とある田舎の小学校。
まだ男女に大きな体格差がないため、その小学校の体育の授業は男女混合で行われる。ところがこの日の授業に限っては違った。体育館に整列して出席を確認した後、担任は男女を分けて改めて並ばせた。
「どーして男子と女子を分けるんですかー?」
生徒たちが口々に言う。
「今日は何をするんですかー。跳び箱がいいな」
「ドッジボールしようよ」
「はいはい。とりあえずみんな静かにしましょう。時間が余れば自由に遊んでもいいから」
担任の吉川先生が手を叩いて生徒たちを黙らせる。先生は二十代半ばの女性で、この学校の女性教師のなかでは器量は良いほうであった。それでひそかに恋心を寄せる男子も少なくない。
「今日は平均台とマット運動をしようと思います。本当はみんなで平均台をしたかったんだけれど、そういうわけにはいかないでしょ。仕方がないけど、女子は平均台。男子はマット運動ね。そのために男女に分かれてもらいました」
この先生の発言に生徒たちはざわついた。
「どうして女子だけ平均台なんだよ」
「マット運動なんてつまんねーよ」
「男子って平均台ができないの?」
先生が声を張り上げる。
「さわがないさわがない。男性と女性は身体のつくりが違うって、この前保健の授業で勉強したわよね。男性は股間を打つと危険だから、平均台は絶対にできないの」
「でも女子にも股間はあります」
ひとりの男子が口をとがらせていった。
「女性の股間は平坦ですべすべしているでしょう? それに対して男性の股間には致命的な急所であるキンタマがついています。このキンタマを打ってしまうと、あまりの痛みで気絶しちゃったり、最悪の場合にはショックで死んでしまう人だっているのよ」
「男のくせに痛みに耐えられないんだ。だっさ!」
「キンタマのついていないわたしたち女子には想像もつかないね」
「うちは母子家庭だから男の急所なんて全然知らなかったわ」
「大人の男性でも急所なんですか」絵美という女子が手を上げてきいた。
「そうよ。男性は成長すると女性より身体はずっと大きくなって筋肉も発達するんだけど、キンタマだけは鍛えることができないらしいの。絵美ちゃんのお父さんのキンタマだってここの男子と同じくらい脆いのよ」
「じゃあパパは平均台ができなくて、あたしにはできるんですか。やったー」
「わたしたち急所のない女性と違って男性は大変ね。お話はこのぐらいにして、準備にかかりましょう」
倉庫から平均台やマットを運んでいる間、女子たちはいつになく楽しそうで小声でなにやら囁きあってはクスクスと笑っていたが男子たちはうつむいてマットを引きずっていた。用意が整ったのを確認して先生が号令をかける。
「それでは始め!」
平均台といっても小学生なのでむずかしいことはさせない。落ちないようにバランスをとりながら台を渡り切るだけだ。それでも平均台の上を歩く女子たちは誇らしげで優越感にあふれていた。男子たちはちらちらうらめしげに女子たちの方を見ながら前転や後転の練習をする。前転をしたあとに後ろに倒れそうになった男子をとっさに先生が抱き起こした時、男子の手が一瞬先生の柔らかい胸をつかんだ。
「もう少しだったね!」
先生は顔色ひとつ変えずその男子の背中をポンと叩いた。
――男のキンタマは急所なのに――
列の一番うしろに戻りながらぼんやりとその男子は考えた。
――どうして女のおっぱいはつかまれても痛くないんだろう?――
女ざかりの先生の胸は大きく、確かな弾力で彼の指を押し返してきた。自分の股の間でぶらぶら揺れているまだ小さなキンタマよりすべてにおいて優れている感じがした。ふと彼は一緒にお風呂に入ったときの両親の裸体を思い出していた。暑さで重く垂れ下がった父のキンタマは彼のものよりもずっと大きく立派だった。でも母のやや垂れた乳房のほうがはるかに大きく堂々としていた。しゃがんだ時、父の股間から長く伸びた金玉袋がふたつの睾丸の形を無防備にはっきりと浮かび上がらせていたが、母の股間にそのようなものはなく、一筋の線が引かれているのみだった。頑丈で無駄のないフォルムであった。キンタマをつけておらずそのかわり豊満な乳房をぶらさげている母をはじめてうらやましく思った。
その時、マット運動の男子の列から大声が上がった。
「あーあ、やめたやめた」
それは押尾という男子で、ひときわ身体が大きくクラスのリーダー的存在であった。
「先生はよー、俺ら男子を馬鹿にしてんの? 男の急所とか言うけどさ、まず先生は女じゃん。男のなにがわかるんだ。あそこ打ったときの痛みは男も女も一緒くらいだよ。勝手に決めつけないでくれよ。なあ、みんな?」
クラスのガキ大将の発言である。男子たちは逆らえるはずもなく顔を見合わせて曖昧にうなずいた。
「ほら。みんなも賛成だってさ。気分が悪い。男子はみんな教室に帰ろ―ぜ!!」
そうだ、帰ろう、女なんかの意見に付き合う必要ねえよ、そんな声が男子たちの間からも上がった。負けじと女子も応戦する。
「弱点ぶらさげてるくせ生意気なんだけど!」
「タマキン蹴り潰してやる」
「なんだとー女より男のほうが強いに決まってるだろ!!」
「女のくせに偉そうにしやがって!」
見かねた先生が間に割って入った。
「男子も女子もそこまで。喧嘩はやめなさい」
そしてしばらく考えこんだあとにこう続けた。
「わかったわ。今年から痴漢対策として女性の護身術が義務教育になったことだし、男性の急所のもろさを知っておいたほうがお互いのためになるかもしれない。押尾君、平均台の上に立ってごらん。気をつけて」
「いいんですか?」
女子のひとりが不満そうにいった。
押尾は悠々と平均台によじ登り、腰に手を当てて女子たちを見下ろした。
偉そうにすんな、と女子のだれかが怒鳴った。続いて先生が平均台の上に登り、押尾と向かい合う形ですっくと立った。元体操選手である先生の立ち姿は様になっていた。
「それで、何をするつもりなの?」
押尾が挑戦的な目で先生を見据える。
「これから先生が数を数えるから、同時に股を開いて平均台に股間を打つのよ。男女の股間のちがいがそれではっきりわかるわ。押尾君が先生よりも平気でいられれば、男子が平均台をすることを許可します」
「先生、おもしろいこと考えたね」
押尾はニヤリと笑ったがその顔は少し引きつっていた。
「行くわよ……いち、にの、さん!」
同時に恥骨が台にぶつかる鈍い音が体育館に響いた。
先生にとっては体操選手だった頃に何度も受けた痛みだ。それに頑丈な骨に守られてそこまでの痛みではない。
だが押尾にとっては想像をはるかに上回る痛みであった。いや、それはもはや痛みという範疇を超えた感覚であったろう。
「ぐおぉぉっ……!!!」
腹の中で巨大な太鼓が鳴ったような感じがして、そのあと――地獄が訪れた。
押尾は前のめりになり台にしがみつくこともできずゆっくりと体育館の冷たい床に落ちた。白目をむいて荒い息を吐きながら悶絶している。立ち上がれない。
平均台を降りた先生が抱き起こすと、シャーというかすかな音が聞こえた。ピクピクと腰を震わせながら失禁しているのだ。まるで泉のように止めどなく流れ出る小便は体操着のハーフパンツを濡らし、脚を伝った。先生が押尾のパンツと下着をおろす。あらわになった小ぶりな金玉にそっと長い指を触れて、潰れていないかどうかを確認した。そのあまりにも惨めな有様をその場にいる全員が唖然として見守っていた。身体が大きく乱暴でいつも同級生を泣かせていたあの押尾が股間を打っただけで死にかけている!
「大丈夫。潰れてはいないみたい。悪いけど高下さんと麻生さん、押尾君を保健室まで連れて行ってくれない?」
高下と麻生はこのクラスで押尾についで二番目と三番目に背の高い女子だ。ふたりが両脇から押尾を支えて出て行くと、先生は改めて話はじめた。
「これで女性の股間よりも男性の股間のほうが圧倒的に弱いということが証明されたわね。女子はこれからの人生、痴漢に襲われることもあるかもしれないけれど、正しい護身術を身につけて男性の急所を狙えば撃退できるから安心して。そして男子は押尾君みたいな目に会いたくなければ痴漢なんてしないこと。股間に急所をぶらさげた男が急所のない女と戦っても勝てるわけないんだから。わかりましたね?」
「男ってひ弱すぎ……」
ひとりの女子のつぶやきに別の女子が吹き出し、少しずつ笑いは広がって女子たちを包んだ。男子は各々股間にみじめなキンタマをぶらさげたまま、顔を赤くしてうつむき、急所のある男として生まれてきたことを後悔するしかなかった。
一方、身長の高い女子に身体を支えられながら廊下を歩く押尾は、途切れそうになる意識の中で二人の会話を聞いていた。
「あたしたち女に生まれて本当によかったよね。あんな弱っちいタマタマをかばいながら生きていくなんて考えられない」
「人間のオスって不良品じゃん。いくら力が強くてもキンタマぶらさげてるせいで台無しでしょ」
「強い男は急所を狙えば倒せるけど、女に急所はないもん。女が最強だよね」
「なんだか男子のタマ蹴り飛ばしたくなってきた。まだ蹴ったことないのよねー」
「さんせーい。どんな感触なのか興味ある。やっぱり女のおっぱいみたいに柔らかいのかな?」
「こいつのキンタマ潰しちゃおうよ。こんな無様な姿をさらした以上どうせこいつは男として社会的に終わってるんだし女になったほうがまだマシじゃない」
「そうよね。じゃあ、ひとり一個ずつ潰そっか!――」
終
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投稿:2016.05.18
男にはできない
著者 未熟児 様 / アクセス 12463 / ♥ 6