プレリン
十三歳の悠斗は、教室の隅に座る陰キャの少年だった。声も小さく、目立つことを恐れ、いつもノートにだけ想いを綴っていた。周囲の女子たちは笑い、話し、自由に世界を駆け回る。悠斗はそのすべてを、ただの「光」にして見つめるしかなかった。
その光のひとつ、クラスメイトの紗雪は悠斗の目に、届かぬ存在として映った。話しかける勇気もなく、彼女の仕草や笑顔をただ遠くから眺める日々。それは、恋というよりも「憧れ」だった。
ある日、悠斗はネットで奇妙な噂を耳にする。「身体を変える薬がある」という話。少年は直感した。「もし……僕がその薬を使えば、紗雪のようになれるのではないか」と。
最初は小さな一歩だった。ほんの少しだけホルモンのバランスを変える薬を手に入れ、秘密裏に飲み続ける。最初は身体の変化も微かで、誰も気づかなかった。だが、時間が経つにつれ、筋肉が柔らかくなり、声が高くなる。体つきも滑らかに変化し、服を着るだけで、まるで別人のようだった。
学校での彼の存在は次第に変わっていった。鏡に映る自分が、いつの間にか紗雪の影を帯びていることに、悠斗は息を呑んだ。手のひらの線や髪の感触まで、思春期の少年だった自分を遠ざけていく。
しかし変化は、体だけでは終わらなかった。心までが変わり始める。かつての陰キャで引っ込み思案だった自分は、次第に紗雪のような自信と柔らかさを持つ存在に置き換わっていく。人と話すのが楽しくなり、笑い声が自然に出るようになる。だが、その笑顔の裏で、十三歳の悠斗は遠くに置き去りにされていった。
そしてある日、悠斗は鏡を見て気づく。そこに映るのは、かつて憧れた紗雪の面影を帯びた、すっかり変わってしまった自分だった。手のひらの震えに、過去の自分がまだ少し残っていることを感じる。けれどもう、戻れない。もう、十三歳の少年として生きることはできないのだと。
届かぬ恋は、憧れに変わり、憧れは変貌を連れてきた。悠斗は微笑む。遠い光に手を伸ばし続けた結果、自分自身もまた、新しい光となったのだと。
悠斗は心の中ではまだ十三歳の少年のままだった。しかし、鏡に映る自分はすっかり可愛らしい女性になっていた。街を歩けば見知らぬ人々にチヤホヤされ、教室では誰もが微笑みかける。女性としての外見は、まるで願いが形になったかのようだった。
だが、体の一部だけは変わらずに残っていた。男性としての記号――ペニス。胸の膨らみや柔らかい体つきとのギャップに、悠斗は深い違和感を覚えていた。外見は完全に女性として認識されるが、身体の一部だけが少年のまま存在している。それは、自分自身を完全に女性として受け入れることを妨げる、不可視の障壁のようだった。
ある夜、鏡の前で悠斗は悩み苦しむ。もはや少年ではない自分と、心の奥底に残る少年の感覚の間で揺れ続けた。そして、衝動的に、彼はその身体の一部を強く縛り、切断してしまう。痛みと恐怖の中で、悠斗は意識を失い、病院へ運ばれた。
医師たちは彼の身体的特徴を観察し、外見に合わせて女性器形成手術を行うことを決定した。手術後、悠斗は完全に女性としての身体を手に入れた。これで「完璧な変貌」を遂げたかに見えた。しかし心の奥底では、まだ十三歳の少年の記憶と感覚が残っていた。
30年後
時は流れ、悠斗は女性としての人生を歩んでいた。青春を謳歌し、恋愛を経験し、仕事や友人関係も女性としての立場で楽しんだ。外見に関するコンプレックスは消え、社会的な承認も得られた。人々は彼女を女性として愛し、尊敬した。
だが、30歳を迎えたある日、悠斗はふとした瞬間に気づく。もし自分が男性として成長していたら、どんな人生があったのか――その可能性をすべて失ったことを、初めて真正面から理解したのだ。
女性としての人生は充実していたが、男性としての選択肢、体験、青春の一部は二度と取り戻せない。手に入れたものの代償として、失ったものの重さに初めて直面した。
悠斗は鏡の前に立つ。そこに映るのは美しい女性。しかし、瞳の奥には少年の影がまだ残り、過ぎ去った時と失われた可能性に静かに嘆いていた。