「カウンセリングご予約のお客様ですね。お待ちしておりました」
時間の少し前に到着すると、受付を済ませる。
プライバシー保護のため、ここでは名前を名乗らない。予約番号を伝えるだけだ。
ぼくはファイルを受け取り、待合席に腰掛けた。
男性向け美容クリニックのメニューとして、クリアファイルには様々な案内が挟まっている。
ヒゲやVIOの脱毛と、頭の育毛が人気のようだ。場所によって毛を抜き、場所によっては毛を増やしたい。たいていの男性に共通した悩みなんだろう。
ぼくは予約した施術以外に興味はあまりなかったが、待ち時間を潰すために一通り目を通す。
男性向けと言っても、事前にホームページでみた限り、性差による人気はあれど、内容はほとんど女性向けと変わらない。
もっとも、ぼくが選んだものは、男性専用の施術だけど。
「番号札16番の方」
スーツ姿の女性が僕の番号を呼んだ。
「本日カウンセリングを担当いたします、和田と申します。よろしくおねがいします」
ぼくは女性に案内されて、パーティションで区切ったカウンセリングルームに招かれた。完全な個室ではないからプライバシー保護の観点はどうなのだろうと思ったけれど、『スタッフに対するハラスメント行為は即通報いたします』という張り紙をみて、理由がわかった。
「本日はカストレーション施術のカウンセリングでお間違いないでしょうか」
和田さんは机の上に資料を並べながら、確認する。
「当院でのカストレーション施術は大きく三部位ございます。一つはケミカル。薬物による施術で、体にかかる負担は一番軽いものです。二つ目はカストレーション、ボールのみを摘出いたします」
「ボールのみでしょうか。袋は?」
ぼくは聞いた。中身のない袋だけがぶら下がっているのは情けない。
「バッグはオプションになります」
どうやら別料金のようだ。
「三つ目はヌーロ。完全にクロッチを平らにしてしまう術式です。負担は一番大きいのですが、満足度が高くおすすめで、他院修正の方も多いです」
「よそで取ってから、またここで取るんですか?」
「まれにですが、生えてきてしまう方がいるようです。ですがご安心ください。当院ではガリバリウム式レーザーを用いて、一回の施術で完全に終了いたしますし、万が一生えてきたとしても一年以内であれば、無料保証いたします」
生えてくることがあるなんて知らなかった。でも、保証があるならよしとしよう。
「問診票を拝見いたしました。お客様はヌーロをご希望ということですが、ではオプションについてご説明いたします」
「はい」
「ヌーロですと、基本コースは全摘出です。バーとボール、バッグの摘出までが含まれます」
こちらのコースでは袋もとってくれるようだ。
「バーに関しては、基本コースはユーニック、つまり表面に出ている部分のみを平らにすることになります。オプションでスポンジ摘出を選択しますと、尿路変更も同時に行い、真下に排尿する形になり、座位排尿が楽になります。金額はこちらです」
スポンジ? 海綿体ってことなのだろうか。
「ええと、ユーニックの場合は、その……スポンジが……ええと、勃起することもあるんですか?」
この病院特有の言い回しがわからず、ぼくはストレートな言葉で言った。
「エレクチルナーヴも切断しますので基本的にはハードオフになります。ご希望されるかたには、ナーヴを残すコースもございます」
和田さんが示したところには、アングリーインチと書いてある。
「やはり、そういうマニアの方もいるんですか」
「はい。中にはバーの切除を行いながらボールを残す方もいらっしゃいます。お客様それぞれの要求にお応えするための特別プランもございますので、お気軽にご相談ください。ですが、場合によっては本日中の施術が出来ない場合もございますのでご承知ください」
その点は大丈夫だ。ぼくが選ぶプランは決まっている。
「小陰唇や膣の形成はあるのですか」
いつの間にかぼくは、ストレートな言葉を自然に言えた。
「可能ですが、当院では行っておりません。ご希望される場合は提携院をご紹介することになります」
「やはり、難しいのですか」
「いいえ、当院は男性院ですから」
「ああ……」
男性器のない男性は男性院であるが、小陰唇を作成した場合、それは女性器を持った女性という扱いなのだろう。
「お客様のご希望は、ヌーロということですが、メールで事前相談頂いたとおりユーニックでよろしかったでしょうか」
「はい」
「本日中に施術可能ですが、どうしますか?」
「どれくらいの時間がかかりますか」
「一時間ほどです」
「ではお願いします」
「それではご自筆でこちらの書類に……」
「番号札16番でお待ちのお客様ー」
契約を済ませ、待合席で待っているとまた名前を呼ばれた。
白衣姿の女性、看護師さんかな。可愛らしい声と身長。中学生くらいだろうか。
「6番の診察台へどうぞー」
看護師さんに案内され、ぼくは診察室に入る。
カーテンで区切られた診察台が並び、まるで入院病棟のようだった。違うのは冷蔵庫のような大きな機械があるくらい。
ぼくが6番の診察台に腰掛けると、看護師さんはその前にひざまずいた。
「本日、施術を担当させていただきます、江田島美容外科の南雲といいます。よろしくお願いいたします」
驚いた。この中学生のような女性が、施術担当らしい。
声もいわゆるアニメ声。顔立ちも若い。
「あなたが施術するんですか?」
「はい! あー、わたしこう見えてアラサーなんですよー。看護学生のころメイド喫茶で働いてたので、喋り方うっとおしかったらごめんなさいね」
それより、看護師が施術するのでいいのだろうか。
「確認のため、フルネームと、生年月日を西暦でお願いしまーす」
この部分だけはいかにも病院らしい。それ以外を考えると性風俗じゃないかと勘違いしそうだ。
「術式は、ヌーロのユーニックコースでお間違いないですね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「それでは、お履物すべて脱いでいただいて、診察台に横になってください」
看護師の南雲さんは、脱衣カゴをおいてカーテンを出た。
僕は言われたとおり、靴、靴下、ズボン、パンツを脱ぐ。置いてあるタオルを腰に巻いて、診察台に横たわった。
「準備の方よろしかったでしょうかー」
ぼくが答えると、南雲さんが入ってくる。
「それでは、アイガードのほう、つけさせていただきますねー」
目の上に金属のメガネのようなものが載せられた。楕円形を真っ二つにしたようなカプセルで、載せるだけでも光は全くなくなる。
「6番です、ドクターチェックお願いしまーす」
南雲さんの声のあと、人の入ってくる気配がする。
タオルがめくられ、ぼくのしなびたペニスをつままれた。不覚にも勃起しそうになるが、男性医師だったらなんだか恥ずかしい。
「クリアーです」
低い声の女性だった。女性にペニスをいじられたと考えると、それも恥ずかしい。
ふたたびタオルがかけられ、医師は退場する。
「はい、では施術の方スタートさせていただきまーす」
医師じゃなく、看護師の南雲さんが施術をやってくれる。自動化された機械なので、医師は立ち会いだけで充分なのだ。
「麻酔はいりまーす」
見えないからどういう状態になっているかはわからない。大きな装置がかぶさったような気配がする。
ちくり、と背中に痛みを感じた。どうやら診察台も装置の一部だったらしい。
「しびれる感じとかしませんかー?」
「大丈夫です」
「はーい。いよいよですねー。チンチンバイバイですよー。なんか人身売買みたいですねー」
あんまりおもしろくない。
「じゃあ、まずバッグとボールから処理しますねー」
チンチンバイバイじゃないのか。
そう思っていると、歯医者のドリルが空転するような、耳障りな機械音が響き始めた。
「麻酔効いてますけど、圧は感じまーす。痛みはないから安心してくださいねー」
「大丈夫です。麻酔は初めてではないので」
「はーい」
ふっと、袋がなにかにつままれたような気がした。機械なのか、それとも南雲さんの手が補助しているのかはわからない。
玉袋の間にすっと圧を感じる。同時に左右から引っ張られ、ありえないほど伸ばされた。
すぐに腹の中身をいじられるような感じがして、何かを伸ばされる。
じゅうという音。それに焼き肉の匂い。
「はーい、一個とれましたー。今のところ大丈夫ですかー?」
「はい」
「じゃあ続けていきますねー」
再び焼き肉。
「2つとも取れましたよー。もう二度と子どもも作れなくなりましたけど大丈夫ですかー?」
「はい。オプションで凍結保存しました」
「ありがとうございまーす。じゃあ、おサオの方いきますねー」
おサオって。
続くように、肛門の方に熱と圧が発生する。
「陰茎海綿体が奥の方まで入ってますので、まるごととりまーす」
勃起すると肛門のほうも固くなる。それはペニスの根っこがそっちにも入っているからだ。
ぎゅぎゅっと二箇所、挟み込まれた気がする。あ、これでもう終わりなんだと思うと、さっきの検査のときに勃起させておけばよかったな。
「いきますよー。せーの」
ざくっという音でもしそうな勢いで、海綿体が根本から刈り取られた。
「はーい、尿道確保しまーす」
そこから肛門の近くに尿道が移設される。もう想像力の外だった。いろいろなところに圧を感じたりするが、どこがどうなっているのかわからない。
「最後、縫い合わせますねー」
南雲さんの声とともに、しゅるしゅると糸の動く音が聞こえた。
「はーい、上手にできましたー。これで男の子とさよならですよー」
南雲さんが機械を移動させる音がする。
「では拭き取りますねー。めまいとかしませんかー?」
「大丈夫です」
「消毒しまーす。しみませんかー?」
「大丈夫です」
「はーい。では麻酔が抜けるまで、ちょっと待っててくださいねー。おちんちんはお持ち帰りでよろしかったでしょうかー」
「はい」
そういうと、南雲さんの気配が消える。
しばらくぼくはそこで待っている。
股間に感覚が戻ってくる。ペニスを切断したのだから、痛みはある。けれども我慢できないほどではない。
それよりも、ペニスがなくなったという興奮の方が大きかった。もうこれで性欲に悩まされることもない。
「おまたせしましたー。しびれとか大丈夫ですかー?」
南雲さんが戻ってきた。
「アイガード外しまーす。眩しいからゆっくり目を開けて下さーい」
そう言って、僕の閉じた目に光が飛び込んできた。
「仕上がり、どうでしょうかー」
ぼくは体を起こし、自分の股間を見下ろす。
もうそこには何も存在しなかった。あれだけ悩ませていたペニスはそこにはなかった。
南雲さんが手鏡をくれた。下から覗き込むと、へそから肛門の間には縫い目ができている。あたらしい尿道にはストローのようなものがささっていた。
「溶ける糸なのでしばらくしたらなくなりまーす。傷も半年くらいで消えますから心配しないでくださいねー。尿道のカテーテルは48時間後に抜いてくださって大丈夫です。それまでシャワーは我慢してくださーい」
「ありがとうございます。完璧です」
「はーい。それでは保護パンツに履き替えて、そのままお着替え終わりましたらお会計どうぞー。本日の担当、南雲でした。ありがとうございまーす」
そう言い残して、南雲さんは診察室を後にする。
残された僕は、新品の保護パンツを履いた。ああ、股間にピッタリとフィットするガーゼがこんなにうれしいなんて。
ズボンも後でヌーロ用スリムフィットを買おう。
先払い契約のため、会計では診察券を返してもらうだけだ。その他、傷を目立たなくする薬や、術後生活の手引きなどを受け取る。
「お持ち帰りコースですよね。お品物間違いありませんか?」
百科事典ほどの箱が、会計台に載せられた。
開くとそこには、樹脂できれいに固められた、僕のペニスが収まっている。額装もされていて、とても立派だ。
さっきまで僕にぶら下がっていたとは思えない。でも、見間違えるはずがない。亀頭の付け根の三連ほくろ。間違いなく僕のだ。
「ありがとうございます。間違いありません」
「ではお包み致します」
会計の女性がそれを箱に包んでいる。ぼくのペニスを女性が包んでいる。
そう考えるだけでいまにも勃起しそうだったが、もうペニスは箱の中にあるのだ。もう勃起することはない。でも、悔いはない。
「おまたせしました。お気をつけてお帰りください」
「ありがとうございました」
僕は長年連れ添ったペニスを抱えて、待合室を後にした。
「番号札24番でお待ちのお客様ー」
遠くで南雲さんの声が聞こえた。
「34番の方。カウンセリングお待ちの34番の方」
和田さんの声も聞こえた。
エレベーターのドアが閉じると、もうここに用はない。
体が軽かった。
新荻窪の町並みの中、今日ぼくは男をやめた。
これから毎朝のペニスへの挨拶は、寝床ではなく朝食の席にしよう。
傷が落ち着いたら、オフ会で見せびらかそう。
先の人生が、楽しみだった。
男性器セットよりはるかに、心が軽くなっていた。
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投稿:2018.07.30
江田島美容外科新荻窪院
著者 仮名 様 / アクセス 21134 / ♥ 68