大奥、偽りの花
この物語は、江戸時代を舞台に、将軍家や権力者の依頼を受け、秘密裏に性別適合手術を専門に行う「隠れたる名医」に焦点を当てたフィクションです。
インドや中国には歴史的に宦官が存在しましたが、日本ではその記録がありませんでした。しかし、この物語は、そこには知られざる事実が隠されていたという仮説に基づいています。また、大奥に実在したと言われる「陰具桐箱入り張形(はりがた)」も、秘密裏に手術を受けた女性たちが使用していたという歴史的事実を基に、物語に組み込んでいます。
月20人、年間150人もの性別適合手術をこなす多忙な日々を送る名医・清太郎が、ある患者の手術の様子を克明に記録した物語です。これは、単なる医療記録ではなく、一人の人間が、心と身体の葛藤を乗り越え、本当の自分として生きる姿を綴った、希望と再生の物語です。
小説「大奥、偽りの花」章題
序章
清洲一の美少女
第一部:再構築の儀式
第1章:手術前診察
第2章:麻酔導入(通仙散)
第3章:始まりの線と新たな人生への入り口
第4章:分離と再構築の準備
第5章:身体の再構成と新たな器官の誕生
第6章:解体と再構築の準備
第7章:身体の再構成、その核心
第8章:新たな器官の誕生
第9章:最終的な形成と完了
第10章:完成、そして新たな人生の始まり
第11章:患者の回復
第二部:大奥、偽りの花 徳川家慶の寵愛
登場人物
乃雅(のあ)
この物語の主人公。「清洲一の美少女」と噂される青年。男性として生まれた身体に性別違和を抱え、完璧な女性になるため、清太郎に性別適合手術を依頼する。手術後は大奥に上がり、将軍・徳川家慶の寵愛を一身に受ける。
清太郎(せいたろう)/和葉(かずは)
物語のもう一人の主人公。「隠れたる名医」と呼ばれ、性別適合手術を専門に行う医師。かつては乃雅と同じように、自らも性別適合手術を受けて女性となり、和葉として大奥で将軍の寵愛を受けた過去を持つ。その後、故郷の和歌山に戻り、華岡青洲の弟子として医療の道を究める。
秘斎(ひさい)
麻酔医であり、清太郎の師匠。長年、清太郎と共に手術を専門に行ってきた。独自の配合で改良した麻酔薬「通仙散」の使い手。
月影(つきかげ)
清太郎がかつて大奥にいた時の部屋子で、後に清太郎の手術を手伝う看護師。乃雅と同じ手術を受けており、乃雅の秘密を共有し、支えとなる存在。
徳川家慶(とくがわ いえよし)
大奥で乃雅に寵愛を与える将軍。乃雅の美しさと内面の魅力に惹かれ、彼女を深く愛する。
華岡青洲(はなおか せいしゅう)
清太郎の師匠であり、麻酔薬「通仙散」の開発者として知られる実在の人物。物語では、清太郎が彼の元で医師としての道を究める。
序章:清洲一の美少女
尾張の国、清洲に、まことの美が宿ると噂される青年がいた。彼の名は乃雅(のあ)。すらりと伸びた手足、雪のような白い肌、そして見る者を惹きつける大きな瞳は、「清洲一の美少女」とまで讃えられた。しかし、その美しさは彼にとって、いつしか偽りの仮面となっていた。幼い頃から、自分の身体と心の間に深い違和感を抱いていた乃雅は、誰にも言えない秘密を胸に秘めて生きてきた。男として生まれた身体に、女の心を宿す自分。その葛藤は、美しく着飾るたびに、彼の心を深く切り裂いた。
そんな乃雅の運命は、ある日突然、大きく動き出す。将軍家から、大奥への上り(あがり)を命じられたのだ。それは名誉であると同時に、乃雅にとっては一つの救いにも思えた。このまま男として生きる人生を偽り続けるか、それともこの機に乗じて、心と身体を一致させる新たな人生を歩むか。決意は固かった。大奥へ上がるため、乃雅は性別適合手術を受けることを心に決めた。
乃雅は、将軍家や権力者の依頼を受け、秘密裏に性別適合手術を専門に行う「隠れたる名医」がいることを知る。その名は清太郎(せいたろう)。元は「清洲一の美少女」と噂された美しい青年で、自らも性別適合手術を受けて女となり、和葉(かずは)と名を変え、大奥へ側室として上がった過去を持つという。そして、故郷の和歌山に帰り、師匠である華岡青洲(はなおかせいしゅう)の元で医師として生きることを決意したと聞く。
乃雅は、清太郎が院長を務める「清仁堂病院」を訪れた。彼は、冷静沈着かつ卓越した技術を持つベテラン外科医でありながら、手術を単なる処置ではなく、「一人の人生を再構築する神聖な儀式」と考えているという。乃雅は清太郎と向き合い、その深い眼差しの奥に、同じ道を生きた者だけが持つ理解と静かな強さを感じた。ここでなら、偽りの仮面を脱ぎ捨て、本当の自分として生きられるかもしれない。乃雅の心に、小さな希望の光が灯った。
第3章:始まりの線と新たな人生への入り口
乃雅が深い眠りにつく中、手術台の上でその身体は静かに清太郎の手に委ねられていた。清太郎の心は、冷静沈着な外科医として、そして一人の人生を再構築する儀式の執刀者として、研ぎ澄まされていた。彼の隣には、手術を手伝う月影が控えている。月影もまた、清太郎と同じように性別適合手術を受けており、この手術が乃雅にとってどれほどの意味を持つか、誰よりも深く理解していた。
清太郎は、乃雅の身体の前に静かに立ち、一呼吸置いた。彼の持つメスは、ただの刃物ではない。それは、過去と決別し、未来を切り拓くための神聖な道具だ。清太郎は、メスを手に取ると、陰茎の根元から会陰縫線(Perineal raphe)に沿って、肛門から3~4センチのところまで、一本の線を入れた。それは、新たな人生への入り口を開く、始まりの線だった。
メスが皮膚を切り裂く音は、清太郎の耳には聞こえなかった。ただ、その線から滲む血だけが、目の前の現実を物語っていた。陰嚢を切開するこの作業は、新しい人生への扉を開く最初の鍵だった。清太郎は、その線が単なる外科的な切開ではなく、乃雅の人生における、過去の自分との別れと、未来の自分との出会いを象徴していることを知っていた。
「よし、ここからだ」
清太郎は、静かに呟いた。その声には、迷いも躊躇もない。彼の視線は、メスの動きに集中し、その手は、まるで精密な芸術品を彫り出すかのように、正確で淀みがなかった。手術室の空気は、張り詰めていた。しかし、その緊張の中には、新たな命を生み出そうとする、静かで厳かなエネルギーが満ちていた。乃雅の身体に刻まれた一本の線は、もはや過去の遺物ではない。それは、これから始まる、新しい人生の確かな始まりだった。
第4章:分離と再構築の準備
手術室の空気は、張り詰めた緊張と、どこか神聖な静けさに満ちていた。清太郎は、乃雅の身体に刻まれた一本の線を見つめていた。それは、過去と未来を分かつ境界線であり、新たな人生への入り口だった。麻酔医の秘斎が静かに乃雅の脈拍を測り、看護師の月影が器具を整える中、清太郎はメスを握る手に一層の力を込めた。この先は、乃雅の人生を大きく変える、最も繊細で重要な工程に入る。
「精巣を摘出する」
清太郎の短い指示に、月影は素早く反応し、必要な器具を差し出した。清太郎は、乃雅の精巣(Testes)を慎重に包み込み、精管の根本(鼠径部)で糸を結び、切り離していく。精巣を摘出するこの作業は、男としての生殖能力を完全に断つことを意味する。それは、乃雅が二度と男に戻ることはないという、揺るぎない決意の証でもあった。
精巣が摘出されるたびに、乃雅の身体から、過去の自分が剥がれ落ちていくような感覚を、清太郎は感じていた。それは、単なる臓器の除去ではない。乃雅がこれまで抱えてきた性違和、男としての役割を演じ続けてきた苦悩、そのすべてが、このメスによって断ち切られていくのだ。清太郎は、乃雅の人生を背負うかのように、一挙手一投足に細心の注意を払った。
精巣の摘出が終わり、清太郎は次の段階に移った。新たな膣の入り口(Neovaginal introitus)の形成である。これは、前立腺と膀胱、そして直腸の間を慎重に切り開く作業だ。この部分は、血管や神経が密集しており、少しでも手元が狂えば、取り返しのつかない損傷を負わせてしまう。
清太郎は、まるで地図を読み解く探検家のように、乃雅の身体の奥深くを切り進んでいった。彼の視線は、体内の微細な組織を捉え、メスの動きは、まるで水面に描く絵のように滑らかだった。秘斎が、乃雅のバイタルサインを注意深く監視し、月影が、清太郎の指示に応じて、止血や吸引を行う。三人の呼吸は、完全に一つになっていた。
「もう少し、もう少しだ」
清太郎は、心の中で自分自身に言い聞かせた。前立腺と膀胱、直腸の間に、わずかな隙間を見つけ出す。それは、まるで漆黒の闇に浮かぶ、一筋の光のようだった。清太郎は、その光をたどるように、メスを進めていく。
この作業の最中、清太郎の脳裏には、彼自身が受けた手術の記憶が蘇っていた。あの時、師匠である秘斎の手が、自分の身体を切り開いていく感覚。それは、痛みではなく、安堵だった。ようやく、自分自身になれる。その喜びが、痛みを上回っていた。
乃雅も、きっと同じ気持ちだろう。眠っている乃雅の表情は穏やかだったが、その心の中には、長年の願いが成就する喜びと、新しい自分への期待が満ちているに違いない。清太郎は、乃雅の無意識の表情から、その思いを汲み取った。
慎重に、時間をかけて、新たな膣の入り口が形成されていく。メスが動くたびに、乃雅の身体は、男としての過去の痕跡を失い、女としての未来の形を帯びていく。それは、ただの外科手術ではない。肉体の再構築、魂の再誕生の儀式だった。
清太郎の額には、いつしか汗がにじんでいた。しかし、彼の集中力は途切れない。むしろ、高まっていく。彼は、乃雅の身体の奥深くにある、本当の自分を見つけ出すかのように、メスを進めていった。
「よし、終わった」
清太郎が呟くと、月影は安堵のため息をついた。新たな膣の入り口が、そこに形成されていた。それは、乃雅がこれから歩む、新しい人生への確かな通路だった。清太郎は、メスを置くと、深く息を吐いた。
「次の工程に移る」
清太郎の言葉に、月影は素早く次の器具を準備した。ここからは、いよいよ身体の再構成、その核心へと入っていく。乃雅の身体は、解体と再構築の準備を終え、新しい器官の誕生を待っている。清太郎は、その手で、乃雅の人生の物語を紡ぎ続けていくのだ。
注記: この物語は、古都に息づく一つの夢の記録であり、その登場人物、出来事はすべて、作者の創作によるものです。医学的な知見は、専門医にご相談ください。