組分け掃除機
政府が優生遺伝子保護法の運用をよりスムーズかつ合理的に行うため、検査と施術を一括して行うことにした。それは受験進学制度との統合を行うことで実現した。対象者は筆記試験による学力測定と、自動性器検査施術装置による結果で進学先と施術がを決定される。人生の一大イベントとなった。
この自動性器検査施術装置は、とある有名小説になぞらえ「組分け掃除機」と呼ばれていた。
受験生には、学力検査日と性器検査の日程が通知される。学力検査は一斉に行われるが、性器検査は時間がかかるため、試験の当日から1週間程度の期間で予定されている。試験結果はマイナンバーカードで管理され、過去の学歴や賞罰も考慮される。
受験生の間では、自動性器検査施術装置のことで話が盛り上がっていた。装置の仕様や判断基準はAIによる総合判断で、原則基準は公開されない。そのため様様な噂話でもちきりである。
検査装置は円筒形の業務用掃除機の本体のような形状で、側面から少し出っ張ったパイプのような形状の挿入具にペニスを納めて検査を行う。ピンク色の柔らかい素材でできた挿入口は、内側が潤滑剤で濡れており、僅かに光を反射していた。
数日後、ユウトにも性器検査の通知が届いた。彼ら幼馴染のグループは同じ日の日程だったことに安堵し、一緒に会場に行くことを決めた。指定された日の午後に、市内の学校に併設された検査会場へと向かう。待合室には、緊張した面持ちの受験生たちが静かに座っていた。壁には、システムの概要と注意書きが淡々と表示されているだけで、装置に関する詳しい説明は一切ない。
ユウト、ケンジ、タカシ、ハルト、シュン、アキラは同じ日に検査を割り当てられていた。待合室のベンチに座り、6人は小声で会話を交わす。
「まじで緊張する…」とタカシが震える声で言った。
「タカシは大丈夫だって。成績もいいし、特に問題ないだろ」とユウトが励ます。
「でもさ、もし全切除だったらどうするんだよ…」
「縁起でもないこと言うなよ」とケンジが咎める。
ハルトは成績は普通だが、容姿が良く、将来はモデルになりたいと思っていた。「どうしよう、俺、全切除だったら…」と不安そうに言う。
「お前は大丈夫だよ、顔が良いんだから」とシュンが冗談めかして言った。シュンは成績も運動も苦手で、唯一の取り柄は手先の器用さだった。
「顔は関係ないだろ…」とハルトは真剣な表情で返す。「俺、スポーツもあんまりだし、学力も平均。何か問題ありって判断されたらどうなるんだよ」
アキラは裕福な家庭に育ち、親のコネでエスカレーター式の進学を期待していた。腕を組み、冷静に言った。「俺は親が手回ししてくれたから、大丈夫だろ。たぶん開放か、良くても包皮切除くらいだろ」
そこで、アキラは他の受験生に聞こえないよう、さらに声を潜めて話し始めた。
「なぁ、お前ら、『ウィーン』って音がする検査は、『開放』らしいぞ。AIが性器の健康状態や形状をスキャンするだけで、施術はされないって話だ。逆に『ブーン』って音がしたら、包皮切除する音なんだって。皮がたくさん余ってたり小さかったりしたら切られるんだって。先輩も切られてたよな。」
「マジかよ…」とシュンは装置の動作について興味深く聞いていた。
「でも、一番怖いのは『ギュイーーーーーン!』って音だろ。あれはもう…全切除。完全に不適合と判断されたってことらしい。」とタカシが震え声で付け加える。「俺、成績は悪くないけど、運動は苦手だし、器用でもない。もしAIが中途半端な奴って判断したら、どうなるんだよ…」
「それから、もう一つ噂がある」とケンジが真剣な顔で言った。「麻酔の注射があったらアウトらしいぞ。注射がない場合は開放、あったら必ず何か施術されるって。」
「え、そうなの!?」とハルトが驚いた。「じゃあ、開放かどうかの判断は、装置に入れる瞬間にわかるってことか…」
「あと、メーカーによって判断基準が違うって話も聞いたぞ。〇〇製のは厳しいらしいとか、〇〇製は包皮をきつく切る設計だとか。」とユウトも不安そうに言った。
そのとき、カーテンで仕切られた施術ブースの奥から、「ブーン!」という低い動作音が響いてきた。6人は顔を見合わせ、言葉を失う。
「今の、包皮切除の音じゃないか?」とタカシが震える声で呟く。
「そうだよな…」とユウトも同意する。
次に、もっと大きな「ギュイーーーーーン!」というけたたましい音が響き渡った。隣のブースのカーテンがわずかに揺れ、中から悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「今のは…」とケンジは言葉を詰まらせた。アキラは顔色を変え、一瞬で笑顔が消え失せた。
順番を待つ間、アキラが「ちょっとトイレ行こうぜ」と声を上げた。「最後になるかもしれないしな、連れション」とケンジが冗談めかして言うと、皆、苦笑いを浮かべながらも同意した。「一応ちんちんにバイバイしておこうかなぁ」とハルトが笑いながら言うと、他のメンバーも釣られて笑い、重苦しい雰囲気がほんの少し和らいだ。
6人で連れ立ってトイレへ向かうと、案の定、個室はすべて使用中のランプが点灯しており、中からはすすり泣くような声や、抑えきれないうめき声が聞こえてくる。とても落ち着いて用を足せるような状況ではなかった。小便器の前に立つと、数人の受験生がそれぞれの様子でいた。一人目は、下着を下ろしたまま、自分のペニスをじっと見つめていた。明らかに包皮が切除されており、まだ痛々しい赤みが残っている。彼は、変わり果てた自分の性器を、信じられないといった表情で見つめていた。
隣の小便器では、別の受験生が、体を震わせながら、恐る恐る排尿していた。彼は時折、自分のペニスをチラリと見ては、顔をしかめていた。施術の痛みと、これからどうなるのかという不安が入り混じっているようだった。
さらに奥の小便器の前には、両手で顔を覆い、肩を震わせている受験生がいた。彼は下半身を露わにしたまま、まるで魂が抜けてしまったかのように、ただそこに立ち尽くしていた。全切除を受け入れられず、絶望していることが見て取れた。
6人は、それぞれの受験生の痛ましい姿を目の当たりにし、言葉を失った。冗談を言いながらトイレに来たことを後悔する者もいた。彼らの心には、自分に降りかかるかもしれない未来への強い不安が押し寄せた。
やがて、最初にユウトの番が来た。案内に従って小さな個室に入ると、中央には噂のピンク色の装置が鎮座していた。無機質な円筒形は、まさに業務用掃除機の本体のようだった。側面から少し突き出した、ピンク色のパイプ状の挿入口が目を引く。柔らかい素材でできた挿入口は、内側が潤滑剤で濡れており、僅かに光を反射していた。
「マイナンバーカードをこちらのリーダーにかざしてください」
係員の指示に従いカードをかざすと、認証音が鳴った。
「準備ができましたら、挿入具にペニスを挿入してください」
ユウトは深呼吸をして、意を決してペニスを挿入した。ひんやりとした感触と、柔らかいパイプ状の挿入口に包まれ、優しく吸引される感覚。内部は滑らかで、特に不快感はない。装置は静かに動作を始め、かすかな「ウィーン」という音と共に、内部で微細なセンサーが動き回るような、くすぐったいような感触がした。AIが彼のペニスの形状や状態を詳細にスキャンしているのだろう。数分が経過したが、特に強い動作音や振動はなく、ユウトは安堵感を覚え始めた。やがて、吸引圧が弱まり、挿入具からペニスが解放された。恐る恐る目を開けて自分のペニスを確認するが、目に見える変化はなかった。「開放」だったのだ。彼は心底ほっとし、無事に済んだことに感謝した。
次にケンジの番が来た。潤滑された挿入口にペニスを挿入すると、すぐに「チクッ」と軽い痛みが走り、麻酔の注射が行われた。彼は噂を思い出し、「やっぱり、来た…」と顔を歪めた。麻酔の注射は、施術が行われるサイン。包皮切除か、それとも全切除か。スポーツ推薦がかかっているケンジは、成績優秀ではあるものの、運動能力向上のために包皮切除は覚悟していた。その直後、「ブーン」という低い動作音が響き渡った。挿入口の先端が何かを吸い込むような感覚があり、続いて内部で小さな刃物が回転するような、かすかな振動が伝わってきた。彼は「包皮切除の音だ!」と直感し、歯を食いしばる。装置はそのまま動き続け、時折、「グイッ」と引っ張られるような、そして何か薄い膜が切断されるような感触が伝わってきた。痛みはないが、何が行われているのかを想像して恐怖に震えた。施術が終わると、装置は静かに動きを止め、解放された。彼は震える手で目を開け、自分のペニスを見た。包皮はきれいに切除されていたが、亀頭は露出し、ペニスの原型はしっかりと残っている。全切除ではなかったことに、安堵と、少しの喪失感が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
そして、ハルトの番が来た。モデル志望の彼は、体に傷が残るような施術は絶対に避けたいと思っていた。装置にペニスを挿入すると、軽い麻酔の「チクッ」という痛み。彼は「包皮切除で済んでくれ…」と心の中で何度も祈った。かすかな「ウィーン」という音が続き、内部を細かくスキャンするような、微細な振動が伝わってくる。開放であることを強く願ったが、数分後、その音は徐々に大きくなり、最終的には「ブーン」という、明らかに何かを切除するような音に変わった。ハルトは顔面蒼白になり、「やっぱり…」と絶望した。何か温かい液体が流れ出るような感覚があり、同時に、今まで感じたことのない違和感が下腹部に広がった。痛みはないものの、何かが自分の体から失われたことがはっきりとわかった。施術が終わると、装置は静かに動きを止め、解放されたペニスを見て、包皮が切除されていることを確認する。彼は、モデルとしての自分の将来に暗雲が立ち込めたのを感じ、深い絶望に打ちひしがれた。
次にシュンの番。彼の装置はH社の最新モデルだった。装置にペニスを挿入すると、痛みもなく、噂されていたような麻酔の注射もなかった。その代わりに、ひんやりとした霧状のスプレーが噴射される感触があり、一瞬で感覚が麻痺した。装置は静かに「グォーン…」という微かな音と共に動作を開始した。その静かさから、シュンは自分は開放の対象だと勘違いし、安堵の息を漏らした。しかし、装置を外したとき、彼は自分の目を疑った。ペニスは、根本から完全に切除されていた。痛みも、強い音もなかったため、何が行われたのか理解できず、彼はただ茫然と立ち尽くした。
そして、タカシの番が来た。彼は深呼吸を繰り返し、覚悟を決めて個室に入った。ピンク色の装置が、冷たい光を放っているように見える。促されるままにマイナンバーカードをかざし、潤滑された挿入口にペニスを挿入した。ほんの数秒後、「ウィーン」というかすかな音が聞こえたかと思ったら、すぐに装置は静かに停止した。何の施術が行われたのかもわからない、あっけない終わり方だった。タカシは拍子抜けしながらも、安堵の息を漏らし、装置からペニスを抜こうとした。
そのとき、係員の人が「ごめんね、サイズを変えないといけないから、少し待っててね」と声をかけてきた。タカシは戸惑いながら、言われた通りに待つ。係員は手際よく装置の挿入口を外し、代わりに「Sサイズ」と書かれた、一回り小さな挿入口に交換した。そして、「準備ができましたら、もう一度挿入してください」と促した。
タカシは「俺のサイズって小さいのか…」と内心で落ち込んだ。しかし、その時、彼はそれだけの意味ではない悪い予感を感じていた。Sサイズが必要なのは、施術後の状態に対応するためではないか。
新しい挿入口にペニスを入れ直したとたん、「チクッ」と軽い痛みが走った。麻酔の注射が行われたのだ。彼は絶望的な気持ちで歯を食いしばる。その直後、「ブーン」という低い動作音が響き渡り、続いて「ギュイーーーン」というけたたましい音が聞こえてきた。痛みはないが、何かが根本から切断されているような感触に、タカシは声を失った。彼は、これが全切除の音だと直感した。恐怖で全身が硬直する。装置はそのまま動き続け、切断されたものは「ズズズッ」という強い吸引力で奥へと引き込まれていくような感覚があった。施術が終わると、装置は静かに動きを止め、解放された。彼は震える手で目を開け、自分の下半身を見た。そこには、何もなくなっていた。彼は絶望のあまり、声にならない悲鳴を上げた。
最後にアキラの番。彼は自信満々に装置にペニスを挿入した。親が手回ししてくれたから大丈夫だろう、という確信があった。マイナンバーカードをかざし、ペニスを挿入する。最初は「ウィーン」というかすかな動作音が続き、ユウトと同じく「開放」のパターンだと思い、内心でほくそ笑んでいた。しかし、数分が経過したその時、装置は急に停止し、無音になった。そして、再起動するような「ピッ」という電子音が鳴り響いた。
「不正検知…データ改ざんの痕跡を検出…再検査を開始します」
無機質な女性の声が、個室の中に響き渡った。アキラは顔色を失う。親のコネによるデータ改ざんが、AIにバレたのだ。
その直後、「チクッ」と軽い痛みが走り、麻酔の注射が行われた。そして、けたたましい「ギュイーーーーーン!」という動作音が響き渡る。タカシが受けたのと同じ、全切除の音だった。アキラは恐怖で身体が震え、声を出すこともできなかった。痛みはないが、何かが根本から切断される感触と、「ズズズッ」という強い吸引力で奥へと引き込まれていくような感覚に、彼は絶望的な気持ちに襲われた。施術が終わると、装置は静かに停止し、解放された。彼は震える手で自分の下半身を見た。そこには、タカシと同じように何もなくなっていた。エリートだと思っていた自分の人生が、一瞬にして崩れ去ったことを悟り、彼はただ呆然と立ち尽くした。
検査を終えたユウトたちは、施設の出口で友人たちを待っていた。それぞれが検査結果に一喜一憂し、安堵したり、不安を抱えたりする中で、彼らの目は施設の裏口に向けられた。そこには、荒いエンジン音を立ててパッカー車が到着し、静かに停車した。
施設の中から、まるで掃除機の紙パックのような、白い回収袋が次々と運び出されてくる。係員が手際よくパッカー車にその袋を投げ入れると、圧縮音が響き、中身は瞬く間に押しつぶされていく。彼らはその光景をただ黙って見つめていた。その白い回収袋の中に自分たちのものがあると確信しながらも、何もできず、ただ押し潰されていく光景を見ていた。
誰からともなく、低い声で「なぁ、あれ、取り返したらもう一度繋げられるかなぁ」と呟いた。その言葉に、ケンジが顔を上げて言った。「いや、無理だろ。これだけたくさんあるんだ。誰のものがどれかなんて、わかるわけないだろ。」
「いや、俺はわかる。俺のものは絶対わかる自信がある」とアキラが言い放った。彼の声には、僅かにプライドと、まだ残っていたエリート意識が混じっていた。「形やサイズ、特徴だって一人ひとり違うんだ。俺のものは俺のものだ。」
「でも、機械の中で既にミンチにされてるかもしれないぞ」とハルトが不安そうに付け加える。
その言葉に、シュンが口を開いた。「いや、それはたぶんない。装置の構造から考えて、切除したものは形状を保ったまま回収袋に送られるはずだ。パッカー車の圧縮音は、ただ袋をまとめてゴミとして処理してるだけだ。切断された組織は、数時間以内なら医学的に繋ぎ合わせることも可能だっていう話だぞ。」
「じゃあ、取り返せば…」とタカシが震える声で希望を口にした。
しかし、その瞬間、パッカー車は作業を終え、けたたましいエンジン音と共に処理場に向けて走り出していった。赤いテールランプが遠ざかっていくのを、彼らは虚しく見送ることしかできなかった。
この「組分け掃除機」を巡る様々な噂と、それぞれの検査結果。受験生たちは、このシステムによって分けられた未来を、それぞれの想いを抱えながら歩んでいくことになる。ピンク色の掃除機のような装置は、彼らの人生の岐路に、否応なく立ち会ったのだった。