《 1 》
22世紀初頭。世界各地で大規模な地震が発生し、それに伴って世界各国は軍隊を様々な場所へ動かしていた。
もちろんそれは世界の話だから、と他人事で済まされることではない。日本もそうだった……いや、日本が一番最悪だった。
福×県の原発密集地帯が一気に崩壊し、各地に放射能が飛び散ったのだ。だが、政府はその対策案として、女性は家に閉じ込めておくということを考えた。理由は単純である。22世紀初頭にはもう、男は要らなくなっていたのだ。それも、日本の技術によって。
『つい150年前までは男性が実験を握る社会がこの国の主流でしたが、今では——』
ほら。テレビの向こうのアナウンサーがそう言っている。もちろん、アナウンサーだって女性だ。男性のアナウンサーなど今じゃ一人も居ない。
といっても、別に国は選挙権を俺ら男性に渡していないわけじゃないし、家事だって大体は女性がしている(家事に関しては、女性が外に出られないためにそうなっているとも言えるが)。もちろん、男性差別が酷かったりしないし、その逆が酷いわけでもない。
ただ、生まれてくる赤ちゃんのため、今はもう、男が子供を作るために必要なものを出す必要がないため、そうなっているのだ。
そんなことを考えていても、やはり外へ出て放射能を浴びるのはいい気分がしない。
「学校、行きたくないな……」
俺はふと、そう口にこぼした。
先程述べたように、この国では女性は家から出ることが出来ない。要するに、「学校へ行かなくていい」のだ。だから、今ある公立学校は『日本国立/●●都道府県立男子●●校』(●●には地名が入る)となっており、女性はインターネットで勉学を行うのが主流……というか、政府の方針上、そうせざるを得ない。余程のことがない限り、女性は町中に出ない。買い物だって、全て男の仕事だ。ある種、今の世界じゃ奴隷同然である。
「——お兄ちゃん、行かないと玉蹴るよ?」
「い、行くよ! お前もうっせえなぁ……」
「今の世界じゃこんなもんでしょ」
「そうだな。……まあ、行ってくるよ」
言って、俺は家を出た。
■■■
俺の名前は橘伊舞希(たちばないぶき)だ。この国で生まれ、この国で育っている。部活は特にやっていない。要は帰宅部だ。けれど、将来的にネット関連の職業に就きたいので、今必死こいてC言語を練習している。ハマらなかった時は一切面白みを感じなかったが、今じゃ相当面白みを感じている。
やはり、自分でサイトを作ると凄く楽しい。サイトのサーバー維持費が掛かることを除けば、これほど楽しい物は他にない。
まあ、サイトと言っても喋りあえる掲示板のようなものである。当初は動画サービス系で行こうと考えていたが、俺の力では無理だった。だから、直ぐに始めることが出来る『掲示板』という部類に当てはまるサイトを作ることにした。
当然、掲示板サイトとなれば色々な人が来る。前に、維持費を確認するためにサーバーを借りている会社の運営からメール貰った時に、内閣の官僚が俺のサイトを見てくれていた時は本当に度肝を抜かれた。まあ、なんだかんだ言って俺のサイトは結構な数の人が見ているしな。だから、その中に女性ももちろんいる。内閣の官僚だって女性だ。だから、居るのだ。俺のサイトを訪問してくれる方の中には。
「あれ、メールが来てる……?」
見てみれば、どうやら俺宛てらしい。「サイト管理者様へ」とのことだ。
メールの内容は以下である。
『いつも利用させて頂いております。夢猫と申します。
突然で悪いのですが、貴社様のサイトを愛城(あいじょう)財閥の一部に組み込みたく、このメールを書かせていただきました。
どうでしょうか。この機会に、我々愛城財閥の一サイトとして、さらなる発展を目指して頂けないでしょうか?
返信はこちらのメールで行って頂いて構いませんので、早急に返事をいただければと思います。
夢猫@愛城財閥令嬢』
俺は別にその人と親しい関係に有るわけではなかった。『夢猫』と名乗るその愛城財閥の令嬢と親しい関係を持った記憶はないためだ。
だが俺は、女の子との付き合いなんて殆ど経験したことがない。だから、その人の話にすぐに乗ってしまった。彼女が誰なのかなんて知らない。けれど、俺がお金持ちになれるのであれば、女の子と付き合いを経験できるのであれば、乗らない手は無かった。
「乗るってことで、返信打っとくか」
俺はそう言うと、スマホのフリック入力でサササッ、と1分で文章を書き上げ、すぐにそれを送信した。幼き頃から速読をマスターしている俺にとって、誤字の確認などは5秒以内で終わる。ある意味、俺の能力かもしれない。
「なあ、伊舞希」
「どうした総真(そうま)。そんな暗い顔をして、何か変なことでも有ったか? 嫌なことでも有っt——」
「そういうわけじゃないんだけどさ。ただ、なんというかな……」
「そんな風にしても、俺はお前の話を聞きたくなる一方なんだが」
「そうか……。じゃあ、話すしか無いな」
現れたのは総真である。嘉美村(かみむら)総真。俺と同じ学年、クラス、列である。こいつが3列目の先頭で、俺が最後尾だ。
「で、話っていうのは……」
「それはな……
——今日、東京都の少年教育管理委員会の方が来て、成績で悪い結果だった奴を去勢するらしい」
俺はその言葉を聞いた刹那、「嘘だろ……」と吐いてしまった。俺だって去勢の意味を知らないわけではない。それほど無知な男じゃない。
「でも、何故今去勢なんて……」
「お前朝のニュース見てなかったのか? いや、朝だけじゃねえ。ここ最近のニュースだ。その中で、『女性の学力向上のための男性去勢』について語られていただろ。……無知か?」
「ちっ、違うよ! 俺は無知じゃ——」
「じゃあ、何故そんなに驚く?」
「だって、あのニュースじゃ『国立』だけって言っていたじゃないか。都立高校は……」
「まあ、可愛い女の子に蔑まれながら切られるのは有りかもしれないな」
「お前は真相のマゾだな」
「お前はただの無知だな」
「……」
両者が譲らなかったが、結局は「まあ学校行くか」という話に転がり、俺は総真と学校へ向かった。
《 2 》
それは突然だった。
朝のHR、いつもの様に先生のグダグダした話が始まるのかとおもいきや、先生はそんなことをせず、ネクタイを直してから咳払いしてイケボな声で言った。
「それじゃあ、今日入った転入生を紹介するぞ。逢城千歳(あいじろちとせ)だ。皆、ちゃんと拍手を……」
そして、担任は廊下から入ってくる転入生を手招きし、教室の中へと呼び入れた。
だが、その入ってきたのは非常に中性的な顔立ちで、女装をさせても気付かれないくらいの顔立ちだった。加えて、女性のような声をしていたため、クラス中の男子の声がそちらへと向いた。別にホモが居るわけではないが、クラス中の男子の9割は入ってきた彼を、「可愛い」と思っただろう。もちろん、俺も彼を可愛いと思った。けれどそれは、別に恋愛対象として好きになったりだとかはない。
「——逢城千歳です。以前の学校では、卓球部に入っていました。好きな料理はカレーです。得意な教科は国語です。自分は文系なので、早く親しい友人を作って、その人から数学や科学に関してのことを一杯聞いていきたいと思います。では、よろしくおねがいします」
彼はそう言うと、ぺこりと頭を下げて一礼した。それから、先生が移動に関して口を挟む。
「千歳君は、そこの空いている席に座ってくれ。伊舞希、ちゃんと教えてやれよ?」
「——」
突然の先生からの命令。何故だ。何故、俺の隣の席に彼が? 俺はそんなに恵まれたことをここで体験していいのだろうか? ……いや駄目だ。それは、さっきメールをくれた夢猫ちゃんのためにとっておきたい。というか、周りから殺意が向けられていて凄く怖い。ものすごく怖い。
「さてと、みんな。転入生が入ったわけだが、今日は去勢される奴が出るかもしれない。といっても、昨日居た生徒のみがテストを受けるために千歳君は今回は去勢されない。まあ、そんな悲しい事になったら先生も悲しむからね。千歳君はそれでいい、と言っていたしね」
殺意が向けられていたが、それはすぐに先生の方へ向けられた。まあ、殺意が先生に向けられたりしたわけではないのだが、俺に向けられていた視線が殆ど先生の方を向いた、ということだ。
「まあ、去勢されるとなっても童貞は卒業できる、とのとこだ。執行をしにくるのは若い女性らしい。お前らにドストライクかも知れんぞ」
「でも、自分のモノは失いたくないです」
「そうだろうな。……まあ、葛藤したまえ、君たちよ。——んじゃ、出席取るぞ」
他人ごとのようにして、先生は出席確認に移った。もちろんながら、それに不満を持つ生徒は居ない。先生は元々そういう人だったからだ。
■■■
HRが終わった後、千歳は俺の方へと近づいてきた。そして、彼は俺の耳元で囁いた。
「——悪いんだけどさ、一限目に僕にこの学校を案内して欲しいんだ。……駄目か?」
「べ、別に俺は『嫌』とは言っていないけど……。俺でいいのか?」
「席が隣だからね。恐らく伊舞希は、これから僕がいっぱい話をしていく人の一人だと思うし」
「それは有難いな」
「そう? ……まあ、僕は前の学校でいい経験とかしていないしね。友達だって前の学校じゃできなかったし」
「暗い話を俺の前で語るな。泣きたくなる」
「ごめんね。……でも、出会って数分しか経っていないというのに、伊舞希はとても優しいね」
「そりゃ、俺はこれでも色んな奴とメアド交換してるしな。あの掲示板のおかげ……いや、なんでもない」
「掲示板?」
俺は、少々言うべきかどうか迷ったが、「どうせ案内すればそれなりに親しくなるわけだし、今からしておいて問題はないだろう」となり、いうことにした。もちろん、お金の話で目を輝かせていると「その程度か」と言われる可能性が否定できなかったので、あえて笑いながら言った。
「そうそう、掲示板。色んな人が俺のサイトを利用してくれててさ。結構嬉しいんだよね。それになんか今日、メール貰ったし」
「ということは、管理人さん?」
「そうだよ。俺は管理人だ。C言語を学ぶのに最近ハマりだして、大変なことになってる」
「技術の無駄遣い?」
「有効活用だよ」
「そっか」
互いに笑いを交えながら、俺は千歳と話を進めた。だが、そうなれば周りの男子から反感を買う。別に目の前にいるのが女子ではないといえ、転校生と俺だけが異常に近づくと、周りから厳しい視線が注ぐのは何となく理解できないこともない。周囲の男たちも、千歳と仲良くしたいためだ。
「……お。来たか、一限の担当教師」
「な、何か言いに行くの?」
「そりゃそうだろ。まあ、『千歳君にこの学校を紹介しろと頼まれたから、一限欠席します』って言うだけだ。少しで話は終わる」
「そ、そっか……」
俺は笑顔を交えて千歳に言った。そしてそれから、担当教師の方へ近づき、交渉に入る。
「——駄目でしょうか?」
「いや、やってやりなさい。どうせ一限は自主学習だ。それに、君には救済処置をとっておくから大丈夫だ」
「きゅ、救済処置……?」
「まあ、放課後になれば分かる。詳しいことは、体育館に来ればわかるから」
「そ、そうですか……」
何となく、嫌な予感がしていた。けれど、約束をやぶるわけにも行かなかったので、俺はすぐに千歳のところに戻り、彼の肩に手を掛けた。彼の肩は、外見同様、男とはあまり考えられないくらいだった。丸みを帯びているというか、角ばっていないというか。とにかく、男らしい肩ではなかった。何というか、小学生というか。まだまだ伸び盛りの男の子というか……。簡単にいえば、高校生みたいじゃないってことだ。
「ちょっ、なにすんだよ突然?」
「わ、悪い!」
「別に、されて嫌なわけじゃねえよ。少しくらい、「行くぞ」とか言ってからしろや。突然されたらこえーわ」
「そーりー……」
「で、でも、僕が何か言っているだけじゃ何も始まらないし、案内してくれ」
「はいよ」
俺はそう返事をして千歳の肩に手を置き、学校案内を始めた。
「まあまず。ここが俺ら二年生の教室が有る三階一般棟だ」
「んで、階段を上がって左に見える教室群が三年生の教室で、ここが四階一般棟だ」
「それで下に下がって下がって。一年生の教室が見えるここが、二階一般棟だ」
「それで、中央棟の廊下を挟んだ先に理科室と音楽室がある。第一、第二、第三、準備。それぞれある」
「んで、理科室とかのある棟が『特別棟』と呼ばれる」
「上に上がると右に美術室の第一、第二、第三、準備。左に図書室……」
そんな風にして、俺は千歳を案内していった。ただ、俺にしても、千歳にしても、階段を登り降りしすぎたせいで凄く足がむくんできていた。痛みなどは覚えていなかったものの、なんだかつっているような感じがした。けれど、別に歩けなくなるまで重度じゃなかった。
「んで一階特別棟だ。左が家庭科室や被服室。右が技術室。んで、コンピューター室。丁度玄関近くに購買の搬入口」
「……で、一階一般棟。職員室と保健室。んでもって、倉庫」
最後まで俺は仕事をやりきった。頼まれたことにここまで動くなんてことは、今までそんなになかっただろう。だけど、今朝ああやってメールを貰ったからか、凄いやりきった感が俺の中に残っていた。言い換えれば、達成感が有った。
「ところで伊舞希に聞きたいんだけど、伊舞希は『一限の間』、教室に戻らなくていい、みたいなことを言っていたのか?」
「ああ、そうだ」
「……つうことは、まだ時間有るよな?」
「——ホントだ」
「保健室で寛ぎたいんだけど、どうだ? 一緒に寛がないか?」
「アホか、お前は。そんなことしたら怒られるぞ」
「……」
「じゃあ、屋上とかは?」
「鍵かかってるから無理」
「となればトイレか」
「お前、なんで俺を拘束っつうか、教室に返さないようにしているんだ?」
「それは、その……」
千歳は、少々返答に困ったような素振りを見せていた。だが、その素振りを止め、彼は真面目な顔をこちらに向けると、少し早口で「トイレへ行こう」と言った。「え、なに? ホモ展開?」などと、俺は動揺して汗を浮かばせたが、彼はそんなことはしなかった。
彼は、特別棟の男子トイレまで俺を運び、そして一番奥の個室へと連れ込んだ。
「な、なにすんのさ!?」
「さ、先に言っておく。……ちょっと、僕に手を貸してくれ」
「こ、怖いんだが……」
「大丈夫だ。別に、別に私は怖くない」
「わ、『私』? ……って、なっ!?」
強引に右手がさらわれ、その右手は千歳の胸に触れていた。
ふにゅ。
ぷにゅ。
柔らかく、温かみのある、布地の板のようなものと、その先に有る柔らかいもの。……何気にそれなりの大きさを持っている。
「お、お前、女……なのか……?」
「名前は同じだけどね。……そう。私は、逢城千歳。女だよ。……下、触ってみる?」
「い、いや、そんなことをする必要は……」
「まあ、取り敢えず。君が私を女の子と認めないかもしれないから、今だけ髪解いてみようか?」
「そ、そんなことはしなくていいよっ!」
「——じゃあ、理解できた?」
「ああ、理解してる。お前は『実は女』ってこと、理解したよ」
「そっか」
「でも、何故お前は男を装っているんだ?」
「それは、僕の家の財閥は、お金を持っているって言っても、あまり自分達で使わない家系って事があるからかな。だから、僕にくるお金……小遣いも少ない。それと、僕にはお姉ちゃんがいるからね。ぶっちゃけ、財閥の将来は私じゃなくて姉が担っていくわけで、僕はいらない子ってわけ」
「そうか。……つか、『財閥』ってお前、まさか」
「——愛城財閥の令嬢ってのは私のことだね。……よろしくね、伊舞希君。君だけだよ? 僕の秘密を知っているのは」
「なっ……」
「でも、良かったじゃん。去勢されなくて」
「……え?」
「『救済処置』って言葉、聞かなかったの?」
「まさか……」
「そうそう。その、まさかだよ。超展開で悪いけど、これ見てみて」
千歳はそう言うと、『去勢執行人バッジ』言われるバッジを提示した。金色に輝くバッジは、すごく綺麗だった。
「去勢執行人ということを表すバッジだね。まあ、安心しな。僕が君にあのメールを出したのは、君には才能があるから去勢されてほしくなかったんだよ。『社会的な地位の低下』も入っているからね、去勢って言葉の中には」
「……」
「正直なところ、私には感謝してほしいよ」
「いや、それは本当に感謝しないと。……でも、なんで千歳はそんなバッジを持っているんだ?」
「ヒントは僕の喋ってきた話の中にあるよ」
「え? 『実は女』って言葉?」
「そ、そりゃ確かに、去勢執行人は女装している男の子を除けば、女の子しかなれないけど、そこじゃないね」
「じゃあ……なに?」
首を傾げ、俺は正答を千歳に求めた。
「僕は『財閥』の『令嬢』なんだ。金持ちの家の令嬢だ。それには誇りを持っているよ」
「そ、それか!」
「そうだ。それだ。要するに、僕は高いお金と権力で去勢執行人になった。それで今日、僕はこの学校に来たというか、転校してきた」
「な、なんで執行人が転校してくるんだ? しかも、男装までして」
「答えは簡単だよ。『対象者の性的興奮を高めるため』。それでしかない」
「……」
ふと、千歳の言葉を聞いた時、真っ先に総真の顔が脳内に浮かんだ。「真相のマゾ」とか言って馬鹿にしていた対象だ。そして、今、千歳が言った内容に当てはまる言葉が非常に多い。「可愛い子に蔑まられながら切られるのはいい」なんていう言葉はそのまま入っていないけれど、似ている箇所はある。
「それと。僕達『去勢執行人』は、あくまでも学生なんだ。仕事が楽にできるようになった今、僕たちは一々女装までして外に出ているんだよ? 僕だって前までは家で勉強していたけど、突然メイドが『去勢執行人バッジ』を持ってきたもんだから、あの瞬間に『なんで……』ってなったんだよねえ。貰ったら、それはもう放棄することは不可能だし」
「そうなんだ」
「そう。……それに、小さい子供とかも将来的には去勢されていくらしいし」
「考えるだけでゾッとする」
「それに似合う憲法も今作られている」
「そうだな」
「正直なところ、僕はペニスを切断したり、玉袋を切り裂いたりするのは好きではない。もともと、グロデスクなものに耐久がないからね。それに、僕ら去勢執行人は、国が『外へ出るな』と言っているのに出歩いているんだ。本当、去勢執行人ほど迷惑な仕事はない」
「断れない……んだよな」
「うん」
「……まあ、ここまで来て何なんだが、男装しているのは興奮させるためだけなの?」
「戻すのかっ!」
「悪い……」
俺は千歳に謝ったが、千歳は別に俺に謝って欲しいわけではなかった。
「まあ、それだけじゃないよ。僕はまだ一級の去勢執行人じゃないから別に男装する必要はないんだけどね。一級だと、今度は去勢の他に性欲管理も任されてしまうんだよ。けど、僕はそんなのしたくない。やっぱり、初めては好きな人のためにとっておきたいし」
「乙女か!」
「むっ。話を撤回して、お前のモノを先に去勢しようか?」
「や、やめてっ」
「……必死こいて」
「笑うな、馬鹿。こっちは死活問題なんだぞ。排尿時にペニスが無いと、有るやつに笑われてしまう」
「……そっか。僕、男の子じゃないからあんまりそういうの詳しくないんだよね」
「あ、そうか」
「うん。ほら、高速道路とかのSAで女子トイレに長く並んでいる列を見る事あるでしょ?」
「ああ」
「それ、結構苦痛なんだよ。ただでさえ短い尿道で我慢しろって言われてるんだから。ぶっちゃけ、男の子羨ましい」
「『去勢されていない』男の子だろ?」
「正解」
「やったー……じゃねえ。つか、先生は『童貞を捨ててから去勢される』って言ってたけど……」
「あ、そこくるか、次。いやぁ、その通りなんだよ。けど、私は二級だからね。だから、その時だけある女性方が来るよ」
「それは……?」
「風俗嬢だ」
「えっ」
斜め上を行く言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。去勢に風俗嬢、と言うのだ。
「まじか」
「ああ、まじだ。……確か一六時半ごろにここに着くんじゃなかったっけか?」
「一六時半か。……で、その時お前はそこに行くのか?」
「いや、行かないよ。体育館に居る。君と一緒に。女装した、君と一緒に」
「お、お前は一体何を言って……」
「——伊舞希。お前は今日の夕方四時頃に、初めての女装経験をする。これは学校側の命令だ——」
「なっ……」
「それが先生が言っていた『救済処置』の本当の内容だ。去勢されるのと、女装をすること。君はどちらを選ぶ?」
「女装に決まってんだろ……」
「変態異常性癖の伊舞希きゅん」
「ばっ……!」
「ということで。僕は伊舞希を去勢することはない。それに、君が僕と結婚してくれるなら、一生されることは無いと思う」
「本当か! なら、婚約をしたいっ」
「おい、伊舞希。流石に必死すぎて引いてしまうんだが」
「ごめん」
「まあ。話すべきことは言ったから、そろそろ出るか?」
「いや、もうちょっとここで」
「でも、授業が終わる五分前には出ていたほうがいいだろう」
「そっか。……じゃあ、もう少し話が出来るね」
そう言うと、千歳は俺の方へ抱きついてきた。もちろんながら、ふにゅ、と柔らかい感触が当たるし、今度は体全体を密着させるようにくっつけてきているため、彼女の下腹部にも意識がいってしまう。
「本当に女の子なんだな」
「実は女の子属性に目覚めちゃったのかな?」
「……」
俺は、そう言われると何も返せなかった。もちろん、千歳はそんな俺を笑った。
《 3 》
「起立! 礼!」
「有難う御座いましたッ!」
大きな声の挨拶。それが終わると、俺は千歳とともに教室内へ入った。もちろんながら、出て行った時のように冷たい視線がある。
「お疲れ様。……ところで、次はテストだぞ?」
「げっ……」
「去勢されない」。千歳が俺を裏切らないというのであれば、それは本当になる。ただ、去勢される可能性が否定出来ないため、俺はまだ「必ずされない」という風には受け取っていなかった。だから、その言葉を効いた時、寒気が背筋を走った。
「まあでも、お前は学力それなりにあるだろ?」
「そうだけど……」
中間テストの結果、俺は学年二位だった。一位は言うまでもなく学年委員長なのだが、役職のない帰宅部の俺が二位だった。だから、正直なところは自信があった。先生も、「難しい問題が出るよ」なんて言っていなかったし、それほどきついものとは考えていなかった。
「それに、先生言ってたぞ。『あまり発展的な内容は出ない』ってね。中間テストよりも簡単なんじゃないか?」
「かもな。……ところで、去勢される人数はどれぐらいだ?」
「先生の発表によると、五名らしい」
「五名……」
「ああ、もちろん『後ろから』な? 前五番までみたいなのじゃない」
「OK。理解した」
俺は親指を立て、総真にグッジョブ!、と仕草で感情を伝えた。同時、扉を開けて担任が入ってくる。
「さてと。ほら皆、席につけ〜」
「はーい」
担任は、A4の封筒を三つ持っていた。その封筒には、大きい文字で『数学』『国語』『英語』と書かれていた。幸い、俺が嫌いな教科は無かった。
「では、今からテストを配る。テスト開始後は私語厳禁とし、物を落とした者は挙手して私を呼ぶこと。その他、校則に書かれていることを破った者には、即、去勢の刑を受けてもらう。君たち二年生の内の五人に加えて、だ」
身を震わせ、皆が鉛筆に力を込める。
「では、配られたな。……私が『始め』といったら、始めなさい。今回は数学→国語→英語の順で執り行う。くれぐれも違反しないこと。——では、開始」
俺は、順番をすぐにテストの用紙に書いた。それは言うまでもなく、順番を間違えないようにするためである。
■■■
そして、昼。千歳と総真とともに、俺は昼飯を摂り始めた。当初、千歳は色々な男子から誘われていたが、自身の秘密が公に成ることを恐れ、敢えて俺と一緒に食べることを選んだ。また、総真も俺が千歳と食べることに「嫌」とは言わなかった。総真は「そうか」とだけしか言わなかった。
「千歳って綺麗な弁当作るんだね。料理ができる男ってモテるよー!」
「ありがと、総真。でも、僕が作れる料理は少ないよ?」
「それだけ作れていれば十分だろ」
「そうかな?」
千歳が出した弁当は、結構良い料理というか、凄い豪華な料理だった。まあ、何故そんなに豪華なのかは裏を知っている俺ならすぐわかるのだが、やはり彼女は『秘密』と言っているので、言うべきではないだろう。まあでも、勉強後に食べる弁当としては凄い豪華だ。
「……んで、どうなん? テストの自信の程は」
「そーだねえ。俺は『まあまあ』かな。でも、最下位近辺にはいないと思う」
「ほー。伊舞希は?」
「俺は結構自信あるぞ。案外簡単だった」
「へー。中間テストより簡単だった?」
「ああ。単純な問題が多かったからね。頭こねくり回す問題なかったからすらすら解けたよ」
「流石、中間テスト二位の記録保持者ですわ。これは俺も尊敬」
「とかいって、お前もそれなりにいい順位出すんだろ?」
「バレた?」
互いに笑いあい、テスト後に待ち受けているかもしれない恐怖を払うことに必至になっていた。千歳はそれを読み取っていたが、彼女は空気を読み、俺と総真が盛り上がっているところでしっかりと笑って、彼女も俺らを盛り上げてくれた。
「……まあ、突然の去勢を知って、皆頑張ってるから、本当に今回は大変かもな」
「おいおい。何が大変なんだよ?」
「いや、解答欄のミス……」
「——っ!」
「どうした?」
「いや、な、何も……」
総真は俺の言葉を聞くと、背筋を凍らせていた。だが、そんな総真に千歳が慰めの手を伸ばす。
「大丈夫だよ、総真。きっと、君なら」
「千歳ええええっ」
「だ、抱きつこうとするなっ!」
「男同士なんだし、いいじゃないかー」
「ちょ、ちょっとこの人怖い……。助けて、伊舞希っ!」
どうやら、秘密がバレることが怖くて怖くて仕方がないようで、千歳は俺に「助けて」と求めてきた。もちろんながら、俺にも「秘密を守る」という権利……いや、半ば義務的なものが有ったため、取り敢えず近づこうとする総真に一言言ってやった。
「たとえ男だとしても、あまり近づきすぎると引かれるぞ?」
「……」
「わかった」
なんだかいい気分はしない。けれど、千歳のためにはこれしか手がないのだ。だから、こうするしかない。
「まあ、食べようぜ、弁当」
「お、おう……」
俺、総真、そして千歳は、色々と世間話をしつつ、去勢のことに考えたりしつつ。色んな話をしながら昼飯を楽しんだ。
去勢の話に関しては、楽しみながら出来るものでは到底無いけれど。
《 4 》
「これから封筒を配るぞ。配られた奴は去勢されるぞー」
教室内で、ブーイングの声が上がる。けれど、担任はそんなの無視した。
「それじゃ、田中。そして鈴木。封筒だ」
担任はそう言うと、二人に封筒を渡した。
容姿を見てみれば、田中はガリ……というべきだな。眼鏡を掛けていて、ガリで、確か前に健康診断で上半身を見た時は、ムキムキしていた気がする。一方で、鈴木はデブである。眼鏡を掛け、横に広がった顔に、頬に出来たニキビ。オタク趣味の、見るからに童貞の男である。
「ま、待ってください!」
「お前らはもう、去勢される。だから、話を聞くことは出来ない」
「そんな……」
「封筒の中に、集合場所などが書かれている。だから、見ておくといい」
「——」
彼らは口を閉じ、喋るのをやめた。そして、隣の千歳とこそこそ話を始めた。本来、名簿順であれば彼女の席は妥当ではないが、これもまた学校側の考えなのだろうか。
「なあ、千歳。放課後って言っていたけど、それって一六時半だよな?」
「うん。一六時半」
「まだ一六時回ってないけど、俺は何処で女装をすればいいんだ?」
「それは大丈夫だよ。僕が先生たちに許可をとって家庭科室の鍵を借りてきたからね」
「お金の力ってすげー」
「でしょー。……まあ、今話をしていると危ない。皆が教室を去ってからにしよう」
「わかった」
そこで俺は千歳とのこそこそ話を終らせた。
■■■
午後四時一〇分。クラスメイトは全員が部活動へと向かったため、この教室内に人は居なくなった。まあ、俺と千歳が居た事を言ってしまうと話しは違くなるが、難しいことも言うのもどうだろうか。
取り敢えず、俺は千歳とクラスルームから家庭科室へと移動した。そして、家庭科室の鍵を閉めて千歳に話を持ちかける。
「しかし、お前なんでこんな場所選んだの?」
「そりゃ、ここは他の部活が使っていないからに決まっているでしょうよ。ここに決めるまでに、先生と色々揉めてたんだぞっ!」
「そ、そうか。……まあでも、女装出来る場所を提供してくれたことには感謝しないとね」
「女装趣味に目覚めちゃった?」
「違うぞ。断じて違うぞ……」
「そうにしか聞こえないよ」
「……」
「さてと。今日、君に来てもらう服はこれだよ。——じゃーんっ!」
現れたのは、紛れもなくメイド服だった。
「メイド服……だと……?」
「そうだよ。君は『私のメイド』という設定にするよ。女の子に従事する、女装趣味の変態さん……っ」
「なっ……!」
「無理なら断ってもいいよ? ——そしたら僕は君を去勢するけど」
「断るわけ……ないだろ……」
「じゃあ、来てみようか」
俺は、ため息を付いた後、「わかった」と返答した。
■■■
「あらかわいい」
「……男のメイドなんて、誰が得するんだか」
「でも、かわいいよ。僕のメイクのおかげかな?」
「……」
「あ、ごめんね! 時間過ぎちゃったね……」
「うう、パッドのせいで胸があんまりいい気持ちしない……」
「ローション塗っておくべきだったかな」
「ばっ……!」
「あと、僕を呼ぶ時は『お嬢様』と呼ぶこと。いいね?」
「わ、わかりました、お嬢様……」
「よろしい」
去勢執行人に制服というものはないが、千歳は服を着替えていた。髪の毛をロングヘアーにして、元々の顔立ちを感じさせない。
流石に男装のままでは去勢できなかった。バレたら大変なことになるためである。俺は詳しいことは知らないが、千歳が俺がメイド服を着ている時、着替えながらそんなことを言っていた。
「では、お嬢様。時間も時間ですので、参りましょう」
「そうね。……体育館じゃなくて保健室に変更になったけれど」
「そうだったのですか」
「済まないわ。連絡が遅れてしまって。でも、風俗嬢の方々を待たすわけには行かないわ。早く行くわよ」
「はい、お嬢様」
声をだすと、どうしても男に見えてしまうため、家庭科室を出た後、俺は話すことが一時的に禁じられた。「お嬢様の命令」らしい。
《 5 》
「ちょっとぉ、執行人さん、遅いんですけどぉ?」
「すいません。着替えをしていましたら……」
「そぉ。……まぁいいわ。ところでぇ、この中に童貞きゅんは何人いるのかなぁ?」
風俗嬢が聞くと、保健室のベッドに制服のままに拘束されていた男五人のうち、二人が手を挙げた。同時に、お嬢様は俺に耳元で命令をした。
「——手を挙げていない男のうち、二人を連れて来なさい。もう一人はもう一方のメイドに頼むから」
お嬢様のご命令に、俺は「はい」と従うしかなかった。ふと、後ろを振り返ってみれば、そこにはもう一人、俺と同じメイド服を着た人が居た。
そして、俺は無言のまま、首輪を付けられた男二人の首輪の鎖を引き、お嬢様の後ろまで連れて行った。後ろの方へ引っ張られそうになったが、一応耐えた。流石に、お嬢様の前でそんな姿は見せられなかった。俺は男だ。だから、去勢される可能性がゼロじゃないのだ。
「いい活躍ね、伊舞希きゅん」
「……」
お嬢様は耳元でそう囁かれた。ぶっちゃけ、それはもう屈辱で仕方がなかった。でも、それを受けるしか無かった。
「では、付いてきなさい。去勢執行人として、あなた方を去勢します」
お嬢様は、俺が朝に教えた倉庫の鍵も持っていらっしゃった。何処まで優秀なのか。本当に素晴らしい方だと俺はお嬢様への感情を寄せた。でも、今のお嬢様はそんな俺の感情などは感じてくれなかった。目がマジになっていた。嫌々そうに去勢しているわけではないようにも見えた。けれど、お嬢様は男装をしていることも有るため、演技が上手と言っても問題ないかもしれない。
「それでは、そこの棒に鎖を引っ掛けて下さい」
お嬢様がそう言って命令をすると、俺はそれに従い、二人の男の鎖の先端を、倉庫に取り付けられていた棒に引っ掛けた。もちろんそれは上から掛けられているものではない。体重が乗っかっても壊れない程度の棒だった。
そして、彼らのズボンとパンツを脱がせた上で、お嬢様は冷淡な声で彼らに言葉を与えた。
「有難う。……では、貴方たちに問うわ。
① 射精をしてから、ナイフでペニスと玉袋を両方切られる
② 射精をしない代わりに、どちらか切られる
どちらがいいかしら?」
そう言うと、三名の男は、皆①を選んだ。どうやら、どちらか片方だけ切られるのは嫌だという。どうやら、両方切られて『ちんなし・たまなし』で生きていく覚悟が出来たらしい。いや、そうじゃなくて、ただ射精の快感を最後に味わいたいだけなのかもしれない。
そして、それを見たお嬢様が一言言った。
「——去勢執行人として、貴方達にナイフを持たせることを命じます。射精後、すぐに彼らのペニスと睾丸を切断してください」
お嬢様がそういった直後、俺ではない方のメイドさんがナイフを3丁取り出した。また、それ以外にも目隠し用にアイマスクが3つ取り出された。そして、それらを俺とお嬢様に分け与える。
「では、彼らの射精作業をしてください」
俺は一番右の男を担当することになった。一応、俺も男であることを隠すために、パンストを二重で穿いている。まあ、二枚目の下にパンツを履いてガーターベルトを付けているわけなのだが、これがまた結構辛い。パッドを入れたりして、なんとか女の子を装っているものの、どうしても男として感情が入ってしまう。そして、自分が自慰行為するときと同じようにするため、他の二人より早くイカせてしまいそうな気分だった。
「……」
無言のままで自分以外のペニスをしごいている自分に、なんとも屈辱を感じて仕方がなかった。だが、これも仕方がないことだ。お嬢様のご命令である。従わない訳にはいかない。
「——っ!」
ペニスに脈打つものを感じ、瞬間、俺はナイフで脈打ったものを切った。出来る限り、睾丸とペニスが全て切れるように、下の方を切った。
白い液体と赤色の液体が、床に垂れていく。目隠しされているため、当の本人の痛みは計り知れないだろう。そして、その痛みは誰とも共有することが出来ない。何故なら、俺が男の口を手で抑えていたためだ。
一方で、隣の二人も男を絶頂に導いたらしく、床に赤い液体と白い液体をばら撒いていた。そして、それぞれが対象者の去勢を終らせた後、俺ではない方のメイドがタオルを取り出し、それを皆に渡してくれた。もちろん、それは患部に当てられるわけだが、三人のポロッと落ちたペニスも患部と接していない方で、そのタオルで拭かれる。
「しかし、でかいものばかりね。……伊舞希、いいかしら。このペニスは、全てバイブに使われるわ」
お嬢様のお言葉に、俺は驚いた様子を顔に浮かべた上で首を上下に振った。
「……それでは、彼らは保健室の先生に引き渡すとするわ。まあ、保健室の先生に渡すと言っても、結局彼らは病院に引き渡されるのだけど」
「そうですね、お嬢様。……あ、それは私が担いたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、いいわよ。でも、裸で生徒に見られるなんて、なんだか可愛そうね」
「仕方ないですよ。それが『去勢』ですから」
俺ではない方のメイドはそういいながら、鎖を3つ持った。彼らは皆気絶しており、泡を吹いているものも居た。
股間から溢れる赤い液体を止めるため、股間部分にタオルという布を巻いて、お嬢様は対策をとってくださった。
「では、頼むわ」
「はい、かしこまりました」
「それでは、伊舞希。行くわよ」
「はい……」
俺は、お嬢様には逆らえなかった。半ば強制的に、俺はお嬢様に手を引かれて保健室へと戻った。
「あらぁ。お疲れ様ぁ、去勢執行人さぁん」
「いえいえ。ああいった、女性の社会貢献に不必要な、害悪な男共は消してなんぼですよ」
「そぉ。……ところでぇ、このキモ豚とぉ、この包茎野郎ぉは、どう処理すればいいのかなぁ?」
「包茎、嫌いなのですか?」
「そりゃ嫌よぉ。私のお店でも、包茎の男の子にはコンドームを必ずさせているしねぇ」
クスクス、と風俗嬢は笑みを浮かべていた。……危ない。俺は一応仮性包茎だから、馬鹿にされることは恐らく無いだろう……。
「……伊舞希」
そんな中で、お嬢様が俺に声を掛けてきてくださった。
「メイドに、コンドームをもらってきて頂戴」
「かしこまりました。ですが、彼女は何処へ向かったのですか?」
「恐らく、彼女は家庭科室のドアから車へ運ぶはずだわ。取り敢えず、そっちへ向かって頂戴」
「承知致しました」
俺は、お嬢様の声を聞いた瞬間、勢い良く保健室を飛び出し、家庭科室の方へ走った。
そして、家庭科室の入る手前で俺はメイドさんを見つけ、彼女にコンドームを貰った。もちろん、時間との勝負であるため、俺は早急に保健室へ戻った。
「——只今戻りましたっ!」
あくまで、俺は男声ではなく、女声でそう言った。そうしないとバレるからだ。中学時代、某動画サイトで動画投稿していた頃に声を使っていたため、なんとかその頃の記憶を呼び戻し、女声をだすことが出来た。
「お疲れ様。……ほら、コンドームよ。それと、伊舞希」
「な、なんでしょうか……」
コンドームを風俗嬢に渡すと、お嬢様は俺の方へ近づき、耳元で訊いてきた。
「——ねえ。馬鹿にしないからちゃんと答えてね? ……伊舞希、童貞?」
「う、うん……」
「そっか。……大丈夫。私も未経験だから」
「わかりました……」
「ねえ。辛かったでしょ? 去勢執行」
「うん……」
「そりゃそうだよね。……私も、心が締め付けられた。でも、ああするしか無いんだ」
「……」
「全ての女の子が、去勢執行を楽しんでやっているわけじゃない。私は楽しんでなんかやってないからね」
「……」
「まあ、伊舞希が女声出せることを知った時、結構驚いちゃったんだ。かわいいね」
「お、お嬢様……」
「まあ、あんまりこそこそ話していると変なふうに受け取られるから、そろそろやめておくわ」
「はい、わかりました」
良い返事をすると、俺はぺこりと頭を下げ、気をつけの姿勢で風俗嬢と去勢を受ける男たちの方を凝視した。
「ところでぇ、執行人さぁん? 私ぃ、一人で男二人を同時に相手できるほど穴広くないからぁ、一人呼んでるんだけど、いれていいぃ?」
「ええ、構わないわ」
「んじゃぁ、入ってぇ?」
風俗嬢がそう言うと、とんとん、とドアを叩く音が聞こえた。そして、「失礼します」という声とともに、黒焼けした金髪の女が入ってきた。彼女は、バッグを持っていたが、その中に何が入っているのかは分からなかった。恐らくスマホだとかであろう。
「貴方のお友達?」
「そぉ。職場のお友達ぃ」
「まあいいわ。……私、早く仕事を終らせたいの。早くして頂戴」
「そうねぇ。……ぅふふ、いいわよぉ。私はちゃんと、ピル飲んでるしぃ」
「そう。……一方で、金髪の女性の方は、飲んでいらっしゃって?」
お嬢様が金髪の女性の方にそう聞くと、彼女はこう答えた。
「いえ。私は飲んでいません。なので、私が包茎の方の方を担当いたします」
「そうですか。……分かりました。では、お願いします」
お嬢様は、そう言って二人に支持を出した。
■■■
「ふふぅ。やっぱりぃ、こういう男の子を犯すのはぁ、いつも興奮するなぁ……。それじゃぁ、頂きますっ……んっ!」
「ん……ちゅぱ……ん……」
包茎の男の方は、「フェラして欲しい」と金髪の彼女に欲望をぶちまけたが、デブの方はそこまで欲望をぶちまけなかった。むしろ、控えめだった。
「——どう? 気持ちいい?」
「はい……っ ……もう、もう、俺、でま……っ……うっ!」
「ふふ……」
デブの方は、凄く気持ちよさそうにしていた。絶頂を迎えたらしい。同時、去勢執行人もどうやって去勢するか決める。
「はぁ……。気持ちよかったぁ。やっぱりぃ、中出しさいこぉ……」
「悪いですが、その、彼を去勢執行したいのですが……」
「ああ、ごめんね。……でも、彼はすぐに勃起するわ。前立腺を刺激してあげれば……ほら」
尻穴から指を指し、彼女はデブを再び勃起させた。と同時に、お嬢様が男の鎖を引っ張って、股間目掛けてナイフを振り落とす。同時、赤い液体と白い液体が溢れる。何度見ても、吐き気がしてならない光景だ。
「あっらぁ、怖い」
「去勢執行はこういうものですから仕方が有りません」
「……まぁ、この男の子も気持ちよくなれたんだし、いいんじゃないかしらぁ? まぁ、私は妊娠しませんけどぉ」
「すいません。ちょっと処理するので、ベッドと繋がれてる鎖を外して下さい」
お嬢様がそう言うと同時、俺にタオルが渡り、赤い液体の流出を防ぐべく、やはり股間部分で縛ることとなった。
「伊舞希、仕事も早くなったわね」
「いえいえ、お嬢様の命令ですから」
「伊舞希……」
お嬢様はそう言われると、俺の頭を撫でてくださった。お嬢様は胸がないわけでもないため、胸の中で撫でられて俺は結構嬉しかった。
「じゃぁ、私の仕事はこれで終わりねぇ。……ふふ、それじゃぁ後はこの娘が……」
そして、デブと相手をしていた風俗嬢がそう話したので、俺とお嬢様、そしてその風俗嬢が金髪黒ギャルの方を見た。
「んっ……あっ……いっ……んっ……」
「……うっ」
そして、これを見ていたお嬢様が、俺の耳でまたささやかれる。
「ねえ、伊舞希。あれ、本気で気持ちよくなっていると思う?」
「いいえ」
「そう、正解よ。あの顔は演技よ」
「でも、それ言うと世の中の思春期の男性はつらい気持ちになるかと……」
「まあでも、AVなんてそんなのだしね。彼女だって、本気で気持ちよくなっているわけじゃないわ」
お嬢様は処女らしいが、何故か凄く詳しい解説を始める。けれど、包茎男が絶頂に達したため、お嬢様が動く。
「いっ……」
男が痛いという言葉を口に出した瞬間、お嬢様は素早く左手でコンドームを外し、親指と人差指で包皮輪を掴むと、それを力強く下の方へ動かし、亀頭のすぐ真下まで皮を強制的に動かした。もちろん、真性包茎の彼は痛みを訴える。だが、加えてそれ以上の痛みが彼を襲う。
ナイフにより、彼もまた大出血をおこし、辺り一面に赤い液体を撒き散らかした。アヘ顔のまま、撒き散らかした。彼のペニスは包茎ではなくなり、飛んだ。もちろん、このままにしておくわけにはいかないのでお嬢様の指示によって、タオルで股間を縛る。
「では、メイド。運びなさい。そして、二方、今日はありがとうございました」
「別にいいのよぉ」
「そうです。私達風俗嬢が役に立てるのは、こういう仕事くらいですしね、去勢執行の場合」
「それもそうですが……まあ、今日はありがとうございました」
「じゃあ、私達は帰ることにするわぁ」
「同じく」
そう言うと、彼女らは保健室を後にした。それについていくように、家庭科室の方へメイドが男二人を運ぶ。まあ、運ぶ前に目隠しをさせていたが。
■■■
「ねえ、伊舞希。どうだった?」
「お嬢様……いや、千歳。怖い。お前怖いよ……」
「でも、僕は去勢執行を楽しんでしてはないんだ。だから、そこら辺は……ね?」
「うん……」
着替えながら、俺は千歳と話をしていた。俺は本当に躊躇いを感じていたが、結局は一人の男を去勢した。苗字程度は知っているため、結構後ろめたさが有った。だが、千歳は「気にしないでいい」と、自分自身を慰めた上で、俺のことも慰めてくれた。
「それで、その。今日は、伊舞希の家に泊まりたいんだけど、駄目かな?」
「な、何故突然その話に……」
「男装のための修行というか。……まあ、ぶっちゃけ僕は君が好きだからね」
「えっ……」
「もう一回言おうか? 好き」
「ちょっ……」
「朝のメールもそう。管理人っていうことで画像が流出した時、それ見た時から私もう一目惚れしちゃって」
「ななっ……」
「だから、君の家に泊まらせて欲しい」
「ちなみに、それは『お嬢様命令』?」
「Yes」
「……しゃーねーな」
「やったーっ!」
今の社会では、女性のほうが男性より優遇されている。もちろん、それは当然であるといえば当然だろう。男は外部に急所を持っている。一方で、女は殆ど持っていない。股間からニョキッと生えるものは無いしな。それこそ、昔は男が争ってばかりいたせいで女王をたてたころも有った。
俺は、そんなことを考えつつ、特殊だけれど、初めての異性とのお泊りに心を弾ませ、踊らせていた。
ただのお嬢様命令といえば、面白みはなくなるから余りそういうことは考えないようにしながら。
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掲示板サイトを開いて約1年半。
俺は、掲示板のお陰で、財閥の令嬢と知り合うことが出来た。関係をもつことが出来た。けれど、その裏で、俺はある意味奴隷のような……まあ、メイドみたいな、執事みたいな、そんな扱いを受けていくことになった……。
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投稿:2014.05.07更新:2014.05.07
男女格差社会と22世紀。
著者 フェードアウトC.T 様 / アクセス 14163 / ♥ 0