男子集団検診バス
2050年、日本。少子化の波は国の根幹を揺るがし、政府はついに人々の生殖を国家管理下に置くという、かつてない決断を下した。
国力維持のため、将来有望な遺伝子を残す「優生遺伝子保護」の思想が社会を席巻し、教育制度は劇的に変貌を遂げた。政府は、自慰行為が脳の前頭前野の発達を阻害し、特に学童期においては、その頻度が高いほど学業成績の低下を招くという科学的根拠に基づき、学童期からの貞操管理を導入。これにより、生徒たちは性的な衝動から解放され、学業に専念できる環境が整備されたと主張した。
成績優秀者は「優生遺伝子」として選別され、そうでない者は「劣性遺伝子」として去勢される。親たちは、我が子が去勢の烙印を押されないよう、全寮制の厳しい学校へと子らを送り込む。政府は優生遺伝子を多く輩出した学校に莫大な補助金を投じ、この冷徹なシステムは加速する一方だった。
そんな時代の中、俺は男性の集団生殖管理組織の一員として、全国の学校を巡回している。俺の役割は、移動式の施術施設を積んだバスで、男子生徒たちを直接検診し、必要な施術を行うことだ。俺自身もまた、成績優秀ではあったが、官僚になるほどの才覚はなかった「優生遺伝子」の一人。だからこそ、劣性遺伝子側の人間でも努力次第で道は開けると信じている。不合格の烙印を押される生徒は、ただ怠惰だった結果だ。そう自分に言い聞かせなければ、この仕事は務まらない。
俺の仕事には、貞操帯の取り付け・取り外しに加え、衛生管理のための診察も含まれる。長期間の貞操帯装着は衛生上の問題を引き起こすことがあり、包皮炎などを防ぐための適切な判断が求められる。必要とあらば、包皮切除の処置も躊躇なく行う。それが俺の評価に直結するからだ。
今日もまた、俺の乗るバスは、とある全寮制学校の校庭に到着した。定期的に開催される男子集団検診の日だ。生徒たちは、一様に緊張した面持ちでバスの前に整列している。彼らは事前に記入を求められた問診票と同意書を手に、列をなしていた。その多くは保護者の判断で記入されていた。
列に並ぶ生徒たちの思惑と推測
列で待機している生徒たちは、スクール貞操帯のシステムをある程度理解し、既に受け入れている。スクール貞操帯だけの取り付けであれば、侵襲性も低く、何も痛いことはない。彼らはその施術が卒業まで繰り返されることを望んでいる。彼らにとって、今一番気になっていることは追加の施術、すなわち包皮切除と精巣摘出だ。精巣摘出は試験結果によりある程度予想はできた。しかし、包皮切除は、保護者が記入したこの問診票のとある欄が強く影響するため、問診票を見ながら不安に怯えている。中には、用紙が汗ばんでしわくちゃになっている者もいる。
全生徒の約1割は、「包皮切除:診察結果に関わらず切除する」が選択されていた。彼らは、すでにその運命をある程度受け入れているように見える。表情は諦めに近い冷静さを湛え、ただバスの扉が開くのを待っている。親が子供の将来のため、万全を期して選択したのだろう。あるいは、彼ら自身が、この社会で生き残るための「最適解」だと信じ込んでいるのかもしれない。彼らは、これから起こる処置を避けられないものとして、どこか達観しているようにも見えた。
一方で、2割の生徒は「包皮切除:診察結果に関わらず切除を希望しない」が選択されていた。この選択肢は、彼らにとっては何よりも心強い「お守り」だ。親が、子どもの身体への介入を拒否する強い意思表示。彼らは、まだ自分たちの身体が自分たちのものだと信じられる数少ない生徒たちだ。顔には安堵の色が浮かび、他の生徒たちとは異なる、わずかながらも希望のようなものが感じられた。
しかし、残りの7割の生徒、つまり「包皮切除:診察結果により必要があれば切除する」を選んだ者たちは、最も深い不安の中にいた。彼らは問診票を何度も確認し、目を凝らして文字を追う。自分の包皮の状態が「必要」と判断されるか、されないか。その判断一つで、彼らの体が傷つけられるかどうかが決まるのだ。列が少しずつ進むたびに、バスのエンジン音だけが彼らの心臓を締め付ける。彼らは、バスに入った生徒が出てくるまでの間隔や、その表情で、中にいる友人に何が施されたのかを必死に推察している。中には、青ざめた顔で吐き気を催している生徒もいた。
バスの内部は、外観からは想像もつかないほど機能的で無機質だった。
壁面には医療機器が整然と並び、中央には特注の診察台が鎮座している。それはまるで、馬の鞍のような形状をしており、前方には円形に穴が開いている。男性器をそこから出すための穴だ。診察台のサイズは生徒の学年や体格に合わせて交換できるよう、何種類も用意されている。
最初にバスに入った生徒は、硬い表情のまま奥へと進み出た。彼はまだあどけない顔つきだが、その瞳には不安と諦めが同居している。
「こちらへ」
俺は低い声で促し、生徒は指示された通りに診察台へと上がる。俺は背後の操作パネルを触り、生徒のお尻側のシートを押し込み、その下半身を鞍に固定する。生徒の体がびくりと震えたのが分かった。装置がゆっくりと上昇し、生徒の性器は俺の目の高さにまで持ち上がる。冷たい金属の感触が、少年の生々しい身体に伝わるのだろう。
俺は横からスライドする機器を動かし、性器に合わせた。(眼科検査装置のように固定された患者に機械を合わせて何やら計測をする)カシャ、カシャと機械的な音が響き、小さなライトが明滅する。数秒後、計測が完了したことを示す電子音が鳴った。
俺はモニターに表示された計測結果と、生徒が持参した問診票を確認する。
「性器の状態、良好」
モニターの表示は簡潔だ。次に、最も重要な項目、「包皮切除の意向」を見る。問診票には三つの選択肢がある。
包皮切除:診察結果に関わらず切除する
包皮切除:診察結果により必要があれば切除する
包皮切除:診察結果に関わらず切除を希望しない
この生徒の問診票には、「包皮切除:診察結果により必要があれば切除する」が選択されていた。彼はまだ低学年で、包皮の状態も良好だった。保護者の意向も加味し、今回は包皮切除の必要はないと判断する。
「よし、問題ない」
俺はそう告げ、慣れた手つきでスクール貞操帯を取り付けた。それは、落ち着いた紺色の硬質な樹脂製で、様々なサイズが用意されており、自動診断によって生徒の身体に最適なサイズが選ばれ、装着される。
ぴったりと股間を覆うその形状は、まるで未来的な装具のようだ。特殊な鍵でしっかりとロックし、最後にシステムが正常に作動しているかを確認する。生徒は無言で、ただ俺の手元を見つめていた。彼の表情には、安堵とも失望ともつかない複雑な感情が浮かんでいた。
貞操帯は彼にとって、もはや身体の一部であり、この一年間の彼の「自由」を規定するものだ。
次にバスに入ってきた生徒も、前の生徒と同じように、緊張した面持ちで診察台に上がる。下半身を固定し、装置が上昇すると、彼の性器が目の前に現れる。先ほどの生徒よりは少し年上だろうか。
計測機器をスライドさせ、カシャカシャと機械音が響く。モニターに表示された計測結果は、今回の生徒も「性器の状態、良好」だった。しかし、彼の問診票の「包皮切除の意向」には、「包皮切除:診察結果に関わらず切除する」と印がつけられている。おそらく、成績に対する親の強い不安、あるいは衛生面に対する過剰な意識の表れだろう。
「包皮切除を行います」
俺が淡々と告げると、生徒の顔色が変わった。怯えと、僅かな反発がその目に宿る。俺は彼の反応には構わず、包皮内部に切除クランプを挿入した。生徒の体がビクリと硬直した。精密に設計された切除クランプとスクール貞操帯が噛み合い、包皮を壊死させる構造になっている。機械的な動作音がバスの中に響き、消毒液の匂いが鼻をかすめる。
処置後、鎮静剤を塗布した。生徒は、処置中ずっと目を閉じ、一言も発しなかった。彼は施術後、何が行われたのか自分の性器を必死に見回したが、スクール貞操帯によって完全に覆われているため具体的な処置は何も確認できなかった。唯一確認できた痕跡は、スクール貞操帯に少し付着した血液だけだった。
その次に現れた生徒は、前の生徒たちよりも幾分か幼く、まだ不安と好奇心が入り混じったような表情をしていた。診察台に乗り込むと、装置が上昇し、彼の性器が目の前に現れる。
いつものように計測機器をスライドさせ、データがモニターに表示される。「性器の状態、不適当」。モニターの表示は簡潔だが、そこには明確な赤字で「切除推奨」の文字が点滅していた。彼の包皮は、おそらく少しばかり長過ぎるのだろう。長期の貞操帯装着を考えれば、確かに炎症のリスクは高い。
俺は彼の問診票に目を落とす。「包皮切除の意向」には、「包皮切除:診察結果により必要があれば切除する」が選択されていた。保護者は、あくまで医師の判断に委ねるという選択をしたのだ。
「君は、包皮切除を行います」
俺が告げると、生徒は一瞬、きょとんとした顔をした。理解が追いついていないのか、それともまだ幼すぎて事の重大性を把握しきれていないのか。しかし、彼の次に待つ生徒たちの視線は、これから起こることを彼に示唆するだろう。
俺は迷いなく包皮内部に切除クランプを挿入した。彼は小さく呻き、身体を硬くする。精密に設計された切除クランプとスクール貞操帯が噛み合い、包皮を壊死させる構造。
機械的な作動音がバスの中に響き渡る。消毒液の匂いが鼻腔を刺激した。処置後、鎮静剤を塗布した。彼は処置が終わっても、なぜ自分がこのような痛みを伴う処置を受けたのか理解できない様子で、ただ虚ろな目で宙を見つめていた。
処置後の彼の性器は、スクール貞操帯によって完全に覆われているため、外部から包皮切除の有無を窺い知ることはできない。
精巣摘出の診断と処置
そして、また一人、生徒がバスに入ってきた。彼は明らかに学年が上で、顔色は蒼白で、体の震えを隠そうとしているが、抑えきれていない。
彼の学年は、ちょうど成績による精巣摘出が行われる年齢に差し掛かっている。彼の番が来るまでに、何人もの生徒がバスの中から出て行ったはずだ。だが、彼の入ったバスの扉は、いつもより長い時間が経っても開かない。
それは、最初の生徒たちと比べ、何か特別なことが追加で行われているのだと、列に並ぶ生徒たちは漠然と想像する。バスのエンジン音は変わらず轟々と響き、内部の施術音を掻き消していた。
診察台に上がらせ、下半身を固定する。装置が上昇し、彼の性器が俺の目の高さに固定された。恐怖で焦点の合わない瞳が、虚空を見つめている。
いつもの計測機器を動かし、彼の性器を診察する。包皮は正常だ。モニターにも「性器の状態、良好」と表示される。
「包皮の状態は正常です」
俺が淡々と告げると、少年の顔に一瞬、安堵の色が浮かんだ。しかし、それは束の間の幻影だ。
俺は次に、彼が差し出した問診票を確認した。通常の問診票に加え、一枚の書類が追加されている。それは、学期末の最終成績通知だった。そして、そこには、赤々とした文字で「劣性遺伝子認定」の烙印が押されている。保護者の意向を確認する欄には、「国家の決定に従う」とだけ書かれていた。
「しかし君は学業の不振のため、精巣摘出だ」
俺の言葉に、生徒の全身が大きく揺れた。瞳孔が開き、一瞬、絶望の叫びが聞こえたように思えた。だが、それは声にはならず、ただ乾いた呼吸音だけがバスの中に響く。
俺は精巣摘出用の特殊な器具を手に取る。
精巣摘出には二種類の方法がある。一つは、文字通り永久的に生殖能力を奪う「永久抹消」。
もう一つは、精巣を一時的に取り出して特殊な培養システムで預かり、将来的に学業成績が向上した場合に限り、元に戻す可能性を残す「一時抹消」だ。
この二つの方法は、学校側の方針で全体的に決定される。彼の学校では、徹底した管理と選別を是とする方針ゆえに、対象者には永久抹消が行われる決まりだ。彼の未来を完全に閉ざすための、冷たい金属の塊がそこにあった。彼の足元を固定し、性器周辺に消毒液を塗布する。少年の体が、小さく痙攣した。
「痛むぞ。我慢しろ」
そう告げたところで、彼に選択の余地はない。局所麻酔は最小限にしか施されない。苦痛を与えることで、彼らに「劣性遺伝子」であることの現実を、肉体に刻み込む。それは、政府が暗に推奨する教育の一環なのだ。
メスを入れ、組織を剥離していく。冷徹な作業。バスの中に、少年の短い、しかし激しい呻き声が響き渡った。それはすぐに、硬く食いしばられた歯の隙間から漏れる、途切れ途切れの呼吸音へと変わった。
やがて、処置が完了した。出血を抑え、創部を丁寧に縫合する。彼の陰嚢は膨らみを失い、しなびていた。それは、彼の生殖能力だけでなく、彼の未来、彼の尊厳そのものが奪われたことを意味する。
俺は彼に鎮静剤を注射し、意識が朦朧とした彼の身体に、もはや必要のないスクール貞操帯を取り付けた。
儀式だ。彼の顔は白蝋のように青ざめ、虚ろな瞳は何も映していなかった。彼は施術後、何が行われたのか自分の性器を必死に見回したが、スクール貞操帯によって完全に覆われているため具体的な処置は何も確認できなかった。唯一確認できた痕跡は、スクール貞操帯に少し付着した血液だけだった。
「終わったよ、施術台から降りて下さい」
俺は声をかけ、後片付けに取り掛かる。
彼は、俺が取り出したばかりの精巣を永久抹消用ボトルに入れ、手際よく後片付けをしている様子を横目で見ながら、ゆっくりとバスの扉へと向かい、外へと出て行った。
俺は再び、モニターに目を向ける。そこには次の生徒の情報が表示されている。俺の仕事は、まだ終わらない...