去勢性器管理処理施設
2060年、政府は「優生遺伝子保護法」の運用に一定の効果を実感しつつあった。しかし、教育制度からこぼれ落ち、「劣性遺伝子」と烙印を押された者たちの犯罪率や非行率が社会問題化し、制度の矛盾が露呈し始める。去勢された彼らは、未来への希望を失い、社会の底辺で鬱屈を募らせる。
事態を重く見た政府は、新たな解決策として「自主無性者優遇制度」を打ち出した。これは「劣性遺伝子」と判定される前に自主的に去勢手術を受けることを条件に、さまざまな社会的な優遇措置を与える制度だ。この制度は新たな闇を生んだ。形だけの去勢手術で証明書を発行し、優待制度を悪用する者やクリニックが横行し始めた。
不正を防止し、制度の信頼性を保つため、政府は「去勢性器管理処理施設」を全国に設立した。この施設は、正式な去勢手術が行われた証拠として、切除された性器を厳重に管理・処分し、その記録を公式なものとして残す役割を担っていた。そして、その機能は、政府と提携したクリニックで事前に購入する「性器処分券」に集約されていた。
性器処分券は衣類の値札のような形状をしており、専用の器具で性器に打ち付けてタグ付けされる。その後、医師はタグのついた性器を手術で切り取り、所定の処理センターに送る。患者やクリニックは、タグの管理番号からインターネットで処理状況を確認できるシステムだ。
俺は、その施設に勤務する管理官の一人、タケシ。以前はスクール貞操管理官として全国の学校を回っていたが、心身ともに疲弊し、この静かな施設への異動を希望した。ここでは、子どもたちの恐怖に満ちた表情を見ることもなく、ただ機械的に送られてくる管理品を処理するだけだ。
「今日もお疲れ様です、タケシさん」
同僚のユウキが声をかけてきた。彼はまだ若く、この仕事に慣れていないせいか、どこか緊張した面持ちだ。俺は無言で頷き、オートメーション化された処理ラインに目をやる。コンベアに乗って運ばれてくるのは、保存液に浸されたバック。その中には、タグのついた精巣や陰茎が収められている。中には、まだ生々しい血が滲んでいるものもある。
俺たちの仕事は、送られてきた管理品が本当に本人のものか判定し、システムに登録すること、そしてその処理品の仕分けと最終処理を行うことだ。
処理品はまず、性器に付いたタグの管理番号をスキャンし、端末のデータと照合する。次に、管理品を専用の分析機にかける。成分分析、DNA鑑定、そして組織の形状を3Dスキャンで確認する。
処理品は、性器の状態によっていくつかのルートに分けられる。一般的には、高圧蒸気処置が行われて生殖能力を完全に無効化された後、破砕処理される。しかし、施設にはさまざまな状態の性器が届く。
特にペニスを含む全体を切り取った性器は、医療用の手術研修用素材として再利用される。この場合、主に包茎手術や去勢手術の練習用に使われるため、包茎の性器が選別され、サイズ別に仕分けされた後にプラネーション加工が施される。そのような性器は、システム上では「中間処理(P)最終処理保留中」と表示される。これは、精巣が形を残した状態で残っていることを意味し、研修や練習後に施設に再度返却され、原則的には1ヶ月以内に最終処理が行われる。
また、若い包皮は幹細胞製品の原料として使用するため、包茎手術のように包皮の先端を切り取り選別する。システム上では「中間処理(F) 包皮分別」と記録される。
最終処理へと回された性器は、自動的にコンベアで運ばれてくる。俺は仕分け作業を終え、その最終工程を見つめていた。
まず、処理される性器はステンレス製のトレーに並べられ、高圧蒸気装置へと送られる。扉が自動で閉まると、内部で高温高圧の蒸気が噴射され、性器は加熱処理される。数十分後、扉が開くと、中から出てきた性器は、まるで蒸し鳥のように白く、硬質化していた。
加熱処理を終えた性器は、次のコンベアに乗せられる。その先には、巨大な破砕装置が口を開けていた。自動でトレーが傾き、蒸された性器は無慈悲に装置の中へと投入されていく。ガシャン、ガシャンという鈍い音と、モーターが唸る音が施設内に響き渡る。性器は原型を留めないほどに細かく粉砕され、その後に有機転換炉に送られ有機物をリサイクル処理される。
この一連の処理工程は、すべてリアルタイムでシステムに記録され、インターネットページに反映される。
記録サンプル
タグID: A2-3456-7890
• 2060年8月1日 11:34:12 処理品受付
◦ 受付品目: 精巣、陰嚢
• 2060年8月1日 11:35:45 身体情報照合
◦ [写真:分析機での3Dスキャン画像]
• 2060年8月1日 11:36:20 最終処理決定
◦ [写真:処理品がトレーに並べられた様子]
• 2060年8月1日 11:45:01 高圧蒸気処置開始
◦ [動画:装置の扉が閉まる様子]
• 2060年8月1日 12:15:01 高圧蒸気処置完了
◦ [写真:加熱処理後の性器]
• 2060年8月1日 12:16:30 破砕処理完了
◦ [動画:処理品が破砕機に投入される映像]
◦ [写真:破砕後の処理物]
• 2060年8月1日 12:17:45 有機転換炉投入
◦ [動画:破砕された処理物が有機転換炉に投入される様子]
タグID: B8-9012-3456
• 2060年8月1日 11:35:05 処理品受付
◦ 受付品目: 精巣、陰茎
• 2060年8月1日 11:37:01 身体情報照合
◦ [写真:分析機での3Dスキャン画像]
• 2060年8月1日 11:37:35 中間処理(F) 包皮分別
◦ [写真:包皮を切り取る作業の様子]
• 2060年8月1日 11:38:15 幹細胞製品用ラインへ移動
◦ [動画:処理品が別のコンベアに乗せられる様子]
• 2060年8月1日 11:39:00 包皮破砕開始
◦ [動画:切り取られた包皮が専用の破砕機に投入される映像]
◦ [写真:破砕後の包皮]
• 2060年8月1日 11:39:55 ボトル充填
◦ [動画:破砕された包皮がボトルに充填される映像]
◦ ※幹細胞製品は専用レーンで、包皮だけを破砕しボトルに充填します。
• 2060年8月1日 11:40:30 残余処理決定
◦ [写真:ペニスと精巣がトレーに並べられた様子]
• 2060年8月1日 11:46:10 高圧蒸気処置開始
◦ [動画:装置の扉が閉まる様子]
• 2060年8月1日 12:16:10 高圧蒸気処置完了
◦ [写真:加熱処理後の性器]
• 2060年8月1日 12:17:45 破砕処理完了
◦ [動画:処理品が破砕機に投入される映像]
◦ [写真:破砕後の処理物]
• 2060年8月1日 12:18:30 有機転換炉投入
◦ [動画:破砕された処理物が有機転換炉に投入される様子]
タグID: C4-5678-9012
• 2060年8月1日 11:40:02 処理品受付
◦ 受付品目: 精巣、陰嚢、陰茎
• 2060年8月1日 11:41:30 身体情報照合
◦ [写真:分析機での3Dスキャン画像]
• 2060年8月1日 11:42:05 中間処理(P)最終処理保留中
◦ [写真:サイズS(22mm)包茎、去勢研修製品化]
• 2060年8月1日 19:42:05 プラネーション加工完了
◦ [写真:加工後の性器]
• 2060年8月15日 11:00:00 プラネーション加工品返却受付
◦ [写真:研修に使用され手術デモのため精巣は取り出され、陰嚢と包皮は糸で縫われている。]
• 2060年8月15日 11:05:00 最終処理決定
◦ [写真:処理品がトレーに並べられた様子]
• 2060年8月15日 11:10:15 破砕処理開始
◦ [動画:処理品が破砕機に投入される映像]
◦ [写真:破砕後の処理物]
• 2060年8月15日 11:15:40 焼却炉投入
◦ [動画:破砕された処理物が焼却炉に投入される様子]
◦ ※プラネーション加工された性器は、有機リサイクルできないため焼却処理に回されます。
タグID: E6-7890-1234
• 2060年8月1日 12:00:00 処理品受付
◦ 受付品目: 精巣、陰嚢、陰茎
• 2060年8月1日 12:01:15 身体情報照合
◦ [写真:分析機での3Dスキャン画像]
• 2060年8月1日 12:02:00 最終処理決定
◦ [写真:処理品がトレーに並べられた様子]
• 2060年8月1日 12:10:30 高圧蒸気処置開始
◦ [動画:装置の扉が閉まる様子]
• 2060年8月1日 12:40:30 高圧蒸気処置完了
◦ [写真:加熱処理後の性器。包皮が縮み、亀頭が露出し、美しいスタイルになっている。]
• 2060年8月1日 12:42:00 破砕処理完了
◦ [動画:処理品が破砕機に投入される映像]
◦ [写真:破砕後の処理物]
• 2060年8月1日 12:43:15 有機転換炉投入
◦ [動画:破砕された処理物が有機転換炉に投入される様子]
タグID: D5-6789-0123
• 2060年8月1日 11:45:05 処理品受付
◦ 受付品目: 包皮
◦ [写真:保存液に浸されたバック]
• 2060年8月1日 11:46:25 身体情報照合
◦ [写真:分析機での3Dスキャン画像]
• 2060年8月1日 11:47:00 警告: 不適合品 (精巣の欠如)
• 2060年8月1日 11:47:30 高圧蒸気処置開始
◦ [動画:装置の扉が閉まる様子]
• 2060年8月1日 12:17:30 高圧蒸気処置完了
◦ [写真:加熱処理後の包皮]
• 2060年8月1日 12:18:45 破砕処理完了
◦ [動画:処理品が破砕機に投入される映像]
◦ [写真:破砕後の処理物]
• 2060年8月1日 12:19:30 有機転換炉投入
◦ [動画:破砕された処理物が有機転換炉に投入される様子]
ユウキが端末の画面を指差す。
「タケシさん、また増えてますよ。自主無性者の処理品が」
画面には、膨大な数の登録データが並んでいた。以前は少数だった自主無性者の処置が、今や正規の「劣性遺伝子」認定者数を上回る勢いだ。
俺は端末の登録画面を操作する。今日届けられたばかりの管理品が、精巣の摘出を証明するデータとともに表示された。それらを一つ一つ確認し、承認ボタンを押していく。その行為は、まるで無機質なスタンプを押す作業のようだった。
稀に誤って、包皮のみや陰茎のみの処理品が送られてくることがある。それらは証明書の発行はできないが、処理品としては同様に扱われ、最終処理ラインに送られていく。システムには不適合の警告が表示されるが、俺はただ淡々と、機械的にボタンを押すだけだ。