文明も地球以上に発展したこの星で異常が発生したのは、その惑星の付近での超新星爆発がきっかけであった。
その瞬間は、真夜中なのにいきなり空が真昼の様にほんの数秒間だけ明るくなったに過ぎなかった。
だが、それが悲劇の幕開けだとは、誰一人想像だにしてはいなかったのだった。
…女性が、死んでいった。
超新星爆発の翌日から、いきなり全身の力が抜け、次に足が立たなくなり、寝たきりになり、最後には耳も目も味覚も嗅覚も駄目になって。
ほんの一週間ほどで、女性の約半数…
40歳より上の、すなわち自然妊娠が難しくなってくる年齢の者は、すべて死に絶えてしまった。
生き残った者も、すべて全身の運動機能が麻痺し、視覚と聴覚、味覚と嗅覚とを失い、寝たきりの状態になった。
科学者達は、原因究明の手立てを探るが、ウイルスによる伝染病ではなかった。
そうしている間に、その次には生まれてくる女児のうち、三人に一人は死産し、生きている者も生まれつき運動機能が麻痺し、視覚、聴覚、味覚、嗅覚がない状態であることが判明したのだった。
原因は、X遺伝子に致命的な損傷を受けていることだと判明した。
しかも、X遺伝子が損傷している生物は人類だけだということも、XXタイプの遺伝子を持つ側…
すなわち、女性のみが植物状態になることも判明した。
損傷の修復をする方法が全くないこと、この形質はこの後人類に永遠に受け継がれる形質であること。
そして、今生きている女性達も、感染症にかかりやすく、自然妊娠が難しくなる年齢に寿命を迎えてしまうことなどが、次々と判明した。
原因は、超新星爆発の際に地表に降り注いだ特殊宇宙線による物であろうということだった。
全人類はたちまちパニックに陥った。
まず、植物状態となった女性達を、文字通り器物として扱い、強姦して回る者達が現れる国があった。
だが、強姦された女性は体の機能が衰えていたためにすぐに死んでしまった。
次に、女性を産む道具として考える者達が現れる国もあったが、女性達は多くても四人までしか産むことができず、しかも立て続けの妊娠と出産には耐えられない体になっていた。
これらの国々では、元々の男尊女卑の気質も加わって、たちまちのうちに人口比率が男の数が女の5~6倍という歪な物となり、女性を巡って殺し合いにまで発展し、ある国は滅び、またある国は滅ぼされた。
そして、遺伝子に損傷を負っていない女性のいる星を探して、宇宙に旅立つ者達も現れた。
彼らは二度と帰ってくることはなかった。
旅立った先で、遺伝子に損傷を負っていない女性を見つけられたのか、それとも何らかの原因で全滅したのか。
それは誰にも判らなかった。
結局、うまく行ったのは、女性達を全て国家の管理する「授産センター」と呼ばれる施設に収容し、大切に保護し、体に負担をかけない様に出産してもらうというシステムに行き着いた国だけであった。
各家庭で女性達の面倒を見ることには、どうしても無理が生じる状態であったし、もはや男性の二分の一以下の数となった女性を強奪しようとする者達もやはり少なからず存在したからだ。
強奪された女性達は全て死亡してしまった。
強奪する様な連中だから乱暴に扱ってもいたし、もはや自分のことは何一つできなくなっていた女性達の面倒を見てやることもできなかったからだ。
…そして、どんなに科学が発展しようとも、子宮を人工物へと置き換えることや、子宮の老化を防ぐことなどは不可能だったのだ。
女性の子宮を希望する男性に移植することも試みられたが、つわりの苦しみや、出産時の激痛をだれも受け入れることができず、失敗に終わった。
やがて、全ての国がうまく行った国のシステムへと移行していき、「母」「妻」「娘」「姉」「妹」という単語も消えていった。
社会にいるのは男ばかりという状態になり…
女性達は、弱く儚い存在であるということに例え、「かげろう」と呼ばれる様になり、「かげろう」が収容された授産センターは「かげろうの塔」と呼ばれる様になった。
そして、それから彼らの年月で500年以上の歳月が流れ、人間社会の表舞台には女性という存在があったことなど、すでに痕跡さえも残らない状態になっていた。
ククリ少年は、15歳になったばかりだった。
彼をはじめとしたこの国の人間は全て、一つの街に必ず一つは存在する「かげろうの塔」で生まれ、1歳までの年をその傍にある育児センターで過ごした後、ある者は児童センターで集団生活を送り、またある者は「適正あり」と見なされた親の元に引き渡されて、そこで育ち、独り立ちして生きてゆく。
親子の間には血縁関係などまったく存在しない。
だから、苗字もない。
そして、彼らにとって、それは自然で普通なことであるから、誰一人として、そのことを「悲しい、寂しい」とは考えていない。
それでも、人は愛し合わないと生きてはいけない存在だ。
だから…
恋人を作り、結婚生活を送り、そして、「適正親」は、必ず結婚している者の中で、子供を希望している者から選ぶことになっている。
当然、全て男同士だ。
彼らにとっては、これもまた、普通で自然なことであった。
ククリにも、当然恋人がいた。
「ジュイル!」
それは、同じ学校に通う、同い年のジュイルであった。
白い肌と柔らかな栗色の巻き髪で、緑の瞳を持つ可憐な顔立ちのジュイルを恋人にしたいと思っている少年たちも大勢いたが、結局は一見黒豹を思わせる日黒んだ端正な容姿と物腰のククリがジュイルを射止めたのだった。
彼らは妊娠することなど、まかり間違ってもあり得ないし、性病に関しては、もう既に根絶されていた。
だから、浴場やシャワールーム、着替えなどでお互いの裸を見ているうちに、恋人同士は大概自然にいつかってしまうのが常だ。
ククリとジュイルも、既にそういう関係だった。
性に関するタブーは、「子供のうちは学業に差し障らない様にすること」「同じく、体がなってないうちは肛門性交はしないこと」「公共の場や、人目のあるところでは行わないこと」「大人は子供を相手にしないこと」くらいで、それ以外は特に存在しない。
ジュイルは児童センターにいるが、ククリは親元で個室を与えられている。
だから、二人は、ククリの部屋で関係を持つのが常であった。
若い二人は、むさぼるようにお互いを求めあうのが常であった。
ククリとジュイルは、互いの下着の中に手を入れ、キスしながら性器をもみしだく。
それだけで若さに満ち溢れたそれは、はち切れんばかりに勃起するのだ。
二人はすぐに、互いのペニスを舐めあう体位をとる。
「ククリ…僕、もうダメ。いきそう。」
「俺もだ、ジュイル。」
もう少し楽しみたい二人は、ペニスから口を離す。
それから、互いに向かい合う姿勢をとって、男性器をこすりつけあった。
互いの睾丸がころころとこすれあい、亀頭がこすれあうこの姿勢が、二人が最も好きな瞬間だった。
「ねえ、ククリ…」
余韻の冷めやらぬ中、ジュイルはククリに声をかける。
「なんだい、ジュイル」
「僕たち、もう15歳だね…」
「ああ、そうだな。」
「もう、かげろうの守り人に選ばれる年になったんだね」
「…ああ。きっと俺が選ばれるよ。」
「そうだね。ククリならきっと大丈夫だと思うよ。」
かげろうの守り人とは、かげろうの塔で、かげろうを保護、管理する仕事のことだ。
そして、かげろうに、受精する精子を提供する男性でもある。
毎年、15歳になった少年からそれに選ばれ、授産センター職員…すなわち、かげろうの守り人としての専門の教育を受ける。
そして、かげろうの塔と育児センターの職員になるのはかげろうの守り人だけに許されていることだった。
欠員状態によって10人前後が選ばれることもあれば、一人しか選ばれないこともある。誰も選ばれない年もある。
守り人になる条件については、公正を期すため、一切明らかにはされていなかった。
守り人に選ばれた場合の拒否権もあるが、過去にはそれを行使した者は一人しかおらず、その年は次点の少年が守り人となった。
守り人に選ばれるということは、大変栄誉な事だったのだ。
守り人に選ばれた少年の元には、直接通知がもたらされる。
「ククリ…」
その日、息せき切ってククリの元を訪ねたジュイルの手には、通称「伝令管」と呼ばれる金属の管が握りしめられていた。
「見て、これ…」
ククリは、手のひらに収まるほどのその管をジュイルから受け取る。
ジュイルの全身は、がたがたと震えていた。
そして、蓋を開け、中のプラスチックペーパーを取り出して目を通した。
「…!!」
ククリは、一瞬、絶句した。
そして、ゆっくりと、口を開けた。
「…ジュイル。おめでとう。」
そこには、こう記されていた。
通知
第16地区児童センター在籍・ジュイル
貴殿に、本年度第16地区授産センター並びに育児センターの
職員訓練施設への入校を命ず。
任官拒否の場合は、1週間以内に第16授産センターまで、その
旨を報告するべし。
なお、拒否の意思のない場合は、3日以内に立会人同行の元、
授産センター訓練施設に出頭するべし。
新暦548年6月34日
第16地区授産センター所長 ウリムラ
「…任官拒否は、するの?」
書類に目を通したククリの問いに、ジュイルは返した。
「…しないよ。」
「そうだろうな。…名誉なことなんだし。」
「それで…ククリ。頼みがあるんだ。」
ジョイルは、ククリの目を、まっすぐ見て、言った。
「任官の日の、立会人に…なってくれない?」
「…判ったよ。ジュイル。」
普通は、親か児童センターの職員が立会人として同行するが、ジョイルは、立会人としてククリを選んだ。
そして、ククリには…
立会人としての自分が何をするのかは、よく判っていた。
「ジュイル…」
「なあに、ククリ。」
「任官の前の日…いっぱい、しような。」
「うん。…ククリ。」
「ジュイル君と…君は、立会人のククリ君だね?」
「はい。」
「児童センターからの委任状は?」
「この通り。」
「間違いなく、ククリ君だね。本来は、ここから先は職員しか入れないのだが…今日は、特別だよ。このブレスレットはゲスト用だから、授産エリアには入れないからね。」
ゲスト用のIDチップが埋め込まれたブレスレットをつけた二人は、授産センター…
すなわち、かげろうの塔の廊下を、職員に付き添われながら歩いてゆく。
「それじゃあククリ君。君はこの部屋へ…ジュイル君はこちらへ来てくれたまえ。」
ククリが案内された部屋からは、ガラス越しに隣の部屋が見えた。
そこには、椅子型の施術代が見える。
職員に付き添われて、ガラス越しに見えるその部屋に全裸で入ってきたのは…
ジュイルだった。
ジュイルが職員に促されて椅子に座り、ひじ掛けに手を置くと、職員は、ジュイルの両手と両足を、椅子にベルトで固定した。
そして、職員が出てゆくと…
椅子はリクライニング機能で、半臥状に倒れてゆき、反対に、足の方は高く上がった状態で、大きく開かれてゆく。
ジュイルの顔が、恥ずかしさと、これから起こる事態への恐怖で赤く染まり、歪んでゆく。
それから先は、すべてマニピュレーターによる自動作業だ。
(ああ…ジュイル!!)
昨晩たっぷり愛し合った、ジュイルの愛しいものの付け根に生えそろったばかりの栗色の恥毛が、きれいにそり落とされてゆく。
それから、アームの一本が、ジュイルの、包皮に覆われたペニスの亀頭を露出させ、先をつまんで、尿道にカテーテルを通し、引っ張り上げた。
オレンジ色の薬剤が、ジュイルのペニスと、二つの睾丸が入った袋に吹き付けられてゆく。
そして…
ペニスの付け根に、メスが入り込んだ。
出血は一切しない。
メスには、切断した部分の血液を瞬時に止血する機能が施されている。
メスは、ジュイルの体内に深く入り込んでゆき、ジュイルのペニスと体をつないでいた靭帯と血管を、一本ずつ切り離してゆく。
そして、もう一本のアームについたメスは、ジュイルの亀頭に刺さる。
そのままペニスを下に切り進んで、カテーテルの通った尿道を露出させた。
ジュイルは、すでに麻酔を施されているので、一切の苦痛は感じていない。
だが、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、自分のペニスが切り離されてゆく様を見つめている。
ククリもまた、同様だった。
(ジュイル…ジュイルの男の証が…っ!!)
それほど大きくはなかったけど、立ちがよくて、いつでも固くパンパンにいきり立って、包皮から顔を出す亀頭が愛らしかった、ジュイルの大切で敏感な部分が。
亀頭を舐めてやったり、俺のものとこすり合わせてやると、快感に身もだえしていた、愛しいジュイルの、愛しいものが…!!
今、ジュイルの股間から、永遠に失われようとしている!!
体の中の靭帯や血管が一本ずつ切り離されてゆく感触が伝わってくるたびに、ジュイルの両手は、ひじ掛けをつかみ、爪を食い込ませてゆく。
固く噛みしめた唇から、血がにじんでいた。
ぷつんっ…
ジュイルの下腹部に、最後の血管が切り離された感触が走った。
すると、ペニスの先端をつまみ上げていたアームが、天井に向かってゆっくりと収縮した。
そして…
切り開かれたジュイルのペニスが、二つの睾丸の入った袋を、重たげにたぷ、たぷんっと揺らしながら、体の中の部分まで、ずるり、っと抜けた。
前立腺まで、くっついたまんまで、きれいに摘出されていた。
尿道を股間に移し替える後処置を施されている間、ジュイルは、わんわんと泣きじゃくっていた。
ククリも、同様だった。
かつてペニスがついていた部分に、性欲を完全に消失させる薬剤が微量ずつ溶け出すカプセルと、かげろうの守り人の資格である、全エリアに自由に立ち入ることができる職員用のIDチップが埋め込まれる。
チップを読み取るための永久脱毛処理が施されると、ジュイルの手術は完了した。
彼の股間は、毛の一本も生えておらず、何もついていない、つるつるの状態になってしまった。
かげろうの守り人の制度が始まって間もない頃の話だというから、500年以上昔のことだろう。
その頃は、まだ普通の男性が守り人をやっていたそうだ。
ところが…
ある年に、その事件が起こった。
熟慮の上、資質も調査したにも関わらず、かげろうを強姦した者が現れた。
しかも、仲間達を手引きして。
仲間達も、人品何一つ非の打ち所がないと評されていた者達ばかりだったという。
強姦されたかげろうたちは、全てショック死してしまった。
別の地域で起こった事件では、ごろつきどもが「かげろうの守り人どもは女を自分たちだけで独占している」と扇動して、大挙して押しかけた。
ここのかげろうたちは、全滅してしまったという。
事件を重く見たかげろうの守り人達は、「女性たちを独占しようというつもりは全くない」という意思を示すために、まず自分たち全員が完全去勢…
男性生殖器を全て摘出した上、これ以降、完全去勢していない者をかげろうの守り人にしてはならないという厳格な掟を作り上げたのだった。
かげろう達は、人としての自由も、喜びも、何もかも奪われた存在だ。
それを下賎な性欲の赴くままに踏みにじる権利などあろうはずがない。
特に、異変の後に生まれたかげろうは何も知らないままで生殖の器としてのみの生涯を終えてゆくのだ。
その儚い生涯に較べれば、男性生殖器を失うことの辛さや悲しみなど、取るに足らないことではないか。
自分の男性器が切り離される瞬間は、自分の目でしっかりと見届けよう。
子供は、採取した精液を人工授精することで産んでもらおう。
我々は、かげろうの守り人として、それを受け入れよう。
受け入れない者には、守り人としての資格はない。
守り人を羨ましいと思う者、性交によって自分の子供を産ませたいと思う者たちは、この規則を突き付けられると、守り人になりたいと全く言わなくなった。
そういう意味において、この規則は「守り人への適性を見分ける」目安となったのだ。
守り人達は、そしてこの星の男達は、その固い誓いを受け入れたのだった。
立会人の役目とは、守り人が確かに完全去勢されたということを見届けることだったのだ。
ジュイルの摘出された男性器は、特殊培養液に満たされたカプセルに収められた。
切り開かれた部分を元通りに接合されたそれは、常に勃起した状態で、培養液に浸されている。
睾丸は造精作業を続け、必要なときにはいつでも精子を取り出すことができる。
要するに、ジュイルの体と別のところで生き続けるのだ。
そして、守り人としての教育が終わる5年後には、今度は培養カプセルから取り出され、特殊樹脂に封印されて、本人に返却されることになっている。
ちなみに、この年守り人に選ばれたのは、ジュイルただ一人であった。
守り人としての試練を終え、完全去勢されたジュイルは、その翌日に、授産エリア…
かげろうの寝室へと案内された。
そこには、繭と呼ばれる大きな培養カプセルがずらっと並んでいる。
その中には、全裸のかげろう達が横たわっていた。
日の光を浴びていない肌は、透明に近い様な白で、髪も白金色だった。
時々開く目は、ルビーの様に赤い。
ジュイルは思った。
こんなにも美しく儚い者は、生まれて初めて見た、と。
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投稿:2016.06.01更新:2016.06.10
かげろうの守り人
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