暖かみのある色調の明かりがぼんやりと照らし、空調の微かな音がしているシンプルにまとめられた寝室で、美形で隻眼のタツキと中性的で可愛らしい顔つきのケイが日頃のとりとめのない話をしていた。
「……それでさ。ううっ……。い、痛っ」
何かを言いかけたケイが突然顔をしかめ、股間を手で押さえてうつむいた。
「ど、どうしたんだ? ケイ……」
タツキがケイの異変に驚いてうろたえた。
「い、いや……。朝から痛くてねぇ」
ケイが冷や汗をにじませながら、心配しうろたえるタツキに言ってまた顔をしかめた。
その彼の様子に、ただ事ではない、と感じたタツキはスマホを尻ポケットから取り出すと、診療所に連絡を取った。
呼び出し音が続きなかなかつながる気配がなく、切ろうとしたとき聞きなれたコウ医師の声が耳に飛び込んできた。
「もしもし。こんばんは。タツキです。コウ先生ですか。夜分申し訳ないですが……」
タツキがケイの様子を見やりつつ、診療所のコウ医師に急患が出たことを伝えた。
電話の向こうのコウ医師は、急いでくるようにタツキに言った。
「ケイ。立てるか? コウ先生が診てくださるらしいから、診療所に行こう」
タツキがケイに言うと、ケイがうなずいた。
タツキにつかまって立とうとしたが、痛みのために立てず、タツキが負ぶった。
診療所はタツキの家から歩いて十分くらい離れた場所にある。
「ごめんよう」
タツキに背負われたケイが蚊の鳴くような声で謝った。
診療所に汗だくで入ると、院長のコウ医師が待っていた。
「とりあえず、ベッドに横になって」
診察室でケイがベッドに横たわる。
「どこが痛いかな?」
コウ医師がケイに尋ねると、ケイが、股間だ、と答えた。
「それはいつから?」
問診するコウ医師。
それにケイが正直に答えると、コウ医師が
「ちょっと、見せてもらえるかな?」
とケイに言うと、ケイが顔を引きつらせながらズボンとパンツを一緒に下げた。
「痛いかもしれんが、ちょっと触ってみるからね」
コウ医師がケイの丸出しになった下半身をちょっと触ると、ケイが冷や汗を浮かべながら呻いた。
コウ医師は即座に大病院に連絡し、患者についての所見を伝えた。
「タツキ君や。ちょっといいかな?」
コウ医師が待合室で心配そうに待っているタツキを呼んだ。
「どうですか? 先生」
「うむ。精巣捻転のようだな。彼に聞いたところ、過去にもあって片方を取り除かれたようだ」
あまりよくない話である。
「とりあえずは、私の車で大病院に連れていくことにするよ」
コウ医師がタツキにそう言うと、足早にガレージに向かって行った。
コウ医師の車で大病院に行くと、ケイはそのままストレッチャーに乗せられて検査室に運ばれて行った。
大病院のスタッフが、緊急手術します、と伝えにきた。
「先生。どうしましょうかね?」
「ここは、ここの病院に任せるしかないね」
心配そうなタツキに、コウ医師は冷静に言った。
緊急手術が終わり、二人の前に処置をした医師が来て、状況を説明した。
発症して時間がかなり経過していたために、ケイの精巣は壊死していたということだった。
ケイについても、しばらくは入院させることが決まったのだった。
数日後、 早く仕事を切り上げたタツキは大病院に入院したケイの病室を訪ねた。
リノリウムが張られた長い病棟の通路を残照が静かに照らし、床に窓枠の影を落としている。その病棟の長い通路を迷いながら歩き、ケイの病室にたどり着いた彼は、ドアをノックして入ると、沈んだ表情のケイがいた。
ケイはタツキが見舞いに来てくれたことに喜び、沈んだ表情が明るくなった。
タツキがそっと
「どう?」
とケイに聞いた。
「ボク。玉無しになっちゃったよ……」
ケイはずっと我慢してきた感情があふれて、タツキに抱き着き彼の胸の中で泣いた。
タツキはどう対処したものか、とうろたえたが、その心境は隠し、泣きはらして目が赤くなったケイにそっと、
「落ち着いたかい?」
とだけ言った。
「うん。いろいろごめんね」
ケイが言う。
「そろそろ、巡回検診が始まるだろうから、俺はこれで帰るよ」
タツキがケイに言う。
「もう少しいてくれる?」
ケイがタツキの袖を引っ張った。
タツキは困惑したが、仕方なく巡回検診が巡ってくるまでの間ケイの病室にいた。
やがて看護師がステンレス製の医療用ワゴンを押してくる音が聞こえ、タツキはケイに別れを告げ、病室から出た。
ほんの少しの時間だけいた、と思っていたが外は夕闇に包まれ始めていて、病棟の通路には明かりが灯っていた。
大病院の外に出ると、勤務先の喫茶室のマスターであるヨシタケが待っていた。
「あれ? マスター。どうしてここに?」
「勘ですねぇ。ところでお友達はどんな状況でしたか?」
昔の軍人のような厳めしい口髭を蓄えたマスターが聞いてきた。
「本人はとても辛く思っているようです」
ありのままにタツキが答える。
「よろしい。では、私が家まで送りましょう」
ヨシタケが言う。
ヨシタケは情報収集能力に優れ、その実力は上級諜報員クラスであり、雲をつかむようなとても謎の多い人物である。
ともあれ、タツキはヨシタケの車に乗せてもらい家路についた。
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投稿:2019.07.22
宦官になっちゃった(その1)
著者 石見野権左衛門 様 / アクセス 5212 / ♥ 1