脚だけか」
手早く添え木を当てて、手ぬぐいを巻きつけながら、与助は女に様子を尋ねた。女が言わないので、悪いとは思いながらも身体のあちこちをさぐると、折れた脚ほどではないものの、そこらじゅうに擦り傷掻き傷が無数にあった。母の床ずれに塗っていた薬の残りを、手やひじなどに擦り込みながら、なにがあったのかを少しずつ聞きだす。ぽつりぽつりと女が語るには、身寄りを無くして行き場がなく、今日の糧にも困った女が森に入って食べるものを探したところ、木の根に脚を取られて転び、そのまま森の獣に追われて逃げ回ったのだと知れる。
「素人が女一人で森に入ろうだなんて無茶すんでねえ。まあ、今日のところはしっかり休めや。なんか腹に溜めるもんもこさえてやるから、ちょっと待ってろ。ろくなもんがねえが、なんもないより、ましじゃろう」
山芋と蕪の菜っ葉と、干し肉の残りを薄めに煮込んで、椀にそそぐ。
「いっぺんに食うと胃がびっくりするだろうて。ゆっくり飲み込め」
女は最初恐縮していた様子だったが、やがて涙を流しながら、一心不乱に食べ始めた。久しく見なかったその健康な食べっぷりに、与助は、母もこれくらいしっかりと食べてくれれば、もっと長く生きれただろうにと、ふと思った。息子が働いて用意した食事を、寝たきりの母は恐縮して少ししか食べず、どんどんと衰弱していった。親子お互いに気を使って、どちらも幸せにならなかった。
椀を空けた後、土下座して礼を言おうとする女を、傷に障ると無理やり寝かせ、与助は火の番をして夜を明かした。何故かはよくわからないが、とても心がざわざわと蠢いた。
−
翌朝、与助は目覚めた女に再び少し濃い目の煮汁を作ってやり、長年、病身の母の面倒をみていた調子で、手際良く手慣れた様子で身体を拭いて、傷の手当てをした後、ふもとの村まで医者を呼びに行った。
とはいえ、医者とは言っても、田舎のはずれの村のこと、肺やら心の臓の病ならともかく、ただの骨折りに打ち身切り身とした程度なれば、山暮らしに慣れた与助の手当てで充分であろうと、これも長い付き合いであった老医師は、与助の話を聞いて答えた。たしかに、爺が登るにも女が降りるにも山は険しく、さしせまって爺を背負って走るほど女の状態が悪いわけでもなく、そもそもそこまでして爺を引っ張って行っても、やることは与助のやったことと大して変わらず、飢えて満足に食えぬ女が、医者に払う金などあるはずもない。
与助は冬の蓄えにと残してあった兎と引き換えに、傷に効く軟膏と包帯を手に入れた。行きずりの他人にそこまでするとはお人よしじゃのうと、決して安くはない薬を求めた与助に爺は呆れ混じりで言った。自分の怪我なら、つばでもつけて治すが、若い女の肌ではそうもいくまいと、与助はどこか寂しげに笑った。与助のことを、母親が倒れた時から、いや、与助自身が産まれた頃から知っていた爺は、別れ際に与助の手に、小さな女物の髪留めを握らせた。聞けば村の様々な者が、薬の形にと、様々な物を置いていくそうで、売れもせず、自分で使うわけにもいかず、さりとて代金と受け取ったからには、簡単にただで村の他の者に、ほれとくれてやるわけにもいかぬのだそうだ。それなら自分も受け取れぬと、与助は言おうとしたが、有無を言わさず追い払われて家に帰った。
しかし、小屋の扉を開けても、女は中にいなかった。脚を引きずった跡があり、あの脚では遠くまでいけぬだろうと、大声で叫びながら森へ入ると、果たして、いくばくもいかぬところで、女は途方に暮れて泣いていた。むしろ、折れた脚でよくぞここまで歩けたものだと感心混じりで、与助は女を背負い連れて帰った。
傷口を清め、薬を塗り、包帯を巻いて、また食事を作る。女は食べようとしなかった。
「どうしてここまでしていただけるのですか?」
与助は考えたこともなかった。ただ、長病みの母親と暮らしたせいで、誰かの世話をすることは、与助にとって自然なことだったのだ。
「どうしたもこうしたもねえやな。人を殺すにゃ理由がいるが、助ける分にはいらねえよ」
与助は医師に貰った髪止めのことを思い出し、それを女に手渡そうとして、ふと考える。どこにあったかとごそごそと荷物をひっくり返し、母親の古い櫛を引っ張りだす。飾りも何もない、安物の櫛ではあったが、櫛は櫛だ。
「こっちさ、こい。おらさの家だて、素直に聞いとけ」
与助は女の髪を梳いてやった。昔、母親の髪を梳いた時のことを思い返しながら、丁寧に櫛を走らせた。もつれてはいたが、とても美しい髪で、よく、くしけずると、上等の毛皮のようにつやつやになった。与助は、貰い物の髪留めで、女の髪をまとめると、きれいに整えてやった。
「ほうれ、べっぴんさんになったがや」
たしかに、頬はこけていたし、今にも折れそうなほどやせ細ってはいたが、女は美人だった。
「おめえ、おらさの嫁にこねえか? いくところはねえんだろう。そりゃあ、おらさだって金持ちじゃねえし、顔だって良かあねえが、こげなべっぴんさ、野垂れ死にさせるのはもったいねえ話じゃ」
びくりと女の肩が震えたのを見て、与助は、ぽんぽんと安心させるように女の掌を叩く。
「勘違いするでねえよ。今すぐ襲いかかろうだなんて思っとらんに。嫌がるおなごを無理からどうこうする趣味はあらんわ。おめえが自分で決める話じゃ。まずは、その脚をゆっくり治せ。その脚が治って、また歩けるようになって、そのときまだ逃げたいと思うたなら、逃げたらええ。おらさがどうしても好きになれんなら、おらさがその程度の男じゃったちゅうことじゃ。でも……」
与助はそっと女の手を握った。
「とにかく生きのびんことには、なんにも始まるめえよ。おめえの年なら、夏がくるまでにゃ骨もつながる。無理して半端に歪めて固まっちゃもう手に負えねえからな。しっかり休んで、早く治すとええ。病んだのと違うて、痩せて怪我したばかりの健康な身体じゃ。すぐによくなる。おめえが自分の脚でここからしっかり歩いて出ていけるってんなら、おらさは何もいうことはねえんだ。だが、今日みたいな真似はするな。うちの小屋からすぐ出たところで行き倒れになられたんじゃ、いくらなんだって夢見が良くねえ。わかったな?」
力なく頷いた女の前に、与助は椀の中身を再び温めて差し出し、ゆっくりと女が食べる姿を見守った。
「そうだ、まだおめえの名前聞いてなかったな。おめえ探して呼ぼうにも、なんて呼んだらいいかわからんで、難儀したでよ。なんて名だ」
「……こん、と言います。家族は私をそう呼んでいました」
「おこん、か。ええ名じゃ。響きが透き通りよるわ」
食べ終わった女を横にならせて休ませる。そして、自分もごろりと横になり、おこん、おこんと口の中でこっそり、もごもごと呟いている間に、ぐっすりと眠った。
翌日、与助は狩りに出ることにした。食べる口が二つになるなら、今の蓄えではどうにも足りぬ。しばらくろくに獲物を捕えていなかったことを少し悔やんだが、今までとは少し、出かける与助の心持ちが違った。
「兎でも探してくるけえに。おこんは、おとなしくしとれよ」
言い置いて雪山へ足を踏み入れる。なまった体を叱咤しながら、しばらく来ていなかった森の奥まで分け入り、二羽三羽と兎をしとめる。帰りがけに雷鳥まで手に入れた与助は、本気になれば自分もまだまだと、少ししびれる脚をごまかしながら、上機嫌で小屋に帰った。
そして、扉を開いた与助を、明るい光と、暖かい空気が出迎えた。
「お帰りなさいまし」
食材は手の届くところに置いていたが、手を出してよいものか迷ったようで、鍋に湯だけが湧かされていた。部屋の中がしっとりとしていて、囲炉裏にはぜる薪の音が小気味よく響いている。
「まあ、そんなにたくさん」
与助の背負った獲物の束を見て、おこんが感嘆の声を上げる。気を良くした与助が、そうだろうそうだろうと、自慢げに笑おうとして、ふと、気がつくと、与助は玄関口に立ったまま、ぽろぽろと涙をこぼして泣いていた。
「もし、どうされました? どこかお具合でも?」
「なんでもねえよ。どこも悪くねえ」
捕まえたばかりの兎を捌いて、二人分の食事を用意する間にも、後から後から涙がこぼれてきて、与助ははじめて、自分が寂しかったのだと、母が死んで、冷たく冷え切った暗い家に帰ってくるのが寂しかったのだと、知った。
−
何日か共に暮らす間に、おこんの緊張もかなりほどけてきた。動けないなりに、囲炉裏の端と寝床周りは小奇麗に清め、今まで遠慮して自分からは触らなかった食材にも、与助が帰るころを見計らって食事が出来るように準備して待つようになっていた。
おこんが徐々に落ち着きを見せていくのと反対に、与助のほうはそわそわと、落ち着かなくなっていった。今まで気にも留めていなかった散らかった小屋の中が急に恥ずかしくなり、おこんに気づかれないように、こそこそと荷を掻きまわすが、当然、おこんの目には奇妙に映り、首をかしげるおこんの視線に気づいて、慌てて外へ逃げ出す。
ある時などは、狩りの途中で、汗と獣の血に汚れた服が気になり、鼻を近づけて匂いを嗅いで顔をしかめ、わざわざ真冬の雪山の川で、裸になって服を洗った。その途中で、水面にひげもじゃの小汚い顔が映って顔を洗い、腋の匂いにも気づいて腋も洗い、尻や股ぐらを洗わぬわけにはいかぬと、ついにはざんぶと川に飛び込んだ。さて、やってしまえば当然のごとく、冷たい水に身体の芯まで冷え切って、服も全部べったりと水を吸い、乾くどころか凍りつく。がちがちと歯の根も合わぬほど寒さに震え、われながら馬鹿な真似をしたものだと、濡れ鼠のような情けない恰好のまま、ほうほうのていで狩りを切り上げて戻るしかなかった。
当たり前だが、おこんは目を丸くした。
「まあ、大変! いったいなにがあったのですか?」
脚を滑らせて川にはまったと嘘をつきつつ、本気で心配しているおこんの目が恥ずかしく、隠れるように服を着替えて炉端で身体を温める。ぶるぶると震えの止まぬ与助の掌を隣によったおこんが自分の手で包んだ。
「こんなに冷え切ってしまって……」
「おい、よせ。おめえまで冷えちまうぞ」
「私はずっと中にいるから平気です。それより早く温めないと」
おこんの手は暖かかった。かっと火をともしたような熱が、柔らかく握られた両掌と、心の臓と、股間に宿った。与助は逃げ出したくなったが、今外に出れば凍え死ぬのは自明の理で、小さく屈みこんでうずくまった情けない姿勢のまま、与助はぶるぶると震え続けた。獣のように丸まった与助の姿勢を、暖を取るためと介錯したおこんは、おおいかさぶるように与助に寄り掛かって、与助の冷たい身体に体温を分け与えた。与助は身体の一辺に感じる熱に狂いそうになりながら、悶々と疼く股間の倅から気をそらそうと、努力を続けたのだった。
少しずつ、おこんの脚は良くなっていった。春になるころには、落ちていた肉も戻って、身体の線もふっくらと丸みをおびた。元々きれいだった髪も更につやがよくなり、壁伝いならば、痛みもなく小屋の中を歩き回れるようになった。
与助は、おこんが、一歩、また一歩と、歩けるようになったのを喜ぶ姿を見ながら、言い知れぬ不安と焦りと寂しさを感じていた。
毎夜のごとく、明日目覚めれば、おこんはもういないのではないかと思い悩み、脚が治ったなら逃げればいいと言ったことを悔やんだ。昔に戻れるものなら、考えなしの自分を殴り倒してやりたいとさえ思った。やっぱり、あれはなしだ、面倒を見てやったのだから、自分のものになれ、と、言ってやろうかと思う自分を、今更そんな無様で情けない卑怯な真似ができるか、と戒める自分がいて、それでも、おこんがいなくなってしまうよりは良いではないかと、囁く自分もいた。
おこんは良い娘だった。美しく、気立ても良い。与助の言いつけをよく守り、その中で自分に出来ることを精一杯やっていた。与助を見る目はいつも感謝にあふれていて、最初にあったような、おびえた色はなくなっていた。おこんが与助を親しく感じてくれているのは確かで、もはや一言も言わずに消えてしまうようなことはあるまいと、なかば祈るように与助は思っていたが、さりとて、男として与助を見てもらえているかとなると、まったく自信がない。
もう一度嫁に誘ってみようかと、思わないでもなかったが、それでまたおびえさせでもしてしまえば、今度は本当に逃げていなくなってしまう。最初にもっと強くほのめかしておけばよかったと臍を噛みつつ、今その話を、おこんに思い出させる勇気は、与助にはなかった。
とち狂って、おこんを無理やり押し倒したりしないように、家に帰る前に自らを慰めて熱を冷ます機会が増えた。元々、家には母親がいたので、与助が男の滾りを解決するのはいつも山の中だったが、春になってからというもの、自分でもあきれるほどに倅を疲れさせてやらなければ、静まらぬようになってしまった。
心は早くに家に戻って、おこんの姿を見たいと思いつつ、すぐ目と鼻の先の家に帰れば、温かい飯が待っているのを知りながら、一物が萎えるまで延々とすきっ腹を抱えて精を放ち続ける日が何日もあった。単に己の欲望に振り回されているだけの与助を、狩りが長引いたせいだと受け止めて、自分も腹が減っているだろうに、お疲れさまでしたと出迎えるまで健気に待っているおこんの曇りなき眼は、与助の胸をちくちくと罪悪感で突いた。
−
ある日、食事を終えて眠り支度をしようかという与助の前で、おこんが膝をついた。
「おかげさまで、歩けるようになりました」
改めて深々と頭を下げるおこんをみて、与助はのどがからからに乾くのを感じた。そんな礼など欲しくはなかった。なにもかも忘れたかのように、このままこうやって暮らしていければよかったのにと、与助はひっくり返りそうになるのを我慢しながら思った。
「そうか、よかったな」
震えそうになる声を何とか抑えて言った言葉と裏腹に、与助の心は荒れていた。なにかおこんを引きとめる言葉はないか、情けなくても卑怯でも、もう少しおこんと一緒にいられる言葉はないかと、与作は必死に考えた。
「まあ、今後のことを考えるにも時間がいるだろうて。ゆっくりしていけば……」
「いえ、私はもう心を決めました」
与助の言葉を遮っておこんが告げたので、与助はとても悲しくなった。ええい、この薄情者、これだけ面倒をかけておいて、用さえ済めばぽいと捨てるのか。いっそ今ここで手篭めにしてやろうかと、暗い心に飲まれかけた与助の前で、おこんは、はらりと帯を解いた。
「お好きになさってくださいまし」
言われた言葉の意味がわからず、与助はぽかんとした顔でおこんを眺めた。そして、胡坐をかく与助の膝もとへすり寄ってきたおこんを見て、ぽつりと呟いた。
「……ええんか」
頷いたおこんを見て、反射的に押し倒しそうになった与助は、しかし、そのおこんの肩が出会ったときのように震えているのに気づいて我に返った。
「無理しちゃいかん。そりゃあ、おらさはおめえに嫁にこいとは言ったが、好かれてもおらんのに恩着せがましくおらさのもんにしようだなんて思っちゃおらんのよ」
自分でも馬鹿なことを言っていると思いながら、説き伏せるように肩を叩き、
「今のおめえなら、べっぴんだて、探せばいくらでももっといい男が……」
言葉の途中で、続きが言えなくなって、与助はおこんの手首を力いっぱい握りしめた。眉根が下がり、息が詰まった。
「……いかん」
自分の言った言葉が怖くなり、それが本当のことになるのを恐れ、与助は震える声で絞り出すように告げた。
「他の男のもんになっちゃ、いかん」
おこんが、笑って手を振って、幸せに去っていくだけなら、涙をのんで忍ぶこともできようが、それが他の男の腕の中で抱かれるとなれば、絶対に耐えられぬ。与助はおこんを押し倒し、その胸元に顔をうずめた。荒い息を吐きながら、身体の丸みを両手でなぞり、柔らかな尻を手の中に包んだ。
甘い匂いがした。匂いの元をたどって、すんすんと鼻を鳴らすと、はだけた襟首にたどり着いた。吸い付くように耳の裏に舌を這わすと、おこんはぎゅっと目をつぶり、びくびくと震えた。
欲望のままに着物を暴く。さらけ出された形の良い乳房は、ようやく肉のついてきた身体と同様に、ふっくらと丸みを帯びつつあり、風にさらされた乳首が固く尖って上を向いている。与助はそれを口に含まずにはいられなかった。おこんが首をのけぞらせて痙攣するのにも構わず、その粒を舌先で転がし、吸う。おこんの白い肌に、与助が吸い付いたところだけ、ぽつりぽつりと紅い華が咲いていった。
そして、与助はおこんの腰を抱え上げた。股間の茂みは赤みがかった色合いをしていて、囲炉裏の残り火に照らし出されて黄金のように輝いて見えた。女の裸を見たことがないとは言わぬが、このように秘所に顔を寄せてまじまじと見つめる機会もなく、与助は魅入られたようにその稲穂の隙間からのぞく桃色の裂け目に唇を寄せて、吸い付いた。
途端におこんが甲高い悲鳴を上げた。与助も、また声をあげたおこん自身もその大きさに驚き、顔を見合わせた。おこんは顔を真っ赤に染めて目を潤ませていた。与助は性急にむさぼったせいで、おこんが怯えていることに気づいた。しかし、小刻みに震えながらも、羞恥に顔を赤らめながらも、おこんは与助の求めるまま、その眼前に股を開き、恥部をさらけ出して耐えていた。たしかに心を決めているに違いなく、いつまでも言い訳を並べ立てていた与助より、よほど肝が据わっているようだった。与助はおこんを驚かせないように、今度は優しく、舌を這わせた。体温になじませるように、一舐め、二舐め、割れ目をなぞり、髭先で襞をくすぐりながら、ゆっくりと小さな核に、つぷと音を立ててしゃぶりつく。おこんはへそを波打たせながら叫び声をかみ殺し、つま先を丸めてひくひくと震えた。太ももが閉じあわされて、柔らかい内股に与助の顔を挟み込む。じわりと、愛液が滲み出た。与助の褌の中も、似たように濡れぼそっていたから、与助はこれでよいのだと、優しくおこんをむさぼり、味わった。やがて、声を抑えきれなくなったおこんは、切なく甘い声で喘ぎ始めた。与助はそれを聞いて、亀頭の先が破裂しそうなほど滾るのを感じた。
先走りの染みた褌は窮屈で、不快だった。だから与助はそれを紐解き、張り詰めた男根を取り出した。おこんがそそり立つ肉の棒を見て、不安気な顔をする。与助は女を怖がらせることを、それを止めてやれないことを申し訳なく思った。包皮を剥いて、先端を秘唇にあてがい、少し擦り付けただけで、危うく射精しそうになる。与助は腰元に気合を入れてそれをこらえ、おこんの身体を抱き寄せた。与助とおこんの顔が近づく。与助は荒れた指先で、おこんの唇をなぞった。恥ずかしそうに目を伏せながらも、おこんはしっかりと与助の男根を見ていた。見られているのが分かって、与助の倅はより熱を持った。
ゆっくりと、与助は亀頭をおこんの入口に押し付けた。まだ強張りのある膣に抵抗を感じるが、このままではお互いに辛いだけだと与助は思った。だから与助は心を鬼にして、おこんの中へ己の楔を突き入れた。めり、と音を立てながら、魔羅が熱に包まれる。おこんは悲鳴をこらえ、口元にあった与助の手に噛みついた。与助は鋭い痛みを感じたが、おこんも今、身体を引き裂く痛みに耐えていることを知っていたから、そのまま優しく包み込むように抱きしめつつ、ずいと腰を突き入れた。暖かい粘液と柔らかい襞が陰茎に絡みつき、おこんの痙攣に合わせて、ぎゅうぎゅうと締め付けた。鈴口が奥の壁に擦り付けられた瞬間、与助はもうこらえ切れずに放っていた。ひたひたと濡れていたおこんの穴に、より粘りの強い汁が満たされるのが感じられた。
思わず脱力してしまいそうになるところを、おこんを潰してしまわないように耐えて、肘で体重を支える。急にあたりが静かになって、与助は自分がずっとうめき声をあげていたことに気づいた。今小屋の中に響くのは二人の荒い呼吸のみで、全身から汗が噴き出していた。おこんの中に入っていた肉棒が、徐々に萎えていくのに従って、おこん自身の身体からも、すっと力が抜けていった。与助が尻を少し引いて、ずるりと紅白に汚れた男根を引き抜いた瞬間、開かれた秘所に風が吹き込み、おこんは小さく声を漏らした。
おこんは、今更自分の喘ぎを恥ずかしがるように視線をそらし、そして、血のにじんだ与助の手の歯形を見て顔色を変えた。おこんの噛み跡だ。
「まあ、ごめんなさい」
おろおろとうろたえるおこんに、与助は気にするなと笑いかけた。
「おめえの方が痛かったじゃろうに。おらさはもっとええもんおめえから貰うた」
「……でも、」
その時、おこんは与助の掌に弧を描く、もう一つの歯形に気づいた。既に治りかけてはいるものの、くっきりと色の違う皮膚を見せているそれは、今おこんのつけたものより細長く、獣の歯形であることを示していた。
「これは……」
おこんの指が、その傷跡をそっと撫でるのを見て、与助はあの雪の日のことを思い出した。あれは確か、おこんと最初に出会った日だ。罠にかかった狐を助けて、噛みつかれた日。
「そいつは罠にかかりおった狐を逃がしてやろうとしたときに噛みつかれた傷じゃ」
どこか面白がるように、懐かしみながら語った与助の腕の中で、おこんは胸を痛めたような顔をしていた。
「……助けて……もらったのに」
与助は、鷹揚に微笑みながらおこんの背を撫でた。
「おめえも怖かったでよ」
びくりと、おこんの肩が震えた。そして、おこんはおずおずと与助の掌を引き寄せると、ちろりと赤い舌を伸ばして、与助の傷口を舐めた。ぞくりと背筋に鳥肌が立つ。おこんは傷の手当てをする獣のように、与助の手を一心に舐めていた。傷口の柔らかい部分を暖かく湿った舌にまさぐられて、そのおこんの姿を見て、与助は痺れるような疼きを睾丸に感じた。萎えていた性器に再び火がともり、垂れていた陰茎が芯を持つ。おこんの太ももにその肉棒が押し当てられて、おこんはまた身をすくませた。
「怯えるでねえ、今晩はもうしまいだ。初めての娘っ子に無茶はせん」
与助は優しい声で諭した。それでも、居心地悪そうに与助の股間にちらちらと目をやるおこんを見て、与助はにやにやと笑った。
「かといって、隠す気もねえでな。おめえはもう、おらさのもんだて。男はこういうもんじゃから、慣れてもらわにゃならん。おめえみたいなべっぴん相手じゃ、目の届かんところにしまい込むのも、無理があるでよ」
与助はおこんの手を取り、自分の股間に導いて、脈打つ魔羅を握らせた。おそるおそる細い指を動かすおこんに、裏筋を辿らせたり包皮を剥いたり戻したりさせて遊ばせていると、再び快感の波が打ち寄せる。ほどなく与助は、おこんの手の中に熱い子種を吐き出した。飛び散った熱いしぶきに驚いて手を引いたおこんの指先と、ぱくぱくと開閉する与助の鈴口との間に、白い糸が引いた。
掌を伝う白濁液を、どうしたものかと見つめていたおこんは、それが腕に流れそうになるのを見て、口を寄せて舐めとった。おこんの舌が己の精液をすくいあげ、飲み込んでいくのを見ていると、与助はなぜだか急に気恥ずかしさを覚えて、耳を赤く染めた。おこんはとくに恥ずかしがるでも顔を顰めるでもなく、さも当然のことのように、与助の尿道から漏れた汚い汁を、自然に口に含んでいる。
それまで与助は、自分の顔立ちがあまりよくないことを、引け目に思っていた。だから、もしおこんに気持ち悪く思われたらと、接吻を躊躇っていた。だが、舐めろと言いつけたわけでもないのに、与助の精液を口にすることも厭わぬのであれば、もしくはと、胸を高鳴らせながら、おこんに唇を寄せた。
与助の動きに気づくと、おこんは躊躇なく顔をあげ、合わさった唇の狭間から差し込まれた舌と舌を絡ませた。おこんの唇は柔らかく、与助は自分が溶けてしまうのではないかと思ったが、同時に感じたのは粘りのある自分の子種の味で、次の時はおこんがそれを口に含む前に接吻をしようと、与助は心に誓った。
そして、次があるのだという喜びに、身を震わせた。
朝になって、与助は尻の寒さで目が覚めた。褌をほどいたまま、寝具の毛皮はほとんどおこんを覆うように被せていたため、宙に晒された裸の尻が凍えきっていたのだ。しかし、そのおこんが丸くなって身を寄せていたので、心の臓はぽかぽかと暖かかった。与助の胸元にしがみつき、胸毛に顔を埋めるように眠っているおこんのわずかな鼻息が乳首をくすぐっている。与助は、もっと大きな寝具を手に入れようと考えながら、惚れた女が自分の腕の中で眠る幸福に浸った。
−
与助は、生まれ変わったように張りきった。昔と同じくらい、いや、もっと精力的に野山を駆け回り、獣を狩った。なにしろ、自分には養う口があって、しかもそれはこれから増えるかもしれないのである。日の高いうちは休まず動き、夕暮れになれば飛んで家に帰った。もう、外でこそこそと自分を慰める必要もない。与助の帰りを待つ女房が、褌の中身の面倒をちゃんと見てくれるからだ。まぐわいに慣れたおこんは、与助の求めを拒むことなく受け入れ、月の物の時には、その手で与助の息子をあやした。与助があまりに猛りすぎておさまりがつかぬ時でも、与助は隠さず、おこんの目の前で自分の男根を扱いた。一人で始末をつける行為と違って、見られながらの自慰は、一つの交わりの形であり、放った後におこんが丁寧に拭き清めてくれる間などは、与助の至福の時であった。細い指先でくびれの汚れなど掻き出されていると、再び勃起してしまうこともよくあったが、おこんはあきれず、面倒がらず、辛抱強く与助の気の済むまで倅を甘やかすのだった。
これはよい母親になるに違いないと、子供に返ったように毎日はしゃぎながら与助は思った。いや、本物の子供であった時分さえ、与助はあまり笑わぬ、すれた子供であったから、これほど毎日が楽しい、生きることが楽しいと思ったのは、初めての経験だった。
だから、次に罠にかかった狐を見たとき、与助はためらわず撃ち殺した。
それが普通のことである。狐は人と獲物を取り合う。与助は蓄えを増やす必要があった。いくら稼いでも安心はできなかった。ある日山から帰ってこなかった父のように、妻子に苦労をさせるわけには絶対にいかない。
与助は今日の獲物の中に、躊躇うことなく狐を混ぜて、今日もまずまずと、上機嫌で家に帰った。そして、出迎えた妻に口づけをしようとした与助は、おこんの異変に気付いた。
帰ってきた時から、様子がおかしかった。顔色を青ざめさせて、小さく肩を震わせていた。心配になった与助が、背負っていた獲物をどさどさと土間に投げ出して駆け寄ろうとした時、おこんはあっと小さな声を上げて倒れた。
与助は狂乱した。慌てておこんを抱き上げると、そのままふもとの村まで走った。道すがらおこんを失う恐怖におびえ、またがらんどうの誰もいない冷たい小屋に帰る恐怖におびえ、ぽろぽろと涙をこぼした。
医者の爺のところまで駆け込んだ時には、もう原形をとどめぬわけのわからぬ顔になっていて、爺は誰やら見分けがつかず、気を失っているおこんを診る前に、支離滅裂の言葉でないものをわめきちらす与助を落ち着かせねばならなかった。
そのうちおこんが目覚めると、爺は一通り話を聞きながらその身体を調べたが、特に悪いところは見当たらなかった。与助は今までの恩も忘れて爺を恫喝したが、よくあることなので手慣れた村の若衆につまみ出され、門前の路傍で夜露に濡れてくしゃみをしながら朝を待った。
念のために一晩様子を見た後、知らぬ間に疲れが溜まったのだろうと言われ、与助は手持ちのもので買えるだけの滋養強壮の薬を買い込み、大事に大事におこんを背負って、壊れ物を扱うように慎重に歩いて家へ帰った。
恐縮するおこんを無理やり床に寝かせつけ、昨日散らばせていた獲物を使って、肉と人参を大量に投げ込んだ鍋を作った。おこんは最初、それに口をつけようとしなかったが、その様子が、与助に死んだ母親を思い起こさせ、結局、おこんが根負けして最後の一滴を飲み干すまで、与助は枕元から離れなかった。曇った顔をしたおこんの前で、与助は明るくあろうと笑顔を作り、にこにこと笑いかけていた。
椀を下げた与助の前で、今度はおこんがぽろぽろと涙を流し始めた。
「なして泣くがよ。なんも心配することはあらんわ。あの爺も疲れが出ただけじゃというとったじゃろうに。おめえはゆっくり休んでいればいいんじゃ。おらさがちゃんと面倒みたるでよ。余計なことを考えるでねえ。おとなしく、寝よれ」
おこんは口数が少なくなった。それでも、素直に与助の言うことだけは聞いた。食べろと言われたものは食べ、休めと言われれば動かなかった。
医者の見立て通り、すぐにおこんは回復した。時々物思いにふけるような顔をすることもあったが、おおむね以前のように笑うようになった。
おこんに無理をさせることを嫌って、与助はしばらく夜の営みを控えていたが、男であるからには当然熱も溜まる。以前のように家の外で抜いて帰ろうかと考えていると、他ならぬおこんから誘いの手が伸びた。
食事を終えた与助の膝元に、いつぞやのようにおこんが忍び寄り、手早く与助の褌をはぐ。目を白黒させている与助を押し倒して、おこんはその毛むくじゃらの脚を割り開いた。
「な、何をするでよ」
「お情けをくださいな」
剣呑な表情のおこんに気圧され、赤子が襁褓を替えられるような体勢で固まった与助の股間に、おこんが顔を寄せる。それは、初めての晩に、与助がおこんにやったことによく似ていた。
「しかし、おめえはまだ病み上がりで……」
陰茎をおこんにしゃぶられながら、情けない顔をして与助は抗議した。身体の方は正直で、見る間に鈴口から露をこぼし始めたが、おこんは既に自分の家族だという余裕がある今、頭の方は理性が強い。
そんな与助の言葉を封じるためか、おこんは裏筋に歯を立てた。びくりと背筋が震え、与助は女のように悲鳴を上げた。
「ごめんなさいまし」
赤くなった陰茎の線にそって、おこんはちろちろと舌を這わせる。
「そげなところに噛みつかんでおくれよ」
無論、与助の力であれば、おこんを突き飛ばすことなど容易ではあるが、惚れた女に乱暴を働くことなど与助には考えられず、またぐらを引こうとするばかり。それも、おこんに腰をしっかり押さえられて、尻の穴をきゅうと窄めるだけに終わった。
腫れた鈴口を舌先でこじられて、抑えきれぬ嬌声が与助の喉から溢れ出る。自分の耳に届く声が情けなく恥ずかしく、与助はおこんに見られぬよう、真っ赤に染まった髭面を手で覆って隠し、口も塞いだ。
おこんはねっとりと念入りに与助の筒をねぶり上げ、尿道の先から中の汁を吸い上げた。与助はたまらず絶頂に至り、その精を吹きあげようとした瞬間、再びおこんが、めくった包皮の内側にある敏感な部分へ歯を立てた。与助は泣きながらおこんの口の中へ濃い粘液を漏らす。痛いやら気持ち良いやらわけのわからぬまま、与助は踏まれた蛙のようにびくびくと震えた。
「女の気持ちも知ってくださいな」
与助は困り果てた。女が抱かれるときは、噛みつかれるほど痛いということだろうか。おこんの身体は丁寧に扱っているつもりであったが、しかし初夜には血を流すほどに痛んだのは間違いない。手に噛みつかれたことで、与助はおあいこのつもりでいたが、大事なところの痛みと、掌の痛みでは等価とは言えないのかもしれない。
おこんが、細めの箸を一本取り出したのを見て、ひいとまた情けない悲鳴を上げて与助はすくみあがった。ゆっくりと尿道から差しこまれていく異物を感じながら、与助は身体が半分に裂けるような痛みと恐怖に怯えた。たかが細い箸とはいえ、男の尿道など華奢なものである。処女の膣に太い魔羅を突き入れた引け目があるとはいえ、いざ自分がその立場になれば、ぽろぽろとこぼれる涙を止められなかった。
「あっあっ、あっ」
箸で中を擦られて、与助は大きな身体をのけぞらせて喘ぐ。ずきずきと痛みばかりを感じているが、なぜ魔羅がびんびんと雄々しく勃起しているのか、与助にはわからなかった。箸の突き立った狭い鈴口から、とろとろと透明の粘液がこぼれ出て、淫猥に糸を引く。陰茎の中をかき回す箸は、与助の頭の中までぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
やがて、竿の中を擦られているだけで与助は達した。押し上げる精液がせき止められて、下半身が全部破裂しそうに感じる。与助は息も絶え絶えに、悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を漏らし、子種の勢いで刺さっていた箸を吹き飛ばした。
ぐったりとした与助を横たえて、おこんがその腰にまたがる。おこん自ら与助の性器を導きいれる様子を見て、与助の魔羅はまた太く硬くなり、与助はこらえのない自分の倅を心の中で罵った。
与助を全部膣の中に収めると、おこんは艶のある声を漏らした。男根の先が、膣の壁を擦っているのが分かる。今までと違って、尿道の中を擦られたばかりの与助は、一つ一つのおこんの喘ぎが、我が事のように詳細に感じられた。今おこんはあのように感じているのか、ここを擦られて、あんな風に悶えているのか。与助は自分を翻弄し、大の男を女のように泣かせた快感を思い返しながら、狂ったように腰を振り、下からおこんを突き上げた。おこんが絶頂に至り、与助の腹の上に潮を吹くのも構わず、とことん責め立てる。
そうして、力尽きて与助の胸の上に崩れ落ちたおこんを、与助は不思議な征服欲とともに抱きしめた。自分がおこんを悶えさせたことが、たまらなく嬉しい。悦に浸る与助の耳に、おこんがそっと囁いた。
「今日は疲れたので続きは明日にいたしましょう。お返しをさせていただきますので楽しみにしていてくださいまし」
与助は冷や汗を流した。つい夢中になって遠慮仮借なくおこんを嬲ったが、同じことを返されるとなると、金玉が縮み上がる。竿の方はなぜか疼くのが解せぬが、今晩の調子で責め返されては、本当に狂ってしまうかもしれんと与助は怯えた。
しかし腕の中では、うっとりと目を閉じたおこんが気持ちよさそうに寝息を立てている。与助は腹を括って、明日の一回だけは耐えようと覚悟を決めた。そして、それから後は、もっと優しくおこんを抱いていこうと心に誓った。
もちろん、翌晩の与助は、早々に音を上げて、おこんに許しを乞うたのだけれども。
−
秋が来ようというとき、与助はまた狐を狩った。毛並みの良い大柄な雄で、この毛皮を襟巻にでもすれば、おこんによく似合うのではないかと与助は思った。
だが、それを作る前におこんに教えてしまうと、きっとおこんは遠慮するだろうと思った与助は、裏の作業小屋に狐を運んで、こっそりと仕立てることにした。何食わぬ顔で戻った与助を、おこんは訝しげな顔で見つめる。
「なにか、変わったことはありましたか」
「いいや、なあんにもねえでよ」
そんなに自分は顔に出やすいのだろうかと冷や汗をかく与助を、おこんはしばらく見つめていたが、やがて何かを飲み込むように頷くと、振り向いて夕餉の支度に戻った。襟からのぞく白いうなじに目をやって、与助はそこに黄金色の毛皮が巻き付いている様を想像した。少々野性味溢れるきらいもあるが、やはりおこんにはあの狐のふさふさとした艶のある毛並みが良く似合うだろうと、与助は微笑んだ。
与助は丁寧に毛皮を剥ぎ、襟巻を作り上げた。恋女房の首に巻き付けるためのものであるから、狐とはいえ玉袋は切り離す。それはそれで立派な小物入れにでもなりそうなので、与助は中身を抜いて干しておいた。抜き取った玉は丸々としていて、食えば精力が付きそうであった。ちょうど二個あることであるから、時々具合の悪そうにしているおこんにも食わせてやろうと、与助は肉と一緒に煮込んだ睾丸を、おこんにも差し出した。むろん、狐の話題をばらしてしまえば、襟巻で驚かせる計画も台無しであるので、何の肉かは内緒のままである。おこんは訝しむように与助を見ながら躊躇っていたが、やはり与助の強い奨めに負けてそれを食べた。狐の金玉を飲み込むおこんを見て、与助が助平なにやにや笑いを浮かべているのを、おこんは怒ったようににらみつけていたが、だからといって止められるものでもない。噛みぐせのあるおこんが、白子を口にする様子を眺めていると、自分の玉袋もきゅんと縮むような心持ちがしたけれど、すでに局部の痛みに慣らされてしまっていた与助は、同時に先走りで褌の前袋を滲ませていた。久しぶりに山で自慰をする時にも、射精の瞬間に自分の爪で鈴口を抓ってしまうほどである。よくよく女房の尻に敷かれている有様で、与助はそんな自分が嫌いではなかった。
さて、満を持して完成させた襟巻であったが、思いのほかおこんには不評で、与助はがっかりした。突き返されるようなことはなかったものの、贅沢はいらないから、もうこのようなことはしてくれるなと言われ、丁寧にしまい込まれて、おこんがそれを身に着けようとすることはなかった。
次に与助が狐を狩って帰った時、おこんはそれを自分が料理すると言い張った。日頃おこんが食事を用意していることであるし、別段狐だけを与助が捌く理由もない。与助は獲物を全部おこんに渡し、おこんが奥でごそごそと何やらしている様子を、特に気にも留めずに見送った。
次の晩、豪勢な鍋料理が帰ってきた与助を出迎えた。漂う薫りは香ばしく、一口かじれば食べたこともない濃厚な味わいが舌の上に広がる。
「おい、こりゃあ何の肉だ」
目を見張って尋ねる与助に、おこんは当然のことのように昨日の狐だと答えた。
「これが狐の肉じゃと。いったいどんな味付けをしよった」
「それは、秘密です」
与助は唇をへの字に曲げて悔しげにうなった。しかし、これほど見事な料理であれば、一家の秘伝でもおかしくはない。与助は、若く元気な頃の母が味噌の出来栄えに一家言持っており、その製法を女のものだと、父に教えようとしなかった様子を見ていた。かろうじて記憶に残ったその情景とともに、今は失われたその母の実家の味噌の味を思い出し郷愁に浸る。もっと早くにおこんに出会い、あの味を伝えてもらいたかったと残念に思いつつ、今度はこの鍋の味を何としてでも残してもらわねばならぬと思い至った。
息子を早く一人前に育てて嫁を取らせるか、それとも娘に一から教え込ませるのが早いか、しかし、娘ではすぐ嫁に行ってしまう、ここはやはり両方か。と、おこんに仕込む子種のことを考えていると、ちょうど与助の椀に、ぷかりと白子が浮いてきた。これは縁起が良いと、一口にその金玉を口へ放り込み、噛みつぶして舌の上で蕩けるまろみを味わいながら、今宵の務めに向けて精をつける与助であった。そして夜には激しく睦みあい、お互いからからに干からびるのではないかと思う頃まで絞りあった。
それから与助が狐を狩ると、おこんは次の一日をかけてこっそりと仕込みをして、晩に二人で秘伝の鍋を食べてから、明け方近くまで色事に耽るのが暗黙の了解になった。
そんなときは、日頃清楚なおこんも激しく乱れて、時には与助が大声で泣き喚くような責め方をするのであった。そんなときは与助は少しぶっきらぼうに不機嫌な様子を装って見せたが、実際は、女のように快感に乱れる自分が恥ずかしく、少し怖くもあるからだった。
そんなことが何度もあった。与助は薄々、狐を狩って帰るごとにおこんが激しく与助を苛め抜くことに気づいていたが、いったい何が日頃慎ましやかなおこんを変貌させるのかはわからずにいた。そして口には出せずとも、与助の倅は泣くまで嬲られることを悦んでおり、わざと叱られに行く子供のように気まずい思いをしながらも、夫婦の床の中のことだからと、与助は狐を狩り続けたのである。
やめろやめろと言いながら、おこんに魔羅を噛んでもらうことを想像して、与助は褌を膨らませながら、狐を撃った。そして、仕留めた狐が雄である時は、おこんとともに啜る金玉鍋を楽しみにほくそ笑むのであった。
−
その日も与助は狩った狐をおこんに渡し、秘密の仕込みを待っているところだった。前夜の激しい責めで、まだ鈴口と尻の穴とがひりひりと痛んだが、その後のおこんの艶姿を思い返せば、自分の無様な姿など、どうとでもよくなってくる。がに股気味に歩く癖がつきはじめた与助は、山へ登ってすぐに、銃の火薬を詰め忘れてきたことに気づいた。子供の時分にも有り得ぬことで、色惚けで焼きが回ったか、と自戒しながら引き返す。
さて、道具小屋へ戻って目当てのものを見つけると、与助は鼻を鳴らしてよい匂いを嗅いだ。ちょうど家ではおこんが、件の仕込みをしているらしい。与助は悪戯心を起こして、扉の隙間からそっと中をのぞき込んでみることにした。少し遠目にのぞいた程度で、秘伝の味付けの仕組みが分かるとも思ってはいなかったが、秘密だと言われれば気になってしまうのが人の性である。
息を詰めてそっと扉の隙間を開けた与助の目に飛び込んできたのは、人肌の色だった。
与助は、あっけにとられた。火を吹く竈の上に鍋が置かれ、良い出汁の匂いが漂っているが、その隣の壁に吊るされているのは、狐ではなく人の子である。
丸裸に剥かれた村の子供が、手足を縛られ猿轡をされて、縮みあがった性器をぶるぶると震わせながら、逆さ吊りにされているのであった。おこんはその隣で淡々と包丁を研いでいる。
目を丸くした与助は、何ぞ悪ふざけでも犯した悪戯小僧が、おこんに捕まってきついお灸を据えられているのかと考えた。よく見れば吊るされている少年は、村に降りたときによく大人から逃げ回っている顔である。与助は子供に同情しつつも、苦笑いを漏らしながら首を振った。はてさて、この悪垂れは、いったい何をやっておこんを怒らせたのやら。ある程度仕置きがすんだら、勘弁してやるよう口添えしようと思いつつ、与助はしばらくそのまま様子を見ていることにした。
日頃は温厚なおこんが、自分の見ていないところではどんなことをするのか見てやろうという魂胆だ。子供とはいえ、男を素っ裸にして吊し上げるというのも、なかなか苛烈な行動である。まだ毛も生えていない小童であるから嫉妬の心は湧かないが、後でおこんに何を言ってやろうかという助平なにやにや笑いが浮かぶのを抑えられなかった。
少年は目に涙を浮かべながら、じっとおこんの手元を見つめている。軽快に音を鳴らす包丁がそこにあれば、それは確かに怖いだろう。のぞき込む与助に気づく様子もなかった。
言葉もなしにおこんがすっと立ち上がり、吊るされた子供に近づいた。少年はくぐもったうめき声を上げてもがきながら、必死に首を振っていた。おこんの白い指が、しわのよった幼い陰茎を摘み上げる。おこんが上下に小さな竿を扱くと、先端の皮がめくれて、初々しい桃色の亀頭がむき出しになった。そして、包丁の先が梅干しのような陰嚢にあてがわれる。与助は、自分の褌の中が痛いほど張り詰めていることに気づいた。今の自分の図体では、おこんに逆さ吊りにされることはないだろうが、あれが子供の頃の自分だったら……
与助は鼻息を荒くしながら、おこんに吊るされて皮をむかれる若い自分を想像し、こっそりと汚れた褌から魔羅を取り出して扱きはじめた。右手で包皮を剥き、左手で睾丸をひねりあげ、今にも射精しそうになっていた時、目の前でおこんが、少年の玉袋を切り裂いた。
与助はぽかんと口を開けたまま、自分が何を見ているのかわからず立ちすくんだ。くぐもった子供の悲鳴が響き、ちょろちょろと音を立てて、剥かれた亀頭から少年の顔に向かって小便が流れる。つるりと白い玉が引っ張り出され、おこんは手慣れた様子で腹の中につながっている管を断ち切ると、その睾丸を湯気の立つ鍋の中へ投げ込んだ。ぽちょんと水音がして、与助の鼻に、鉄臭い血の匂いと、どこか嗅ぎ覚えのある芳ばしい香りが届く。何が起こっているかまだ理解できていない与助の前で、おこんの着物の裾から、ふさりと黄金の毛並みがのぞいた。
それはまるで尻尾に見えて、さらに与助は自分の正気を疑った。着物を着て立っていたのはおこんで、今立っているのもおこんのはずで、しかしいつのまにやらその姿は緑色の瞳を光らせた獣のようなものに変わっている。口は耳まで裂けて牙がのぞき、つんと尖った耳が頭上に立ち上がり、そして黒かった髪は、稲穂のような艶のある黄金色に染まっていた。
それでもその顔立ちは、与助の妻のものであった。かつて与助が、野性味あふれる狐の毛皮が似合うだろうと思った通りの、美しい女の姿だった。
おこんは、尖ったかぎ爪の先を、少年の尿道に引っかけてすくい上げると、今度はぶるぶると震えている男根の根元に包丁をあてがい、ぞりぞりと音を立てながら完全に切り離した。
皮膚の千切れる音とともに、小さな肉片がそぎ落とされると、小便のように勢いよく血が噴き出して、痙攣する少年の裸の腹の上に赤い筋を描いた。
その色を見て、ようやく与助は正気に返った。いや、逆に動転したのかもしれない。扉を勢いよく開けて中に飛び込んだ与助は、慌てて子供のまたぐらに手を当てて、溢れる血を止めようとした。
「なんてこった。なんてこった。どうしてこんなことを」
あたふたと生々しい傷口を押さえ込む夫を見て、おこんは、指につまんでいた陰茎をとり落とした。ぱた、と音を立てて血と砂にまみれて転がる肉片は、それでも見まごう事なき男性器の形をしている。剥かれた包皮が弛んでだぶついている様が情けなくも卑猥にも見えた。落ちた生殖器を見つめていた与助の耳に、おこんの声が届く。
「……あんたが……私に狐を食べさせるから……」
与助は顔を上げた。言葉の意味が分からなかった。目の前には妻の面影を持ちながら、獣が混じったような女がいる。与助の頭は動かなかった。頭が悪いのだから、難しいことを言ってくれるなと思った。それでも、必死に目の前の景色と妻の言葉を結び付けようとする。
獣の耳を生やしたおこんは、狐に乗り移られたのか。自分が狐を食べさせたから、妻は化け物になってしまったのか。凍り付いた与助の前で、おこんはぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「どうして……どうして私のことだけ助けたのよぅ……他のみんなは撃ったのに、なんで私だけ逃がしたのよぅ……」
おこんは泣きじゃくりながら、壁にずるずるともたれてその場に座り込んだ。乱れた着物の裾から、狐のような尻尾がのぞいて、力なく揺れている。
狐、狐、一匹だけ助けて逃がした狐。
与助の頭に、うっすらとひらめくものがあった。おこんとの出会い、真冬の日。罠にかかった狐と、それを逃がした晩に現れた足を怪我した女。
「おめえ……狐か……」
そんなことがあるわけはないと理性は囁くが、直感はそれが真実だと告げていた。おこんは狐を食べて狐になったのではなく、最初から狐が人に化けていたのだ。すとん、と心に何かが落ちるような気がした。
なるほど、狐を狩るたびに、おこんの気性が荒くなるわけだ。まして毛皮の襟巻など、絶対に身に着けたくないに違いない。無理やり仲間を食べさせるなど、これは残酷なことをした、と、そこまで考え至って、与助の顔は青褪めた。
今この掌の下で、暖かい血潮を吹きあげている子供を、真実の輪に組み入れるのが恐ろしくなったからだ。しかし、いくら与助の血の巡りが鈍かろうとも、そこまで気づけば答えにたどり着かずにはいられまい。
おこんは、自分が狐を食べさせられたように、与助に人を食べさせようとしたのだ。いや、もしくは、もしかせずとも、食べさせたのだ。
与助が狐を持ち帰る度に、秘密の味付けとやらでおこんが作る、食べたことのない味の肉。舌の上でとろけたあの白い包みは、それ今鍋の中で煮えている少年の金玉にそっくりではないか。近頃、ふもとの村で子供が神隠しに会う話も聞いている。
「……この大馬鹿もんが……おらさに気に入らねえところがあるなら、なしておらさに言わねえだ……」
泣きじゃくるおこんを見ていると、与助の目からもやりきれなさに涙が溢れてきた。
「おらさが憎いなら、そう言えばいいだ。仲間の仇を討ちたいなら、まずおらさを殺せばいいだ。おらさはそれだけのことをおめえにやったんに、いつでもおめえに食い殺されてやるだ。なしてそうせなんだ。無関係の他人様の子に手を出す奴があるか」
訥々と語る与助に、おこんは泣きながら叫び返した。
「だって、だってあんたが好きなんだもの。ずっと一緒にいたいと思っていたんだもの」
おいおいと泣きむせぶ妻を見て、親兄弟かもしれぬ骸を、笑顔で迎えるしかなかった哀れな獣を見て、与助もまた、男泣きに泣いた。
−
裸で寝そべる与助は、穏やかな気持ちだった。おこんばかりが戸惑っている。与助はおこんの背を撫でて宥めた。おこんの背を包む黄金の毛皮は、ふさふさと心地よい。また乳房や会陰は、純白の柔毛が覆っている。与助の汗と精液で少し湿ったそこを、赤子をあやすように撫で続ける。もっと早くにこの姿を知っていれば、この滑らかな毛皮をもっと堪能することができたのに、と与助は思った。
もっと早くにおこんの本当の姿を知っていれば、何かが変わっただろうか。出会った頃におこんの正体に気づいていたら、それでもおこんと結ばれていただろうか。
「本当に、してしまうの」
与助の胸毛に鼻を埋めつつ、おこんは憑き物が落ちたように、力ない声で囁いた。
「これもけじめだでな」
おこんは、そっと目を伏せると、ゆっくりと与助の股間に口を寄せた。一度、おこんの中で精を放った男根を咥え、こびりついた汚れを舐めとる。今のおこんには牙が出ていて、丁寧にしていても包皮の先を引っかけた。その鋭く微かな痛みが、与助の肉棒を再び膨らませる。
与助が呻き声を上げて腰を揺らすと、おこんが怯えたように動きを止めた。与助は優しくおこんの髪を撫で、股を大きく開く。長太い男根が小刻みに震えながらそそり立った。与助は包皮を剥き下げて、おこんの口元に亀頭を差し出す。
「噛んでくれや」
自分から口に出して言ったのは初めてだった。与助の小さな自尊心など、もうどうでもよくなっていた。惚れた女だ。たとえ何をされようと、与助は喜んでそれを受け入れるつもりだった。
おこんがこわごわと亀頭を口に含みなおす。暖かい粘膜が先端を包み、敏感な皮膚に固い歯が当たった。ゆっくりとおこんの顎に力がこめられる。与助は焼けつくような鋭い痛みを感じて、射精した。
額に脂汗を浮かべながら、おこんの口の中に子種を注ぎ込む。いつになくこらえの利かない与助の倅は、吐精の後も脈打ちながら天を衝いていた。おこんは唇の端から雫を溢れさせながら、血と精の混じった桃色の粘液を飲んだ。噛み破られた裏筋の肉が、蠢いているのが分かる。おこんの舌がそこをこすり上げて、与助は情けなくも鳴き声を上げた。
おこんはぴたりと再び動きを止めたが、それは与助には無用の気づかいだった。しかし、おこんの気が引けるというなら、この女々しい嬌声を漏らす口を塞がねばならない。
与助はおこんの腰を引き寄せて、その股間の茂みを顔の上に乗せた。自分の頭にまたがらせるような形で、お互いの性器に口を寄せる。与助は舌を差し出して、おこんの割れ目に差し込んだ。
与助はおこんの中を舌先でまさぐりながら、溢れる愛液をすすり、膣越しに息を吸っておこんの薫りを嗅いだ。再びおこんが、与助の男根を噛みはじめる。陰茎の張り詰めた皮膚が破られていくのに合わせ、与助はお返しにおこんの陰核を優しくしゃぶった。
与助は、最後までおこんを丁寧に可愛がってやるつもりだった。おこんは愚かな真似をしたが、生来の姿を捨て、仲間の肉を食らう禁忌を犯し、恨みつらみに身も心も引き裂かれそうになってなお、好いた男の妻でありたかったという激しい愛の吐露は、与助の心に深い感動を与えていた。仕方なしに妻になったのではないかと、男としておこんに好かれていたか自信のなかった与助には、渇いた喉に染み渡る水のような、癒しの言葉だった。
だから、与助はおこんを許してやらねばならなかった。他の誰が許さずとも、与助だけはおこんの罪を許したと、教えてやらねばならなかった。
おこんが、与助の性器を噛み破る。代わりに与助は、おこんの性器を優しく舐め返す。おこんが与助に何をしても、与助はそれを受け入れ、愛を返すのだと、その身体で示すのだ。
おこんの牙が深く竿に食い込むたびに、与助は何度も何度も射精した。激しい痛みを感じても、嫌がっていないことを示すために、大きく股を割り開き続けた。漏れ出る叫び声はおこんの膣の中に吹き込んだ。両手でおこんの尻をつかみ、揺れる尻尾を涙に滲む瞳で眺めながら、無心に舌を動かし続けた。
お互いに何度絶頂に至ったのかもわからなくなった頃、ぶちりと音を立てて、ついに与助の魔羅は根元から食いちぎられた。さすがに鼻から、切ない悲鳴がこぼれ出る。軽くなった股間から響く喪失感は、しかし愛する女にそれを与えた充足感に塗り替えられる。
与助はこわばった指を、掴んでいたおこんの尻から引きはがし、震える手を自分の股間に伸ばして、破れた玉袋の中を探った。強く引っ張られる感触に耐えながら、太い指で自らの睾丸を引きずり出し、そのままおこんの唇の間に押し込む。管でつながったままの金玉をおこんの舌がつつみ、臓器を舐められた与助は鳥肌を立てた。身体の内部をまさぐられるような感触に、腰がとろけて力が抜ける。おこんの体温が、唇の熱が、その熱さが、直接与助の髄まで響いた。そしておこんが弾力のある玉の表面に牙を突き立て、つぷりと音を立てて噛み潰すと、おこんの口の中に子種の元がばら撒かれると同時に、与助の脳天まで痺れるような痛みが届いてはじけ飛んだ。泡を吹いてのけぞった与助の切り株になった股間から、最後の精液が溢れ出る。それは女が潮を吹く様子に似ていて、引き裂かれた傷口から血と精液を垂れ流す己の身体は、与助に初夜のおこんの恥部を思い起こさせた。
与助はくらくらとめまいを起こしながらも、自分の身がおこんに奪われ、与助自身が今おこんの所有物となったことを実感する。激しい熱と風の冷たさを同時に股間に感じ、もう元に戻らない、戻れないという理解がじんわりと四肢に広がった。しかし後悔はなかった。おこんと与助は永遠に結び付けられたのだ。今後二人に何が起ころうとも、二人の肉体はお互いのもので、それを変えることはもう誰にもできないのだ。おこんが与助にその純血を捧げたように、与助もまた己の純血をおこんに捧げたのだ。
勢い余って、おこんは与助の指まで一緒に食らっていた。与助はおこんを止めなかった。それは二人が出会った日に噛みついた手で、二人が初めて結ばれた日に噛みついた手だ。涙と鼻水でぐずぐずになった顔を隠しもせず、与助はおこんに言った。
「もっと噛め」
おこんも顔をくしゃくしゃに歪めながら、うっすらと残る傷跡に合わせて歯を立てる。与助は、あの日感じた血の赤の色の鮮やかさを、燃え盛る命の色を思い出した。
与助は初めておこんを理解できた気がした。おこんが伝えられず心に秘めたままずっと溜めこんでいた思いを全て我が事のように感じ取れた気がした。
二人の目が出会い、おこんもまた、与助の愛を、何があろうと妻を信じ包み込む深い愛を、その心に刻み込まれたことが分かった。夫婦は今、真にお互いを理解しあったのだ。
「……ごめんねぇ」
おこんはしゃくりあげて泣き始めた。三重の歯形の付いた掌に頬を寄せ、ぽろぽろと涙をこぼしながら謝罪の言葉を紡ぎだす。
「……ごめんねぇ、あんた、ごめんねぇ……」
胸を押し潰されるような切ない響きに、与助の目からもどっと滝のように涙が溢れた。与助はおこんをかきいだき、与助の精と血肉に汚れた唇に、構わず深い接吻をした。
「おめえがどんな馬鹿をやらかしても、全部おらさが背負っちゃる。おめえはおらさの女房だ。それだけは忘れんな」
おこんは与助の胸に縋り付き、すすり泣きながら何度も何度も頷いた。与助はおこんの手を取って、しっかりと握り、引き金を引いた。
乳房の下に当てていた鉄砲がぱたりと倒れて、硝煙が霞のように立ち上る頃、与助の腕の中に横たわるのは、見事な毛並みをした一匹の狐だった。ぐったりと力尽きた狐を抱き上げた与助は、鉄砲を投げ捨てて、おいおいと大声で泣いた。
−
ふもとの村に与助がたどり着いた時、血みどろの与助の姿を見て、たちどころに騒ぎが起こった。与助は人の波をかき分けて、医者の爺の元へ腕に抱えた少年を連れていく。差し迫った様子が分かるから、引き留めようとするものはなかった。
爺は少年の股を縛った布をほどき、男の証を完全に抉られた傷を見て悪態をついた。何があったのかと尋ねられた与助は、ぼそぼそと答えた。
「おらさがやった。女房も他の子供も、おらさがみんな殺して食った」
ぎょっとして後ずさった人の間を抜けて、与助は素早く走り去った。その場にいた村人たちが慌てて引き留めようとするも、山を知り尽くした男の脚には追いつけなかった。
去勢された少年や、いなくなった子供の親たちが、改めて与助の小屋に押し掛けたのは翌日のことである。扉をけり破った村人たちが見たものは、血染めの褌で首を括って、梁からぶら下がる与助の、魔羅を千切り取られた剥き出しの股間だった。
しばらく声を失って立ち尽くしていた村人たちも、我に返ると、与助の死体を引っ張り下ろしてさんざんに打ちのめし、小屋に火をつけて焼き払った。与助の死骸は村の入り口に腐り果てるまで晒され、男根を抉られた姿が見世物になった。
生き残った少年も、恐怖のあまり記憶は定かでなく、狂った男が妻と村の子供を殺して回ったのだと、誰もが信じたのである。
焼き払われた小屋の跡から、少し離れた藪の中、雄大な山の姿を拝める丘に、忘れられたように苔むした二つの石が並んでいる。そこには、不器用なりに誠実に生きようとした男の、母と妻が眠っている。
終
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投稿:2014.01.09更新:2014.01.12
狐女房
著者 自称清純派 様 / アクセス 11232 / ♥ 5